説明

目的物質の送達用ペプチドベクターの製造のためのVHH抗体の使用及びその適用

血液脳関門を横切る目的物質の送達用ペプチドベクターを製造するためのラクダ科動物単鎖抗体の可変フラグメント(VHH抗体)の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物血液脳関門を横切る目的物質の送達の分野に関し、より詳細には哺乳動物血液脳関門を横切って治療用又は診断用化合物を送達することができるラクダ科動物(camelid)の単鎖抗体の可変フラグメントに関する。
【背景技術】
【0002】
脳内への薬物送達はしばしば、末梢循環と中枢神経系(CNS)との間の物質の交換を調節する血液脳関門(BBB)によって制限される。BBBは先ず、その主要成分である単層の内皮細胞に起因して、解剖学的障壁として作用する。これら細胞は特異的な特性(例えば、傍細胞輸送を防ぐ細胞間の強固な接合)を示す(Miller,1999)。
【0003】
抗体は、潜在的な脳疾病用の神経診断造影剤及び潜在的な治療用薬剤(例えば、免疫接合体)を代表する。しかし、抗体は、他の大きな血漿タンパク質(例えばアルブミン)と同様に、細胞膜を容易に横断せず、一般には循環の血漿区画に限局されている。
【0004】
BBBを通じての抗体分子の増強された送達の1つの可能性のある機序は、カチオン化(カチオン化剤が、抗体の表面カルボキシル基を、より塩基性の基(例えば一級アミン基)と置換するプロセス)である。カチオン化剤の量及び反応条件は、得られるカチオン化抗体の等電点が上昇するように制御される(Bickelら,2001)。カチオン化タンパク質の正電荷が細胞表面の負電荷と結合し、この相互作用が細胞中への該カチオン化タンパク質の吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)を誘引する。免疫グロブリンのカチオン化に関して、最近の研究によって、この方法がインビトロで単離脳毛細血管により(Girodら,1999)、及びインビボで大脳微小脈管にて(Trigueroら,1991)、増強された吸着媒介性エンドサイトーシスを生じること、及びこのエンドサイトーシスプロセスがインビボで脳へのカチオン化IgGの正味のトランスサイトーシスを導くことが示されている。
【0005】
カチオン化抗体の使用における重要な点は、抗原結合特性の保持である。カチオン化モノクローナル抗体は、(通常、抗原との結合に関与する)アルギニン及びリジンがカチオン化プロセスによって修飾されるので、親和性の減少を示す(Trigueroら,1989)。加えて、カチオン化抗体の抗原性の可能性が別の問題を起こし得る。なぜならば、ほとんどのモノクローナル抗体はマウスタンパク質であり、ヒトへの投与の場合にはカチオン化がそれらの既存の抗原性を増強し得るからである。
【0006】
ラクダ科動物抗体の相当な割合は単一ドメイン抗体であり、これは、軽鎖を欠く単一重鎖結合性ドメインを介して抗原と相互作用する。このドメインは「VHH」又は「VHH抗体」とも呼ばれる。組換えVHHは、最小サイズでインタクトな抗原-結合性ドメインを提供する。VLドメインの不在により、VHH抗体は、VLドメインと結合しているVHドメインのものより高い構造的可撓性を達成することができる。更に、VHHの相補性決定領域(CDR)、特にCDR3は、従来のVH-VL抗体のものより統計学的に長い(Muyldermansら,2001)。
【0007】
VHH抗体のレセプター-媒介性エンドサイトーシス(RME)は、カチオン化抗体の代替品に相当すると提案されている。Abulrobら(2005)は、脳の内皮細胞に結合し、インビトロ及びインビボでBBBを横切って移行する(transmigrate)ラマ単一ドメイン抗体の正に荷電した可変フラグメント(FC5と名付けられている)を記載している。著者らは、(1)アミロライドがFC5の経内皮移動に対して効果を有さなかったので、マクロピノサイトーシスによるFC5のエンドサイトーシス経路を除外し、(2)AME阻害剤がFC5の経内皮輸送を減少させなかったので、吸着媒介性エンドサイトーシスによるFC5のエンドサイトーシス経路を除外した。FC5のエンドサイトーシス経路は、むしろ、レセプター-媒介性エンドサイトーシスであるようである。なぜならば、FC5のトランスサイトーシスがクラスリン被覆エンドサイトーシス小胞とヒト大脳内皮細胞(HCEC)の管腔表面上の特異オリゴ糖抗原性レセプターの認識とに依存するからである。
【0008】
