説明

皮膚表皮内水分保持能評価法

【課題】特別な大型かつ高価な測定機器を必要とせず、測定環境や測定場所を選ばない、非侵襲的で簡易な皮膚表皮内水分保持能評価法を提供する。
【解決手段】皮膚からテープストリップ等によって角質細胞を採取し、そこに含まれるアクアポリン3遺伝子に対応するmRNA量を調べることにより、皮膚表皮内の水分保持能を評価する。この方法は、測定環境を選ばずに、任意の部位について非侵襲的かつ簡易に皮膚の試料が採取可能であり、特別な大型かつ高価な測定機器を必要とせず、また測定場所まで移動させる必要がないという利点がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚角質細胞のmRNA量を指標とすることにより皮膚表皮内水分保持能を評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
皮膚の上皮組織である、表皮は数層の細胞層からなる。このうち、最外層に存在する角質層は、基底層にある基底細胞が細胞分裂を繰り返し、その一部が基底細胞層を去って上層へ移行する過程で形成される角質細胞より構成されている。この過程を角化と呼び、角化を通して細胞は核などの細胞成分を失い主にケラチン線維の塊へと変化し、通常の細胞と異なり、遺伝子発現やタンパク質合成などの生命活動を行っていない、死んだ細胞である。一方、角質層の下層にある、顆粒層、有棘層及び基底層に存在する細胞は、生体を構成する様々な細胞と同様に、遺伝子発現、タンパク質合成及びエネルギー産生などの代謝反応を行っている生きた細胞である。
【0003】
角質層は、バリア機能などの生理機能の他に、美醜を判断するといった官能的評価の対象として重要視されており、角質層の状態を測定する方法や角質層を正常に美しく保つための施術等は、皮膚科の臨床医だけでなく、化粧品会社の社員や美容産業に携わる多くの人々に知られている。特に、角質層の水分量は、皮膚外観や皮膚バリア機能との関連性がみられる指標であり、皮膚の状態を診断する上で、角質層の水分量を測定することは日常的に行われている(非特許文献1)。
【0004】
しかし、上述した方法による測定は、あくまで角質層の水分量に関することであり、表皮全体の水分量を表しているわけではなかった。角質層の水分量は、表皮のしっとり感、うるおい感などの官能指標に影響するが、それ以外の皮膚性状には関係なく、例えば、キメの細やかさや肌のハリ感などの指標については、角質層の水分量との関連性は認められていなかった。
【0005】
一方、肌のキメやハリ感については、角質層の状態のみならず、角質層以下の生きた細胞としての表皮の状態に起因することが経験上知られている。例えば、水分を充分含んだ風呂上りの肌は、化粧水等で水分を補う以上に肌にハリが生じ、キメもふっくらしていると日常的に感じるところである。また、乾燥が原因で生じる小じわは、保湿化粧水により充分な水分を補うことで、キメが整い、小じわが改善することはよく経験される。これらの状態においては、わずか十数ミクロンしかない角質層ではなく、角質層以外の顆粒層、有棘層及び基底層の表皮細胞中の水分量が増し、その結果、実感として厚みが増加することが推測される。
【0006】
これまでに、測定機器を用いて表皮内の水分量を測定する方法には、近赤外分光光度計や共焦点ラマン分光装置が知られていた(特許文献1、2)。しかし、これらの機器で皮膚を測定するには、被験者を拘束、安静化される必要に加え、機器が高額で測定に時間を要するものであった。
【0007】
また、他の簡便に計測する機器も無いわけではなく、中でもMoisture Meter D(Delfin社;フィンランド)は、非侵襲的にかつ簡便に測定できる機器として市販されている。しかしながら、皮膚の水分量を比誘電率で求めるものであるため、簡便な計測であるが、得られるデータに安定性がなく、また、センサープローブの口径により計測可能な深さが決められていることから、部位によって異なる厚さの皮膚においては、定量性に欠けていた。そのため、この装置を用いて、水分付加前後のわずかな差を見出すことは困難であった。
【0008】
