説明

真空紫外線の検出方法および定量方法

【課題】低エネルギーの電子線を利用して簡便な方法で、真空紫外線を検出して解析する方法或いは定量する方法を提供する。
【解決手段】NdをドープしたLaF3、などの金属フッ化物結晶を1〜300Pa程度の低真空雰囲気中に保持し、該金属フッ化物結晶に1〜30kVの低エネルギーの電子線を照射して真空紫外線を含む光を発光させ、次いで該発光光を集光したのち分光し、電荷結合素子検出器等を用いて真空紫外線を検出し、これを解析して、発光像や発光スペクトルを得る。更に、該真空紫外線の強度を定量する場合に、校正用標準試料として窒化アルミニウム結晶を用いて定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低エネルギーの電子線を利用した真空紫外線の検出及び定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
紫外光は一般に紫外線と称せられ、照明、害虫駆除、樹脂の硬化などに広く使用されている。昨今は、特にその波長が200〜350nmの深紫外線や、200nm以下の真空紫外線への関心が高まっている。深紫外線は、殺菌・浄水等の分野、各種医療分野、高密度記録分野、高演色発光ダイオード照明分野、光触媒と組み合わせた公害物質の分解分野での利用が期待され、既に一部は実用化されている。一方、真空紫外線は更に短い波長の光線であることから、次世代の半導体製造プロセスの中核をなすと言われるほか、発光材料としても期待されている。
【0003】
深紫外線を発光する材料としては、電子線励起により発光するダイヤモンド、六方晶窒化ホウ素、窒化アルミニウムなどが知られている。一方、真空紫外光を発光する材料としては、深紫外線のような固体発光素子は開発されておらず、重水素ランプやフッ素ガスによるレーザーなどが使用されている。しかしこの種の光源は、寿命や安定性、経済性の問題があり、可視光線において白熱電球から固体発光素子に変わってきたように、固体発光材料の開発が期待されていた。
【0004】
固体発光材料で真空紫外線を発光する代表的な方法は、非常に高いエネルギーをもつX線やγ線等の放射線で励起させる方法である。放射線による発光現象はシンチレーションとして知られ、発光波長が200nm以上の紫外線あるいは可視光線の領域では、既に種々の応用がなされている。このように、空気中を伝播する可視光線や200nm以上の紫外線が、励起源も含めて空気中あるいは自然界に存在するのに対し、真空紫外線は大気中で伝播しえず、一部の天然放射源を除いて、励起源さえ自然界に存在しないことが特徴である。産業的にシンチレーションを利用した例として、PETやX線CT等が実用化されている。これらの技術には、発光光線を真空紫外光とすることで、一層高分解能かつ安価なガスカウンター方式検出器が利用できると予想されており、真空紫外線発光の評価方法が期待されていた。
【0005】
ところで、これまでの真空紫外線の固体材料による発光は、特定の設備に限定され一般の研究施設ではなしえなかった。真空紫外線より波長の長い深紫外線についてもこのことは同様であり、最近になって分光測光型カソードルミネセンス顕微鏡による深紫外線イメージングに関する研究がなされるようになってきた(非特許文献1)。
【0006】
真空紫外線に波長が近い深紫外線固体発光装置については、前記六方晶窒化ホウ素結晶を用いた深紫外線固体発光装置に関する提案がなされ、この技術の中で、該結晶に電子顕微鏡の加速電子を照射して深紫外光を発光させ、これを楕円ミラーで集光して分光器に導き解析している(特許文献1)。当該公知技術においては、先ず、発光光が深紫外線であって、200nm以下の真空紫外線ではない。また、紫外線の発光それ自体を目的としているため、加速電子による発光試料の帯電(チャージアップ)や組成変質が問題とされず、発光光の検出に関しては何ら言及されていないだけでなく、これらの課題に対する提案もない。
【0007】
一方、電子線励起発光特性の測定と評価には、電子線励起発光検出装置が必要となる。従来の、電子線励起発光検出装置は、写真撮影を目的として開発された走査電子顕微鏡を利用して、該走査電子顕微鏡ユニットと分光・検出ユニットからなり、走査電子顕微鏡内にある電子銃から発生した電子を試料に照射し、当該試料から生じた電子線励起光を走査電子顕微鏡ユニット内に設置された集光ミラーで集光し、この光を、走査電子顕微鏡ユニットと分光・検出ユニットとをつなぐ光ファイバーで伝送する構造のものであった(特許文献2)。また、この構造の装置は、集光光の伝送を石英などの光ファイバーを使用しているため、200nm以下の真空紫外線を透過せず、200nm以下の真空紫外線の検出はできないという本質的問題を抱えていた。上記問題もあり、真空紫外線を対象とした電子線励起発光検出装置は存在せず、検出方法も未開拓であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−228886号公報
