説明

皮膚真皮透明化による角膜移植材料調製法

【課題】
皮膚組織のような、生体内に豊富に存在し、比較的非侵襲的に単離しうる組織を用いて新規な角膜移植材料を開発し、角膜移植におけるドナー不足や拒絶反応の問題を解決すること。
【解決手段】
単離された皮膚真皮組織を脱水し、架橋処理を施すことにより、湿潤な生理条件でも線維間距離が極端に短く、間隙が狭い状態が維持され透明性が持続する皮膚皮組織を調製する。
なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚真皮を透明化する方法に関する。より詳しくは、皮膚真皮組織を不可逆的に透明化する方法と前記方法によって得られた透明化皮膚真皮、及びその角膜移植材料への応用に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、重篤な角膜障害に対しては、アイバンク眼の移植が行われているが、絶対的なドナー不足と他家移植に伴う拒絶反応などの問題がある。しかしながら、角膜障害に対する移植術について、臨床的に実用化の域に達している代替材料は極めて少ない。例えば、移植の1割を占める角膜上皮移植については、発明者らが開発した培養自家口腔粘膜のみである(特許文献1及び非特許文献1)。移植の4割といわれる角膜実質移植については、現在の臨床応用されている代替材料はない。
【0003】
上記のような問題を解消するために、人工角膜の開発等、生体組織以外の材料を角膜の代替物として角膜移植に用いる試みもなされてきた。例えば、ガラスや合成高分子(PMMA、PHEMA等)の使用は200年以上前から既に試みられている(非特許文献2)。しかしながら、人工角膜はホスト角膜の融解を引き起こして脱落することが明らかになり(非特許文献3)、標準治療として利用し得る人工角膜は未だに開発されていない。角膜の主成分であるコラーゲンをゲル化させた人工角膜実質の開発も報告されているが、縫合糸に対する脆弱性など、臨床応用にあたっては克服すべき課題が数多く残されている(非特許文献4)。
【0004】
発明者らは、単離された強膜(白目)を透明化し、これを角膜実質移植材料として利用する技術を確立している(特許文献2)。しかしながら、この技術には用いる強膜組織が他家由来であるという問題がある。
【0005】
一方、薬剤や自然乾燥による脱水作用で皮膚が透明化する現象が報告されている(非特許文献5)。しかしながら、臨床応用を目的とした透明化条件の検討や、移植材料として不可欠な湿潤条件下(生理的条件下)で透明性を維持する技術の開発は行われていない。皮膚組織や口腔粘膜組織は、他の組織に比べて非侵襲的かつ容易に摘出できるため、再生医療における組織/細胞のソースとして極めて有用である。角膜実質移植についても、皮膚組織や口腔粘膜組織を用いて代替材料が開発できれば、現在の移植治療が抱える課題に対する有望な解決策となりうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−130838
【特許文献2】特開2009−285155
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nishida K et al., New England Journal of Medicine, (2004) 351:1187-1196
【非特許文献2】Casy TA and Mayer DJ, Corneal Grafting, W.B. Saunders Company (1984)
【非特許文献3】Hicks CR et al., Progress in Retinal and Eye Research (2000) 19:249-
【非特許文献4】Griffith M et al., Investigative Ophthalmology and Visual Science (2006) 47:1869-1875
【非特許文献5】Viator JA et al., Physics Medicine and Biology, (2003) 48:N15-N24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、皮膚組織のような、生体内に豊富に存在し、比較的非侵襲的に単離しうる組織を用いて新規な角膜移植材料を開発し、角膜移植におけるドナー不足や拒絶反応の問題を解決することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、発明者らは角膜や強膜と同様にコラーゲン線維が豊富な皮膚真皮に注目し、この皮膚真皮組織を特殊な方法により透明化することに成功した。さらに、この透明化した皮膚真皮組織を湿潤条件下(生理的条件下)においても透明性を維持する方法を見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、単離された皮膚真皮組織を脱水し、架橋処理を施すことにより、湿潤な生理条件下でも透明性が持続する皮膚真皮組織を得ることを特徴とする、透明化皮膚真皮組織の調製方法に関する。
