説明

硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を含有する成形体およびその製造方法

【課題】本発明は、担体中に内包された硝酸イオン選択吸着剤微粒子と担体外部の物質とが、圧損などの影響を大きく受けることなく効率的に接触できる成形体を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、ポリマーマトリックス中に形成された複数のセルを有する成形体であって、
(1)各セル中には下記式(1)で表される硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包され、
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
(2)ポリマーマトリックス中には細孔が存在し、細孔は他の細孔とポリマーマトリックス中で連通し、それらの孔径が1nm〜1μmの範囲にあり、
(3)各セルの内壁と硝酸イオン選択吸着剤微粒子とは実質的に接触していない、成形体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を含有する成形体およびその製造方法に関する。さらに詳しく言えば、本発明は、複数のセルを有し、セル中に硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包された成形体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硝酸イオンは、特に地下水汚染の主な有害イオンであり、農作地帯の肥料さらには生活排水に由来するアンモニアが酸化され生成すると考えられている。大震災等の非常時においては、被災直後の数日間、被災地の原水、例えば河川水、ため池、湖沼水、プール水、地下水等から飲料水を製造することが重要である。その際主要な原水となる地下水は、上述の硝酸イオンを除けば比較的良質である。硝酸イオンは、メトヘモグロビン血症を引き起こし、また発がん性の誘発因子であることが知られるとおり健康に有害なイオンであり、「水道法に基づく水質基準に関する省令」(2004年4月1日施行)において硝酸態窒素および亜硝酸態窒素の基準値は10mg/L以下であることが定められている。
このため微量の硝酸イオンを選択的に吸着除去できる吸着剤に関する研究が活発になされ、層状複水酸化物が硝酸イオン選択吸着剤として優れていると報告がある(特許文献1および2参照)。飲料水の製造を考慮すると、安全の点から層状複水酸化物を構成する金属元素が人体に無害であることが重要であり、従って、下記式(1)で表される層状複水酸化物が硝酸イオン選択吸着剤として好適である。
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
特に層間距離を約0.81nmに調節した層状複水酸化物は、多種類の陰イオンを含む水溶液から硝酸イオンを選択的に吸着除去することが出来る。しかし、この硝酸イオン選択吸着剤は微粒子として得られるため、工業的に硝酸イオンの吸着を行うには、担体に担持し、適当な形状に成形する必要がある。
【0003】
一方、各種活性物質の担体として、種々の中空ないし多孔質構造の膜状、マイクロカプセル状の成形体が提案されている。例えば、スピノーダル分離模様の連続多孔構造を有する膜が提案されている(特許文献3参照)。また、各種触媒の担持体、電子写真のトナー、表示機器などの電子材料、クロマトグラフィー、吸着材などとして、多孔質球状粒子が知られている(特許文献4参照)。また、微生物、細菌、酵素に代表される活性物質の固定化担体として、中空および多孔質のカプセル壁を有し、カプセル壁の多孔質が、カプセルの内部の中空と微細孔を通してつながっている構造のマイクロカプセルが提案されている(特許文献5参照)。また、カプセル樹脂壁材の緻密性を制御することにより、所望の徐放特性を有するマイクロカプセルが提案されている(特許文献6参照)。さらに、活性物質のバインダーを多孔構造とする方法として、無機塩や澱粉等の有機物を造孔剤として用いる方法が提案されている(特許文献7参照)。
しかし、これらのマイクロカプセルは中空部と、それを覆う外殻とからなり、カプセル内部は中空であり活性物質を内部に担持するスペースおよび内部表面積は限られている。また、大粒径のマイクロカプセルの場合、強度を維持するためには外殻の厚さを大きくする必要があるが、活性物質とカプセル外物質との接触は、外殻に存在する数nm〜数十μmの細孔によってのみなされるため、外殻の厚さを大きくした場合には、かかる細孔による圧損が大きくなり、効率的に接触を行うことができないという欠点がある。
