説明

相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置

【課題】処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出すること。
【解決手段】相関係数計算部が、左右のチャネル信号の平方和および積を算出するとともに、算出した平方和および積を用いてチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する。また、センター成分生成部が、算出された相関係数を用いてチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、センター成分減算部が、抽出された相関成分をチャネル信号から減算する。また、直交化部が、左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換し、相関係数計算部が、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分およびベクトルの内積を算出し、算出した平方和のうちの実部の成分および内積を用いて相関係数を算出するように音声信号変換装置を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、音声信号の相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、楽曲中のセンター成分を低減させて主に伴奏成分だけを出力するセンター成分低減処理が知られている。かかるセンター成分低減処理では、左右のチャネル信号に共通して含まれる成分(以下、「相関成分」とも記載する)をセンター成分として抽出し、抽出したセンター成分を各チャネル信号から減算する処理が行われる。
【0003】
ここで、センター成分の抽出手法の一つとして、たとえば特許文献1には、音声信号をフーリエ変換し、これによって得られる複素信号に基づいてセンター成分を抽出する手法が開示されている。なお、複素信号とは、実部と虚部とによって表現される信号のことである。
【0004】
また、相関成分の簡易的な抽出手法として、左右のチャネル信号の相関が強いと思われる帯域をあらかじめ決めておき、かかる帯域の信号をPEQ(Parametric Equalizer)等を用いて抽出する手法も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−50293号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、フーリエ変換を用いた相関成分の抽出手法は、相関成分の抽出精度が高いものの、処理量が多いためリアルタイム性に欠けるという問題があった。また、あらかじめ決められた帯域の信号を相関成分として抽出する手法は、処理量が少ないものの、固定的な制御であるため相関成分の抽出精度が低いという問題があった。
【0007】
これらのことから、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出することができる相関低減方法、音声信号変換装置あるいは音響再生装置をいかにして実現するかが大きな課題となっている。
【0008】
開示の技術は、上述した従来技術による問題点を解消するためになされたものであり、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出することができる相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願の開示する相関低減方法は、一つの態様において、左右チャネルの音声信号の平方和および積を算出し、算出した平方和および積を用いて前記音声信号における左右のチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する算出工程と、前記算出工程において算出した相関係数を用いて前記左右のチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、抽出した相関成分を前記左右のチャネル信号から減算する減算工程と、前記左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換する変換工程とを含み、前記算出工程は、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分および前記ベクトルの内積を算出し、算出した前記平方和のうちの実部の成分および前記内積を用いて前記相関係数を算出することを特徴とする。
【0010】
また、本願の開示する音声信号変換装置は、一つの態様において、左右チャネルの音声信号の平方和および積を算出し、算出した平方和および積を用いて前記音声信号における左右のチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する算出手段と、前記算出手段によって算出された相関係数を用いて前記左右のチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、抽出した相関成分を前記左右のチャネル信号から減算する減算手段と、前記左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換する変換手段とを備え、前記算出手段は、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分および前記ベクトルの内積を算出し、算出した前記平方和のうちの実部の成分および前記内積を用いて前記相関係数を算出することを特徴とする。
【0011】
また、本願の開示する音響再生装置は、一つの態様において、左右チャネルの音声信号から該左右チャネルの音声信号間の相関成分を抽出する相関成分抽出手段と、前記左右チャネルの音声信号における前記相関成分および非相関成分の割合を調整する相関成分割合調整手段と、前記相関成分割合調整手段により調整された左右チャネルの音声信号を各々左右スピーカから再生させる再生手段とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本願の開示する相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置の一つの態様によれば、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1A】図1Aは、実施例1に係る音声信号変換装置の適用例を示す図である。
【図1B】図1Bは、相関低減処理の概念図である。
【図2】図2は、実施例1に係る音声信号変換装置の構成を示すブロック図である。
【図3】図3は、左右のチャネル信号に対応する複素平面上のベクトルの一例を示す図である。
【図4】図4は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その1)である。
【図5】図5は、ハイブリッド型のパワーの内容を示す図である。
【図6】図6は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その2)である。
【図7】図7は、LPFの構成例を示す図である。
【図8】図8は、実施例1に係る制御部の回路構成例である。
【図9】図9は、実施例2に係る制御部の回路構成例である。
【図10】図10は、実施例2に係る制御部が実行する処理手順を示すフローチャートである。
【図11】図11は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その3)である。
【図12A】図12Aは、車載用音場制御システムの構成例(その1)を示す図である。
【図12B】図12Bは、車載用音場制御システムの構成例(その2)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照して、本発明に係る相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置の好適な実施例を詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
まず、実施例1に係る音声信号変換装置の適用例および相関低減方法の概念について図1を用いて説明する。図1Aは、実施例1に係る音声信号変換装置の適用例を示す図である。また、図1Bは、相関低減処理の概念図である。
【0016】
なお、以下では、左右のチャネル信号から成るステレオ信号を処理対象とする場合について説明するが、本発明に係る相関低減方法は、3つ以上のチャネル信号から成る音声信号に対して適用してもよい。
【0017】
図1Aに示すように、実施例1に係る音声信号変換装置10は、音源20から入力された左右のチャネル信号から各チャネル信号に共通して含まれる相関成分を減算することで、相関が低減されたチャネル信号を出力する装置である。
【0018】
ここで、センター成分および伴奏成分を含んだ楽曲においては、センター成分が中央に定位するのが通常である。このため、音声信号変換装置10は、音声信号が楽曲である場合には、左右のチャネル信号に共通して含まれるセンター成分を相関成分として減算することとなる。
【0019】
そこで、音声信号変換装置10は、たとえば図1Aに示すようなサラウンドシステムにおいてボーカルリデューサとして利用することができる。たとえば、図1Aに示したサラウンドシステムでは、音源20からの音声信号を、リスナーの前方へ配置したスピーカから出力するとともに、音声信号変換装置10によってセンター成分が減算された音声信号を、リスナーの後方へ配置したスピーカから出力する。
【0020】
