説明

皮膜付イオンゲル及びその製造方法

【課題】所望の形状・寸法の電解質等を形成することが可能であり、しかも、イオン液体を化学的ないし物理的に安定化し得る皮膜付イオンゲルを得る。
【解決手段】イオンゲルからなるコア12の表面に皮膜14を形成し、皮膜付イオンゲル10とする。コア12(イオンゲル)は、第1の高分子のネットワークにイオン液体が取り込まれて形成された、前記第1の高分子と前記イオン液体の相溶化合物である。一方、皮膜14は、コア12に含まれる前記第1の高分子と、第2の高分子とが相互反応することで得られた反応生成物(高分子)で形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン伝導性を示し、例えば、燃料電池に使用する電解質として好適な皮膜付イオンゲル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン液体は、例えば、プロトン(H+)やリチウムイオン(Li+)等の各種のイオンを伝導する特性を示す液体として知られている。さらに、その蒸気圧が測定下限値を下回るとともに、凝固温度が低い性質を併せ持つ。換言すれば、殆ど揮発せず、且つ寒冷地であっても固相に変化し難い。従って、広範囲の温度域にわたって優れたイオン伝導体となり得る。このため、イオン液体は、燃料電池、二次電池、キャパシタ、色素増感型太陽電池等の各種デバイスの好適な電解質となり得る。
【0003】
しかしながら、電解質が液体である場合、上記したデバイスが何らかの理由で破損したり、デバイスに振動が加わることでシール機能が劣化したりしたときに電解質が漏洩してしまうことが懸念される。
【0004】
この懸念を払拭するには、非特許文献1に記載されているように、イオン液体をゲル化してイオンゲルとすることが有効であるとも考えられる。この場合、イオン液体は、高分子が形成するネットワークの中に取り込まれることで該高分子と相溶化し、これにより弾力性を示す固相(すなわち、イオンゲル)となる。このような固相のイオンゲルを電解質として採用した場合、仮にデバイスが破損したとしても、電解質が固相であるために漏洩することが回避される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】シロウ・セキ(Shiro Seki)ら著、「ジャーナル・オブ・フィジックスケミカルビー(J. Phys. Chem. B)」 2005年発行 第109巻第9号 第3886頁〜第3892頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1の記載によれば、イオンゲルは、以下のようにして得られる。すなわち、先ず、高分子の原材料となるモノマー、架橋剤及び重合開始剤をイオン液体に溶解して重合用溶液を調製する。
【0007】
次に、この重合用溶液を型に注入し、その後、前記型内で前記モノマーを重合させる。この重合に伴って高分子が生成するとともに、該高分子のネットワークにイオン液体が取り込まれる。換言すれば、高分子とイオン液体が相溶化してイオンゲルとなる。
【0008】
このことから諒解されるように、非特許文献1に開示された製造方法によれば、イオンゲルを、型(キャビティ)の形状に対応するバルク体として得ることができるのみである。すなわち、この製造方法には、イオンゲルを所望の形状として得ることができないという不具合が顕在化している。
【0009】
また、ゲルは周知の通り弾力性が著しく大きく、このために可塑性に乏しい。従って、非特許文献1の記載に従って得られたイオンゲルに対してプレス成形を行うことで所望の形状に成形することもできない。さらに、イオンゲルを用いて射出成形を行うことも不可能である。
【0010】
以上のように、非特許文献1に開示された製造方法では、イオンゲルを、デバイスの形状・寸法に対応する適切な形状・寸法で得ることができないという不具合がある。
【0011】
