説明

皮膚バリア機能回復剤

【課題】皮膚バリア機能回復剤とそのスクリーニング方法、及びそれを利用した皮膚バリア機能回復方法の提供。
【解決手段】一過性受容体電位(TRP)ファミリーと総称される幾つかの熱感受性レセプターの一つ、TRPM8の活性化を指標とする、皮膚バリア機能回復剤のスクリーニング方法、及びTRPM8アゴニストを含有する皮膚バリア機能回復剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TRPM8受容体の活性化を指標とする皮膚バリア機能回復剤のスクリーニング方法、TRPM8アゴニストを含有する皮膚バリア機能回復剤及びそれを利用した皮膚バリア機能回復方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎等、皮膚バリア機能の低下を伴う皮膚疾患は増加の一途を辿っている。また、精神的ストレスや生活環境下での肌荒れ等により皮膚が変調をきたし、皮膚バリア機能を低下させるケースも近年多くなっている。さらに、整形外科手術、火傷手術の際に、移植皮膚を用いるケースがあるが、移植により皮膚バリア層の形成が不充分であるために皮膚バリア機能が低い、または移植により皮膚バリア機能が低下したりしている。以上のようにいろいろな形をとおして皮膚バリア機能が低いといった問題を多くかかえている。
【0003】
これらの低下した皮膚バリア機能は自然に回復することも充分考えられるが、例えば皮膚疾患の場合は主としてステロイドによる抗炎症や保湿による積極的な臨床的治療が行われている。しかしながら、特に、前者においては副作用が知られており、かつバリアそのものの改善につながらず、外用の中止によるリバウンドも知られている。以上から、皮膚バリア機能の向上を安全に促進させる技術の開発が望まれていた。
【0004】
過去十年間に、一過性受容体電位(TRP)ファミリーと総称される幾つかの熱感受性レセプターが末梢神経系からクローニングされた。本発明者は、以前にTRPV1とTRPV4が表皮透過性バリアの恒常性に関連していること示した(非特許文献1)。TRPV1は高温(43℃)及びカプサイシンにより活性化され、その活性化は破壊を受けた皮膚バリア機能の回復を遅らせる。一方、TRPV4はある程度の低温(>33℃)及び4α-ホルボール12,13-ジデカノエート(4cx-PDD)により活性化され、その活性化はバリア機能の回復を促進する。その他のTRPタンパク質であるTRPA1及びTRPM8は低温で活性化される。TRPA1は後根神経節由来の侵害感覚ニューロン中で、17℃未満の温度で活性化されるTRPチャネルとして発見された(非特許文献2)。細胞内のカルシウムの増加と電流が17℃で観察された(非特許文献2)。TRPA1はアリルイソチオシアネート(非特許文献3)及び桂皮アルデヒド(非特許文献4)により活性化される。
【0005】
ヒト表皮角化細胞でのTRPA1の発現が報告されている(非特許文献5)。最近、本発明者は低温(22℃未満)で培養ヒト角化細胞中の細胞内カルシウムの増加が誘発されることを示した(非特許文献6)。さらに、TRPA1アゴニストの局所適用は破壊後の表皮透過性バリア機能回復を促進した(非特許文献7)。これらの結果は、TRPA1が表皮角化細胞中に存在し、バリアの恒常性に関連していることを示唆している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Denda M., Sokabe T., Tominaga T., et al. Effects of skin surface temperature on epidermal permeability barrier homeostasis. J Invest Dermatol 2007; 127:654-659
【非特許文献2】Story GM, Peier AM, Reeve AJ, et al. ANKTM1, a TRP-like channel expressed in nociceptive neurons, is activated by cold temperatures. Cell.; 2003; 112 :819-29.
【非特許文献3】Jordt SE, Bautista DM, Chuang HH, et al. Mustard oils and cannabinoids excite sensory nerve fibres through the TRP channel ANKTM1. Nature. 2004; 427:260-5.
【非特許文献4】Bandell M, Story GM, Hwang SW, et al. Noxious cold ion channel TRPA1 is activated by pungent compounds and bradykinin. Neuron. 2004; 41:849-57.
