説明

皮膚のシミ形成を予測する皮膚検査方法

【課題】皮膚のシミ形成を予測する皮膚検査方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、皮膚のシミ形成を予測するための皮膚検査方法を提供する。この方法は、皮膚中のMIF(macrophage migration inhibitory factor)の発現量が正常な皮膚中の発現量と比べて亢進している場合、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することを特徴とする。好ましい一態様では、被験対象部位から非侵襲的に採取された角質細胞を皮膚試料とし、前記皮膚試料から抽出したRNA又はタンパク質を試料として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚のシミ形成を予測するための皮膚検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シミの形成は、紫外線やホルモンバランスの乱れなどによりメラノサイト(色素細胞)が活性化され、メラニン色素が局所的に過剰生成されることが主な原因とされている。活性化されたメラノサイト内では、メラニン色素の生成に関わる酵素であるチロシナーゼが活性化することによって、メラニン色素の過剰生成が起こると考えられる。そこで、メラニン色素の過剰生成を抑制するためにはチロシナーゼの活性化を抑制することが必要であるとの観点から、さまざまな手入れ方法が提案されている。また、既にできてしまったシミに対しては、肌の新陳代謝を促進して不要なメラニンを早く追い出すことや、余分なメラニンを作らないようにすることなどが必要となるため、できるだけ早めに手入れをする必要がある。従って、シミが形成される前に肌の手入れを行うことがより好ましい。しかしながら、シミのでき易さには個人差があり、またその原因となる条件もさまざまであるため、シミのでき易さを判断することは一般に困難である。よって、シミが形成される前にシミができ易い状態であるか否かを判断する手段があればシミの形成に対する判断において極めて有効である。
【0003】
シミにはさまざまな種類があり、老人性色素班、肝班などが挙げられる。老人性色素班は、主に紫外線が原因となって誘発される色素班である。肝班は、中年以降の女性の顔面、特に頬部、前額部などに左右対称に生ずる比較的大型の色素班で、その形成には内分泌ホルモン(黄体ホルモン、卵胞ホルモン)が深く関与していると考えられている。
【0004】
しかしながら、シミの形成の原因は複雑で多岐にわたると考えられており、シミの生成機構についてはすべて解明されているわけではない。最近では、シミの生成機構に関する研究が盛んに行われており、従来の生化学的なアプローチに加えて、遺伝子工学的な手法を取り入れた解析が加わり、急速な進歩を遂げている。例えば、ヒトメラノサイト刺激ホルモン1受容体(MC1R)遺伝子の一塩基置換(SNP)が、シミの形成に影響していることが知られている(特許文献1)。確かに、シミ部位の遺伝学的検査によって得られる情報(DNA配列情報)は、シミの形成を予測することにとって重要なものである。しかしながら、遺伝子によっては、個人の生活習慣などの内的要因や気候などの外的要因のために生涯発現しない可能性も考えられること等を考慮すれば、シミの形成関連遺伝子のDNA配列情報だけでは、さまざまな要因が絡み合った結果として形成されるシミの形成し易さを的確に捉えることはできず、特に外的な要因によるシミの形成し易さの変化を理解することは不可能である。
【特許文献1】特開2006−191858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、皮膚にシミが形成される前に肌がシミのでき易い状態であるか否かを予測できる手法について鋭意検討した。そして、本発明者は、シミ部位におけるMIF(macrophage migration inhibitory factor)の量が非シミ部位と比べて著しく多いことを見出した。また、本発明者は、MIFがメラノサイトを活性化することでメラニン色素の生成を亢進することを見出した。従って、皮膚におけるMIFの量を調べることで、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することが可能であることが明らかとなった。
【0006】
MIFは、マクロファージの遊走を阻止してマクロファージを集積させる分子量約1万2千のサイトカインであり、免疫応答や細胞の分化増殖能に関わる因子である。MIFは免疫系組織だけでなく、脳や腎臓、および皮膚等のさまざまな組織に発現していることが知られている。これまでに、皮膚におけるMIFの増加により皮膚のコラゲナーゼ活性が増加することが示唆されているが(非特許文献1)、シミの形成に関する報告は存在しない。
【非特許文献1】Watanabe H,J Biol Chem,279:1676−1683,2004.
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下に列挙する皮膚検査方法を提供する。
[1]皮膚のシミ形成を予測する皮膚検査方法であって、皮膚中のMIFの発現量が正常な皮膚中の発現量と比べて亢進している場合、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することを特徴とする皮膚検査方法。
[2]前記MIFの発現量の亢進が、角質細胞中のMIF量を測定することにより決定される、[1]に記載の皮膚検査方法。
[3]前記MIFの発現量の測定が、前記皮膚試料から抽出したRNAを試料とし、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)によって行われる、[2]に記載の皮膚検査方法。
[4]前記MIFの発現量の測定が、前記皮膚試料から抽出したタンパク質を試料とし、免疫染色法、ウエスタンブロット法又は免疫測定法によって行われる、[2]に記載の皮膚検査方法。
[5]シミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子をスクリーニングする方法であって、候補化合物をMIFの発現及び/又は活性を阻害する能力について評価し、当該阻害能力を有するMIF抑制因子をシミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子として選定することを特徴とする皮膚検査方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、被験対象部位の皮膚中のMIFの量を測定することによって、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することを特徴とする皮膚のシミ形成を予測するための皮膚検査方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の第一の局面は、皮膚のシミ形成を予測するための検査方法を提供する。この方法は、皮膚中のMIFの量が正常な皮膚と比べて多い場合、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することを特徴とする。