【0011】
脱水は、例えば、自然乾燥により行うことができる。自然乾燥により皮膚真皮組織を脱水する方法としては、例えば、皮膚真皮組織の少なくとも一部分が外気と接触する条件下で、2〜10℃にて少なくとも1時間以上、好ましくは12時間以上静置する方法などを挙げることができる。
上記した方法のほか、吸湿性化合物で処理することにより皮膚真皮組織を脱水してもよい。
【0012】
架橋処理は、架橋剤を用いた化学的架橋、あるいは熱架橋や紫外線架橋を含む物理的架橋により実施することができる。
【0013】
用いる架橋剤としては、例えば、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を含む水溶性カルボジイミド系架橋剤;N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)やN−ヒドロキシスルホスクシンイミドを含むスクシンイミド系架橋剤;ヘキサメチレンジイソシアネート等のイソシアネート系架橋剤;エチレングリコールジエチルエーテル等のポリエポキシ系架橋剤;エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテルを含むグリシジルエーテル系架橋剤;グルタールアルデヒド;パラホルムアルデヒド;及び、トランスグルタミナーゼから選ばれる1又は2以上の組合せを挙げることができる。
【0014】
本明細書の実施例では、一例として、EDC及び/又はNHSを用いた化学的架橋による方法について記載した。
なお、架橋処理は1回でもよいし、必要であれば、2回以上行ってもよい。
【0015】
本発明はまた、線維間が架橋され、線維間距離が生理条件よりも短く維持されている(皮膚真皮組織の線維間距離が生理条件よりも極端に短く、間隙がほとんどない状態になっている)ことを特徴とする、単離された透明化皮膚真皮組織を提供する。
【0016】
こうした透明化皮膚真皮組織は、例えば、上述した方法により調製することができる。すなわち、低温乾燥や加圧等によって、線維が密にパッキングされ、線維間に導入された架橋によりこの状態が維持される。
【0017】
本発明の透明化皮膚真皮組織は、可視領域における透過率が少なくとも40%以上であることを特徴とする。この程度の透明度であれば、菲薄化やレーザー処理を施すことにより、臨床で必要とされる70〜80以上の透過率にすることができる。
【0018】
本発明の透明化皮膚真皮組織は、湿潤な生理条件下においても透明性が維持されることを特徴とする。それゆえ、本発明の透明化皮膚真皮組織は、角膜実質組織代替物などの角膜移植材料として利用することができる。その場合には、前述したように、菲薄化やレーザー処理を施すことにより透明度を向上させることが望ましい。
【0019】
このほか、本発明の透明化皮膚真皮組織は培養粘膜上皮細胞シートと培養内皮シートのキャリアとしても利用できる。
【発明の効果】
【0020】
透明な生体組織は角膜以外に存在しないため、これまで重篤な角膜障害においては、主にアイバンク眼を用いた移植治療しか行うことができなかった。本発明によれば、生体内に豊富に存在し、また比較的非侵襲的に単離しうる皮膚組織を材料として透明な組織が簡便に調製できる。本発明の透明化皮膚真皮組織は、患者自身の皮膚組織(皮膚真皮)を用いて調製できるため、無機・高分子材料を用いた人工材料のような拒絶反応や副作用のリスクがなく、角膜移植材料(とくに、角膜実質組織代替物)として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、自然乾燥させたウサギ皮膚真皮組織の透明度を表す図である。 Aは、右側(Dry)がスライドガラス上で自然乾燥させた皮膚真皮組織、左側(Wet)が同じ期間PBSに浸漬した皮膚真皮組織である。 Bは、Aに示したそれぞれの組織試料の透過率を表すグラフである(横軸は波長、縦軸は透過率)。
