皮膚角層細胞間脂質擬似基板及びこれを用いた肌荒れの評価方法
【課題】本発明は、構造上の均一性が高く、且つ脂質の構造変化を測定し易い、角層脂質のin vitroモデル基板及び当該基板を用いた肌荒れの評価方法を提供することを目的とする。
【解決手段】基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成され、セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在する皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【解決手段】基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成され、セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在する皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層脂質を模した新規のin vitroモデル基板及び当該基板を用いた肌荒れの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の最外層に位置する角層は細菌や有害物質などの異物の接触や浸透から生体を保護すると共に、体内からの水分蒸散を防ぐことによって皮膚を健全な状態に保持するバリア機能を有する。バリア機能が低下すると、皮膚表面からの経表皮水分蒸発量(trans epidermal water loss:TEWL)が増加し、相対的に角質水分量が低下する。角層水分量の低下により皮溝、皮丘から成る皮紋(きめ)が不規則化すると、皮膚はかさかさした肌荒れ状態を呈する(曽根俊郎ら、香粧会誌 Vol.15 No.2. pp. 60-65(1991))。
【0003】
このバリア機能において重要な役割を果たす角層の細胞間脂質は、主にセラミド、遊離脂肪酸及びコレステロールを主成分とし、ラメラ構造を形成していることが知られている(Bouwstra JA, et al., Acta Derm Venereol Suppl (Stockh). 2000;208:pp. 23-30.; Bouwstra JA, et al., Int J Cosmet Sci. 2008 Oct;30(5): p. 388)。化粧品の開発においては、皮膚のバリア機能を害さないよう、予め角層脂質と化粧品素材との相互作用を調べ、有効な素材をスクリーニングすることが必要とされる。
【0004】
皮膚のバリア機能に対する化粧品素材の作用を検討する場合、生体試料を候補素材に曝露し、その細胞間脂質構造をX線解析、電子スピン共鳴(ESR)、示差走査熱量測定(DSC)、赤外線分析(IR)等にかけることが一般的に行われている。生体試料を用いることで、必要とするデータそのものが得られ、これを直接商品情報に繋げることができる。
【0005】
しかしながら、生体試料は個人差があり、そのような試料から得られる角層脂質も試料ごとに不均一な構造を有している。更に、動物から所定の角層脂質を得るためには煩雑な操作が要求される上、動物保護の観点から測定手法が限定されるという問題があった。
【0006】
このように、新規化粧品の開発に際しては、使用する物質が角層脂質に対してどのような影響を及ぼすかを判断するために、生体試料を用いない、簡便且つ高再現性の指標が必要とされる。
【0007】
スキンケア製品等に含まれる成分として界面活性剤がある。界面活性剤は、角層に浸透し、角質細胞のケラチンに吸収され、そして細胞間脂質と混和する(Friberg, S. E. et al., Colloids Surf. 1988, 30, pp.1-12; Rhein, L. D. Ibid. 1997, 48, pp.253-274)。更に、界面活性剤は、脂肪酸、脂肪酸グリセリド、コレステリルエステル等の皮膚脂質を除去することで、たとえ除去される脂質が少量であったとしても皮膚に損傷を与えることが知られている(Fulmer, A. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1986, 86, pp. 598-602; Denda, M. et al., Arch. Dermatol. Res. 1994, 286, pp.41-46; Ronald, R. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1999, 113, pp. 960-966; Lopez, O. et al. Bioch. et Biophy Acta 2000, 1508, pp. 196-209及びEbba, B. et al., Inter J. Phama. 2000, 195, pp.189-195)。
【0008】
従来、角層脂質に対する界面活性剤の作用は、皮膚バリア機能(Harada, K. et al, J. Invest. Dermatol. 1992, 99, pp. 278-282及び Lavrijsen, A. P. M. et al., J. Invest. Dermatol. 1995, 105, pp. 619-624)、そして種々の皮膚症状との関連での脂質組成の変化(Holleran, W. M. et al, J. Lipid Res. 1991, 32, pp. 1151-1158; Murata, Y. et al., J. Invest. Dermatol. 1996, 106, pp. 1242-1249; Ponec, M. et al, J. Invest. Dermatol. 1997, 109, pp. 348-355)と関連して多くの注目が集められてきた。それにも拘わらず、これらの作用プロセス及びメカニズムは依然として不明確なままであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】曽根俊郎ら、香粧会誌 Vol.15 No.2. pp. 60-65(1991)
【非特許文献2】Bouwstra JA, et al., Acta Derm Venereol Suppl (Stockh). 2000;208: pp. 23-30
【非特許文献3】Bouwstra JA, et al., Int J Cosmet Sci. 2008 Oct;30(5): p. 388
【非特許文献4】Friberg, S. E. et al., Colloids Surf. 1988, 30, pp.1-12
【非特許文献5】Rhein, L. D. Ibid. 1997, 48, pp.253-274
【非特許文献6】Fulmer, A. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1986, 86, pp. 598-602
【非特許文献7】Denda, M. et al., Arch. Dermatol. Res. 1994, 286, pp.41-46
