硝酸イオンの呈色試薬並びにこれを用いた硝酸イオンの検出及び定量方法
【課題】高い精度を有するとともに、簡便に硝酸イオンを検出することができる硝酸イオンの呈色試薬、並びにこれを用いた硝酸イオンの検出方法及び定量方法を提供すること。
【解決手段】
8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)或いは6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)等のナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬、及びこの呈色試薬と硝酸イオンを非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階を含む硝酸イオンの検出及び定量方法とする。
【解決手段】
8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)或いは6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)等のナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬、及びこの呈色試薬と硝酸イオンを非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階を含む硝酸イオンの検出及び定量方法とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硝酸イオン呈色試薬に関し、詳細には、硝酸イオンを含む溶液を簡便に呈色できる硝酸イオンの呈色試薬、並びにこれを用いて硝酸イオンを検出する方法及び硝酸イオンの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アニオンを検出或いは定量する方法として、イオンクロマトグラフ法、イオン選択電極法、比色法等が主に利用されている。イオンクロマトグラフ法は、試料溶液をイオン交換樹脂が充填されたカラムに流し、交換能の差によってアニオンを分離し、濃度測定を行う方法である。また、イオン選択電極法は試料溶液中にイオン選択電極を入れ、参照電極との間の電位差を測定することでアニオンの定量を行う方法である。
【0003】
比色法はアニオン呈色試薬と試料溶液を反応あるいは相互作用させ、吸収位置と吸光度の変化量から試料溶液中のイオン濃度を定量する方法である。この方法はイオン選択電極やイオンクロマトグラフ法に比べ、簡便で迅速な分析が行えるという利点を有する。更に、イオンクロマトグラフ法と比較すると分析に使用する装置が安価で、操作が簡便である。
【0004】
現在、硝酸イオンを定量する呈色試薬としては、ブルシンやサリチル酸ナトリウムなどが使用されている。
ブルシン(2,3‐ジメトキシストリキニジン‐10‐オン)は、硫酸の存在下で、硝酸イオンと反応すると黄色の物質を生成する。この物質の吸光度(410nm)を測定して硝酸イオンを定量する。ブルシンは、アルカロイドであるストリキニーネの類縁体であり毒性がある。また、ブルシンは、黄色の生成物の吸光度がBeerの法則に従わないため、正確な定量が困難であるという欠点がある。
【0005】
サリチル酸ナトリウムを用いた硝酸イオンの定量は、サリチル酸のニトロ化を利用した方法で、Cataldo法(非特許文献1及び2参照)と呼ばれている。サリチル酸ナトリウムは濃硝酸の存在下、硝酸イオンによって、ニトロ化される。ニトロ化されたサリチル酸ナトリウムはアルカリ条件下でキノリド型となり410nm付近に吸収を持つ黄色を呈する。この呈色反応を利用し、410nmの吸光度により硝酸イオンの定量を行う。この方法では濃硫酸を用いる必要がある。また,比較的妨害イオンが少なく操作が簡単ではあるが感度が劣る。
【0006】
非特許文献3には、硝酸イオンと1,8-ANSを反応させて呈色させることが報告されている。この文献の記載によると、まず、硝酸イオンを還元して亜硝酸イオンとし、この亜硝酸イオンによってスルファニル酸をジアゾニウム塩とする。次に、このジアゾニウム塩と1,8-ANSをカップリングさせることにより紫色のジアゾ化合物が生成する。このジアゾ化合物の吸光度を測定することで硝酸イオンの定量を行う。この呈色反応は、硝酸イオン及び1,8-ANSの他に、還元剤を用いる。
即ち、非特許文献3に記載の定量方法では多段階の操作を要し、操作が複雑であるという問題を有していた。
【非特許文献1】Caron, H; Raquet, D. Bull. Soc. Chem., 1910, 1025-1027
【非特許文献2】菅野三朗ら著;衛生化学、1968, 14, 24-29
【非特許文献3】Werner, W. Fresenius Z. Anal. Chem., 1980, 304, 117-124
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高い精度を有するとともに、硝酸イオンを含む溶液を簡便に呈色することができる硝酸イオンの呈色試薬を提供することである。
本発明の他の課題は、本発明の呈色試薬を用いて、この呈色試薬が硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより、溶液中の硝酸イオンを簡便に検出する方法及び硝酸イオンの定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬に関する。
請求項2に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化1)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬に関する。
【0009】
【化1】
請求項3に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化2)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬に関する。
【0010】
【化2】
請求項4に係る発明は、非プロトン性溶媒を含むことを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の呈色試薬に関する。
請求項5に係る発明は、非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の呈色試薬に関する。
請求項6に係る発明は、下記段階(1)乃至(3)を含む硝酸イオンの検出方法に関する。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階
請求項7に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化3)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法に関する。
【0011】
【化3】
請求項8に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化4)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法に関する。
【0012】
【化4】
請求項9に係る発明は、前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項6乃至8いずれかに記載の検出方法に関する。
請求項10に係る発明は、下記工程(1)乃至(5)を含む硝酸イオンの定量方法に関する。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得た測定結果に基づき硝酸イオン濃度を算出する工程
請求項11に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化5)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法に関する。
【0013】
【化5】
請求項12に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化6)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法に関する。
【0014】
【化6】
請求項13に係る発明は、前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項10乃至12いずれかに記載の定量方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の硝酸イオンの呈色試薬は、硝酸イオンを高い精度で検出することができる。
