説明

目的物質の吸着方法および吸着装置

【課題】所望の性質と体積の吸着装置が容易に得られ、汚染と劣化を回避するのみならず、作業能率を向上させることができる目的物質の吸着方法および吸着装置を提供する。
【解決手段】 キャリア流体中に含まれる目的物質の吸着方法として、下記の工程1〜4により、前記目的物質を吸着する。
1.目的物質に応じた材質および体積の吸着装置を選択する工程
2.目的物質を含むキャリア流体中に前記吸着装置を配置する工程
3.目的物質を前記吸着装置に吸着させる工程
4.目的物質を吸着させた前記吸着装置を前記キャリア流体中から取り出す工程
そして、吸着装置の体積を算出しやすい形状とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱脱着装置が接続された化学分析装置、あるいは加熱脱着装置に未接続な化学分析装置に好適な目的物質の吸着方法および吸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリジメチルシロキサン等の高分子物質(高分子化合物あるいは高分子構造体ともいう。)からなる吸着材は、脂溶性の化学物質と親和性が高いため、水溶液等の液体試料もしくは気体試料(以下、「キャリア流体」という。)中から極性の低い化学物質(例えば、脂溶性の化学物質。以下、「目的物質」という。)を吸着するのに広く用いられている(例えば、非特許文献1)。また、特許文献1では、攪拌子と化学的に結合した前記吸着材をキャリア流体中に入れ、これを磁気攪拌器で攪拌することによって、目的物質をキャリア流体から吸着(抽出)している。また、特許文献2では、金属片と化学的に結合した吸着材をキャリア流体に接触させることにより、目的物質をキャリア流体から吸着(抽出)している。なお、吸着材に吸着させた目的物質の吸着材からの脱離には、加熱脱離や有機溶媒による溶出が用いられ、その後に、目的物質が分析される。
特に、加熱脱着装置に未接続な化学分析装置を用いて分析する場合には、吸着材からアセトニトリル等の溶媒で目的物質を溶出した後に、その溶出液が分析に供されてきた(非特許文献2)。
吸着材(以下、「吸着装置」という。)の性質と体積が回収率(キャリア流体から目的物質を抽出する効率。)に影響する大きな因子であることは、広く知られている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
上記従来の技術では、吸着装置の体積として市販されているものは選択肢がほとんどなく、最適と思われる任意の体積の吸着装置を採用することができなかった。
また、吸着装置の材質についても、製造者が製品化した材質(ポリジメチルシロキサン)しか使用することができなかった。
さらに、吸着材と付属物(攪拌子や金属片)とが化学的に結合されているため、容易に取り外すことができなかった。このため、吸着装置の吸着材体積はメーカーの値を用いざるを得なかった。
また、吸着装置のコストが高く、一度使用したものを有機溶媒もしくは加熱処理して再使用することが多かった。この場合、処理に時間を要し、作業能率を向上させることができなかった。これに加えて、再使用することにより吸着装置の劣化や汚染が懸念されていた。
【特許文献1】特開2000−298121号公報
【特許文献2】特開2003−254954号公報
【非特許文献1】E. Baltussen他, Sorptive samplepreparation- a review-, Analytical and Bioanalytical Chemistry 373, 3-22, 2002.
