説明

睡眠の質改善剤

【課題】本発明は、睡眠の質改善効果を十分に奏し、投与形態を問わず経口投与によっても効果が発揮され、かつ、身体への安全性が保証されている睡眠の質改善剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、S−アデノシルメチオニン含有酵母を有効成分とする睡眠の質改善剤、および、前記睡眠の質改善剤を含有する睡眠の質改善組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、睡眠の質改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
睡眠は、大脳の活動がほとんど停止しているノンレム睡眠と全身は脱力状態にあるが脳の一部は活発に活動し夢を見ているレム睡眠の2種に大別される。この2種の眠りが一定の間隔で繰り返され、眠りが形成される(図1)。良質な睡眠には、就寝からノンレム睡眠出現までの時間(入眠潜時)が短く、十分なノンレム睡眠時間と深いノンレム睡眠、特に睡眠初期の十分に深いノンレム睡眠の確保が必要である。
【0003】
しかしながら、近年、24時間社会化が進むにつれ、日本人の平均睡眠時間は大きく減少し、それと共に、睡眠への不満を訴える患者数が増加している。平成8年の健康づくりに関する意識調査によれば、21.4%の人が何らかの睡眠への不満を訴えていることが報告されている。また、加齢による睡眠の変化に着目すると、ノンレム睡眠時間が大きく減少し、睡眠の質が低下していることが報告されている。
【0004】
睡眠に対する不満として、寝つきが悪い、悪夢を見る、朝起きたとき眠気がする、ぐっすり眠った感じがしない、朝起きても疲労が残っている、昼間に眠気を感じる、等がある。これらにより仕事の効率が低下したり、思わぬ事故につながったりする。これらの原因として、睡眠時間が短いことだけではなく、良質の睡眠が得られていないことが挙げられる。すなわち、就寝からノンレム睡眠出現までの時間(入眠潜時)が長かったり、ノンレム睡眠の時間が短かったり、深いノンレム睡眠が得られていないためである。これらに対し医薬品の睡眠薬の利用が考えられる。しかし、睡眠薬利用する際には医師の診断が必要であったり、副作用として目覚めの悪さ、記憶障害、依存性などがあり、手軽に安全に利用できるものではない。また、医薬品の中には、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、バルビルツール酸系睡眠薬のように、ノンレム睡眠を減少させるものもあり、正しく使用しなければかえって睡眠の質が低下することもある。
【0005】
医薬品以外では、天然成分や飲食品からの睡眠改善剤の研究開発が盛んに行われており、種々のものが提案されている。このような睡眠改善剤の有効成分としては、例えば、ナス科ウィザニア属植物由来成分(特許文献1)、アキノワスレグサの発酵処理物(特許文献2)、茶葉由来のテアミン(特許文献3)、高麗人参エキス(非特許文献1)などが提案されている。しかしながら、入眠潜時やノンレム睡眠の時間と深さに対するこれらの成分の効果は明らかではなく、睡眠の質を改善する作用は十分ではない。
【0006】
睡眠改善剤の他の有効成分として、ビタミンB群単独、またはビタミンE群と、サイコ、センキュウ、ブクリョウおよびこれらの抽出物から選ばれる成分と、S−アデノシルメチオニンとの組み合わせ(特許文献4)、アデノシン含有化合物またはアデノシン上昇性の化合物(特許文献5)が提案されている。これらの成分も同様に、入眠潜時やノンレム睡眠の時間と深さに対する効果は明らかでなく、睡眠の質を改善する作用は十分ではない。
【0007】
一方、安定化されたS−アデノシルメチオニン(すなわちS−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩)を静脈注射または筋肉注射することにより、ノンレム睡眠(第4層)の時間を長期化できることが知られている(非特許文献2)。しかし、S−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩は、入眠潜時には影響せず、睡眠の質改善には十分といえない。さらに、投与方法として静脈注射および筋肉注射のみが示されており、適切に注射を行うための訓練が必要であること、注射時に苦痛を伴い侵襲性の面で問題があること、製剤を微生物的に厳密に管理することが必要であること、など、睡眠の質改善剤として現実に使用するには甚だ不便である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−28051号公報
【特許文献2】特開2006−62998号公報
【特許文献3】国際公開第2005/097101号明細書
【特許文献4】特開2007−277207号公報