さらに、プロトン伝導性を示すイオンゲルを燃料電池の電解質とした場合、イオン液体が燃料電池の外部に排出される懸念がある。すなわち、燃料電池では、発電反応によって電解質と電極との界面に水が生成する。一方、プロトン伝導性を示すイオン液体は概して親水性が大きく、このため、電解質に含まれるイオン液体が反応生成物である水に移動する可能性がある。水は燃料電池の外部に排出されるので、イオン液体が水に移動している場合、該イオン液体も同時に排出されることになる。
【0012】
このような事態が発生すると、イオン伝導体であるイオン液体の量が減少するので、燃料電池の発電性能が低下してしまう。
【0013】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、所望の形状・寸法の電解質等を形成することが可能であり、しかも、イオン液体を化学的ないし物理的に安定化し得る皮膜付イオンゲル及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記の目的を達成するために、本発明は、高分子とイオン液体の相溶化合物からなるイオンゲルの表面に高分子からなる皮膜が形成され、且つ粒体である皮膜付イオンゲルであって、
前記皮膜は、前記イオンゲルに含まれる前記高分子と、別の高分子との反応生成物であることを特徴とする。
【0015】
このような構成においては、イオンゲルが皮膜によって遮蔽される。従って、イオンゲル中のイオン液体に対して親和性が高い物質と皮膜付イオンゲルが接触したとしても、イオン液体がイオンゲルから前記物質に移動すること、換言すれば、イオン液体が流失することが防止される。すなわち、皮膜がブロック作用を営み、これによりイオンゲルが物理的ないし化学的に安定する。
【0016】
しかも、粒体であるので可塑性に富む。このため、該皮膜付イオンゲルを、充填箇所の形状に対応した形状で充填することや、所望の形状の凝集体(ないし圧粉成形体)とすることが可能である。従って、例えば、燃料電池の電解質等、デバイスの形状に応じて皮膜付イオンゲルの凝集体(ないし圧粉成形体)の形状を設定することができる。
【0017】
皮膜付イオンゲルの粒径は1nm〜1mmの範囲内であることが好ましく、皮膜の厚みは0.1nm〜100nmであることが好ましい。なお、粒径は、走査型電子顕微鏡で二次元平面として視認される粒体(概ね楕円形状か真円形状)の長径と短径の平均値として定義される。
【0018】
粒径が1nmよりも小さいと、イオンゲルの分子数が十分でなくなるのでイオン伝導度が低下する傾向がある。また、1mmを超えると、皮膜に破損が生じた際に該皮膜からイオンゲルが漏洩することを防止することが容易でなくなる。
【0019】
一方、皮膜の厚みが0.1nm未満であると、皮膜としての強度を確保することが容易ではない。また、100nmを超えると、イオン伝導に対する抵抗が大きくなる。
【0020】
また、本発明は、高分子とイオン液体の相溶化合物からなるイオンゲルの表面に高分子からなる皮膜が形成され、且つ粒体である皮膜付イオンゲルの製造方法であって、
イオンゲルの原材料となるイオンゲル用モノマーと、イオン液体とを混合して第1混合溶液を調製する工程と、
前記イオン液体を添加した際に該イオン液体に対して相分離を起こす溶媒と、前記第1混合溶液とを混合することで第2混合溶液を調製するとともに、該第2混合溶液にエマルジョンを生成させる工程と、
前記エマルジョンに含まれる前記イオンゲル用モノマーを重合させて第1の高分子とするとともに、該第1の高分子と前記イオン液体を相溶化させて粒状のイオンゲルを得る工程と、
前記第1の高分子と相互反応を起こす第2の高分子を含む溶液を、前記イオンゲルを含む溶液と混合して第3混合溶液を調製する工程と、
前記イオンゲルに含まれる前記第1の高分子と、前記第3混合溶液中の前記第2の高分子とを反応させ、前記イオンゲルの表面に、反応生成物としての高分子からなる皮膜を形成して皮膜付イオンゲルを得る工程と、
を有することを特徴とする。
【0021】
このような過程を経ることにより、上記した皮膜付イオンゲルを容易に得ることができる。
【0022】
なお、エマルジョンを形成する工程、及びイオンゲル用モノマーを重合させる工程で前記第2混合溶液を冷却することが好ましい。エマルジョンは、高温下では比較的破壊され易いので、イオンゲルを粒体として得ることが容易でなくなるからである。
【0023】