【図2】図2は、EDC/NHSを用いた化学的架橋による乾燥透明化皮膚真皮組織の湿潤条件下での透明化の維持を表す図である。 Aは、最右上(Cross-linking)が湿潤条件下での架橋処理した乾燥透明化皮膚真皮組織、最右下(Non cross-linking treatment)が湿潤条件下での架橋処理を施さない乾燥透明化皮膚真皮組織の写真である。 Bは、湿潤条件下での架橋処理した乾燥透明化皮膚真皮組織と架橋処理を施さない乾燥透明化皮膚真皮組織の透過率を表すグラフである(横軸は波長、縦軸は透過率)。
【図3】図3は、種々の濃度のEDC/NHS(2:1)による透明化の維持を表す図である。 Aは、湿潤条件下での架橋処理した乾燥透明化皮膚真皮組織の写真である。 Bは、湿潤条件下での架橋処理した乾燥透明化皮膚真皮組織(Cross-linked)透過率を表すグラフある。)対照として、乾燥処理する前の皮膚真皮組織(Wet)、架橋を施す前の乾燥透明化皮膚真皮組織(Dry)の透過率もそれぞれ示した。
【図4】図4は、種々の濃度のEDC/NHS(2:1)による架橋処理を1〜3回行ったときの、湿潤条件下での架橋処理した乾燥透明化皮膚真皮組織の透過率を示すグラフである。対照として、乾燥処理する前の皮膚真皮組織(Wet)、架橋を施す前の乾燥透明化皮膚真皮組織(Dry)の透過率もそれぞれ示した。
【図5】図5は、臨界点乾燥させた皮膚真皮組織の走査型電子顕微鏡像である(A,C,Eが架橋処理した試料、B,D,Fが架橋処理を施さない試料である。A,Bは横断面/低倍率(100倍)、C,Dは横断面/高倍率(5000倍)、E,Fは平面/高倍率(5000倍)を示す。)。
【図6】図6は、推定される架橋による皮膚真皮透明化のメカニズムを模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、皮膚真皮組織を透明化する方法と、前記方法によって得られた透明化皮膚真皮組織、及び前記透明化皮膚真皮組織の角膜移植材料への応用に関する。
【0023】
1.定義
皮膚真皮組織
皮膚は、身体の全表面を覆って、外界との境をなし、内臓などの内部諸器官を外部の刺激や衝撃から保護する組織である。皮膚は表面から順番に表皮、真皮、皮下組織の3つの層に分かれており、皮膚真皮組織は表皮を内側から支える組織で、水分を多く含み、コラーゲンとエラスチン、これらの間を埋める基質からなる結合組織の層である。また、真皮は乳頭層と網状層に分かれ、線維芽細胞、組織球・マクロファージ、肥満細胞、形質細胞などの細胞から構成される。
【0024】
皮膚は、成人で平均1.6m2と生体内に豊富に存在し、また比較的非侵襲的に単離しうるという点で、移植材料のソースとして優れている。皮膚真皮組織は、角膜と同様にコラーゲンを主成分とし、眼球の形状を維持するのに十分な強度を有するため、これを透明化した組織は、角膜損傷患者の処置において非常に有用な移植材料となり得る。
【0025】
本発明で用いられる皮膚真皮組織の由来は、ヒトに近い皮膚組織を有する哺乳動物であればとくに限定されないが、移植材料として利用する場合は、移植を受ける個体と同種であることが好ましい。「同種」とは、皮膚真皮組織を摘出される動物(ドナー)と、それから得られた材料を移植される動物(レシピエント)とが同じ動物種に属することを意味する。例えば、本発明の方法を用いて作製された材料を移植されるレシピエントがヒトである場合、ドナーもまたヒトであることが好ましい。ドナーとレシピエントが同種であることにより、異種生物組織を移植した場合に惹起される拒絶反応を防ぐことができる。また、ドナーとレシピエントが同種であることは、異種動物間での病原体の交差感染を防ぐ点でも有利である。しかしながら、移植材料としては、皮膚真皮組織は移植を必要とする患者自身のものであることが最も好ましい。
【0026】
透明化
本発明において「透明化」とは、可視光の透過率が少なくとも部分的に上昇することを意味する。好ましくは、最終的に達成される透過率は、可視領域で少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、又は少なくとも90%であり、好ましくは少なくとも80%である。
ここで、最終的に達成される透過率とは、脱水、架橋処理後の、菲薄化やレーザー処理等のさらなる処理をも含んで最終的に達成される透過率をいう。
【0027】
本発明において、皮膚真皮組織の透明化は生理条件下、すなわち湿潤条件においても維持される。つまり、皮膚真皮組織の透明化は、生理条件下での乾燥 <=> 湿潤によって透明性が失われることなく、またその透明度の大きな変化も生じない、不可逆的な透明化である。
