説明

着色炭素繊維

【課題】織目模様等の表現と発色を同時に満たすような、意匠性の高い炭素繊維強化複合材料を得るための、着色された炭素繊維を提供すること。
【解決手段】入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における明度(L)が20以上である着色された炭素繊維である。その中でも、La*b*表色系における彩度(ΔCab)が2以上であるものが好ましい。更に、La*b*表色系における色差(ΔEab)が20以上であるものがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、意匠性に優れた炭素繊維強化複合材料を得るのに適した、着色された炭素繊維とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素繊維を強化繊維として用いた複合材料は、軽量で且つ強度特性に優れるため、航空宇宙産業から一般産業分野に至るまで、幅広い分野において用いられてきている。これらの複合材料は、炭素繊維に、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、PPS、PEEK等の熱可塑性樹脂からなるマトリックス樹脂が含浸された中間製品であるプリプレグから、加熱・加圧といった成形・加工工程を経て成形される場合が多い。
【0003】
炭素繊維は、典型的には、原料繊維にポリアクリロニトリル(PAN)等の前駆体繊維(プリカーサー)を使用し、耐炎化処理及び炭素化処理を経て製造されるので、黒色の繊維である。そして、このような炭素繊維は、例えば、シート状あるいは織物状の基材の形態でマトリックス樹脂と組み合わせてプリプレグとされ、その後、適当な成形品に成形・加工される。
この際、例えば、基材の炭素繊維由来の織目などの独特の模様は、優れた意匠性を発揮し、炭素繊維複合材料の特徴の一つとなっている。
【0004】
炭素繊維複合材料の着色には、成形品の表面に塗料などの着色剤で塗膜を作り発色させるのが一般的である。ところが、炭素繊維は黒色であるため、含有する着色剤(染料や顔料)の少ない透明な塗料を使用すると、炭素繊維の黒色が残り期待した発色が得られない。一方、基材の黒色をカバーするため、着色剤を多く含む不透明な塗料を使用すると、例えば、基材の織目模様が見えなくなり、炭素繊維特有の意匠性が発揮されない。これまで、マトリックス樹脂に着色剤を混ぜる方法も提案されているが(例えば、特許文献1〜3参照)、透明な着色剤を用いる場合と同様に、繊維の黒色が優勢で期待どおりの発色が得られないという問題がある。これらの問題のために、炭素繊維とマトリックス樹脂とからなる複合材料は、色の種類や変化を基調としたデザインの開発には限界があった。
【0005】
一方、黒色の色調に変化を与えた炭素繊維を得る方法として、電解表面処理により炭素繊維の凹凸を制御する方法も紹介されているが(例えば、特許文献4参照)、色度の変化はわずかであり、色調を自由に制御することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平4−80250号公報
【特許文献2】特開平2−247229号公報
【特許文献3】特開2001−271993号公報
【特許文献4】特開2008−88577号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、織目模様等の表現と発色を同時に満たすような、意匠性の高い炭素繊維強化複合材料を得るための、着色された炭素繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の前記課題は、下記の本発明によって達成される。
【0009】
本発明は、入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における明度(L)が20以上である炭素繊維である。その中でも、La*b*表色系における彩度(ΔCab)が2以上であるものが好ましい。更に、La*b*表色系における色差(ΔEab)が20以上であるものがより好ましい。
【0010】
前記本発明の炭素繊維は、炭素繊維をサイジング処理するに際し、染料又は顔料を含むサイズ剤を用いる着色方法を採用することによって製造することができる。
【0011】
本発明の他の態様は、前記の本発明の炭素繊維と、マトリックス樹脂とから得られた繊維強化複合材料である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭素繊維は彩度が高く、繊維自体を着色することで、マトリックス樹脂と組み合わせて複合材料としたときに、織目模様等の意匠性と発色効果を同時に発揮させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における明度(L)が20以上である炭素繊維である。その中でも、La*b*表色系における彩度(ΔCab)が2以上であるものが好ましい。更に、La*b*表色系における色差(ΔE*ab)が20以上であるものがより好ましい。本発明において、L*a*b*表色系における明度(L*)、彩度(ΔC*ab)及び色差(ΔEab)とは以下のように定義されるものである。
