説明

硫化水素ガスの発生を抑制する方法及び硫化水素ガス発生抑制剤

【課題】 安定型最終処理場における堆積廃棄物中に含まれる、硫化水素ガスの発生を抑制する手段の提供を目的とする。
【解決手段】 硫化水素を含有する埋立て廃棄物中に直接適用するための、安定な水酸化第二鉄コロイドを含有する水性分散液。該分散液は堆積廃棄物中における、硫化水素ガス発生抑制剤として有用である。
pH1.00〜2.90で鉄濃度が約1.0〜約6.0w/v%である水酸化第二鉄コロイドの水分散液であって、鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
を満たす硫化水素発生抑制剤を用いる。
また、本発明は安定な水酸化第二鉄コロイド水分散液を直接堆積廃棄物に加えることを特徴とする硫化水素ガスの発生抑制方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硫化水素ガスの発生を抑制する方法及びそれに用いる硫化水素ガス発生抑制剤に関する。
【0002】
安定型廃棄物処理場において、安定5品目(廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、工作物の除去コンクリート(瓦礫類))以外の物質として混入する石膏ボードを原因として硫化水素が発生し、環境上の問題となっているとともに、高濃度硫化水素(一般に1,000ppm以上)による死亡事故等が発生している。
【0003】
硫化水素の発生機構については、(1)硫酸塩源、(2)硫酸塩還元菌、(3)硫酸塩還元菌増殖のための有機物源、(4)滞留水、(5)嫌気性の環境といった5つの発生条件がある。これら発生条件のいずれか一つを欠くことで、高濃度硫化水素の発生抑制が図れるとされる。しかし、廃棄物の不法投棄堆積現場など自然環境下においてこれら5つの発生条件について確実に対処することは、かかる労力や費用などを考慮すると、これらの発生条件対策は現実的には困難である。すなわち、(1)廃棄物中から特定の物質である硫酸塩源を除去することは、現実的には大型の専用工場等が必要となり、実現性に乏しい。(2)硫酸塩還元菌は自然の常在菌であり、その存在を完全になくすことは不可能である。(3)廃棄物中の有機物量を減らすことは可能であるとしても、完全になくすことは不可能である。(4)滞留水については、水分除去としての浸透水等水分供給の遮断、水分除去のための排水、嫌気状態改善のための通気などが有効である。しかし、堆積廃棄物等への地下水や表流水、雨水等外部からの水の浸入を完全に断ち切ることは困難である。(5)嫌気性の環境については、滞留水の除去と関連し、水分除去に加え、通気設備などによる大気の供給が有効である。ただし、積極的な大気の供給は、逆に処理対象と異なる毒性ガスや臭気の発生を促進する危険性がある(非特許文献1参照)。
【0004】
こうした中、発生した硫化水素の捕捉や除去への取り組みが行われている。一つは吸引ポンプ及び硫化水素吸収資材充填の気体処理槽などにより構成されるガス処理設備による方法であり、一つは対象廃棄物等へのガス吸収資材の混合による方法である。このうち、ガス処理設備による方法では、発生ガスの除去等の対処が必要とされる。一方、ガス吸収資材の混合による方法は、硫化水素と反応して捕捉しやすい遊離鉄等を多く含む資材を土壌や廃棄物と混合して覆土とし、これをガス吸収層とするものである。遊離鉄等を含む資材としては、天然の土壌などもあるが、多くの事例では酸化鉄系の脱硫剤が用いられている。
【0005】
ただし、これらは、空気中に揮散した硫化水素ガスを捕捉、吸収、除去するものであり、廃棄物内部で発生を抑制するものではない。また、高濃度で残置する液相中の硫化水素の除去は行えない。当該方法をとった場合でも、廃棄物を掘削するなどの行為においては、前もって先述したガス処理設備による発生硫化水素ガスの除去を行うなどの対処が必要である。また、発生そのものの抑制でないため、硫化水素ガスの発生は、成り行きに任せたままとなる。従って、大気中への硫化水素ガスの拡散を抑制するのは難しい。
【0006】