本発明の硝酸イオンの検出方法は、本発明の呈色試薬を用いて行われる。本発明の呈色試薬はナフタレン誘導体を含み、このナフタレン誘導体は硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより硝酸イオンを検出することができる。従って、本発明の硝酸イオンの検出方法は、呈色反応を起こすために中間体を生成する必要性がないから、簡便に硝酸イオンを検出及び定量することができるという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の硝酸イオンの呈色試薬(以下、本呈色試薬という)について説明する。
本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有し、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により、溶液中の硝酸イオンを検出可能とした硝酸イオンの呈色試薬である。
【0017】
本呈色試薬に含まれるナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体であり、好ましくは、下式(化7)で示される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(以下、1,8-ANSという)、或いは下式(化8)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(以下、2,6-TNSという)が用いられる。
【0018】
【化7】
【0019】
【化8】
【0020】
即ち、本呈色試薬は、1,8-ANS又は2,6-TNS(以下、両者合わせて1,8-ANS等という)と、硝酸イオンが呈色反応を起こすことにより、硝酸イオンの有無を検出可能とする硝酸イオンの呈色試薬である。
本呈色試薬に含まれる1,8-ANS等は如何なる形態であってもよい。例えば、本呈色試薬は、粉末状の1,8-ANS等からなる粉末状の呈色試薬であってもよく、或いは、1,8-ANS等をクロロホルム,ジクロロメタン,アセトン,ベンゼン,アセトニトリル等に溶かした液体状の呈色試薬であってもよい。
【0021】
本呈色試薬を用いたとき、前記1,8-ANS等と硝酸イオンの呈色反応は、非プロトン性溶媒の存在下で起こる。この非プロトン性溶媒とは、水酸基、アミノ基、スルホン酸基等の酸性度の高い水素原子を含まない溶媒である。一方で、酸性度の高い水素原子を含むプロトン性溶媒では水素結合を介しアニオンを強く溶媒和し、アニオンの反応性を極端に低下させるため、好ましくない。
前記非プロトン性溶媒として、クロロホルムやジクロロメタンが挙げられるが、好ましくはジクロロメタンである。この理由は、ジクロロメタンの存在下で1,8-ANS等は、硝酸イオンと選択的に呈色反応し、この呈色(紫色又はオレンジ色)が、短時間内に起こり、また色が鮮明であるからである。
【0022】
硝酸イオンの検出方法に関しては後に詳説するが、本呈色試薬で硝酸イオンの検出を行うときは、前記非プロトン性溶媒と硝酸イオンを予め混合して硝酸イオン含有溶液を作製して、この溶液に本呈色試薬を添加することにより、1,8-ANS等と硝酸イオンとの呈色反応を起こしてもよい。
【0023】
或いは、本呈色試薬は、1,8-ANS等と前記非プロトン性溶媒を含んでも良い。このように予め本呈色試薬に前記非プロトン性溶媒を含む場合は、1,8-ANSと非プロトン性溶媒の含有比(重量比)は、1:104 〜106 とされる。この理由は、1,8-ANSの重量「1」に対し、非プロトン性溶媒が「104」未満の場合は1,8-ANSが高濃度となるため吸光度測定が難しくなるため、また「106」を超えると1,8-ANSが低濃度となるため目視による色変化が確認しにくいため、いずれの場合も望ましくないからである。また、2,6-TNSと非プロトン性溶媒の含有比(重量比)は、1:104 〜106とされる。この理由は、2,6-TNSの重量「1」に対し、非プロトン性溶媒が「104」未満の場合は2,6-TNSが高濃度となるため吸光度測定が難しくなるため、また「106」を超えると2,6-TNSが低濃度となるため目視による色変化が確認しにくいため、いずれの場合も望ましくないからである。
【0024】
次に、本呈色試薬を用いた硝酸イオンの検出方法(以下、本検出方法という)について説明する。
本検出方法は、以下の3段階を含む方法である。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)本呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と本呈色試薬を、非プロトン性溶媒の存在下で呈色反応させる段階
【0025】
段階(1)は、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階である。即ち、本呈色試薬を用いて硝酸イオンを検出しようとする試料が段階(1)で準備される。
段階(2)において、本呈色試薬が準備される。前述のとおり、本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有する試薬であり、このナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含む。本呈色試薬は如何なる形態でもよく、例えば、粉末状である1,8-ANSのみで構成される粉末状の呈色試薬であってもよく、或いはクロロホルム、ジクロロメタン等に溶解した液体状の呈色試薬であってもよい。
段階(3)において、段階(1)で得た試料と段階(2)で得た本呈色試薬を、非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)の存在下で混合する。
【0026】
本検出方法においては、非プロトン性溶媒をどの段階で添加してもよい。例えば、段階(1)において、硝酸イオンと非プロトン性溶媒を含む試料を準備してもよいし、段階(2)において、非プロトン性溶媒を含んで本呈色試薬を調製してもよい。或いは、段階(3)において、非プロトン性溶媒を準備して、この非プロトン性溶媒の存在下で硝酸イオンと1,8-ANS等の呈色反応を起こさせてもよい。
【0027】
尚、前記段階(1)及び段階(2)は、いずれを先に行ってもよく、例えば、最初に、本呈色試薬を調製して、次に、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備してもよい。
【0028】
本検出方法によると、本呈色試薬に含まれる1,8-ANS等と、硝酸イオンが呈色反応を起こす。このことにより、前記混合液中の硝酸イオンの有無を確認することができる。
【0029】
次に、本呈色試薬を用いた硝酸イオンの定量方法について説明する。
本発明の呈色試薬を用いて硝酸イオンを定量する方法は以下の工程を含む。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)本呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と本呈色試薬を、非プロトン性溶媒の存在下で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得られた測定結果に基づき、硝酸イオン濃度を算出する工程
【0030】
工程(1)は、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程である。即ち、本呈色試薬を用いて硝酸イオンを定量しようとする(即ち、未知濃度の硝酸イオンを含む)試料が工程(1)で準備される。
工程(2)において、本呈色試薬が準備される。前述のとおり、本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有する試薬であり、このナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含む。本呈色試薬は如何なる形態でもよく、例えば、粉末状である1,8-ANS等のみで構成される粉末状の呈色試薬であってもよく、或いは非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)に溶解した液体状の呈色試薬であってもよい。
工程(3)において、工程(1)で準備した試料と工程(2)で得た本呈色試薬を、非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)の存在下で混合する。この溶液は、好ましくは、およそ30分静置される。
【0031】
工程(4)において、工程3で得られた溶液の吸光度を測定する。具体的には、例えば、工程3で得られたジクロロメタン溶液は、565nmにおける吸光度が測定され、吸光度が0.3以下であることを確認する。もし、吸光度が0.3を超えた場合は、工程1で得られた溶液にジクロロメタンを添加して希釈し,工程3で得られたジクロロメタン溶液の565nmにおける吸光度が0.3以下となるようにする。
工程(5)において、硝酸イオン濃度を算出する。例えば,工程2で調製した1,8-ANSのジクロロメタン溶液の濃度が2.5×10-5 mol/L溶液であり,この溶液を3mL使用したとすると,下式(数1)により、未知試料の濃度(C)が算出できる。ただし濃度の単位はmol/Lである。
【0032】