また、活性物質が、担体の外部に露出していると、外部からの摩擦等で容易に活性物質が脱落、剥離してしまうという問題がある。
【特許文献1】特許第4000370号明細書
【特許文献2】特開2005−296773号公報
【特許文献3】特開平1−245035号公報
【特許文献4】特開2002−80629号公報
【特許文献5】特開2003−88747号公報
【特許文献6】特開2004−25099号公報
【特許文献7】特開昭64−65143号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って本発明は、内包される硝酸イオン選択吸着剤微粒子と担体外の除去すべき対象である硝酸イオン等とが、圧損などの影響を大きく受けることなく効率的に接触できる成形体を提供することを目的とする。また本発明は、硝酸イオン選択吸着剤微粒子の表面がポリマーにより被覆されることなく、その吸着サイトを最大に利用することのできる成形体を提供することを目的とする。さらに本発明は、硝酸イオン選択吸着剤微粒子が外部からの摩擦等で容易に脱落、剥離することのない成形体を提供することを目的とする。加えて本発明は、硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が直接人体に接触したり吸引されたりすることのない成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで本発明者は、圧損による抵抗が少なく、吸着剤が有効に接触でき、吸着特性を保持することができる担体について検討した。その結果、硝酸イオン選択吸着剤微粒子と疎水性のポリマーとを含有するドープを凝固液中で凝固させると、ポリマーマトリックス中に硝酸イオン選択吸着剤微粒子を内包した複数のセルが形成され、かつ、セル中の硝酸イオン選択吸着剤微粒子は、セルの内壁に接着されることなく、例えば鈴の内部の空洞に入れられた珠のようにセルの内壁と直接接触していない状態でセル内に担持されることを見出した。また、ポリマーマトリックス中には、いわゆるスピノーダル分解により細孔が形成され、ポリマーマトリックス外、すなわち担体外部の硝酸イオン等と硝酸イオン選択吸着剤微粒子との接触が容易に行なわれることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
即ち本発明は、ポリマーマトリックス中に形成された複数のセルを有する成形体であって、
(1)各セル中には下記式(1)で表される硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包され、
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
(2)ポリマーマトリックス中には細孔が存在し、細孔は他の細孔とポリマーマトリックス中で連通し、それらの孔径が1nm〜1μmの範囲にあり、
(3)各セルの内壁と硝酸イオン選択吸着剤微粒子とは実質的に接触していない、成形体である。
【0007】
さらに本発明は、硝酸イオン選択吸着剤の微粒子は、150〜180°Cの温度で2時間以上、水熱合成されたもので、その平均粒径が0.1〜3μmであることが好ましい。
【0008】
また本発明は、ドープを凝固液中で凝固させることからなる、ポリマーマトリックス中に形成された複数のセルを有する成形体であって、セル中には硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包されている成形体の製造方法であって、
(1)硝酸イオン選択吸着剤は下記式(1)で表される化合物であり、
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
(2)ドープは、疎水性のポリマー、該ポリマーの良溶媒である溶媒(B)および硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を含有し、
(3)凝固液は、該ポリマーの貧溶媒である溶媒(D)を含有することを特徴とする方法である。
【0009】