【非特許文献8】Ronald, R. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1999, 113, pp. 960-966
【非特許文献9】Lopez, O. et al. Bioch. et Biophy Acta 2000, 1508, pp. 196-209
【非特許文献10】Ebba, B. et al., Inter J. Phama. 2000, 195, pp.189-195
【非特許文献11】Harada, K. et al, J. Invest. Dermatol. 1992, 99, pp. 278-282
【非特許文献12】Lavrijsen, A. P. M. et al, J. Invest. Dermatol. 1995, 105, pp. 619-624
【非特許文献13】Holleran, W. M. et al, J. Lipid Res. 1991, 32, pp. 1151-1158
【非特許文献14】Murata, Y. et al., J. Invest. Dermatol. 1996, 106, pp. 1242-1249
【非特許文献15】Ponec, M. et al, J. Invest. Dermatol. 1997, 109, pp. 348-355
【非特許文献16】O. Lopez et al., J. dispersion science and technology, 18 (5), pp. 503-515 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、構造上の均一性が高く、且つ脂質の構造変化を測定し易い、角層脂質のin vitroモデル基板及び当該基板を用いた肌荒れの評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
角層の単純な皮膚モデルとして、本発明者がセラミド、パルミチン酸、及びコレステロールの三成分から構成される脂質混合物をカバーガラス等の基板上に形成させたところ、基板上に形成された脂質膜が角層の脂質ラメラ構造に類似していること、そして、物性解析の結果から当該脂質膜の性質が角層細胞間脂質のものと類似していることを見出した。このようなラメラ構造及び物性解析の結果を考慮すると、上記三成分の混合脂質により形成される脂質膜は、角層細胞間脂質構造と類似していると考えられる。
【0012】
ブタ皮膚に界面活性剤を適用すると、角層脂質の構造がラメラ構造からベシクル状へ変化することが知られている(O. Lopez et al., J. dispersion science and technology, 18 (5), pp. 503-515 (1997))。そこで、本発明者が上記脂質混合物から形成された脂質膜に対し特定の界面活性剤を添加したところ、角層脂質構造が乱れ、脂質膜を構成する分子がチューブ状に集合してミエリン像が形成されることを見出した。更に、このミエリン像の先端から前記脂質擬似基板の末端までの距離と、皮膚のバリア機能を評価するTEWLとの関係を調べたところ、両者に相関関係が認められた。
【0013】
本発明者は、かかる知見に基づいて、セラミド、パルミチン酸、及びコレステロールの三成分から構成される脂質膜が角層脂質のin vitroモデルとして使用可能であり、そして当該脂質膜に特定の界面活性剤を添加することで形成されるミエリン像の定量的・定性的な評価が、角層脂質と化粧品素材の相互作用を測る指標となり得ると結論付け、本発明を完成させるに至った。
【0014】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
【0015】
[1]基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成される、皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
[2]前記セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在している、[1]の皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
[3]肌荒れの評価方法であって、[1]又は[2]の皮膚角層細胞間脂質擬似基板に界面活性剤を添加して当該基板上にミエリン像が形成された場合、当該界面活性剤がin vivoで肌荒れを引き起こすと評価し、そして、当該ミエリン像の先端と当該基板の末端との最短距離が長いほど当該肌荒れの程度が悪いと評価する、肌荒れの評価方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の皮膚角層細胞間脂質を模した基板(以下、本明細書では「皮膚角層細胞間脂質擬似基板」と称する)は、複雑な構造を有する角層の主要な構成物質である3種の脂質(セラミド、パルミチン酸及びコレステロール)から成る単純化したモデル膜である。本発明の基板に対し特定の界面活性剤を添加すると、ミエリン像が形成される。添加する界面活性剤の種類によっては、ミエリン像の先端から当該基板の末端までの距離が長いものがある。更に、当該距離を増大させる界面活性剤は、ヒトのパッチテストではTEWL値を増大させた。TEWL値の増大は、皮膚のバリア機能の低下を意味することから、本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板によれば、生体試料を用いることなく、角層脂質と化粧品素材の相互作用、延いては当該化粧品素材による肌荒れへの影響をin vitroで評価することができると考えられる。
【0017】
ミエリン像を形成させた界面活性剤について、パッチテストや、コラーゲン又はインターロイキン8を用いた実験等において評価したところ、ミエリン像形成と細胞毒性などとの間に相関性が認められなかった。従って、本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板は、皮膚のバリア機能の低下(角層脂質構造の乱れ)を評価するのに特化した肌荒れ試験方法に応用することができると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、ミエリン像の模式図を示す。
【図2】図2は、本発明の基板をDSCにかけた結果得られたDSC曲線である。
【図3】図3は、SDS水溶液に曝露した後の基板の顕微鏡写真である。基板から一定の範囲内にミエリン像が形成されている。
【図4A】図4Aは、非イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図4B】図4Bは、イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図6】図6は、ノニオン系界面活性剤の構造とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図7】図7は、界面活性剤のアルキル鎖長とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図8】図8は、界面活性剤のEO付加モル数とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図9】図9は、界面活性剤の分子量とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図10】図10は、ミエリン像の形成距離とΔTEWL値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板