【非特許文献2】P. Popp他, Extraction of polycyclic aromatichydrocarbons and organochlorine compounds from water: A comparison betweensolid-phase microextraction and stir bar sorptive extraction, Journal ofSeparation Science 26, 961-967, 2003.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、所望の材質と体積の吸着装置が容易に得られ、測定感度及び作業能率を向上させることができる目的物質の吸着方法および吸着装置を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明の第1の手段は、キャリア流体中に含まれる目的物質の吸着方法において、下記の工程1〜4により、前記目的物質を吸着することにより前記課題を解決できることを見出して本発明を完成させた。
1.目的物質に応じた材質および/または体積の吸着装置を選択する工程
2.目的物質を含むキャリア流体中に前記吸着装置を配置する工程
3.目的物質を前記吸着装置に吸着させる工程
4.目的物質を吸着させた前記吸着装置を前記キャリア流体中から取り出す工程
また、本発明の第2の手段は、目的物質を吸着するために用いられる吸着装置として、その形状が体積を算出しやすい形状であることを特徴とする。
なお、前記吸着装置に吸着させた目的物質は、後工程である分析工程において加熱もしくは溶媒等により取り出される。
【発明の効果】
【0006】
吸着装置の材質および体積の一方または両方を目的に応じて選択できるので、後工程の分析における感度と精度を向上させることができる。また、吸着装置のコストを安価にすることができるので使い捨てが可能であり、吸着装置の劣化や汚染の危険性が回避できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、図面を参照しながら、本発明を説明する。
図1は、本発明に係る吸着装置の第一の形状を示す図であり、(a)は平面図、(b)は側面図である。また、図2は、第一の吸着装置の一使用例を示す模式図である。また、図3は、第一の吸着装置の他の使用例を示す図であり、(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は(a)のA−A断面図である。
図1に示すように、本発明に係る吸着装置の形状は体積の算出が容易な平板状(以下、「第1の形状」という。)であり、図示の場合、幅Wは25mm、長さLは75mm、厚さTは1mmである。また、材質としては、高分子物質(例えば、有機シリコン系ポリマー、ポリエチレングリコール、ポリアクリレート、ポリジビニルベンゼンで、その繰り返し単位が5以上)、無機組成物質(例えば、ゼオライト、シリカゲル、酸化アルミニウム、シリカゲル)あるいは活性炭のいずれか、またはこれらの混合物により形成されている。
【0008】
次に、本発明による吸着装置の具体的な吸着手順について説明する。ここでは、目的物質の性質とその量が予め知られている試験液を用いる場合について説明する。なお、目的物質は多環芳香族炭化水素である。
(1)目的物質に合わせて吸着装置の材質を決定する。
ここでは、目的物質が多環芳香族炭化水素であるので、材質がポリジメチルシロキサンである吸着装置を選択した。
(2)分析装置に適した容器に合わせて吸着装置の長さLを決定する。なお、必要に応じて幅Wも決定する。
ここでは、ガスクロマトグラフ装置を使用して分析を行うこととし、ガスクロマトグラフ装置に好適な容器として市販されている微量試料分析用バイアルの内径が4mm、長さ30mmであることを考慮して、図1に示す吸着装置から、Lを15mm、Wを6mmの吸着装置を切り出した(選択した)。すなわち、吸着装置の体積を80μlとした。
(3)切り出した吸着装置の重量を測定し、その比重で除することにより、正確な体積を求める。
ここでは、正確な体積として80μl(±5%)が得られた。
(4)切り出した吸着装置をキャリア流体中に配置する。
ここでは、図2に示すように、目的物質を含んだ試験液50mlが入った抽出用容器中に吸着装置を投入し、蓋4により密閉した。
なお、ポリジメチルシロキサンの比重は1.05であり、水の比重に近い。このため、試験液中に投入した際、吸着装置の表面に気泡が着くと、試験液の表面に浮いてしまい、キャリア流体との接触面積が減少し、結果として、吸着効率が減少することがある。このような場合に備えて、例えば、目的物質と反応しない金属の錘(例えば、綴じ込み用の鉄製ステープル)を吸着装置の任意の場所に留め、吸着装置の見かけの比重を大きくするようにしても良い。
