説明

眼鏡レンズ

【課題】多層蒸着膜の中にSiO2を蒸着材料として形成された蒸着層を有する眼鏡レンズであって、優れた耐久性と良好な外観を兼ね備えた眼鏡レンズを提供すること。
【解決手段】レンズ基材上にハードコート層を介して被膜を有する眼鏡レンズ。前記被膜は、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第一の蒸着層と、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第二の蒸着層とが隣接する積層構造を含み、前記第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は5.0GPa以上、かつ圧縮応力は600MPa以下であり、前記第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度は7.5GPa以上、かつ圧縮応力は350MPa以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズに関するものであり、詳しくは、優れた耐久性と良好な外観を兼ね備えた眼鏡レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズに所望の性能を付与するために、各種機能性膜をレンズ基材上に形成することが広く行われている。眼鏡レンズの機能性膜の代表例としては、ハードコート層と反射防止膜があり、通常はレンズ基材上にハードコート層を介して反射防止膜が形成される。反射防止膜は、主に、反射すべき光の波長と膜材料の屈折率に基づき決定された光学膜厚で高屈折率材料と低屈折率材料が交互に積層された多層蒸着膜として形成される(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−265059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多層蒸着膜において主に用いられる低屈折率材料としては、二酸化珪素(SiO2)が挙げられる。しかし多層蒸着膜の中に二酸化珪素を蒸着材料として形成された低屈折率層が含まれると、耐久性を高めるために成膜条件の調整等によりSiO2蒸着層の膜硬度を高めると眼鏡レンズにレンズ基材の変形に伴う外観不良が発生しやすくなる傾向があった。即ち、多層蒸着膜の中に二酸化珪素を蒸着材料として形成された低屈折率層が含まれると、眼鏡レンズの耐久性と良好な外観を両立することは、従来困難であった。
【0005】
そこで本発明の目的は、多層蒸着膜の中にSiO2を蒸着材料として形成された蒸着層を有する眼鏡レンズであって、優れた耐久性と良好な外観を兼ね備えた眼鏡レンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた。その結果、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成される蒸着層と隣接する高屈折率層として、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成される蒸着層を採用しつつ、両蒸着層のナノインデンテーション硬度をそれぞれ所定値以上とし、かつ両層の圧縮応力をそれぞれ所定値以下とすることにより、上記目的が達成されることを新たに見出した。これは、隣接する両層のナノインデンテーション硬度がそれぞれ所定値以上であることにより両層が複合的に作用し耐久性向上に寄与することと、隣接する両層の圧縮応力がそれぞれ所定値以下であることにより、多層反射防止膜が下層のハードコート層やレンズ基材に与える応力が低くなる結果、応力歪による外観不良の発生を回避できることによるものと考えられる。
本発明は、以上の知見に基づき完成された。
【0007】
即ち、上記目的は、下記手段により達成された。
[1]レンズ基材上にハードコート層を介して被膜を有する眼鏡レンズであって、
前記被膜は、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第一の蒸着層と、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第二の蒸着層とが隣接する積層構造を含み、
前記第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は5.0GPa以上、かつ圧縮応力は600MPa以下であり、
前記第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度は7.5GPa以上、かつ圧縮応力は350MPa以下である、前記眼鏡レンズ。
[2]前記第一および第二の蒸着層は、イオンアシスト蒸着により形成されたものである、[1]に記載の眼鏡レンズ。
[3]前記被膜に導電性酸化物を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された導電性蒸着層を更に含む、[1]または[2]に記載の眼鏡レンズ。