表皮では、水分の供給は真皮の血流より行われる。これには、主にアクアポリンという水分子輸送体、あるいは水チャンネルとも呼ばれるタンパク質が関与する。アクアポリンは、水を選択的に細胞内に取り込み、また細胞外に排出する。これまでにヒトでは11種類のアクアポリン遺伝子(AQP0〜AQP10)が発見され、このうち皮膚においては、アクアポリン3(以下、AQP3と省略)、アクアポリン5(以下、AQP5と省略)及びアクアポリン9(以下、AQP9と省略)が発現しており、これが皮膚の表皮に水分を供給する役割を担っている。特に、AQP3ついては、表皮の角質層の水分量を増加させ、皮膚にうるおいを与える作用が明らかにされているため、AQP3の発現を促進させるなど、AQP3を活性化させることを目的とした保湿剤の開発が盛んに行われている(特許文献3〜7、非特許文献2、3)。しかし、これらの研究は、あくまでもAQP3がグリセロールを輸送することにより、角質層における水分量に関与するという、Verkmanらの研究成果に基づくものであり(非特許文献4、5)、表皮全体、あるいは角質層以外の生細胞における水分量について、AQP3の関与を対象とした研究はほとんどなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−14638
【特許文献2】特開2010−223609
【特許文献3】特開2004−168732
【特許文献4】特開2009−191039
【特許文献5】特開2009−298765
【特許文献6】特開2009−46465
【特許文献7】特開2009−209143
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】田上八郎、宮地良樹、瀧川雅浩編 皮膚科診療プラクティス14、機器を用いたスキンクリニック 文光堂 (2002)
【非特許文献2】R. Sougret, et al., J. Invest. Dermatol. 118, 678−685, (2002)
【非特許文献3】M. Hara, et al., J. Biol. Chem. 277, 46616−46621, (2002)
【非特許文献4】M. Hara & A. S. Verkman, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 7360−7365, (2003)
【非特許文献5】A. S. Verkman, J. Cell Sci. 118, 3225−3232, (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
皮膚表皮内水分保持能を評価するためには、水分付加前後における表皮内水分量を測定する必要がある。その機器としては、前述のごとく近赤外分光光度計や共焦点ラマン分光装置などが知られていた。しかし、これらは表皮内水分量を正確に測定可能ではあるが、被験者の拘束、安静が必要であったり、また皮膚の部位差のため、同一部位を数箇所測定する必要があったりした。さらにこれらの装置は、価格も数千万円ほどするため、機器の導入には経済的負担が大きかった。特別な機器を使用できない場合、被験者の皮膚の生検サンプルを用い、組織学的に解析することにより表皮内水分量を測定する方法もあるが、被験者への負担が大きく、医療機関以外では実施が難しいため実用的ではなかった。すなわち、本発明は、測定環境を選ばず、被験対象者の拘束、安静を必要とせず、非侵襲的かつ簡便、より正確に任意の部位について表皮内水分量を測定し、皮膚表皮内水分保持能を評価する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以上の課題の下、本発明者らは、細胞に対して水を付加すると、細胞外が低張になり、細胞内への水の流入による細胞の体積増加が一般に観察される点と、細胞の水輸送量は、アクアポリンの発現量及び/又は機能性により規定されるという知見に基づき、簡便に表皮内水分保持能を測定する方法について鋭意検討した。その結果、アクアポリンのmRNA量を測定することにより、細胞の水分保持能を推定できることを見出した。特に、皮膚においては、表皮外部より水を付加したときに観察される表皮の肥厚は、表皮細胞が水を細胞内に取り込んだ結果観察される現象であるが、この現象と皮膚におけるAQP3遺伝子に対応するmRNA量との間の相関を見出したことから、AQP3のmRNA量を測定することにより、水を付加したときに観察される表皮の肥厚程度、即ち表皮細胞中に取り込まれた水分量である、表皮内水分保持能を測定できることを見出した。これらのmRNA量は、皮膚の試料採取時の外的環境条件を選ばず、任意の部位について、簡便かつ安定的に実施できる。さらに、皮膚の試料採取時には機器を要しないため、大型機器を測定場所へ移動させる必要もなく、場所を選ばず実施することができる利点がある。
【0013】
本発明は、以下に列挙する皮膚表皮内水分保持能を評価する方法を提供する。
[1]皮膚表皮内水分保持能を評価する方法であって、次の(a)〜(c)のステップを含む方法。
(a)個体から皮膚の試料を得るステップ
(b)皮膚の試料からアクアポリン遺伝子に対応するmRNA量を定量化するステップ