硫化水素を含む溶液中に3価の鉄化合物を添加し、pHを3以下、酸化還元電位を0mV以上として、硫化水素と3価の鉄化合物を反応させることにより、溶液に溶存する硫化水素を硫黄原子の形に固定することを特徴とする溶存硫化水素の除去方法が開示されている(特許文献1)。ここでは、酸性溶液中で3価の鉄化合物が硫化水素を酸化し、硫黄原子に変換して、生成した硫黄原子を沈殿して除去している。還元的条件である廃棄物内においては酸化剤である3価の鉄化合物が、硫化水素以外の還元物質とも反応するため、その硫化水素を酸化する能力が減じてしまう。従って、3価の鉄化合物は、廃棄物に直接適用するのには不向きである。
【0007】
安定型廃棄物処理場からの滲出水中の毒性物質除去方法が開示されている(特許文献2)。該方法は、滲出水の処理により滲出水中の毒性物質を除去する工程において(1)滲出水のpHを5〜10に調整する、(2)鉄イオン濃度を調整し、これを滲出水に添加し水酸化鉄コロイドを作成する、(3)陰イオン吸着性吸着剤或いは中性の吸着剤による吸着処理、及び(4)陽イオン交換性を有するろ材でろ過する工程を構成要件とする。特許文献2は廃棄物を直接処理するものではなく、また処理場からの滲出水中の硫化水素とともにヒ素、ウラン、鉛などの有毒物質を除去することを目的としており、調整池から吸着処理用タンクを経由する構造を取っている。しかしながら、かかる工程は滲出水のpH処理を行い、系中で水酸化鉄コロイドを作成するうえ、さらに吸着処理を含むことから煩雑であり、迅速かつ簡便な方法で硫化水素ガス発生を抑制するものではない。
【0008】
汚染土壌に3価の鉄化合物(例えば、水酸化第二鉄)を添加し、汚染土壌中に存在する嫌気性細菌、及び/又は新たに添加する嫌気性細菌を用いて、含ハロゲン炭化水素等の汚染物質を除去することを特徴とする汚染土壌の浄化方法が開示されている(特許文献3)。しかしながら、硫化水素を除去することについては一切開示されていない。
【0009】
アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、重炭酸塩のいずれか一種以上、及び酸化剤からなる水溶液の処理剤(具体的には、水酸化鉄及び酸化鉄を主成分とする脱硫化水素剤)を充てんした脱硫化水素装置が開示されている(特許文献4)。かかる脱硫化水素装置は大規模となり、脱硫化水素は簡便ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−89915号公報
【特許文献2】特開2007−21350号公報
【特許文献3】特開2005−144295号公報
【特許文献4】特開2005−169370号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】国立環境研究所研究報告第188号(井上雄三編)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前記のガス処理設備による方法は、ガス吸入のための装置が必要であり、また発生する硫化水素の拡大を止めることはできない。一方、対象廃棄物等へのガス吸収資材の混合による方法は、その硫化水素との反応が覆土との接触個所である廃棄物の表面及びせいぜいその周辺で行われるにすぎず、廃棄物内部で発生する硫化水素に対して影響を及ぼすことはできない。
【0013】
上記のように、従来の方法では手軽かつ安全に硫化水素の発生を抑制、除去し、無毒化する方法が知られていなかった。また硫化水素を除去するために時間がかかることも問題とされていた。
【0014】
そこで、廃棄物処理場では、硫化水素を除去するにあたりより簡便な手法が求められる。又、硫化水素は毒性を有することから、その除去にあたる取り扱いに高い安全性が求められる。さらには、迅速な硫化水素処理のため、硫化水素を除去するための薬剤は堆積された廃棄物の中へと高い浸透性が求められる。
【0015】
本発明は、上記現状に鑑みて、より簡便かつ安全に廃棄物から発生する硫化水素の発生抑制を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく検討を重ねた結果、ある一定の条件を満たす水酸化第二鉄コロイドの水分散液が、より簡便かつ安全に廃棄物中の硫化水素ガスの発生を抑制することができることを見出した。本発明は下記の技術的構成により、上記課題を達成したものである。
【0017】
本発明は、以下の発明(1)〜(9)からなる。
(1) 硫化水素を含有する廃棄物の処理場において、前記廃棄物に対してpH1.00〜2.90で鉄濃度が約1.0〜約6.0w/v%である水酸化第二鉄コロイドの水分散液を適用することを特徴とする硫化水素ガスの発生抑制方法、