[4]前記被膜は、レンズ基材側から、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚25〜32nmの第一層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚7〜9nmの第二層、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚360〜390nmの第三層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚10〜13nmの第四層、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚34〜38nmの第五層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚42〜45nmの第六層、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚110〜115nmの第七層、
をこの順に含む[1]〜[3]のいずれかに記載の眼鏡レンズ。
[5]レンズ基材の物体側表面および眼球側表面上に、前記第一層〜第七層を前記の順に含む被膜をそれぞれ有し、物体側表面および眼球側表面における420〜450nmの波長域のすべての光線に対する反射率が3〜8%の範囲である、[4]に記載の眼鏡レンズ。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、SiO2により形成された蒸着層を含む多層蒸着膜を有する眼鏡レンズであって、外観が良好であり、かつ優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1で作製した眼鏡レンズの凸面側表面における波長380〜780 nmにおける分光反射スペクトルである。
【図2】実施例2で作製した眼鏡レンズの凸面側表面における波長380〜780 nmにおける分光反射スペクトルである。
【図3】実施例3で作製した眼鏡レンズの凸面側表面における波長380〜780 nmにおける分光反射スペクトルである。
【図4】実施例4で作製した眼鏡レンズの凸面側表面における波長380〜780nmにおける分光反射スペクトルおよび分光透過スペクトルである。
【図5】膜応力測定方法の説明図である。
【図6】膜応力測定方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、レンズ基材上にハードコート層を介して被膜を有する眼鏡レンズに関する。本発明の眼鏡レンズは、前記被膜として、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第一の蒸着層と、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第二の蒸着層とが隣接する積層構造を含む。なお本発明において「隣接」とは、2つの層が他の層を介することなく直接接していることをいうものとする。そして本発明の眼鏡レンズにおいて前記第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は5.0GPa以上、かつ圧縮応力は600MPa以下であり、前記第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度は7.5GPa以上、かつ圧縮応力は350MPa以下である。隣接配置された第一の蒸着層と第二の蒸着層において、第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度が5.0GPa未満、または第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度が7.5GPa未満では、前記被膜の耐久性(耐磨耗性)が不十分となり長期使用に耐え得る眼鏡レンズを得ることが困難となる。一方、第一の蒸着層の圧縮応力が600MPa超、または第二の蒸着層の圧縮応力が350MPa超では、前記被膜が下層に位置するハードコート層やレンズ基材に与える応力による歪(応力歪)によって眼鏡レンズに外観不良が発生してしまう。即ち、隣接配置された第一の蒸着層、第二の蒸着層が、それぞれ上記ナノインデンテーション硬度および圧縮応力を有することで、高い耐久性と良好な外観を兼ね備えた眼鏡レンズの提供が可能となるのである。
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
【0011】
第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は、上記の通り5.0GPa以上である。第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は高いほど眼鏡レンズの耐久性向上の点から好ましいが、主成分であるSiO2の硬度および蒸着により形成される膜物性を考慮すると、7.0GPa程度が実用上の上限となり得る。一方、第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度は、上記の通り7.5GPa以上であり、上記と同様に高いほど好ましいが、主成分の硬度および蒸着により形成される膜物性を考慮すると、主成分がTa2O5の場合は8.5GPa程度、ZrO2の場合は9.0GPa程度が実用上の上限となり得る。ただし成膜条件の調整等により上記値を超えるナノインデンテーション硬度を有する蒸着層を形成することも可能である。
【0012】