【0014】
色相や彩度を表す手段として、色立体(色空間)という概念が用いられ、その中では国際照明委員会(CIE)が定めたL*a*b*系が推奨されている(JISZ8729参照)。L*
a*b*は、色立体において三次元の座標軸を示すものであり、L*は明度を表し、L*=0がもっとも暗く(黒色)、L*=100がもっとも明るい状態(白色)を表現している。a*b*に関しては、tanθ(b*/a*)が色相を表し、それぞれ+と−の領域を持っている。即ち、原点0に垂直方向にL*軸が立っており、あるL*の値で縦軸と横軸にa*とb*が直交しており、a*が+なら赤、−なら補色の緑、b*が+なら黄色、そして−なら補色の青色を示す。そして、色々なa*b*の値の組み合わせで、中間的な色の表現がなされる。
【0015】
上記La*b*表色系において、ある色のa*b*平面状での原点からの距離が彩度と呼ばれ、彩度は、ΔC*ab=[(Δa*)+(Δb*)1/2で表される。
【0016】
上記L* a*b*表色系において、座標L、a、bの差であるΔL、Δa、Δbによって定義される二つの試料の間の距離が色差(ΔEab)であり、色差は、ΔEab=[(ΔL+(Δa+(Δb]1/2で表わされる。L=0、a=0、b=0の黒色からどれだけ離れているかを示す。
【0017】
これら明度、彩度及び色度は、サイズ剤と組み合わせて用いる染料又は顔料の種類や量を調節することにより、所望の値に調節することができる。これらの測定には、光の入射角60度に対して、受光角45度と拡散反射された反射光のスペクトルを用いている。これは炭素繊維が一般的に、光沢がある、艶があると表現される鏡面反射の割合が高い表面を有しているため、入射角と受光角が等しい鏡面反射(正反射)光では、光が強すぎ、測色評価に不向きなためである。また、反射光の強さは受光角により顕著に変化するため、評価に際しては、同一の受光角で評価することが望まれる。なお、測定方法及び装置については後述する。
【0018】
本発明の炭素繊維は、La*b*表色系における明度(L)が20以上のものの中でも、彩度(Δab)が2以上であるものが好ましい。明度が20未満もしくは彩度が2未満であるものは、真に有色であると識別しにくいので不適当である。
【0019】
本発明の炭素繊維としては、上記炭素繊維の中でも、更に、La*b*表色系における色差(ΔE*ab)が20以上であるものがより好ましい。前述のごとく、色差は、ΔEab=[(ΔL+(Δa+(Δb]1/2で表わされ、L=0、a=0、b=0の黒色からどれだけ離れているかを示すので、本発明の炭素繊維は相当に離れているので、少なくとも通常の黒色ではない。
【0020】
本発明の炭素繊維を構成する炭素繊維の原料としては特に限定するものではなく、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維等が例示できる。これらの炭素繊維のうち、取り扱い性能、製造工程通過性能に適したPAN系炭素繊維が特に好ましい。ここで、PAN系炭素繊維は、アクリロニトリル構造単位を主成分とし、イタコン酸、アクリル酸、アクリルエステル等のビニル単量体単位を10モル%以内で含有する共重合体を炭素繊維化したものである。
【0021】
本発明の炭素繊維は、マトリクス樹脂との親和性を高めるため、炭素化の後表面処理を行ってもよい。表面処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、電解処理による表面処理が好ましい。表面処理において用いる電解液としては、無機酸、無機酸塩等を用いることができるが、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸がより好ましい。これらの電解液の濃度が1〜25質量%、温度が10〜80℃、より好ましくは20〜50℃の範囲内で、繊維1gあたり10〜2000クーロン、より好ましくは200〜500クーロンの電気量で化学的・電気的酸化処理を行うのが良い。電気量が大きすぎると表面の凹凸が表面欠陥となり、繊維強度が低下するため好ましくない。
【0022】
本発明の炭素繊維は、上記の炭素繊維に染料又は顔料などの着色剤を1〜50重量%含むサイジング剤を1〜25重量%付着させることにより得られる。本発明に使用する着色剤については、種類は特に限定されず、所望の色調を有する染料及び顔料を使用することができる。
【0023】