【特許文献2】特開2005−5056号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】西条浩志、鈴木康友、塩尻詢 分光測光型カソードルミネッセンス顕微鏡によるDeep UV イメージング 日本電子顕微鏡学会第65回学術講演会発表要旨集 p84(2009)
【非特許文献2】V.N.Markov,N.M.Khaidukov,N.Yu.Kirikova,M.Kim,J.C.Krupa,T.V.Ouvarova,G.Zimmerer. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 470 (2001) 290-294
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述の通り、固体材料による真空紫外線の発光は、真空紫外線よりエネルギーの高い、X線、γ線、あるいは極端に波長の短い真空紫外線が必要なため、Spring−8やUVSOR(極端紫外光研究施設:分子科学研究所)などの巨大加速器や、国内に一か所しかない原子炉で発生する放射線が使用されてきた。そのため、これらの固体発光材料の研究開発は特定の設備にのみ限定され、一般の研究施設ではなしえなかった。また、X線や放射線などを励起源に用いた場合、その性質から数mm以下に収束させることは不可能で、分析面積は数平方ミリメートルから数平方センチメートルであり、その間の平均値としてしか検出できなかった。このため、例えば走査顕微鏡で確認できた固体発光材料中の特定組成の微結晶や連続的な組成変化の材料であっても、その光学物性は分析面積の平均でしか得られず、材料物性の評価としては甚だしく不完全な結果しか得られなかった。
【0011】
一方、特許文献2を始めとする先行技術では、集光光の伝送を石英などの光ファイバーを使用しているため200nm以下の真空紫外線の検出はできず、集光光を、減衰を防ぎつつ分光検出装置に導く手段が無かった。
また、真空紫外発光材料は多くの場合非金属であり電気伝導性がないため、電子線照射によって試料表面のチャージアップや、分解や組成変質などのダメージを受ける。その結果起こる現象は、走査電子顕微鏡観察では画像が見えなくなること等であるが、電子線励起発光においては発光強度の低下となる。これらの不都合を防ぐために、走査電子顕微鏡観察では一般にカーボンや白金などを蒸着して表面の導電性を上げる処理を行うが、電子線励起発光においては、これらの処理は試料からの発光光を妨げることになるので、著しく発光強度を弱める結果となる。一方、チャージアップやダメージを防ぐ目的で、加速電圧や照射電流を小さくすると発光強度を弱めることになってしまう。特に、真空紫外線に透明性の高い金属フッ化物ではチャージアップやダメージの影響が大きく、電子線励起発光の測定が困難であった。
【0012】
真空紫外線の検出には、通常、光電子増倍管(PMT)、マルチチャンネルプレート、マイクロスフェアプレートなどが使用されることが多い。最近では、V.N.Markhovらは、巨大放射光設備DESY(Deutsches Elektronen−Synchrotron)を使用した研究で、光電子増倍管とマイクロスフェアプレートを使用している(非特許文献2)。光電子増倍管でスペクトルを得るには、回折格子の角度を変えることにより、光電子増倍管に到達する光の波長を変えて検出する必要があり、数分間の時間がかかる。マルチチャンネルプレートやマイクロスフェアプレートを多チャンネル同時検出器として用いるには、繊細かつ高度な機器で高額なため、一般的に使用できない。
【0013】
ところで、従来の紫外線から可視光線を対象とする電子線励起発光の測定装置においても同様であるが、実際の測定中には、試料のダメージが原因である発光強度の低下や、集光ミラー等が汚染されることによる発光光線の減衰、光学系のわずかな狂いによる検出光量の低下が発生する。これらに対しては、試料の代わりに試料の位置に、目的の波長に近い発光波長で且つ再現性の良い発光強度が得られ、酸化や分解などによる発光特性の変化が無い標準試料をおいて測定することで、正常な状態を確認し、必要に応じて校正等をする必要がある。特に、真空紫外領域では、波長が短いことにより光学系の精度が要求されるためこのような標準試料が重要であるが、真空紫外線の波長近辺で発光する適当な物質がなかった。