一方、膜応力については上記の通り、第一の蒸着層の圧縮応力は600MPa以下、第二の蒸着層の圧縮応力は350MPa以下であり、低いほどハードコート層やレンズ基材における応力歪を低減できるため好ましくゼロであってもよい。SiO2を主成分として形成される第一の蒸着層において圧縮応力が200MPaを下回ると耐摩耗性が低下する傾向があるため、第一の蒸着層の圧縮応力は200MPa以上であることが好ましい。一方、第二の蒸着層は圧縮応力を示さず膜応力が引っ張り応力となってもよいが、200MPaを超える引っ張り応力を示す領域になると耐摩耗性が低下する傾向があるため、圧縮応力を示さず引っ張り応力を示す場合には、引っ張り応力は200MPa以下であることが好ましい。
【0013】
以上説明した第一の蒸着層は、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成され、第二の蒸着層は、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成される。なお本発明において主成分とは、蒸着源または蒸着層において最も多くを占める成分であって、通常は全体の50質量%程度〜100質量%、更には90質量%程度〜100質量%を占める成分である。蒸着源においてSiO2が50質量%程度以上含まれれば、形成される蒸着層は低屈折率層として機能し得るものとなり、蒸着源としてTa2O5またはZrO2が50質量%程度以上含まれれば、形成される蒸着層は高屈折率層として機能し得るものとなる。なお蒸着源には、不可避的に混入する微量の不純物が含まれる場合があり、また、主成分の果たす機能を損なわない範囲で他の成分、例えば他の無機物質や蒸着を補助する役割を果たす公知の添加成分が含まれていてもよい。蒸着は、真空蒸着法、イオンプレーティング法、プラズマCVD法、イオンアシスト法、反応性スパッタリング法等により行うことができ、良好な密着性を得るためにはイオンアシスト法が好ましい。また、イオンアシスト法は、比較的低温での成膜が可能でありプラスチックレンズ基材への適用が好適な点でも好ましい蒸着法である。
【0014】
第一の蒸着層および第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度および圧縮応力は、蒸着条件によって制御可能である。即ち本発明によれば、
レンズ基材上にハードコート層を介して被膜を有する眼鏡レンズの製造方法であって、
前記被膜は、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第一の蒸着層と、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第二の蒸着層とが隣接する積層構造を含み、
前記第一の蒸着層を、該層のナノインデンテーション硬度が5.0GPa以上、かつ圧縮応力が600MPa以下となる蒸着条件の下で成膜し、
前記第二の蒸着層を、該層のナノインデンテーション硬度が7.5GPa以上、かつ圧縮応力が350MPa以下となる蒸着条件の下で成膜することを特徴とする、前記製造方法、
も提供される。
【0015】
例えばイオンアシスト法については、蒸着時の真空度、加速電圧、加速電流、アシストガス(イオン化ガス)の流量および混合比を調整することで、所望のナノインデンテーション硬度および圧縮応力を有する蒸着層を形成することができる。成膜を良好に行うためには、加速電圧は50~700V程度、 加速電流は30~250mA程度とすることが好ましいため、上記範囲内で所望の膜特性に応じて成膜条件を設定することがより好ましい。イオンアシスト法において使用するアシストガス(イオン化ガス)は、酸素、窒素、またはこれらの混合ガスを用いることが成膜中の反応性の点から好ましい。所望の膜特性を実現するために予備実験を行い、所定の成膜条件で形成される蒸着層の膜特性を把握したうえで、実製造における成膜条件を決定することも好ましい対応である。
【0016】
本発明の眼鏡レンズは、前記被膜において第一の蒸着層と第二の蒸着層とが隣接する積層構造を少なくとも1つ含むことができ、所望の性能(例えば反射防止性能)に応じて、2つ以上の上記積層構造を含むこともできる。また、第一の蒸着層/第二の蒸着層/第一の蒸着層、または第二の蒸着層/第一の蒸着層/第二の蒸着層、といった3層以上の積層状態で第一の蒸着層と第二の蒸着層が隣接配置された積層構造を含むことも可能である。また前記被膜には、第一の蒸着層、第二の蒸着層以外の層が含まれていてもよい。例えば前記被膜は、眼鏡レンズが帯電し塵や埃が付着することを防ぐために、導電性酸化物を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された一層または二層以上の蒸着膜(以下、「導電性酸化物層」ともいう。)を更に含むこともできる。当該導電性酸化物層を設けることで、前記被膜側のレンズ表面において、例えば5x109〜9x1010Ω/□程度の表面抵抗値を実現することができ、これによりレンズ表面への塵や埃の付着を効果的に抑制することが可能となる。上記導電性酸化物としては、眼鏡レンズの透明性を低下させることのないように透明導電性酸化物として知られる酸化インジウム、酸化スズ、酸化亜鉛、およびこれらの複合酸化物を用いることが好ましく、透明性および導電性の観点から特に好ましい導電性酸化物としては、インジウム−スズ酸化物(ITO)を挙げることができる。上記導電性酸化物層の厚さは4nm〜6nm程度とすることが、反射防止性能と眼鏡レンズの透明性を良好に維持するうえで好ましい。また、前記被膜に含まれる第一の蒸着層の総厚は300nm〜600nmとすることが、より優れた耐久性を有する眼鏡レンズを得るうえで好ましい。一方、前記被膜に含まれる第二の蒸着層の総厚は、例えば50nm〜100nm程度とすることができるが、特に限定されるものではない。