本発明は第一の観点において、基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成され、セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在する皮膚角層細胞間脂質擬似基板、を提供するものである。
【0020】
本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板において、脂質膜を形成させる基礎の基板には、カバーガラス、マイカ、シリコンウエハー等の平面板を用いることができる。当該基板の材質として、平滑面に加工でき耐熱性のものを所望の場合、ステンレス等の金属類、陶磁器も使用できる。脂質膜は、脂質混合物、例えばセラミド、パルミチン酸及びコレステロールを含んで成る脂質混合物が構成材料として使用される。脂質混合物中のセラミドの中でも、セラミドIIIは、最も標準的な構造であり、また、安価であるため好ましい。
【0021】
上記脂質混合物は、質量比で、20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)で溶媒中に溶解される。皮膚中に存在する角層細胞間脂質の組成比を模するという観点からは、混合脂質の比率は2:1:1(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比であることが好ましい。前記溶媒として、メタノール、クロロホルム、ヘキサン、アセトン、酢酸エチル等、あるいはその混合物を使用することができる。前記溶媒は、これらの具体的な溶媒に限定されず、上記脂質を溶解可能なものであればどのようなものでもよい。
【0022】
上記脂質混合物を溶媒に溶解した後、当該溶液を平面板、例えばカバーグラス上に展開させ、乾燥させる。続いて、平面板を高温(例えば120℃)のオーブン中で溶融させ、窒素気流下で所定の時間静置する。室温に冷却後、平面板を水を加えて加湿(例えば、水に長時間浸漬又は加水)浸漬することで、本発明の脂質擬似基板を調製することができる。固体脂質混合物を溶融した後加湿する方法も可能である。
【0023】
皮膚角層細胞間脂質基板を用いた肌荒れの評価方法
本発明は第二の観点において、皮膚角層細胞間脂質基板に界面活性剤を添加することで形成されるミエリン像の先端と、当該基板の末端との距離を測定し、当該距離の増大を肌荒れの指標とすることを含む、肌荒れの評価方法、を提供するものである。
【0024】
ミエリン像は、水中で液晶状態にある多数の分子が集まって形成されるチューブ状分子の集合体である(図1)。一般的に、ミエリン像は、リオトロピックなスメクティックA相(液晶の一種)が適当な媒質と接する時に形成される。ミエリン像の形成は、特定の界面活性剤を上記基板に添加した後顕微鏡で視覚的に確認することができる。
【0025】
ミエリン像は、特定の界面活性剤を添加することで、本発明の基板から一定の範囲に多数形成される。この範囲は、添加する界面活性剤の種類によって異なる。上記基板の末端から、形成されるミエリン像の先端までの距離が長いほど、同じ界面活性剤を適用した皮膚からの経表皮水分蒸発量(TEWL)も増大する。換言すると、ある界面活性剤の添加によって形成されたミエリン像と基板との距離が長い場合、その界面活性剤はヒトの皮膚に適用した場合、角層脂質構造を乱し、肌荒れを引き起こすことが予想される。
【0026】
「肌荒れ」とは、例えば、被検物適用前よりTEWL(経皮水分蒸散量)が上昇した状態を意味し、TEWL上昇の程度が大きいほど皮膚のバリア能が低下している状態を示す。一方、本発明の評価方法では、被検物を皮膚角層細胞間脂質擬似基板に適用した場合にミエリン像が形成されている状態を実際の肌での「肌荒れ」とみなす。ここで、本発明の基板上に当該ミエリン像が形成される範囲はTEWL値と相関していることから、その範囲が大きいほどその被検物を実際の肌に適用した場合、その肌荒れの程度も悪いと評価することができる。当該評価方法の再現性のために、本発明では、当該ミエリン像の先端と当該基板の界面との最短距離を肌荒れ悪化の指標とする。
【0027】
ミエリン像の先端と皮膚角層細胞間脂質基板の末端との最短距離を肌荒れ悪化の指標とする場合、当該距離が測定条件によって異なるため、一定の条件で行うことが求められる。例えば、上記基板に形成される脂質膜の厚さは、薄すぎると距離のばらつきが大きく、厚すぎると両者の境目が見え難くなる。従って、再現性を確保する観点からは、脂質膜は5〜100μm、特に約50μmの厚さにするのが好ましい。更に、界面活性剤曝露からの時間が増大し、又は温度が増大するにつれ、ミエリン像と皮膚細胞間脂質基板との最短距離は増大する。ばらつきを抑える観点からは、約25℃の温度のもと曝露から6時間後にミエリン像を測定することが好ましい。しかしながら、本発明の肌荒れ評価方法は、このような条件に限定されない。添加する界面活性剤は、臨界ミセル濃度以上であればほぼ一定の範囲内にミエリン像を形成させることができる。従って、臨界ミセル濃度以上の一定の濃度の界面活性剤を添加した場合、ミエリン像の先端と基板の末端との最短距離は大きく変動しないことから、本発明の肌荒れ評価方法は、高濃度系で実施することができ、また、再現性が高い。
【0028】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されることを意図するものではない。
【実施例1】
【0029】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板の調製
セラミドIII(95.9%、0.3g)(Evonik Degussa社、ドイツ、エッセン)、パルミチン酸(0.15g)(ナカライテスク社、日本、京都)及びコレステロール(0.15g)(ナカライテスク社、日本、京都)をクロロホルム(50cm3)及びメタノール(10cm3)の混合溶媒に溶解した。続いて、この脂質混合溶液(0.2cm3)を18×18mmのカバーグラス上に広げ、そして乾燥させた。生成した脂質混合膜は、ガラス管のオーブン内で120℃で融解した後、同じ温度で1時間窒素雰囲気のもと放置した。このサンプルを、室温に冷却した後24時間水に浸透させた。最後に、飽和塩化ナトリウムを含むデシケーター(相対湿度75%)内で、使用するまで保存した。
【0030】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板の物性評価方法