【非特許文献5】Atoyan R., Shander D., Botchkarvera NV. (2009) Non-neural expression of transient receptor potential type A1 (TRPA1) in human skin. J Invest Dermatol 2009; 129: 2315-5
【非特許文献6】Tsutsumi M., Denda S., Ikeyama K., et al. Exposure to low temperature induces elevation of intracellular calcium in cultured human keratinocytes. J Invest Dermatol 2010 in press
【非特許文献7】Denda M., Tsutsumi M., Goto M., et al. Topical application of TRPA1 agonists and brief cold exposure accelerate skin permeability barrier recovery. J Invest Dermatol 2010 in press
【非特許文献8】Peier AM, Moqrich A, Hergarden AC, et al. A trp channel that senses cold stimuli and menthol. Cell. 2002;108:705-15.
【非特許文献9】Patel T, Ishiuji Y, Yosipovitch G Menthol: a refreshing look at this ancient compound. J Am Acad Dermatol. 2007;57:873-8.
【非特許文献10】Sabnis AS, Shadid M, Yost GS, et al. Human lung epithelial cells express a functional cold-sensing TRPM8 variant. Am J Respir Cell Mol Biol. 2008 ;39: 466-74.
【非特許文献11】Bodding M., Wissenbach U., Flockerzi V. Characterisation of TRPM8 as a pharmacophore receptor. Cell Calcium 2007; 42: 618-628
【非特許文献12】Madrid R., Donovan-Rodriguez T., Meseguer V., et al. Contribution of TRPM8 channels to cold transduction in primary sensory neurons and peripheral nerve terminals. J Neurosci 2006; 26:12512-12525
【非特許文献13】Denda M., Sato J., Tsuchiya T., et al. Low humidity stimulates epidermal DNA synthesis and amplifies the hyperproliferative response to barrier disruption: implication for seasonal exacerbations of inflammatory dermatoses. J Invest Dermatol 1998; 111: 873-878
【非特許文献14】Denda M, Tsuchiya T. Barrier recovery rate varies time-dependently in human skin. Br J Dermatol 2000; 142: 881-884
【非特許文献15】Denda M., Fuziwara S., Inoue K. Influx of calcium and chloride ions into epidermal keratinocytes regulates exocytosis of epidermal lamellar bodies and skin permeability barrier homeostasis. J Invest Dermatol 2003; 121: 362-367
【非特許文献16】Fuziwara S., Inoue K., Denda M. NMDA-type glutamate receptor is associated with cutaneous barrier homeostasis. J Invest Dermatol 2003; 120:1023-1029
【非特許文献17】Denda M., Fuziwara S., Hibino T. Expression of voltage-gated calcium channel subunit aC1 in epidermal keratinocytes and effects of agonist and antagonists of the channel on skin barrier homeostasis. Exp Dermatol 2006; 15:455-460
【非特許文献18】Denda M., Fuziwara S., Inoue K., et al. Immunoreactivity of VR1 on epidermal keratinocyte of human skin. Biochem Biophys Res Commun 2001; 285:1250-1252
【非特許文献19】Inoue K, Koizumi S, Fuziwara S, et al. Functional vanilloid receptors in cultured normal human keratinocytes. Biochem Biophys Res Commun 2002; 291:124-129
【非特許文献20】Peier AM, Reeve AJ, Andersson DA, A heat-sensitive TRP channel expressed in keratinocytes. Science. 2002;296:2046-9.