また、本発明に使用するサイジング剤においては、種類は特に限定されず、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテル樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリイミド樹脂やその変性物が挙げられ、マトリックス樹脂により適したサイズ剤を選択する。またこれらは2種類以上を組み合わせて使用することも可能である。これらのサイジング剤付は、アセトン等の溶剤にサイジング剤を溶解させた溶液中に炭素繊維を浸漬する溶剤法も可能であるが、乳化剤等を用い水系エマルジョン中に炭素繊維を浸漬するエマルジョン法が、人体への安全性及び自然環境の汚染を防止する観点から好ましい。
【0024】
サイジング剤の付与は、スプレー法、液浸法、転写法等、既知の方法を採択し得るが、汎用性、効率性、付与の均一性に優れるので、液浸法が好ましい。サイジング処理に際しては、サイジング剤を均一に付着させた後、乾燥することが好ましい。また、サイジング処理後乾燥させた炭素繊維に、同様のサイジング処理を繰り返すことで、発色の効果を高めることができる。
【0025】
a*b*表色系における三次元座標の、測定方法及び装置について説明する。測定装置としては、変角分光測色システム GCMS-4(村上色彩技術研究所製)を用いた。測定対象物の炭素繊維の糸を、平板に密に巻きつけてサンプルを作成し、平面上で糸の長手方向に入射角をつけて照射投光し、その反射光を受光評価した。光源として、D65光源(標準光)を使用し、入射角を60度、受光角を45度とした。評価は、可視領域(380〜780nm)での反射率スペクトル及びLa*b*表色系における色相座標(a*b*)で実施した。以下、実施例により本発明を詳述する。
【実施例】
【0026】
[実施例1]
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を、常法により湿式紡糸し、前駆体繊維を得た。得られた前駆体繊維を加熱空気中で延伸しながら、240〜250℃の温度範囲内で耐炎化処理を行い、次いで窒素雰囲気中、350〜2000℃の温度範囲内で第一及び第二炭素化処理を行った。その後、電解質溶液として10質量%の硫酸アンモニウム水溶液を用い、電気量が30クーロン/gの条件で電解処理し、炭素繊維を得た。
【0027】
前記炭素繊維を、公知のエポキシ樹脂系サイジング剤と乳化剤を含む水系エマルジョン溶液に、市販の赤色顔料(株式会社クラチ製・ピカエース・No.31・レッド黄口)をサイジング剤の樹脂成分に対して5重量%添加した溶液を用いて、液浸法によりサイジング処理を行い、その後乾燥して本発明の着色炭素繊維を得た。炭素繊維へのサイズ剤の付着量は1.2重量%(顔料の付着量0.24重量%)であった。得られた炭素繊維の明度、彩度、色度は表1に示したとおりであった。
【0028】
[実施例2]
実施例1で得られた炭素繊維に、実施例1と同様のサイジング処理を再度行い、その後乾燥してサイズ剤の付着量2.0重量%(顔料の付着量0.40重量%)の本発明の着色炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の彩度、色度、樹脂含浸ストランド強度と弾性率の測定値は表1に示した。
【0029】
[比較例1]
実施例1で得られたサイジング処理前の炭素繊維に、サイジング剤に顔料を添加しなかった他は実施例1と同様の方法でサイジング処理を行い、比較用の炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の明度、彩度、色度の測定値は表1に示した。
【0030】
[比較例2]
実施例1で得られた前記電解処理前の炭素繊維を、6.3質量%の硝酸水溶液を用い、電気量が1000クーロン/gの条件で電解処理し、比較例1と同様にサイジング処理を行い、乾燥して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の明度、彩度、色度の測定値は表1に示した。
【0031】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における明度(L)が20以上である炭素繊維。
【請求項2】
入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における彩度(ΔCab)が2以上である請求項1記載の炭素繊維。
【請求項3】
入射角60度、受光角45度で可視領域の反射スペクトルを用いて測定されるLa*b*表色系における色差(ΔEab)が20以上である請求項1又は2記載の炭素繊維。
【請求項4】
炭素繊維をサイジング処理するに際し、染料又は顔料を含むサイズ剤を用いることを特徴とする炭素繊維の着色方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載の炭素繊維と、マトリックス樹脂とから得られた繊維強化複合材料。


【公開番号】特開2010−229587(P2010−229587A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−78352(P2009−78352)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】