カバーグラス上に形成された皮膚角層細胞間脂質擬似基板を顕微鏡ECLIPSE TE 2000U(ニコン社製、日本)を用いて直接観察し、キヤノン社製のピックアップカメラを用いて撮影した。画像は一分置きに連続して取り込んだ。示差走査熱量(DSC)測定は、SII SSC/5200解析装置を備えたDSC-100(セイコーインスツル社製、日本)を用いて実施した。X線回折(XRD)測定は、X線回折装置(理学社製RAD-RC、日本及びBruker社製D8 Discover、ドイツ)上で、グラファイトモノクロメーターで単色化した高密度CuKα放射線(λ=0.154nm)を用い、50mA、60kV、及び40mA、40kVの条件で実施した。赤外(IR)吸収スペクトルは、Bio-Rad社製Digilab FTS-60Aスペクトロメーター上で、KBrペレットを用いた透過モードで測定することにより得られた。スペクトルは全て、4000〜400cm-1の間で、平均64回スキャンしたものである。ラマンスペクトルは、Bomen FT-Raman accessory(Bomem Inc., カナダ)を用い、液体窒素で冷却したゲルマニウムダイオード検出器を装着したMB FT-IRオプティカルベンチ上で、533nmの近赤外線を放つNd:Yagレーザーを光源として測定した。
【0031】
DSC測定
本発明の基板をDSC測定にかけたところ、5つの吸熱ピーク:T1(42℃)、Tx(54.8℃)、T2(70℃)、T3(88℃)、T4(100.2℃)が確認された(図2)。これらのピーク温度は、以下の表のとおり、ヒト角層の値とほぼ一致していた(SpectrochimicaActaPart A 1998, 54, 543-558.)。
【0032】
【表1】
【0033】
当該基板の相転移温度は、使用した各脂質単独の融点と異なることから、本発明の基板を構成する脂質は、脂質単独の結晶として存在するのではなく、混合状態にあることが分かる。さらに、当該混合状態はヒト角層に極めて類似している。
【0034】
XRD測定
生体由来の角層細胞間脂質は、セラミド類、脂肪酸類、コレステロール等を主要な構成成分とし、これらの成分が混和することでラメラ構造が形成される。哺乳動物の角層細胞間脂質のラメラ周期には13nm(長周期ラメラ構造)と6nm(短周期ラメラ構造)の2つがある。
【0035】
上述のように調製した、セラミドIII、パルミチン酸及びコレステロールから成る本発明の基板のラメラ構造を調べるために、当該基板をX線回折(XRD)にかけた。その結果、脂質基板の大部分は4.43nmのラメラ層間隔を有していることが明らかになった。この値は、使用した脂質単独によって形成されるラメラ層間隔の値とは異なる。また、ラメラ層間は一種類であることからも、脂質の混和性が示唆される。
【0036】
以上の結果から、本発明の基板には4.43nmの周期を有するラメラ構造が形成されていることが明らかとなった。かかる周期は上述した生体由来の脂質膜におけるラメラ周期と異なっているが、このような差異は本発明の基板において構成脂質の種類を3種類に限定したためである。周期に違いは見られるものの、脂質の混和性・ラメラ構造の観点から、本発明の基板はin vivoの角層細胞間脂質構造に類似していると結論付けることができる。
【0037】
SDS水溶液に対する皮膚角層細胞間脂質擬似基板の曝露
50μmの厚さに調節された脂質膜を有する複数の皮膚角層細胞間脂質擬似基板を、SDS(99.0%)(ナカライテスク社、日本、京都)の水溶液(5.0mg/cm3)に25℃の温度で6時間曝露した。曝露した基板を少量の水で洗浄し、乾燥させたものを以下の試験に評価試験に使用した。
【0038】
顕微鏡観察
曝露後の基板を顕微鏡観察したところ、脂質基板から一定の範囲内にミエリン像の形成が確認された(図3)。SDS以外の他の界面活性剤についても検討したところ、ミエリン像を形成するものとしないものとが確認された。検討した界面活性剤について、基板の末端からミエリン像の先端までの最短距離(以下、「ミエリン像形成距離」と称する)を測定した。図4〜6にそれらの結果を示す。
【0039】
図4〜6の結果から、界面活性剤の構造が大きいほどミエリン像形成距離が増大し、また、イオン性界面活性剤は、非イオン性のものと比較してミエリン像形成距離が長いことが分かる(図4A及び4Bを参照のこと)。特に、イオン性活性剤の中でも、ミエリン像形成距離は脂肪酸石鹸の形成距離が最も長く、これに両性イオン界面活性剤、アニオン性界面活性剤が続いた。ノニオン系界面活性剤は、直鎖アルキルエーテル、コレステロール骨格を有するものの順でミエリン像の形成距離に影響を及ぼした。分枝アルキルエーテル、グリセリン骨格、硬化ヒマシ油骨格を有するノニオン系界面活性剤はミエリン像形成距離が短かった。
【0040】
アルキル鎖長及びEO付加モル数がミエリン像形成距離に及ぼす影響を図7及び8にそれぞれまとめる。これらの図から、アルキル鎖長が長いほど、また、EO付加モル数が少ないほど、ミエリン像形成距離が増大することが分かる。更に、界面活性剤の分子量とミエリン像形成距離との間にも相関関係があった。図9に示すとおり、分子量が小さいほどミエリン像形成距離が長かった。
【0041】
ミエリン像形成距離とTEWL値との相関性
ヒトの腕の皮膚に5%濃度の界面活性剤を塗布した(n=6(腕1本をn=1とする))。塗布1時間後の経表皮水分蒸発量と塗布前の値に基づきΔTEWL値(g/m2・h)を算出した。結果を図10に示す。
【0042】
図10の結果から明らかなように、ミエリン像の形成距離とΔTEWL値との間には高い相関関係が見られる。界面活性剤による角層脂質の流出がミエリン像の形成に繋がると考えられることから、in vivoでの肌荒れの評価指標であるΔTEWL値との相関関係は、ミエリン像の形成を指標とする本発明の基板を用いた肌荒れの評価方法が有用であることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板は、角層脂質のin vitroモデル基板として利用することができる。本発明の基板は構造上の均一性が高く、且つ脂質の構造変化を測定し易い。本発明の基板によれば、生体試料を用いることなくin vitroで肌荒れを評価することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層脂質を模した新規のin vitroモデル基板及び当該基板を用いた肌荒れの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の最外層に位置する角層は細菌や有害物質などの異物の接触や浸透から生体を保護すると共に、体内からの水分蒸散を防ぐことによって皮膚を健全な状態に保持するバリア機能を有する。バリア機能が低下すると、皮膚表面からの経表皮水分蒸発量(trans epidermal water loss:TEWL)が増加し、相対的に角質水分量が低下する。角層水分量の低下により皮溝、皮丘から成る皮紋(きめ)が不規則化すると、皮膚はかさかさした肌荒れ状態を呈する(曽根俊郎ら、香粧会誌 Vol.15 No.2. pp. 60-65(1991))。
【0003】