【数1】
【0033】
本発明の硝酸イオンの定量方法において、呈色試薬として1,8-ANSを使用する場合は、前記工程(3)において、硝酸イオン/1,8-ANSを、モル比で0.001〜0.3、好ましくは、0.1〜0.3とする。この理由は、値が小さすぎると吸光度変化が小さく,逆に大きすぎると発色が安定しないためである。2,6-TNSを使用する場合は、前記工程(3)において、硝酸イオン/2,6-TNSを、モル比で0.001〜1.0、好ましくは、0.1〜0.8とする。この理由は、値が小さすぎると吸光度変化が小さく,逆に大きすぎると発色が安定しないためである。
【0034】
標準液との比色により、硝酸イオンの定量を行う。この比色は、例えば、色彩色差測定、濃度反射測定、吸光度測定、透過率測定の何れかの測定による測定値の対比、または目視による対比である。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0036】
(試験例1)最適溶媒の検索と硝酸イオンに対する選択的呈色の確認
(1−1)
8-anilino-1-naphthalenesulfonic acidと硝酸イオンが溶液中で呈色反応を起こすために最適な溶媒を検索するために、以下(表1)に記載の各種溶媒を用いて、これら溶媒中で、8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)と硝酸イオンを反応させてこの溶液が呈色されるか否かを確認した。
(1−2)
さらに、本呈色試薬が、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことを確認するために、以下(表2)のアニオンのテトラブチルアンモニウム(TBA)塩に対して呈色反応が起こるか否かを確認した。表中、pKbはアニオンの塩基解離定数を示す。
(1−3)
上記(1−1)と(1−2)を確認するため、下記の方法で試験を行った。
表1に記載の各種溶媒と1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度1.000×10-4 mol/L)3 mLに、表2のアニオンのテトラブチルアンモニウム塩の各種溶媒溶液(各種テトラブチルアンモニウム塩濃度3.00×10-4 mol/L)を1mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとに写真撮影した。即ち、1,8-ANSと各TBA塩はモル濃度比1:1で混合された。混合溶液の写真を図1〜6に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
図1乃至6は、メタノール(図1)、エタノール(図2)、アセトニトリル(図3)、アセトン(図4)、クロロホルム(図5)、ジクロロメタン(図6)を溶媒とした溶液中で1,8-ANSと各TBA塩を反応させた時の溶液の写真である。
図1が示すとおり、48時間経過した時点において、メタノール中で、各種アニオンと1,8-ANSの間で呈色反応は確認されなかった。
図2が示すとおり、48時間経過した時点において、エタノール中で、各種アニオンと1,8-ANSの間で呈色反応は確認されなかった。
図3が示すとおり、アセトニトリルを溶媒とした場合、24時間後まで全ての溶液において呈色は確認できなかった。しかし48時間後に硝酸イオンの溶液は明るい黄色、リン酸二水素イオンの溶液は薄いオレンジ色、硫酸イオンの溶液は薄い赤色を呈した。
図4が示すとおり、アセトンを溶媒とした場合、12時間後にリン酸二水素イオン、硫酸イオン、フッ素イオンの溶液は薄いオレンジ色、硫酸水素イオンと臭素イオンの溶液は薄い水色、塩化物イオンの溶液は薄い黄色を呈した。これらの色は時間が経過するにつれて濃くなっていった(写真(48時間後))。
図5が示すとおり、クロロホルムを溶媒とした場合、30分後にピロリン酸イオン、リン酸二水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、フッ素イオン、塩化物イオン、硝酸イオンを加えた溶液は薄い緑色の呈色が確認できた(写真(30分後))。84時間後には、アニオンを加えていない溶液と過塩素酸イオン以外の溶液が濃い緑色を呈した。
図6が示すとおり、ジクロロメタンを溶媒とした場合は、硝酸イオンの溶液のみに2分後から紫色の呈色が見られた(写真(2分後))。この紫色の呈色は徐々に黄色へと変化し、30分後には鮮やかな黄色となった(写真(30分後))。その後、6時間後まで変化は見られなかったが、24時間後にはピロリン酸イオン、リン酸一水素イオン、硫酸水素イオン、フッ素イオン溶液に薄い紫色の呈色が見られた(写真(24時間後))。
【0040】
以上の結果から、非プロトン性溶媒中で1,8-ANSは、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことが分かった。また、この硝酸イオン選択的な呈色反応は、非プロトン性溶媒であるジクロロメタンで顕著に確認できた。
【0041】
(試験例2)硝酸塩と1,8-ANSの混合溶液のUV-visスペクトルの時間変化
ジクロロメタンを溶媒とした場合の1,8-ANSと硝酸イオンの混合溶液の呈色について、ジクロロメタン中で1,8-ANSと硝酸イオンのTBA塩のモル濃度比が1:1となるように溶液を調製し、時間ごとにUV-visスペクトルを測定した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.000×10-4 mol/L)1.5 mLに、硝酸TBA塩のジクロロメタン溶液(硝酸TBA塩濃度2.000×10-4 mol/L)を1.5 mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとにUV-visスペクトル(Perkin Elmer UV-VIS/NMR Lamnda 19)測定した。即ち、1,8-ANSと各TBA塩はモル濃度比1:1で混合された。測定結果を図7に示す。
【0042】
1,8-ANS自体(硝酸塩を加えていない)のスペクトルは、吸収極大が280nmにあり、400nm以上の可視領域には吸収を持たない。硝酸塩を加えた直後、360nm付近と570nm付近に吸収が現れ、1,8-ANS自体のスペクトルとは全く異なるスペクトルへと変化した。その後570nm付近の吸収は減少し、24時間後には360nm付近と470nm付近に吸収を持つスペクトルへと変化した。これらスペクトル変化から1,8-ANSとは異なる化学種が生成していることが分かる。
次に、この反応速度を知るため同様の条件で570nmの吸光度の時間変化を測定した(図8)。その結果、570nmの吸光度は約2分後に最大となり(反応a)、その後徐々に減少し30分後には殆ど変化が見られなくなった(反応b)。速度定数を算出するため、この反応を一次反応と仮定して時間に対して吸光度変化率の自然対数をプロットした(図9)。ただし、100秒後の吸光度をA0とした。その結果、反応aの速度定数Kaは0.0419s−1、反応bの速度定数Kbは0.0008s−1となった。反応aはbに比べ、約50倍と早い速度で起こることがわかった。
【0043】
(試験例3)TBANO3による1,8-ANSのジクロロメタン中でのUV-visスペクトルの変化と色調の変化の観察
1,8-ANSのジクロロメタン溶液(濃度2.5×10-5M)3mLに、アニオンとしてTBANO3のジクロロメタン溶液(濃度1.5×10-3M)10μLを加えた溶液を調製し(G/H=0.2)、UV-visスペクトルを2分毎に測定した。測定結果を図10に示す。図11は、565nmにおけるジクロロメタン中での1,8-ANSの吸光度の時間変化を示す。
【0044】
(試験例4)TBANO3による1,8-ANSのジクロロメタン中での色調の変化の観察
以下の表に示す1,8-ANS溶液をサンプル瓶に3mLとったものを13本用意し、それぞれに各アニオン溶液を10μLずつ加えよく振り、溶液の色の変化を観察した。観察は、目視とデジタルカメラでの撮影によって行った。結果を図12に示す。図中の番号は、以下の表のアニオンの番号を表す。
【0045】
【表3】
【0046】
図12が示すとおり、観察開始から8分後、(2)TBANO3に色調の変化が見られ、60分にかけて青紫色になった。さらに、60分を境に紫が赤みを帯び始め、徐々に赤紫、ピンク系統の色へと変化した。
【0047】
本試験例の如く、アニオン/1,8-ANS=0.2(モル比)にすると紫色に発色するには、およそ30分かかり、その後3時間たっても変化しない。したがって、このモル比(アニオン/1,8-ANS=0.2)とすることにより、硝酸イオンの定量を行うことができる。
【0048】
(試験例5)ジクロロメタン中での各種アニオンのカリウム塩/18-crown-6/1,8-ANS混合溶液の色調変化
前記の呈色反応が、対カチオンであるTBAと1,8-ANSとの呈色反応ではないことを確認するため以下の試験を行った。