しかし、レセプター-媒介性エンドサイトーシスは、BBBを横切って送達される目的物質の量が大脳内皮細胞上に発現される特異レセプターの存在及び数並びに非飽和レセプターの数に依存するという大きな不利点を抱えている。
【0009】
よって、カチオン化AME(すなわち、カチオン化タンパク質のAME)及びRMEの制限を克服する適切な送達システムの開発に相当の興味が存在する。
【0010】
国際出願第WO 2004/044204号は、アルツハイマー病(AD)の病因に関与するペプチドであるアミロイドβペプチド42に特異的に結合し得るラクダ科動物単鎖抗体の可変フラグメント(VHH抗体)を記載している。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0011】
ここで、本発明者らは、インビトロモデルを使用することによって、国際出願第WO 2004/044204号に記載されたVHH抗体の或る種のものが予想外にもBBBを横切ることを見出した。より詳細には、本発明者らは、8.5を超える等電点を有するVHH抗体(VHH V31-1及びVHH 61)が、マイクロピノサイトーシス及び吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)により、BBBを横切って移行することができることを示した。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】インビトロ血液脳関門(BBB)モデルを横切るVHH抗体の移行を示す。
【図2】インビトロBBBモデルを横切るVHH抗体移行に対する、吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)及びマクロピノサイトーシスの薬理学的阻害剤の効果を示す。
【図3】インビトロBBB関門モデルを横切るVHH抗体移行のエネルギー-依存性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
したがって、第1の観点では、本発明は、少なくとも8.5の等電点を有するラクダ科動物単鎖抗体の可変フラグメント(以下、「VHH抗体」と呼ぶ)(ここで、前記VHH抗体の脳経内皮移動はインビトロでアミロライドの存在下で阻害される)を、哺乳動物血液脳関門(好ましくはヒト血液脳関門)を横切る目的物質の送達用ペプチドベクターの製造のために使用することに関する。
【0014】
前記VHH抗体(当然8.5を超えるか又は8.5と等しい等電点を有する)は、カチオン化モノクローナル抗体についての場合と同様に、抗原に関して改変された親和性を有さず、好ましくは脳微小血管内皮細胞に結合せず、この細胞を認識もしない;実際、該抗体は、マイクロピノサイトーシス及び/又は吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)によりBBBを横切って移行する。
【0015】
ラクダ科動物(ラクダ(camel)、ヒトコブラクダ(dromedary)、ラマ(llama)、アルパカ(alpaca)、...)のVHH抗体は当該分野において公知である(Nguyenら,2001;Muyldermans,2001を参照)。
本発明のVHH抗体は、少なくとも8.5、好ましくは少なくとも9、より好ましくは少なくとも9.5、更により好ましくは9.6〜9.9の等電点を有する。
【0016】
コーティングされた窪み(coated pit)-媒介性エンドサイトーシスに影響することなくマクロピノソームの形成を阻害する化合物であるアミロライドの存在下でのVHH抗体の脳経内皮移動を決定する方法は、当該分野において公知である。Wekslerら(2005)及びAbulrobら(2005)を挙げることができる。例として、不死化されているヒト脳内皮細胞株hCMEC/D3(Wekslerら,2005)を多孔性フィルター上で培養することによってインビトロ血液脳関門(BBB)モデルを確立することができる。この細胞株は、Collection Nationale de Cultures de Microorganismes(CNCM;28 rue du Dr Roux,75724 Paris Cedex 15,France)から、番号I-3308で入手可能である。この細胞株は、グリア細胞の培養物がなくても、脳内皮細胞の形態学的及び機能的特徴のほとんどを保持しており、よってヒトBBBの信頼できるインビトロモデルを構成し得る。次いで、VHH抗体の経内皮移動をアミロライドの存在下で試験する。アミロライドの塩、好ましくは塩酸塩(本明細書中、「アミロライド」と呼ぶ)の濃度は、好ましくは300〜700μM、より好ましくは約500μMである。