【0014】
本発明者らは、このような真空紫外発光材料に起因する諸問題を解決すべく鋭意研究した。その結果、電子顕微鏡の電子銃を電子線源として数から数十kVの低エネルギーの電子線を固体発光材料に照射したところ、予想外に、X線、γ線と同様と推定される電子遷移を経た真空紫外線が発光することを見出した。更に、走査電子顕微鏡の試料を保持する試料室の真空度に着目し、電子線源部は高真空に保持し試料室は低真空にすることにより、チャージアップの問題並びにダメージの問題を一挙に解決して、安定して真空紫外線の検出が可能になることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明によれば、
金属フッ化物結晶を低真空雰囲気中に保持し、該金属フッ化物結晶に1〜30kVの電子線を照射して真空紫外線を含む光を発光させ、次いで該発光光を集光したのち分光して真空紫外線を検出することを特徴とする真空紫外線の検出方法が提供される。
上記検出方法の発明において
1)真空紫外線を、電荷結合素子検出器を用いて検出すること
が好適である。
本発明によれば、更に
真空紫外発光試料を低真空雰囲気中に保持し、該試料に1〜30kVの電子線を照射して真空紫外線を含む光を発光させ、次いで該発光光を集光したのち分光して真空紫外線強度を定量する方法において、校正用標準試料として窒化アルミニウム結晶を用いることを特徴とする前記定量方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、電子線励起発光による真空紫外線スペクトルの測定や電子線励起発光画像の取得が安定的に且つ簡便な方法で可能となり、本来の電子顕微鏡写真と併用することにより、発光部位の特定や発光特性が把握できる。これらは、真空紫外光を発光するフィールドエミッション発光材料やレーザー発光材料、放射線により発光するシンチレータ材料の探索と評価に有効であり、電子線励起発光分野の、特に真空紫外領域の研究や材料開発に大いに寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の走査電子顕微鏡の一例の概略図である。
【図2】本図は、真空紫外発光スペクトル、発光像観察、二次電子像観察、エネルギー分散型X線分光器による元素分析のための信号処理を示す図である。
【図3】本図は、実施例で得られたNdドープLaFの発光スぺクトル図である。
【図4】本図は、本発明の走査電子顕微鏡による低真空雰囲気と高真空雰囲気で測定した場合の、発光強度の時間変化を示したグラフである。
【図5】本図は、窒化アルミニウムの室温と液体ヘリウム温度での発光スペクトル図である。
【図6】本図は、Ndの含有量を変えて測定した、発光強度による検量線である。
【図7】本図は、本発明の走査電子顕微鏡で観察した、NdドープLaFの二次電子像、真空紫外線発光像、FとNdの元素分布像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1に本発明の検出および定量方法に使用する、走査電子顕微鏡の概略図を示す。該走査電子顕微鏡は、従来の走査電子顕微鏡の基本構造を利用して真空紫外線検出用に改良されたものであるから、基本的な部品構成は従来公知の走査電子顕微鏡をそのまま準用できる。
即ち、当該走査電子顕微鏡は、電子線源となる電子銃を有する電子銃室A;収束レンズ、スキャンコイル、対物レンズなどから基本構成されるレンズ系室B;試料台、集光ミラー、二次電子検出器などから基本構成される低真空試料室C;集光ミラー、分光器(回折格子)、検出器などから基本構成される分光器室Dなどから構成されるものであり、これら基本の構成に加えて下記構成を有している。
1)試料室を低真空に保持し得る機構を有する。
2)真空紫外線を含む光を集光する集光ミラーとこの集光した光を低真空乃至大気圧の空間部を経て直接分光装置に伝送する集光伝送部を用いる。
3)測定時に、集光伝送部の集光ミラーが試料上面に設置される機構を有する。
【0019】