対カチオンをカリウムとして、各種イオンのカリウム塩と1,8-ANSとの呈色反応を調べた。カリウム塩は有機溶媒に全く溶解しないが、クラウンエーテル(18-crown-6)が存在するとカリウムイオンが環内に包摂され、TBA同様脂溶性のカチオンとなり、有機溶媒に可溶化する(図13参照)。
各種アニオンのカリウム塩と18-crown-6の混合溶液を1,8-ANS溶液に加え、色調の変化を観察した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.00×10-4 mol/L)2mLに、以下の表(表4)に記載の濃度のカリウム塩(リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硝酸イオン、塩化物イオン、臭素イオンのカリウム塩)/18-crown-6のジクロロメタン溶液2mLを加えて、得られた混合溶液を時間ごとに写真撮影して色調の変化を確認した。即ち、各種カリウム,18-crown-6、1,8-ANSのモル濃度比は1:1:1とした。観察結果を、図14に示す。
【0049】
【表4】
【0050】
図14が示すとおり、対カチオンをカリウムイオンに代えても、対カチオンがTBAの場合と同様に硝酸イオンを加えた溶液のみが紫色を呈し、時間が経過すると黄色へと変化した。
【0051】
(試験例6)硝酸カリウム/18-crown-6−1,8-ANS混合溶液UV-visスペクトルの時間変化
対カチオンをカリウム塩とした場合のUV-visスペクトルの変化を確認するために、1,8-ANS溶液に硝酸カリウム/18-crown-6溶液を加え、時間ごとにUV-visスペクトルを測定した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.000×10-4mol/L)1.5mLに、硝酸カリウム塩、18-crown-6、及びジクロロメタンの混合溶液を1.5mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとにUV-visスペクトル測定した。尚、硝酸カリウム塩の濃度は2.08×10-4mol/Lであり、18-crown-6の濃度は2.11×10-4mol/Lである。即ち、硝酸カリウム、18-crown-6ならびに1,8-ANSのモル濃度比は約1:1:1である。測定結果を図15に示す。
図15が示すとおり、硝酸TBA塩を加えた場合と同様に、約2分後に570nm付近に吸収を持つスペクトルが現れ、その後570nmの吸光度は時間経過とともに減少、24時間後には470nm付近に吸収を持つスペクトルへと変化した。
【0052】
(試験例7)TBANO3による2,6-TNS(6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid)の各溶媒下での色調の変化の観察
2,6-TNSとTBANO3をそれぞれ約1mgずつはかりとり、これらをサンプル瓶に入れた。この操作を繰り返し行い、同じサンプルを9個作った。9個のサンプルにそれぞれ(1)アセトニトリル、(2)クロロホルム、(3)ジクロロメタン、(4)ベンゼン、(5)DMSO、(6)メタノール、(7)エタノール、(8)ヘキサン、(9)アセトンを各5mL加え攪拌し、目視とデジタルカメラでの撮影で色調の変化を観察した。結果を図16に示す。図中の番号は、前記溶媒に付した番号と対応する。
【0053】
図16が示すとおり、(3)ジクロロメタンでは溶媒を加えてすぐ黄色(オレンジ色に近い黄色)に変化し、その後徐々に色味が強くなっていった。(4)ベンゼンでは溶媒を加えて5分ほどで黄色みを帯びてきた。(レモン色)(2)クロロホルムの場合、約1時間で着色し始め,2日ほどで赤に近いオレンジ色となった。(7)エタノールではさらに着色が遅く、1週間ほどで赤みを帯びてきた。(8)ヘキサンは2,6-TNSが溶けなかった。
【0054】
前記試験例のうち、試験例5と6それぞれにおける、色調の変化とUV-visスペクトルの変化から、対カチオンはジクロロメタン中の呈色反応に関わっていないことが明らかになった。即ち、前記の呈色反応は1,8-ANSと硝酸イオンとの反応によるものである。
さらに、試験例7により、2,6-TNSと硝酸イオンが選択的に呈色反応を起こすことが分かった。
以上のとおり、本発明の呈色試薬は、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより、硝酸イオンを検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】試験例1の試験結果の写真であり、メタノールを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図2】試験例1の試験結果の写真であり、エタノールを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図3】試験例1の試験結果の写真であり、アセトニトリルを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図4】試験例1の試験結果の写真であり、アセトンを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図5】試験例1の試験結果の写真であり、クロロホルムを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図6】試験例1の試験結果の写真であり、ジクロロメタンを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図7】試験例2における、UV-visスペクトル図である。
【図8】試験例2における、570nmの吸光度の経時的変化を示す図である。
【図9】試験例2における、時間に対して吸光度の変化量の自然対数をプロットした図である。
【図10】試験例3におけるUV-visスペクトル図である。
【図11】試験例3における565nmにおける溶媒ジクロロメタン中でのTBANO3による1,8-ANSのAbs変化を示す。
【図12】試験例4におけるデジタルカメラでの撮影による観察結果である。
【図13】試験例5の試験方法の説明図である。
【図14】試験例5の試験結果の写真であり、各カリウム塩と18-crown-6の混合溶液と1,8-ANS溶液を混合した溶液の写真である。
【図15】試験例6における、硝酸カリウム/18-crown-6溶液を、1,8-ANS溶液に加えたときのUV-visスペクトル図である。
【図16】試験例7における色調の変化の観察結果である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、硝酸イオン呈色試薬に関し、詳細には、硝酸イオンを含む溶液を簡便に呈色できる硝酸イオンの呈色試薬、並びにこれを用いて硝酸イオンを検出する方法及び硝酸イオンの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アニオンを検出或いは定量する方法として、イオンクロマトグラフ法、イオン選択電極法、比色法等が主に利用されている。イオンクロマトグラフ法は、試料溶液をイオン交換樹脂が充填されたカラムに流し、交換能の差によってアニオンを分離し、濃度測定を行う方法である。また、イオン選択電極法は試料溶液中にイオン選択電極を入れ、参照電極との間の電位差を測定することでアニオンの定量を行う方法である。
【0003】
比色法はアニオン呈色試薬と試料溶液を反応あるいは相互作用させ、吸収位置と吸光度の変化量から試料溶液中のイオン濃度を定量する方法である。この方法はイオン選択電極やイオンクロマトグラフ法に比べ、簡便で迅速な分析が行えるという利点を有する。更に、イオンクロマトグラフ法と比較すると分析に使用する装置が安価で、操作が簡便である。
【0004】
現在、硝酸イオンを定量する呈色試薬としては、ブルシンやサリチル酸ナトリウムなどが使用されている。
ブルシン(2,3‐ジメトキシストリキニジン‐10‐オン)は、硫酸の存在下で、硝酸イオンと反応すると黄色の物質を生成する。この物質の吸光度(410nm)を測定して硝酸イオンを定量する。ブルシンは、アルカロイドであるストリキニーネの類縁体であり毒性がある。また、ブルシンは、黄色の生成物の吸光度がBeerの法則に従わないため、正確な定量が困難であるという欠点がある。
【0005】
サリチル酸ナトリウムを用いた硝酸イオンの定量は、サリチル酸のニトロ化を利用した方法で、Cataldo法(非特許文献1及び2参照)と呼ばれている。サリチル酸ナトリウムは濃硝酸の存在下、硝酸イオンによって、ニトロ化される。ニトロ化されたサリチル酸ナトリウムはアルカリ条件下でキノリド型となり410nm付近に吸収を持つ黄色を呈する。この呈色反応を利用し、410nmの吸光度により硝酸イオンの定量を行う。この方法では濃硫酸を用いる必要がある。また,比較的妨害イオンが少なく操作が簡単ではあるが感度が劣る。
【0006】