【0017】
用語「等電点」(pI)とは、VHH抗体が正味電荷を帯びないpHをいう。タンパク質(特に、ペプチド又はタンパク質)の等電点を決定する方法は、当業者に周知である。例として、タンパク質のpIを算出するための多くの適切なコンピュータプログラムが、当該分野において広く公知である(例えば、Alan Bleasby(ableasby@hgmp.mrc.as.uk)により書かれ、HGMP-RC(Genome Campus,Hinxton,Cambridge CB10 1SB,UK)から入手可能なEMBOSS iepソフトウェア)。
【0018】
好ましい実施形態では、本発明のVHH抗体は約110〜150アミノ酸残基からなる。
本発明のより好ましい実施形態では、VHH抗体は、配列番号:1及び配列番号:2からなる群より選択されるアミノ酸配列を含んでなるか、又は該アミノ酸配列からなる(それぞれ、VHH V31-1及びVHH 61-3とも呼ぶ)。これらVHHは国際出願第WO 2004/044204号に記載されている。
【0019】
VHH V31-1を発現する宿主細胞は、Collection Nationale de Cultures de Microorganismes(CNCM;28 rue du Dr Roux,75724 Paris Cedex 15,France)から、番号I-2936で入手可能である;これは2002年9月20に寄託された。
VHH 61-3を発現する宿主細胞もまた、CNCM(28 rue du Dr Roux,75724 Paris Cedex 15,France)から、番号I-2933で入手可能である;これは2002年9月20に寄託された。
【0020】
両VHH抗体は、国際出願第WO 2004/044204号に記載されるようなアミロイドβペプチド42に結合するという特殊性を有している。
【0021】
本発明の別の実施形態では、本発明による目的物質は、哺乳動物又はヒト血液脳関門を透過してもしなくてもよい。目的物質が前記血液-脳を透過する場合、本発明のVHH抗体の使用は、血液脳関門を横切る前記目的物質の送達を亢進させることができる。
【0022】
本発明の実施形態では、目的物質は治療用又は診断用化合物である。好ましくは、治療用又は診断用化合物のサイズは、少なくとも400ダルトンであり、及び/又は前記化合物は8つを超える水素結合を有する。
【0023】
本発明の別の実施形態では、目的物質は、治療用又は診断用化合物を含んでなるリポソーム又はポリマー物質である。
【0024】
本発明の更なる実施形態では、治療用又は診断用化合物は、ペプチド、酵素、核酸、ウイルス、蛍光体、重金属、化学物質及び放射性同位体からなる群より選択される。
【0025】
好ましくは、診断用化合物は、以下からなる群より選択される:
− 酵素、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、グルコース-6-ホスファターゼ、β-ガラクトシダーゼ;
− 蛍光体、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、紫外(UV)部のスペクトル中の波長で励起される青色蛍光染料(例えば、AMCA(7-アミノ-4-メチルクマリン-3-酢酸);Alexa Fluor 350)、青色光により励起される緑色蛍光染料(例えば、FITC、Cy2、Alexa Fluor 488)、緑色光により励起される赤色蛍光染料(例えば、ローダミン、Texas Red、Cy3、Alexa Fluor 546、564及び594)、又は近赤外光で励起され、電子検出器(CCDカメラ、光電子倍増管)で可視化される染料(例えばCy5);
【0026】
− 重金属キレート、例えば、ユーロピウム、ランタン又はイットリウム;
− 放射性同位体、例えば、[18F]フルオロデオキシグルコース、11C-、125I-、131I-、3H-、14C-、35S-又は99Tc-標識化合物。
【0027】
本発明の別の実施形態では、治療用化合物は、抗ガン化合物、鎮痛化合物、抗-炎症化合物、抗鬱化合物、抗痙攣化合物又は抗-神経変性化合物からなる群より選択される。
【0028】
本発明の別の実施形態では、上記のようなVHH抗体は、上記のような目的物質に、直接又は間接に、共有結合的又は非共有結合的に連結される。
【0029】