このように、センター成分を減算することによって相関が低減された左右のチャネル信号を出力することで、リスナーに対して音の拡がり感を与えることができる。また、センター成分を含んだ音声信号をリスナー前方から出力し、センター成分を含まない音声信号をリスナー後方から出力することで、センター成分がリスナーの前方で定位するため、リスナーに対してより自然な音場を提供することができる。
【0021】
ここで、音声信号変換装置10が実行する相関低減処理を概略的に説明する。図1Aに示したように、音声信号変換装置10は、まず、音源20から入力された左右のチャネル信号に基づいてパワー(P)および内積(C)を算出する。
【0022】
具体的には、音声信号変換装置10は、音声信号に含まれる左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換する。ここで、複素信号への変換は、ヒルベルト変換やFFT(Fast Fourier Transform)等を用いて行うことができるが、特に、ヒルベルト変換を用いることとすれば、FFTを用いた場合と比較して複素信号への変換処理の処理量を低減することができる。
【0023】
つづいて、音声信号変換装置10は、実部および虚部を座標軸とする複素平面における、各チャネル信号に対応するベクトルを用いてパワー(P)および内積(C)を算出する。
【0024】
つづいて、音声信号変換装置10は、算出したパワー(P)および内積(C)を用いて相関係数(α)を算出する。ここで、相関係数(α)とは、左右のチャネル信号間の相関の度合を示す値、言い換えれば、音声信号に対する相関成分の割合を示す値である。かかる相関係数(α)が大きいほど、各チャネル信号に含まれる相関成分が多いといえる。
【0025】
つづいて、音声信号変換装置10は、算出した相関係数(α)に基づいて相関成分を生成し、生成した相関成分を元のチャネル信号からそれぞれ減算する。そして、音声信号変換装置10は、相関成分が減算された各チャネル信号をリスナー後方のスピーカから出力する。
【0026】
ここで、実施例1に係る音声信号変換装置10は、相関係数(α)の算出処理において、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分だけをパワー(P)として用いて相関係数(α)を算出することとした点を特徴の一つとする。
【0027】
具体的には、図1Bに示したように、左のチャネル信号に対応するベクトルをベクトルL=(LRE,LIm)、右のチャネル信号に対応するベクトルをベクトルR=(RRE,RIm)とすると、パワー(P)は、通常、
P=LRE+RRE+LIm+RIm
であらわされる。ここで、パワー(P)のうち、「LRE+RRE」は実部の成分に相当し、「LIm+RIm」は虚部の成分に相当する。すなわち、通常算出されるパワー(P)には、実部および虚部が含まれる。
【0028】
一方、実施例1に係る音声信号変換装置10では、ベクトルLおよびベクトルRの平方和のうちの実部の成分「LRE+RRE」のみを算出する。そして、音声信号変換装置10は、かかる実部の成分「LRE+RRE」をパワー(P)として採用し、かかるパワー(P)と、ベクトルLおよびベクトルRの内積(C)とを用いて相関係数(α)を算出する。
【0029】
このように、実部の成分のみを含んだパワー(P)を用いることとすれば、虚部の算出処理を省略することができるため、処理量を削減することができる。しかも、実部の成分のみを含んだパワー(P)を用いた場合には、実部および虚部の成分をパワー(P)とした場合と比較して、特に、相関成分の割合が多い音声信号に対して高い相関成分抽出精度を示すことがわかった(後述する図4参照)。
【0030】
すなわち、実施例1では、左右のチャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分およびベクトルの内積に基づいて相関係数を算出し、算出した相関係数を用いてチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出して各チャネル信号から減算することで、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出することができる。
【0031】
ところで、実部の成分および虚部の成分を含んだパワー(P)を用いて相関係数(α)を算出した場合には、実部の成分のみを含んだパワー(P)を用いた場合と比較して、相関成分の割合が少ない音声信号に対して高い相関成分抽出精度を示すことがわかった。
【0032】
そこで、音声信号変換装置10は、実部の成分のみを含んだパワー(P)の特長と実部の成分および虚部の成分を含んだパワー(P)の特長とを兼ね備えたハイブリッド型のパワー(P)を用いて相関係数(α)を算出することもできる。すなわち、相関成分の割合が少ない場合には虚部の成分の割合が多くなり、相関成分の割合が多い場合には虚部の成分の割合が少なくなるようなパワー(P)を用いて相関係数(α)を算出する。
【0033】
これにより、音声信号に含まれる相関成分の割合に関わりなく、相関成分を精度良く抽出することが可能となる。なお、かかるハイブリッド型のパワー(P)の詳細な内容については、後述する。
【0034】
以下では、ハイブリッド型のパワー(P)(以下、「パワー(P)」と記載する)を用いて相関係数(α)(以下、「相関係数(α)」と記載する)を算出する音声信号変換装置10について具体的に説明する。図2は、実施例1に係る音声信号変換装置10の構成を示すブロック図である。なお、以下では、上記した「相関成分」を「センター成分」と呼ぶこととする。
【0035】
図2に示すように、音声信号変換装置10は、信号取得部11と、信号出力部12と、制御部13とを備えている。また、制御部13は、ヒルベルト変換部13aと、相関係数概算部13bと、相関係数決定部13cと、フィルタリング部13dと、センター成分減算部13eとを備えている。
【0036】
信号取得部11は、外部機器(たとえば、音源20)から音声信号を取得し、取得した音声信号を左右のチャネル信号ごとにヒルベルト変換部13aへ渡す処理部である。なお、音源20は、たとえば、CDプレーヤーのような音声再生装置でもよいしDVDプレーヤーやTVチューナのような映像・音声再生装置でもよい。また、信号取得部11は、取得した音声信号がアナログ信号である場合は、かかるアナログ信号をデジタル信号へ変換したうえでヒルベルト変換部13aへ渡す。
【0037】
信号出力部12は、センター成分減算部13eからの出力信号を外部機器(たとえば、スピーカ)へ出力する処理部である。なお、かかる出力信号は、信号取得部11によって取得された音声信号からセンター成分を減算して得られる無相関信号、すなわち、センター成分が低減された音声信号である。かかる出力信号は、アナログ信号でもよいしデジタル信号でもよい。
【0038】
制御部13は、音声信号変換装置10の全体制御を行う制御部である。ヒルベルト変換部13aは、信号取得部11から左右のチャネル信号を受け取ると、受け取ったチャネル信号を複素信号へ変換して相関係数概算部13bへ出力する処理部である。
【0039】
具体的には、ヒルベルト変換部13aは、受け取ったチャネル信号を実部の成分として出力するとともに、受け取ったチャネル信号の位相をFIR(Finite Impulse Response)型のヒルベルトフィルタを用いて90度シフトさせた信号を虚部の成分として出力する。なお、ヒルベルト変換部13aは、左右のチャネル信号ごとに、複素信号への変換処理を行い、左右のチャネル信号にそれぞれ対応する複素信号を相関係数概算部13bへ出力する。
【0040】
このように、ヒルベルト変換を用いて複素信号を生成することで、FFTのように信号を一旦バッファに貯めたうえで演算を行うといった処理が不要となるため、逐次処理が可能となる。すなわち、ヒルベルト変換を用いることで、リアルタイム性の高い処理を行うことが可能となる。ただし、複素信号への変換手法は、ヒルベルト変換に限定されるものではなく、他の変換手法を用いて複素信号を生成してもよい。
【0041】
相関係数概算部13bは、ヒルベルト変換部13aから受け取った複素信号に基づいてパワー(P)および内積(C)を算出するとともに、算出したパワー(P)および内積(C)を用いて仮相関係数(α)を算出する処理部である。具体的には、相関係数概算部13bは、実部および虚部を座標軸とする複素平面において表現された各チャネル信号に対応するベクトルを用いてP,Cおよびαを算出する。
【0042】
ここで、各チャネル信号に対応する複素平面上のベクトルについて図3を用いて説明しておく。図3は、左右のチャネル信号に対応する複素平面上のベクトルの一例を示す図である。
【0043】
図3に示すように、実部および虚部を座標軸とする複素平面において、左のチャネル信号に対応するベクトルLは、ベクトルL=(LRe,LIm)であらわされ、右のチャネル信号に対応するベクトルRは、ベクトルR=(RRe,RIm)であらわされる。
【0044】
また、これらのベクトルLおよびベクトルRは、センター成分に対応するベクトルCeを含む。かかるベクトルCeは、ベクトルLおよびベクトルRの和に対して相関係数(α)を乗じることによって割り出されるものである。
【0045】
なお、ベクトルa・lは、ベクトルLからベクトルCeを差し引いたベクトルであり、ベクトルa・rは、ベクトルRからベクトルCeを差し引いたベクトルである。ここで、ベクトルlおよびベクトルrは、単位ベクトルであり、aおよびaは、所定の係数である。これらベクトルa・lおよびベクトルa・rは、互いに相関がないため直交する。
【0046】
つづいて、相関係数概算部13bによるパワー(P)、内積(C)および仮相関係数(α)の算出手法について説明する。相関係数概算部13bは、まず、ベクトルL=(LRe,LIm)およびベクトルR=(RRe,RIm)を用いてパワー(P)および内積(C)を算出する。
【0047】
具体的には、パワー(P)は、
【数1】