(2) 前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液の鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
を満たすことを特徴とする前項(1)記載の方法、
(3) 前記水分散液が塩化鉄水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニアからなる群より選択される1以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることによって得られることを特徴とする前項(1)又は(2)記載の方法、
(4) 前記分散液を前記廃棄物の上から噴霧することを特徴とする前項(1)又は(2)記載の方法、
(5) 前記分散液を前記廃棄物内に注入装置を用いて浸透させることを特徴とする前項(1)又は(2)記載の方法、
(6) 硫化水素を含有する廃棄物の処理場における硫化水素ガス発生抑制剤であって、pH1.00〜2.90で鉄濃度が約1.0〜約6.0w/v%である水酸化第二鉄コロイドの水分散液を含有する硫化水素ガスの発生抑制剤、
(7) 前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液の鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
の関係を満たすことを特徴とする前項(6)記載の硫化水素ガス発生抑制剤、
(8) 前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液が鉄イオンを含有する水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素ナトリウム及び水酸化リチウムからなる群より選択される1種以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることによって得られることを特徴とする前項(7)記載の硫化水素ガス発生抑制剤、及び
(9) 塩化鉄水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニアからなる群より選択される1以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることを特徴とする水酸化第二鉄コロイドの水分散液の製造方法。
【0018】
本発明において、「硫化水素ガスの発生抑制方法」とは、堆積された廃棄物内又は廃棄物から滲出する液からの硫化水素ガスの発生を抑制する方法をいう。具体的には、堆積廃棄物内で発生する硫化水素(気相、液相)を無毒化することによって除去し、その結果硫化水素ガスの発生を抑制する。より詳細には、堆積された廃棄物に水酸化第二鉄コロイドの水分散液を適用し、廃棄物内で硫化水素を水酸化第二鉄と反応させることによって硫化鉄等に固定し、悪臭を有する硫化水素ガスの空気中への拡散を抑制する。
【0019】
本発明において、「硫化水素ガス発生抑制剤」とは、堆積された廃棄物内又は廃棄物から滲出する液からの硫化水素ガスの発生を抑制する薬剤をいう。その有効成分として、水酸化第二鉄コロイド水分散液が好適に用いられる。本発明において、「廃棄物」とは、家庭活動や事業活動に伴い出される汚物又は不要物であって、固体又は液状のものをいう。例えば、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃水、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他が含まれる。
【0020】
本発明が行われる廃棄物処理場としては、産業廃棄物等の廃棄物を埋立て処分するいわゆる廃棄物最終処理場が挙げられる。廃棄物最終処理場のうち、安定型最終処理場においてより好適に用いられる。「安定型最終処理場」とは、環境に影響を与えない(土中で変化したり流出したりしない)廃棄物のみを埋め立てる処理場をいう。安定型最終処理場では、安定5品目(廃プラスチック類・金属くず・ガラス陶磁器くず・ゴムくず・がれき類)のうち、除外項目に該当しない産業廃棄物が処理される。
【発明の効果】
【0021】
