説明

硫化ガドリニウム型構造酸化イットリウム及びその製造方法

【課題】これまで知られていなかった新規な構造を有し、従って従来にはなかった有用な特性が期待できる酸化イットリウムを提供する。
【解決手段】9GPa以上の圧力と800℃以上の温度で酸化イットリウムを処理することにより、硫化ガドリニウム型構造という新規な構造を有する酸化イットリウムが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硫化ガドリニウム(Gd)型構造の酸化イットリウム(Y)とこの構造を有する酸化イットリウムを高温高圧処理過程により製造することに関する。
【背景技術】
【0002】
酸化イットリウムは耐熱セラミックに、また固体燃料電池用のイットリア安定化ジルコニアのような機能性材料の主要構成要素として広く使用されている。また、酸化イットリウムのイオン半径(Y3+=0.9Å)はランタニド系のイオン半径(Ln3+=0.86〜1.03Å)と近いため、ランタニド系のイオンを酸化イットリウム中に取り込んでEu3+:Y赤色発光蛍光体やNd3+:Y、Yb3+:Yレーザーなどの光学セラミックを製造するためにも使用されている。
【0003】
酸化イットリウムの結晶構造としては、従来、A型希土類型、B型希土類型、C型希土類型、及びCaF型の4種類が知られている。室温常圧環境下では、酸化イットリウムはLnに見られるようなC型希土類型構造を取る。2.5GPa、1273Kでの高静圧実験(非特許文献1及び2)及び圧力12GPa以上、温度673K以下で行われた衝撃圧縮実験(非特許文献3)でB型希土類型構造が得られたことが報告されている。また、高温ラマンスペクトルにより、12GPaでC型希土類型からB型希土類型へ、また19GPaでB型希土類型からA型希土類型へのステップ状の相転移が起こることが示された(非特許文献4)。これとは対照的に、高圧下のX線による酸化イットリウムの研究では、C型希土類型はB型希土類型を経ることなく12GPaにおいて直接にA型希土類型へ相転移し、C型希土類型⇒B型希土類型⇒A型希土類型という順番の相転移はEu3+:Yの場合に限って見られたとされている(非特許文献5)。これに加えて、融点のわずかに下である2493Kにおいて常圧下で形成された酸化イットリウムの高温相(CaF型)の報告もある(非特許文献6及び7)。
【0004】
しかしながら、本願発明者の知る限り、酸化イットリウムの相転移への温度の効果を入れた高圧下X線回折実験は報告されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上述した既知の構造とは異なり、したがって従来にはなかった有用な特性が期待できる酸化イットリウムを得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムが与えられる。
【0007】
本発明の他の側面によれば、9GPa以上の圧力と800℃以上の温度で酸化イットリウムを処理する、硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法が与えられる。
【0008】
ここにおいて、圧力は40GPa以下とすることができる。
【0009】
また、圧力は10GPa以上かつ23GPa以下とすることができる。
【0010】
また、温度は2000℃以下とすることができる。
【0011】
また、レーザー照射によって昇温を行うことができる。
【0012】
また、ダイヤモンドアンビルにより圧力を印加することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、硫化ガドリニウム型構造の酸化イットリウムという、新規な構造の酸化イットリウムを与えるものである。本構造の酸化イットリウムは常温常圧下でも準安定的に存在し、また結晶構造が密になるになるため、C型及びB型希土類型構造を持つEu3+:Yとは異なる蛍光特性が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ダイヤモンドアンビルセル高圧装置の原理を示す概念図。
【図2】実施例で得られた硫化ガドリニウム型構造をもつ酸化イットリウムのX線回折図形。
【図3】硫化ガドリニウム型酸化イットリウムの生成経路と各種結晶構造の比較を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の硫化ガドリニウム(Gd)型構造の酸化イットリウム(Y)は高温高圧処理過程により製造した。従来の高温高圧合成法では、B型希土類構造の酸化イットリウムの合成が確認されていたが、本発明では高温下でかつ従来法より高い圧力の発生により、今まで報告されていなかった硫化ガドリニウム型構造の酸化イットリウムの製造に成功した。
【0016】
また、本発明者の実験によれば、室温高圧下ではA型希土類構造ができるが、この構造は一気圧への減圧時にB型希土類構造へ変化することが確認された。
【0017】
製造された硫化ガドリニウム型構造の酸化イットリウムはB型希土類構造に比べ8%高密度である。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を温度、圧力などを変化させて行った実施例に基づいて更に詳細に説明する。
【0019】