また、前記第2混合溶液を、界面活性剤を含むものとして調製することが好ましい。この界面活性剤の作用により、エマルジョンの形成が促進されるとともに、形成されたエマルジョンが破壊されることが阻害される。従って、微細なエマルジョン、ひいては微細なイオンゲルを得ることが容易となる。
【0024】
いずれにおいても、皮膜付イオンゲルを、イオン液体内包粒体は、粒径が1nm〜1mmの範囲内であり、且つ皮膜の厚みが0.1nm〜100nmであるものとして得ることが好ましい。粒径や皮膜の厚みは、例えば、反応時間を適宜設定することで調節することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、第1の高分子とイオン液体との相溶物であるイオンゲルを皮膜で保護するようにしているので、イオンゲル、ひいては該イオンゲル中のイオン液体を物理的ないし化学的に安定化させることができる。従って、例えば、皮膜付イオンゲルが、イオン液体との親和性が高い物質に接触したときでも、イオン液体が流出することを防止することができる。このため、イオン伝導性が安定する。
【0026】
しかも、この皮膜付イオンゲルは微細な粒体であるので可塑性に富み、このため、所望の形状をなす充填物や凝集体(ないし圧粉成形体)とすることが可能である。従って、この皮膜付イオンゲルを用いて充填物、凝集体(ないし圧粉成形体)を作製することにより、例えば、燃料電池の電解質を所望の形状のものとして得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施の形態に係る皮膜付イオンゲルの模式的な断面図である。
【図2】実施例1の皮膜付イオンゲルとなるイオンゲルの光学顕微鏡写真である。
【図3】実施例2の皮膜付イオンゲルとなるイオンゲルの光学顕微鏡写真である。
【図4】実施例3の皮膜付イオンゲルとなるイオンゲルの光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係る皮膜付イオンゲル及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0029】
先ず、皮膜付イオンゲルにつき、図1を参照して概略説明する。
【0030】
図1は、皮膜付イオンゲル10の模式的な断面図である。この皮膜付イオンゲル10は、イオンゲルからなるコア12が高分子からなる皮膜14で被覆されて構成される微細な粒体、換言すれば、微粒子である。なお、この場合、皮膜付イオンゲル10は概ね球体に近似される。
【0031】
図1においては、皮膜付イオンゲル10の直径に沿う断面を示している。上記したように、皮膜付イオンゲル10の粒径は、図1におけるD1とD2の平均値として示されるが、この場合、D1とD2は略同等である。
【0032】
コア12をなすイオンゲルは、イオン液体と高分子との相溶化合物からなる。すなわち、イオン液体が高分子のネットワークに取り込まれて形成されたものである。
【0033】
皮膜付イオンゲル10を電解質として採用する場合、イオン液体としては、目的とするイオンを伝導することが可能な物質を選定すればよい。例えば、燃料電池の電解質とする場合、プロトンを伝導可能な物質を選定するようにする。具体的には、ジメチルエチルアミントリフルオロメタンスルホネート、ジエチルメチルアミンメタンスルホネート、ジエチルメチルアミンビス(トリフルオロメタン)スルホンイミド、ジメチルエチルアミンビス(トリフルオロメタン)スルホンイミド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムメタンスルホネート等を挙げることができる。
【0034】
一方、高分子としては、使用されるイオン液体をそのネットワーク中に取り込んで相溶化合物を形成するとともに、反応性官能基を有するものが選定される。ここで、反応性官能基としては、塩を形成するものや、共有結合をなすものが例示される。この中、塩を形成するものには酸性基と塩基性基とが存在するが、酸性基の好適な例としては−COOH、−SO3H、−OP(OH)3等が挙げられ、塩基性基の好適な例としては−NH、−OH、−SH等が挙げられる。一方、共有結合をなす反応性官能基の好適な例としては、−NH、−C(=O)−R、−C=C−R、−C(=O)NH等が挙げられる。なお、Rは有機基を表す。