前記目的物質は、VHH抗体の末端部の一方(N又はC末端)又はVHH抗体の1つのアミノ酸の側鎖のいずれかで、前記VHH抗体に共有結合的に直接連結することができる。目的物質はまた、VHH抗体の末端部の一方又はVHH抗体の1つのアミノ酸の側鎖のいずれかで、接続アーム(すなわち、架橋試薬)により、前記VHH抗体に共有結合的で間接的に連結することができる。目的物質をオリゴペプチド(特にVHH抗体)に連結する方法は、当該分野で公知である(例えば、Ternynck及びAvrameas,1987「Techniques immunoenzymatiques」,INSERM編,Parisを参照)。
【0030】
多くの化学架橋法もまた当該分野で公知である。架橋試薬は、ホモ二官能性(すなわち、同じ反応を受ける2つの官能基を有する)であっても、へテロ二官能性(すなわち、2つの異なる官能基を有する)であってもよい。多くの架橋試薬が市販されている。それらの使用についての詳細な指示は、供給業者から容易に入手可能である。オリゴペプチド架橋及び接合体調製物についての一般的な参考書はWong,Chemistry of protein conjugation and cross-linking,CRC Press(1991)である。
【0031】
或いは、目的物質がペプチドである場合、本発明のVHH抗体及び前記目的物質は、VHH抗体及び適切なペプチドを含む融合ポリペプチドとして遺伝子操作により製造することができる。この融合ポリペプチドは、公知の適切な宿主細胞において、簡便に発現させることができる。
【0032】
第2の観点では、本発明は、上記のような目的物質に、直接又は間接的に、共有結合的又は非共有結合的に連結された上記のようなVHH抗体を含んでなる治療用又は診断用薬剤を提供する。
【0033】
本発明の特別な実施形態では、治療用又は診断用薬剤は、注射により、好ましくは静脈内、腹腔内、筋肉内又は皮下注射により、被験体(哺乳動物又はヒト)に投与することができる。
【0034】
本発明の診断用薬剤は、脳イメージング又は脳ガン(例えば、神経膠腫又は神経膠芽腫))、疼痛、精神疾患若しくは神経変性疾患(例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病)のような脳疾患の診断に使用することができる。
【0035】
別の観点では、本発明は、少なくともVHH抗体と上記のような診断用化合物とを含んでなる上記のような脳疾患の診断用キットを提供する。
【0036】
なお別の観点では、本発明は、上記のような治療用薬剤と医薬的に許容され得るキャリアとを含んでなる医薬組成物を提供する。
【0037】
本明細書中で使用する場合、「医薬的に許容され得るキャリア」には、医薬投与に適合性の、溶媒、分散媒体、被覆剤、抗菌及び抗真菌剤、等張性及び吸収遅延剤などのあらゆるものが含まれると意図される。適切なキャリアは、当該分野における標準的な参考書であるRemington's Pharmaceutical Sciencesの最新版に記載されている。このようなキャリア又は希釈剤の好ましい例として、水、生理食塩水、リンガー溶液、デキストロース溶液及び5%ヒト血清アルブミンが挙げられるがこれらに限定されない。リポソーム、カチオン性脂質及び非水性ビヒクル(例えば不揮発性油)もまた使用してもよい。医薬的活性物質用のこのような媒体及び薬剤の使用は、当該分野において周知である。従来の媒体又は薬剤が上記のような治療用薬剤と適合性でない場合を除き、本発明の組成物における使用が企図される。
【0038】
なお別の観点では、本発明は、脳ガン、疼痛、精神疾患又は神経変性疾患の治療における使用のための上記のような治療用薬剤又は医薬組成物を提供する。
【0039】
用語「治療(する)」には、前記疾患、前記疾患の徴候又は前記疾患への素因を治癒(cure,heal)、緩和、軽減、改変、修復、寛解、改善するか又はこれらに影響を与える目的での、該疾患、該疾患の徴候又は該疾患への素因を有する患者への上記のような治療用薬剤又は医薬組成物の投与が含まれる。
【0040】
前記の特徴に加えて、本発明は、本発明を例示する実施例に言及する下記の記載及び添付の図面から明らかになる他の特徴を更に含んでなる。
【0041】
図1はインビトロ血液脳関門(BBB)モデルを横切るVHH抗体の移行を示す。輸送研究は、10〜20μg/mlのVHH抗体(V31-1、61-3及びL1-3)を頂部区画(apical compartment)(上方チャンバ)に添加することによって開始し、10分、30分及び60分で下方チャンバにおけるVHH抗体の量を決定した。