【非特許文献21】Chung MK, Lee H, Caterina MJ. Warm temperatures activate TRPV4 in mouse 308 keratinocytes. J Biol Chem. 2003;278:32037-46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的は、皮膚バリア機能の向上を促進させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
TRPM8は低温(22℃未満)及びメンソールによって活性化される(非特許文献8)。メンソールは長い間、外用剤として用いられてきた(非特許文献9)。さらに、最近の研究により、ヒト肺上皮細胞での低温感受性TRPM8変異体の発現が示された(非特許文献10)。従って、本発明者はTRPM8が表皮角化細胞中に存在し、透過性バリアの恒常性に関連していると仮定した。
【0009】
この考えを検証するため、まず、TRPM8抗体を使用したマウス皮膚の免疫組織化学研究、及びマウスの皮膚と培養ヒト角化細胞を使用したRT-PCR研究を実施し、皮膚の角化細胞中のTRPM8又はTRPM8様タンパク質の発現が確認された。次に、テープストリッピング法により破壊後の表皮バリア回復速度に及ぼすTRPM8アゴニスト及びTRPM8アンタゴニストの局所適用の効果を評価した。TRPM8アゴニストであるメンソール及びWS12の局所適用は、テープ剥離後のバリア機能回復を促進した。WS12の効果は、非選択的TRPアンタゴニストであるルテニウムレッド及びTRPM8特異的アンタゴニストであるBCTCにより阻害された。さらに、低湿度下でのバリア機能の破壊により誘発された表皮の過形成に及ぼすTRPM8アゴニスト及びTRPM8アンタゴニストの影響を調べた。WS12の局所適用は、低湿度下でのバリア破壊と関連した表皮の増殖を減少させた。この効果はBCTCにより阻害された。この結果は、表皮角化細胞中のTRPM8又は密接に関連したタンパク質が、表皮透過バリア恒常性及びバリア損傷後の表皮増殖の役割を担っていることを示している。
【0010】
従って、第一の観点において、本発明は、TRPM8受容体の活性化を指標する皮膚バリア機能回復剤のスクリーニング方法を提供する。好ましくは、前記TRPM8受容体は角化細胞のTRPM8受容体である。
【0011】
第二の観点において、本発明は、TRPM8アゴニストを含有する、皮膚バリア機能回復剤を提供する。かかる皮膚バリア機能回復剤は医薬組成物又は化粧組成物であってよい。前記TRPM8アゴニストが、前記TRPM8アゴニストが、メントール、イシリン、ユーカリオール、WS-12(((1R,2S,5R)-N-(4-メトキシフェニル)-5-メチル-2-(1-メチルエチル)シクロヘキサンカルボキサミド),WS-23(2-イソプロピル-N,2,3-トリメチルブチルアミド),WS-3(N-メチル-P-メタン-3-カルボキシアミド)、WS-148(フォスフィンオキサイド)CPS-113(N-サブスティチューテッドアリルアルキルサイクロ(登録商標)アルキル-カルボキシアミド)、CPS-369、ゲラニーオル、リナロオール、フレスコラット、MGA、PMD-38、コンタクトP及びヒドロキシル−シトロネラール、から成る群から選ばれる1又は複数の化合物である、請求項2に記載の皮膚バリア機能回復剤。
【0012】
第三の観点において、本発明は、TRPM8アゴニストを皮膚に適用することを特徴する、皮膚バリア機能回復方法を提供する。かかる皮膚バリア機能回復は治療的目的、予防的目的、化粧学的目的であってよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、従来技術には全く新たな手段による、例えば副作用のない、より有効な皮膚バリア機能回復剤の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ヘアレスマウスの表皮の免疫組織学的研究の結果を示す。図1A:TRPM8抗体による免疫染色;図1B:核染色との重畳画像:図1C:第一抗体の不在下でのネガティブコントロール;バーは20μm)。
【図2】ヘアレスマウス(図2A)及び培養ヒト角化細胞(図2B)のRT-PCR試験の結果を示す。
【図3】TRPM8アゴニストのヘアレスマウスの無傷皮膚に対する効果の評価。
【図4】低湿度の下でのバリア破壊により誘導された表皮増殖に対するWS12の局所適用の効果。図4A:未処置コントロール;図4B:低湿度の下でのバリア機能(エタノールを塗布);図4C:低湿度の下でバリア機能を破壊後、WS12溶液を塗布した;図4D:低湿度の下でバリア機能を破壊後、WS12及びBTCTを塗布した。
【図5】図4で示す結果を定量化したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