さらに本発明は、上記成形体と被処理液とを接触させることからなる被処理液中の硝酸イオンの選択的かつ効率的除去方法を包含する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の成形体は、担持するポリマーマトリックス自体に細孔を有するので、内包された硝酸イオン選択吸着剤微粒子と成形体外部の物質とが、圧損などの影響を受けず効率的に接触できる。本発明の成形体は、硝酸イオン選択吸着剤微粒子がセル中でセル内壁に非接触で存在するので、その表面を被覆されないことから吸着サイトを有効に活用できる、すなわち、本発明の成形体内部に担持された硝酸イオン選択吸着剤は担持される前の吸着剤本来の硝酸イオン吸着性を発現できる。本発明の成形体は、その内部に固定化された硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が外部からの摩擦等で容易に脱落、剥離することがない。本発明の成形体は、硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が直接人体に接触したり、吸引されたりすることがない。本発明の成形体は、特定の組成式で表される硝酸イオン選択吸着剤を内包するので、硝酸イオンの吸着能および選択性に優れる。
本発明の製造方法によれば、前記成形体を容易に製造することができる。また本発明の硝酸イオンの除去方法によれば、被処理液中の硝酸イオンを選択的にかつ効率的に吸着除去することができる。また粉体の硝酸イオン吸着剤を用いるのに比べ、被処理液との固液分離の操作が容易である。またカラム処理において圧損が小さい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
<成形体>
(硝酸イオン選択吸着剤)
硝酸イオン吸着剤は、下記式(1)
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表される層状複水酸化物である。
n−は、n価の陰イオンである。An−は、層状複水酸化物の合成の過程で不可避的に合成反応系から取込まれるイオンであり、通常はCO2−あるいはSO2−である。
式(1)で表される層状複水酸化物は、塩化マグネシウムと塩化アルミニウムとを所定のモル比{式(1)中で(1−x)/x}で含む混合溶液と水酸化ナトリウム溶液を所定の流量速度で混合攪拌し、生成した懸濁物をさらにオートクレーブ中で150〜180°Cで水熱処理することにより容易に得られる。水熱処理により、結晶性の高い層状複水酸化物が得られ、これにより硝酸イオン選択性が向上する。
水熱処理の後、乾燥し、分級処理する。硝酸イオン選択吸着剤微粒子の平均粒径は、好ましくは100nm〜3000nm、より好ましくは400nm〜800nmである。
【0012】
(ポリマー)
本発明の成形体は、ポリマーにより形成される。ポリマーは疎水性である。ポリマーとして、アラミドポリマー、アクリルポリマー、ビニルアルコールポリマー、セルロースポリマーなどが挙げられる。アラミドポリマーは、アミド結合の85モル%以上が芳香族ジアミンおよび芳香族ジカルボン酸成分よりなるポリマーが好ましい。その具体例としては、ポリパラフェニレンテレフタルアミド、ポリメタフェニレンテレフタルアミド、ポリメタフェニレンイソフタルアミド、ポリパラフェニレンイソフタルアミドを挙げることができる。アクリルポリマーは、85モル%以上のアクリロニトリル成分を含むポリマーが好ましい。共重合成分として、酢酸ビニル、アクリル酸メチル、メタクリ酸メチル、および硫化スチレンスルホン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも一種の成分が挙げられる。
【0013】
(細孔)
本発明の成形体は、ポリマーマトリックス自体に細孔を有する。細孔は他の細孔とポリマーマトリックス中で連通しており、細孔同士が連結した網目構造を形成している。細孔の孔径は1nm〜1μm、好ましくは10nm〜500nmの範囲にある。細孔は、ドープをポリマーの貧溶媒である溶媒(D)を含有する凝固液中で凝固させることによりスピノーダル現象により形成される。細孔は、走査型電子顕微鏡写真、透過型電子顕微鏡写真により観察することができる。
【0014】
(セル)
本発明の成形体中には複数のセルを有する。セル中には硝酸イオン選択吸着剤微粒子が内包されている。セルの形状は一定ではないが、硝酸イオン選択吸着剤微粒子を含むことが出来る大きさである。本発明の成形体においては、各セルの内壁と硝酸イオン選択吸着剤の微粒子は実質的に接触していない。即ち本発明の成形体においては、セルの内壁と、硝酸イオン選択吸着剤微粒子との間には空間が存在する。セル中の硝酸イオン吸着剤微粒子は、鈴の中にある珠に例えることができる。以下この構造を鈴構造ということがある。
本発明の成形体は、球状、楕円状のような塊状のもの、紐状、パイプ状、中空糸状のような繊維状のもの、また膜状のものが好ましい。
【0015】
<成形体の製造方法>
(ドープ)
本発明の成形体は、ドープを凝固液中で凝固させ製造することができる。ドープは、疎水性のポリマー、該ポリマーの良溶媒である溶媒(B)および硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を含有する。ポリマー、硝酸イオン選択吸着剤は成形体の項で説明した通りである。ドープ中に2種以上の硝酸イオン選択吸着剤を含有させることもできる。