電子銃としては、タングステンなどのフィラメント型やフィールドエミッション型が制限なく使用できる。一般に、走査電子顕微鏡像観察や発光スペクトル観測において、空間分解能の点では、フィラメント方式の走査電子顕微鏡よりフィールドエミッション方式の走査電子顕微鏡の方が有利である。観察の条件で大きく変動するが、タングステンフィラメント方式の走査電子顕微鏡での分解能が3nm程度に対し、フィールドエミッション方式では2nm以下の高分解能が得られる。これは、フィールドエミッション方式では非常に細く収束した電子線が得られるためであり、本発明の電子線励起発光の分析においても非常に有利である。即ち、発光に関係する電子の密度(電流密度)が高いため、電子線が照射された部分の発光が強くなる。ところが、フィールドエミッション方式では、その電子銃の特性から、電子線発生源である電子銃室の真空度が10−9Pa台の高真空を必要とし、そのため試料室でも10−4Pa台の真空度が必要となり、10−2Pa台の真空度であるタングステン方式より試料室の真空度が桁違いに高い。このため、試料のチャージアップやダメージという点では著しく不利になる。フィールドエミッション方式でのこのような条件であっても、後述の低真空雰囲気での走査電子顕微鏡観察や発光測定が可能であれば、試料のチャージアップやダメージを著しく制限することができ、高分解能観察と高輝度すなわち発光強度の高い状態での分析ができる。
【0020】
収束レンズや走査用スキャンコイルは、走査電子顕微鏡に使用されている従来公知のものがそのまま採用される。電子銃から照射する電子線の加速条件は試料によって異なるが、加速電圧は1〜30kV、照射電流は10pA〜1μAが好適である。通常、電子線励起による発光は、加速電圧が高いほど、また電流値が多いほど強くなるが、試料のチャージアップやダメージも同様に激しくなる。特に金属フッ化物の場合にはその傾向が強く現れるため、試料の性質によって適切な値を選定する必要があるが、比較的高めの加速電圧と少なめの電流、即ち10〜25kV、100pA〜10nAが特に望ましい。
【0021】
本発明の方法において、真空紫外発光材料を低真空雰囲気中に保持して電子線を照射し発光させることが必須であり、このため試料室を低真空に保持することが重要である、半導体や不導体試料に対する走査電子顕微鏡観察には、試料のチャージアップやダメージを防ぐ手段として、低真空走査電子顕微鏡が知られている。その原理は、対物レンズと試料室の間にオリフィスなどの設備を設け、試料室に少量の窒素ガスを流して、電子銃室およびレンズ系室と、試料室とを別々の排気系で排気する差動排気を行うことにより試料室を低真空とするものである。試料室に微量存在する窒素ガスが電子線により一部イオン化し、陽イオンが試料表面に帯電するマイナス電荷に引き寄せられて中和することによって、試料のチャージアップやダメージを防ぐとされている。窒素ガスを用いるのは、空気中の酸素は180nm以下の真空紫外線を吸収するので、酸素を低真空試料室から除くためである。真空紫外線に吸収が無く電子線によりイオン化されるガスであれば、窒素ガスに限る必要はない。なお、多くの低真空走査電子顕微鏡における二次電子検出は、二次電子によって発生した陽イオンが、試料に到達することで流れる電流(試料電流)を検出することで行われている。
【0022】
真空紫外線の発光の対象となる物質は、通常不導体であるため、電子線照射により試料のチャージアップやダメージが発生しやすい。中でも金属フッ化物結晶は、真空紫外線の発光強度に有利になる真空紫外線に透明性の高い化合物が多いが、反面電子線照射によるフッ素原子(F)の化合物表面からの脱離と推定される劣化が非常に顕著である。結晶からのFの脱離によってその部分の結晶性が乱れ、その結果発光強度や発光スペクトルに深刻な影響を及ぼす。試料室を低真空雰囲気にして残留気体を窒素ガスにすることで、走査電子顕微鏡観察においても、電子線励起による真空紫外線を分析する上でも、試料のチャージアップやダメージを防いで正常な測定が可能になる。低真空試料室の最適な真空度は試料によって選択する必要があるが、1〜300Paの範囲が好適である。低真空下に真空紫外発光材料を保持して電子を照射することにより、材料の帯電に起因する電子顕微鏡像の不鮮明の問題や電子線照射による材料の変質が解消される。これ以上の真空度(高真空)にした場合は、試料のダメージがひどくなり、真空紫外線の発光強度が弱くなり、本発明の効果が達成されない。
【0023】
電子の照射によって真空紫外発光材料から発した真空紫外線は、集光ミラー10で集光され分光器に伝送される。本発明に使用する装置においては、集光された光を分光器に、光ファイバーなどを使用せずに直接伝送するための集光伝送部を設けられている。
【0024】