上述のとおり、本発明は、細胞のTRPM8受容体を活性化させる化合物を有用薬剤として選定することを特徴とする、皮膚バリア機能回復剤のスクリーニング方法を提供する。かかる細胞は好ましくは角化細胞である。
TRPM8は、低温、若しくは冷覚を惹起する化合物により活性化され得る興奮性イオンチャネルすなわちTRPM8チャネルを形成し得る。活性化されたTRPM8チャネルは同チャネルを通過するCa2+イオンの流入をゲートして膜脱分極をもたらす。TRPM8のアミノ酸配列および塩基配列は公知であり、ヒトTRPM8のAアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Y090109に掲載されている。
TRPM8受容体を活性化は、特に限定されるものではないが、例えばカルシウムイメージングによる方法(この場合、受容体が活性化されれば細胞内カルシウム濃度が上昇する)、バッチクランプによる膜電位の測定(この場合、受容体が活性化されれば細胞膜の脱分極が観察される)等が挙げられる。
【0016】
本発明でいうTRPM8受容体は、哺乳動物細胞、好ましくは角層、表皮、基底膜、真皮等を構成する皮膚細胞、最も好ましくは角化細胞の表層において存在する受容体であってよい。当該細胞角層細胞はヒト由来が好ましいが、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ブタなど、あらゆる哺乳動物由来でありであってもよい。
【0017】
TRPM8アゴニストとは、TRPM8を活性化する化学物質をいい、TRPM8アゴニストしては様々な天然及び合成化合物が公知であり、特に限定することなく、前記TRPM8アゴニストが、メントール、イシリン、ユーカリオール、WS-12(((1R,2S,5R)-N-(4-メトキシフェニル)-5-メチル-2-(1-メチルエチル)シクロヘキサンカルボキサミド),WS-23,WS-30, WS-148, CPS-113, CPS-369,ゲラニーオル、リナロオール、フレスコラット、MGA、PMD-38、コンタクトP及びヒドロキシル−シトロネラール、などが挙げられる。
【0018】
本発明でいう皮膚バリア機能の回復を所望する状態とは、例えば、炎症、好ましくは外部刺激、例えば紫外線照射刺激、熱刺激(加熱及び冷却)、化学薬剤刺激、浸透圧刺激、酸化刺激等のストレスを原因とする皮膚バリア機能の低下した状態などを意味する。
【0019】
本発明に係る皮膚バリア機能回復方法は、TRPM8アゴニストを含有する組成物をバリア機能の回復を必要とする皮膚部位に適用、例えば局所適用することにより実施することができる。かかる組成物は医薬組成物として、又は化粧料として、例えば皮膚外用剤として当該部位に適用してよい。
【0020】
本発明に係る医薬又は化粧組成物は、通常、上記TRPM8アゴニストを水やエタノール等の水性溶媒に含有させて用いられる。本発明に係るTRPM8アゴニストの配合量は特に限定されないが、例えば1μM〜10mM、好ましくは10μM〜1mM、より好ましくは100μM程度の範囲の濃度の溶液として適用される。尚、本発明に係る薬剤を入浴剤として調製する場合、使用時に通常100〜1000倍程度に希釈されるので、配合はそれを加味した高濃度で処方されるのが好ましい。上記水性溶媒としては、低級アルコールが好ましく、低級アルコールの含有量は、本発明の組成物中に、20〜80質量%、さらに好ましくは40〜60質量%である。
【0021】
また、本発明に係る医薬又は化粧組成物は、上記必須成分たるTRPM8アゴニスト以外に、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、その他の美白剤、保湿剤、酸化防止剤、油性成分、紫外線吸収剤、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、粉末成分、色剤、水性成分、水、各種皮膚栄養剤等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0022】
その他、組成物の用途に合わせ、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属封鎖剤、カフェイン、タンニン、ベラパミル、トラネキサム酸およびその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、カリンの果実の熱水抽出物、各種生薬、酢酸トコフェロール、グリチルリチン酸およびその誘導体またはその塩等の薬剤、ビタミンC、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド、アルブチン、コウジ酸等の他の美白剤、グルコース、フルクトース、マンノース、ショ糖、トレハロース等の糖類、レチノイン酸、レチノール、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール等のビタミンA類なども適宜配合することができる。