式(1)のようにあらわされる。また、内積(C)は、
【数2】

式(2)のようにあらわされる。
【0048】
そして、相関係数概算部13bは、算出したパワー(P)および内積(C)を用いて仮相関係数(α)を算出する。具体的には、仮相関係数(α)は、
【数3】

式(3)のようにあらわされる。
【0049】
なお、仮相関係数(α)は、ハイブリッド型のパワー(P)を算出する際に、チャネル信号間の相関の強弱を概括的に特定するために用いられることとなるが、かかる点については後述する。
【0050】
また、相関係数概算部13bは、仮相関係数(α)を算出すると、算出した仮相関係数(α)をパワー(P)および内積(C)とともに相関係数決定部13cへ出力する。なお、相関係数概算部13bは、パワー(P)を実部と虚部に分けて算出するとともに、実部と虚部に分けて相関係数決定部13cへ出力する。
【0051】
図2に戻り、音声信号変換装置10の説明を続ける。相関係数決定部13cは、相関係数概算部13bから仮相関係数(α)、パワー(P)および内積(C)を受け取ると、これらの値に基づいて相関係数(α)を決定する処理部である。
【0052】
具体的には、相関係数決定部13cは、まず、
【数4】

式(4)に示す式を用いてパワー(P)を算出する。かかるパワー(P)は、パワー(P0)のうち、虚部の成分(LIm+RIm)に対して仮相関係数(α)を含んだ重み付け係数(1−2α)を乗じたものである。
【0053】
そして、相関係数決定部13cは、かかるパワー(P)および相関係数概算部13bから受け取った内積(C)を用いて相関係数(α)を決定する。具体的には、相関係数(α)は、
【数5】