本発明(1)〜(5)の硫化水素ガスの発生抑制方法により、簡便かつ安全な方法で処理場における廃棄物からの硫化水素ガスの発生を抑制、又は発生した硫化水素ガスを除去することが可能となる。特に本発明(2)の範囲にあることにより、固いゲルにならないまで程度に可能な限り多くのアルカリ性化合物を加えることで活性を高め、かつ長期安定性を達成する水酸化第二鉄コロイドの水分散液を提供することができる。この領域においては、硫化水素ガス発生抑制用の資材としてのpHは低いが、予め鉄イオンの全部又は大半が、アルカリ性化合物の追加により水酸化鉄コロイドへと変換されているため、一般的に弱アルカリ性である廃棄物によって容易に中和されるように酸性度が低くなっている。その結果、少量の適用で硫化水素を処理することができると考えられる。
【0022】
本発明(4)の硫化水素ガス発生抑制方法により、堆積廃棄物表面近く等の硫化水素を簡易かつ迅速に除去することができる。
【0023】
本発明(5)の硫化水素ガス発生抑制方法により、堆積廃棄物の奥深く等に滞留する硫化水素を処理することができる。
【0024】
本発明(6)〜(8)の硫化水素ガス発生抑制剤は、堆積廃棄物中に浸透する安定な水酸化第二鉄コロイドを主成分とすることから、硫化水素が発生している廃棄物処理場で煩雑な操作を必要とせず、そのまま硫化水素ガスの処理に用いることができる。
【0025】
本発明(9)の硫化水素ガス発生抑制剤の製造方法により、これまで調製するのが困難であった安定なコロイド状態の水酸化第二鉄を含有する水分散液を提供することができる。
【0026】
具体的には、本発明の硫化水素発生抑制剤においては水酸化第二鉄がコロイドの水分散液状態を保つことから堆積廃棄物の表面から奥深くまで浸透することができるので、より効果的に硫化水素ガスの発生を抑制することができる。
【0027】
次に、本発明の硫化水素発生抑制剤は水酸化第二鉄のコロイド状態を長期間維持することができるので、硫化水素の処理を行おうとする者が固いゲル化や凝集沈殿の心配なく簡便に取り扱うことができる。
【0028】
硫化水素が廃棄物処理場外(大気中)に漏れ出す前に水酸化第二鉄と反応することによって、安定な硫化鉄等の化合物になる。硫化鉄は固体でかつ安定であり、中性〜アルカリ性条件下ではそこから硫化水素が発生するおそれがなく、処理場の周辺に悪臭をもたらすこともない。堆積廃棄物は一般にアルカリ性であるので、大量の硫化水素が発生することは考えにくい。
【0029】
本発明のように、単に堆積した廃棄物の上から薬剤を適用するという簡便な手法で廃棄物中の硫化水素を除去することはこれまでに実現できなかったことである。従来のようにガス管を用いて吸引したり、硫化水素と反応する化合物を含有する土で覆ったり、大規模な脱硫装置を使用したり、吸着剤を用いたりという方法に比べて費用面でも労力面でも利点がある。従来法では堆積層の奥部に存在する硫化水素にまで処理液を到達させることは困難であったが、本発明によって堆積層の奥部に存在する硫化水素までも効果的に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の硫化水素発生抑制剤において好ましい鉄濃度とpHの範囲を表すグラフである。
【図2】堆積廃棄物の処理場における掘削範囲及び薬剤噴霧部位を表す。
【図3】堆積廃棄物に本発明の硫化水素発生抑制剤を適用する態様である。
【図4】本発明の硫化水素発生抑制剤の浸透に用いる打撃式注入機械の模式図である。
【図5】本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を同時に複数の注入用の管に適用する態様の模式図である。
【図6】本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を噴霧器を用いて適用する態様である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
水酸化鉄(水酸化第一鉄及び/又は水酸化第二鉄)による硫化水素の無毒化(無害化)
硫化水素(HS)は安定型廃棄物最終処理場中において、硫酸根(硫酸イオン)、硫酸塩還元菌及び水を含む嫌気性条件下で有機物が嫌気的に分解する過程で以下の反応式に基づいて生成する。
SO2−+2(CHO)+2H→HS↑+2CO↑+2H
【0032】
