説明

相互作用パラメータの決定方法及び測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法

【課題】 支持体へのリガンドの固定化量を正確に測定する必要がなく、測定溶液に含まれる結合物質の濃度を正確に測定するための相互作用パラメータの決定方法及び測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 リガンドが固定化された支持体表面に、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含む測定溶液を接触させて、前記支持体表面の周波数、誘電率又は光の干渉の変動に基づいて、前記測定溶液中の前記結合物質の濃度を測定する過程において、前記リガンドに対する前記結合物質の相互作用パラメータを決定する方法であって、前記測定溶液を前記支持体表面に接触させる前工程又は後工程において、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含み、且つ、該結合物質の濃度が既知のキャリブレーション用溶液を前記支持体表面に接触させて、周波数、誘電率又は光の干渉の変動を測定し、前記結合物質の相互作用パラメータを決定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定溶液中の生体分子の濃度を測定するに際して、測定データの信頼性を向上させるためのキャリブレーション用のパラメータの決定方法及び該決定方法を用いた測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固定の支持体表面にリガンド分子を固定化し、それに相互作用する物質の吸着過程を解析することによって、物質の濃度や相互作用パラメータを算出する技術には、表面プラズモン共鳴(SPR)を利用する方法、水晶発振子マイクロバランス(QCM)を利用する方法、反射光の干渉を利用する方法等がある。
支持体表面に固定化した物質Bに対して、可逆的に相互作用する物質Aの結合及び解離は、下記の関係で示すことができる。尚、式中、「→」は、結合速度定数Konの結合反応を示し、「←」は、解離速度定数Koffの解離反応を示すものとする。
A+B?AB
これらの物質の相互作用に関するパラメータを得る方法としては、例えば、以下のものがある。
結合速度定数Kon及び解離速度定数Koffの場合には、複合体ABの生成量([AB])を経時的に測定し、物質Aの初期濃度[A]0と下記式(1)により求める方法がある。
[AB]=[AB]t=∞{1−exp(-t/τ)}・・・(1)
(この時、1/τ=kon[A]0+koffである。)
また、複合体ABの生成量([AB]t=∞ )を物質Aの初期濃度[A]0に対してプロットし、式(2)からKAを求めることができる。尚、本明細書中において、[]により囲まれたものは、囲まれた物質の濃度を示すものとする。
[AB]t=∞={KA[A]0[B]0}/{1+K0[A]0}・・・(2)
尚、上記式中、KA=kon/koffとする。この場合、上記の式より自明であるが、支持体表面のリガンドBの量が実験結果毎に異なると解析結果に大きく影響することになる。
【0003】
また、相互作用する物質Aの濃度[A]が未知(相互作用パラメータは既知)の状態で、結合速度定数Kon及び解離速度定数Koffを決定する場合には、例えば、結合初期速度(initial binding rate)を測定し、得られたデータを式(3)にあてはめることにより算出することができる。即ち、結合速度を実験的に求め、Konと濃度[B]を代入して濃度[A]を求めることができる。
結合初期速度=Kon[A][B]−Koff[AB]
Kon[A][B]・・・(3)
この場合も支持体表面のリガンドBの量が解析結果に大きく影響するため、測定毎にリガンドBの量を測定して値を代入しなければならない。
【0004】
相互作用物質の濃度や相互作用パラメータを算出する場合において、データのばらつきの要因はいくつかあるが、そのうちの一つとして支持体表面上のリガンドの固定化量には、ばらつきがある。この要因としては分子溶液の不均一性又は基板の不均一性等が考えられ、これによって同じ条件で固定化しようとしてもサンプル毎の差が生じる。これを避けるためには、一般的には支持体表面へのリガンド分子の結合過程をモニタリングすることが行う必要がある。
しかしながら、モニタリング操作自体が煩雑であり、サンプルの数が多くなるとトータルの工程数が多くなり現実的ではないという問題があった。
また、仮に、高い精度で固定化量を制御することが可能になったとしても、その後の過程で物質が解離するような場合、物質が変性し結合活性が失われた場合等は固定化時の固定化量のばらつきと同等の影響を生ずる。