式(5)のようにあらわされる。
【0054】
ここで、パワー(P)は、実部の成分および虚部の成分を含んだパワー(P)の特長および実部の成分のみを含んだパワー(以下、「パワー(P)」と記載する)の特長を兼ね備えたハイブリッド型のパワー(P)である。以下では、かかる点について図4〜6を用いて説明する。
【0055】
まず、実部および虚部を含んだパワー(P)を用いて算出される相関係数の特長および実部のみを含んだパワー(P)(P=LRE+RRE)を用いて算出される相関係数の特長について図4を用いて説明する。図4は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その1)である。
【0056】
なお、図4は、相関のない2つの音声信号を混合することによってこれらの音声信号の相関を徐々に強くしていった場合における相関係数の変動を示している。ここでは、2つの音声信号の混合割合(以下、「ミックス割合」と記載する)を横軸とし、相関係数を縦軸としている。
【0057】
図4に示したグラフAは、音声信号に対して相関低減処理を施さない場合の(すなわち、未処理の)相関係数の変動を示したグラフである。グラフAに示したように、2つの音声信号は、ミックス割合が小さい(すなわち、相関が弱い)場合には相関係数が0に近く、ミックス割合が大きい(すなわち、相関が強い)場合には相関係数が1に近くなる。なお、相関係数が1である音声信号とは、モノラル信号のことである。
【0058】
このように、相関係数が小さいほどステレオで再生された状態に近づくことから、再生される音声に臨場感をもたらすためには、いかなるミックス割合の場合であっても相関低減処理によって相関係数を可能な限り低減させる必要がある。具体的には、相関係数は、ミックス割合が1となる(すなわち、モノラル信号となる)直前まで0であることが好ましい。
【0059】
グラフBは、実部の成分および虚部の成分を含んだパワー(P)を用いて相関係数を算出した場合における相関係数の変動を示したグラフである。また、グラフCは、実部の成分のみを含んだパワー(P)を用いて相関係数を算出した場合における相関係数の変動を示したグラフである。
【0060】
図4に示したように、グラフBは、ミックス割合が小さい領域(たとえば、ミックス割合0〜0.4の領域)において相関係数が小さい値で変動している。したがって、パワー(P)を用いて相関係数を算出する手法によれば、左右のチャネル信号間の相関が弱い場合に理想的な相関係数を算出できることがわかる。
【0061】
また、グラフCは、ミックス割合が大きい領域(たとえば、ミックス割合が0.8以上の領域)において相関係数が急激に増加している。したがって、パワー(P)を用いて相関係数を算出する手法によれば、左右のチャネル信号間の相関が強い場合に理想的な相関係数を算出できることがわかる。また、パワー(P)を用いて相関係数を算出することとすれば、虚部の成分の算出工程を省略することができるため、処理量を削減することができる。
【0062】
ところが、図4に示すように、グラフBは、ミックス割合が中〜大程度の領域において、グラフCは、ミックス割合が小〜中程度の領域において、理想的な相関係数からずれた値が算出されていることがわかる。
【0063】
すなわち、パワー(P)を用いて相関係数を算出した場合には、相関が比較的弱い音声信号については相関係数を精度良く算出することができるものの、相関が比較的強い音声信号については相関係数の算出精度が不十分であることがわかる。また、パワー(P)を用いて相関係数を算出した場合には、相関が比較的強い音声信号については相関係数を精度良く算出することができるものの、相関が比較的弱い音声信号については相関係数の算出精度が不十分であることがわかる。
【0064】
そこで、実施例1では、相関の強弱に関わりなく相関係数を精度良く算出することを目的として、パワー(P)およびパワー(P)の双方の特長を兼ね備えたハイブリッド型のパワー(P)を用いて相関係数(α)を算出することとした。
【0065】
ここで、ハイブリッド型のパワー(P)の内容について図5を用いて説明する。図5は、ハイブリッド型のパワー(P)の内容を示す図である。なお、同図に示したように、仮相関係数(α)は、0≦α≦1/2の値を取りうるが、かかる点の詳細については後述することとする。
【0066】
図5に示したように、パワー(P)は、虚部の成分(LIm+RIm)が仮相関係数(α)の値に応じて0〜(LIm+RIm)の範囲で変化するように重み付けされている。たとえば、仮相関係数(α)が「0」である場合には、パワー(P)は「LRe+RRe+LIm+RIm」となり、仮相関係数(α)が「1/2」である場合には、パワー(P)は「LRe+RRe」となる。
【0067】
すなわち、パワー(P)は、チャネル信号間の相関が弱い場合にはパワー(P)の式に近づき、チャネル信号間の相関が強い場合にはパワー(P)の式に近づくこととなる。
【0068】
つづいて、かかるハイブリッド型のパワー(P)を用いて算出される相関係数(α)の変動について図6を用いて説明する。図6は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その2)である。
【0069】
図6に示したグラフDは、ハイブリッド型のパワー(P)を用いて相関係数を算出した場合における相関係数の変動を示したグラフである。グラフDによれば、ミックス割合の小さい領域(たとえば、ミックス割合0〜0.8の領域)では相関係数が比較的小さい値で変動し、ミックス割合が大きい領域(たとえば、ミックス割合0.8以上の領域)において急激に増加するのがわかる。
【0070】
これは、ミックス割合が小さい場合(すなわち、仮相関係数(α)が小さい場合)には、パワー(P)に含まれる虚部の成分の重み付けが大きくなる結果、パワー(P)が、ミックス割合が小さい場合に有効なパワー(P)に近づくためである。また、ミックス割合が大きい場合(すなわち、仮相関係数(α)が大きい場合)には、パワー(P)に含まれる虚部の成分の重み付けが小さくなる結果、パワー(P)が、ミックス割合が大きい場合に有効なパワー(P)に近づくためである。
【0071】
このように、相関係数決定部13cは、仮相関係数(α)を用いてチャネル信号間の相関の強弱を概括的に特定したうえで、かかる相関の強弱に応じてパワー(P)に含まれる虚部の成分の重み付けを変更することとした。
【0072】
すなわち、音声信号変換装置10では、相関係数概算部13bが、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和であるパワー(P)および内積(C)を用いて仮相関係数(α)を算出するとともに、相関係数決定部13cが、パワー(P)に含まれる虚部の成分に対して仮相関係数(α)に基づく重み付けを施したパワー(P)を算出し、かかるパワー(P)および内積(C)を用いて相関係数(α)を算出することとした。したがって、相関係数の算出精度を更に高めることができ、延いては、相関成分の抽出精度を高めることが可能となる。
【0073】
なお、ここでは、相関係数概算部13bによって算出されたパワー(P)に含まれる虚部の成分に対して乗じる重み付け係数を(1−2α)としたが、重み付け係数は、この値に限定されるものではなく、たとえば、仮相関係数(α)の2次式であってもよい。
【0074】
また、相関係数決定部13cは、相関係数(α)を算出すると、算出した相関係数(α)をフィルタリング部13dへ出力する処理を行う。
【0075】
図2に戻り、音声信号変換装置10の構成についての説明を続ける。フィルタリング部13dは、相関係数決定部13cから受け取った相関係数(α)を平滑化する処理部である。
【0076】
具体的には、音声信号をヒルベルト変換した場合には、FFTの場合と比較して、音の切り替わりへの追従性も高く、処理速度も速くなる。ところが、追従性が高いことによって、相関係数(α)が頻繁に変更されるため、最終的に生成される出力信号に不要なピークが現れ、利用者にとってノイズとして聞こえてしまうこととなる。
【0077】
そこで、フィルタリング部13dは、相関係数(α)に対してLPF(Low Pass Filter)を用いてフィルタリングすることで、相関係数(α)に含まれる高周波成分を除去することとした。具体的には、フィルタリング部13dは、相関係数(α)を、所定の閾値よりも高い周波数信号を減衰させて遮断し、低域周波数のみを信号として通過させる。
【0078】
ここで、フィルタリング部13dとしてのLPFの構成について図7を用いて説明しておく。図7は、LPFの構成例を示す図である。
【0079】
図7に示すように、フィルタリング部13dは、2次のIIR(Infinite Impulse Response)フィルタを直列に2つ従属させる構成とした。ここで、IIRフィルタとは、次の出力がフィードバックされ、無限長の時間においてゼロでない値を返すインパルス応答関数を持つ、すなわちインパルス応答が無限に続くフィルタ回路である。IIRフィルタの特長としては、低次数であっても遮断率が高いため、フィルタリング部13dは、精度良くノイズを低減することができる。
【0080】
なお、このようなフィルタの構成で、遮断周波数(fc)が100Hzであるようなフィルタを形成するために各増幅器の係数a0、a1、a2、b0、b1およびb2を図7に示すような値とした。
【0081】
なお、ここでは、フィルタリング部13dが、相関係数(α)に対しLPFをかけることとしたが、LPFに限定されるものではなく、移動平均手法や法絡線処理等によって相関係数(α)の変動を抑制することとしてもよい。また、平滑化後の相関係数(α’)は、センター成分減算部13eへ出力される。
【0082】
図2に戻り、音声信号変換装置10の説明を続ける。センター成分減算部13eは、平滑化後の相関係数(α’)に基づいてセンター成分を抽出するとともに、抽出したセンター成分を左右のチャネル信号から減算する処理部である。
【0083】
具体的には、センター成分減算部13eは、
【数6】