【0035】
以上のような高分子としては、アクリル酸メチル、アクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸、アクリルアミド、アクリロニトリル、ヒドロキシエチルメタクリレート、酢酸ビニル等の重合性ビニルモノマーが重合したものや、下記に示すものが挙げられる。
【0036】
【化1】

【0037】
【化2】

【0038】
【化3】

【0039】
皮膜14をなす高分子は、コア12をなすイオンゲルに含まれる高分子と、該高分子とは別の高分子の反応生成物である。以下、説明の便宜上、イオンゲルに含まれる高分子を「第1の高分子」、前記別の高分子を「第2の高分子」とも表記する。
【0040】
第2の高分子としては、第1の高分子と相互反応を起こすものが選定される。すなわち、第1の高分子の反応性官能基と反応する反応性官能基を具備するものである。
【0041】
具体的には、第1の高分子の反応性官能基が酸性基である場合、第2の高分子としては、塩基性基を有する物質が選定される。その反対に、第1の高分子の反応性官能基が塩基性基である場合、第2の高分子としては、酸性基を有する物質が選定される。
【0042】
また、第1の高分子の反応性官能基が−NHであるときには、第2の高分子としては、−NHとともに共有結合をなす−C(=O)−R、−C=C−R、又は−C(=O)NHを具備する物質が選定され、逆に、第1の高分子の反応性官能基が−C(=O)−R、−C=C−R、又は−C(=O)NHのいずれかであるときには、これらのいずれかとともに共有結合をなす−NHを具備する物質が選定される。
【0043】
皮膜14の厚みTは、0.1nm〜100nmであることが好ましい。厚みTが0.1nm未満であると、皮膜14としての強度を確保することが容易ではない。また、100nmを超えると、イオン伝導に対する抵抗が大きくなる。
【0044】
以上のようなコア12及び皮膜14を有する皮膜付イオンゲル10の好適な粒径(D1とD2の平均値)は、1nm〜1mmの範囲内である。1nmよりも小さいと、コア12を構成するイオンゲルの分子数が十分でなくなり、イオン伝導度が低下する傾向がある。また、1mmを超えると、皮膜14に破損が生じた際にコア12が漏洩することを防止することが容易でなくなる。皮膜付イオンゲル10の一層好適な粒径は、10nm〜100μmである。
【0045】
このように構成された皮膜付イオンゲル10では、コア12(イオンゲル)が皮膜14によって保護される。従って、仮に、イオンゲル中のイオン液体に対して親和性が高い物質と皮膜付イオンゲル10が接触したとしても、イオン液体がイオンゲルから前記物質に移動することが阻止される。皮膜14がブロック作用を営むからである。
【0046】
すなわち、皮膜14を設けることにより、イオン液体を化学的ないし物理的に安定な状態に維持することが容易となる。このため、該皮膜付イオンゲル10を燃料電池の電解質とした場合、コア12に含まれるイオン液体が生成水に移動すること、ひいては生成水に同伴されて燃料電池の外部に排出されることを防止することができ、その結果、燃料電池の発電性能を維持することができる。
【0047】
また、皮膜付イオンゲル10は、上記したように極めて微細な微粒子である。このため、充填箇所の形状に対応した形状で充填したり、所望の形状の凝集体(ないし圧粉成形体)とすることが可能である。従って、この皮膜付イオンゲル10から燃料電池の電解質を得ようとする場合には、例えば、予め所定形状として形成されたシール部材内に皮膜付イオンゲル10の微粒子を充填すればよい。
【0048】
このように、本実施の形態によれば、デバイスに応じた所望の形状の電解質を得ることができる。しかも、この場合、電解質が皮膜14を有するので破損が生じ難く、仮に破損が生じた場合であってもコア12がゲルであるので皮膜14の外方に流出し難い。従って、イオン伝導体であるイオン液体が漏洩する懸念を払拭し得る。
【0049】
次に、上記した皮膜付イオンゲル10の製造方法につき説明する。