生成した硫化水素の一部は、気体として遊離し(気相)、一部は水の中で溶存する(液相)。硫化水素は本発明の硫化水素発生抑制剤の主成分であるFe(OH)(水酸化第二鉄)と速やかに反応し、難溶性の硫化第二鉄(Fe)を生成して沈殿する(以下の反応式参照)。
3HS+2Fe(OH)→Fe↓+3H
【0033】
液相における反応について説明する。水酸化第二鉄が液相中の硫化水素と接すると、液相に含まれる硫化水素と瞬時に反応し、硫化第二鉄へと無毒化される。これにより、液相中の硫化水素が気化する前に無毒化され、硫化水素ガスの発生が抑制される。
【0034】
気相における反応について説明する。水酸化第二鉄が気相中の硫化水素ガスと接触することによって硫化水素を数時間かけて硫化第二鉄へと無毒化する。硫化水素ガスが減少すると、液相に含まれる硫化水素が平衡によって気相へ移動(気化)し、それを水酸化第二鉄が吸着し、硫化鉄へと無毒化する。この過程を経て、水酸化第二鉄に直接接触していない廃棄物の液相中の硫化水素も徐々に減少することとなる。
【0035】
上記の硫化鉄は嫌気条件下では安定である一方、湿度が高く好気的条件下では容易に酸化鉄の水和物(即ち、水酸化第二鉄)と硫黄を生成する(以下の反応式参照)。
2Fe+6HO+3O→4Fe(OH)+3S
【0036】
従って、廃棄物の中に含まれる硫化水素ガスを本発明の硫化水素ガス発生抑制剤で処理し無毒化した後、廃棄物を再堆積しても、廃棄物は嫌気状態となるため処理によって得られた硫化第二鉄は安定であり、硫化第二鉄から硫化水素は発生しない。また、仮に好気状態となるとしても、直接硫化水素が発生することはない。従って、好気条件、嫌気条件のいずれであっても硫化水素ガスの発生を抑制することができる。
【0037】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を過剰に加えた場合について検討する。本発明の硫化水素発生抑制剤の有効成分である水酸化第二鉄(Fe(OH))の一部は廃棄物内部の嫌気的条件下で還元されて水酸化第一鉄(Fe(OH))となる。廃棄物から発生する硫化水素は水酸化第一鉄とも反応し硫化第一鉄(FeS)を生成して、硫化水素は除去される(以下の反応式参照)。
Fe(OH)+HS→FeS+2H
【0038】
・構成成分
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤には、有効成分として水酸化第二鉄(Fe(OH))が含まれる。水酸化第二鉄とは化学的には、酸化水酸化鉄(III)(Fe(O)(OH))の構造で水の中に存在していると考えられるが、ここでは便宜的に水酸化第二鉄と称する。また水酸化第二鉄の還元体として一部(例えば、鉄換算で約0%〜約30%程度)は水酸化第一鉄(Fe(OH))が含まれていてもよい。
【0039】
水酸化第二鉄は、分散媒である水の中で、コロイド状で実質的に均一に分散していることが好ましい。コロイド状とは、具体的には、一方が微小な液滴あるいは微粒子を形成し(分散相)、他方に分散した2組の相から構成された物質状態をいう。コロイド状とは、全てがコロイド状態である必要はなく、鉄の一部がイオン(Fe3+又はFe2+)の形状で存在していてもよい。水酸化第二鉄が低濃度だと、水酸化第二鉄はコロイド状態ではなく鉄イオン(Fe3+又はFe2+)状態となりやすい。かかる鉄イオン水溶液だと電荷のため、堆積廃棄物に適用した場合に表面付近の土に吸着され、堆積下部まで水酸化鉄が十分に到達しないおそれがある。逆に水酸化第二鉄が高濃度だと固いゲルになるか、又は凝集沈殿物を生じやすい。固いゲル状となる場合には、粘度が高くなることから送液時のポンプが詰まりやすく、沈殿物を生じる場合には均等に水酸化第二鉄を廃棄物に到達させることができず、使用時の利便性が劣ることがある。しかしながら、ゲル状であっても、粘度の低いものであれば強力なポンプや撹拌機を用いて適用することもできる。
【0040】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤には、ハロゲンイオンを含有していてもよい。ハロゲンとしては、例えば、塩化第二鉄を原料とした場合の塩化物イオンや、その他フッ化物イオン、臭化物イオンなどが含まれる。