式(6)を用いてセンター成分(Ce)を算出する。また、センター成分減算部13eは、
【数7】

式(7−1)および式(7−2)を用いて元のチャネル信号からセンター成分(Ce)をそれぞれ減算することで、出力信号L’およびR’を算出する。これらの出力信号L’およびR’は、信号出力部12へ出力される。
【0084】
次に、音声信号変換装置10の制御部13を回路へ適用した場合について図8を用いて説明する。図8は、実施例1に係る制御部13の回路構成例である。
【0085】
図8に示すように、制御部13は、直交化部101a,101bと、相関係数計算部102と、LPF103と、センター成分生成部104と、センター成分減算部105とを含んで構成される。
【0086】
なお、直交化部101a,101bは、図2に示したヒルベルト変換部13aに相当し、相関係数計算部102は、相関係数概算部13bおよび相関係数決定部13cに相当する。また、LPF103は、フィルタリング部13dに相当し、センター成分生成部104およびセンター成分減算部105は、センター成分減算部13eに相当する。
【0087】
図8に示したように、直交化部101aは、左のチャネル信号が入力されると、かかるチャネル信号をヒルベルトフィルタを用いて複素信号へ変換する。また、直交化部101aは、変換した複素信号の実部の成分および虚部の成分をそれぞれ相関係数計算部102へ出力するとともに、実部の成分をセンター成分生成部104およびセンター成分減算部105へ出力する。
【0088】
同様に、直交化部101bは、右のチャネル信号をヒルベルトフィルタによって複素信号へ変換し、変換した複素信号を実部の成分および虚部の成分ごとに相関係数計算部102へ出力するとともに、実部の成分をセンター成分生成部104およびセンター成分減算部105へ出力する。
【0089】
相関係数計算部102は、直交化部101a,101bから受け取った各チャネル信号の実部の成分および虚部の成分を用いて仮相関係数(α)を算出したうえで、仮相関係数(α)を用いて相関係数(α)を算出する。なお、算出された相関係数(α)は、LPF103によって平滑化され、平滑化後の相関係数(α’)がセンター成分生成部104へ出力される。
【0090】
センター成分生成部104は、直交化部101a,101bから受け取った各チャネル信号の実部の成分(すなわち、元のチャネル信号)およびLPF103から受け取った平滑化後の相関係数(α’)を用いてセンター成分(Ce)を生成する。また、センター成分生成部104は、生成したセンター成分(Ce)をセンター成分減算部105および信号出力部12へ出力する。
【0091】
そして、センター成分減算部105は、直交化部101a,101bから受け取った各チャネル信号の実部の成分(すなわち、元のチャネル信号)からセンター成分(Ce)を減算し、これによって得られた出力信号L’およびR’を信号出力部12へ出力する。
【0092】
なお、ここでは、センター成分生成部104によって生成されたセンター成分(Ce)も信号出力部12へ出力できるが、その成分は使用しない構成例となっている。このセンター成分は、ボーカル音声だけを明瞭に視聴したい場合、例えばステレオラジオ放送におけるニュース番組等でアナウンサーの発話内容を他の周囲音の影響を受けることなく、正確に聞き取りたい場合等に再生することで効果を発揮する。
【0093】
上述してきたように、実施例1では、相関係数計算部が、左右のチャネル信号の平方和および積を算出するとともに、算出した平方和および積を用いてチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する。また、センター成分生成部が、算出された相関係数を用いてチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、センター成分減算部が、抽出された相関成分をチャネル信号から減算する。また、直交化部が、左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換し、相関係数計算部が、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分およびベクトルの内積を算出し、算出した平方和のうちの実部の成分および内積を用いて相関係数を算出することとした。
【0094】
すなわち、実施例1では、ヒルベルト変換部が、音声信号に含まれる左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換し、相関係数概算部が、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和であるパワー(P)および内積(C)を用いて仮相関係数(α)を算出し、相関係数決定部が、パワー(α)に含まれる虚部の成分に対して仮相関係数(α)に基づく重み付けを施したパワー(P)を算出し、かかるパワー(P)および内積(C)を用いて相関係数(α)を算出する。そして、実施例1では、センター成分減算部が、算出した相関係数(α)を用いてチャネル信号に共通して含まれるセンター成分(Ce)を抽出し、抽出したセンター成分(Ce)をチャネル信号から減算することとした。したがって、実施例1によれば、処理量を削減しつつセンター成分を精度良く抽出することができる。
【0095】
なお、図4のグラフCに示したように、実部の成分のみを含んだパワー(P)を用いて相関係数を算出した場合には、特に、チャネル信号間の相関が強い音声信号に対して有効な相関係数を算出することができる。すなわち、各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分をパワー(P)とし、かかるパワー(P)に基づいて相関係数を算出することとした場合であっても、処理量を削減しつつセンター成分を精度良く抽出することができる。ただし、ハイブリッド型のパワー(P)を用いて算出される相関係数(α)のほうが、パワー(P)を用いて算出される相関係数よりもセンター成分の抽出精度は高い。
【0096】
次に、仮相関係数(α)の具体的な導出過程について説明しておく。図3に示したベクトルa・l、ベクトルa・rおよびセンター成分のベクトル(Ce)を用いてベクトルLおよびベクトルRをあらわすと、それぞれ、
【数8】