溶媒(B)は、ポリマーの良溶媒である。良溶媒とは一般に言われるように、ポリマーに対し大きな溶解能を有する溶媒である。たとえば、ポリマーがポリメタフェニレンイソフタルアミドのとき、溶媒(B)はN−メチル−2−ピロリドン(NMP)が好ましい。またポリマーがアクリルポリマーのとき、溶媒(B)はジメチルスルホオキサド(DMSO)が好ましい。さらにはポリマーがポリ乳酸のとき、溶媒(B)はジクロロメタン(DCM)が好ましい。
【0016】
溶媒(B)の含有量は、100質量部のポリマーに対し、好ましくは100〜10,000質量部、より好ましくは1,000〜5,000質量部である。硝酸イオン選択吸着剤の含有量は、ポリマー100質量部に対し、好ましくは100〜10,000質量部、さらに好ましくは100〜1900質量部である。
ドープの温度は、好ましくは5〜80℃、さらに好ましくは20〜50℃である。ドープは、溶媒(B)にポリマーを混入し、充分に攪拌して溶解させた後に、硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を添加して調製しても良いし、溶媒(B)中にポリマーと硝酸イオン選択吸着剤微粒子を同時に混入させて調製しても良い。
【0017】
(凝固液)
凝固液は、ポリマーの貧溶媒である溶媒(D)を含有する。貧溶媒とは一般に言われるように、ポリマーに対し溶解能を僅かしか持たない溶媒である。ポリマーがポリメタフェニレンイソフタルアミドであるとき、溶媒(D)は水が好ましい。またポリマーがポリ乳酸であるとき、溶媒(D)はミネラルオイルが好ましい。凝固液は、好ましくは50〜100質量%、より好ましくは85〜100質量%の溶媒(D)を含有する。他の成分は、N−メチル−2−ピロリドンやジメチルスルホオキサドが好ましい。
【0018】
凝固液は、界面活性剤を含有していても良い。界面活性剤としてアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤として、高級脂肪酸塩、アルキル硫酸塩、アルケニル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩等が挙げられる。カチオン界面活性剤としては、炭素数12〜16の直鎖モノアルキル第4級アンモニウム塩、炭素数20〜28の分岐アルキル基を有する第4級アンモニウム塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、アルキル基およびアシル基が8〜18個の炭素原子を有するアルキルアミンオキシド、カルボベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン、アミドスルホベタイン等が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、アルキレンオキシド、好ましくはエチレンオキシド(EO)等を挙げることができる。界面活性剤の含有量は、溶媒(D)100質量部に対し、好ましくは0.05〜30質量部、さらに好ましくは5〜10質量部である。凝固液の温度は、好ましくは10〜80℃、さらに好ましくは20〜50℃である。
【0019】
本発明の成形体を得るには特殊な装置は不要である。塊状成形体は、ドープを、凝固液中に添加することにより製造することができる。例えば、ドープを凝固液中にスプレー、注射器などで滴下させるだけでよい。また、繊維状の成形体は、凝固液中にノズルで吐出して巻き取ることで製造できる。また、繊維状、紐状、パイプ状の成形体は、空中からマイクロシリンジ等でドープを吐出しながらマイクロシリンジ等を水平に移動させて、ドープを凝固液中に投入することにより得ることもできる。また、膜状成形体はキャリア物質上にドープを塗布し凝固液に浸漬することで製造できる。これらの場合、スプレーノズルの口径、塗布厚みなどを変えることにより、成形体の径や厚みを任意に調整することが可能である。
【0020】
本発明によれば、いわゆるスピノーダル分解によって、ポリマーマトリックス中に連続した孔径1nm〜1μm程度の網目構造の微細孔が形成される。またポリマーは疎水性で、硝酸イオン選択吸着剤は親水性であるので、ポリマーと硝酸イオン選択吸着剤とは互いにはじき合う性質を有するため、鈴構造が形成される。
ポリマーが、ポリメタフェニレンイソフタルアミドであり、溶媒(B)がN−メチル−2−ピロリドンであり、溶媒(D)が水であることが好ましい。ポリマーがアクリルポリマーであり、溶媒(B)がジメチルスルホオキサドであり、溶媒(D)が水であることが好ましい。好ましいポリマーおよび溶媒の組み合わせとして、下記表1に示す組合せが例示できる。