【0010】
本発明のシミ形成を予測するための皮膚検査方法は、好ましくは以下の一連のステップ(1)〜(3)によって実施される。
(1)被験対象部位の皮膚試料を用意するステップ
(2)前記皮膚試料中のMIFの量を測定するステップ
(3)前記発現量からシミの形成し易さを評価するステップ
【0011】
検査すべき皮膚は、例えば顔、首、腕、肢など、シミができ易く、またシミの形成が気になるあらゆる部位の皮膚であってよい。シミの形成が起こっていない正常皮膚、即ちコントロールの皮膚としては、同一個体の例えば紫外線に曝されにくく、比較的シミのできにくい部位の皮膚、例えば腹部、臀部の皮膚であってよい。また、かような試料(組織もしくは細胞)の培養物であってもよい。
【0012】
皮膚からの試料の採取方法は特に限定されない。例えば、外科的手段等の侵襲的な方法により採取されたものでよい。好ましくは非侵襲的な採取方法を採用することが望ましい。非侵襲的な方法としては、当該技術分野で常用されているテープストリッピングや擦過法等を挙げることができる。
【0013】
皮膚試料中のMIFの測定方法は特に限定されない。例えば、MIFをコードするmRNA発現量やMIFのタンパク量を測定する方法が挙げられる。
【0014】
皮膚試料中のMIFmRNA発現量は、皮膚試料からRNAを抽出し、逆転写反応を行った後にPCR法を行うことにより決定することができる。RNAの抽出方法、PCR法は当業者にとって周知であり、常法のプロトコール、又は常法のプロトコールを適宜修正・変更したプロトコールによって適切な測定系を構築し、そして実施することができる。
【0015】
皮膚試料中のMIFタンパク量の測定には、例えばMIFに特異的な抗体を使用し、蛍光物質、色素、酵素等を利用する免疫染色法、ウエスタンブロット法、免疫測定法(例えばELISA法、EIA法)等を用いることができる。これらの方法についても常法に従って実施すればよい。各方法についてさまざまなプロトコールが報告されており、当業者であれば常法のプロトコールに従い、又は常法のプロトコールを適宜修正・変更したプロトコールによって適切な測定系を構築し、そして実施することができる。
【0016】
シミの形成の起こり易さの評価は、被験対象部位の皮膚中のMIF量が正常部位の皮膚中MIF量と比べて10%以上、又は20%以上、又は30%以上、又は50%以上、又は70%以上、又は100%以上多い場合、「シミの形成が起こり易い皮膚である」と判断する、としてよい。
【0017】
本発明の第二の局面は、シミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子をスクリーニングする方法を提供する。この方法は、候補化合物をMIFの発現及び/又は活性を阻害する能力について評価し、当該阻害能力を有するMIF抑制因子をシミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子として選定することを特徴とする。
【0018】
例えば、被験対象部位の皮膚に候補化合物、又は候補化合物を含む製剤を適用し、適用前後のMIF量を測定することにより、当該阻害能力の評価をすることができる。被験対象部位への候補化合物の適用方法は、塗布や接種等、皮膚への直接的な適用に限定されることはなく、例えば、経口や経鼻等の間接的な適用であってもよい。また、被験対象部位の皮膚試料(組織もしくは細胞)の培養物に候補化合物を適用し、適用の有無によるMIF量を測定することにより、当該阻害能力の評価を行うこともできる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を効果的に説明するために、実験例を挙げる。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0020】
実験例1 老人性色素班部位におけるMIFmRNA発現量の増加
被験者皮膚の老人性色素班部位と非老人性色素班部位にそれぞれ半径1cmの円状のテープ(3M、Blenderm)を一枚貼り付け、十分に接着していることを確認した後、テープを剥がし取り、角質を含むテープを得た。得られた角質に含まれるRNAをRNA抽出キット(Ambion社製、RNAqueous−4PCR Kit)を用いて抽出した。すなわち、角質の付着したテープをテープごと350μLのLysis/Binding Solutionに入れ、proteinase K(Invitrogen社製)を添加し、56℃で1時間インキュベートした。その後、超音波破砕機を用いて分散させた後、350μLの64%エタノールを加えて攪拌し、テープを取り除き、角質抽出液を得た。付属のFilter CartrigeにRNAを吸着させた後に、100μLの抽出液でRNAを溶出した。得られた溶出液にDNaseIを加え、残存しているDNAを完全に除去した後、エタノールを用いてRNAを沈殿させてRNAを濃縮した。得られたRNAのペレットを必要量の水に溶解して、角質に含まれる残存RNAを得た。各RNAをRT−PCRキット(Invitrogen社製、SuperScript III Platinum SYBR Green Two−step qRT−PCR kit)を用いた定量PCR反応に供し、MIF遺伝子の発現量を定量した。MIF遺伝子の発現量はβ−アクチン遺伝子の発現量で規格化(ノーマライズ)した。なお、各遺伝子の発現量の測定に使用したプライマーは次の通りである。
【0021】
MIF用のプライマーセット
AGAACCGCTCCTACAGCAAG(配列番号1)
CTTAGGCGAAGGTGGAGTTG(配列番号2)
β−アクチン用のプライマーセット
CACTCTTCCAGCCTTCCTTCC(配列番号3)
GTGTTGGCGTACAGGTCTTTG(配列番号4)
【0022】
定量化はΔΔCt法にて行い、非老人性色素班部位のMIFmRNA発現量に対するシミ部位のMIFmRNA発現量を算出した。その結果を表1に示す。図示の通り、非老人性色素班部位と比較して老人性色素班部位ではMIFmRNA発現量が大きいことが明らかとなった。
【0023】
【表1】