式(8−1)および式(8−2)のようにあらわされる。
【0097】
また、式(8−1)および式(8−2)に示したベクトルLおよびベクトルRの式および式(6)に示したベクトルCeの式を用いてベクトルCeを求めると、
【数9】

式(9)のようにあらわされる。
【0098】
そして、式(9)を式(8−1)および式(8−2)へ代入すると、ベクトルLおよびベクトルRは、それぞれ、
【数10】

式(10−1)および式(10−2)のようにあらわされる。
【0099】
ここで、ベクトルLおよびベクトルRの平方和で表現されるパワー(P)と、ベクトルLおよびベクトルRの内積(C)とは、それぞれ、
【数11】

式(11−1)および式(11−2)のようにあらわされる。
【0100】
そして、式(11−1)および式(11−2)を用いて仮相関係数(α)を求めると、
【数12】

式(12)のようにあらわされる。
【0101】
ここで、ベクトルLとベクトルRとが直交する場合、C=0となり、仮相関係数(α)は1または0となる。また、ベクトルLとベクトルRとが直交する場合、Ce=0となる。これらを式(9)へ代入するとα=0となる。したがって、式(12)は、
【数13】

式(13)のように限定される。
【0102】
ただし、式(13)は、0≦C<P/2および0≦α≦1/2の場合に限る。また、内積(C)は、−P/2≦C<P/2の範囲を取るため、C<0の場合を想定し、仮相関係数(α)を式(3)のように設定することとする。
【実施例2】
【0103】
ところで、上述した実施例1では、ベクトルLおよびベクトルRの平方和であるパワー(P)のうちの虚部の成分を使用しない、あるいは、部分的に使用することとしたが、これに限ったものではない。すなわち、複素信号のうち実部の成分がチャネル信号そのものであり、かかるチャネル信号から虚部の成分が算出されることからわかる通り、左右のチャネル信号を複素信号へ変換する場合には、実部の成分の算出と比較して虚部の成分の算出に多くの処理を要する。
【0104】
そこで、算出に要する処理量が多い虚部の成分を一切用いることなくパワーおよび内積を算出することとしてもよい。このように虚部の成分を一切用いないこととした場合には、虚部の成分を用いる場合(たとえば、図6に示したグラフD)と比較して、センター成分の抽出精度は多少低下するものの、相関低減処理に要する処理量を大幅に削減することができる。
【0105】
以下では、虚部の成分を用いることなく、すなわち、複素信号への変換を行うことなくパワーおよび内積を算出し、かかるパワーおよび内積から相関係数を算出する場合の実施例2について説明する。
【0106】
図9は、実施例2に係る制御部13’の回路構成例を示す図である。図9に示すように、制御部13’は、相関係数計算部111と、LPF112と、センター成分生成部113と、センター成分減算部114とを含んで構成される。ここで、図9に示したように、信号取得部11(図2参照)から出力された左右のチャネル信号は、相関係数計算部111、センター成分生成部113およびセンター成分減算部114へ入力される。
【0107】
相関係数計算部111は、信号取得部11から左右のチャネル信号を受け取ると、受け取ったチャネル信号を用いて相関係数(α)を算出する処理部である。
【0108】
具体的には、相関係数計算部111は、まず、
【数14】