これらの影響は予想し難く、また、モニタリングすることも容易でないため、実際の測定において回避することは困難である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、支持体へのリガンドの固定化量を正確に測定する必要がなく、測定溶液に含まれる結合物質の濃度を正確に測定するための相互作用パラメータの決定方法及び測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の相互作用パラメータの決定方法は、請求項1に記載の通り、リガンドが固定化された支持体表面に、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含む測定溶液を接触させて、前記支持体表面の周波数、誘電率又は光の干渉の変動に基づいて、前記測定溶液中の前記結合物質の濃度を測定する過程において、前記リガンドに対する前記結合物質の相互作用パラメータを決定する方法であって、前記測定溶液を前記支持体表面に接触させる前工程又は後工程において、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含み、且つ、該結合物質の濃度が既知のキャリブレーション用溶液を前記支持体表面に接触させて、周波数、誘電率又は光の干渉の変動を測定し、前記結合物質の相互作用パラメータを決定することを特徴とする。
また、請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載の相互作用パラメータの決定方法において、前記測定溶液を前記支持体に接触させる工程に対して、前記キャリブレーション用溶液を接触させる工程を連続して行うことを特徴とする。
また、請求項3に記載の本発明は、請求項1に記載の相互作用パラメータの決定方法において、前記測定溶液を前記支持体に接触させる工程と、前記キャリブレーション用溶液を接触させる工程との間に、前記測定溶液及び前記キャリブレーション用溶液以外の他の溶液を接触させる工程を介在させることを特徴とする。
また、請求項4に記載の本発明は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法において、前記測定溶液及び前記キャリブレーション溶液に含まれる結合物質は同一の物質であることを特徴とする。
また、請求項5に記載の本発明は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法において、前記測定溶液及び前記キャリブレーション溶液に含まれる結合物質は異なる物質であることを特徴とする。
本発明の測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法は、請求項6に記載の通り、請求項1乃至5の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法により決定された相互作用パラメータに基づいて、前記測定溶液の測定の周波数変動をキャリブレーションすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、支持体表面に固定されるリガンドの固定化量を正確に測定する必要がなく、正確な測定が可能となる。また、リガンドの固定化量を制御するために、その過程をモニタリングする必要がなくなるために、リガンドを固定化したセンサーを大量に作製する上で有効である。また、固定化されたリガンドの一部が、測定時までに、解離したり失活したりしたとしても、測定に及ぼす影響を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】支持体に結合するリガンドBとそれに相互作用する溶液中の物質Aとの相互作用の模式図
【図2】本発明の一実施例について説明するためのグラフ
【発明を実施するための形態】
【0009】
次に、本発明の一実施の形態について説明する。
水晶振動子に設けられた電極を支持体とし、電極上にリガンド分子を固定化し、それに相互作用可能な分子の結合を利用して、その分子の濃度を測定する場合を例に挙げて説明する。
リガンドBに対して相互作用する物質Aの結合の時間変化は、下記の式(4)で表される。
dAB/dt=kon[A][B]−koff[AB]・・・(4)
ここで、特に結合初期速度に関してはKoff[AB]が非常に小さく無視できるので、結合初期速度は、下記式(5)により求めることができる。
結合初期速度=Kon[A][B]・・・(5)
式(5)を利用して、試料Aの濃度[A]を算出する場合、支持体表面のリガンドBの固定化量が正確に測定乃至は把握できていないと、濃度[A]の算出に誤差が生じる。
そこで、リガンドBの相互作用パラメータKon(本実施の形態の場合は、Konであるが、Koffであってもよい。)に関して、予め判っている物質Cを支持体表面のリガンドBに結合させる。即ち、式(5)の濃度[A]を濃度[C]とすることにより、濃度[B]を予め算出する。次に、物質Aを添加し、その際の結合初期速度を下記の式(6)に代入し、濃度[A]を算出する。尚、Kon(c)は物質CのリガンドBに対する結合速度定数である。
結合初期速度=Kon[A]([B]−Kon(c)[C][B]a)+Kon(c)[C][B]・・・(6)
これにより、リガンドBの固定化量が正確に測定等できていない場合であっても、濃度[A]を正確に測定することができる。
尚、式(6)において、Kon(c)[C][B]aは、物質Cの結合によって支持体表面上のリガンドBの結合サイトが少なくなる効果を打ち消すための項である。
【0010】
上記実施の形態において、物質Cは、物質Aと同一の物質であっても、異なる物質であってもよい。また、物質CのKoffが十分小さければ、物質Cの結合を測定した後に洗浄操作を行い、その後、物質Aの結合を解析することも行うことができる。この場合、式(6)のKon(c)[C][B]の項は必要がなくなる。物質Cの結合後、連続的に物質Aの結合を解析する場合は物質Cの初速度が測定するために、十分で且つ最短の時間で物質Aを添加することが望まれる。