(c)ステップ(b)で算出したmRNA量を用いて皮膚表皮内水分保持能を評価するステップ
[2]アクアポリン遺伝子が、アクアポリン3であることを特徴とする前記[1]に記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。
[3]mRNA量を定量化するステップがポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)によって行われる、前記[1]に記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。
[4]皮膚の試料が被験対象の皮膚より採取した角質細胞である、前記[1]〜[3]のいずれかに記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法により、皮膚のAQP3遺伝子に対応するmRNA量を指標にして、表皮内水分保持能を評価する。皮膚の中で最外層に存在する角質細胞をmRNA量測定の試料として用いることから、本発明の皮膚表皮内水分保持能評価法は、皮膚の任意の部位について非侵襲的に実施可能なものとなる。また、角質細胞中のmRNA量は、皮膚の試料採取時の心理的、物理的作用による一過性の変化に影響されないため、環境条件を選ばず、皮膚の任意の部位について、簡便かつ安定的に実施できる。さらに、皮膚の試料採取時には高価な機器を必要とせず、またそのような大型機器を測定場所へ移動させる必要もなく、場所を選ばず実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】水付加による表皮厚さの変化
【図2】化粧水の付加による表皮厚変化とAQP3遺伝子に対するmRNA量の相対値との相関関係
【図3】化粧水の付加による表皮厚変化とAQP5遺伝子に対するmRNA量の相対値との相関関係
【図4】化粧水の付加による表皮厚変化とAQP9遺伝子に対するmRNA量の相対値との相関関係
【図5】化粧水付加における皮膚性状に関する官能評価
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、皮膚のAQP3遺伝子に対応するmRNA量を指標にして皮膚表皮内水分保持能を評価する方法を提供する。ここで言う皮膚表皮内水分保持能とは、皮膚表皮を構成する全ての細胞における水分保持能であり、角質層を構成する細胞だけでなく、基底層、有棘層、顆粒層を構成する細胞中に存在する水分を維持する能力である。表皮の角質層以外の細胞は生きた細胞であり、角質層細胞中よりも圧倒的に多い水分を細胞内に溜め込む能力、すなわち皮膚表皮内水分保持能を有する。また、皮膚表皮内水分保持能は、水、化粧水などの水溶液状の液体を皮膚に付加したときに観察される表皮肥厚の原因となる性質である。そのため、皮膚表皮内水分保持能は、水溶液などを皮膚に付加して観察される表皮肥厚又は表皮厚の変化量を指標にして測定することができる。また、そのような水溶液の付加により、皮膚柔軟性の改善、キメの改善などがみられることから、ここでいう皮膚表皮内水分保持能がこれら皮膚性状に関与していると考えられ、この指標を測定することが美容科学上重要であると考えられる。本発明の皮膚表皮内水分保持能評価法では、被験対象の皮膚より採取した試料を用いてアクアポリン遺伝子に対応するmRNAの定量化を行い、その結果を基に皮膚表皮内水分保持能を評価する。このアクアポリン遺伝子は、AQP3、AQP5及びAQP9より選択される一つ又はそれ以上の遺伝子であることが好ましく、さらにAQP3であることがより好ましい。さらに、皮膚細胞より採取した試料として角質細胞を用いることにより、非侵襲的な評価が可能になる。以下に各Gene SymbolのGene NameとGenbank Accession Numberを示す(表1)。
【0017】

【0018】
皮膚からの角質細胞の採取の方法は特に限定されないが、可能な限り非侵襲的な採取法を採用することが好ましい。すなわち、角質細胞の採取の際、顆粒層や有棘層等の角質層以外の部分を、可能な限り傷つけないことが望まれる。非侵襲的な採取法としては、例えば、粘着性のテープや接着剤等を皮膚へ付着させた後に剥がす方法や、粗面の材料(例えば、不織布等)で皮膚表面を擦る方法によって角質細胞を採取することができる。非常に簡便に実施できる点において、前者の方法は特に好ましい。なお、以降に実施される遺伝子発現の定量化に影響しないものである限り、粘着性のテープや接着剤に用いられる材料(接着成分)は特に限定されない。
【0019】
本発明における「mRNAの定量化」とは、当該遺伝子の転写産物であるmRNAの量を測定することである。又は、mRNAの情報を基に合成される蛋白質の量を測定しても良い。