【特許文献5】特表2006−513214号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Young Ho Rhee,et al.,Psychopharmacology,101,p.486−488(1990)
【非特許文献2】Monogr Gesamtgeb Psychiatr Psychiatry Ser,18,151−169,1978
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、睡眠の質改善効果を十分に奏し、投与形態を問わず経口投与によっても効果が発揮され、かつ、身体への安全性が保証されている睡眠の質改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記目的を達成すべく検討を重ねた。その結果、S−アデノシルメチオニン含有酵母に睡眠の質改善効果を見出し、本発明に到達した。
【0012】
本発明は、以下の発明を提供する。
〔1〕S−アデノシルメチオニン含有酵母を有効成分とする睡眠の質改善剤。
〔2〕入眠潜時を短縮する上記〔1〕に記載の睡眠の質改善剤。
〔3〕睡眠初期のノンレム睡眠を深くする上記〔1〕または〔2〕に記載の睡眠の質改善剤。
〔4〕睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合を増加する上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔5〕起床時の眠気のなさを改善する上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔6〕寝つきと熟眠感を改善する上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔7〕夢見を改善する上記〔1〕〜〔6〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔8〕疲労感を改善する上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔9〕経口剤である、上記〔1〕〜〔8〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
〔10〕上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤を含有する睡眠の質改善組成物。
〔11〕経口剤である、上記〔10〕に記載の睡眠の質改善組成物。
〔12〕S−アデノシルメチオニン含有酵母を睡眠の質改善のために使用する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、睡眠の質改善効果を十分に奏し、投与形態を問わず経口投与によっても効果が発揮され、かつ、身体への安全性が保証されている睡眠の質改善剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、一般的な睡眠のパターンを示す図である。
【図2】図2は、実施例1および比較例1〜5における、サンプル投与後6時間のマウスの累積行動量を示す図である。
【図3】図3は、実施例2および比較例6の、それぞれの睡眠ステージの割合(覚醒およびノンレム睡眠)を示す図である。
【図4】図4は、比較例7に対する実施例3の、入眠潜時の変化率を示す図である。
【図5】図5は、比較例7に対する実施例3の、睡眠初期のデルタ波パワー値の変化率を示す図である。
【図6】図6は、比較例7に対する実施例3の、因子Iの点数の変化率を示す図である。
【図7】図7は、比較例7に対する実施例3の、因子IIの点数の変化率を示す図である。
【図8】図8は、比較例7に対する実施例3の、因子IIIの点数の変化率を示す図である。
【図9】図9は、比較例7に対する実施例3の、因子IVの点数の変化率を示す図である。
【図10】図10は、比較例7に対する実施例3の、疲労感の点数の変化率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の睡眠の質改善剤は、S−アデノシルメチオニン含有酵母を有効成分とする。S−アデノシルメチオニン含有酵母とは、S−アデノシルメチオニンまたはその塩を含有する酵母である。S−アデノシルメチオニン含有酵母は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
S−アデノシルメチオニンは、アデノシンとメチオニンとがメチルスルホニウム結合を介して連結してなる化合物である。生体内のメチル化反応におけるメチル基供与体として働き、リン脂質代謝の促進、タンパクや核酸のメチル化などにおいて重要な役割を演じている。S−アデノシルメチオニンの塩としては、具体的には、S−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩、S−アデノシルメチオニン塩化物を挙げることができる。