式(14−1)に示した式を用いてパワー(P)を算出する。ここで、式(14−1)に示した式は、式(1)に示した式から虚部の成分(LIm+RIm)を削除したものである。
【0109】
また、相関係数計算部111は、式(14−2)に示した式を用いて内積(C)を算出する。ここで、式(14−2)に示した式は、式(2)に示した式から虚部の成分(LIm×RIm)を削除したものである。
【0110】
そして、相関係数計算部111は、式(14−3)に示した式を用いて相関係数(α)を算出する。
【0111】
このように、実施例2では、チャネル信号を複素信号へ変換することなく、元のチャネル信号のみを用いて相関係数(α)を算出するため、相関係数(α)の算出に要する処理量を大幅に削減できる。
【0112】
相関係数計算部111によって算出された相関係数(α)は、LPF112を介してセンター成分生成部113へ出力される。LPF112の構成は、図8に示したLPF103と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0113】
センター成分生成部部113は、LPF112によって平滑化された相関係数(α)および信号取得部11から受け取った左右のチャネル信号を用いてセンター成分(Ce’)を生成する処理部である。なお、かかる処理は、図8に示したセンター成分生成部104が実行する処理と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0114】
センター成分減算部114は、センター成分生成部113から出力されたセンター成分(Ce’)および信号取得部11から受け取った各チャネル信号からセンター成分を減算し、これによって得られた出力信号L'',R''を信号出力部12へ出力する処理部である。なお、かかる処理は、図8に示したセンター成分減算部105が実行する処理と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0115】
次に、実施例2に係る制御部13’の具体的な動作について図10を用いて説明する。図10は、実施例2に係る制御部13’が実行する処理手順を示すフローチャートである。
【0116】
図10に示したように、制御部13’では、相関係数計算部111が、パワー(P)および内積(C)を算出し(ステップS101)、算出したパワー(P)および内積(C)を用いて相関係数(α)を算出する(ステップS102)。つづいて、制御部13’では、LPF112を用いて相関係数(α)を平滑化し(ステップS103)、センター成分生成部113が、平滑化後の相関係数(α)を用いてセンター成分(Ce’)を算出する(ステップS104)。
【0117】
そして、制御部13’では、センター成分減算部114が、各チャネル信号からセンター成分(Ce’)を減算することによって出力信号L''およびR''を生成し(ステップS105)、生成した出力信号L''およびR''を信号出力部12へ出力する(ステップS106)。
【0118】
次に、パワー(P)および内積(C)を用いて算出される相関係数(α)の特長について図11を用いて説明する。図11は、相関係数の変動をあらわすグラフ(その3)である。
【0119】
図11に示したグラフEは、あらかじめ決められた帯域の信号をセンター成分として抽出した場合における相関係数の変動をあらわすグラフである。グラフEは、ミックス割合が小〜中程度の領域において相関係数が高い値を示しており、理想的な相関係数の変動から大きくずれていることがわかる。
【0120】
また、図11に示したグラフFは、FFTを用いて相関係数を算出した場合における相関係数の変動をあらわすグラフである。かかるグラフFは、ミックス割合が小さい領域において相関係数が高い値を示しているが、全体的には理想的な相関係数の変動に近いものとなっている。ただし、FFTを用いた場合、処理量が多くなるため逐次的な処理ができなくなるという問題がある。
【0121】
一方、図11に示したグラフGは、実施例2に係る相関係数(α)の変動をあらわすグラフである。図11に示したように、グラフGは、FFTを用いて相関係数を算出した場合と比較すると、ミックス割合が小〜中程度の領域において精度が若干劣るものの、ミックス割合が大きい領域では同等の精度を示すことがわかる。
【0122】
また、虚部の成分を用いることなく相関係数(α)を算出することで、相関低減処理に要する処理量が、FFTを用いる場合と比較して大幅に小さくなった。具体的には、FFTを用いた場合の処理量を100とすると、実施例2に係る相関低減処理の処理量は1.5程度である。
【0123】
上述してきたように、実施例2では、音声信号に含まれる左右のチャネル信号の平方和であるパワー(P)および積である内積(C)を算出し、算出したパワー(P)および内積(C)を用いて相関係数(α)を算出することとした。したがって、センター成分の抽出精度の低下を抑えつつ、相関低減処理に要する処理量を大幅に削減することができる。
【0124】
ところで、実施例1に係る音声信号変換装置10および実施例2に係る音声信号変換装置(以下、「音声信号変換装置10’」と記載する)は、たとえば、車載用の音場制御システムに対して適用することができる。
【0125】
以下では、実施例1に係る音声信号変換装置10を車載用の音場制御システムに対して適用した場合について説明する。なお、以下に示す車載用音場制御システムは、実施例2に係る音声信号変換装置10’を適用することも可能である。
【0126】
まず、車載用音場制御システムの構成例について図12Aを用いて説明する。図12Aは、車載用音場制御システムの構成例(その1)を示す図である。
【0127】
図12Aに示したように、車載用音場制御システムは、音源20と、音場制御装置30(音響再生装置の一例に相当)と、パワーアンプ40と、スピーカ50a,50bとを含んで構成される。これらは、車両200内に搭載されるものとする。なお、音源20は、図1に示した音源20と同様である。
【0128】
音場制御装置30は、音声信号変換装置10と、遅延部31a,31bと、乗算部32a,32bと、加算部33a,33bと、乗算部34a,34bとを備える。ここで、音源20から出力された音声信号は、音声信号変換装置10および加算部33a,33bへ入力される。また、音声信号変換装置10へ入力された音声信号は、音声信号変換装置10によってセンター成分(Ce)が減算されてそれぞれ遅延部31a,31bへ出力される。
【0129】
つづいて、音声信号変換装置10から出力された左のチャネル信号は、遅延部31aによって所定時間遅延されるとともに、乗算部32aによってゲインが調整されて加算部33aへ出力される。同様に、音声信号変換装置10から出力された右のチャネル信号は、遅延部31bによって所定時間遅延されるとともに、乗算部32bによってゲインが調整されて加算部33bへ出力される。
【0130】
つづいて、加算部33aでは、音源20から入力された左のチャネル信号と乗算部32aから出力された左のチャネル信号とが加算されて乗算部34aへ出力される。同様に、加算部33bでは、音源20から入力された右のチャネル信号と乗算部32bから出力された右のチャネル信号とが加算されて乗算部34bへ出力される。
【0131】
このように、音場制御装置30では、センター成分が低減された音声信号(無相関信号)を元の音声信号へ足し込むことで、リスナーに対して音の拡がり感を与えることができる。また、無相関信号を所定時間遅らせて元の音声信号へ足し込むことで、スピーカ50a,50bからはエコーがかかったような音が出力されるようになるため、リスナーに対して更なる音の拡がり感を与えることができる。また、遅延部31a,31bおよび加算部33a,33bの間にそれぞれ乗算部32a,32bを設けることとしたため、元の音声信号へ足しこむ無相関信号の割合を調整することができる。
【0132】
つづいて、加算部33aから出力された音声信号は、乗算部34aにおいてゲイン調整されたうえでパワーアンプ40へ出力されるとともに、パワーアンプ40において増幅されて左スピーカ50aから出力される。また、加算部33bから出力された音声信号は、乗算部34bにおいてゲイン調整されたうえでアンプ40へ出力されるとともに、パワーアンプ40において増幅されて右スピーカ50bから出力される。
【0133】
なお、図12Aでは、車両200の前席側だけにスピーカを設けることとしたが、これに限らず、後席側にもスピーカを設けることとしてもよい。以下では、車両200に対して左右スピーカを2セット配置した場合における車両用音場制御システムの構成例について図12Bを用いて説明する。図12Bは、車載用音場制御システムの構成例(その2)を示す図である。