【0020】
mRNA量の測定には、マイクロアレイ解析や、逆転写反応を行った後にPCR法にて行う方法等を用いることができる。これらの方法は、常法に従って実施すれば良い。各方法について様々なプロトコールが報告されており、当業者であれば公知のプロトコールに従い、又は公知のプロトコールを適宜修正・変更したプロトコールによって、適切な測定系を構築し実施することができる。なお、mRNAの定量化の詳細については後述する。
【0021】
一方、蛋白質量の測定であれば、例えば、蛍光物質、色素、酵素等を利用する免疫染色法、ウエスタンブロット法、免疫測定法(例えば、ELISA法やEIA法等)等を用いることができる。これらの方法についても、常法に従って実施すれば良い。各方法について様々なプロトコールが報告されており、当業者であれば公知のプロトコールに従い、又は公知のプロトコールを適宜修正・変更したプロトコールによって、適切な測定系を構築し実施することができる。
【0022】
本発明の皮膚表皮内水分保持能評価法は、好ましくは以下の一連のステップ(1)〜(3)によって実施される。
(1)被験対象の皮膚より採取した角質細胞を用意するステップ
(2)前記角質細胞から抽出したRNAを試料としてmRNAの定量化を行い、アクアポリン3遺伝子に対するmRNA量を算出するステップ
(3)ステップ(2)で算出したmRNA量を用いて、皮膚表皮内水分保持能を評価するステップ
【0023】
ステップ(1)では、被験対象の皮膚より採取した角質細胞を用意する。以下に、角質細胞の採取法及びRNA抽出法の具体例を示す。
(a)顆粒層や有棘層等を傷つけないように、最外層である角質層の一部を剥離する。例えば、粘着性のテープを皮膚へ付着させた後に剥がし(必要に応じて、数回繰り返す)、角質細胞を採取する。
(b)採取した角質細胞を、SLS、β−メルカプトエタノール、グアニジンイソチオシアネート等を含む溶解性緩衝液に浸した後、蛋白質分解酵素を加え反応させる。
(c)反応終了後、例えば、超音波破砕機等の物理的な力によって角質細胞を破砕する。
(d)角質細胞破砕物を含む溶液から、周知の核酸抽出法に準じた方法や市販されたキットを用いた方法により、RNAを抽出する。例えば、グアニジンイソチオシアネート、フェノール又はクロロホルムを用いたRNA抽出法や、ニッポンジーン社のISOGEN、インビトロジェン社のTrizol Reagent、あるいはQIAGEN社のRNeasy KitやAmbion社のRNAqueous−4PCR Kit等を用いる方法によってRNAを抽出する。
(e)必要に応じて、DNA分解酵素を反応させDNAを除去する。
(f)必要に応じて、エタノール沈殿等の核酸濃縮法を用いてRNAを濃縮する。
【0024】
ステップ(2)では、採取した角質細胞から抽出したRNAを試料としてmRNAの定量化を行う。そして、当該遺伝子に対するmRNA量を算出する。このように、本発明の一態様では、角質細胞中に残存する当該遺伝子に対応するmRNAの定量化を行う。なお、mRNAの定量化では、測定値は絶対値又は相対値(比較対象又は標準のmRNA量との比率や差等)として算出される。
【0025】
ここで、角質細胞から抽出したmRNAの定量化法の具体例を以下に示す。
【0026】
RT−PCRを用いた方法
(a)抽出したRNAを鋳型に、逆転写酵素を用いてcDNAを合成する。
(b)cDNAを鋳型に、ターゲットとなる遺伝子に対応するプライマーを用いてPCR反応を行い、当該遺伝子に対応するDNA断片を得る。
(c)内部標準となるような遺伝子(β−アクチン、GAPDH、ケラチン6B、CTSL2等)の反応も並行して行う。
(d)得られたDNA断片の電気泳動を行った後、エチジウムブロマイド等で染色してバンドの強度を測定し、その遺伝子に対応するmRNA量とする。
(e)必要に応じて、SYBR green等の蛍光色素やTaqman probe等の蛍光プローブを用いて定量PCR反応を行い、mRNAを定量する。
(f)内部標準となる遺伝子に対応するmRNA量に対する、当該遺伝子に対応するmRNA量の比率を算出する。
【0027】
ステップ(3)では、ステップ(2)で算出したmRNA量を用いて、皮膚表皮内水分保持能を評価する。例えば、算出したmRNA量を予め設定した基準mRNA量と比較して、その比率を計算する。そして、その比率が、皮膚表皮内水分保持能の評価が関連付けられた複数の区分の中のいずれに該当するのかを調べる。区分の設定に関する具体例を以下に示す。
(例1)皮膚表皮内水分保持能(低い):比率<a、(中程度):a≦比率<b、(高い):b≦比率
【0028】