【0050】
はじめに、イオンゲルを得るためのイオン液体とイオンゲル用モノマーとを混合して第1混合溶液を調製する。第1混合溶液には、さらに、イオンゲル用モノマーの重合を促進するための重合開始剤又は架橋剤の少なくともいずれか一方を添加することもできる。
【0051】
イオン液体としては、上記したような物質を用いればよい。また、イオンゲル用モノマーとしては、アクリル酸メチル、アクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸、アクリルアミド、アクリロニトリル、ヒドロキシエチルメタクリレート、酢酸ビニル等の重合性ビニルモノマーや、下記に示すものを選定すればよい。
【0052】
【化4】

【0053】
【化5】

【0054】
【化6】

【0055】
この場合、重合開始剤としては、上記したイオンゲル用モノマーの重合を促進し且つイオン液体に対して可溶である物質が選定される。その好適な例としては、ラウロイルパーオキサイド、アゾビスイソブチロニトリル、2、2’−アゾビス(2−メチルプロピオンアミド)ジヒドロクロライド、過酸化ベンゾイル等、分解に伴ってラジカルを発生し得る物質が挙げられる。
【0056】
また、架橋剤としては、上記したイオンゲル用モノマーが重合することで形成されたネットワークを架橋することが可能であり、且つイオン液体に対して可溶である物質が選定される。その好適な例としては、N,N−メチレンビスアクリルアミド、エチレングリコールジメタクリレート、ポリエチレンアミン、グルタルアルデヒド等が挙げられる。
【0057】
その一方で、イオン液体と混合した際に該イオン液体に対して相分離を起こす溶媒を用意する。この溶媒は、イオン液体と2相に分離するものであれば特に限定されるものではないが、イオン液体が上記した物質である場合、その好適な例としては、n−ヘキサン、n−ドデカン、トルエンや、水等が挙げられる。特に水の場合、安価であり且つ入手が極めて容易であるという利点がある。
【0058】
なお、後述する理由から、この溶媒に対して界面活性剤を添加することが好ましい。イオン液体が疎水性であり且つ溶媒が水である場合、界面活性剤の好適な例としては、非イオン活性剤であり且つHLBの値が12以上のものが挙げられる。一方、イオン液体が親水性であり且つ溶媒が疎水性の有機溶媒である場合、HLBの値が6以下のものが好ましい。
【0059】
次に、この溶媒と、上記のようにして調製した第1混合溶液とを混合する。これにより、第2混合溶液が調製される。
【0060】
この混合の際には、マグネチックスターラ、撹拌翼、ホモジナイザ又は超音波分散装置等を用い、強制的な機械的撹拌を行う。これにより、イオンゲル用モノマーとイオン液体とでエマルジョンが形成される。なお、前記溶媒に界面活性剤が添加されている場合、第2混合溶液は界面活性剤が添加されたものとして調製される。この場合、界面活性剤の作用によってエマルジョンの形成が促進されるとともに、形成されたエマルジョンが破壊されることが阻害される。すなわち、エマルジョンを微細形状に維持することが容易となる。
【0061】
第2混合溶液の温度が過度に高いと、エマルジョンが破壊され易くなる傾向がある。従って、第2混合溶液を収容した容器をオイルバスに浸漬する等して冷却を行い、第2混合溶液の温度を40℃以下に保つことが好ましい。
【0062】
この状態で放置すれば、エマルジョン中のイオンゲル用モノマーの重合が自発的に開始して進行する。又は、第2混合溶液の温度が上昇しない程度に紫外線を照射することで重合を開始させるようにしてもよい。第2混合溶液の温度が過度の上昇すると上記同様にエマルジョンが破壊される懸念があるので、この工程でも第2混合溶液を冷却することが一層好ましい。
【0063】
イオンゲル用モノマーの重合が進行すると、第1の高分子のネットワークが形成されるとともに、該ネットワーク中にイオン液体が取り込まれる。その結果、第1の高分子とイオン液体の相溶化合物であるイオンゲルが生成する。架橋剤が添加されている場合、第1の高分子は、架橋重合体として生成する。
【0064】