非特許文献3には、硝酸イオンと1,8-ANSを反応させて呈色させることが報告されている。この文献の記載によると、まず、硝酸イオンを還元して亜硝酸イオンとし、この亜硝酸イオンによってスルファニル酸をジアゾニウム塩とする。次に、このジアゾニウム塩と1,8-ANSをカップリングさせることにより紫色のジアゾ化合物が生成する。このジアゾ化合物の吸光度を測定することで硝酸イオンの定量を行う。この呈色反応は、硝酸イオン及び1,8-ANSの他に、還元剤を用いる。
即ち、非特許文献3に記載の定量方法では多段階の操作を要し、操作が複雑であるという問題を有していた。
【非特許文献1】Caron, H; Raquet, D. Bull. Soc. Chem., 1910, 1025-1027
【非特許文献2】菅野三朗ら著;衛生化学、1968, 14, 24-29
【非特許文献3】Werner, W. Fresenius Z. Anal. Chem., 1980, 304, 117-124
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高い精度を有するとともに、硝酸イオンを含む溶液を簡便に呈色することができる硝酸イオンの呈色試薬を提供することである。
本発明の他の課題は、本発明の呈色試薬を用いて、この呈色試薬が硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより、溶液中の硝酸イオンを簡便に検出する方法及び硝酸イオンの定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬に関する。
請求項2に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化1)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬に関する。
【0009】
【化1】
請求項3に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化2)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬に関する。
【0010】
【化2】
請求項4に係る発明は、非プロトン性溶媒を含むことを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の呈色試薬に関する。
請求項5に係る発明は、非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の呈色試薬に関する。
請求項6に係る発明は、下記段階(1)乃至(3)を含む硝酸イオンの検出方法に関する。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階
請求項7に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化3)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法に関する。
【0011】
【化3】
請求項8に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化4)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法に関する。
【0012】
【化4】
請求項9に係る発明は、前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項6乃至8いずれかに記載の検出方法に関する。
請求項10に係る発明は、下記工程(1)乃至(5)を含む硝酸イオンの定量方法に関する。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得た測定結果に基づき硝酸イオン濃度を算出する工程
請求項11に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化5)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法に関する。
【0013】
【化5】
請求項12に係る発明は、前記ナフタレン誘導体が、下式(化6)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法に関する。
【0014】
【化6】
請求項13に係る発明は、前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項10乃至12いずれかに記載の定量方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の硝酸イオンの呈色試薬は、硝酸イオンを高い精度で検出することができる。
本発明の硝酸イオンの検出方法は、本発明の呈色試薬を用いて行われる。本発明の呈色試薬はナフタレン誘導体を含み、このナフタレン誘導体は硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより硝酸イオンを検出することができる。従って、本発明の硝酸イオンの検出方法は、呈色反応を起こすために中間体を生成する必要性がないから、簡便に硝酸イオンを検出及び定量することができるという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の硝酸イオンの呈色試薬(以下、本呈色試薬という)について説明する。
本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有し、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により、溶液中の硝酸イオンを検出可能とした硝酸イオンの呈色試薬である。
【0017】
本呈色試薬に含まれるナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体であり、好ましくは、下式(化7)で示される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(以下、1,8-ANSという)、或いは下式(化8)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(以下、2,6-TNSという)が用いられる。
【0018】
【化7】
【0019】
【化8】
【0020】
即ち、本呈色試薬は、1,8-ANS又は2,6-TNS(以下、両者合わせて1,8-ANS等という)と、硝酸イオンが呈色反応を起こすことにより、硝酸イオンの有無を検出可能とする硝酸イオンの呈色試薬である。
本呈色試薬に含まれる1,8-ANS等は如何なる形態であってもよい。例えば、本呈色試薬は、粉末状の1,8-ANS等からなる粉末状の呈色試薬であってもよく、或いは、1,8-ANS等をクロロホルム,ジクロロメタン,アセトン,ベンゼン,アセトニトリル等に溶かした液体状の呈色試薬であってもよい。
【0021】
本呈色試薬を用いたとき、前記1,8-ANS等と硝酸イオンの呈色反応は、非プロトン性溶媒の存在下で起こる。この非プロトン性溶媒とは、水酸基、アミノ基、スルホン酸基等の酸性度の高い水素原子を含まない溶媒である。一方で、酸性度の高い水素原子を含むプロトン性溶媒では水素結合を介しアニオンを強く溶媒和し、アニオンの反応性を極端に低下させるため、好ましくない。
前記非プロトン性溶媒として、クロロホルムやジクロロメタンが挙げられるが、好ましくはジクロロメタンである。この理由は、ジクロロメタンの存在下で1,8-ANS等は、硝酸イオンと選択的に呈色反応し、この呈色(紫色又はオレンジ色)が、短時間内に起こり、また色が鮮明であるからである。
【0022】
硝酸イオンの検出方法に関しては後に詳説するが、本呈色試薬で硝酸イオンの検出を行うときは、前記非プロトン性溶媒と硝酸イオンを予め混合して硝酸イオン含有溶液を作製して、この溶液に本呈色試薬を添加することにより、1,8-ANS等と硝酸イオンとの呈色反応を起こしてもよい。
【0023】
或いは、本呈色試薬は、1,8-ANS等と前記非プロトン性溶媒を含んでも良い。このように予め本呈色試薬に前記非プロトン性溶媒を含む場合は、1,8-ANSと非プロトン性溶媒の含有比(重量比)は、1:104 〜106 とされる。この理由は、1,8-ANSの重量「1」に対し、非プロトン性溶媒が「104」未満の場合は1,8-ANSが高濃度となるため吸光度測定が難しくなるため、また「106」を超えると1,8-ANSが低濃度となるため目視による色変化が確認しにくいため、いずれの場合も望ましくないからである。また、2,6-TNSと非プロトン性溶媒の含有比(重量比)は、1:104 〜106とされる。この理由は、2,6-TNSの重量「1」に対し、非プロトン性溶媒が「104」未満の場合は2,6-TNSが高濃度となるため吸光度測定が難しくなるため、また「106」を超えると2,6-TNSが低濃度となるため目視による色変化が確認しにくいため、いずれの場合も望ましくないからである。
【0024】
次に、本呈色試薬を用いた硝酸イオンの検出方法(以下、本検出方法という)について説明する。