【0017】
S−アデノシルメチオニン含有酵母は、S−アデノシルメチオニンを本来含有する酵母であってもよいし、S−アデノシルメチオニンを酵母に産生させる方法を用いて、S−アデノシルメチオニンを含有させた酵母であってもよい。S−アデノシルメチオニンを酵母に産生させる方法の例としては、酵母を培養して、酵母内(細胞内)にS−アデノシルメチオニンを産生させる方法が挙げられる。係る方法の場合、得られる培養液をそのままS−アデノシルメチオニン含有酵母として使用してもよいし、培養後に回収された酵母を、S−アデノシルメチオニン含有酵母として使用してもよい。さらに、培養後に集菌して乾燥して得られる乾燥したS−アデノシルメチオニン含有酵母を使用してもよい。本発明においては、乾燥したS−アデノシルメチオニン含有酵母を使用することが好ましい。
【0018】
S−アデノシルメチオニン含有酵母の種類は、S−アデノシルメチオニンを産生し、経口投与可能なものであれば何でもよい。例えばサッカロマイセス属に属する酵母が挙げられ、サッカロマイセス・セルビシエが好適である。
【0019】
S−アデノシルメチオニン含有酵母は種々市販されており、それら市販品を用いることができる。市販品としては例えば、三菱瓦斯化学株式会社製の「SAMe高含有乾燥酵母(商品名)」、イタリアグノーシス社製の「スーパーエッセ(商品名)」、磐田化学工業株式会社製の「アミー(商品名)」などが挙げられる。
【0020】
本発明の睡眠の質改善剤の投与量は、本発明の効果を損なわない限り特に制限は無く、また適応される被投与生体の年齢、状態などの種々の要因により適宜変えることができる。目的の効果を得る好ましい投与量としては、S−アデノシルメチオニンの量として、通常1日1mg〜2000mgであり、10mg〜1600mgが好ましく、10mg〜1000mgがより好ましく、20mg〜800mgがさらに好ましい。すなわち例えば、S−アデノシルメチオニン含有酵母中のS−アデノシルメチオニンの含有量が10質量%であった場合、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与量は、通常1日10mg〜20000mgであり、100mg〜16000mgが好ましく、100mg〜10000mgがより好ましく、200mg〜8000mgがさらに好ましい。また例えば、S−アデノシルメチオニン含有酵母中のS−アデノシルメチオニンの含有量が5質量%であった場合、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与量は、通常1日20mg〜40000mgであり、200mg〜32000mgが好ましく、200mg〜20000mgがより好ましく、400mg〜16000mgがさらに好ましい。なお、S−アデノシルメチオニン含有酵母の、S−アデノシルメチオニンまたはその塩の含有量は、3質量%以上であり、好ましくは4質量%以上であり、より好ましくは5質量%以上である。上限は特に限定されないが、15重量%以下程度でも十分な効果が得られる。
【0021】
本発明の睡眠の質改善剤の有効成分は、S−アデノシルメチオニン含有酵母である。S−アデノシルメチオニン含有酵母は、S−アデノシルメチオニンと比較して、睡眠の質を顕著に改善し、実際に後段の実施例1と比較例5において証明されているとおりである(なお、比較例5でS−アデノシルメチオニン塩を用いている理由は、S−アデノシルメチオニンは単独では不安定なためである)。また、比較例4に示すように、S−アデノシルメチオニンを含まない酵母とS−アデノシルメチオニン塩との組み合わせでも、睡眠の質を改善する効果を有しない。S−アデノシルメチオニン含有酵母が睡眠の質を改善する効果を有する理由は明確ではないが、例えば酵母菌体内において消化管からの吸収性が良好な形態になることなどが推測される。
【0022】
本発明の睡眠の質改善剤は、そのままの形態で製剤化し、最終製品(例えば、飲食品、医薬品、医薬部外品など)として用いることもできる。また、飲食品用の添加剤、医薬用の添加剤、医薬部外品用の添加剤として用いることができる。これにより、飲食品、医薬品、医薬部外品に、睡眠の質改善効果を付与することができる。
【0023】
本発明の睡眠の質改善剤は、S−アデノシルメチオニン含有酵母を有効成分としていればよく、S−アデノシルメチオニン含有酵母以外の成分を有していてもよい。その他の成分の一例としては、主に貯蔵および流通における安定性を確保する成分(例えば保存安定剤など)が挙げられる。その他、目的の最終製品(例えば、飲食品、医薬品、医薬部外品など)を構成する諸成分から選ばれる1または2以上の種類の成分(好ましくは1〜3種類程度、より好ましくは1種類程度)を予め含有しておくことも可能である。