【0021】
【表1】

【0022】
<硝酸イオンの除去方法>
本発明の硝酸イオンの除去方法は、上記成形体と被処理液とを接触させることからなる。被処理液として、河川水、ため池水、湖沼水、地下水、プール水、上下水等の硝酸イオン含有溶液が挙げられる。
硝酸イオンの除去は、成形体を被処理液に添加し、十分撹拌混合して硝酸イオンを吸着させ、さらにはほぼ吸着平衡に達っせしめたのち、固液分離すればよい。それにより、被処理液中の硝酸イオンは成形体に取り込まれ成形体ごと固体として液体から分別除去される。このような吸着処理において、被処理液のpHは5〜10の範囲に調整するのが好ましい。処理時間は、成形体のサイズによっても異なるが、通常30分〜2時間の範囲である。
成形体中の吸着剤に吸着された硝酸イオンは、成形体を適当な溶離剤、通常アルカリ、例えば水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物、塩化ナトリウムなどのハロゲン化アルカリ等の水溶液で処理すれば、溶離されて溶液中に溶出してくる。溶離剤の溶液濃度は、硝酸イオン吸着量によっても異なるが、通常0.1〜5M、好ましくは1〜2Mの範囲で選ばれる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれにより何等限定を受けるものではない。実施例において用いた装置、方法は以下のとおりである。
【0024】
(1)平均二次粒子径測定
レーザ回折散乱法粒度分布測定装置MT―3300(日機装(株)製))を用いて測定した。
(2)BET法比表面積の測定
湯浅アイオニクス(株)製の12検体全自動表面測定装置マルチソーブ−12で測定した。
(3)粒子構造の解析
X線回折により行なった。
方法:Cu−Kα、角度(2θ):5〜65°、ステップ:0.02°、スキャンスピ−ド:4°/分、管電圧:40kV、管電流:20mV。
装置:RINT2200VX線回折システム(理学電機(株)製)
(4)成分分析
MgO、Alキレート滴定法による。
CO:JIS R9101に準ずる方法による
Cl:ホルハルト法による
【0025】
(参考例1)硝酸イオン選択吸着剤の製造
1m反応槽に1.36mol/LのMgCl水溶液331Lおよび2.0mol/LのAlCl水溶液50Lを入れ、室温下で攪拌しつつ3.4mol/LのNaOH水溶液334Lを約15分間で注加した。
さらに30分間攪拌後、沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させた。懸濁液を室温まで冷却後、濾過、水洗および105℃で41時間熱風乾燥して硝酸イオン選択吸着剤を得た。
該吸着剤は粉末X線回折(図1)、組成分析からMg−Al型(Mg/Al=4.2、すなわち式(1)でx=0.19)の層状複水酸化物であり、層間距離にあたる(003)面の面間隔d003は0.8122nmであった。また、モル比 MgO:Al:Cl:CO=8.40:1.00:1.83:0.18であった。本吸着剤の粒径をレーザ回折散乱法で測定した結果、平均粒径は0.589μmで、BET法による比表面積は14.9m/gであった。
【0026】
<実施例1>繊維状成形体の製造
室温で、100質量部のポリメタフェニレンイソフタルアミド(PMPIA)を1400質量部のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解させて、ポリマー溶液を調製した。ポリメタフェニレンイソフタルアミド(PMPIA)100質量部に比して、参考例1で調製した硝酸イオン選択吸着剤200質量部を、50質量部のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に添加し、43hPaで3時間減圧下に保持して脱気を行った。その後、その全量を調整したポリマー溶液に加え、攪拌棒で全体を充分に攪拌してドープを調製した。室温の水を凝固液とした。図2に示す装置で、室温にてドープをギヤポンプからキャップを介して凝固液中に吐出し、ローラーで巻き取って繊維状成形体を得た。繊維状成形体の断面の透過型電子顕微鏡写真を図3に示す。
【0027】
<実施例2>繊維状成形体による硝酸イオンの吸着速度
実施例1で得られた繊維状成形体0.5gを、1mmol/L硝酸ナトリウム水溶液1Lに加え、2日間かきまぜた。途中、サンプリングをし、溶液中の硝酸イオン濃度をイオンクロマトで測定した。吸着前後の硝酸イオン濃度の差から硝酸イオン吸着量を求めた。吸着処理時間を横軸に、硝酸イオンの吸着量を縦軸にプロットした結果を図4に示す。硝酸イオンの吸着量は吸着処理6時間後に最大となり、吸着容量は0.93mmol/g−成形体で、用いた硝酸イオン選択吸着剤原粉当たりの吸着容量は1.40mmol/g−吸着剤であった。