このバリア機能において重要な役割を果たす角層の細胞間脂質は、主にセラミド、遊離脂肪酸及びコレステロールを主成分とし、ラメラ構造を形成していることが知られている(Bouwstra JA, et al., Acta Derm Venereol Suppl (Stockh). 2000;208:pp. 23-30.; Bouwstra JA, et al., Int J Cosmet Sci. 2008 Oct;30(5): p. 388)。化粧品の開発においては、皮膚のバリア機能を害さないよう、予め角層脂質と化粧品素材との相互作用を調べ、有効な素材をスクリーニングすることが必要とされる。
【0004】
皮膚のバリア機能に対する化粧品素材の作用を検討する場合、生体試料を候補素材に曝露し、その細胞間脂質構造をX線解析、電子スピン共鳴(ESR)、示差走査熱量測定(DSC)、赤外線分析(IR)等にかけることが一般的に行われている。生体試料を用いることで、必要とするデータそのものが得られ、これを直接商品情報に繋げることができる。
【0005】
しかしながら、生体試料は個人差があり、そのような試料から得られる角層脂質も試料ごとに不均一な構造を有している。更に、動物から所定の角層脂質を得るためには煩雑な操作が要求される上、動物保護の観点から測定手法が限定されるという問題があった。
【0006】
このように、新規化粧品の開発に際しては、使用する物質が角層脂質に対してどのような影響を及ぼすかを判断するために、生体試料を用いない、簡便且つ高再現性の指標が必要とされる。
【0007】
スキンケア製品等に含まれる成分として界面活性剤がある。界面活性剤は、角層に浸透し、角質細胞のケラチンに吸収され、そして細胞間脂質と混和する(Friberg, S. E. et al., Colloids Surf. 1988, 30, pp.1-12; Rhein, L. D. Ibid. 1997, 48, pp.253-274)。更に、界面活性剤は、脂肪酸、脂肪酸グリセリド、コレステリルエステル等の皮膚脂質を除去することで、たとえ除去される脂質が少量であったとしても皮膚に損傷を与えることが知られている(Fulmer, A. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1986, 86, pp. 598-602; Denda, M. et al., Arch. Dermatol. Res. 1994, 286, pp.41-46; Ronald, R. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1999, 113, pp. 960-966; Lopez, O. et al. Bioch. et Biophy Acta 2000, 1508, pp. 196-209及びEbba, B. et al., Inter J. Phama. 2000, 195, pp.189-195)。
【0008】
従来、角層脂質に対する界面活性剤の作用は、皮膚バリア機能(Harada, K. et al, J. Invest. Dermatol. 1992, 99, pp. 278-282及び Lavrijsen, A. P. M. et al., J. Invest. Dermatol. 1995, 105, pp. 619-624)、そして種々の皮膚症状との関連での脂質組成の変化(Holleran, W. M. et al, J. Lipid Res. 1991, 32, pp. 1151-1158; Murata, Y. et al., J. Invest. Dermatol. 1996, 106, pp. 1242-1249; Ponec, M. et al, J. Invest. Dermatol. 1997, 109, pp. 348-355)と関連して多くの注目が集められてきた。それにも拘わらず、これらの作用プロセス及びメカニズムは依然として不明確なままであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】曽根俊郎ら、香粧会誌 Vol.15 No.2. pp. 60-65(1991)
【非特許文献2】Bouwstra JA, et al., Acta Derm Venereol Suppl (Stockh). 2000;208: pp. 23-30
【非特許文献3】Bouwstra JA, et al., Int J Cosmet Sci. 2008 Oct;30(5): p. 388
【非特許文献4】Friberg, S. E. et al., Colloids Surf. 1988, 30, pp.1-12
【非特許文献5】Rhein, L. D. Ibid. 1997, 48, pp.253-274
【非特許文献6】Fulmer, A. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1986, 86, pp. 598-602
【非特許文献7】Denda, M. et al., Arch. Dermatol. Res. 1994, 286, pp.41-46
【非特許文献8】Ronald, R. W. et al., J. Invest. Dermatol. 1999, 113, pp. 960-966
【非特許文献9】Lopez, O. et al. Bioch. et Biophy Acta 2000, 1508, pp. 196-209
【非特許文献10】Ebba, B. et al., Inter J. Phama. 2000, 195, pp.189-195
【非特許文献11】Harada, K. et al, J. Invest. Dermatol. 1992, 99, pp. 278-282
【非特許文献12】Lavrijsen, A. P. M. et al, J. Invest. Dermatol. 1995, 105, pp. 619-624
【非特許文献13】Holleran, W. M. et al, J. Lipid Res. 1991, 32, pp. 1151-1158
【非特許文献14】Murata, Y. et al., J. Invest. Dermatol. 1996, 106, pp. 1242-1249
【非特許文献15】Ponec, M. et al, J. Invest. Dermatol. 1997, 109, pp. 348-355
【非特許文献16】O. Lopez et al., J. dispersion science and technology, 18 (5), pp. 503-515 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、構造上の均一性が高く、且つ脂質の構造変化を測定し易い、角層脂質のin vitroモデル基板及び当該基板を用いた肌荒れの評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