【0024】
本発明の睡眠の質改善剤は、S−アデノシルメチオニン含有酵母以外の成分と組み合わせて睡眠の質改善組成物としてもよい。
【0025】
本発明の睡眠の質改善組成物に含まれる、S−アデノシルメチオニン含有酵母以外の成分は、本発明の目的を損なわない限り、特に限定されない。例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、着色剤、発色剤、矯味剤、着香剤、酸化防止剤、防腐剤、呈味剤、酸味剤、甘味剤、強化剤、ビタミン剤、膨張剤、増粘剤、界面活性剤などの中から、睡眠の質改善効果、製剤に必要な諸特性(例えば、製剤安定性)を損なわないものであって、最終製品の剤形に応じたものを1種または2種以上選択することができる。また、S−アデノシルメチオニン含有酵母以外の成分は、S−アデノシルメチオニン含有酵母以外の、睡眠の質改善効果を有する成分であってもよい。
【0026】
本発明の睡眠の質改善組成物の投与量は、上記本発明の睡眠の質改善剤の投与量の説明中で示した、S−アデノシルメチオニンの量の範囲となるように調整すればよい。
【0027】
本発明の睡眠の質改善組成物は、そのままの形態で、最終製品(例えば、飲食品、医薬品、医薬部外品など)として用いることができる。また、飲食品用の添加剤、医薬用の添加剤、医薬部外品用の添加剤として用いることができる。これにより、飲食品、医薬品、医薬部外品に、睡眠の質改善効果を付与することができる。
【0028】
本発明の睡眠の質改善剤および睡眠の質改善組成物の投与形態は特に限定されないが、経口投与(例えば、口腔内投与、舌下投与など)であることが好ましく、飲食品として経口投与されることがより好ましい。
【0029】
本発明の睡眠の質改善剤および睡眠の質改善組成物の剤形は、特に限定されない。経口投与される際の剤形の例としては、錠剤、カプセル剤、粉末剤(顆粒、細粒)、ソフトカプセル、液剤、シロップ剤が挙げられる。飲食品として経口投与する場合の剤形としては、通常の各種飲食品形態が例示され、例えば、粉末飲料、粉末スープ、液体飲料、液体スープなどが挙げられる。
【0030】
本発明の睡眠の質改善剤および睡眠の質改善組成物の投与時期は特に限定されないが、通常は就寝前に投与され、就寝3時間前から就寝までの間に投与されることが好ましく、就寝2時間前から就寝の間に投与されることがより好ましく、就寝1時間前から就寝の間に投与されることがさらに好ましく、就寝1時間前に投与されることが特に好ましい。
【0031】
本発明の睡眠の質改善剤の有効成分であるS−アデノシルメチオニンは、顕著な睡眠の質改善作用を有する。
【0032】
本発明における「睡眠の質」とは、睡眠により疲れた身体および脳を休めることができることを意味する。睡眠時間が長くても睡眠の質が伴わなければ、疲れを十分に取ることはできない。睡眠の質を測る指標としては、例えば、就寝からノンレム睡眠出現までの時間(以下、入眠潜時という。)、睡眠初期のノンレム睡眠の深さ、睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合、起床時の眠気のなさ、寝つき並びに熟眠感、夢見、睡眠時間の満足感および疲労感が挙げられる。このうち、入眠潜時、睡眠初期のノンレム睡眠の深さ、睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合、起床時の眠気のなさ、寝つき並びに熟眠感、夢見および疲労感が好ましい。睡眠初期のノンレム睡眠とは、就寝直後からレム睡眠の出現前に出現するノンレム睡眠を意味する。入眠潜時は、実施例に示すとおり、就寝中の脳波を測定して得られる脳波記録により確認できる。睡眠初期のノンレム睡眠の深さは、実施例に示すとおり、睡眠中の脳波のデルタ波パワー値により確認できる。デルタ波パワー値が大きくなると睡眠の深さは深くなる。睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合も、実施例に示すとおり、就寝中の脳波を測定して得られる脳波記録により確認できる。起床時の眠気のなさ、寝つき並びに熟眠感、夢見、睡眠時間の満足感および疲労感は、実施例に示すとおり、OSA睡眠調査票MA版(山本由華吏,田中秀樹,高瀬美紀,山崎勝男,阿住一雄,白川修一郎:中高年・高齢者を対象としたOSA睡眠調査票(MA版)の開発と標準化.脳と精神の医学 10:401−409,1999.)を用いて評価できる。疲労感は、実施例に示すとおり、日本疲労学会が特定保健用食品の抗疲労臨床評価における疲労感の評価方法のガイドラインに示している日本疲労学会推奨のVisual Analogue Scale(VAS)検査用紙を用いて評価できる。
【0033】