【0023】
本発明に係る医薬又は化粧組成物は、その用途に合わせ、例えば化粧料、医薬品、医薬部外品等の外用剤、例えば化粧水、クリーム、乳液、ローション、パック、浴用剤、軟膏、ヘアーローション、ヘアートニック、ヘアーリキッド、シャンプー、リンス、養毛・育毛剤等、従来皮膚外用剤に用いるものであればいずれでもよく、剤型は特に問わない。
【実施例】
【0024】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【0025】
材料と方法
方法
すべての実験には、生後7〜10週の雄ヘアレスマウス(HR-1,星野試験動物飼育所)を使用した。皮膚バリア機能の測定、バリアの破壊、試験サンプルの適用はネンブタールを使用した麻酔下で行われた。本研究は国立衛生研究所のガイドラインに沿って、資生堂リサーチセンターの倫理委員会によって承認さている。
【0026】
試薬
L-メンソール及びルテニウムレッドはSigma社(St Louis, MI, USA)から購入した。(1R,2S,5R)-N-(4-メトキシフェニル)-5-メチル-2-(1-メチルエチル)シクロヘキサンカルボキサミド(WS12)は Tocris社(Ellisville, MI, USA)から購入した。N-(4-t-ブチルフェニル)-4-(3-クロロピリジン-2-イル)テトラヒドロピラジン-1(2H)-カルボキサミド(BCTC)はEnzo Life Science社(Plymouth Meeting, PA, USA)から購入した。WS12はTRPM8アゴニスト(11)として報告されており、BCTCはTRPM8アンタゴニストとして報告されている(12)。
【0027】
バリア機能回復
表皮バリア機能は、以前報告したように(非特許文献13)、電気水分計(Meeco, Warrington, PA, USA)を使用した経皮水分蒸散量(TEWL)の測定により評価した。バリア機能回復実験のために、以前報告したように(非特許文献13)、TEWLが7〜10mg/cm2/hになるまで両脇腹の皮膚を繰り返しテープ剥離処理した。各脇腹の1点を測定し、各処理に対し8匹のマウスを使用して効果を評価した。次に、TEWLをバリア破壊の1、3、6、及び24時間後に同一箇所で測定した。バリアの破壊は、午前7時〜8時に行い、概日リズムの影響を避けるため直ちにバリア回復速度を評価した(非特許文献14)。バリア機能回復の結果は、バリアの破壊の程度が日々異なるので、回復百分率で表した。各マウスの回復百分率を以下の式に従って計算した。
【0028】
式:(破壊直後のTEWL−所定時間のTEWL)/(破壊直後のTEWL−ベースラインTEWL)×100%
【0029】
細胞培養
包皮由来の正常ヒト上皮角化細胞を倉敷紡績株式会社(大阪)より購入し、EPILIFE-KG2(倉敷紡績株式会社)中で培養した。角化細胞はコラーゲン被覆カバーガラス(Nalge Nunc, Naperville, Illinois, USA)上に播種し、5日以内に使用した。
【0030】
免疫組織化学
皮膚サンプルをPBS中に4%パラホルムアルデヒドを加えて10分間固定し、PBS溶液で洗浄し、室温で30分ブロッキング溶液を使用したブロッキング処理を行い、ラビット抗TRPM8抗体(100:1, Abeam, Cambridge, MA, USA)を加えて室温で1時間培養した。次に、その皮膚サンプルを0.05%のTween20を含有するPBS溶液で5分間3回洗浄し、500:1に希釈しHoechst 33528(1:1000、株式会社同仁堂、熊本)を含有するAlexa Fluor 594でラベルした抗ウサギIgGヤギ抗体(Molecular Probes, OH, USA)と30分間結合させた。その後、0.05%のTween20を含有するPBS溶液で5分間3回洗浄した。最後に、皮膚サンプルをFluoromount Plus (Diagnostic Biosystems, Pleasanton, CA, USA)で処理した。
【0031】
逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法アッセイ
全RNAを、フェノールとチオシアン酸グアニジンを含有するISOGEN(和光純薬工業株式会社、大阪)を使用して、製造者の指示書に従い、マウス皮膚サンプル及び培養ヒト角化細胞から単離した。全RNA調合液は、スーパースクリプト IIを用いて逆転写し、PCRで解析した。使用した具体的なプライマーは以下のものである。
【0032】
マウス
バージョン1:
5'-cttggcagaacagctactgg-3' (forward 2092-2111) (配列番号1)
5'-atgtggatgagccttagcgt-3' (reverse 2715-2696) (配列番号2)
バージョン2:
5'-aggttcccagtgacgtggatag-3' (forward 2919-2940) (配列番号3)