【0017】
本発明の眼鏡レンズは、前記被膜をハードコート層を介してレンズ基材上に有するものであり、当該被膜をレンズ基材の一方の面のみに有してもよく、両面に有していてもよい。また、異なる積層状態の前記被膜をレンズ基材の物体側表面、眼球側表面にそれぞれ有していてもよい。なお物体側表面とは、本発明の眼鏡レンズが枠入れされて作製された眼鏡が装用された際に物体側に配置される面をいい、眼球側表面とは眼球側に配置される面をいう。ハードコート層としては、アクリル化合物を含む硬化性組成物または有機ケイ素化合物および金属酸化物粒子を含む硬化性組成物を用いて形成される硬化膜等を挙げることができる。ハードコート層の具体例としては、特許第4220232号公報段落[0025]〜[0028]に記載の方法により形成される硬化膜を挙げることができるが、これに限定されるものではなくレンズ基材表面より高硬度であって耐久性向上に寄与する膜であればよい。また、レンズ基材と前記被膜の間には、ハードコート層以外の機能性膜が存在していてもよい。そのような機能性膜としては、例えば密着性向上のためのプライマー層(接着層)を挙げることができる。レンズ基材と前記被膜との間に存在する層の膜厚は、例えば各層について0.5〜10μm程度であるが、各層が所期の機能を発揮し得る範囲に設定すればよく、特に限定されるものではない。なおレンズ基材は、保管時ないし流通時の傷の発生を防止するためにハードコート層付きで市販されているものもあり、本発明ではそのようなレンズ基材を使用することもできる。
【0018】
レンズ基材としては、特に限定されるものではなく、眼鏡レンズのレンズ基材に通常使用される材料、例えば、ポリウレタン、ポリチオウレタン、ポリカーボネート、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート等のプラスチック、無機ガラス、等からなるものを用いることができる。レンズ基材の厚さおよび直径は、特に限定されるものではないが、通常、厚さは1〜30mm程度、直径は50〜100mm程度である。本発明の眼鏡レンズが視力矯正用の眼鏡レンズの場合、レンズ基材としては、屈折率ndが1.5〜1.8程度のものを使用することが通常である。レンズ基材としては、通常無色のものが使用されるが、透明性を損なわない範囲で着色したものを使用することもできる。
【0019】
ところで、前記被膜は反射防止膜に限られず、所定波長域の光を選択的に反射し眼鏡装用者の眼に入射する光の量を低減する機能を果たす反射層(カット層)として機能するものであってもよい。反射することが好ましい光の一例としては、紫外線が挙げられる。また、近年普及している液晶モニター、特にLED液晶モニターは、紫外線の波長に近い420nm〜450nm程度の波長を持つ、いわゆる青色光と呼ばれる短波長光を強く発光する。そのため、パソコン等を長時間使用する際に生じる眼精疲労や眼の痛みを効果的に低減するために、前記被膜として青色光反射機能を有する被膜を形成することも好ましい。この点について本発明者らは鋭意検討を重ね、レンズ基材側から、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚25〜32nmの第一層、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚7〜9nmの第二層、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚360〜390nmの第三層、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚10〜13nmの第四層、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚34〜38nmの第五層、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚42〜45nmの第六層、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚110〜115nmの第七層、をこの順に含むように前記被膜(以下、「青色光反射膜」ともいう。)を形成することで、当該被膜を有する側のレンズ表面において420〜450nmの波長域の入射光を反射する性質を有する眼鏡レンズが得られることを、新たに見出した。上記青色光反射膜は、低屈折率層であるSiO2を主成分とする蒸着層と、高屈折率層であるTa2O5またはZrO2を主成分とする蒸着層が上記の順に、眼鏡レンズに青色光を反射する機能を付与することを目的として膜材料の屈折率と反射すべき青色光の波長に基づく光学的シミュレーションにより決定した上記膜厚で積層されていることで、上記青色光反射膜を有する側のレンズ表面において420〜450nmの波長域の入射光(青色光)を反射する性質をもたらすものである。また、前記膜材料が前記の膜厚で堆積した多層蒸着膜は透明性が高いため、この膜の存在により眼鏡レンズの透明性を大きく低下させることはない。ここで、420〜450nmの波長域のすべての光線に対して3%以上の反射率を示すことを、上記の反射する性質(反射性能)を有するというものとする。上記反射率が3%以上であれば、眼鏡レンズにより青色光が遮断されて刺激が低減されていることを眼鏡装用者が認識することができるからである。また、上記反射率は8%以下であることが好ましい。これは、以下の理由による。