【0041】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤には、原料に由来するアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン及び又はアンモニウムイオンを含有していてもよい。アルカリ金属イオンとしては、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオンなど、アルカリ土類金属イオンとしては、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなどが含まれる。
【0042】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤には、硫黄源となる成分、例えば硫酸イオン、亜硫酸イオン、メルカプトイオン等が含まれていないことが好ましい。硫黄源があると硫化水素を発生するおそれがあるからである。
【0043】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤には、水以外の液体成分として、例えば、各種有機溶媒(例えば、メタノール、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)が含まれていてもよい。また、他の任意成分として、水酸化第二鉄のコロイド状態を安定にする薬剤が含まれていてもよい。
【0044】
本発明の硫化水素発生抑制剤には、過酸化水素等の酸化剤が含まれていてもよい。
硫化水素の処理にあたり、従来より用いられているポリ硫酸第二鉄と、本発明で用いる水酸化第二鉄コロイドとを比較すると、本発明の水酸化第二鉄コロイド水分散液を用いた場合では迅速に硫化水素ガスの臭いが消えたのに対して、ポリ硫酸第二鉄を用いた場合では、水酸化第二鉄コロイドの2倍量を付しても、硫化水素ガスの臭いがなかなか消えず、廃棄物内における硫化水素以外の還元的物質との酸化還元反応が起こり、硫化水素との反応に用いられるとは限らない。
【0045】
その一方で、本発明の水酸化第二鉄コロイドは、硫化水素と特に反応しやすく、還元的条件においても効率的に硫化水素と反応するので、少量で効率的に硫化水素を無毒化又は弱毒化することができる。本発明の硫化水素発生抑制剤を用いると、硫化水素が硫化鉄となって地中に留まることから堆積廃棄物の表面に悪臭が発生することがないため、より好ましい。
【0046】
図1は、本発明の硫化水素発生抑制剤において好ましい鉄濃度とpHの範囲を表すグラフである。このグラフは、水酸化第二鉄が水中でコロイド状態を保ち、かつ固化したゲルにはならない範囲を表す(実施例参照)。水酸化第二鉄コロイドが安定して存在するpHの範囲は、pH1.00〜2.90、より好ましくはpH1.10〜2.80、さらに好ましくはpH1.30〜2.10の範囲である。本発明の硫化水素ガス発生抑制剤はかかる低pHであっても、堆積廃棄物は一般的にアルカリ性の性質を有するため、それらと反応することで中和され、より高いpHとなる。また、本発明の硫化水素ガス発生抑制剤に含まれる鉄成分は大半が水酸化第二鉄コロイドであるが、残りに鉄イオン(Fe3+)が含まれていても、かかる鉄イオンは弱アルカリ性の廃棄物と反応することによって水酸化第二鉄(コロイド)へと変換され、硫化水素ガスの処理に寄与する。pHの測定方法としては、JIS K0102 12.1(ガラス電極法)を採用することができる。
【0047】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤中における水酸化第二鉄コロイドの濃度は、鉄換算にして約0.5〜約6.0w/v%であり、より好ましくは約0.8〜約5.5w/v%であり、更に好ましくは約1.0〜約5.1w/v%である。高濃度だとコロイド状態を維持することができず凝集沈殿するかゲル状になる可能性があり、低濃度だと十分な水酸化第二鉄コロイドが存在せず、硫化水素ガスの発生を抑制するのに多量の薬剤を用いる必要がある。より好ましくは、好ましい上限と下限の条件をプロットした前記図1に記載されたグラフの二曲線によって挟まれた範囲である。より具体的には、水酸化第二鉄コロイドの水分散液の鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、式:
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
を満たすことが好ましい。
【0048】