【0042】
図2は、インビトロBBBモデルを横切るVHH抗体移行に対する、吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)及びマクロピノサイトーシスの薬理学的阻害剤の効果を示す。hCMEC/D3は、AME阻害剤、硫酸プロタミン(40μg/ml)及びポリ-L-リジン(300μM)、又はマイクロピノサイトーシス阻害剤、アミロライド(500μM)及びVHH抗体(V31-1及び61-3)で30分間予め処理した。輸送は30分間にわたって測定した。
【0043】
図3は、インビトロBBB関門モデルを横切るVHH抗体移行のエネルギー-依存性を示す。hCMEC/D3を横切るVHH抗体(V31-1及び61-3)の経細胞移動を37℃及び4℃にて測定した。VHH抗体移行は上方チャンバへの添加の30分後に測定した。
【0044】
前記の特徴に加えて、本発明は、本発明を例示する実施例に言及する下記の記載及び添付の図面から明らかになる他の特徴を更に含んでなる。
【実施例】
【0045】
実施例1:材料及び方法
材料
EBM-2培地はClonetics(Cambrex BioScience,Wokingham,UK)製を用い、製造業者が推奨するようにVEGF、IGF-1、EGF、塩基性FGF、ヒドロコルチゾン、アスコルベート、ゲンタマイシン及び2.5%胎仔ウシ血清(FBS)を補充した:この十分に補充された培地は、微小血管内皮細胞培地-2(EGM-2 MV、本明細書ではEGM-2培地と呼ぶ)と名付けられている。I型コラーゲンはBD Biosciences PharMingen(Le Pont de Claix,France)から入手した。
【0046】
VHH抗体及びpETシステムにおけるその発現
VHH V31-1(配列番号:1)
VHH 61-3(配列番号:2)
VHH L1-3(配列番号:3)
【0047】
ベクターpHEN1(国際出願第WO 2004/044204号に記載)中のVHH V31-1、VHH 61-3及びVHH L1-3抗体のコーディング配列をベクターpET22に、製造業者の指示(Novagen,Darmstadt,Germany)に従い、NcoI及びNotI制限部位を用いてサブクローニングした。形質転換E. coli BL 21(DE3)細胞は、20℃にて3時間のIPTG 1mMによる誘導後に、周縁質でVHH抗体を発現した。周縁質抽出物は、20%スクロース及び1mM EDTAを含有する50mM硫酸ナトリウム緩衝剤(pH8)中に懸濁した細胞をスフェロプラスト化し(spheroplasting)、ペプチドグリカンをプロテアーゼインヒビター(CompleteTM,Boehringer Mannheim,Germany)の存在下に5mg/mlリゾチームで4℃にて20分間加水分解することにより得た。次いで、懸濁物を10,000rpmで2分間遠心分離した。周縁質抽出物に対応する上清を4℃に維持した。精製VHH抗体は、Ni2+で荷電されたキレート性アガロースカラム(Superflow Ni-NTA,Qiagen Ltd,UK)を製造業者の指示に従って用いて、IMACにより得た。タンパク質含量は、Bradford試薬を使用して測定した。最終調製物の純度は、クーマシー染色を用いるSDS-PAGE及びウェスタンブロットにより評価した。
【0048】
配列番号:1、2及び3のアミノ酸配列は国際出願第WO 2004/044204号に記載されている。
これらVHH抗体のpI算出は、EMBOSS iepソフトウェアを用いて行った。VHH V31-1及びVHH 61-3は塩基性のpI(それぞれ、9.69及び9.83)を有する一方、VHH L1-3は7.67のpIを有する。
【0049】
インビトロ血液脳関門を横切る輸送
不死化ヒト脳内皮細胞hCMEC/D3は、以前にWekslerら(2005)に詳細に記載されている。VHH抗体の存在下での細胞生存能を、Wekslerら(2005)に記載されるMTTアッセイにより評価した。
【0050】
Wekslerら(2005)に記載されるように、transwellポリカーボネートインサートフィルター(孔サイズ3μm、Corning,Brumath,France)でVHH抗体に対するhCMEC/D3細胞単層の透過性を測定した。hCMEC/D3細胞をEGM-2培地中該フィルター上に2×105細胞/cm2のコンフルーエント密度で播種した。
【0051】