微量の金粉末(0.1重量%未満)を混入した粉末のY(Aldrich P/N 204927、純度99.999%)を873Kで3時間乾燥させたものを高圧実験用の試料として準備した。なお、ここで金粉末を混入するのは、加熱及び圧力測定のためであり、結晶の構造には何の影響も与えない。すなわち、加熱は以下で説明するようにレーザー光(Nd:YLFレーザー)の吸収により行われる。しかし、酸化イットリウムは当該レーザー波長(1053nm)に対し透明であるため、微量の金粉末を試料に分散することによりレーザー吸収を可能にする。また、高圧下で金の格子定数をX線回折データから計算することにより、圧力測定をおこなうことも可能となる。
【0020】
試料に圧力をかけるため、図1に示す、上下に設けられた一対のダイヤモンドアンビル3でその間に存在する試料2を挟んで加圧する対称型のダイヤモンドアンビルセル(DAC)を使用した。図1において、50〜70μmの厚さのレニウム製のガスケット1に開設された直径100〜150μmの孔に試料2を装填した。室温での加圧の際には液圧媒体(hydrostatic medium)(ここではメタノール:エタノール:水=16:3:1)を使用したが、高温での加圧の際には液圧媒体は使用しなかった。室温及び高温でのその場高圧力X線回折実験は、夫々BL04B2及びSPring8(財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI))で行った。30または38keVに調節された単色シンクロトロンX線(monochromatic synchrotron X-ray)を、DAC中の試料上で直径が約50μmのスポットに収束させた。回折されたX線はイメージ板(IP)とCCDを使用して検出した。検出器に記録したデバイ(Debye)リングはFIT2Dプログラム(非特許文献8)を使用して図2に示す強度対2θのデータに変換した。レーザービーム4による加熱はNd:YLFレーザー(図示せず)を使用し、レーザービーム4をDAC中の試料2上で直径20μmのスポットに収束させた。試料の温度は、試料からの灰色放射(gray body radiation)を測定することによってモニタした。圧力は金の格子定数から判定した(非特許文献9)。
【0021】
表1に本願発明者が行った代表的な実験の結果をまとめた。なお、表1には圧力と温度を維持した時間は記載していないが、これは、相転移は加熱時間には敏感でないからである。表1で「高圧状態の構造」の列が「硫化ガドリニウム型」となっている圧力・温度条件下では数秒から数10秒程度の加熱・加圧時間でも十分に相転移する。余裕を見ても、おおむね1分以上の加熱・加圧を行えば十分である。
【0022】
【表1】

【0023】
表1に示す実験結果において、実験No.1、5及び9の場合に硫化ガドリニウム型への相転移が観察された。一旦高温状態で硫化ガドリニウム型に相転移すると、実験No.1及び9の「減圧試料の構造」(DACによる加圧をやめて常圧に戻した状態での試料の構造)カラムに示すように、常圧に戻しても硫化ガドリニウム型構造を維持した。
【0024】
なお、実験No.5の「減圧試料の構造」カラムには「(回収せず)」と記載されている。これは、実験No.1及び9において、硫化ガドリニウム型が常圧でも構造が維持されていることを確認できているので、ここでは常圧下で試料をDACから回収して構造を確認することを省略したことを意味する。
【0025】
また、「減圧試料の構造」カラムには他のいくつかの実験でも「(回収せず)」との記載があるが、上の場合と同様に、敢えて確認するまでもないなどの理由で常圧下での試料構造の確認を省略したことを意味する。
【0026】
ここで行った実験で硫化ガドリニウム型の酸化イットリウムができたことを確認するため、図2に示すX線解析の強度対2θのデータを検討した。本データは実験No.1の試料から得られたものである。
【0027】
図2のグラフにおいて、実測データ点は小さな十字マークで表す。また、これらの実測データ点に当てはめたところの、硫化ガドリニウム構造から観測されるはずの理論的な曲線は細い実線で示す。また、実測データ点と理論的なデータとの差を、図2のグラフ領域の下端近くに細い点線で示す。なお、実測データと重なった理論的な曲線がほぼ垂直方向を向いている箇所(そのような箇所はかなり多い)では、実測データ点の十字マークの縦方向の線は理論的なデータの曲線と重なって判別できず、実測テータ点のマークは短い横方向の細線のように見えることに注意されたい。
【0028】
また、図2において、上述の細い点線と実測データ点及び理論的なデータの曲線との間に見える目盛マーク(tick mark)は、計算により夫々当該角度位置に硫化ガリウム型構造のピークが出現する位置を示し、目盛マークの下側にある上向きの細い8本の矢印は、夫々金粉からの回折の位置を示す。
【0029】
図2に示されるように、実験No.1の処理を行った試料から得られたX線回折データと硫化ガドリニウム構造から得られるはずの理論データは非常によく一致しているため、ここで得られた酸化イットリウムは硫化ガドリニウム型の構造を有していることが確認できた。図示しないが、他の条件で処理した試料についても同様な方法で夫々の構造を同定した。
【0030】