この式において、「y=−0.678ln(x)+2.68」で示される曲線は、水酸化第二鉄がコロイド水分散液状態を保ち、調製後すぐにゲルにならない上限を結んだものである。一方、「y=−0.339ln(x)+1.55」で示される曲線は、塩化第二鉄を出発物質として炭酸カルシウムに代表されるアルカリ化合物を加え、水酸化第二鉄コロイドが安定に存在するのを実験的に確認した下限を結んだものである(ともに実施例1参照)。この二本の曲線に挟まれる領域が、水酸化第二鉄コロイド水分散液として安定であり、本発明において堆積廃棄物の硫化水素を効率的に処理するのにより好ましい。
【0049】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤の適用温度は、好ましくは約5〜約50℃であり、更に好ましくは約10〜約40℃である。約5℃未満だと液が凍結するおそれがあり、また反応性が低い。また温度が約50℃を超えると、硫化水素の悪臭が処理場外に広がるおそれがある。
【0050】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤に含まれる水酸化第二鉄コロイドの平均粒子径は特に限定されないが、約5μm〜約100μm、より好ましくは10μm〜50μmである。水酸化第二鉄の平均粒子径が小さいと、廃棄物への適用時に土に吸着するおそれがあり、遍く硫化水素の発生を抑制することができない可能性がある。逆に水酸化第二鉄の平均粒子径が大きいと、コロイド形状を維持することができず、沈殿することにより不均一な液になると考えられる。かかる場合、噴霧時に噴霧機が詰まったり、液を均一に適用することができなくなったりするおそれがある。本明細書において、「平均粒子径」は、レーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
【0051】
本発明の硫化水素発生抑制剤の製造方法
本発明の硫化水素発生抑制剤は、例えば、鉄イオンを含有する水溶液にアルカリ性化合物を加えることによって、コロイド状の水酸化第二鉄の水分散液が製造される。これが目的とする本発明の硫化水素発生抑制剤である。
【0052】
鉄イオンを含有する水溶液に含まれる鉄源化合物としては特に限定されないが、例えば、酢酸鉄(II)、クエン酸アンモニウム鉄(III)、シュウ酸アンモニウム鉄(III)、硫酸アンモニウム鉄(II)、硫酸アンモニウム鉄(III)、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、臭化鉄(II)、臭化鉄(III)、クエン酸鉄(III)、二リン酸鉄(III)、二硫化鉄、水酸化鉄(III)、硝酸鉄(III)、リン酸鉄(III)、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)などが挙げられる。好ましくは塩化鉄(塩化第一鉄(II)及び塩化第二鉄(III))であり、塩化第二鉄がより好ましい。鉄イオンは二価イオン及び三価イオンのいずれも好ましいが、三価イオンがより好ましい。
【0053】
本発明の硫化水素発生抑制剤を調製する際に用いられるアルカリ性化合物としては特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニア(ガス)又はそれらの水溶液等が好適に用いられる。より好ましくは、炭酸カルシウム及び水酸化カルシウム又はその水溶液であり、更に好ましくは炭酸カルシウム及びその水溶液である。これらが好適に用いられるのは、前記鉄源化合物と反応した際に気体が発生せず、塩化ナトリウム、塩化カリウムといった不活性な塩が発生するに過ぎないことから、処分場において火災や異臭といったリスクを低く抑えることができるからである。また、硫黄源となる硫酸イオンや亜硫酸イオンがないことからさらなる硫化水素の発生を抑えることができるという利点もある。
【0054】
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤の使用方法
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤は、水酸化第二鉄コロイドを含有してなる水分散液を基本構成とする。
・適用対象
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤は、硫化水素ガスを含む廃棄物処理場等における堆積廃棄物に適用することができる。