5'-aggttcccagtgacgtggatag-3' (reverse 3509-3490) (配列番号4)
バージョン3:
5'-aggcagtggtacatgaacgga-3' (forward 2528-2548) (配列番号5)
5'-ggtggagagcatgtagatgcac-3'(reverse 3079-3058) (配列番号6)
【0033】
ヒト
バージョン1:
5'-ctggagaatggcttgaacctac-3'(forward 1472-1493) (配列番号7)
5'-tctcgggaaatctctccatacc-3'(reverse 2106-2085) (配列番号8)
バージョン2:
5'-atggacatcccactgtcgaag-3'(forward 843-863) (配列番号9)
5'-ggaagttcgcaaccagtttcc-3'(reverse 1634-1614) (配列番号10)
【0034】
グリセロアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子を参照遺伝子として用いた。
【0035】
低湿度でバリア破壊により誘発される表皮過形成
すべての動物は、それぞれ単独に7.2リッターのケージ内で飼育した。ケージ内の相対湿度は、以前報告したように(非特許文献13)、乾燥空気を使用して10%未満に保持した。温度はすべて同じ(22〜25℃)であり、外気を1時間当たり100回循環させた。空気は直接動物には当てなかった。実験中、動物の行動を制限しなかった。NH3のレベルは常に1ppm未満であった。以前報告したように(非特許文献13)、動物を最初乾燥空気条件で48時間飼育し、その後アセトンを染み込ませた綿ボールで両脇の皮膚を処理した。この手順をTEWLが2.5〜3.5 mg/cm2/hに達した時点で終了した。バリアの破壊直後に、処置済み領域の片側にWS12エタノール溶液(2μM)を100μL又はBCTC(10μM)とWS12(2μM)の混合物を適用した。もう一方にエタノールを適用した。動物を再び乾燥条件で48時間飼育した。実験後に、動物をジエチルエーテル吸入で安楽死させ、処置済み領域から皮膚サンプルを取り出した。安楽死の1時間前に、体重1gにつき20μLのブロモデオキシウリジン(BrdU)10mM溶液を腹腔内に注射した。無処理の対照マウスも同時にBrdUで処理した。4%パラホルムアルデヒドで固定した後、全層皮膚サンプルをパラフィン内に埋め込み、切片化(4μm)し、ヘマトキシリン・エオシン染色した。各切片上に、無作為に5ヵ所選択して光学マイクロメーターにて表皮の厚さを測定し、平均値を計算により求めた。DNA合成の評価のために、切片を抗BrdU抗体で免疫染色した。各切片から無作為に5ヵ所選択した。表皮1mmあたりの免疫染色細胞数を数え、平均値を計算した。測定は盲検方式で実施した。
【0036】
統計値
結果は平均値±標準偏差で表した。差異の統計的有意性は、最小有意差法を用いた分散分析により決定した。
【0037】
結果
図1は、ヘアレスマウスの表皮の免疫組織学的研究の結果を示す。TRPM8抗体に対する免疫反応性が表皮角化細胞において観察された(図1A:TRPM8抗体による免疫染色;図1B:核染色との重畳画像:図1C:第一抗体の不在下でのネガティブコントロール;バーは20μm)。ヘアレスマウスの皮膚の免疫組織化学的研究により、表皮の生きた層を通してのTRPM8抗体に対する免疫反応性が明らかになった。図2はヘアレスマウスの表皮(図2A)及び培養ヒト角化細胞(図2B)のRT-PCR試験の結果を示す。マウス表皮(図2A)及びヒト角化細胞(図2B)のRT-PCRの結果から、TRPM8様タンパク質をコードするmRNAが表皮角化細胞中で発現することが確認された。
【0038】
次に、TRPM8アゴニストのヘアレスマウスの無傷皮膚に対する効果を評価した。透過バリアをテープ剥離で破壊し、直ちに試験溶液100μLを適用した。メンソール(1mM)及びWS12(2μM)の局所適用はバリア機能回復を促進した。WS12による加速は、ルテニウムレッド(100μM)又はBCTC(10μM)による前処理により阻害された(図3)。
【0039】
WS12(2μM)の局所適用は、低環境湿度下でのバリア破壊により誘発される表皮の過形成を防止した。この効果は、BCTC(10μM)により阻害された(図4)。代表的な切片を図4A−Dに示す。図4Aは、低湿度下でアセトン処理後に水処理された過剰増殖性表皮を示す。灰色点はBrdU陽性の細胞を表す。表皮基底層で増加が見られた(図4A)。WS12の局所適用が表皮過形成を防止した(図4B)。WS12の効果は、BCTCにより阻害された(図4C)。図4Dは無処理の対照を示す。図5は動物の表皮中のBrdU陽性の細胞の数を示す。これらの結果は、TRPM8又はTRPM8様タンパク質の活性化が、バリア損傷により誘発された表皮過剰増殖性反応を防止するのに効果的であることを示唆している。