【0028】
脱水
本発明において「脱水」とは、生体から摘出された皮膚真皮組織の水分量が少なくとも部分的に低下することを意味する。本発明における脱水工程で達成される水分含有量は、好ましくは30%、20%、15%、10%、5%又は2%であり、より好ましくは10%以下である。脱水は、後述するように、自然乾燥あるいは吸湿性化合物を用いて実施できる。
【0029】
架橋
「架橋」は、主に高分子化合物同士(あるいは高分子化合物内部、高分子化合物と低分子化合物)の結合である。本発明の場合、架橋は皮膚真皮組織内、とくにこれを構成するコラーゲン線維間に形成される。架橋の方法は特に限定されず、化学的架橋、物理的架橋、光架橋のいずれであってもよい。架橋方法や架橋条件については、「2.2 架橋工程」において詳述する。
【0030】
2.皮膚真皮組織の透明化
本発明にかかる透明化皮膚真皮組織は、単離された皮膚真皮組織を脱水し、架橋処理を施すことにより調製することができる。
【0031】
2.1 脱水工程
本発明において、脱水は、例えば、自然乾燥、凍結乾燥、減圧乾燥、吸湿性化合物での処理などにより行うことができる。
【0032】
(1)自然乾燥
本発明の一実施形態では、脱水工程は、自然乾燥により行う。乾燥時間は、皮膚真皮組織の厚さ等に依存する。例えば、200μmの厚みであれば、2時間程で透明になる場合もあります。また架橋処理を繰り返す場合は、2回目以降の乾燥に要する時間はさらに短くなり、1時間程度でも透明性が得られる場合もある。基本的には、低温で長時間おく程透明性は向上する。
【0033】
好ましい一実施形態では、脱水工程は、皮膚真皮組織の少なくとも一部分が外気と接触する条件下で、2〜10℃にて少なくとも1時間、好ましくは12時間以上静置することにより行う。この実施形態では、皮膚真皮組織は外気との接触により自然乾燥する。これらの実施形態は、特別な装置及び試薬を必要とせず、簡便に行うことができる点で、非常に有利である。静置する時間は、皮膚真皮組織が十分に乾燥する時間であれば特に制限されず、当業者が容易に決定することができるが、好ましくは24時間以上、より好ましくは2日間以上である。
【0034】
本発明のより好ましい実施形態では、脱水工程は、皮膚真皮組織を平面状の2枚の支持体に挟んだ状態で、2〜10℃にて少なくとも16時間静置することにより行う。この実施形態では、向かい合わせの2枚の平面状支持体に皮膚真皮組織を挟んだ状態で、皮膚真皮組織を自然乾燥させる。これにより、表面の凹凸が生じず、より高い透過率を達成することができる。支持体は特に制限されないが、乾燥状態を観察できるので、ガラス等の透過性の材料からなるものが望ましい。支持体は、例えばカバーガラスとスライドガラスである。この実施形態では、静置する時間は好ましくは7〜18日間、より好ましくは11〜15日間である。
【0035】
(2)吸湿性化合物の利用
本発明の別の実施形態では、脱水工程を、皮膚真皮組織組織を吸湿性化合物で処理することにより行う。本明細書中、「吸湿性化合物」とは、水との親和性を有し、接触している物質又は大気に含まれる水を吸着する度合が大きい、いずれかの化合物を指す。吸湿性化合物とは、例えば、アルコールである。用い得る吸湿性化合物としては、グリセロール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ソルビトール、スクロースなどが挙げられる。
【0036】
好ましい実施形態では、吸湿性化合物はグリセロールである。グリセロール処理は、皮膚真皮組織組織をグリセロール含有溶液に浸漬することにより行う。グリセロール溶液のグリセロール濃度は、好ましくは40〜100%(v/v)、より好ましくは60〜100%(v/v)、最も好ましくは100%である。グリセロールは、人体への使用に推奨されているグレードのものであることが望ましい。グリセロール溶液の溶媒としては、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩液(PBS)などが挙げられる。PBSが好ましい。浸漬時間は、皮膚真皮組織の透明化が十分に達成される時間であれば特に制限されないが、好ましくは少なくとも3分間、より好ましくは少なくとも5分間、さらに好ましくは少なくとも10分間である。グリセロール処理の前に、結膜等の皮膚真皮組織以外の組織を除去するために、ディスパーゼ処理を行うのが望ましい。ディスパーゼ処理は、例えば、2.4U/mLディスパーゼ溶液に、4℃にて45時間、皮膚真皮組織を浸漬することにより行うことができる。ディスパーゼは、インビトロジェン社などから市販されている。