本発明における「睡眠の質を改善する」とは、上記の睡眠の質が改善または向上したことを意味する。睡眠の質が改善されていることは、例えば、入眠潜時が短縮されること、睡眠初期のノンレム睡眠が深いこと、睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合が増加していること、起床時の眠気のなさが改善されていること、寝つきと熟眠感が改善されていること、夢見が改善されていること(例えば、頻繁に夢を見ることや悪夢を見ることがなくなる)、疲労回復感の増加(疲労感の軽減)から判断できる。睡眠の質が改善されていることは、実施例の条件にて確認することができる。
【0034】
本発明の睡眠の質改善剤によれば、効果的に睡眠の質を改善することができる。また、S−アデノシルメチオニンは元来生体に含まれる物質であるから、これを有効成分とする本発明の睡眠の質改善剤は、生体に対し安全であり、利用者は安心して使用できる。さらに、本発明の睡眠の質改善剤は、下記の実施例に示すように、睡眠中の中途覚醒時間を減少させ睡眠時間を持続することができるので、疲労回復にいっそう顕著な効果が発揮されうる。よって、睡眠の質低下が関連する疾病、例えば、糖尿病、心疾患、高血圧、高脂血症、アルツハイマー等の疾病の予防・治療への応用が期待される。従って、本発明の睡眠の質改善剤は、飲食品、医薬品、医薬部外品等の最終製品として有用であり、中でも飲食品、とりわけ、健康食品などの機能性食品として有用である。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により説明する。
【0036】
1.睡眠誘発効果の評価(実施例1および比較例1〜5:マウス行動量測定)
S−アデノシルメチオニン含有酵母の睡眠誘発効果を確認するために、表1に示す各サンプルを用いて以下の試験を行った。
【0037】
S−アデノシルメチオニン含有酵母(実施例1のサンプル)は、磐田化学工業株式会社製の「アミー(商品名)」を用いた。アデノシルメチオニンを含まない酵母(比較例2のサンプル)は、日清フーズ株式会社製の「日清スーパーカメリヤドライイースト(商品名)」を用いた。S−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩(比較例3のサンプル)は、CHEMaster社製のS−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩を用いた。S−アデノシルメチオニンを含まない酵母とS−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩の混合物(比較例4のサンプル)は、比較例2のサンプルと比較例3のサンプルを混合して用いた。比較例5としてS−アデノシルメチオニン・塩化物(比較例5のサンプル)は、SIGMA社の試薬を用いた。実施例1、および、比較例1、3、4並びに5については、サンプルを0.5%メチルセルロース水溶液に懸濁して調製し、サンプル溶液として実験に供した。コントロール溶液としては、0.5%メチルセルロース水溶液(比較例1のサンプル)を用いた。
【0038】
サンプルが睡眠を誘発する機能を有する場合、サンプルを投与すると必ず行動量が低下する。そのため、サンプル溶液をマウスに投与して行動量が低下するか否かを確認することにより、サンプルの睡眠誘発効果を評価した。
【0039】
8週齢または9週齢雄性C57BL/6マウスを日本SLC株式会社より購入し、3〜6日馴化した。馴化中の行動量より、投与群分けを実施した。暗期開始直前に、サンプル溶液またはコントロール溶液をそれぞれ体重当たり10mL/kg経口投与し、投与後24時間行動量を測定した。各投与群は8匹とした(n=8)。
【0040】
行動量は以下の条件で測定した。ケージにマウスを個別に飼い、その上方に赤外線カメラを設置した。赤外線カメラの撮影範囲を64区画に分け、この区画を横切った回数を測定した。この回数を30分毎に集計した。
【0041】
表1に、実施例1および各比較例のサンプルの種類、サンプル溶液の経口投与量、および、投与後6時間の累積行動量(回/6時間)を示す。図2に、各実施例および比較例における、サンプル投与後6時間のマウスの累積行動量を示す。図2中「**」は、p<0.01において有意差があることを示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1および図2から、以下のことが分かる。
【0044】
サンプルとしてS−アデノシルメチオニン含有酵母を用いた実施例1は、コントロール溶液を投与した比較例1に比べ、投与後6時間の累積行動量が有意に低下していた。一方、比較例2〜5の投与後6時間の累積行動量と比較例1の投与後6時間の累積行動量との間には、有意差はなかった。中でもS−アデノシルメチオニンを投与した比較例2では投与後6時間の累積行動量は、コントロール溶液を投与した比較例1とほとんど差が無かった。
