説明

真核微生物の培養方法

【課題】温度管理に代わる簡便な手法により酵母やカビ等の真核微生物の増殖速度を容易に制御することができる培養方法を提供する。
【解決手段】前記真核微生物(酵母類、藻類、カビ類、担子菌類)なかでも、醸造等に利用される酵母(Saccharomyces cereviseae)やコウジカビに、520nm以上の波長の可視光線を照射して、前記真核微生物の増殖を促進する工程を有する。可視光線としては、例えば、黄色光、橙色光、赤色光等が挙げられるが、なかでも、黄色光を照射したときに顕著な増殖促進効果が見られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、簡便な手法により酵母やカビ等の真核微生物の増殖速度を容易に制御することができる培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
清酒は、米を原料とする醸造酒であるが、米にはブドウ糖が含まれないため、酵母(主にSaccharomyces cereviseae)による発酵に先立って、コウジカビ(Aspregillus)による糖化(デンプンのブドウ糖への分解)が必要である。そして、糖化と発酵とが並行して行われる(並行複発酵)ことが日本酒の特徴である。
【0003】
従来、コウジカビによる糖化や、酵母による発酵の制御は、主に温度を管理することによりなされており、コウジカビによる糖化は約30℃で行われ、酵母による発酵は8〜18℃程度で行われている。発酵時の温度がこれより高く酵母の活動が活発であると、雑味成分が増えるので、好ましくなく、このため、清酒造りは一般的に冬季に行われる。
【0004】
このように温度管理は清酒の出来栄えを左右する大きな要因であるが、温度を厳密に管理することは容易ではなく、温度を厳密に管理しようとすれば大がかりな空調設備等が必要となる。
【0005】
ところで、従来、特定のスペクトルの光線を照射することにより、微生物による物質生産能を向上させる方法が知られているが(例えば、特許文献1等参照)、光照射により微生物の増殖速度を制御する方法は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平1−58952
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、温度管理に代わる簡便な手法により酵母やカビ等の真核微生物の増殖速度を容易に制御することができる培養方法を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討の結果、酵母やカビ等の真核微生物を培養する際に、光を照射しながら培養すると、特定の波長の光を照射することにより、その増殖が促進されることを見出し、この知見に基づき本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち本発明に係る真核微生物の培養方法は、真核微生物を培養する方法であって、前記真核微生物に520nm以上の波長の可視光線を照射して、前記真核微生物の増殖を促進する工程を有していることを特徴とする。
【0010】
前記真核微生物としては、例えば、酵母、カビ等が挙げられる。
【0011】
前記520nm以上の波長の可視光線としては、黄色光が好適である。
【発明の効果】
【0012】
このように本発明によれば、特定の波長の光を照射するという極めて簡便な手法により、酵母やカビ等の真核微生物の増殖を促進して、その増殖速度を制御することができるので、清酒を始めとする種々の醸造製品等を製造する際に、発酵等の速度を容易に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実験1における各照射光のスペクトルを示すチャートである。
【図2】実験1におけるRIB 1028株の増殖状況を示す対数グラフである。
【図3】実験1におけるRIB 6001株の増殖状況を示す対数グラフである。
【図4】実験1におけるRIB 2010株の増殖状況を示す対数グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳述する。
【0015】
本発明は、真核微生物を培養する方法である。前記真核微生物としては特に限定されず、例えば、酵母類、藻類、カビ類、担子菌類等が挙げられる。なかでも、醸造等に利用される酵母(Saccharomyces cereviseae)やコウジカビ(Aspregillus)を培養する際に、本発明に係る培養方法を好適に用いることができる。
【0016】
本発明に係る培養方法は、前記真核微生物に520nm以上の波長の可視光線を照射して、前記真核微生物の増殖を促進する工程を有しているものである。
【0017】
前記520nm以上の波長の可視光線としては、例えば、黄色光、橙色光、赤色光等が挙げられるが、なかでも、黄色光を照射したときに、顕著な増殖促進効果が見られる。