イオンゲルは、各エマルジョンがゲル化することで形成されたものであるので微細である。すなわち、粒径が1nm〜1mmの微粒子となる。なお、粒径は、例えば、反応時間を適宜設定することで調節することができる。
【0065】
その一方で、皮膜14を形成する第2の高分子を含む溶液を調製する。このためには、例えば、第1混合溶液を調製する際に用いたイオン液体と同一のイオン液体や水、メタノール、N−メチルピロリドン、ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒に、第2の高分子を溶解すればよい。勿論、第2の高分子としては、第1の高分子の反応性官能基と相互反応する反応性官能基を具備するものが選定される。
【0066】
次に、この溶液と、イオンゲルを含む前記第2混合溶液とを混合する。これにより第3混合溶液が調製される。
【0067】
この状態で放置すれば、イオンゲルの表層近傍で、該イオンゲルに含まれる第1の高分子の反応性官能基と、第2の高分子の反応性官能基とが相互に反応し始める。その結果、イオンゲルの表面に、第1の高分子と第2の高分子との反応生成物である皮膜14が形成され、これにより、皮膜付イオンゲル10が得られるに至る。
【実施例1】
【0068】
イオン液体であるジエチルメチルアミントリフルオロメタンスルホネートを0.5g(2.1mmol)秤量し、開閉栓付容器に貯留した。これに対し、0.25g(3.5mmol)のアクリル酸、0.012g(0.08mmol)のN,N−メチレンビスアクリルアミド、0.012g(0.07mmol)の2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)を溶解し、第1混合溶液を調製した。
【0069】
この第1混合溶液を液体窒素によって凍結した後、開閉栓付容器内を真空ポンプにて減圧した。これを室温に戻すことにより、第1混合溶液を溶解した。この操作を3回繰り返すことにより、第1混合溶液及び開閉栓付容器内から酸素を除去した。さらに、開閉栓付容器内にArを充填した。
【0070】
その一方で、別の開閉栓付容器に貯留した10mlのn−ドデカンに対し、ニッコールデカグリム5−ISV(日光ケミカルズ社製の非イオン界面活性剤の商品名、HLB=3.5)を0.5g溶解したものを調製した。これを「n−ドデカン分散媒」と表記する。
【0071】
このn−ドデカン分散媒を液体窒素によって凍結した後、開閉栓付容器内を真空ポンプにて減圧した。これを室温に戻すことにより、n−ドデカン分散媒を溶解した。この操作を3回繰り返すことにより、n−ドデカン分散媒及び開閉栓付容器内から酸素を除去した。さらに、開閉栓付容器内にArを充填した。
【0072】
以上により、アクリル酸が重合することを阻害する酸素を低減した。
【0073】
次に、Ar雰囲気としたグローブボックス内において、前記n−ドデカン分散媒と前記第1混合溶液とを混合して第2混合溶液を調製するとともに、マグネチックスターラで60分間激しく撹拌することで、該第2混合溶液中にエマルジョンを分散させた。
【0074】
次に、第2混合溶液を5℃に保ちながら、該第2混合溶液に対し、紫外線ランプから波長365nmの紫外線を照射してアクリル酸を重合・架橋させた。これにより、イオン液体と、アクリル酸の架橋重合体とが相溶化したイオンゲルを生成物として得た。この生成物の断面の光学顕微鏡写真を図2に示す。
【0075】
その一方で、1gのジエチルメチルアミントリフルオロメタンスルホネートに対し、分子量が約1200であるポリエチレンイミンを0.15g(3.5mmol)溶解した。これを「ポリエチレンイミン溶液」と表記する。
【0076】
このポリエチレンイミン溶液と、前記第2混合溶液とを混合して第3混合溶液を調製した後、該第3混合溶液を室温にて24時間撹拌した。これにより、イオンゲルに含まれるアクリル酸の架橋重合体と、第3混合溶液中のポリエチレンイミンとが相互反応を起こし、イオンゲルの表面に皮膜が形成された。すなわち、皮膜付イオンゲルを得た。
【0077】
次に、遠心分離によって沈殿させた皮膜付イオンゲルをn−ドデカンで洗浄し、さらに、60℃で真空乾燥して乾式粉末とした。この乾式粉末を用い、水素雰囲気下において、120℃で直流四端子法でプロトン伝導度を測定したところ、2.4×10-2S/cmであった。