【0045】
これらの結果は、S−アデノシルメチオニン自体は睡眠誘発効果を示さないにもかかわらず、S−アデノシルメチオニン含有酵母は睡眠誘発効果を発揮することを示している。またこれらの結果は、S−アデノシルメチオニン・トシル酸2硫酸塩、S−アデノシルメチオニン塩化物は睡眠誘発効果を示さないことをも示している。
【0046】
2.睡眠の質改善効果の評価1(実施例2および比較例6:マウスの脳波測定)
S−アデノシルメチオニン含有酵母が睡眠の質に与える効果を確認するために、以下の試験を行い脳波を測定した。すなわち、マウス頭部に電極を装着し、記録用チャンバー内において自由行動下のマウス脳波を記録し、「覚醒」「レム睡眠」「ノンレム睡眠」の各時間を測定した。
【0047】
日本SLCより購入した8週齢雄性C57BL/6マウスに、脳波および筋電用の電極を装着した。電極装着後、回復チャンバーにて10日間回復させた。その後、記録用チャンバーに移し、ケーブルを接続した。脳波解析ソフトであるSleepSign(登録商標) Ver 3.0(キッセイコムテック株式会社)にて脳波判別可否を確認後、3日間馴化させた。その後、脳波を24時間測定し、睡眠覚醒リズムが維持されているかどうかを確認し、投与群分けを実施した。各投与群は8匹とした(n=8)。暗期開始直前に、S−アデノシルメチオニン含有酵母を0.5質量%メチルセルロース水溶液に懸濁して調製し、S−アデノシルメチオニン含有酵母として3g/kgまたはコントロール溶液を10mL/kg経口投与し、24時間脳波を記録した。コントロール溶液は、0.5質量%メチルセルロース水溶液である。記録後、脳波をSleepSign(登録商標) Ver 3.0により自動解析を行い、評価実施者がその自動解析の結果を確認して、覚醒、レム睡眠およびノンレム睡眠の各睡眠ステージに分類した。脳波測定時間(4時間)全体に対する各睡眠ステージの時間の割合を、百分率として算出し、投与直後4時間の睡眠ステージの割合とした。8匹の平均値を算出した(表2および図3)。
【0048】
【表2】

【0049】
表2および図3から、以下のことが分かる。サンプルとしてS−アデノシルメチオニン含有酵母を用いた実施例2は、コントロール溶液を投与した比較例2に比べ、覚醒時間が有意に減少し、ノンレム睡眠が有意に増加していた。なお、レム睡眠の割合は実施例2が1%、比較例6が0.7%であり、差がなかった。
【0050】
この結果は、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与により、睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合が増加しているので、睡眠の質が改善されることを示している。また、中途覚醒を減少し、睡眠時間を持続することができることが示される。
【0051】
3.睡眠の質改善効果の評価2(実施例3および比較例7:ヒトの脳波測定および睡眠感調査)
S−アデノシルメチオニン含有酵母がヒトの睡眠の質に与える効果を確認するために、表3に示す各サンプルを用いて以下の試験を行った。
【0052】
実施例3のサンプルとして、S−アデノシルメチオニン含有酵母を配合した錠剤(9錠中のS−アデノシルメチオニン含有量:88mg)を用意した。また、比較例7のサンプルとして、S−アデノシルメチオニン含有酵母を含まないプラセボの錠剤を用意した。各組成の詳細は、表3に示すとおりである。
【0053】
【表3】

【0054】
あらかじめピッツバーグ睡眠調査表で調査し、比較的睡眠状態の良くない成人男女12名をパネラーにした。これら12名のパネラーに上記実施例3のサンプルを就寝1時間前に経口摂取してもらい、2電極方式の携帯型脳波測定器を装着し、就寝中の脳波を測定した。また、同様にして、同じパネラー12名に比較例7のサンプルを就寝1時間前に経口摂取してもらい、2電極方式の携帯型脳波測定器を装着し、就寝中の脳波を測定した。翌朝、睡眠感調査票および疲労感VAS検査用紙に回答してもらった。各サンプルの投与および測定の実施回数は、パネラー各一人につきそれぞれ4回とした。なお、各パネラーの平均睡眠時間は、6.5時間であり、最も睡眠時間の短いパネラーの睡眠時間と最も睡眠時間が長いパネラーの睡眠時間の差は、2時間であり、大差はなかった。
【0055】
(脳波解析)
脳波はスリープウェル(株)に依頼して解析した。就寝(脳波測定開始)からノンレム睡眠出現までの時間を入眠潜時とした。睡眠の深さは睡眠中脳波のデルタ波パワー値によって知ることができ、デルタ波パワー値が大きいほど睡眠の深さは深い。就寝直後にノンレム睡眠が出現し、その後レム睡眠が出現する。レム睡眠が出現するまでの就寝直後のノンレム睡眠中のデルタ波パワー値を、睡眠初期のデルタ波パワー値とした。
【0056】
