説明

白金族含有溶液からのIrの回収方法

【課題】Irの活性炭への吸着率を高め、Irをより効率良く回収可能な白金族含有溶液からのIrの回収方法を提供する。
【解決手段】Ir及び硫酸を含む酸性溶液に、硫酸を沈殿させる中和剤を添加することにより酸性溶液中の硫酸イオンを沈殿させて分離し、酸性溶液中の遊離酸濃度を0.03mol/L〜1.2mol/Lにして酸性溶液中のイオン強度を低下させる中和工程と、中和後のIrを含む酸性溶液中に含まれるAs、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sbの中から選択される1種以上の不純物を硫化剤の添加により取り除く硫化工程と、中和後のIrを含む酸性溶液を活性炭に通液し、Irを活性炭に吸着させる活性炭吸着工程を含む白金族含有溶液からのIrの回収方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は白金族含有液からのIrの回収方法に関し、特に、Irを含む酸性溶液、例えばCu電解殿物を脱Cu浸出、塩化浸出、Au浸出、SO2還元した後の工業排水からIrを効率よく回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Irなどの白金族金属を溶液から回収する方法としてはイオン交換樹脂や溶媒抽出剤を用いた方法が知られている。しかしこれらの方法は、イオン交換樹脂や溶媒抽出剤が比較的高価であること、溶離性が悪いこと、卑金属や共存イオンの混在により性能の減弱があるなどの欠点がある。
【0003】
そうした流れを汲み、活性炭への吸着が広く用いられることとなった。例えば、特開2010−174336号公報(特許文献1)では、Irを含む酸性溶液に硫化剤を添加し、不純物を除き、濾液をカラムに充填した活性炭に通液させることにより、Irを活性炭に吸着させて溶液から回収する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−174336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法を用いたとしても、Irを含む酸性溶液の条件の違いにより、Irの活性炭への吸着率が十分に得られない場合があり、未だ検討の余地がある。
【0006】
そこで本発明は、Irの活性炭への吸着率を高めることができ、Irをより効率良く回収可能な白金族含有溶液からのIrの回収方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、Irを含む酸性溶液中のイオン強度がIrの活性炭へ吸着に影響を及ぼすことが分かった。即ち、Irを含む酸性溶液中のイオン強度が高すぎる場合には、Irの活性炭への吸着率が低下し、所望のIr回収率が得られない傾向にあることが分かった。そこで、本発明者らは、活性炭処理前に、溶液中のイオン強度に影響を及ぼす成分を予め除去する中和処理を実施し、イオン強度が下がったことの指標として酸性溶液中の遊離酸濃度を評価したところ、Irの活性炭への吸着率を有意に改善することができることを見出した。
【0008】
以上の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、(a)Ir及び硫酸を含む酸性溶液に、硫酸を沈殿させる中和剤を添加することにより酸性溶液中の硫酸イオンを沈殿させて分離し、酸性溶液中の遊離酸濃度を0.03mol/L〜1.2mol/Lにして酸性溶液中のイオン強度を低下させる中和工程と、(b)中和後のIrを含む酸性溶液中に含まれるAs、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sbの中から選択される1種以上の不純物を硫化剤の添加により取り除く硫化工程と、(c)中和後のIrを含む酸性溶液を活性炭に通液し、Irを活性炭に吸着させる活性炭吸着工程とを含む白金族含有溶液からのIrの回収方法である。
【0009】
本発明の白金族含有溶液からのIrの回収方法は一実施態様において、中和剤が、Ca(OH)2、CaO、CaCO3、Sr(OH)2、SrO、SrCO3のいずれかを含む。
【0010】
本発明の白金族含有溶液からのIrの回収方法は別の一実施態様において、中和工程が、酸性溶液中のイオン強度が2以下となるように中和剤を添加することを含む。
【0011】
本発明の白金族含有溶液からのIrの回収方法は更に別の一実施態様において、硫化工程が、中和後のIrを含む酸性溶液の酸化還元電位を70〜90mVに制御することを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、Irの含有量が微量であり、イオン強度が高いIrを含む溶液であっても、Irの活性炭への吸着率を高め、Irをより効率良く回収することが可能な白金族含有溶液からのIrの回収方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態に係るIrの回収方法の処理フローシートの一態様を示す。
【図2】中和処理での遊離酸濃度とIr液分配率との関係の例を示す。
【図3】中和処理での遊離酸濃度と溶液のイオン強度との関係の例を示す。
【図4】活性炭吸着処理での吸着前液のイオン強度とIr吸着率の関係の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明の処理対象物は、白金族含有溶液、即ちIrを含む酸性溶液であり、より具体的には、Cu電解殿物を脱Cu浸出、塩化浸出、Au浸出、SO2還元した後の工業排水である。この処理対象物にはIrだけでなく、As、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sb等の不純物が含まれ、硫酸濃度1mol/L、塩酸濃度1mol/Lを含む強酸性溶液である。このIrを含む酸性溶液のうち、イオン強度に最も影響が大きい成分は硫酸であり、Irを含む酸性溶液から硫酸を除去することで、Irを含む酸性溶液のイオン強度を効率的に低下させることができる。
【0015】
Irを含む酸性溶液から硫酸を除去する方法として、Irを含む酸性溶液中に中和剤を添加する中和方法が利用できる。中和剤としては、例えば、Ca(OH)2、CaO、CaCO3等のCa化合物、Sr(OH)2、SrO、SrCO3等のSr化合物等の硫酸を沈殿させるための中和剤が好適である。CaCO3を用いる場合には、スラリー状の炭酸カルシウムを用いることが望ましい。例えば、中和剤としてCa(OH)2を用いる場合は、(1)式に従って、Irと硫酸を含む酸性溶液中の硫酸イオンを、石膏(CaSO4・2H2O)として沈殿させ、Ir及び硫酸を含む酸性溶液のイオン強度を2以下に低下させることが好ましい。