【0040】
考察
本発明者は最近、低温(<22°C)に曝すことにより、培養ヒト角化細胞中の細胞内カルシウムの増加が誘発されることを示した(非特許文献6)。さらに、TRPA1アゴニストの局所適用又は短時間の寒冷暴露はバリア機能の回復を促進した(非特許文献7)。これらの結果は、表皮角化細胞中のTRPA1が表皮透過性バリア恒常性と関連していることを示唆している。以前の報告は、TRPA1は17°C未満の温度で活性化されたことを示している(非特許文献2)。本発明者の最近の研究により、培養ヒト角化細胞中の細胞内カルシウムの増加は約22°Cで開始することが分かった(非特許文献6)。従って、TRPM8も表皮角化細胞中に存在すると仮定した。免疫染色の結果及び逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法により、角化細胞中のTRPM8又は密接に関連した類似タンパク質の発現が確認された。さらに、本発明者の以前のTRPA1に関する発見と同様に(非特許文献7)、TRPM8アゴニストの局所適用はバリア機能回復を促進し、その回復はTRPM8アンタゴニストにより阻害された。これらの結果は、TRPA1及びTRPM8の両方が表皮角化細胞中に存在し、バリアの恒常性に関与していることを示唆している。しかしながら、その機構についてはまだ分かっていない。
【0041】
本発明者は以前に、カルシウムの流入が顆粒層と角質層との間の層状体分泌物をブロックし、その結果バリア機能の回復を遅らせることを示した(非特許文献15)。さらに、NMDAレセプターチャネルや電位依存陽カルシウムチャネル等のカルシウム透過チャネルがバリア機能の回復を遅らせた(非特許文献16、17)。これらの結果は、細胞内のカルシウムの増加がバリア機能回復を遅らせたことを示唆している。しかし、TRPファミリーメンバーはカルシウム透過チャネルではあるが、それらの活性は必ずしもバリア機能の回復を遅らせるわけではない。例えば、TRPV4の活性化は、バリア機能の活性を促進するが、TRPV1の活性化はそれを遅らせる(非特許文献1)。上述のように、TRPA1及びTRPM8の活性化はバリア機能の回復を促進した。従って、幾つかのTRPの活性化は、角化細胞中で、他のカルシウムチャネルとは異なる電気生理学的現象を誘発するのかもしれない。
【0042】
長い間、末梢神経線維は皮膚の温感システムに関与していると認識されていた。しかし、本発明者が最初に表皮角化細胞でのTRPV1の発現を報告して以来、他の温度感受性のTRP、TRPV3、TRPV4、及びTRPA1の表皮角化細胞中での発現が示された(非特許文献20、21、5、6)。本研究の結果は、TRPM8又は密接に関連したタンパク質が表皮角化細胞中に存在していることを示している。従って、表皮角化細胞は、広範囲に及ぶ複数の温度感受システムを有していると思われる。
【0043】
TRPM8アゴニストであるメンソールは、局所的に、かゆみ止め、消毒剤、鎮痛剤及び冷却剤として使用される(非特許文献9)。本発明者の結果は、TRPM8アゴニストはバリア機能回復を促進し、表皮増殖を減少させることを示している。従って、TRPM8の活性化も炎症応答を減少させる可能性がある。感熱性レセプターは、かゆみ止め及び消毒薬の新規ターゲットになるかもしれない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TRPM8受容体の活性化を指標する皮膚バリア機能回復剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
TRPM8アゴニストを含有する、皮膚バリア機能回復剤。
【請求項3】
前記TRPM8アゴニストが、メントール、イシリン、ユーカリオール、WS-12(((1R,2S,5R)-N-(4-メトキシフェニル)-5-メチル-2-(1-メチルエチル)シクロヘキサンカルボキサミド),WS-23(2-イソプロピル-N,2,3-トリメチルブチルアミド),WS-3(N-エチル-P-メタン-3-カルボキシアミド)、WS-148(フォスフィンオキサイド)CPS-113(N-サブスティチューテッドアリルアルキルサイクロ(登録商標)アルキル-カルボキシアミド)、CPS-369、ゲラニーオル、リナロオール、フレスコラット、MGA、PMD-38、コンタクトP及びヒドロキシル−シトロネラール、から成る群から選ばれる1又は複数の化合物である、請求項2に記載の皮膚バリア機能回復剤。

【図3】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−152127(P2012−152127A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13222(P2011−13222)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】