本検出方法は、以下の3段階を含む方法である。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)本呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と本呈色試薬を、非プロトン性溶媒の存在下で呈色反応させる段階
【0025】
段階(1)は、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階である。即ち、本呈色試薬を用いて硝酸イオンを検出しようとする試料が段階(1)で準備される。
段階(2)において、本呈色試薬が準備される。前述のとおり、本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有する試薬であり、このナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含む。本呈色試薬は如何なる形態でもよく、例えば、粉末状である1,8-ANSのみで構成される粉末状の呈色試薬であってもよく、或いはクロロホルム、ジクロロメタン等に溶解した液体状の呈色試薬であってもよい。
段階(3)において、段階(1)で得た試料と段階(2)で得た本呈色試薬を、非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)の存在下で混合する。
【0026】
本検出方法においては、非プロトン性溶媒をどの段階で添加してもよい。例えば、段階(1)において、硝酸イオンと非プロトン性溶媒を含む試料を準備してもよいし、段階(2)において、非プロトン性溶媒を含んで本呈色試薬を調製してもよい。或いは、段階(3)において、非プロトン性溶媒を準備して、この非プロトン性溶媒の存在下で硝酸イオンと1,8-ANS等の呈色反応を起こさせてもよい。
【0027】
尚、前記段階(1)及び段階(2)は、いずれを先に行ってもよく、例えば、最初に、本呈色試薬を調製して、次に、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備してもよい。
【0028】
本検出方法によると、本呈色試薬に含まれる1,8-ANS等と、硝酸イオンが呈色反応を起こす。このことにより、前記混合液中の硝酸イオンの有無を確認することができる。
【0029】
次に、本呈色試薬を用いた硝酸イオンの定量方法について説明する。
本発明の呈色試薬を用いて硝酸イオンを定量する方法は以下の工程を含む。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)本呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と本呈色試薬を、非プロトン性溶媒の存在下で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得られた測定結果に基づき、硝酸イオン濃度を算出する工程
【0030】
工程(1)は、少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程である。即ち、本呈色試薬を用いて硝酸イオンを定量しようとする(即ち、未知濃度の硝酸イオンを含む)試料が工程(1)で準備される。
工程(2)において、本呈色試薬が準備される。前述のとおり、本呈色試薬は、ナフタレン誘導体を含有する試薬であり、このナフタレン誘導体は、少なくともアミノ基とスルホン酸基を含む。本呈色試薬は如何なる形態でもよく、例えば、粉末状である1,8-ANS等のみで構成される粉末状の呈色試薬であってもよく、或いは非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)に溶解した液体状の呈色試薬であってもよい。
工程(3)において、工程(1)で準備した試料と工程(2)で得た本呈色試薬を、非プロトン性溶媒(例えば、ジクロロメタン)の存在下で混合する。この溶液は、好ましくは、およそ30分静置される。
【0031】
工程(4)において、工程3で得られた溶液の吸光度を測定する。具体的には、例えば、工程3で得られたジクロロメタン溶液は、565nmにおける吸光度が測定され、吸光度が0.3以下であることを確認する。もし、吸光度が0.3を超えた場合は、工程1で得られた溶液にジクロロメタンを添加して希釈し,工程3で得られたジクロロメタン溶液の565nmにおける吸光度が0.3以下となるようにする。
工程(5)において、硝酸イオン濃度を算出する。例えば,工程2で調製した1,8-ANSのジクロロメタン溶液の濃度が2.5×10-5 mol/L溶液であり,この溶液を3mL使用したとすると,下式(数1)により、未知試料の濃度(C)が算出できる。ただし濃度の単位はmol/Lである。
【0032】
【数1】
【0033】
本発明の硝酸イオンの定量方法において、呈色試薬として1,8-ANSを使用する場合は、前記工程(3)において、硝酸イオン/1,8-ANSを、モル比で0.001〜0.3、好ましくは、0.1〜0.3とする。この理由は、値が小さすぎると吸光度変化が小さく,逆に大きすぎると発色が安定しないためである。2,6-TNSを使用する場合は、前記工程(3)において、硝酸イオン/2,6-TNSを、モル比で0.001〜1.0、好ましくは、0.1〜0.8とする。この理由は、値が小さすぎると吸光度変化が小さく,逆に大きすぎると発色が安定しないためである。
【0034】
標準液との比色により、硝酸イオンの定量を行う。この比色は、例えば、色彩色差測定、濃度反射測定、吸光度測定、透過率測定の何れかの測定による測定値の対比、または目視による対比である。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0036】
(試験例1)最適溶媒の検索と硝酸イオンに対する選択的呈色の確認
(1−1)
8-anilino-1-naphthalenesulfonic acidと硝酸イオンが溶液中で呈色反応を起こすために最適な溶媒を検索するために、以下(表1)に記載の各種溶媒を用いて、これら溶媒中で、8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)と硝酸イオンを反応させてこの溶液が呈色されるか否かを確認した。
(1−2)
さらに、本呈色試薬が、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことを確認するために、以下(表2)のアニオンのテトラブチルアンモニウム(TBA)塩に対して呈色反応が起こるか否かを確認した。表中、pKbはアニオンの塩基解離定数を示す。
(1−3)
上記(1−1)と(1−2)を確認するため、下記の方法で試験を行った。
表1に記載の各種溶媒と1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度1.000×10-4 mol/L)3 mLに、表2のアニオンのテトラブチルアンモニウム塩の各種溶媒溶液(各種テトラブチルアンモニウム塩濃度3.00×10-4 mol/L)を1mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとに写真撮影した。即ち、1,8-ANSと各TBA塩はモル濃度比1:1で混合された。混合溶液の写真を図1〜6に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
図1乃至6は、メタノール(図1)、エタノール(図2)、アセトニトリル(図3)、アセトン(図4)、クロロホルム(図5)、ジクロロメタン(図6)を溶媒とした溶液中で1,8-ANSと各TBA塩を反応させた時の溶液の写真である。
図1が示すとおり、48時間経過した時点において、メタノール中で、各種アニオンと1,8-ANSの間で呈色反応は確認されなかった。
図2が示すとおり、48時間経過した時点において、エタノール中で、各種アニオンと1,8-ANSの間で呈色反応は確認されなかった。
図3が示すとおり、アセトニトリルを溶媒とした場合、24時間後まで全ての溶液において呈色は確認できなかった。しかし48時間後に硝酸イオンの溶液は明るい黄色、リン酸二水素イオンの溶液は薄いオレンジ色、硫酸イオンの溶液は薄い赤色を呈した。
図4が示すとおり、アセトンを溶媒とした場合、12時間後にリン酸二水素イオン、硫酸イオン、フッ素イオンの溶液は薄いオレンジ色、硫酸水素イオンと臭素イオンの溶液は薄い水色、塩化物イオンの溶液は薄い黄色を呈した。これらの色は時間が経過するにつれて濃くなっていった(写真(48時間後))。
図5が示すとおり、クロロホルムを溶媒とした場合、30分後にピロリン酸イオン、リン酸二水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、フッ素イオン、塩化物イオン、硝酸イオンを加えた溶液は薄い緑色の呈色が確認できた(写真(30分後))。84時間後には、アニオンを加えていない溶液と過塩素酸イオン以外の溶液が濃い緑色を呈した。