2H++SO42-+Ca(OH)2→CaSO4・2H2O ・・・(1)
【0016】
中和工程において、Ir及び硫酸を含む酸性溶液のイオン強度は2以下とすることが好ましく、より好ましく1.2以下である。イオン強度を2よりも高くすると、効率的にIrを回収することができない。イオン強度の下限値に特に制限はないが、例えばIrイオンのイオン強度とすることができる。なお、Ir及び硫酸を含む酸性溶液のイオン強度は溶液に含まれるi種のイオンのモル濃度をci、電荷数をziとしたとき、(1/2)Σcii2であり、液中のイオンのモル濃度を測定することにより求めることができる。
【0017】
上記中和工程においては、Ir及び硫酸を含む酸性溶液の遊離酸濃度を0.03mol/L〜1.2mol/Lになるように、より好ましくは遊離酸濃度が0.1mol/L〜1.2mol/Lになるように中和剤を添加することが好ましい。遊離酸濃度が1.2mol/Lより高い場合は、硫酸イオンがIrを含む酸性溶液中に多量に存在するためイオン強度が高くなり、後述する活性炭吸着工程におけるIr吸着率が低下する。一方、遊離酸濃度が0.03mol/Lより低いと、Irを含む酸性溶液中の硫酸イオンが反応を終え、過剰となった中和剤の陽イオン(例えばCa化合物を用いた場合はCaイオン)等が溶解し始めるため、再びイオン強度が高くなる。さらに、中和によりIrが沈殿するため、遊離酸濃度が0.03mol/Lより低いと、Irが沈殿し、Ir液分配率が低くなる。なお、遊離酸濃度は中和滴定法により測定することができる。
【0018】
中和工程の進行状況を、Ir及び硫酸を含む酸性溶液中のpHで管理することもできる。この場合、Ir及び硫酸を含む酸性溶液中のpHがpH=−0.08〜1.5となるように中和剤を添加すればよい。
【0019】
沈殿したCaSO4・2H2Oは濾過により分離し、Irを含む酸性溶液を回収する。Irを含む酸性溶液(中和濾液)には、As、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sb等の不純物が含まれる。このため、硫化剤の添加により、As、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sbの少なくとも1種以上の不純物を取り除く硫化工程を実施することが好ましい。
【0020】
硫化剤としては、水硫化ナトリウム、硫化ナトリウム、硫化水素、等が好適に用いられる。硫化剤を溶液で投入する場合の硫化剤の濃度については、濾液量の増加や硫化時の溶液の酸化還元電位の制御を考慮し20〜30mass%が望ましい。硫化剤の添加速度については、硫化時の溶液の酸化還元電位(ORP)の制御を考慮し、Irを含む酸性溶液1Lに対して3ml/min以下が望ましい。硫化を行う際の温度は、硫化反応の速度に関係するものであるが、特定の温度に限定されるものではなく、常温でもあるいは加熱してもIrを効率よく分離することができる。
【0021】
硫化後液のAg/AgCl電極を基準電極とする酸化還元電位(ORP)は、硫化時の酸化還元電位とRu、Irの分配比の関係、硫化時の酸化還元電位と硫化後液の不純物(活性炭にIrを吸着させる際にIrの吸着を妨げる不純物、例えばAs、Pb、Sn等)濃度の関係から、70〜90mVの範囲を指標とすることが望ましい。
【0022】
硫化処理後の溶液を、濾過により不純物を除去し、Irを含む酸性溶液(硫化後液)を回収する。その後、回収後のIrを含む酸性溶液を活性炭と接触させて、Irを活性炭に吸着させる。
【0023】
活性炭と溶液との接触方法については、活性炭をカラムに充填し、そのカラムにIrを含む酸性溶液を連続的に流し込む方式が望ましい。
【0024】
活性炭の種類は特に限定されないが、中でも椰子殻活性炭が吸着量が大きく、吸着速度も速いため望ましい。また、吸着させる前に脱泡処理をすることが望ましい。活性炭への通液速度についてはSV(空間速度)=1〜20の範囲で制御することが望ましい。
【実施例】
【0025】
以下に本発明の実施例を示すが、以下の実施例に本発明が限定されることを意図するものではない。
【0026】
(実施例1)
中和工程では、Cu電解殿物を脱Cu浸出、塩化浸出、Au抽出、SO2還元した後の工業廃水9.3m3に対して遊離酸濃度が1.2mol/Lになるまでスラリー状の炭酸カルシウムを添加して撹拌し、溶液中のイオン強度を3.2から1.2にまで低減させた。
【0027】
表1に中和工程の液組成、pHおよび中和後液への分配率を示す。炭酸カルシウムの添加によって液量が増加し、Ir液濃度は低下するがIr含有量はほとんど変わらず、Irの96.1%を中和後液として回収できた。
【表1】