(例1)では区分数を3としているが、区分数は特に限定されるものではない。例えば、区分数を2〜10のいずれかにすることができる。区分数及び各区分に関連付けられる基準発現量の値の範囲は、予備実験の結果を基に任意に設定可能である。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を効果的に説明するために、実験例を挙げる。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0030】
実験例1 皮膚表皮の厚さの測定と角質細胞採取
健常女性被験者6名(平均年齢35.3歳)を対象として、頬部に化粧水を含浸させたコットンを10分間貼付し、貼付する前後における表皮厚の変化を測定した。表皮厚の測定には、共焦点レーザー顕微鏡VivaScope3000(Lucid社製)を用い、レーザー強度1.5mWにて深さ1μm毎100枚垂直方向の連続画像を得、顆粒層から真皮内のコラーゲンの線維構造が見え始める画像までの枚数により表皮の厚さを求めた。
【0031】
被験者6名のコットンを貼付する前の表皮厚の平均は37.4μmであったが、コットン貼付後は45.1μmとなり、表皮厚の有意な増加がみられた(p=0.0003、図1)。この表皮厚の変化は、表皮細胞が水を取り込むことにより体積が増加し表皮の厚さが増加した結果であると考えられる。
【0032】
実験例2 頬部の皮膚からの角質細胞採取と角質細胞採取近傍部における表皮厚の測定
健常女性被験者10名(平均年齢34.7歳)を対象として、額部より2cm×2cmの角質層テープストリップを2枚採取した。さらに、その近傍部にて、化粧水を含浸させたコットン貼付前後における表皮厚の変化を実験例1と同様に測定した。
【0033】
実験例3 皮膚角質細胞に含まれるRNAの抽出
実験例2にて得られた角質細胞に含まれるRNAを、RNA抽出キット(Ambion社、RNAqueous−4PCR Kit)を用いて抽出した。すなわち、角質細胞の付着したテープ2枚を、テープごとLysis/Binding Solutionに入れ、proteinase K(Invitrogen社)を添加し、56℃でインキュベートした。その後、超音波破砕機を用いて分散させた後、64%エタノールを加えて攪拌してテープを取り除き、角質細胞抽出液を得た。付属のFilter CartridgeにRNAを吸着させた後、溶出液でRNAを溶出した。得られた溶出液にDNaseIを加え、残存しているDNAを完全に除去した後、エタノールを用いてRNAを沈殿させて濃縮した。得られたRNAのペレットを必要量の水に溶解し、角質細胞に含まれるRNAを得た。
【0034】
実験例4 角質細胞に含まれるRNAを用いたAQP3遺伝子のPCR解析
皮膚の角質細胞より、実験例3の方法で得たRNAを、SuperScript III One−Step RT−PCR System with Platinum Taq DNA Polymerase(Invitrogen社)を用いたRT−PCR反応に供し、AQP3及びAQP9に対応するmRNAに対するcDNAを合成した。RT−PCR反応後、リアルタイムPCR反応により、合成したcDNA量を測定し、これを各遺伝子に対応するmRNA量とした。また、同時に、内部標準として、GAPDH遺伝子のmRNA量について、同様の方法にて解析し、各遺伝子の数値をGAPDHの数値にて除したものを、相対mRNA量とした。なお、GAPDH及びアクアポリンのmRNAに対するRT−PCR反応に使用したプライマーは、次の通りである。
【0035】
GAPDH用のプライマー
TGAACGGGAAGCTCACTGG(配列番号1)
TCCACCACCCTGTTGCTGTA(配列番号2)
AQP3用のプライマー
TGGGTGCTGGAATAGTTTTTGG(配列番号3)
GCTGGTTGTCGGCGAAGT(配列番号4)
AQP5用のプライマー
CCCCAGAGCTCCTTAGGAAGA(配列番号5)
CATGCATCCTCACCAGAAATAAAT(配列番号6)
AQP9用のプライマー
CGCTGACTGTCCCCTGAAAC(配列番号7)
CAAGAATTCCCATCGAGGATGA(配列番号8)
【0036】