播種の3日後に、Wekslerら(2005)に記載されるように輸送研究を行った。hCMEC/D3細胞を含まないか又は種々の薬理学的モジュレータに30分間予め曝露したhCMEC/D3細胞を含むコラーゲンでコーティングされたインサートのいずれかを含有する上方チャンバにVHH抗体を加えることにより、実験を開始した。輸送研究は37℃で行った。種々の時間間隔(10、30及び60分)で下方チャンバをサンプリングし、VHH抗体の存在をELISA及びウェスタンブロットにより決定した(下記を参照)。
【0052】
ELISA
標準ELISAの変法を使用して培養上清中のVHH抗体の存在について試験した。マイクロタイタープレート(Nunc,Denmark)を、PBS中に希釈した1μg/mlの抗原で、4℃にて一晩のインキュベーションによりコーティングした。プレートを緩衝剤A(PBS中0.1% Tween 20)で4回洗浄し、VHH抗体を緩衝剤B(緩衝剤A中0.5%ゼラチン)に希釈した。プレートを37℃にて2時間インキュベートし、再度洗浄した後、ウサギ抗-Hisタグ抗体(Santa Cruz,Ca,USA)を添加した。次いで、プレートを緩衝剤Aで洗浄し、ペルオキシダーゼ(ICN,aurora,OH)又はβ-ガラクトシダーゼ(Biosys,les Ullis,France)で標識したヤギ抗-ウサギIgG抗体を37℃にて1時間加えた。
【0053】
ウェスタンブロット
VHH抗体の免疫ブロット検出のために、標準ウェスタンブロットの変法を使用した。アリコートに、等量のゲルローディング緩衝剤を添加し、次いで100℃にて5分間処理した。NuPAGE Novex 4-12% Bis-trisゲル(Invitrogen)を用いるポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)による分離後、半乾燥のままでHybond-C(Amersham)に移し、Xcell II blot module(Invitrogen)を使用してウェスタンブロッティングを行った。免疫化学反応の前に、メンブレンを4%脱脂乳溶液中でブロックし、ペルオキシダーゼ-標識ウサギ抗-Hisタグ(Santa Cruz,Ca,USA)とその後のペルオキシダーゼ標識ヤギ抗-ウサギ免疫グロブリンにより顕現した。最後に、化学発光キット(Amersham)を用いてペルオキシダーゼ活性を可視化した。
【0054】
実施例2:hCMEC/D3を横切るインビトロVHH抗体の移行
Wekslerら(2005)に記載のインビトロBBBモデルでトランスサイトーシスアッセイを行った。上方チャンバにVHH抗体を加え、細胞単層の管腔側からアブルミナル(abluminal)側へのVHH抗体の通過速度を測定した。図1は、hCMEC/D3を横切る機能的なVHH V31-1及びVHH 61-3のトランスサイトーシスが存在する一方で、hCMEC/D3を横切るVHH L1-3の通過がないことを示す。この通過は時間依存性であり、30分で最大に達した。60分で、VHH抗体の約1%が下方チャンバに存在した。
【0055】
VHH抗体トランスサイトーシスに対する吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)の寄与を評価した。hCMEC/D3を、高度にカチオン性の硫酸プロタミン(40μg/ml)又は市販のポリリジン(300μM)と30分間プレインキュベートした;共に、VHH抗体の取込み及び輸送を評価する前にAMEを阻害することが予め示されている(Abulrobら,2005)。VHH抗体の経内皮移動の阻害が存在した。このことは移行が電荷依存性であることを示唆している(図2)。
【0056】
VHH V31-1及びVHH 61-3抗体がマクロピノサイトーシスにより内在化され、そして輸送されるかどうかを調べるため、コーティングされた窪み媒介性エンドサイトーシスに影響することなくマクロピノソームの形成を阻害する化合物であるアミロライド塩酸塩500μMの存在下でVHH抗体の移行を試験した。アミロライドは、これらVHH抗体の経内皮移動に対して阻害効果を有していた(図2)。
【0057】
VHH V31-1及びVHH 61-3抗体のトランスサイトーシスのエネルギー依存性を研究するために、輸送を37℃及び4℃にて測定した。30分で、37℃と比較してこれらVHH抗体の経内皮移動の顕著な減少が4℃で観察された。このことは、hCMEC/D3を横切る輸送がエネルギー依存性であることを示唆している(図3)。
【0058】
参考文献
− Abulrob A.ら,J. Neurochem., 2005, 95, 1201-14.