眼鏡装用者の眼に入射する光は物体側表面から入射する光に限られず、斜め後方からレンズの眼球側表面に入射した光も、眼球側表面からの反射光として装用者の眼に入射する。そしてこの眼球側表面からの反射光には、眼球側表面を反射面とする光のほかに、眼球側から入射し物体側表面で反射され戻り光としてレンズから出射する光も含まれる。物体側表面で多くの青色光を反射しようと物体側表面に設ける青色光反射膜の青色光反射率を高めるほど、眼球側表面から入射した青色光が物体側表面に設けた青色光反射膜で反射し戻る量も多くなるため、結果的に戻り光として眼に入射する青色光が多くなり、これが眼に負担を掛けることになる。また、眼鏡レンズの眼球側表面に上記反射率が8%を超えるほどの青色光反射性能が付与されると、眼球側から入射した青色光が眼球側表面で反射して眼鏡装用者の眼に入射する量が多くなり、やはり眼鏡装用者の眼に大きな負担を掛けることになるからである。
【0020】
本発明の眼鏡レンズには、物体側表面、眼球側表面のいずれか一方のみに前記青色光反射膜を設けることができる。眼鏡装用者の眼に入射する青色光の多くは物体側表面から入射するが、物体側表面から入射した青色光は、眼球側表面に設けられた青色光反射膜によっても反射され得る。物体側表面から入射する青色光を効果的に遮断するためには、前記青色光反射膜をレンズ両面のいずれか一方のみに設ける場合には、物体側表面に設けることが好ましい。また、上記した理由から眼鏡レンズの片面のみに多くの青色光反射性能を付与することは望ましくないが、その反面、眼鏡装用者の眼に入射する青色光を少なくすることは、眼鏡装用者の眼への負担の軽減につながる。したがって本発明の眼鏡レンズは、眼鏡レンズの物体側表面と眼球側表面に青色光反射性能を分散して付与することで、眼鏡レンズ全体として高い青色光反射性能を実現することが望ましい。この点から本発明の眼鏡レンズに青色光反射性能を付与する場合には、物体側、眼球側の両表面に前記青色光反射膜を設けることが好ましい。なお前記青色光反射膜をレンズ両面に設ける場合、前記分光透過率の合計が15%以下、更には12%以下、例えば9〜11%程度となるようにレンズ両面に青色光反射性能を分散付与することが、眼鏡装用者に良好な視野を与えるうえで好ましい。物体側表面、眼球側表面に同等の青色光反射性能を付与してもよく(例えば物体側表面、眼球側表面でそれぞれ前記反射率を5%程度とすることができる)、いずれか一方に多くの青色光反射性能を付与してもよい。後者の場合には、物体側表面に多くの青色光反射性能を付与することが、青色光の多くを効果的に遮断しつつ眼球側表面から入射する光が戻り光となり眼鏡装用者の眼に入射する量を少なくするうえで好ましい。
【0021】
本発明の眼鏡レンズは、以上説明した被膜の表面に、ハードコート層、撥水層等の公知の機能性膜を有することもできる。前記被膜の上に有機ケイ素化合物を含む撥水層を直接設ける場合には、密着性の観点から、前記被膜の最外層は第一の蒸着層とすることが好ましい。
【0022】
眼鏡レンズは眼鏡装用者に良好な視界をもたらすために高い透明性を有することが望ましい。この点から本発明の眼鏡レンズは、例えばレンズ基材がカラーが施されていない無色レンズの場合、視感透過率として90%以上、更には95%以上、例えば95〜99%の範囲の高い透明性を有することが好ましい。なお本発明における視感透過率とは、JIS T7330にしたがい測定される値とする。本発明の眼鏡レンズを、眼鏡店において、または眼鏡店からの受注を受けた製造メーカーにおいて眼鏡に加工することで、優れた耐久性と良好な外観を有する眼鏡を提供することが可能となる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例により更に説明するが、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0024】
実施例および比較例におけるナノインデンテーション硬度および膜応力の測定方法を以下の通りであり、測定値は下記の表に示す。なおナノインデンテーション硬度および膜応力(圧縮応力ないし引っ張り応力)の測定方法は公知であり、具体的には例えば以下の測定方法により求めることができる。
【0025】
(1)ナノインデンテーション硬度の測定
ガラス基板上に、各層形成時と同一条件でイオンアシスト蒸着により各層と同一膜厚の単層蒸着膜を成膜した。得られた蒸着膜の硬度をナノインデンテーション法により測定した。測定には超微小押し込み硬さ試験機(「ENT−1100a」、ELIONIX社製)を用い、ダイヤモンド製のBerkovich圧子を用い、測定荷重10〜100mNの範囲で負荷−除荷曲線を測定し、硬度(ナノインデンテーション硬度)を算出した。
【0026】
(2)膜応力の測定
洗浄機にて洗浄済みの円盤状モニターガラス(直径70mm)の表面上に、耐熱テープを5〜8mm×30〜40mmのサイズで貼り付けた。この上に、図5に模式図を示すように、平板状のカバーガラス(以下、「基板」ともいう。)をモニターガラス表面上に、モニターガラスとの貼り付きを防ぐために、一方の端部が上記耐熱テープ上に載るように配置した後、カバーガラスの上記端部を耐熱テープで固定した。このカバーガラス付きモニターガラスを蒸着装置内に導入し、各層形成時と同一条件でイオンアシスト蒸着により各層と同一膜厚の単層蒸着膜をカバーガラス表面上に成膜した。
上記成膜後、モニターガラス上からカバーガラスを外し、図6に示すように一端を固定した状態で水平面からの変位量を測定し、下記のStoney式により膜応力σを求めた。
【0027】
【数1】