以下の実施例において具体的に示すとおり、上記のように自然乾燥又はグリセロール処理などの脱水工程により透明化した皮膚真皮組織は、水溶液中にて水和させると容易に再不透明化する。これを防止するために、架橋処理を施すことが必要である。架橋処理を施すことにより、脱水した皮膚真皮組織を水溶液に浸漬しても透明化状態を保つことができ、したがって、移植に用いることが可能となる。
【0037】
2.2 架橋工程
本発明において、架橋は、架橋剤や縮合剤を用いた化学的架橋、γ線、紫外線、熱脱水、電子線等を用いた物理的架橋などにより実施できる。
【0038】
(1)化学的架橋
化学的架橋は、動物組織中のタンパク質又は糖を架橋し得る架橋剤や縮合剤を用いて実施できる。例えば、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を含む水溶性カルボジイミド系架橋剤;N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)やN−ヒドロキシスルホスクシンイミドを含むスクシンイミド系架橋剤;ヘキサメチレンジイソシアネート等のイソシアネート系架橋剤;エチレングリコールジエチルエーテル等のポリエポキシ系架橋剤;エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテルを含むグリシジルエーテル系架橋剤;グルタールアルデヒド;パラホルムアルデヒド;及び、トランスグルタミナーゼから選ばれる1又は2以上の架橋剤を用いて実施できる。
【0039】
架橋条件は、用いる架橋剤と試料の量に応じて、適宜設定される。例えば、脱水した皮膚真皮組織を、架橋剤水溶液に適当な時間浸漬することにより行うことができる。
【0040】
本発明の実施例では、EDC/NHSの組み合わせを用いた。この場合、EDCとNHSとの濃度比は、約2:1(重量比)であることが好ましく、EDCの濃度は、0.01〜20重量%、特に0.1〜10重量%であることが好ましい。EDC及びNHSは、人体への使用に推奨されているグレードのものであるのが望ましい。
【0041】
なお、水溶液中で架橋処理を行う場合、膨潤と架橋の競争反応となるため、架橋反応が遅い場合は効果を得にくい可能性があるので注意が必要である。
【0042】
(2)紫外線架橋
紫外線架橋とは、照射した光のエネルギーにより組織中のタンパク質、糖などが架橋されることであると考えられる。紫外線照射による光架橋は、具体的には、クリーンベンチ内などで通常用いられるUVランプ光の下、5〜14日間程度静置することにより行うことができる。この場合、架橋効率を向上させるために、脱水前に皮膚真皮組織組織をリボフラビンで処理するのが望ましい。リボフラビン処理は、例えば、4℃にて2〜3時間、0.1重量%リボフラビン/PBS中に組織を浸漬することにより行うことができる。
【0043】
好ましい架橋の程度は、具体的数値として示すことはできないが、皮膚真皮組織内部での光の散乱が生じにくいように、線維間隙が極端に狭く安定化され、組織の透明性が維持できる程度に導入されればよい。架橋が不十分では透明性が維持できず、架橋が過剰であると透明性は損なわれるからである。
【0044】
1回の架橋により十分な架橋が達成できない場合、架橋工程は、2回以上反復して実施してもよい。用いる架橋方法(架橋剤やその濃度)にもよるが、脱水と架橋の過程を複数回繰り返すことによって、厚い組織であっても内部まで均一な架橋を施すことができる。またこの様な過程を繰り返すことにより、透明性を得るのに必要とされる架橋剤の量を減らすことができる。本発明の実施例では、EDC/NHSの組み合わせを用いた。この場合、EDCとNHSとの濃度比は、約2:1(重量比)であることが好ましく、EDCの濃度は、0.01〜10重量%、特に0.1〜1重量%であることが好ましく、2回以上繰り返すことが好ましい。
【0045】
2.3 加圧処理
ブタの皮膚真皮組織を加圧すると透明になるという現象が報告されている。加圧は脱水を伴って線維間距離を短縮させうる。それゆえ、加圧工程を行ってから架橋工程を行い、透明化皮膚真皮組織を得ることもできる。
【0046】
2.4 菲薄化、レーザー処理(透明度の向上)