角層の単純な皮膚モデルとして、本発明者がセラミド、パルミチン酸、及びコレステロールの三成分から構成される脂質混合物をカバーガラス等の基板上に形成させたところ、基板上に形成された脂質膜が角層の脂質ラメラ構造に類似していること、そして、物性解析の結果から当該脂質膜の性質が角層細胞間脂質のものと類似していることを見出した。このようなラメラ構造及び物性解析の結果を考慮すると、上記三成分の混合脂質により形成される脂質膜は、角層細胞間脂質構造と類似していると考えられる。
【0012】
ブタ皮膚に界面活性剤を適用すると、角層脂質の構造がラメラ構造からベシクル状へ変化することが知られている(O. Lopez et al., J. dispersion science and technology, 18 (5), pp. 503-515 (1997))。そこで、本発明者が上記脂質混合物から形成された脂質膜に対し特定の界面活性剤を添加したところ、角層脂質構造が乱れ、脂質膜を構成する分子がチューブ状に集合してミエリン像が形成されることを見出した。更に、このミエリン像の先端から前記脂質擬似基板の末端までの距離と、皮膚のバリア機能を評価するTEWLとの関係を調べたところ、両者に相関関係が認められた。
【0013】
本発明者は、かかる知見に基づいて、セラミド、パルミチン酸、及びコレステロールの三成分から構成される脂質膜が角層脂質のin vitroモデルとして使用可能であり、そして当該脂質膜に特定の界面活性剤を添加することで形成されるミエリン像の定量的・定性的な評価が、角層脂質と化粧品素材の相互作用を測る指標となり得ると結論付け、本発明を完成させるに至った。
【0014】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
【0015】
[1]基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成される、皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
[2]前記セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在している、[1]の皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
[3]肌荒れの評価方法であって、[1]又は[2]の皮膚角層細胞間脂質擬似基板に界面活性剤を添加して当該基板上にミエリン像が形成された場合、当該界面活性剤がin vivoで肌荒れを引き起こすと評価し、そして、当該ミエリン像の先端と当該基板の末端との最短距離が長いほど当該肌荒れの程度が悪いと評価する、肌荒れの評価方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の皮膚角層細胞間脂質を模した基板(以下、本明細書では「皮膚角層細胞間脂質擬似基板」と称する)は、複雑な構造を有する角層の主要な構成物質である3種の脂質(セラミド、パルミチン酸及びコレステロール)から成る単純化したモデル膜である。本発明の基板に対し特定の界面活性剤を添加すると、ミエリン像が形成される。添加する界面活性剤の種類によっては、ミエリン像の先端から当該基板の末端までの距離が長いものがある。更に、当該距離を増大させる界面活性剤は、ヒトのパッチテストではTEWL値を増大させた。TEWL値の増大は、皮膚のバリア機能の低下を意味することから、本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板によれば、生体試料を用いることなく、角層脂質と化粧品素材の相互作用、延いては当該化粧品素材による肌荒れへの影響をin vitroで評価することができると考えられる。
【0017】
ミエリン像を形成させた界面活性剤について、パッチテストや、コラーゲン又はインターロイキン8を用いた実験等において評価したところ、ミエリン像形成と細胞毒性などとの間に相関性が認められなかった。従って、本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板は、皮膚のバリア機能の低下(角層脂質構造の乱れ)を評価するのに特化した肌荒れ試験方法に応用することができると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、ミエリン像の模式図を示す。
【図2】図2は、本発明の基板をDSCにかけた結果得られたDSC曲線である。
【図3】図3は、SDS水溶液に曝露した後の基板の顕微鏡写真である。基板から一定の範囲内にミエリン像が形成されている。
【図4A】図4Aは、非イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図4B】図4Bは、イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、イオン性界面活性剤とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図6】図6は、ノニオン系界面活性剤の構造とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図7】図7は、界面活性剤のアルキル鎖長とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図8】図8は、界面活性剤のEO付加モル数とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図9】図9は、界面活性剤の分子量とミエリン像形成距離との関係を示すグラフである。
【図10】図10は、ミエリン像の形成距離とΔTEWL値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板
本発明は第一の観点において、基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成され、セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在する皮膚角層細胞間脂質擬似基板、を提供するものである。
【0020】
本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板において、脂質膜を形成させる基礎の基板には、カバーガラス、マイカ、シリコンウエハー等の平面板を用いることができる。当該基板の材質として、平滑面に加工でき耐熱性のものを所望の場合、ステンレス等の金属類、陶磁器も使用できる。脂質膜は、脂質混合物、例えばセラミド、パルミチン酸及びコレステロールを含んで成る脂質混合物が構成材料として使用される。脂質混合物中のセラミドの中でも、セラミドIIIは、最も標準的な構造であり、また、安価であるため好ましい。
【0021】
上記脂質混合物は、質量比で、20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)で溶媒中に溶解される。皮膚中に存在する角層細胞間脂質の組成比を模するという観点からは、混合脂質の比率は2:1:1(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比であることが好ましい。前記溶媒として、メタノール、クロロホルム、ヘキサン、アセトン、酢酸エチル等、あるいはその混合物を使用することができる。前記溶媒は、これらの具体的な溶媒に限定されず、上記脂質を溶解可能なものであればどのようなものでもよい。