【0028】
<比較例1>硝酸イオン選択吸着剤による硝酸イオンの吸着速度
参考例1で得られた硝酸イオン選択吸着剤の原粉0.5gに対して、1mmol/L硝酸ナトリウム水溶液1Lを加え、2日間かきまぜた。途中、サンプリングをし、実施例2と同じ方法で硝酸イオンの吸着量を求めた。サンプリング時間を横軸に、硝酸イオンの吸着量を縦軸にプロットした結果を図4に示した。硝酸イオン吸着量は吸着時間30分後に最大となり、時間と共に緩やかに減少した。2日後の最小吸着量は1.40mmol/g−吸着剤であった。
実施例2と比較例1とを比べると、繊維状成形体の吸着容量は、用いた硝酸イオン選択吸着剤粉末の場合とほぼ同等であることが分かる。これは、ポリマーマトリックス内に担持された硝酸イオン選択吸着剤の表面は被覆されていないことと一致する。
【0029】
<実施例3>繊維状成形体の硝酸イオン選択性
各2mmol/LのNaCl、NaNO、NaCO、NaHPO、NaSOの混合溶液10mLに対して、参考例1の硝酸イオン選択吸着剤、実施例1の繊維状成形体各0.1gを用いて吸着実験を行った。1日後に、0.2μmのフィルターで固液分離し、各陰イオン濃度はイオンクロマトグラフィーで測定した。分配係数Kは下記式(2)により求めた。吸着実験結果をもとに計算したK値を表2にまとめた。繊維状成形体は硝酸イオンに対して高い選択性を示すことが分かる。また、この実験で実施した多成分系における繊維状成形体の硝酸イオン吸着性は、用いた硝酸イオン選択吸着剤原粉基準で評価すると、ほぼ79%であることが分かる。
Kd(mL/g)=陰イオン吸着量(mg/g)/陰イオン濃度(mg/mL) (2)
【表2】

【0030】
<実施例4>
1mmol/Lの硝酸ナトリウム水溶液2Lに対し、実施例1で得た繊維状成形体あるいは参考例1で得た硝酸イオン選択吸着剤を所定量添加し、25℃温度一定の恒温槽の中で、メカニカルスターラー200回転/分で撹拌して吸着実験を行った。1日後の硝酸イオン吸着量を実施例2と同じ方法で求めた。繊維状成形体の硝酸イオン吸着性能、およびその粉末性能比の結果を表3に示す。
【0031】
【表3】

【0032】
図4から分かるとおり、参考例1で得られた粉末吸着剤の硝酸イオン吸着性能は、時間経過と共に緩やかに減少するため、吸着処理1日後の吸着性能を表3で比較した結果、実施例1で製造した繊維状成形体の吸着容量は、参考例1で得た硝酸イオン選択吸着剤基準で評価すると、ほぼ100%本来の吸着性能を発現していることが分かる。また表3から明らかなように、吸着後の溶液中の硝酸イオン濃度はいずれの場合も飲料水の硝酸イオン基準(10mg−N/L=0.7mmol/L)以下である。図4で示される硝酸イオン選択吸着剤原粉の性能低下は、空気中の炭酸ガス由来の炭酸イオンの影響と考えられるが、繊維状成形体の場合においても硝酸イオンの吸着速度が炭酸イオンの吸着速度より大きいことが分かる。これは、短時間で硝酸イオンの吸着を行えば、炭酸イオンによる妨害は小さいことを示している。
【0033】
<実施例5> 繊維状成形体の繰り返し再生実験
実施例1で得られた繊維状成形体が硝酸イオン吸着に繰り返し使用できるかを試験した。硝酸イオンの吸着は、繊維状成形体(硝酸イオン選択着剤換算1g)を2mmol/L硝酸ナトリウム水溶液1Lで4時間処理して行った。硝酸イオン吸着後の繊維状成形体を0.6mol/L塩化ナトリウム水溶液(海水濃度相当)500mLで20時間処理し、Cl型への再生を行った。各吸着処理時の硝酸イオン吸着量は、溶液の硝酸イオン濃度をイオンクロマトで測定し、吸着前後の濃度の変化から求めた。その結果を図5に示す。5回の繰り返しでは、硝酸イオン吸着容量は1.3mmol/g−吸着剤で一定であることが分かる。従って、繊維状成形体は再生が可能であり、繰り返し使用が出来ることは明らかである。
【0034】
<実施例6>繊維状成形体の製造
室温で、100質量部のポリアクリルニトリル(PAN)を1400質量部のジメチルスルホキサド(DMSO)に溶解させて、ポリマー溶液を調製した。ポリアクリルニトリル(PAN)100質量部に比して、参考例1で調製した硝酸イオン選択吸着剤200質量部を、50質量部のジメチルスルホキサド(DMSO)に添加し、43hPa で3時間減圧下に保持して脱気を行った。その後、その全量を調整したポリマー溶液に加え、攪拌棒で全体を充分に攪拌してドープを調製した。室温の水を凝固液とした。図2に示す装置で、室温にてドープをギヤポンプからキャップを介して凝固液中に吐出し、ローラーで巻き取って実施例1と同様な繊維状成形体を得た。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の成形体は、硝酸イオン吸着材としての応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】参考例1で得られた硝酸イオン選択吸着剤のX線回折パターンである。