【0028】
中和後液の硫化工程による不純物の除去について説明する。中和工程により回収したIrを含む中和後液(硫化前液)20m3に、25wt%水硫化ナトリウムをAg/AgCl電極を基準電極としてORP=80mVになるまで添加した。表2に硫化工程の液組成、硫化工程における液分配率を示す。硫化工程によりIr、Ruを除くCu、Fe、Ni、Zn、Pb、Te、Sb、Sn、As、Bi等の不純物はほとんど除去できており、Irは99.3%、Ruは72.7%が硫化後液中に回収できた。
【表2】

【0029】
硫化後液の活性炭吸着工程によるIrの活性炭への吸着に関して説明する。硫化工程により回収したIrを含む硫化後液(吸着前液)20m3を、活性炭を充填した吸着塔に通液しIrを活性炭に吸着させた。表3に活性炭吸着工程の液組成、吸着率を示す。Irの85.7%は活性炭に吸着し、回収することができた。
【表3】

【0030】
(実施例2)
Cu電解殿物を脱Cu浸出、塩化浸出、Au抽出、SO2還元した後の工業廃水であるIrを含む酸性溶液200mlに遊離酸濃度が0.1mol/LになるまでCa(OH)2を添加し、溶液中のイオン強度を4.89から1.73にまで低減させ、濾過によりIrを含む酸性溶液を回収した。表4に中和における液組成、中和後液への分配率を示す。中和前液ではSO42-、Cl-、遊離酸濃度によるイオン強度への影響が大きいが、中和後液ではIr液分配率は75.4%となるものの、SO42-を除去し、遊離酸濃度を低下させ、イオン強度を下げることができた。
【表4】

【0031】
(実施例3)
中和時の遊離酸濃度を1.0mol/Lとしたこと以外は実施例1と同様な中和処理、硫化処理によりイオン強度を1.14に調整したIrを含む酸性溶液に対して脱泡した活性炭を溶液100mLに対して4gの割合で投入後、24時間撹拌してIrを活性炭に吸着させた。表5に活性炭吸着における液組成、吸着率を示す。活性炭吸着により、Irの84.1%を吸着させ、回収することができた。
【表5】