乾燥、架橋処理によって得られる透明化皮膚真皮組織は、可視領域における透過率が40%程度である。これは、毛穴等の表面の凹凸により、乱反射が起きていることが主な原因と考えられる。また、表面の乱反射以外の要素として、組織内の乱反射が考えられ、これは組織の厚みに比例する。それゆえ、エキシマレーザー等で表面加工処理を施したり、菲薄化することにより、透明化皮膚真皮組織は臨床で必要とされる70〜80以上の透過率のものにすることができる。
【0047】
3. 透明化皮膚真皮組織
3.1 透明性
上記した方法によって得られた透明化皮膚真皮組織は、生理条件下、すなわち湿潤条件においてもその透明性が維持される。つまり、皮膚真皮組織の透明化は、生理条件下での乾燥 <=> 湿潤によって透明性が失われることなく、またその透明度の大きな変化も生じない、不可逆的な透明化である。
【0048】
上記した方法によって得られる透明化皮膚真皮組織は、可視領域で少なくとも40%程度の透過率を有する。この程度の透明度を有していれば、菲薄化やレーザー処理等を施すことにより、臨床で必要とされる70〜80以上の透過率のものにすることができる。なお、可視領域とは、具体的には350〜750nm程度の波長領域をいう。
【0049】
3.2 コラーゲン線維
本発明の透明化皮膚真皮組織においては、コラーゲン線維間に架橋が施されている。これにより、不可逆的な透明性が達成される。すなわち、ゆっくりと乾燥された皮膚真皮組織内ではコラーゲン線維が密にパーキングされ、光の散乱が生じにくくなるが、これが架橋によって安定化され、湿潤条件下においても密なコラーゲン線維の構造に変化を生じることなく持続的な透明性が達成される。また、この様な構造的変換と架橋により高い弾性率を有する素材が達成される。
【0050】
4. 角膜移植材料
本発明の透明化皮膚真皮組織は、生理的条件下においても安定的に透明性が維持される。また、皮膚真皮組織は、角膜実質と同様にコラーゲンを主成分とし、眼球の形状を維持するのに十分な強度を有する。したがって、本発明の透明化皮膚真皮組織は角膜移植材料、とくに角膜実質組織代替物として有用である。
【0051】
前述したとおり、皮膚は生体内に豊富に存在し、また比較的非侵襲的に単離できる。よって、移植を必要とする患者自身の皮膚を用いることで、拒絶反応のリスクがない、安全な角膜移植が可能となる。
【0052】
角膜移植材料として、患者あるいは患者以外のドナーの皮膚真皮組織から調製された透明化皮膚真皮組織は、調製後すぐに利用しない場合は、凍結もしくは冷蔵することによって保存することが好ましい。
【0053】
5. 培養細胞シートのキャリア
本発明の透明化皮膚真皮組織は適当な強度と弾力性を有する、それゆえ、これを支持体として、培養粘膜上皮細胞や、角膜上皮あるいは角膜内皮細胞を培養することにより、これら培養細胞を用いて作製される細胞シートのキャリアとしても利用できる。
【0054】
本発明にかかる皮膚真皮組織透明化方法は、他の生体組織等にも応用することが可能である。例えば、口腔粘膜や洋膜等にも利用できる。
【0055】
以下、実施例により、本発明について具体的に説明するが、これらの実施例は例示であって、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0056】
自然乾燥による皮膚真皮の透明化
材料及び方法
白色家兎より摘出した皮膚真皮組織(1.5cm×1.5cm程度)を凍結標本作製用包埋液(OCT compound)にいれ、−80℃にて凍結した。得られた凍結ブロックを厚み200μmで薄切し、PBS及び蒸留水で洗浄した。この皮膚真皮組織試料を1枚のスライドガラス上に置き、余分な水分を除去した後、4℃で1日乾燥させた。
【0057】
乾燥させた皮膚真皮組織試料は、肉眼で透明度を観察するとともに、その透過率を測定した。対照として、同じ期間PBSに浸漬した皮膚真皮組織についても、同様に透過率を測定した。
【0058】
結果及び考察
結果を図1に示す。スライドガラス上で低温でゆっくりと乾燥させた皮膚真皮組織試料は徐々に透明化し、1日程度で組織全体が透明になった(図1A)。これは蒸留水(PBS)に浸漬すると再び白濁してもとの状態に戻る可逆的な現象であった。
【0059】
乾燥させた皮膚真皮組織試料は、可視領域で少なくとも40%の透過率を有していたが、一方、PBSに浸漬した皮膚真皮組織はほとんど不透明だった(図1B)。
【実施例2】
【0060】
化学的架橋による透明化の維持
材料及び方法
実施例1の方法にしたがって自然乾燥した皮膚真皮組織試料を、架橋剤EDC/NHS(10wt%/5wt%)を含む蒸留水もしくは架橋剤を含まない蒸留水で常温(約23℃)にて2時間処理し、PBSで洗浄した。