【0024】
実験例2 肝班部位におけるMIFmRNA発現量の増加
女性被験者の顔部皮膚の肝班部位と非肝班部位にそれぞれ半径1cmの円状のテープ(3M、Blenderm)を一枚貼り付け、十分に接着していることを確認した後、テープを剥がし取り、角質を含むテープを得た。以下、実験例1の方法によりMIFmRNAの発現量を測定した。
【0025】
定量化はΔΔCt法にて行い、非肝班部位のMIFmRNA発現量に対する肝班部位のMIFmRNA発現量を算出した。その結果を表2に示す。図示の通り、非肝班部位と比較して肝班部位ではMIFmRNA発現量が大きいことが明らかとなった。
【0026】
【表2】

【0027】
実験例3 MIFによるチロシナーゼタンパク量の増加
直径60mm dish(FALCON社製)でセミコンフルエントになるまで培養した正常ヒトメラノサイト(クラボウ社製)にrecombinant human MIF(R&D Systems社製)を添加し、48時間後にタンパク抽出試薬(ニッポンジーン社製、ISOGEN)を用いてタンパクを抽出した。チロシナーゼタンパク量の測定はウエスタンブロット法により行った。すなわち、正常ヒトメラノサイトから抽出したタンパクをタンパク濃度0.1mg/mLに統一し、同量のサンプルバッファーを加えて100℃で5分間処理した。そのうちの10μLをSDS電気泳動に供し、電気泳動後のゲルをトランスファー用メンブレン(Millipore社製、IPVH09120)にブロッティングした。次に、1%スキムミルク溶液(ブロッキング溶液)でメンブレンを1時間ブロッキングした後、ブロッキング溶液で200倍希釈したanti−tyrosinase抗体(LAB VISION社製、MS−800−P1)と室温で1時間反応させた。さらに、ブロッキング溶液で10,000倍希釈したPeroxidase−conjugated anti−mouse IgG(Jackson Immunoresearch社製、115−036−003)と室温で1時間反応させた後、ウエスタンブロッティング検出試薬(Amarsham社製、RPN2209)と室温で1分間反応させ、ライトキャプチャー(ATTO社製)にて発光パターンを撮影した。撮影後、75kDa付近に現れたチロシナーゼタンパクによるバンドを解析ソフト(ATTO社製)にて定量化した。
【0028】
MIF無添加(コントロール)に対するチロシナーゼタンパク量(%)を算出した。結果を表3に示す。図示の通り、MIFによるチロシナーゼタンパク量の増加が認められた。
【0029】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のシミ形成を予測する皮膚検査方法によれば、シミの形成が起こり易いか否かを判断することができる。また、シミが形成する前からシミに対する手入れを行うことで、今まで以上の効果が期待できる。さらに、シミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子を適切に選定することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚のシミ形成を予測する皮膚検査方法であって、皮膚中のMIF(macrophage migration inhibitory factor)の発現量が正常な皮膚中の発現量と比べて亢進している場合、シミの形成が起こり易い皮膚であると判断することを特徴とする皮膚検査方法。
【請求項2】
前記MIFの発現量の亢進が、角質細胞中のMIF量を測定することにより決定される、請求項1に記載の皮膚検査方法。
【請求項3】
前記MIFの発現量の測定が、前記皮膚試料から抽出したRNAを試料とし、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)によって行われる、請求項2に記載の皮膚検査方法。
【請求項4】
前記MIFの発現量の測定が、前記皮膚試料から抽出したタンパク質を試料とし、免疫染色法、ウエスタンブロット法又は免疫測定法によって行われる、請求項2に記載の皮膚検査方法。
【請求項5】
シミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子をスクリーニングする方法であって、候補化合物をMIFの発現及び/又は活性を阻害する能力について評価し、当該阻害能力を有するMIF抑制因子をシミの形成抑制因子及び/又はシミ除去因子として選定することを特徴とする皮膚検査方法。


【公開番号】特開2009−112255(P2009−112255A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289344(P2007−289344)
【出願日】平成19年11月7日(2007.11.7)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】