【0078】
また、乾式粉末を蒸留水に浸漬して室温で12時間放置し、その後、遠心分離で蒸留水と分離して再度乾燥したところ、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は5.6重量%であった。
【実施例2】
【0079】
第1混合溶液におけるアクリル酸、N,N−メチレンビスアクリルアミド、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)の各溶解量を0.5g(6.9mmol)、0.025g(0.16mmol)、0.025g(0.15mmol)に設定するとともに、ポリエチレンイミン溶液におけるポリエチレンイミンの溶解量を0.3g(7mmol)としたことを除いては実施例1と同様にして、イオンゲルの表面に、アクリル酸の架橋重合体とポリエチレンイミンとの反応生成物からなる皮膜が形成された皮膜付イオンゲルを得た。皮膜が形成される前のイオンゲルの光学顕微鏡写真を図3に示す。
【0080】
そして、実施例1と同様にして得た乾式粉末を用い、水素雰囲気下において、120℃で直流四端子法でプロトン伝導度を測定したところ、1.2×10-2S/cmであった。また、乾式粉末を蒸留水に浸漬して室温で12時間放置し、その後、遠心分離で蒸留水と分離して再度乾燥したところ、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は2.4重量%であった。
【実施例3】
【0081】
第1混合溶液におけるアクリル酸、N,N−メチレンビスアクリルアミド、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)の各溶解量を1g(13.9mmol)、0.05g(0.32mmol)、0.05g(0.3mmol)に設定するとともに、ポリエチレンイミン溶液におけるポリエチレンイミンの溶解量を0.6g(13.9mmol)としたことを除いては実施例1、2と同様にして、イオンゲルの表面に、アクリル酸の架橋重合体とポリエチレンイミンとの反応生成物からなる皮膜が形成された皮膜付イオンゲルを得た。皮膜が形成される前のイオンゲルの光学顕微鏡写真を図4に示す。
【0082】
以降は実施例1、2と同様にして水素雰囲気下、120℃におけるプロトン伝導度を直流四端子法で測定したところ、6.4×10-4S/cmであった。また、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は1.6重量%であった。
【実施例4】
【0083】
分子量が約10000のポリエチレンイミンの溶解量を0.15g(3.5mmol)としてポリエチレンイミン水溶液を調製したことを除いては実施例1〜3と同様にして、イオンゲルの表面に、アクリル酸の架橋重合体とポリエチレンイミンとの反応生成物からなる皮膜が形成された皮膜付イオンゲルの乾式粉末を得た。
【0084】
この乾式粉末につき、水素雰囲気下、120℃におけるプロトン伝導度を直流四端子法で測定したところ、5.1×10-2S/cmであった。また、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は3.3重量%であった。
【実施例5】
【0085】
分子量が約10000のポリエチレンイミンの溶解量を0.3g(7mmol)としてポリエチレンイミン水溶液を調製したことを除いては実施例4と同様にして、イオンゲルの表面に、アクリル酸の架橋重合体とポリエチレンイミンとの反応生成物からなる皮膜が形成された皮膜付イオンゲルの乾式粉末を得た。
【0086】
この乾式粉末につき、水素雰囲気下、120℃におけるプロトン伝導度を直流四端子法で測定したところ、1.5×10-2S/cmであった。また、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は3.0重量%であった。
【実施例6】
【0087】