集光ミラー10とその支柱部分13並びにこれらが存在する空間が集光伝送部である。当該集光伝送部は一体となって移動可能なように分光装置16に固定されるか(図1)、或いは集光ミラーが移動可能なように低真空試料室内に固定されてもよい。なお、集光伝送部は分光装置16ではなく、分光器室Dに一体となって移動可能なように固定されていても良い。
【0025】
集光ミラー10で集光された光は、分光装置16の集光ミラー17に伝送され、さらに分光器である回折格子14に集光される。これらの集光ミラーは凹面鏡であり、真空紫外線に対応した反射率の高いものであれば材質は限定されない。回折格子で波長毎に分光された真空紫外線を、CCDなどの検出器15で検出する。回折格子および検出器は、真空紫外線に対応したものであれば特に限定されない。集光ミラー10が分光装置16に支柱13で固定されている構造の場合は、後述する分光装置の移動があってもこの間の光軸に狂いが発生しにくく、安定して分光分析が可能である。
【0026】
分光装置は、分光器室D内に固定設置されている。分光器室内は低真空試料室と同じ低圧の窒素ガス雰囲気とすることで、分光器室内での真空紫外線の減衰を防ぐことが好ましい。分光器室と低真空試料室は、好適にはベローズ式真空接続管18で接続される。二次電子像観察など真空紫外発光の測定以外の用途に用いる時には、ベローズ式真空接続管を延ばして分光器室を図1の右側方向に移動させることにより、それに連結された集光ミラーを試料上より引き離すことができる。この状態では、通常の走査電子顕微鏡として使用できる。
【0027】
本発明に使用する走査電子顕微鏡において、分光装置と低真空試料室の接続方法は上記のものに限らず、低真空試料室と分光器室の間にピンホールを有する仕切り板を設けたり、MgFなどの真空紫外線に透明な物質を窓材として設けたりしたものであっても良い。
【0028】
分光された真空紫外線は、真空紫外線に感度を持つCCD等の検出器15でそれぞれの波長によった電流に変換される。検出器としてCCDを用いた場合、CCDは2次元検出器であるため、所定の波長範囲の波長ごとの光の強度が同時に電流に変換されるので、スペクトル測定が短時間で可能となる。測定範囲の波長領域を変更するには、回折格子の角度を変更する。なお、CCDを回折格子上の真空紫外線の焦点を中心とする円周上で移動させても、同様の効果が得られる。CCDの電流信号は、画像演算装置を経てパーソナルコンピュータでスペクトルに変換されディスプレイで表示される。ここで、試料が電子線によるダメージを受けにくい性質のものの場合は、検出器として、真空紫外線に感度のある光電子増倍管を使用することができる。この場合、検出器として光電子増倍管を設置し、スペクトルを得るためには回折格子の角度を変えて光電子増倍管に到達する真空紫外線の波長を変える。この方法は、紫外線や可視光線のスペクトルを測定する際に、一般的な方法である。
【0029】
本発明に使用する走査電子顕微鏡の基本的な構成を上述したが、他の付属部品や機構は、従来公知の走査電子顕微鏡のものがそのまま転用できる。また、対象試料の元素分析を併せて行うために、前出の低真空試料室内に公知のエネルギー分散形X線分光器が併設されていると、分析の多機能化という観点では好ましい。
【0030】
本発明において、検出対象材料は、電子線照射により真空紫外線を発光する材料であれば何ら制限はなく、例えば、NdをドープしたLaF等の金属フッ化物;Al等の酸化物などの結晶材料が挙げられる。金属フッ化物結晶は、試料のチャージアップや劣化(組成の変質)が起こりやすいので、本発明の方法を用いれば特に好適に測定、解析が可能となる。試料の形状としては、平面状が望ましいが、鏡面研磨する必要はない。試料表面に凹凸がある場合、真空紫外発光光線の強度に影響することがあるが、スペクトル形状を測定する目的には粉末の形状でも問題ない。試料は、走査電子顕微鏡観察用試料台に乗せて低真空試料室に保持して電子線を照射する。
真空紫外線を検出して解析する具体的な応用例を、以下に説明する。
【0031】
<真空紫外線の発光像の測定>
検出器としてCCDを用いた場合、CCDからの信号をコンピュータで処理する際に、特定波長に対応する素子または素子群の強度信号だけを取り出すと、電子線が照射されている箇所の特定波長の強度が得られる。この状態で、一般の走査電子顕微鏡観察と同様に電子線をスキャンコイルで走査すると、位置に対応した特定波長の発光強度の分布すなわち発光像が得られる。電子線を走査する代わりに、試料位置を移動してもよい。また、CCDの代わりに回折格子で分光された真空紫外線の目的波長の位置に、真空紫外線に感度のある光電子増倍管を使用することができる。発光像を得ることに限れば、検出できる発光強度の範囲が広いことや応答速度の速さから光電子増倍管の方が望ましい。