【0022】
上記脂質混合物を溶媒に溶解した後、当該溶液を平面板、例えばカバーグラス上に展開させ、乾燥させる。続いて、平面板を高温(例えば120℃)のオーブン中で溶融させ、窒素気流下で所定の時間静置する。室温に冷却後、平面板を水を加えて加湿(例えば、水に長時間浸漬又は加水)浸漬することで、本発明の脂質擬似基板を調製することができる。固体脂質混合物を溶融した後加湿する方法も可能である。
【0023】
皮膚角層細胞間脂質基板を用いた肌荒れの評価方法
本発明は第二の観点において、皮膚角層細胞間脂質基板に界面活性剤を添加することで形成されるミエリン像の先端と、当該基板の末端との距離を測定し、当該距離の増大を肌荒れの指標とすることを含む、肌荒れの評価方法、を提供するものである。
【0024】
ミエリン像は、水中で液晶状態にある多数の分子が集まって形成されるチューブ状分子の集合体である(図1)。一般的に、ミエリン像は、リオトロピックなスメクティックA相(液晶の一種)が適当な媒質と接する時に形成される。ミエリン像の形成は、特定の界面活性剤を上記基板に添加した後顕微鏡で視覚的に確認することができる。
【0025】
ミエリン像は、特定の界面活性剤を添加することで、本発明の基板から一定の範囲に多数形成される。この範囲は、添加する界面活性剤の種類によって異なる。上記基板の末端から、形成されるミエリン像の先端までの距離が長いほど、同じ界面活性剤を適用した皮膚からの経表皮水分蒸発量(TEWL)も増大する。換言すると、ある界面活性剤の添加によって形成されたミエリン像と基板との距離が長い場合、その界面活性剤はヒトの皮膚に適用した場合、角層脂質構造を乱し、肌荒れを引き起こすことが予想される。
【0026】
「肌荒れ」とは、例えば、被検物適用前よりTEWL(経皮水分蒸散量)が上昇した状態を意味し、TEWL上昇の程度が大きいほど皮膚のバリア能が低下している状態を示す。一方、本発明の評価方法では、被検物を皮膚角層細胞間脂質擬似基板に適用した場合にミエリン像が形成されている状態を実際の肌での「肌荒れ」とみなす。ここで、本発明の基板上に当該ミエリン像が形成される範囲はTEWL値と相関していることから、その範囲が大きいほどその被検物を実際の肌に適用した場合、その肌荒れの程度も悪いと評価することができる。当該評価方法の再現性のために、本発明では、当該ミエリン像の先端と当該基板の界面との最短距離を肌荒れ悪化の指標とする。
【0027】
ミエリン像の先端と皮膚角層細胞間脂質基板の末端との最短距離を肌荒れ悪化の指標とする場合、当該距離が測定条件によって異なるため、一定の条件で行うことが求められる。例えば、上記基板に形成される脂質膜の厚さは、薄すぎると距離のばらつきが大きく、厚すぎると両者の境目が見え難くなる。従って、再現性を確保する観点からは、脂質膜は5〜100μm、特に約50μmの厚さにするのが好ましい。更に、界面活性剤曝露からの時間が増大し、又は温度が増大するにつれ、ミエリン像と皮膚細胞間脂質基板との最短距離は増大する。ばらつきを抑える観点からは、約25℃の温度のもと曝露から6時間後にミエリン像を測定することが好ましい。しかしながら、本発明の肌荒れ評価方法は、このような条件に限定されない。添加する界面活性剤は、臨界ミセル濃度以上であればほぼ一定の範囲内にミエリン像を形成させることができる。従って、臨界ミセル濃度以上の一定の濃度の界面活性剤を添加した場合、ミエリン像の先端と基板の末端との最短距離は大きく変動しないことから、本発明の肌荒れ評価方法は、高濃度系で実施することができ、また、再現性が高い。
【0028】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されることを意図するものではない。
【実施例1】
【0029】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板の調製
セラミドIII(95.9%、0.3g)(Evonik Degussa社、ドイツ、エッセン)、パルミチン酸(0.15g)(ナカライテスク社、日本、京都)及びコレステロール(0.15g)(ナカライテスク社、日本、京都)をクロロホルム(50cm3)及びメタノール(10cm3)の混合溶媒に溶解した。続いて、この脂質混合溶液(0.2cm3)を18×18mmのカバーグラス上に広げ、そして乾燥させた。生成した脂質混合膜は、ガラス管のオーブン内で120℃で融解した後、同じ温度で1時間窒素雰囲気のもと放置した。このサンプルを、室温に冷却した後24時間水に浸透させた。最後に、飽和塩化ナトリウムを含むデシケーター(相対湿度75%)内で、使用するまで保存した。
【0030】
皮膚角層細胞間脂質擬似基板の物性評価方法
カバーグラス上に形成された皮膚角層細胞間脂質擬似基板を顕微鏡ECLIPSE TE 2000U(ニコン社製、日本)を用いて直接観察し、キヤノン社製のピックアップカメラを用いて撮影した。画像は一分置きに連続して取り込んだ。示差走査熱量(DSC)測定は、SII SSC/5200解析装置を備えたDSC-100(セイコーインスツル社製、日本)を用いて実施した。X線回折(XRD)測定は、X線回折装置(理学社製RAD-RC、日本及びBruker社製D8 Discover、ドイツ)上で、グラファイトモノクロメーターで単色化した高密度CuKα放射線(λ=0.154nm)を用い、50mA、60kV、及び40mA、40kVの条件で実施した。赤外(IR)吸収スペクトルは、Bio-Rad社製Digilab FTS-60Aスペクトロメーター上で、KBrペレットを用いた透過モードで測定することにより得られた。スペクトルは全て、4000〜400cm-1の間で、平均64回スキャンしたものである。ラマンスペクトルは、Bomen FT-Raman accessory(Bomem Inc., カナダ)を用い、液体窒素で冷却したゲルマニウムダイオード検出器を装着したMB FT-IRオプティカルベンチ上で、533nmの近赤外線を放つNd:Yagレーザーを光源として測定した。
【0031】
DSC測定
本発明の基板をDSC測定にかけたところ、5つの吸熱ピーク:T1(42℃)、Tx(54.8℃)、T2(70℃)、T3(88℃)、T4(100.2℃)が確認された(図2)。これらのピーク温度は、以下の表のとおり、ヒト角層の値とほぼ一致していた(SpectrochimicaActaPart A 1998, 54, 543-558.)。
【0032】
【表1】
【0033】
当該基板の相転移温度は、使用した各脂質単独の融点と異なることから、本発明の基板を構成する脂質は、脂質単独の結晶として存在するのではなく、混合状態にあることが分かる。さらに、当該混合状態はヒト角層に極めて類似している。
【0034】
XRD測定
生体由来の角層細胞間脂質は、セラミド類、脂肪酸類、コレステロール等を主要な構成成分とし、これらの成分が混和することでラメラ構造が形成される。哺乳動物の角層細胞間脂質のラメラ周期には13nm(長周期ラメラ構造)と6nm(短周期ラメラ構造)の2つがある。