【0134】
図12Bに示したように、かかる場合の車両用音場制御システムは、左右スピーカ50c,50dをさらに含むとともに、音場制御装置30に代えて音場制御装置30’(音響再生装置の一例に相当)を含む。なお、スピーカ50a,50bは、車両200の前席側に設けられ、スピーカ50c,50dは、車両200の後席側に設けられるものとする。
【0135】
音場制御装置30’は、音場制御装置30が備える構成要素に加え、遅延部31c,31d、乗算部32c,32d、加算部33c,33d、乗算部34c,34dをさらに備える。すなわち、音場制御装置30’は、乗算部34aからパワーアンプ40経由で左スピーカ50aへ出力される音声信号と同じ音声信号を、乗算部34cからパワーアンプ40経由で左スピーカ50cへも出力する。同様に、音場制御装置30’は、乗算部34bからパワーアンプ40経由で右スピーカ50bへ出力される音声信号と同じ音声信号を、乗算部34dからパワーアンプ40経由で右スピーカ50dへも出力することとしている。
【0136】
なお、乗算部34cは、音声信号変換装置10、遅延部31cおよび乗算部32c経由で出力された左の無相関信号と音源20から出力された左のチャネル信号とを加算した信号を加算部33cから受け取る。また、乗算部34dは、音声信号変換装置10、遅延部31dおよび乗算部32d経由で出力された右の無相関信号と音源20から出力された右のチャネル信号とを加算した信号を加算部33dから受け取る。
【0137】
このように、音場制御装置は、音声信号変換装置を用いて、左右チャネルの音声信号から該左右チャネルの音声信号間の相関成分を抽出し、乗算部や加算部を用いて、左右チャネルの音声信号における相関成分および非相関成分の割合を調整し、図示しないオーディオインタフェースを用いて、調整された左右チャネルの音声信号を各々左右スピーカから再生させることとしたため、車室内に快適な音場を形成することができる。また、実施例1や2に係る音声信号変換装置を用いるため、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出することもできる。
【0138】
なお、図12Bでは、前席側に設けられた一組のスピーカ50a,50bおよび後席側に設けられた一組のスピーカ50c,50dから同一の音声信号を出力する場合について説明した。しかし、出力する音声信号の組合せは、これに限ったものではない。
【0139】
たとえば、車載用音場制御システムでは、無相関信号を足し込んでセンター成分を低減させた音声信号を後席側のスピーカ50c,50dのみから出力することとしてもよい。かかる場合、車載用音場制御システムでは、無相関信号を足し込んでいない音声信号を前席側のスピーカ50a,50bから出力するものとする。
【0140】
これにより、センター成分が車両200の中央よりも前方側に定位することとなるため、各乗車者に対してより自然な音場を提供することができる。また、車載用音場制御システムでは、逆に、無相関信号を足し込んでセンター成分を低減させた音声信号を前席側のスピーカ50a,50bのみから出力することとしてもよい。
【0141】
また、図12Bでは、残響効果を得るために無相関信号を遅延させることとしたが、無相関信号を遅延させることなく元の音声信号と足し合わせてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0142】
以上のように、本発明に係る相関低減方法、音声信号変換装置および音響再生装置は、処理量を削減しつつ相関成分を精度良く抽出したい場合に有効であり、特に、車載用音場制御システムへの適用が考えられる。
【符号の説明】
【0143】
10,10’ 音声信号変換装置
11 信号取得部
12 信号出力部
13,13’ 制御部
13a ヒルベルト変換部
13b 相関係数概算部
13c 相関係数決定部
13d フィルタリング部
13e センター成分減算部
20 音源
30,30’ 音場制御装置
31a〜31d 遅延部
32a〜32d 乗算部
33a〜33d 加算部
34a〜34d 乗算部
40 パワーアンプ
50a〜50d スピーカ
101a,101b 直交化部
102,111 相関係数計算部
103,112 LPF
104,113 センター成分生成部
105,114 センター成分減算部
200 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右チャネルの音声信号の平方和および積を算出し、算出した平方和および積を用いて前記音声信号における左右のチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する算出工程と、
前記算出工程において算出した相関係数を用いて前記左右のチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、抽出した相関成分を前記左右のチャネル信号から減算する減算工程と、
前記左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換する変換工程と
を含み、
前記算出工程は、
各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分および前記ベクトルの内積を算出し、算出した前記平方和のうちの実部の成分および前記内積を用いて前記相関係数を算出することを特徴とする相関低減方法。
【請求項2】
前記算出工程は、
前記ベクトルの平方和である第1のパワーおよび前記内積を用いて仮の相関係数を算出するとともに、前記第1のパワーに含まれる虚部の成分に対して前記仮の相関係数に基づく重み付けを施した第2のパワーを算出し、算出した前記第2のパワーおよび前記内積を用いて前記相関係数を算出することを特徴とする請求項1に記載の相関低減方法。
【請求項3】
前記算出工程は、
前記仮の相関係数の値が大きい場合に前記第2のパワーに含まれる虚部の成分が小さくなり、前記仮の相関係数の値が小さい場合に前記第2のパワーに含まれる虚部の成分が大きくなる重み付けを前記虚部の成分に対して施すことを特徴とする請求項2に記載の相関低減方法。
【請求項4】
前記変換工程は、
前記チャネル信号を実部とするとともに当該チャネル信号の位相を90度シフトさせた信号を虚部とする複素信号への変換を行うことを特徴とする請求項1,2または3に記載の相関低減方法。
【請求項5】
前記算出工程において算出した相関係数を平滑化する平滑化工程
をさらに含み、
前記減算工程は、
前記平滑化工程において平滑化した相関係数を用いて前記相関成分を抽出することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載の相関低減方法。
【請求項6】
左右チャネルの音声信号の平方和および積を算出し、算出した平方和および積を用いて前記音声信号における左右のチャネル信号間の相関を示す相関係数を算出する算出手段と、
前記算出手段によって算出された相関係数を用いて前記左右のチャネル信号に共通して含まれる相関成分を抽出し、抽出した相関成分を前記左右のチャネル信号から減算する減算手段と、
前記左右のチャネル信号を実部および虚部を含んだ複素信号へ変換する変換手段と
を備え、
前記算出手段は、
各チャネル信号に対応するベクトルの平方和のうちの実部の成分および前記ベクトルの内積を算出し、算出した前記平方和のうちの実部の成分および前記内積を用いて前記相関係数を算出することを特徴とする音声信号変換装置。
【請求項7】
左右チャネルの音声信号から該左右チャネルの音声信号間の相関成分を抽出する相関成分抽出手段と、
前記左右チャネルの音声信号における前記相関成分および非相関成分の割合を調整する相関成分割合調整手段と、
前記相関成分割合調整手段により調整された左右チャネルの音声信号を各々左右スピーカから再生させる再生手段と
を備えることを特徴とする音響再生装置。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12A】
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【図12B】
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【公開番号】特開2012−120133(P2012−120133A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−270901(P2010−270901)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】