また、図3に示すように、長さLまたは幅Wのいずれか一方を容器の内径よりも長くしておき、吸着装置の弾性を利用して摩擦力により容器内に固定し、この状態で目的物質を含んだ試験液を容器内に注入するようにしても良い。
(5)上記(4)の状態を予め定める期間継続させる。
ここでは、予め定める時間を1時間とし、この間振とうした。
(6)上記(5)の工程が終了後、吸着装置を前記容器から取り出す。
以上説明したように、この実施形態では、吸着装置の厚さ及び幅が均一な板状であるので、体積の計算が容易である。また、予め吸着装置の比重を調べておくことにより、正確な体積を知ることができる。
【0009】
次に、上記の工程により吸着・濃縮させた目的物質を分析した結果について説明する。
(A)目的物質を吸着させた吸着装置を上記した微量試料分析用バイアル(容積250μl;内径4mmの円筒容器)に入れた後、アセトニトリル200μlを加え、分析用バイアルに付属しているキャップにより密封し、周囲温度60°Cの状態で1時間放置することにより、吸着装置から目的物質(多環芳香族炭化水素)をアセトニトリル中へと移行させた。
(B)吸着装置をアセトニトリル中から取り出し、アセトニトリル中の目的物質の質量をガスクロマトグラフ装置により分析した。
表1は、分析結果を示す表であり、比較のために従来の場合も示してある。ここで、従来技術として用いた吸着装置は特許文献1の技術に基づいて作成・販売されているものであり、ポリジメチルシロキサンの体積は24μlである。(なお、市販のされているもののポリジメチルシロキサンの体積は24μlと48μlの2種類である。また、特許文献2の技術に基づいて作成・販売されているポリジメチルシロキサンの体積は1.6μlと7.8μlの2種類である。)
同表から明らかなように、従来の技術と比較して、1.6〜10.9倍の高い回収率が得られた。なお、このように既知濃度の試験液において回収率が高いと言うことは、未知量の目的物質が含まれている試験液を分析する際の感度が上昇することを意味する。

【0010】
【表1】

【0011】
なお、この実施形態では、目的とする物質が多環芳香族炭化水素であることから親和性の高いポリジメチルシロキサンで形成された吸着装置を採用したが、その他の高分子物質(例えば、ポリエチレングリコール、ポリアクリレート、ポリジビニルベンゼン)、無機組成物質(例えば、ゼオライト、シリカゲル、酸化アルミニウム、シリカゲル)あるいは活性炭のいずれか、またはこれらの混合物でも良い。
以上説明したように、吸着装置の体積を正確に算出できるので、分析工程における分析精度を向上させることができる。
【0012】
次に、本発明に係る吸着装置の他の実施形態(形状)について説明する。
図4は、本発明に係る吸着装置の他の形状を示す外観図であり、(a)は円柱状(以下、「第2の形状」という。)とした場合を、(b)は中空の円柱状(以下、「第3の形状」という。)とした場合を、(c)は内外面に凹凸を設けた中空の柱状(以下、「第4の形状」という。)で場合を、(d)はコイル状(以下、「第5の形状」という。)とした場合を、(e)は繊維状(以下、「第6の形状」という。)とした場合を、それぞれ示している。
【0013】
同図(a)に示す第2の形状の場合、例えば、直径を3mm、長さLを100mmとしておき、必要量を切断して用いるようにすればよい。このような形状は、例えば材質をポリジメチルシロキサンとする場合、押し出し加工あるいは成型加工により容易に形成することができる。この形状の場合、単位体積当たりの表面積は第1の形状に比べて小さくなるが、一般的な加熱脱着装置やバイアルに適した形態であり、目的物質を取り出すための工程における作業が容易になる。
【0014】
同図(b)に示す第3の形状の場合、例えば、外径を3mm、内径を1mm、長さLを100mmとしておき、必要量を切断して用いるようにすればよい。このような形状は、例えば材質をポリジメチルシロキサンとする場合、押し出し加工あるいは成型加工により容易に形成することができる。さらに、この形状の場合、単位体積当たりの表面積が第2の形状よりも大きくなるため、効率良く目的物質を吸着(抽出)することができる。
【0015】
同図(c)に示す第4の形状の場合、例えば、最大外径を3mm、最小内径を1mm、長さLを100mmとしておき、必要量を切断して用いるようにすればよい。このような形状は、例えば材質をポリジメチルシロキサンとする場合、押し出し加工あるいは成型加工により容易に形成することができる。この形状の場合、単位体積当たりの表面積が第1〜第3の形状の場合よりも大きくなるため、効率良く目的物質を吸着(抽出)することができる。
【0016】
同図(d)に示す第5の形状の場合、例えば、線径を1mm、コイル外径を5mm、長さLを100mmとしておき、必要量を切断して用いるようにすればよい。このような形状は、例えば材質をポリジメチルシロキサンとする場合、成型加工により容易に形成することができる。この形状の場合、単位体積当たりの表面積が第1〜第4の形状の場合よりも大きくなるため、効率良く目的物質を吸着(抽出)することができる。また、吸着装置としての弾性(伸縮性)が大きいので、使用者の目的に応じた選択性を向上させることができる。