【0035】
上述のように調製した、セラミドIII、パルミチン酸及びコレステロールから成る本発明の基板のラメラ構造を調べるために、当該基板をX線回折(XRD)にかけた。その結果、脂質基板の大部分は4.43nmのラメラ層間隔を有していることが明らかになった。この値は、使用した脂質単独によって形成されるラメラ層間隔の値とは異なる。また、ラメラ層間は一種類であることからも、脂質の混和性が示唆される。
【0036】
以上の結果から、本発明の基板には4.43nmの周期を有するラメラ構造が形成されていることが明らかとなった。かかる周期は上述した生体由来の脂質膜におけるラメラ周期と異なっているが、このような差異は本発明の基板において構成脂質の種類を3種類に限定したためである。周期に違いは見られるものの、脂質の混和性・ラメラ構造の観点から、本発明の基板はin vivoの角層細胞間脂質構造に類似していると結論付けることができる。
【0037】
SDS水溶液に対する皮膚角層細胞間脂質擬似基板の曝露
50μmの厚さに調節された脂質膜を有する複数の皮膚角層細胞間脂質擬似基板を、SDS(99.0%)(ナカライテスク社、日本、京都)の水溶液(5.0mg/cm3)に25℃の温度で6時間曝露した。曝露した基板を少量の水で洗浄し、乾燥させたものを以下の試験に評価試験に使用した。
【0038】
顕微鏡観察
曝露後の基板を顕微鏡観察したところ、脂質基板から一定の範囲内にミエリン像の形成が確認された(図3)。SDS以外の他の界面活性剤についても検討したところ、ミエリン像を形成するものとしないものとが確認された。検討した界面活性剤について、基板の末端からミエリン像の先端までの最短距離(以下、「ミエリン像形成距離」と称する)を測定した。図4〜6にそれらの結果を示す。
【0039】
図4〜6の結果から、界面活性剤の構造が大きいほどミエリン像形成距離が増大し、また、イオン性界面活性剤は、非イオン性のものと比較してミエリン像形成距離が長いことが分かる(図4A及び4Bを参照のこと)。特に、イオン性活性剤の中でも、ミエリン像形成距離は脂肪酸石鹸の形成距離が最も長く、これに両性イオン界面活性剤、アニオン性界面活性剤が続いた。ノニオン系界面活性剤は、直鎖アルキルエーテル、コレステロール骨格を有するものの順でミエリン像の形成距離に影響を及ぼした。分枝アルキルエーテル、グリセリン骨格、硬化ヒマシ油骨格を有するノニオン系界面活性剤はミエリン像形成距離が短かった。
【0040】
アルキル鎖長及びEO付加モル数がミエリン像形成距離に及ぼす影響を図7及び8にそれぞれまとめる。これらの図から、アルキル鎖長が長いほど、また、EO付加モル数が少ないほど、ミエリン像形成距離が増大することが分かる。更に、界面活性剤の分子量とミエリン像形成距離との間にも相関関係があった。図9に示すとおり、分子量が小さいほどミエリン像形成距離が長かった。
【0041】
ミエリン像形成距離とTEWL値との相関性
ヒトの腕の皮膚に5%濃度の界面活性剤を塗布した(n=6(腕1本をn=1とする))。塗布1時間後の経表皮水分蒸発量と塗布前の値に基づきΔTEWL値(g/m2・h)を算出した。結果を図10に示す。
【0042】
図10の結果から明らかなように、ミエリン像の形成距離とΔTEWL値との間には高い相関関係が見られる。界面活性剤による角層脂質の流出がミエリン像の形成に繋がると考えられることから、in vivoでの肌荒れの評価指標であるΔTEWL値との相関関係は、ミエリン像の形成を指標とする本発明の基板を用いた肌荒れの評価方法が有用であることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の皮膚角層細胞間脂質擬似基板は、角層脂質のin vitroモデル基板として利用することができる。本発明の基板は構造上の均一性が高く、且つ脂質の構造変化を測定し易い。本発明の基板によれば、生体試料を用いることなくin vitroで肌荒れを評価することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成されている、皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【請求項2】
前記セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在している、請求項1に記載の皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【請求項3】
肌荒れの評価方法であって、請求項1又は2に記載の皮膚角層細胞間脂質擬似基板に界面活性剤を添加して当該基板上にミエリン像が形成された場合、当該界面活性剤がin vivoで肌荒れを引き起こすと評価し、そして、当該ミエリン像の先端と当該基板の末端との最短距離が長いほど当該肌荒れの程度が悪いと評価する、肌荒れの評価方法。
【請求項1】
基板と、当該基板上に形成された脂質膜とから成る、皮膚角層細胞間脂質擬似基板であって、当該脂質膜がセラミド、パルミチン酸及びコレステロールから形成されている、皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【請求項2】
前記セラミド、パルミチン酸及びコレステロールが20〜70%:10〜60%:20〜40%(セラミド:パルミチン酸:コレステロール)の質量比で存在している、請求項1に記載の皮膚角層細胞間脂質擬似基板。
【請求項3】
肌荒れの評価方法であって、請求項1又は2に記載の皮膚角層細胞間脂質擬似基板に界面活性剤を添加して当該基板上にミエリン像が形成された場合、当該界面活性剤がin vivoで肌荒れを引き起こすと評価し、そして、当該ミエリン像の先端と当該基板の末端との最短距離が長いほど当該肌荒れの程度が悪いと評価する、肌荒れの評価方法。
【図1】
【図2】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図3】
【図2】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図3】
【公開番号】特開2011−22159(P2011−22159A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219533(P2010−219533)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【分割の表示】特願2009−200252(P2009−200252)の分割
【原出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【分割の表示】特願2009−200252(P2009−200252)の分割
【原出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
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