EDC:1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(ピアス社製)
NHS:N−ヒドロキシスクシンイミド(和光純薬工業製)
架橋した乾燥透明化皮膚組織試料はPBSに浸漬した後、その透過率を測定した。
【0061】
結果及び考察
結果を図2に示す。自然乾燥による皮膚真皮組織の透明化は、PBSに浸漬すると再び白濁してもとの状態に戻る可逆的な現象であるが、架橋処理後の乾燥透明化皮膚真皮組織試料は、PBSでも白濁することなく、透明性が維持されることが確認された(図2A及びB)。
【実施例3】
【0062】
架橋条件による透明化への影響
材料及び方法
1.架橋剤の濃度
実施例1の方法にしたがって自然乾燥した皮膚真皮組織試料を、架橋剤EDC/NHSを含む蒸留水もしくは架橋剤を含まない蒸留水で常温(約23℃)にて2時間処理し、PBSで洗浄した。架橋剤は、EDC/NHS(2:1)の比率を維持し、EDCの濃度を0.0〜20%まで変化させた。
【0063】
架橋した乾燥透明化皮膚組織試料はPBSに浸漬した後、その透過率を測定した。
【0064】
対照として、乾燥処理する前の皮膚真皮組織(Wet)、架橋を施す前の乾燥透明化皮膚真皮組織(Dry)の透過率もそれぞれ示した。
【0065】
2.架橋回数
上記の架橋工程(EDC濃度:0.0〜10%)を1、2、3回実施し、架橋した乾燥透明化皮膚組織試料はPBSに浸漬した後、その透過率を測定した。
【0066】
結果及び考察
結果を図3及び図4に示す。10wt% EDCまでは架橋剤の濃度の上昇にしたがい、架橋皮膚真皮組織試料の透明度は増加したが、20wt% EDCでは架橋処理を施さない乾燥皮膚真皮組織と同程度の透明度であった(図3A)。一方、それぞれのサンプルに関して透明処理前(Wet)、及び透明処理後(Dry)のデータと図3Bで比較する。どのサンプルにおいても乾燥処理により5%程度から40%程度にまで透明性の上昇が得られ、架橋処理することにより、透明性が維持されている。この実験においては特に0.1、1、又は10%のEDCを使用した際に乾燥時よりも透明性が高くなる現象が観察された。乾燥サンプルの場合は空気と凹凸が激しい皮膚表面間での乱反射が大きいのに対して、架橋後のサンプルに関してはPBSを使用しているため、空気と比較して界面での屈折率の差が少なくなり、乱反射が抑えられたためと考えている。
架橋剤の濃度が低い場合は架橋を繰り返すことで透過率を高めることができた(図4)。
【実施例4】
【0067】
透明化のメカニズム−臨界点乾燥及び走査型電子顕微鏡観察による考察
上記のとおり、皮膚真皮組織は自然乾燥処理による脱水によって透明化し、さらに架橋処理を施すことで透明化は湿潤状態でも維持されることが確認された。そこで、その機構を検討するために、走査型電子顕微鏡による観察を行った。
【0068】
材料及び方法
実施例1の方法にしたがっ架橋剤EDC/NHS(10wt%/5wt%)を用いて調製した透明化皮膚真皮組織試料(厚さ200μm)と透明化処理を一切しない皮膚真皮組織(厚さ200μm)を臨界点乾燥した。臨界点乾燥は、通常、走査型顕微鏡観察において行われるのと同様に行った。すなわち、組織を蒸留水中で3℃にて10分間×2回洗浄し、エタノール系列を用いて置換し(50%エタノール:10分間、60%エタノール:10分間、100%エタノール:10分間、無水エタノールに浸漬;エタノール:和光純薬工業製)、その後t−ブチルアルコール(和光純薬工業製)にて置換した。続いて臨界点乾燥機(日立社製)を用いて超臨界二酸化炭素による臨界点乾燥を行った。
架橋処理後の試料は、オスミウムコーティング処理後、走査型電子顕微鏡にて観察を行った。
【0069】
結果及び考察
結果を図5に示す。A,C,Eが透明化及び架橋処理を施したのち臨界点乾燥した皮膚真皮組織試料、B,D,Fが透明化及び架橋処理を施さずに臨界点乾燥した皮膚真皮組織試料である。線維状に見えるものはコラーゲン線維であると思われる。架橋処理した試料は、架橋処理を施さない試料と比較して、コラーゲン線維が密に充填され滑らかな表面となっている。
【0070】
以上より、乾燥処理による透明化現象に関してはコラーゲン線維が密にパッキングされ、光の散乱が起こりにくい状態になることに起因し、架橋処理により線維間がリンクされることで水中でも不可逆的に透明性が維持されたものと考えられた(図6)。
【実施例5】
【0071】
自家角膜移植実験