【0032】
<走査電子顕微鏡像との複合解析>
形態観察像である二次電子像と真空紫外線の発光像を合わせて解析することは、発光強度の強い部位の形状的な特徴を明らかにすることができるため、有効な解析手法である。本装置の場合、例えばベローズ式真空接続管を延ばして分光器室を試料室から離すことにより、分光器に接続された集光ミラー10を試料から離すと、通常の走査電子顕微鏡と同様の構成になる。集光ミラー10が試料上にある場合でも通常の走査電子顕微鏡と同様に観察できるが、観察できる範囲が集光ミラー10の小孔の範囲に限られるため、観察の範囲が大きく制限を受ける。集光ミラー10を試料から離した状態では、走査電子顕微鏡の二次電子像観察に最適な加速電圧や電流密度などの諸条件を最適化する必要はあるが、容易に二次電子像が得られる。その際に、高真空雰囲気下の観察か或いは低真空雰囲気下の観察かにより、検出方法が異なる。その方法について、図2を用いて説明する。高真空雰囲気下の観察では、二次電子検出器8で検出した二次電子に対応する電流を、画像処理装置を経てコンピュータで画像に変換し、ディスプレイに表示する方法であり、一般の走査電子顕微鏡における二次電子像の観察と同様である。一方、低真空雰囲気下では、二次電子によりイオン化された窒素ガス陽イオンが試料に到達して流れる試料電流を検出し、画像演算装置を経てコンピュータで画像に変換しディスプレイに表示する。この方法の詳細は、特許文献2に記載の通りである。このようにして別々に得られた二次電子像と真空紫外線の発光像の例を図7に示す。発光部位と形状的特徴を比較することで、試料の発光位置を特定することができる。また、この解析は、以下に述べるエネルギー分散型X線分光器による元素分析にも有用である。
【0033】
<元素分布像との複合解析>
真空紫外線の発光強度は、試料中の組成によって変化するため、発光機構の解析に、元素情報は非常に有効である。この場合も、走査電子顕微鏡像取得の場合と同様に、試料から集光ミラーを遠ざけて、影響が無いようにして検出する。実際の測定に関しては、一般の方法と同様であり、エネルギー分散型X線分光器の検出器を試料周辺の所定の位置へ挿入し、電子線を照射して発生するX線を検出する。エネルギー分散型X線分光器の検出器で得られた電流を多重波高検出器と画像演算装置を経て、コンピュータで画像に変換し、ディスプレイに表示する。このようにして別々に得られた元素分布像と真空紫外線の発光像の例を図7に示す。発光部位と目的元素の分布が対応することが確認できれば、発光機構の解明に有力な根拠が得られる。
【0034】
ところで、本発明においては、発光した真空紫外線強度を再現良く測定することが、特に重要である。真空紫外発光スペクトル測定において、測定中に試料のダメージが原因である発光強度の低下や、集光ミラー等が汚染されることによる発光光線の減衰、光学系のわずかな狂いによる検出光量の低下が予想される。特に、真空紫外領域では、波長が短いことにより光学系の精度が要求される。したがって真空紫外発光スペクトルの測定を安定的に行うために、適当な校正用標準試料を用いて、走査電子顕微鏡−電子線励起発光分光分析(SEM−CL)装置全体が正常に作動していることを確認する必要がある。
【0035】
この標準試料には、次の特性が必要である。(1)試料の代わりに試料台に載せて使用できる。(2)発光波長が真空紫外領域に近い。(3)物性が安定していて、発光波長や強度に変化がない。(4)発光光線のスペクトルの形状が鋭く、発光波長の特定が容易である。(5)発光スペクトルの立ち上がりがシャープで発光量の積算が容易である。
【0036】
これらの条件に対し、単結晶AlNは、セラミックスであって安定な固体化合物であり、乾燥雰囲気に保管しておけば、酸化や分解反応などによるAlNの保管中の変質がなく、電子線照射によりダメージを受けて、組成や結晶構造が変化し発光強度が変化することもない。また、適当な形状に成形して、走査電子顕微鏡の試料台に載せることが容易で、発光した光が集光伝送部等を経て検出器に到達するまでの経路は、試料の場合と全く一致する。更に、発光波長は、深紫外線のなかでも真空紫外線に非常に近いうえ、発光強度が強く、短時間の測定で十分な強度(S/N)が得られる。従って、単結晶AlNは、本発明の、特に真空紫外線強度の定量方法における校正用標準試料として好適である。
【0037】
