説明

皮膚ガス捕集装置

【課題】 皮膚表面より放散され、人の健康状態の指標となる皮膚ガスを、定量的にかつ簡便に捕集するための皮膚ガス捕集装置の提供。
【解決手段】 開口部を有する略筒状の有底容器、および前記容器内に保持された、前記開口部を皮膚に密着させることで皮膚表面より容器内に放散される皮膚ガスを受動的に捕集する平面状の捕集材を構成要素として含む皮膚ガス捕集装置。
【選択図面】 図1

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚表面より放散され、人の健康状態の一指標となる皮膚ガスを、簡便に捕集し、かつ分析するための皮膚ガス捕集装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人の健康状態の診断の指標として、血液、代謝物(尿や便)中の成分が主に用いられてきた。近年、分析技術の高感度化に伴い、人の皮膚表面から放散する皮膚ガスの種類や量が明らかになりつつあり、この皮膚ガスと人の健康状態との関係がわかってきた。たとえば、アセトンは糖尿病、肥満および自家中毒の症状と、アンモニアは尿毒症、肝不全、腹部膿腫およびピロリ菌と、またアセトアルデヒドは飲酒と、ノネナールは加齢との関連性が指摘されている。このため、皮膚ガスを健康状態の診断の指標として利用できる可能性が示唆されている。皮膚ガス測定によって健康状態を把握することができれば、自己の健康状態の維持・改善あるいは在宅医療の方針策定に寄与することができる。
【0003】
しかしながら、皮膚ガスの測定では、被検対象の皮膚ガスが微量で、かつ皮膚表面に存在していることから、サンプリングが特に困難を極める。皮膚表面のガス採取方法として、蚊の誘因物質を同定する際、ガラスビーズをサンプリング材料に用いたことが報告されている(非特許文献1参照)。この報告では、被験者が、直径2.9mmのガラスビーズ5〜8個を手のひらで10〜15分間こすり、ガラスビーズに付着した皮膚ガスをGC/MSにより同定したことが報告されている。この方法では、皮膚ガス成分の定性分析は可能であるが、皮膚ガスを定量的に測定することは困難である。
【0004】
皮膚ガスの収集装置および測定装置の提案もある(特許文献1参照)。この皮膚ガス収集装置は、皮膚ガス(皮膚透過ガス)を貯留する手段と、貯留された皮膚ガスを導出する手段を供えた容器からなる。ここに開示される装置は、いずれの態様も上記皮膚ガスを導出する手段を有し、具体的には、空気などを装置内に導入し、皮膚表面に流してから強制的に皮膚ガスとともに導出する。この装置を用いて採集した皮膚ガスを測定した例も示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2002−195919号公報
【非特許文献1】Bernierら,Aanlytical Chemistry,1999年,71(1),p.1-7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、小型・軽量で容易に持ち運びができ、動力を必要とせず、簡単な操作で皮膚ガスを捕集することができ、かつ皮膚ガスの放散フラックス測定を可能にする皮膚ガス捕集装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、気体の分子拡散(放散)原理に着目して皮膚ガスの捕集方法を検討し、固体表面での物質移動におけるガスの境界層厚さの範囲内であれば分子拡散過程の律速に関係なく、ガスを捕集できると考えた。つまり皮膚表面から捕集材までの拡散距離を充分小さくすれば、拡散距離に対する依存性が少なくなり、皮膚ガスの放散フラックスが律速過程となる。したがって皮膚表面からこのような範囲の所定高さでかつ一定の位置に、ガス捕集材を配置すれば、皮膚ガスを放散フラックスに基づいて定量的に捕集でき、上記課題を解決しうると想到した。そこで上記ガスの境界層厚さの範囲内に、皮膚ガスを受動的に捕集しうる捕集材を配置したところ、皮膚ガスを有意に検出し得ることが確認でき、以下の本発明を完成するに至った。
【0008】
なお放散フラックス(J)は、拡散距離の依存性を無視できると仮定した場合には、捕集材に捕集された皮膚ガス捕集量(W)、開口部面積(S)および捕集時間(t)から
下式(1)によって算出できる。
J=W/(St) …(1)