家兎より皮膚真皮組織を摘出し、200μmの厚さに薄切する。家兎眼の曲率と同じ球体上に皮膚を張り付け、低温でゆっくりと乾燥させ透明化する。次いで、実施例2の方法にしたがい、EDC/NHS(10wt%/5wt%)を用いた架橋を2回繰り返し、PBSで洗浄する。
【0072】
家兎眼に、上記透明化皮膚真皮組織を表層角膜移植する。移植眼を観察し、上皮の再生、移植皮膚真皮組織の透明性を観察する。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の透明化皮膚真皮組織は、生体内に豊富に存在し、比較的非侵襲的に単離しうる皮膚組織を材料として簡便に調製できるため、拒絶反応や副作用のリスクがなく、角膜移植材料(とくに、角膜実質組織代替物)や培養細胞シートのキャリアとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離された皮膚真皮組織を脱水し、架橋処理を施すことにより、湿潤な生理条件下でも透明性が持続する皮膚真皮組織を得ることを特徴とする、透明化皮膚真皮組織の調製方法。
【請求項2】
自然乾燥により皮膚真皮組織を脱水することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
皮膚真皮組織の少なくとも一部分が外気と接触する条件下で、2〜10℃にて少なくとも1時間以上静置することにより皮膚真皮組織を脱水することを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
吸湿性化合物で処理することにより皮膚真皮組織を脱水することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
架橋剤を用いた化学的架橋、あるいは熱架橋や紫外線架橋を含む物理的架橋を行うことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
架橋剤が、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を含む水溶性カルボジイミド系架橋剤;N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)やN−ヒドロキシスルホスクシンイミドを含むスクシンイミド系架橋剤;ヘキサメチレンジイソシアネート等のイソシアネート系架橋剤;エチレングリコールジエチルエーテル等のポリエポキシ系架橋剤;エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテルを含むグリシジルエーテル系架橋剤;グルタールアルデヒド;パラホルムアルデヒド;及び、トランスグルタミナーゼから選ばれる1又は2以上の組合せである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
EDC及び/又はNHSを用いて化学的架橋を行うことを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
架橋処理を1回又は2回以上行うことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
線維間が架橋され、線維間距離が生理条件よりも短く維持されていることを特徴とする、単離された透明化皮膚真皮組織。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法により調製された、透明化皮膚真皮組織。
【請求項11】
架橋により線維間距離が生理条件よりも短く維持されていることを特徴とする、請求項10に記載の透明化皮膚真皮組織。
【請求項12】
可視領域における透過率が少なくとも40%以上であることを特徴とする、請求項9〜11のいずれか1項に記載の透明化皮膚真皮組織。
【請求項13】
湿潤な生理条件下においても透明性が維持されることを特徴とする、請求項9〜12のいずれか1項に記載の透明化皮膚真皮組織。
【請求項14】
請求項9〜13のいずれか1項に記載の透明化皮膚真皮組織を利用した角膜移植材料。
【請求項15】
角膜実質組織代替物である、請求項14に記載の角膜移植材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−48642(P2013−48642A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287890(P2009−287890)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】