相互作用パラメータの測定の場合も原則的に沿うように行う。
物質Cの物質Bへの結合の解析から濃度[B]を算出し、式(2)における物質Bの溶液中の初期濃度B0を算出し、種々の濃度[A]の時の複合体ABの生成量[AB]t=∞の誤差を式(2)に従って補正することによって正確なK0が求められるようになる。
【0011】
上記説明した実施の形態においては、リガンドが固定化された支持体表面の周波数の変動をQCMを使用して測定する例について説明したが、誘電率の変動に基づくもの(例えば、Surface Plasmon Resonance)や光の干渉の変動に基づくもの(例えば、Interferometry)も利用することができる。
【0012】
また、前記測定溶液を前記支持体に接触させる工程に対して、前記キャリブレーション用溶液を接触させる工程を連続して行うことが好ましい。キャリブレーションのための相互作用パラメータの決定と、測定溶液中の結合物質の濃度の測定とを連続して効率的に行うことができるからである。
【0013】
前記測定溶液及び前記キャリブレーション溶液に含まれる結合物質は同一の物質とすることが好ましい。測定溶液とキャリブレーション溶液の物質間に生じる意図しない相互作用や阻害作用の影響を避けるためである。
【実施例】
【0014】
次に、本発明の一実施例について説明する。
水晶板の両面に金電極を設けることにより構成された水晶振動子の前記金表面を支持体表面とし、これにリガンドとなるタンパク質を固定化した。前記水晶振動子は、緩衝溶液が収容されたセル等に浸漬されるようにするとともに、発振回路及び周波数カウンターに接続し、水晶振動子の周波数を一定時間毎に測定できるようにした。
上記構成により、当該リガンドに相互作用可能な結合物質を含む濃度を測定したい抗体溶液を添加して、リガンドへの統合過程を周波数変動から測定できるようにした。
【0015】
次に、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含む溶液であって、該結合物質の濃度が既知の溶液をキャリブレーション用溶液として、終濃度20ng/mLの抗体溶液をセルに添加し、その後、濃度が300ng/mLの抗体溶液(実際は未知濃度)を添加した。その結果を図2に示す。図2中、符号1で示される時点ではキャリブレーション溶液が添加された時点であり、符号2の時点で濃度を測定したい溶液が添加された時点である。
濃度既知の溶液による、リガンドに対する周波数変動は、20ng/mLの抗体溶液に相当する傾きが0.020Hz/secとなることが分かったため、既知濃度とこれに対応する傾きとから相互作用パラメータ(R=20/0.020=100)を求めることができる。そして、符号2以降の傾き0.28Hz/secと、得られたパラメータR(100)とから、濃度を測定したい溶液の濃度は280ng/mLと算出することができる。これは、添加した濃度300ng/mLに非常に近い値となることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リガンドが固定化された支持体表面に、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含む測定溶液を接触させて、前記支持体表面の、前記結合物質吸着量の経時的変動に基づいて、前記測定溶液中の前記結合物質の濃度を測定する過程において、前記リガンドに対する前記結合物質の相互作用パラメータを決定する方法であって、
前記測定溶液を前記支持体表面に接触させる前工程又は後工程において、前記リガンドに対して相互作用可能な結合物質を含み、且つ、該結合物質の濃度が既知のキャリブレーション用溶液を前記支持体表面に接触させて、前記結合物質吸着量の経時的変動を測定し、前記結合物質の相互作用パラメータを決定することを特徴とする相互作用パラメータの決定方法。
【請求項2】
前記測定溶液を前記支持体に接触させる工程に対して、前記キャリブレーション用溶液を接触させる工程を連続して行うことを特徴とする請求項1に記載の相互作用パラメータの決定方法。
【請求項3】
前記測定溶液を前記支持体に接触させる工程と、前記キャリブレーション用溶液を接触させる工程との間に、前記測定溶液及び前記キャリブレーション用溶液以外の他の溶液を接触させる工程を介在させることを特徴とする請求項1に記載の相互作用パラメータの決定方法。
【請求項4】
前記測定溶液及び前記キャリブレーション溶液に含まれる結合物質は同一の物質であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法。
【請求項5】
前記測定溶液及び前記キャリブレーション溶液に含まれる結合物質は異なる物質であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の相互作用パラメータの決定方法により決定された相互作用パラメータに基づいて、前記測定溶液の前記結合物質吸着量の経時的変動をキャリブレーションすることを特徴とする測定溶液中の結合物質の濃度の測定方法。

【図2】
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【図1】
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