単結晶AlNのSEM−CLスペクトルの1例を図5に示す。室温で上段の、液体ヘリウム温度で下段のスペクトルが得られる。液体ヘリウム温度では、理論値とされるバンドギャップに対応する207nmの発光光線が得られる。純度が高く良質な結晶であるため、測定再現性が良い。この発光光線は真空紫外領域ではないが、それに非常に近い領域であるため、真空紫外発光スペクトル測定上の標準試料として好適である。単結晶AlNは、金属フッ化物結晶と異なり電子線励起発光測定環境においても非常に安定で、発光波長と発光強度の再現性に優れている。そのため、例えばこのスペクトルを基準として、SEM−CL装置が狂いのない正常な状態であることを確認できる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。また、実施例の中で説明されている特徴の組み合わせすべてが本発明の解決手段に必須のものとは限らない。また、例示した走査電子顕微鏡の細部の構造や部品は、従来公知のものがそのまま採用される。
【0039】
実施例1
図1に示す走査電子顕微鏡を用いて、10wt%のNdをドープしたLaFの、電子線励起による真空紫外線発光スペクトルを測定した。この試料は、粉末LaFに10wt%の粉末NdFを添加して溶融し、マイクロプルダウン法で単結晶化したものである。約2mmの円柱形の結晶を厚さ2mmの輪切りにし、切断面を上方にして試料台に固定した。導電コーティング処理は行っていない。測定条件は、加速電圧20kV、照射電流430pA、試料室の真空度は80Paである。図3に示すとおり、172nmに明瞭な発光スペクトルを検出した。本発明に使用する走査電子顕微鏡としては、走査電子顕微鏡本体は、日立ハイテクノロジーズ社製SU−6600型走査電子顕微鏡、CCDはAndor Technology社製DU420−BN型、回折格子は1200本/mmのものを使用した。
【0040】
実施例2
実施例1と同じ試料を用い、同じ測定条件で同一場所に20分間電子線を照射し続けて、172nmの真空紫外線の発光強度を測定したところ、図4に示すとおり、発光強度の減衰は見られなかった。通常の高真空状態(10−4Pa程度)では、通常の導電処理のためのカーボン5nmのコーティングを施して(Gatan社製model682カーボンコーター使用)も、図4に示すとおりわずか5分間で7割になり、15分間では半分以下の強度に低下した。
【0041】
実施例3
AlN単結晶を、室温と液体ヘリウム温度で、図1に示す走査電子顕微鏡を用いて電子線励起の発光を測定したところ、図5に示すスペクトルが得られた。このAlN単結晶は、AlCl/HガスとNH/Hガスを、1200〜1300℃に加熱したサファイア基板上に流す、ハライド気相成長(HVPE)法によって得られた。サファイア基板ごと一辺5mm程度に切り、走査電子顕微鏡用試料台に載せて、発光を測定した。室温測定は、低真空雰囲気(80Pa)、カーボンコーティングなしで、加速電圧20kV、照射電流5nAで測定した。液体ヘリウム温度の測定は低真空雰囲気で行うことができないため、実施例2と同様に5nmのカーボンコーティングし、高真空雰囲気、20kV、5nAで測定した。液体ヘリウム温度では、バンドギャップの理論値どおりの207nmの発光が得られている。また、室温では多少バンドギャップが変化するため、210nmの発光が得られた。この発光強度は、数時間連続の測定でも変化せず、別の日に測定しても再現した。
【0042】
実施例4
図1に示す走査電子顕微鏡を用いて測定した、0〜1wt%のNdをドープしたLaFの発光強度による検量線を、図6に示す。測定に用いた試料は、粉末NdF0wt%、0.1wt%、0.3wt%、0.5wt%、0.7wt%、1.0wt%を添加・混合した粉末LaFを、それぞれるつぼで溶融後放冷して固化して得られた固体であり、該固体を破砕し、数mm角で平坦な面を持つ破片を実施例1同様に測定した。各試料の測定値は、各試料につき3箇所ずつ測定した平均値である。
検量線は、わずかに曲率をもつ相関関係が表され、発光強度を用いて、Nd含有量の定量が可能なことを示す。この曲率は、ドープしたNd原子による自己吸収によるもので、濃度の低い範囲では無視できる。数十%の高濃度では、自己吸収による発光強度の低下が顕著になることで検量線の傾きが小さくなり、定量には不向きであった。
【0043】
実施例5