入眠潜時の値は、個々人により異なる。そこで、入眠潜時をパネラーごとに4回測定し、4回の測定値の平均値を算出し、パネラーごとのプラセボ摂取に対する入眠潜時の変化率(%)を下式(1)により算出した(表4および図4)。
【0057】
〔式(1)〕
入眠潜時の変化率(%)=
{(S−アデノシルメチオニン摂取後の入眠潜時の平均値)/(プラセボ摂取後の入眠潜時の値の平均値)}×100−100
【0058】
デルタ波パワー値も、入眠潜時と同様個々人により異なる。そこで、デルタ波パワー値をパネラーごとに4回測定し、4回の測定値の平均値を算出し、パネラーごとのプラセボ摂取に対するデルタ波パワー値の変化率(%)を下式(2)により算出した(表4および図5)。
【0059】
〔式(2)〕
デルタ波パワー値の変化率(%)=
{(S−アデノシルメチオニン摂取後のデルタ波パワー値の平均値)/(プラセボ摂取後のデルタ波パワー値の平均値)}×100−100
【0060】
(睡眠感調査)
睡眠感の調査には、OSA睡眠調査票MA版(山本由華吏,田中秀樹,高瀬美紀,山崎勝男,阿住一雄,白川修一郎:中高年・高齢者を対象としたOSA睡眠調査票(MA版)の開発と標準化.脳と精神の医学 10:401−409,1999.)を用いた。OSA睡眠調査票MA版は、20項目の質問から構成されており、因子I:起床時眠気(すなわち起床時の眠気のなさ)、因子II:入眠と睡眠維持(すなわち良い寝つきと熟眠感のよさ)、因子III:夢見(すなわち夢見のよさ)、因子IV:疲労回復(すなわち疲労感のなさ)を評価するものである。
【0061】
各因子の点数を計算し、各パネラーについて、摂取サンプル別に4回の平均値を算出した。パネラーごとのプラセボ摂取に対する各因子の点数の変化率(%)を下式(3)により算出した。パネラーごとの変化率について、パネラー12名の平均値を算出した(表5、図6〜9)。
【0062】
〔式(3)〕
各因子の点数の変化率(%)=
{(S−アデノシルメチオニン含有酵母摂取後の値の平均値)/(プラセボ摂取後の値の平均値)}×100−100
【0063】
(疲労感調査)
疲労感の調査には、日本疲労学会が特定保健用食品の抗疲労臨床評価における疲労感の評価方法のガイドラインに示している日本疲労学会推奨のVisual Analogue Scale(VAS)検査用紙を用いた。すなわち、一定の長さの水平な直線の左端を「疲れをまったく感じない最良の感覚」、右端を「何もできないほど疲れきった最悪の感覚」とし、パネラーが朝起きたときの感覚を、直線の左右両端に示した感覚を参考にこの直線上に×印で回答した。
【0064】
直線の左端から×印までの距離を測り、距離の数値が小さいほうが疲労を感じていないと判断した。この値を、摂取サンプルごとに4回の平均値を算出し、パネラーごとのプラセボ摂取に対する変化率(%)を下式(4)により算出した。パネラーごとの変化率について、パネラー12名の平均値を算出した(表6および図10)。
【0065】
〔式(4)〕
疲労感の変化率(%)={(S−アデノシルメチオニン含有酵母摂取後の値の平均値)/(プラセボ摂取後の値の平均値)}×100−100 ・・・(4)
【0066】
(脳波解析の結果)
【0067】
【表4】

【0068】
表4、図4および図5から、以下のことが分かる。サンプルとしてS−アデノシルメチオニン含有酵母の錠剤を経口摂取させた実施例3では、プラセボ錠を経口摂取させた比較例7に比べ、入眠潜時が短縮した。また、睡眠初期のデルタ波パワー値が大きくなり、睡眠初期のノンレム睡眠が十分深くなった。
【0069】
この結果は、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与により、入眠潜時が短縮し、睡眠初期のノンレム睡眠が深まり、睡眠の質が効果的に改善されることを示している。
【0070】
(睡眠感調査の結果)
【0071】
【表5】

【0072】
表5、図6〜9から、以下のことが分かる。サンプルとしてS−アデノシルメチオニン含有酵母の錠剤を経口摂取させた実施例3では、プラセボ錠を経口摂取させた比較例7に対する因子I(起床時の眠気のなさ)の変化率が高かった。また、因子II(入眠と睡眠維持)の点数の変化率、因子III(夢見の状態)の点数の変化率および因子IV(疲労回復)の点数の変化率も同様であった。この結果は、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与により、睡眠の質改善効果が発揮され、起床時の眠気を改善したことを示している。また、睡眠の質改善効果が発揮され、寝つきと熟眠感を改善したことを示している。また、睡眠の質改善効果が発揮され、夢見の状態を改善したことを示している。さらに、睡眠の質改善効果が発揮され、疲労回復感を増加させたことを示している。
【0073】
(疲労感調査の結果)