また、得られた硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの密度を測定したところ、B型希土類型構造の酸化イットリウムに比べて8%の密度上昇が見られた。なお、1気圧における密度(g/cm)は、C型希土類型構造は5.03、B型希土類型構造は4.63、硫化ガドリニウム型構造の場合は4.27であった。
【0031】
なお、上の表には示さないが、30GPa以上の圧力を印加した場合でも硫化ガドリニウム型への相転移が起こることがわかった。また、圧力の下限については実験的にほぼ9GPaであることがわかった。したがって、硫化ガドリニウム型構造への相転移を起こすための圧力範囲は9GPa以上、好ましくは9GPaから40Pa、より好ましくは10GPaから23GPaの範囲である。
【0032】
また、この相転移を起こすための温度範囲は800℃以上で酸化イットリウムの融点未満、好ましくは800℃から2000℃の範囲である。
【0033】
図3に、上記実験の結果判明した酸化イットリウムの相転移を図式的に表す。同図からわかるように、従来試みられたことがなかった圧力及び温度の条件下で、硫化ガドリニウム型構造という新規な構造を有する酸化イットリウムが得られる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上詳細に説明したように、結晶構造が密になるため、C型およびB型希土類構造をもつEu3+:Yとは違う蛍光特性が期待される。
【符号の説明】
【0035】
1 ガスケット
2 試料
3 ダイヤモンドアンビル
4 レーザービーム
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0036】
【非特許文献1】Hoekstra and Gingerich(1964), Science, 146, 1163
【非特許文献2】Hoekstra(1966), H. R. Inorg. Chem.,5, 754
【非特許文献3】Atou, T.; Kusaba, K.;Fukuoka, K.;Kikuchi, M.; Syono, Y. J. (1990), Solid State Chem.,89, 378
【非特許文献4】Husson, E.; Proust, C.; Gillet,P.; Itie, J. P. (1999), Mater. Res. Bull., 34, 2085
【非特許文献5】Wang, L.; Pan, Y.; Ding, Y.; Yang, W.; Mao,W. L.; Sinogeikin, S. V.; Meng,Y.; Shen, G.;Mao, H. K.(2009), Appl. Phys Lett., 94, 061921
【非特許文献6】Katagiri, S.; Ishizawa, N.; Marumo,F. (1993), Powder diffraction, 8, 60
【非特許文献7】Swamy, V.; Dubrovinskaya,N. A.; Dubrovinsky, L. S. (1999), J. Mater. Res., 14,459
【非特許文献8】Hammersley, A. P. European Synchrotron Radiation Facility Internal Report1997, ESRF97HA02T
【非特許文献9】Andeson, O. L.; Isaak, D. G.; Yamamoto, S. (1989)J. Appl. Phys., 65, 1534

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウム。
【請求項2】
9GPa以上の圧力と800℃以上の温度で酸化イットリウムを処理する、硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。
【請求項3】
圧力が40GPa以下である、請求項2に記載の硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。
【請求項4】
圧力が10GPa以上かつ23GPa以下である、請求項2または請求項3に記載の硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。
【請求項5】
温度が2000℃以下である、請求項2から請求項4のいずれかに記載の硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。
【請求項6】
レーザー照射によって昇温を行う、請求項2から請求項5の何れかに記載の硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。
【請求項7】
ダイヤモンドアンビルにより圧力を印加する、請求項2から請求項6の何れかに記載の硫化ガドリニウム型構造を有する酸化イットリウムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−219306(P2011−219306A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−89993(P2010−89993)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】