図6が示すとおり、ジクロロメタンを溶媒とした場合は、硝酸イオンの溶液のみに2分後から紫色の呈色が見られた(写真(2分後))。この紫色の呈色は徐々に黄色へと変化し、30分後には鮮やかな黄色となった(写真(30分後))。その後、6時間後まで変化は見られなかったが、24時間後にはピロリン酸イオン、リン酸一水素イオン、硫酸水素イオン、フッ素イオン溶液に薄い紫色の呈色が見られた(写真(24時間後))。
【0040】
以上の結果から、非プロトン性溶媒中で1,8-ANSは、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことが分かった。また、この硝酸イオン選択的な呈色反応は、非プロトン性溶媒であるジクロロメタンで顕著に確認できた。
【0041】
(試験例2)硝酸塩と1,8-ANSの混合溶液のUV-visスペクトルの時間変化
ジクロロメタンを溶媒とした場合の1,8-ANSと硝酸イオンの混合溶液の呈色について、ジクロロメタン中で1,8-ANSと硝酸イオンのTBA塩のモル濃度比が1:1となるように溶液を調製し、時間ごとにUV-visスペクトルを測定した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.000×10-4 mol/L)1.5 mLに、硝酸TBA塩のジクロロメタン溶液(硝酸TBA塩濃度2.000×10-4 mol/L)を1.5 mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとにUV-visスペクトル(Perkin Elmer UV-VIS/NMR Lamnda 19)測定した。即ち、1,8-ANSと各TBA塩はモル濃度比1:1で混合された。測定結果を図7に示す。
【0042】
1,8-ANS自体(硝酸塩を加えていない)のスペクトルは、吸収極大が280nmにあり、400nm以上の可視領域には吸収を持たない。硝酸塩を加えた直後、360nm付近と570nm付近に吸収が現れ、1,8-ANS自体のスペクトルとは全く異なるスペクトルへと変化した。その後570nm付近の吸収は減少し、24時間後には360nm付近と470nm付近に吸収を持つスペクトルへと変化した。これらスペクトル変化から1,8-ANSとは異なる化学種が生成していることが分かる。
次に、この反応速度を知るため同様の条件で570nmの吸光度の時間変化を測定した(図8)。その結果、570nmの吸光度は約2分後に最大となり(反応a)、その後徐々に減少し30分後には殆ど変化が見られなくなった(反応b)。速度定数を算出するため、この反応を一次反応と仮定して時間に対して吸光度変化率の自然対数をプロットした(図9)。ただし、100秒後の吸光度をA0とした。その結果、反応aの速度定数Kaは0.0419s−1、反応bの速度定数Kbは0.0008s−1となった。反応aはbに比べ、約50倍と早い速度で起こることがわかった。
【0043】
(試験例3)TBANO3による1,8-ANSのジクロロメタン中でのUV-visスペクトルの変化と色調の変化の観察
1,8-ANSのジクロロメタン溶液(濃度2.5×10-5M)3mLに、アニオンとしてTBANO3のジクロロメタン溶液(濃度1.5×10-3M)10μLを加えた溶液を調製し(G/H=0.2)、UV-visスペクトルを2分毎に測定した。測定結果を図10に示す。図11は、565nmにおけるジクロロメタン中での1,8-ANSの吸光度の時間変化を示す。
【0044】
(試験例4)TBANO3による1,8-ANSのジクロロメタン中での色調の変化の観察
以下の表に示す1,8-ANS溶液をサンプル瓶に3mLとったものを13本用意し、それぞれに各アニオン溶液を10μLずつ加えよく振り、溶液の色の変化を観察した。観察は、目視とデジタルカメラでの撮影によって行った。結果を図12に示す。図中の番号は、以下の表のアニオンの番号を表す。
【0045】
【表3】
【0046】
図12が示すとおり、観察開始から8分後、(2)TBANO3に色調の変化が見られ、60分にかけて青紫色になった。さらに、60分を境に紫が赤みを帯び始め、徐々に赤紫、ピンク系統の色へと変化した。
【0047】
本試験例の如く、アニオン/1,8-ANS=0.2(モル比)にすると紫色に発色するには、およそ30分かかり、その後3時間たっても変化しない。したがって、このモル比(アニオン/1,8-ANS=0.2)とすることにより、硝酸イオンの定量を行うことができる。
【0048】
(試験例5)ジクロロメタン中での各種アニオンのカリウム塩/18-crown-6/1,8-ANS混合溶液の色調変化
前記の呈色反応が、対カチオンであるTBAと1,8-ANSとの呈色反応ではないことを確認するため以下の試験を行った。
対カチオンをカリウムとして、各種イオンのカリウム塩と1,8-ANSとの呈色反応を調べた。カリウム塩は有機溶媒に全く溶解しないが、クラウンエーテル(18-crown-6)が存在するとカリウムイオンが環内に包摂され、TBA同様脂溶性のカチオンとなり、有機溶媒に可溶化する(図13参照)。
各種アニオンのカリウム塩と18-crown-6の混合溶液を1,8-ANS溶液に加え、色調の変化を観察した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.00×10-4 mol/L)2mLに、以下の表(表4)に記載の濃度のカリウム塩(リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硝酸イオン、塩化物イオン、臭素イオンのカリウム塩)/18-crown-6のジクロロメタン溶液2mLを加えて、得られた混合溶液を時間ごとに写真撮影して色調の変化を確認した。即ち、各種カリウム,18-crown-6、1,8-ANSのモル濃度比は1:1:1とした。観察結果を、図14に示す。
【0049】
【表4】
【0050】
図14が示すとおり、対カチオンをカリウムイオンに代えても、対カチオンがTBAの場合と同様に硝酸イオンを加えた溶液のみが紫色を呈し、時間が経過すると黄色へと変化した。
【0051】
(試験例6)硝酸カリウム/18-crown-6−1,8-ANS混合溶液UV-visスペクトルの時間変化
対カチオンをカリウム塩とした場合のUV-visスペクトルの変化を確認するために、1,8-ANS溶液に硝酸カリウム/18-crown-6溶液を加え、時間ごとにUV-visスペクトルを測定した。詳細には、ジクロロメタンと1,8-ANSの混合溶液(1,8-ANSの濃度2.000×10-4mol/L)1.5mLに、硝酸カリウム塩、18-crown-6、及びジクロロメタンの混合溶液を1.5mL加えて、得られた混合溶液を時間ごとにUV-visスペクトル測定した。尚、硝酸カリウム塩の濃度は2.08×10-4mol/Lであり、18-crown-6の濃度は2.11×10-4mol/Lである。即ち、硝酸カリウム、18-crown-6ならびに1,8-ANSのモル濃度比は約1:1:1である。測定結果を図15に示す。
図15が示すとおり、硝酸TBA塩を加えた場合と同様に、約2分後に570nm付近に吸収を持つスペクトルが現れ、その後570nmの吸光度は時間経過とともに減少、24時間後には470nm付近に吸収を持つスペクトルへと変化した。
【0052】
(試験例7)TBANO3による2,6-TNS(6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid)の各溶媒下での色調の変化の観察
2,6-TNSとTBANO3をそれぞれ約1mgずつはかりとり、これらをサンプル瓶に入れた。この操作を繰り返し行い、同じサンプルを9個作った。9個のサンプルにそれぞれ(1)アセトニトリル、(2)クロロホルム、(3)ジクロロメタン、(4)ベンゼン、(5)DMSO、(6)メタノール、(7)エタノール、(8)ヘキサン、(9)アセトンを各5mL加え攪拌し、目視とデジタルカメラでの撮影で色調の変化を観察した。結果を図16に示す。図中の番号は、前記溶媒に付した番号と対応する。
【0053】
図16が示すとおり、(3)ジクロロメタンでは溶媒を加えてすぐ黄色(オレンジ色に近い黄色)に変化し、その後徐々に色味が強くなっていった。(4)ベンゼンでは溶媒を加えて5分ほどで黄色みを帯びてきた。(レモン色)(2)クロロホルムの場合、約1時間で着色し始め,2日ほどで赤に近いオレンジ色となった。(7)エタノールではさらに着色が遅く、1週間ほどで赤みを帯びてきた。(8)ヘキサンは2,6-TNSが溶けなかった。
【0054】
前記試験例のうち、試験例5と6それぞれにおける、色調の変化とUV-visスペクトルの変化から、対カチオンはジクロロメタン中の呈色反応に関わっていないことが明らかになった。即ち、前記の呈色反応は1,8-ANSと硝酸イオンとの反応によるものである。
さらに、試験例7により、2,6-TNSと硝酸イオンが選択的に呈色反応を起こすことが分かった。