− Bickel U.ら,Adv. Drug Deliv. Rev., 2001, 46(1-3), 247-279.
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− Hussain R.ら,J. Immunol. Methods, 1993, 160: 89-96.
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− Muyldermans S., J. Biotechnol., 2001, 74, 277-302.
− Nguyen VK.ら,Adv. Immunol., 2001, 79, 261-96
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− Triguero D.ら,J. Pharmacol Exp Ther., 1991, 258: 186-192
− Weksler BBら,FASEB J., 2005, 19, 1872-4.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも8.5の等電点を有するラクダ科動物単鎖抗体の可変フラグメント(VHH抗体)(このVHH抗体の脳経内皮移動はインビトロでアミロライドの存在下で阻害される)について、哺乳動物血液脳関門、好ましくはヒト血液脳関門を横切る目的物質の送達用ペプチドベクターの製造のための使用。
【請求項2】
前記VHH抗体が少なくとも9、好ましくは少なくとも9.5の等電点を有することを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記VHH抗体が配列番号:1及び配列番号:2からなる群より選択されるアミノ酸配列を含んでなるか又は該アミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の使用。
【請求項4】
前記目的物質が哺乳動物血液脳関門、好ましくはヒト血液脳関門を透過しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の使用。
【請求項5】
前記目的物質が治療用又は診断用化合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記治療用又は診断用化合物が、ペプチド、酵素、核酸、ウイルス、蛍光体、重金属キレート、化学物質及び放射性同位体からなる群より選択されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の使用。
【請求項7】
前記目的物質が、請求項6に規定の治療用又は診断用化合物を含んでなるリポソーム又はポリマー物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項8】
前記治療用化合物が、抗ガン化合物、鎮痛化合物、抗-炎症化合物、抗鬱化合物、抗痙攣化合物又は抗-神経変性化合物からなる群より選択されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の使用。
【請求項9】
前記診断用化合物が、酵素、蛍光体、重金属キレート及び放射性同位体からなる群より選択されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の使用。
【請求項10】
前記VHH抗体が、前記目的物質に直接又は間接に、共有結合的又は非共有結合的に連結されていることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の使用。
【請求項11】
前記目的物質に直接又は間接に、共有結合的又は非共有結合的に連結されている請求項1〜3のいずれか1項に規定のVHH抗体を含んでなる治療用又は診断用薬剤。
【請求項12】
請求項11に記載の治療用薬剤と医薬的に許容され得るキャリアとを含んでなる医薬組成物。
【請求項13】
脳ガン、疼痛、精神疾患又は神経変性疾患の治療に使用するための請求項11に記載の治療用薬剤又は請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
脳イメージング又は脳疾患の診断における請求項11に記載の診断用薬剤の使用。
【請求項15】
少なくとも請求項1〜3のいずれか1項に規定のVHH抗体と診断用化合物とを含んでなることを特徴とする脳疾患の診断用キット。
【請求項16】
前記診断用化合物が、ペプチド、酵素、核酸、ウイルス、蛍光体、重金属キレート、化学物質及び放射性同位体からなる群より選択されることを特徴とする請求項15に記載の脳疾患の診断用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2010−533130(P2010−533130A)
【公表日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−514188(P2010−514188)
【出願日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際出願番号】PCT/IB2008/002691
【国際公開番号】WO2009/004495
【国際公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(501474748)インスティティ・パスツール (27)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT PASTEUR
【住所又は居所原語表記】28,rue du Docteur Roux,F−75724 Paris Cedex 15 FRANCE
【出願人】(502205846)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ シアンティフィク (154)
【Fターム(参考)】