【0009】
本発明に係る皮膚ガス捕集装置は、開口部を有する略筒状の有底容器、および該容器内に保持された、前記開口部を皮膚に密着させることで皮膚表面より容器内に放散される皮膚ガスを受動的に捕集する平面状の捕集材を構成要素として含む。
捕集材を容器内に保持する方法は、特に制限されない。たとえば容器内周壁面に、捕集材が落下しないように係止させる凸部または凹部を設けてもよい。また容器内径よりわずかに大きい径の捕集材を容器内に押し込めば、保持手段を形成あるいは別段に保持部材を用いなくともそれ自体の外周変形により保持可能である。
【0010】
しかしながら本発明では、好ましくは捕集材を前記開口部から一定の所定高さで保持するための保持手段または保持部材を含む。このような好ましい態様例としての本発明に係る皮膚ガス捕集装置は、開口部を有する略筒状の有底容器、前記開口部を皮膚に密着させることで皮膚表面より容器内に放散される皮膚ガスを受動的に捕集する平面状の捕集材、および前記捕集材を、前記開口部から一定の所定高さで前記容器内に保持するための保持部材を構成要素として含む。
本発明において、上記皮膚ガスを受動的に捕集する捕集材とは、物理的および/または化学的に吸着する捕集材である。
【0011】
本発明の好ましい態様では、皮膚ガスと反応性のある非揮発性化合物を担持した担体からなる捕集材が好ましい。
その具体例として、皮膚ガスがアルデヒド・ケトン類を含むガスであり、非揮発性化合物がアミン化合物である態様が挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の皮膚ガス捕集装置は、簡易な装置であり、皮膚ガスを放散フラックスに基づいて定量的に捕集することができる。またこの捕集装置は、非侵襲・非観血的に皮膚ガスを採取することができ、したがって感染症誘発の危険性がなくかつ痛みも伴わずに、皮膚ガスをサンプリングすることができる。このような本発明の皮膚ガス捕集装置は、健康状態を把握するための皮膚ガスによる新たな臨床測定に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を参照しながら説明する。
図1は本発明の好適な一実施態様例の構成を示す概略説明図であり、図2はその側断面図である。皮膚ガスの捕集装置1は、開口部2aを有する有底容器2、容器2内に底面側から順次に配置された背面板3、捕集材4、Oリング(保持部材)5で構成されている。
【0014】
容器2、背面板3、捕集材4の形状は、皮膚ガスの捕集ムラを最小限にするために、略円形が望ましく、容器2は円筒状である。
これら円の径(容器2の内径)は、たとえば捕集装置1を、腕などに載置して測定する際に、皮膚ガス捕集量を充分とし、短時間での捕集で充分な分析感度を得るためには大きい方が望ましいが、被測定面より大きくなって皮膚と開口部との密着度が低下するのを避けるため通常50mm以下である。好ましくは、10mmないし50mm、より好ましくは20mmないし40mmである。
【0015】
容器2は、開口部2aから進入してきた皮膚ガスを容器内に封じ込めるため、通常有底容器である。また容器2の材質は、皮膚ガス成分に対して著しい吸着または反応性を有していなければ特に制限されないが、望ましくはステンレスである。
【0016】
背面板3は捕集材4からのガス分子の透過を防止するためのものであり、その材質は、皮膚ガスを透過させず、軽量で、皮膚ガス成分に対して著しい吸着または反応性を有していなければ特に制限されないが、望ましくはポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂である。
なお図には、背面板3を含む態様を示すが、容器2が有底でガス不透過性であれば必ずしも背面板を必要としない。また捕集材4が、その本体部分はガス透過性であるが背面にたとえばガス不透過性の層を有するなどの形態によりそれ自身が全体でガス不透過性であれば、同様に必ずしも背面板3を必要としない。
また容器2は、それ自体が有底形状であってもよく、皮膚ガスを容器内に封じ込めることができれば、底面が別部材で構成されていてもよく、たとえば両端開口の筒体の一方を上記背面板3で塞ぐことにより、有底形状としてもよい。
【0017】
捕集材4は、皮膚ガスの拡散距離を一定に保つため、皮膚表面6とほぼ平行になるような平面状体である。