【0028】
[式中、Es:基板のヤング率、ts:基板の厚み、vs:基板のポアッソン比、L:基板の長さ、tf:蒸着膜の厚み、d:変位量]
【0029】
[実施例1]
両面が光学的に仕上げられ予めハードコートが施された、物体側表面が凸面、眼球側表面が凹面であるプラスチックレンズ基材(HOYA(株)製商品名アイアス、屈折率1.6、無色レンズ)の凸面側のハードコート表面に、アシストガスとして酸素ガスおよび窒素ガスを用いて、表1に示す条件でイオンアシスト法により合計8層の蒸着膜を順次形成した。なお本実施例および後述の実施例、比較例では、不可避的に混入する可能性のある不純物を除けば表中に記載の酸化物からなる蒸着源を使用した。以下に示す膜厚は、成膜条件から算出された物理膜厚である。8層目の蒸着膜を形成した後、当該層の上に9層目の膜として撥水層を、フッ素置換アルキル基含有有機ケイ素化合物である信越化学工業(株)製KY130およびKY500を質量%で50%:50%となるように混合した混合物を蒸着源として、ハロゲン加熱により蒸着を行い形成した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
[実施例2]
1層目〜8層目の蒸着膜を形成する条件を、表3に示すように変更した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0033】
【表3】