【図2】実施例1で用いた装置の略図である。
【図3】実施例1で得られた繊維状成形体の断面の透過型電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例1で得られた繊維状成形体の硝酸イオン吸着速度の測定結果である。
【図5】実施例1で得られた繊維状成形体による硝酸イオン吸着の繰り返し再生実験の結果である。
【符号の説明】
【0037】
1 ドープ貯留槽
2 ドープ
3 吐出部
4 紡出糸
5 凝固浴槽
6 凝固液
7 抑えローラー
8 巻き取りローラー
9 ポリマーマトリックス
10 隙間
11 硝酸イオン選択吸着剤の微粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマーマトリックス中に形成された複数のセルを有する成形体であって、
(1)セル中には下記式(1)で表される硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包され、
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
(2)ポリマーマトリックス中には細孔が存在し、細孔は他の細孔とポリマーマトリックス中で連通し、それらの孔径が1nm〜1μmの範囲にあり、
(3)セルの内壁と硝酸イオン選択吸着剤微粒子とは実質的に接触していない、成形体。
【請求項2】
硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が、150〜180°Cの温度で2時間以上、水熱合成されたもので、その平均粒径が0.1〜3mmである請求項1に記載の成形体。
【請求項3】
ドープを凝固液中で凝固させることからなる、ポリマーマトリックス中に形成された複数のセルを有する成形体であって、セル中には硝酸イオン選択吸着剤の微粒子が内包されている成形体の製造方法であって、
(1)硝酸イオン選択吸着剤は下記式(1)で表される化合物であり、
Mg2+1−xAl3+(OH(Clx−ny(An−・mHO (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数で、An−はCl以外のn価の陰イオンで、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
(2)ドープは、疎水性のポリマー、該ポリマーの良溶媒である溶媒(B)および硝酸イオン選択吸着剤の微粒子を含有し、
(3)凝固液は、該ポリマーの貧溶媒である溶媒(D)を含有することを特徴とする方法。
【請求項4】
ドープが、100質量部のポリマーに対して100〜10,000質量部の溶媒(B)を含有する請求項3記載の方法。
【請求項5】
ポリマーがポリメタフェニレンイソフタルアミドであり、溶媒(B)がN−メチル−2−ピロリドンであり、溶媒(D)が水である請求項3記載の方法。
【請求項6】
ポリマーがアクリルポリマーであり、溶媒(B)がジメチルスルホオキサドであり、溶媒(D)が水である請求項3記載の方法。
【請求項7】
請求項1記載の成形体と被処理液とを接触させることからなる被処理液中の硝酸イオンの除去方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−195843(P2009−195843A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−41495(P2008−41495)
【出願日】平成20年2月22日(2008.2.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)経済産業省四国経済産業局、平成19年度地域新生コンソーシアム研究開発事業(分離機能性ナノ粒子の非接触複合化による機動的浄水システム開発)に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592091596)帝人エンジニアリング株式会社 (21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000162489)協和化学工業株式会社 (66)
【Fターム(参考)】