AQP3、AQP5及びAQP9に対応するmRNA量の相対値と化粧水付加による表皮厚変化量との相関係数は、それぞれR=0.492、p<0.05、R=0.349、p<0.1、R=0.376、p<0.1であり、相関が認められた(図2〜4)。この結果から、AQP3、AQP5及びAQP9遺伝子に対応するmRNA量の相対値は、化粧水などの水溶液を付加したときに観察される表皮厚の変化を反映していることが示された。この場合の表皮厚の変化量の大きさは、細胞内に存在する水の体積に依存していると考えられるため、表皮厚の変化量が表皮細胞の水分保持能を表していると考えられる。そして、表皮厚の変化がアクアポリン遺伝子に対応するmRNA量の相対値と相関が認められたため、このmRNA量は表皮細胞の水分保持能を表していると考えられた。これらの結果から、特に、AQP3と表皮厚変化量とは有意な相関が認められたことから、AQP3に対応するmRNAの量を表皮細胞内の水分保持能に対する指標として用いることが好ましいと考えられた。
【0037】
実験例4 化粧水付加における表皮厚の変化と皮膚性状に関する官能評価との関連性
実験例2に示した被験者に対して、皮膚性状に関するアンケート調査を行い、化粧水付加における表皮厚の変化とAQP3の相対発現量との関連性を検討するために、相関解析を行った。
【0038】
9項目の質問に対して、10段階で評価させ、表皮厚変化との相関を解析したところ、「キメがふっくらしていると感じる」、「肌がみずみずしいと感じる」、「ハリがあると感じる」という3つの質問項目のスコアと、化粧水付加による表皮厚の変化との間に有意な相関が観察された(図5)。これらの結果は、皮膚表皮内水分保持能が高いほど、肌に対する官能的評価が高いことを示しており、特に、皮膚のキメ、みずみずしさ、ハリ感についての実感が高いと考えられた。また、AQP3に対応するmRNA量に対して、前記3つの質問項目との相関係数は、それぞれR=0.638、p<0.006、R=0.394、p<0.035、R=0.726、p<0.002となった。このように、AQP3に対応するmRNA量に対する相関性は、化粧水付加による表皮厚の変化に対するものと同等以上であったことから、AQP3に対応するmRNAの量を皮膚表皮内水分保持能の指標として用いることが可能であると考えられた。
【0039】
なお、角質細胞は表皮ケラチノサイトに由来する死滅した細胞であり、前記実験例にて検出されたmRNA量の変化は、表皮を構成し角質層の下層に位置する顆粒細胞、有棘細胞及び基底細胞といった生細胞において生じた生体変化を表していると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の皮膚表皮内水分保持能評価法によれば、角質細胞中に存在する当該遺伝子に対するmRNAを定量的に測定するため、非侵襲的に客観性の高い評価結果を得ることができる。また、心理的、物理的作用による一過性の変化を除外できることに加えて、測定場所を選ばず、非侵襲的かつ簡易に採取可能な任意の皮膚部位について、簡便かつ安定的に皮膚表皮内水分保持能評価が可能である。さらに、高価な測定機器を購入する必要がなく、特別な大型測定機器を測定場所まで移動させる必要がないという利点もある。本発明は、化粧品及び皮膚外用剤やその使用法、あるいは皮膚に対する施術法などの評価に応用が可能である。
【0041】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚表皮内水分保持能を評価する方法であって、次の(a)〜(c)のステップを含む方法。
(a)個体から皮膚の試料を得るステップ
(b)皮膚の試料からアクアポリン遺伝子に対応するmRNA量を定量化するステップ
(c)ステップ(b)で算出したmRNA量を用いて皮膚表皮内水分保持能を評価するステップ
【請求項2】
アクアポリン遺伝子が、アクアポリン3であることを特徴とする請求項1記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。
【請求項3】
mRNA量を定量化するステップがポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)によって行われる、請求項1記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。
【請求項4】
皮膚の試料が被験対象の皮膚より採取した角質細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の皮膚表皮内水分保持能を評価する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−161273(P2012−161273A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−23584(P2011−23584)
【出願日】平成23年2月7日(2011.2.7)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】