本発明において、捕集材4として、平面状担体に、皮膚ガスと反応性の非揮発性化合物を担持させた構造体が好ましく使用される。担体は、平面状体を形成しうるものであれば特に限定されないが、セルロース、ニトロセルロース、繊維状活性炭等などからなるろ紙またシリカゲルを含むろ紙、ガラス繊維製ろ紙等が好適に用いられる。
【0018】
皮膚ガスと反応性のある非揮発性化合物(担持成分)は、測定対象の皮膚ガスの種類に応じて適宜に選択することができる。担持成分は、測定対象の皮膚ガスとの反応により、誘導体を形成しうる非揮発性化合物を好ましく使用することができる。
たとえば皮膚ガスがアルデヒド・ケトン類の場合には、担持成分として、非揮発性のアミン化合物が好ましく例示される。このアミン化合物としては、具体的に、トリエタノールアミン、2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(以下、DNPHと略記)、o-(4-トリフルオロメトキシベンジル)ヒドロキシアミン、o-(4-シアノ-2-エトキシベンジル)ヒドロキシアミン・リン酸塩などが挙げられる。これらのうちでも、DNPHが好ましい。
上記で捕集するアルデヒド類皮膚ガスの代表例としてアセトアルデヒド、ノネナール、ケトン類皮膚ガスの代表例としてアセトンが挙げられる。
【0019】
皮膚ガスがアンモニアの場合には、担持成分として、たとえばリン酸、クエン酸、シュウ酸、硫酸、酒石酸などが挙げられる。好ましくはリン酸が挙げられる。
【0020】
これら担持成分は、各成分に応じた適切な量で、担体に担持することができる。また捕集材4は、担持成分の溶液を担体に含浸させ保持させる通常の方法により調製することができる。担体がろ紙である場合には、分析の妨害となる成分を除くために、過酸化水素水等で前処理することが望ましい。担持成分を溶液状態で含浸させた後には、通常乾燥して使用する。また調製に際しては、上記担持成分とともに、必要に応じて他の成分を使用あるいは担体に含ませることができ、また必要に応じて担持成分に応じた前処理、後処理などを行うこともできる。
たとえば、皮膚ガスとしてアルデヒド・ケトン類の捕集材担持成分としてDNPHを用いる場合には、DNPHをリン酸/アセトニトリルの溶液で使用することができる。
【0021】
皮膚表面6からガスが放散する際の境界層厚さは明らかではないが、一般にガスの固体表面での物質移動における境界層厚さは、数cmと考えられている。境界層厚さよりも拡散距離が長くなると、分子拡散過程が律速段階となり、捕集量の拡散距離依存性が生じる。上記のような捕集材4は、皮膚表面6(開口部2a端)から捕集材4までの距離が、2mmないし10mmとなるように容器2内に配置することが望ましい。捕集材4が平面状であれば、この距離を一定に保つことができる。なお、この距離が上記範囲内であれば、測定時に体を動かした場合にも皮膚表面6と捕集材4とが接することなく皮膚ガスを捕集することができる。
【0022】
捕集材4を上記位置に保持する保持部材5は特に制限されるものではないが、Oリングが簡易で好ましい。Oリングの材質は、皮膚ガスを透過させず、軽量で、皮膚ガス成分に対して著しい吸着または反応性を有していなければ特に制限されないが、望ましくはポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂である。
【0023】
上記のように構成される捕集装置1は、腕などの皮膚表面6の上に、開口部2a側を密着させて載置する。この状態で一定時間持続させると、皮膚表面6から放散した皮膚ガスが、捕集材4に受動的に捕集される。
一定時間密着後、捕集材4に捕集されたガス成分を、所定の分析手段により定量分析すれば、上記式(1)により皮膚ガスの放散フラックスの値を求めることができる。
この皮膚ガス放散フラックス値を、健康状態の指標とすることができる。なお、皮膚ガスは、種類によって捕集(測定)部位による依存性がみられる場合があり、健康状態の指標とする場合には、予め定めた部位での捕集が求められる場合もある。
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、これら実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
<捕集材の調製>