以上のとおり、本発明の呈色試薬は、硝酸イオンと選択的に呈色反応を起こすことにより、硝酸イオンを検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】試験例1の試験結果の写真であり、メタノールを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図2】試験例1の試験結果の写真であり、エタノールを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図3】試験例1の試験結果の写真であり、アセトニトリルを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図4】試験例1の試験結果の写真であり、アセトンを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図5】試験例1の試験結果の写真であり、クロロホルムを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図6】試験例1の試験結果の写真であり、ジクロロメタンを溶媒とする1,8-ANSと各TBA塩の混合溶液の写真である。
【図7】試験例2における、UV-visスペクトル図である。
【図8】試験例2における、570nmの吸光度の経時的変化を示す図である。
【図9】試験例2における、時間に対して吸光度の変化量の自然対数をプロットした図である。
【図10】試験例3におけるUV-visスペクトル図である。
【図11】試験例3における565nmにおける溶媒ジクロロメタン中でのTBANO3による1,8-ANSのAbs変化を示す。
【図12】試験例4におけるデジタルカメラでの撮影による観察結果である。
【図13】試験例5の試験方法の説明図である。
【図14】試験例5の試験結果の写真であり、各カリウム塩と18-crown-6の混合溶液と1,8-ANS溶液を混合した溶液の写真である。
【図15】試験例6における、硝酸カリウム/18-crown-6溶液を、1,8-ANS溶液に加えたときのUV-visスペクトル図である。
【図16】試験例7における色調の変化の観察結果である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬。
【請求項2】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化1)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬。
【化1】
【請求項3】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化2)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬。
【化2】
【請求項4】
非プロトン性溶媒を含むことを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の呈色試薬。
【請求項5】
非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の呈色試薬。
【請求項6】
下記段階(1)乃至(3)を含む硝酸イオンの検出方法。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階
【請求項7】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化3)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法。
【化3】
【請求項8】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化4)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法。
【化4】
【請求項9】
前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項6乃至8いずれかに記載の検出方法。
【請求項10】
下記工程(1)乃至(5)を含む硝酸イオンの定量方法。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得た測定結果に基づき硝酸イオン濃度を算出する工程
【請求項11】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化5)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法。
【化5】
【請求項12】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化6)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法。
【化6】
【請求項13】
前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項10乃至12いずれかに記載の定量方法。
【請求項1】
少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含み、該ナフタレン誘導体と硝酸イオンの呈色反応により硝酸イオンを検出可能である呈色試薬。
【請求項2】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化1)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬。
【化1】
【請求項3】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化2)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項1に記載の呈色試薬。
【化2】
【請求項4】
非プロトン性溶媒を含むことを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の呈色試薬。
【請求項5】
非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の呈色試薬。
【請求項6】
下記段階(1)乃至(3)を含む硝酸イオンの検出方法。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する段階
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する段階
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる段階
【請求項7】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化3)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法。
【化3】
【請求項8】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化4)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項6に記載の検出方法。
【化4】
【請求項9】
前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項6乃至8いずれかに記載の検出方法。
【請求項10】
下記工程(1)乃至(5)を含む硝酸イオンの定量方法。
(1)少なくとも硝酸イオンを含む試料を準備する工程
(2)少なくともアミノ基とスルホン酸基を含むナフタレン誘導体を含む呈色試薬を準備する工程
(3)前記硝酸イオンを含む試料と前記ナフタレン誘導体を、非プロトン性溶媒中で呈色反応させる工程
(4)工程3で得られた溶液の吸光度を測定する工程
(5)工程4で得た測定結果に基づき硝酸イオン濃度を算出する工程
【請求項11】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化5)で表される8-anilino-1-naphthalenesulfonic acid(1,8-ANS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法。
【化5】
【請求項12】
前記ナフタレン誘導体が、下式(化6)で表される6-p-toluidino-2-naphthalenesulfonic acid(2,6-TNS)であることを特徴とする請求項10に記載の定量方法。
【化6】
【請求項13】
前記非プロトン性溶媒がジクロロメタンであることを特徴とする請求項10乃至12いずれかに記載の定量方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2010−25644(P2010−25644A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−185439(P2008−185439)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【Fターム(参考)】
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