【0034】
【表4】

【0035】
[実施例3]
各蒸着膜を形成する条件を表5に示すように変更して合計7層の蒸着膜からなる多層蒸着膜を形成した後に撥水層を作製した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0036】
【表5】

【0037】
【表6】

【0038】
[比較例1]
SiO2を蒸着源とする蒸着膜の形成条件を、表7に示すように変更した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0039】
【表7】

【0040】
【表8】

【0041】
[比較例2]
SiO2を蒸着源とする蒸着膜の形成条件を、表9に示すように変更した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0042】
【表9】

【0043】
【表10】

【0044】
[比較例3]
Ta2O5を蒸着源とする蒸着膜の形成条件を、表11に示すように変更した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0045】
【表11】

【0046】
【表12】

【0047】
[比較例4]
Ta2O5を蒸着源とする蒸着膜の形成条件を、表13に示すように変更した点以外は実施例1と同様の方法で成膜を行った。
【0048】
【表13】

【0049】
【表14】

【0050】
評価方法
(1) 外観:実施例、比較例で作製した眼鏡レンズを目視で観察し、干渉色の色ムラおよび干渉色変化が観察されるものを×、観察されず製品レンズとして好適な外観を有するものを○と評価した。干渉色の色ムラおよび干渉色変化は、レンズ基材の変形に起因して生じる現象である。
(2) 耐摩耗性試験1:新東科学(株)製往復摩擦磨耗試験機にて、上記成膜を行ったレンズ表面(凸面)に、荷重2.5kgでスチールウール(ボンスター製#00000)を用いて20往復摩耗テストを行い、目視でキズが観察されるものを×、観察されないものを○と評価した。
(3) 耐摩耗性試験2:下記工程(a)〜(f)によりベイヤー値を測定した。ベイヤー値が低いほど、耐摩耗性が低いことを意味する。
(a) 基準レンズ(プラスチックレンズ基板 HOYA株式会社製HL70、屈折率1.50)1枚、各実施例、比較例で作製したレンズ2枚を用意。
(b) 摩耗試験前にヘイズ値測定。
(c) 磨耗試験機HBテスター(HOYA株式会社にて作製)にて摩耗試験(砂による表面摩耗600往復)。
(d) ヘイズ値測定装置(株式会社村上色彩技術研究所製HM150)を使用し、摩耗試験後のヘイズ測定。
(e) ヘイズ値算出(摩耗後ヘイズ−摩耗前ヘイズの2枚平均)。
(f) ベイヤー値算出(基準レンズのヘイズ値/サンプルレンズのヘイズ値)
【0051】
以上の結果を、下記表15に示す。
【0052】
【表15】