【0074】
【表6】

【0075】
表6および図10から、以下のことが分かる。サンプルとしてS−アデノシルメチオニン含有酵母の錠剤を経口摂取させた実施例3では、プラセボ錠を経口摂取させた比較例7と比較してマイナスに変化していた。この結果は、S−アデノシルメチオニン含有酵母の投与により、睡眠の質改善効果が発揮され、疲れを感じなくなった(疲労感が軽減した)ことを示している。
【0076】
本発明の睡眠の質改善剤および睡眠の質改善組成物の処方例を以下に示す。
【0077】
(処方例1:錠剤(1))
S−アデノシルメチオニン含有酵母290mg、ステアリン酸カルシウム5mgを常法どおり打錠し錠剤を製造した。
【0078】
(処方例2:錠剤(2))
S−アデノシルメチオニン含有酵母250mg、塩酸ピリドキシン1.6mg、シアノコバラミン10μg、葉酸33μg、結晶セルロース45mg、ステアリン酸カルシウム5mgを常法どおり打錠し、錠剤を製造した。
【0079】
(処方例3:錠剤(3))
S−アデノシルメチオニン含有酵母250mg、塩酸ピリドキシン100μg、シアノコバラミン0.2μg、葉酸12μg、結晶セルロース45mg、ステアリン酸カルシウム5mgを常法どおり打錠し錠剤を製造した。
【0080】
(処方例4:錠剤(4))
以下の原料を用いて、常法により錠剤を製造した。
【0081】
造粒品(108mg)を製造した。造粒品の各原料とその比率は以下の通りである:S−アデノシルメチオニン含有酵母(20mg)、ソルビトール(110mg)、部分α化でんぷん(15mg)、リン酸マグネシウム(75mg)、ステアリン酸カルシウム(3mg)、メントール粒子(40mg)、アスパルテーム(5mg)。
【0082】
上記造粒品、エリスリトール(1935g)およびコーンスターチ(300g)に、ヒドロキシプロピルセルロース6質量%水溶液(4000g)を加えることにより、錠剤(4)を製造した。錠剤(4)の平均粒径は290μmであった。
【0083】
(処方例5:ソフトカプセル)
以下の原料を用いて、常法によりソフトカプセルを製造した。
【0084】
まず、以下の原料を混合して内容物を調製した:S−アデノシルメチオニン含有酵母(20mg)、植物油脂(110mg)、グリセリン脂肪酸エステル(10mg)、蜜蝋(10mg)
【0085】
上記内容物と、豚ゼラチンとを用いてソフトカプセルを製造した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
S−アデノシルメチオニン含有酵母を有効成分とする睡眠の質改善剤。
【請求項2】
入眠潜時を短縮する請求項1に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項3】
睡眠初期のノンレム睡眠を深くする請求項1または2に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項4】
睡眠時間全体に占めるノンレム睡眠時間の割合を増加する請求項1〜3のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項5】
起床時の眠気のなさを改善する請求項1〜4のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項6】
寝つきと熟眠感を改善する請求項1〜5のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項7】
夢見を改善する請求項1〜6のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項8】
疲労感を改善する請求項1〜7のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項9】
経口剤である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の睡眠の質改善剤を含有する睡眠の質改善組成物。
【請求項11】
経口剤である、請求項10に記載の睡眠の質改善組成物。
【請求項12】
S−アデノシルメチオニン含有酵母を睡眠の質改善のために使用する方法。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−82641(P2013−82641A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−222254(P2011−222254)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【出願人】(390000745)公益財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【Fターム(参考)】