分子量が約10000のポリエチレンイミンの溶解量を0.6g(13.9mmol)としてポリエチレンイミン水溶液を調製したことを除いては実施例4、5と同様にして、イオンゲルの表面に、アクリル酸の架橋重合体とポリエチレンイミンとの反応生成物からなる皮膜が形成された皮膜付イオンゲルの乾式粉末を得た。
【0088】
この乾式粉末につき、水素雰囲気下、120℃におけるプロトン伝導度を直流四端子法で測定したところ、8.4×10-4S/cmであった。また、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は2.7重量%であった。
【比較例】
【0089】
比較のため、実施例1を行う最中に得られたイオンゲル(図2参照)を遠心分離によって前記第2混合溶液から分離した後、n−ドデカンで洗浄し、さらに、60℃で真空乾燥して乾式粉末とした。この乾式粉末を蒸留水に浸漬して室温で12時間放置し、その後、遠心分離で蒸留水と分離して再度乾燥したところ、蒸留水に溶出することに伴う重量減少は53.3重量%であり、実施例1〜6に比して極めて大きかった。
【0090】
以上の結果から、皮膜付イオンゲル10とすることにより、イオン液体と親和性が高い物質と接触した場合においても、イオン液体を十分に保持し得ること、換言すれば、イオン液体が流出し難くなることが明らかである。
【符号の説明】
【0091】
10…皮膜付イオンゲル 12…コア
14…皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子とイオン液体の相溶化合物からなるイオンゲルの表面に高分子からなる皮膜が形成され、且つ粒体である皮膜付イオンゲルであって、
前記皮膜は、前記イオンゲルに含まれる前記高分子と、別の高分子との反応生成物であることを特徴とする皮膜付イオンゲル。
【請求項2】
請求項1記載の皮膜付イオンゲルにおいて、粒径が1nm〜1mmの範囲内であり、且つ前記皮膜の厚みが0.1nm〜100nmであることを特徴とする皮膜付イオンゲル。
【請求項3】
高分子とイオン液体の相溶化合物からなるイオンゲルの表面に高分子からなる皮膜が形成され、且つ粒体である皮膜付イオンゲルの製造方法であって、
イオンゲルの原材料となるイオンゲル用モノマーと、イオン液体とを混合して第1混合溶液を調製する工程と、
前記イオン液体を添加した際に該イオン液体に対して相分離を起こす溶媒と、前記第1混合溶液とを混合することで第2混合溶液を調製するとともに、該第2混合溶液にエマルジョンを生成させる工程と、
前記エマルジョンに含まれる前記イオンゲル用モノマーを重合させて第1の高分子とするとともに、該第1の高分子と前記イオン液体を相溶化させて粒状のイオンゲルを得る工程と、
前記第1の高分子と相互反応を起こす第2の高分子を含む溶液を、前記イオンゲルを含む溶液と混合して第3混合溶液を調製する工程と、
前記イオンゲルに含まれる前記第1の高分子と、前記第3混合溶液中の前記第2の高分子とを反応させ、前記イオンゲルの表面に、反応生成物としての高分子からなる皮膜を形成して皮膜付イオンゲルを得る工程と、
を有することを特徴とする皮膜付イオンゲルの製造方法。
【請求項4】
請求項3記載の製造方法において、前記エマルジョンを形成する工程、及び前記イオンゲル用モノマーを重合させる工程で前記第2混合溶液を冷却することを特徴とする皮膜付イオンゲルの製造方法。
【請求項5】
請求項3又は4記載の製造方法において、前記第2混合溶液を、界面活性剤を含むものとして調製することを特徴とする皮膜付イオンゲルの製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1項に記載の製造方法において、粒径が1nm〜1mmの範囲内であり、且つ前記皮膜の厚みが0.1nm〜100nmであるものを得ることを特徴とする皮膜付イオンゲルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−201723(P2012−201723A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65413(P2011−65413)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】