【0032】
(実施例4)
<中和処理における遊離酸濃度とIr液分配率の関係>
中和処理における遊離酸濃度(フリー酸濃度)の変化と回収したIrを含む溶液へのIr液分配率との関係を評価した。結果を図2に示す。図2では、中和工程に関して実施例2と同様な条件で、Ca(OH)2の添加量を変えて遊離酸濃度を変化させたものである。中和により遊離酸濃度が1.2mol/L付近より低くなるにつれてIr液分配率が低くなることが分かる。
【0033】
(実施例5)
<中和処理における遊離酸濃度と溶液イオン強度の関係>
実施例2と同様な条件で遊離酸濃度(フリー酸濃度)を変化させた場合の遊離酸濃度と溶液イオン強度との関係を評価した結果を図3に示す。Ca(OH)2添加前の中和前液のイオン強度は4.9と高く、遊離酸、硫酸イオン、塩化物イオンが大きく影響していた。Ca(OH)2の添加により遊離酸濃度は低くなり、さらに硫酸イオンがCaSO4・2H2Oとなり沈殿するため、溶液のイオン強度は低下する。遊離酸濃度が1.0mol/Lのときのイオン強度は1.4となったが、さらに遊離酸濃度を低くした場合、硫酸イオンは反応を終えて過剰となったCaが溶解するため、イオン強度は高くなることが分かる。
【0034】
(実施例6)
<イオン強度とIr活性炭吸着率との関係>
活性炭吸着に関して、イオン強度の異なる吸着前液を用いて、実施例3と同様な条件、即ち、脱泡した活性炭を溶液100mLに対して4gの割合で投入後、24時間撹拌してIrを活性炭に吸着させた。図4に結果を示す。吸着前液のイオン強度とIr吸着率には相関がみられ、イオン強度が低い方が、Irは活性炭に吸着しやすいことが把握された。
【0035】
(比較例1)
Cu電解殿物を脱Cu浸出、塩化浸出、Au抽出、SO2還元した後の工業廃水であるIrを含む酸性溶液200mlに遊離酸濃度が0.01mol/LになるまでCa(OH)2を添加し、濾過によりIrを含む酸性溶液を回収した。表6に中和による液組成、液分配率を示す。遊離酸濃度0.01mol/Lでは中和後液に含まれるIr濃度が低く、Irの69.8%が中和により沈殿しているため、濾過によりIrを含む溶液を回収した場合、Irが30.2%しか回収できていない。
【表6】

【0036】
(比較例2)
活性炭吸着に関して実施例3と同様な条件で、中和処理終了後のイオン強度が3.17、遊離酸濃度を1.9mol/Lとした吸着前液を用いて活性炭吸着を行った。表7に結果を示す。Ir吸着率は58.2%であり、十分にIrを回収できていない。したがって、イオン強度の高い吸着前液では効率的にIrを回収することができないが、中和によりイオン強度を下げることによりIrの吸着率が改善されることが把握された。
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ir及び硫酸を含む酸性溶液に、硫酸を沈殿させる中和剤を添加することにより酸性溶液中の硫酸イオンを沈殿させて分離し、酸性溶液中の遊離酸濃度を0.03mol/L〜1.2mol/Lにして酸性溶液中のイオン強度を低下させる中和工程と、
中和後のIrを含む酸性溶液中に含まれるAs、Cu、Fe、Ni、Zn、Bi、Pb、Te、Sn、Sbの中から選択される1種以上の不純物を硫化剤の添加により取り除く硫化工程と、
中和後のIrを含む酸性溶液を活性炭に通液し、Irを活性炭に吸着させる活性炭吸着工程と
を含むことを特徴とする白金族含有溶液からのIrの回収方法。
【請求項2】
前記中和剤が、Ca(OH)2、CaO、CaCO3、Sr(OH)2、SrO、SrCO3のいずれかを含む請求項1に記載の白金族含有溶液からのIrの回収方法。
【請求項3】
前記中和工程が、酸性溶液中のイオン強度が2以下となるように中和剤を添加することを含む請求項1又は2に記載の白金族含有溶液からのIrの回収方法。
【請求項4】
前記硫化工程が、中和後のIrを含む酸性溶液の酸化還元電位を70〜90mVに制御することを含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の白金族含有溶液からのIrの回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−167334(P2012−167334A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29892(P2011−29892)
【出願日】平成23年2月15日(2011.2.15)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】