図1に示す走査電子顕微鏡を用いて、実施例1の試料について、二次電子像、電子線励起発光像、エネルギー分散型X線分光器の元素分布像(F,Nd)を測定した結果を図7に示す。試料は、SEM観察用の包埋材である低融点金属包埋材に実施例1の試料を包埋した後切断・研磨して、その切断面を測定した。なお、元素分布像(F,Nd)の測定は、堀場製作所製EMAXx−actを用い、測定条件は実施例1と同様に行った。各画像は、包埋用金属との境界部分である。二次電子像では試料作成時のわずかな研磨傷しか見えないが、電子線励起発光像では明瞭に区別できる。また、試料によるFとNdが検出されている。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、真空紫外線を発光する材料を探索することに極めて有用である。真空紫外線を発光する材料は、大きく分けると二つの産業上有用な点がある。
一つは、発光する真空紫外線の有する特徴によるものである。真空紫外線は極めて短い光であるため、次世代の半導体製造プロセスの中核をなすと言われている。深紫外線は、その生物との強い相互作用によって殺菌や消毒等に使用されているが、本来自然界に存在しない真空紫外線は生物との相互作用や化学反応に対する作用が十分に解明されておらず、非常に大きな可能性がある。真空紫外線は大気中を伝播することは不可能であるが、今回対象としているような、真空紫外線に透明性の高い金属フッ化物系の化合物であれば、その内部を伝播し必要な物体に接触させて、真空紫外線の直接照射が可能である。この場合、もともと大気中を伝播できないため、深紫外線よりむしろ安全に取り扱うことができると考えられる。このような真空紫外線において、電子線により発光させることができた意義はおおきく、フィールドエミッションディスプレイなどの技術の進歩によって、固体真空紫外発光の技術が確立すると期待される。
他の一つは、真空紫外線を発光させるために必要なエネルギーに起因するものであり、高エネルギーである放射線により発光するシンチレータ材料が有用となる。X線により発光する材料については、既に医療用PETを初めとする様々な分野で利用されている。例えば、X線が照射された時に真空紫外線を発光する材料が発見されれば、気体を電離してX線を高感度に検出するガスカウンター方式の検出器を創ることができ、安価な検出システムを作ることができる。先に掲げたPETのように、現在では非常に高価な医療用診断機器が高分解能でかつ安価に提供される。中性子線用シンチレータ材料は高価でありかつ生産量が少ないため、特定用途を除きほとんど利用されていない。ところで中性子線は窒素元素に良く吸収されるため、ニトロ化合物のような爆発物を検出することができる。そのため、中性子線用シンチレータ材料が開発されると、世界中の空港や港で、手荷物やコンテナの安全検査に使用されるといわれている。本発明は、このような真空紫外線発光材料を探索・研究する上で大変有効な手法を提供できる。
【符号の説明】
【0045】
A・・・電子銃室
B・・・レンズ系室
C・・・低真空試料室
D・・・分光器室
1・・・フィールドエミッション型電子銃
2・・・収束レンズ
3・・・スキャンコイル
4・・・対物レンズ
5・・・真空排気装置
6・・・エネルギー分散型X線分光器の検出器
7・・・オリフィス
8・・・電子線
9・・・二次電子検出器
10・・・集光ミラー
11・・・試料
12・・・試料台
13・・・支柱
14・・・(回転機能つき)回折格子
15・・・検出器
16・・・分光装置
17・・・集光ミラー
18・・・ベローズ式真空接続管
19・・・真空排気装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属フッ化物結晶を低真空雰囲気中に保持し、該金属フッ化物結晶に1〜30kVの電子線を照射して真空紫外線を含む光を発光させ、次いで該発光光を集光したのち分光して真空紫外線を検出することを特徴とする真空紫外線の検出方法。
【請求項2】
真空紫外線を、電荷結合素子検出器を用いて検出することを特徴とする請求項1に記載の真空紫外線の検出方法。
【請求項3】
真空紫外発光試料を低真空雰囲気中に保持し、該試料に1〜30kVの電子線を照射して真空紫外線を含む光を発光させ、次いで該発光光を集光したのち分光して真空紫外線強度を定量する方法において、校正用標準試料として窒化アルミニウム結晶を用いることを特徴とする前記定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−58942(P2011−58942A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−208468(P2009−208468)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】