クロマトグラフィー用ろ紙(Advantec51A,36mmφ)を2%過酸化水素水に3時間浸漬した後、蒸留水による振とう洗浄(30分間)を2回繰り返し、2日間真空乾燥した。このろ紙を、0.2%DNPH−1%リン酸/アセトニトリル溶液に浸漬して引き上げ、30分間乾燥し、捕集材を調製した。
【0025】
<捕集装置の作製>
ステンレスシャーレ(内径36mmφ)に、ポリテトラフルオロエチレン製プレート(36mmφ)、調製した捕集材を順次配置し、ポリテトラフルオロエチレン製Oリングでこれらを保持して捕集装置を作製した。このとき、皮膚表面(開口部端)からの捕集材の距離(皮膚ガスの拡散距離)を8mmおよび4.5mmとした。
【0026】
<皮膚ガス放散フラックスの分析>
捕集装置の開口部を被験者の左前腕に密着させて1時間放置した。その後、捕集装置から捕集材を取り出し、アセトニトリル10mLを加えて皮膚ガスのDNPH誘導体を抽出した。抽出したDNPH誘導体を高速液体クロマトグラフィにより定量し、皮膚ガス放散フラックスを求めた。表1に分析結果を示す。皮膚ガスとして、アセトアルデヒドが有意に検出され、放散フラックス値は放散距離に依存せず、ほぼ同じ値を示した。
【0027】
【表1】

【実施例2】
【0028】
<捕集装置の作製>
ステンレスシャーレ(内径36mmφ)に、ポリテトラフルオロエチレン製プレート(36mmφ)、実施例1と同様に調製した捕集材を順次配置し、ポリテトラフルオロエチレン製Oリングでこれらを保持して捕集装置を作製した。このとき、皮膚表面と捕集材の距離を8mmとした。
<皮膚ガス放散フラックスの分析>
捕集装置の開口部を被験者の左前腕、左手首、左手のひらの各々に密着させて1時間放置した。その後、捕集装置から捕集材を取り出し、アセトニトリル10mLを加えて皮膚ガスのDNPH誘導体を抽出した。抽出したDNPH誘導体を高速液体クロマトグラフィにより定量し、皮膚ガス放散フラックスを求めた。表2に分析結果を示す。
皮膚ガスとして、アセトアルデヒド、アセトンが有意に検出されたが、アセトンは部位による依存性が認められた。
【0029】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明に係る皮膚ガス捕集装置は、小型・軽量で容易に持ち運びができ、捕集時に格別な動力を必要とせず、簡単な操作で皮膚ガスを放散フラックスに基づいて捕集することができるため、皮膚ガスの測定値を指標にする健康診断に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る皮膚ガス捕集装置の構成を示す模式的斜視図である。
【図2】本発明に係る皮膚ガス捕集装置の概略側断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1…皮膚ガスの捕集装置
2…容器
2a…開口部
3…背面板
4…捕集材
5…保持部材
6…皮膚表面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
開口部を有する略筒状の有底容器、および
前記容器内に保持された、前記開口部を皮膚に密着させることで皮膚表面より容器内に放散される皮膚ガスを受動的に捕集する平面状の捕集材
を構成要素として含む皮膚ガス捕集装置。
【請求項2】
開口部を有する略筒状の有底容器、
前記開口部を皮膚に密着させることで皮膚表面より容器内に放散される皮膚ガスを受動的に捕集する平面状の捕集材、および
前記捕集材を、前記開口部から一定の所定高さで前記容器内に保持するための保持部材を構成要素として含む皮膚ガス捕集装置。
【請求項3】
前記捕集材が、皮膚ガスと反応性のある非揮発性化合物を担持した担体からなる請求項1または2に記載の皮膚ガス捕集装置。
【請求項4】
前記皮膚ガスがアルデヒド・ケトン類を含むガスであり、前記非揮発性化合物がアミン化合物である請求項3に記載の皮膚ガス捕集装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−214747(P2006−214747A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−25116(P2005−25116)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】