【0018】
前記520nm以上の波長の可視光線の光強度としては、1〜100μmolm−2−1であることが好ましく、より好ましくは10〜65μmolm−2−1である。1μmolm−2−1未満であると、光強度が不充分で、充分な増殖促進効果が見られないことがあり、100μmolm−2−1を超えると、光強度が高すぎて、光照射対象の真核微生物に悪影響が及ぶことがある。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施
例のみに限定されるものではない。
【0020】
<実験1>黄色光照射下における酵母の培養
独立行政法人酒類総合研究所より入手した下記の酵母(Saccharomyces cereviseae)を、試験用の株として使用した。
【0021】
・RIB 1028株(ワイン酵母)
・RIB 6001株(清酒酵母、協会1号)
・RIB 2010株(ビール酵母)
【0022】
これらの株の酵母を、YM液体培地(グルコース10g/L、ペプトン5g/L、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L、以上を蒸留水に溶解)中において、30℃で培養した。この際、条件1として、暗黒下で培養し、条件2として、30μmolm−2−1の光強度の黄色光(ピーク波長556nm)を照射しながら培養し、条件3として、30μmolm−2−1の光強度の琥珀色光(ピーク波長593nm)を照射しながら培養した。
【0023】
なお、黄色光の光源としては、ラムシード社製の白色LEDに黄色フィルタを装着したものを使用し、琥珀色光の光源としては、ラムシード社製の琥珀色LEDを使用した。なお、各照射光のスペクトルは図1に示した。
【0024】
培養開始後、0、2、4、6、12、24時間後の培地をサンプリングし、適宜希釈してヘマトサイトメータで菌数を計数し、生菌数を算出した。
【0025】
結果を表1〜3に示し、図2〜4に増殖グラフ(対数)を示した。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
表1〜3及び図2〜4に示すように、黄色光照射下における生菌数は暗黒下と比べて、RIB 1028株で培養開始6時間後に1.6倍、RIB 6001株で培養開始4時間後及び10時間後に2.1倍になり、RIB 2010株で培養開始4〜12時間後に約2倍になったことが観察され、黄色光に増殖促進作用があり、特に対数増殖期にこの促進効果が顕著であることが認められた。
【0030】
<実験2>黄色光照射下におけるコウジカビの培養
塚本鑛吉商店より入手したコウジカビ(ひかみ吟醸用コウジ)を試験用の株として使用して、コウジ10gを60℃20mLの湯に溶かし、マグネットスターラにて回転数250rpmで攪拌しながら30℃にて30分間放置した。この際、30μmolm−2−1又は60μmolm−2−1の光強度の黄色光(ピーク波長556nm、図1参照)を照射しながら培養した。また、コントロールとして、暗黒下でも培養した。各条件とも3サンプルずつ培養した。
【0031】
なお、黄色光の光源としては、ラムシード社製の白色LEDに黄色フィルタを装着したものを使用した。
【0032】
その後、上澄み液を500mL採取し、更に遠心分離して得られた上澄み液を希釈し、攪拌した後、バイオチップ上に滴下して、塚本鑛吉商店製グルコース計GM−1000を使用してグルコース濃度を測定した。結果を表4(30μmolm−2−1黄色光照射)及び表5(60μmolm−2−1黄色光照射)に示した。
【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
得られた結果より、黄色光の照射によりコウジカビのグルコース生成能が増強されていることが確認された。このため、黄色光照射によりコウジカビの活動が活性化されたものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、真核微生物を利用して、清酒を始めとする種々の醸造製品等を製造する際に、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核微生物を培養する方法であって、
前記真核微生物に520nm以上の波長の可視光線を照射して、前記真核微生物の増殖を促進する工程を有していることを特徴とする真核微生物の培養方法。
【請求項2】
前記真核微生物は、酵母又はカビである請求項1記載の真核微生物の培養方法。
【請求項3】
前記520nm以上の波長の可視光線は、黄色光である請求項1又は2記載の真核微生物の培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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