【0017】
同図(e)に示す第6の形状の場合、例えば、直径を0.5mm、長さLを100mmとしておき、必要量を切断して用いるようにすればよい。このような形状は、例えば材質をポリジメチルシロキサンとする場合、押し出し加工により容易に形成することができる。この形状の場合、単位体積当たりの表面積が第1〜第5の形状の場合よりも大きくなるため、効率良く目的物質を吸着することができる。また、吸着装置の占有体積を容易に選択できるので、使用者の目的に応じた選択性を向上させることができる。
なお、第1〜第6の形状のいずれの場合も、軸線方向と直角な断面を一様としているので、体積の算出が容易である。また、長さLは任意の値にすることができる。
また、素材としての吸着装置毎に比重と単位長さあたりの体積(または断面積)を表記しておくようにすると、所望の大きさに加工する際、正確な体積を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る吸着装置の形状を説明する図である。
【図2】本発明に係る吸着装置の一使用例を示す模式図である。
【図3】本発明に係る吸着装置の他の使用例を示す図である。
【図4】本発明に係る吸着装置の他の形状を示す外観図である。
【符号の説明】
【0019】
1 吸着装置(吸着材)
2 目的物質を含む水溶液
3 容器
4 蓋

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリア流体中に含まれる目的物質の吸着方法において、下記の工程1〜4により、前記目的物質を吸着することを特徴とする目的物質の吸着方法。
1.目的物質に応じた材質及び体積の吸着装置を選択する工程
2.目的物質を含むキャリア流体中に前記吸着装置を配置する工程
3.目的物質を前記吸着装置に吸着させる工程
4.目的物質を吸着させた前記吸着装置を前記キャリア流体中から取り出す工程
【請求項2】
前記工程1と前記工程2との間に、下記の工程Aを実施することを特徴とする請求項1に記載の目的物質の吸着方法。
A.前記吸着装置の体積を測定する工程
【請求項3】
前記工程1と前記工程2との間、または前記工程Aと前記工程2との間に、下記の工程aを実施することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の目的物質の吸着方法。
a.前記吸着装置の見かけの比重を大きくするため、前記吸着装置に錘を取り付ける工程
【請求項4】
前記吸着装置を選択する工程が、十分な大きさの体積を備える前記吸着装置から所望の大きさの前記吸着装置に加工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項3に記載の目的物質の吸着方法。
【請求項5】
前記吸着装置を選択する工程が、予め準備した種類の異なる吸着装置の中から目的物質に適した材質を選択する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項4に記載の目的物質の吸着方法。
【請求項6】
目的物質を吸着するために用いられる吸着装置であって、その形状が体積を算出しやすい形状であることを特徴とする吸着装置。
【請求項7】
その形状が板状であることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。
【請求項8】
その形状が柱状であることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。
【請求項9】
その形状が中空の柱状であることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。
【請求項10】
その形状が繊維状であることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。
【請求項11】
その形状が多孔質状であることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。
【請求項12】
材質が、高分子物質または無機組成物または活性炭のいずれか、またはこれらの混合物であることを特徴とする請求項5に記載の吸着装置。
【請求項13】
比重が予め測定されていることを特徴とする請求項6に記載の吸着装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−271293(P2007−271293A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93908(P2006−93908)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】