【0053】
表15に示す結果から、隣接する第一の蒸着層(SiO2層)と第二の蒸着層(Ta2O5層またはZrO2層)のナノインデンテーション硬度および圧縮応力を、それぞれ前記した範囲とすることで、従来困難であった、二酸化珪素を蒸着材料として形成された低屈折率層を含む多層蒸着膜を有する眼鏡レンズにおける耐久性と良好な外観の両立が可能となることが確認できる。
【0054】
青色光反射性能の評価
日立分光光度計U-4100を用いて、実施例1〜3で作製した眼鏡レンズの凸面側表面において波長380nm〜780nmにおける分光反射スペクトルを測定した。実施例1で作製した眼鏡レンズについて得られた分光反射スペクトルを図1に、実施例2で作製した眼鏡レンズについて得られた分光反射スペクトルを図2に、実施例3で作製した眼鏡レンズについて得られた分光反射スペクトルを図3に、それぞれ示す。
図1に示すように、実施例1、実施例3で作製した眼鏡レンズは、多層蒸着膜表面における波長420〜450nmの光線に対する反射率は0〜0.2%であり、青色光に対して反射性能を示さなかった。
これに対し、図2に示すように、実施例2で作製した眼鏡レンズは、多層蒸着膜表面における波長420〜450nmにおけるすべての光線に対する反射率は約5%(4.6〜5.4%)であり、青色光を反射する性質を有するものであった。
以上の結果から、本発明によれば前記の第一層〜第七層をレンズ基材側から順に形成することで、青色光反射性能を有する眼鏡レンズが得られることが示された。
また、各実施例で作製した眼鏡レンズの凸面側表面の表面抵抗値を測定したところ、いずれも約2x1010Ω/□であり、ITO蒸着層を形成したことで帯電防止機能が付与されたことが確認された。
【0055】
[実施例4]
実施例2と同様の方法で凸面側に多層蒸着膜を形成した後、凹面側のハードコート表面にも同様の条件でイオンアシスト法により多層蒸着膜を積層して、更に同様の方法で撥水層を形成して眼鏡レンズを得た。本実施例で凸面側に作製した多層蒸着膜は実施例2と同じものであるため、図2に示す反射性能を示すものである。また、凹面側に作製した多層蒸着膜も実施例2と同じものであるため、同様に図2に示す反射性能を有するものである。即ち、本実施例で作製した眼鏡レンズは、レンズ両面において、波長420〜450nmの波長域のすべての光線に対して約5%の反射率を示すものである。
【0056】
青色光反射性能の評価
実施例4で作製した眼鏡レンズの凸面側表面における波長380nm〜780nmにおける分光反射スペクトルおよび分光透過スペクトルを日立分光光度計U-4100を用いて測定し、得られたスペクトルから視覚透過率を求めた。得られた分光反射スペクトルおよび分光透過スペクトルを図4に示す。図4に示すように、実施例4で作製した眼鏡レンズは、レンズ両面に上記多層蒸着膜を有することで、420〜450nmの波長域のすべての光線を約10%カット(反射)することができるものであった。また、算出された視感透過率は97.8%であり、眼鏡レンズに求められる高い透明性を有することも確認された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、眼鏡レンズの製造分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材上にハードコート層を介して被膜を有する眼鏡レンズであって、
前記被膜は、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第一の蒸着層と、Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された第二の蒸着層とが隣接する積層構造を含み、
前記第一の蒸着層のナノインデンテーション硬度は5.0GPa以上、かつ圧縮応力は600MPa以下であり、
前記第二の蒸着層のナノインデンテーション硬度は7.5GPa以上、かつ圧縮応力は350MPa以下である、前記眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記第一および第二の蒸着層は、イオンアシスト蒸着により形成されたものである、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記被膜に導電性酸化物を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された導電性蒸着層を更に含む、請求項1または2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記被膜は、レンズ基材側から、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚25〜32nmの第一層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚7〜9nmの第二層、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚360〜390nmの第三層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚10〜13nmの第四層、SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚34〜38nmの第五層、
Ta2O5またはZrO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚42〜45nmの第六層、
SiO2を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成された、膜厚110〜115nmの第七層、
をこの順に含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
レンズ基材の物体側表面および眼球側表面上に、前記第一層〜第七層を前記の順に含む被膜をそれぞれ有し、物体側表面および眼球側表面における420〜450nmの波長域のすべての光線に対する反射率が3〜8%の範囲である、請求項4に記載の眼鏡レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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