【0055】
・適用方法
1.浸透法
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を廃棄物へ加える一態様としては、一定の距離間隔を置いて本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を廃棄物の内部(奥深く)に注入して浸透させることが挙げられる(浸透法)。かかる浸透法は、堆積された廃棄物の内部に大量の硫化水素が存在している場合等に有効であり、例えば、内部から外部へ硫化水素ガスが放出されるのを抑制する効果がある。本発明において「浸透」とは、堆積物中又は堆積物間の隙間に重力及び/又は拡散によって本発明の硫化水素発生抑制剤が分散されることをいう。従って、「浸透」は、堆積廃棄物の奥深くに蓄積した硫化水素を除去することができる。
【0056】
2.噴霧法
また、本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を廃棄物へ加える別の態様としては、廃棄物の上方より噴霧器を用いて、そこから噴霧することが挙げられる(噴霧法)。噴霧法は、廃棄物表面より発生する硫化水素ガスを除去し、周囲の硫化水素ガス濃度を下げることを第一の目的とする場合等に有効である。噴霧は連続的であってもよく、間歇的であってもよい。本発明において「噴霧」とは、スプレーやシャワー等の噴霧器を用いて液体を細かい形状で広範囲に分散させることをいう。「噴霧」は、堆積物の表面近くの比較的浅い位置に分散する硫化水素ガスの処理を主な目的とする。
【0057】
前記「浸透」及び「噴霧」を組み合わせる態様も好ましい。例えば、本発明の硫化水素発生抑制剤を堆積物の表面全体に噴霧し、かつ堆積廃棄物を掘り起こすことで空白を生じさせることにより、かかる硫化水素発生抑制剤が堆積物中の隙間に入り込む態様である。
【0058】
・適用条件
1.浸透法
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤の浸透の方法は特に限定されないが、できるだけ廃棄物内部に薬剤が均等に浸透することを目的として、略等間隔(例えば、約10cm〜約300cm、より好ましくは約30cm〜約200cm、更に好ましくは約50cm〜約150cm)を置いて当該液体を滴下又は注入することが好ましい。本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を廃棄物中に浸透させて、例えば約1時間〜約1ヶ月間、より好ましくは約2時間〜約14日間放置することにより、堆積された廃棄物中の気相及び液相中の硫化水素が激減するため、廃棄物の掘削、分別作業における安全性は格段に向上する。浸透法の効果としては、水酸化第二鉄コロイドが堆積された廃棄物の奥深くにある硫化水素(気相及び液相)と反応することでその結果、硫化水素ガスの拡散を防ぐことが挙げられる。
【0059】
2.噴霧法
本発明の硫化水素ガス発生抑制剤の噴霧方法は特に限定されないが、例えば、堆積廃棄物の表面になるべく均一に噴霧することが好ましい。堆積廃棄物に均等に噴霧することも好ましいが、一態様では、バックホウに硫化水素検知器を取り付け、高濃度の硫化水素部分に本発明の硫化水素発生抑制剤を選択的に噴霧することもできる。選択的に噴霧することにより、本発明の硫化水素発生抑制剤を効果的に用いることができる。本発明の硫化水素ガス発生抑制剤を噴霧する場合の方法は、特に限定されないが、穴の上に堆積した廃棄物の上方から均等に加えることが好ましい。より好ましくは、約10ml〜約3000ml/分、より好ましくは約20ml〜約2500ml/分、さらに好ましくは約30ml〜約2000ml/分の速度で加えていく。また噴霧法の効果としては、処理対象とする堆積廃棄物表面に噴霧を行うことにより、表面から発生する硫化水素ガスを迅速に除去することが挙げられる。
【0060】
また、前記の浸透法と噴霧法とを併用すると、堆積廃棄物の奥深く及び表面近くからの硫化水素ガスの発生量が激減するので、その後の分別作業時での安全性が著しく向上する。
【0061】
本発明において、硫化水素の吸収効果が高い酸化剤である硫化水素ガス発生抑制剤を、硫化水素ガスの発生場所となる堆積廃棄物等の現位置付近に浸透及び/又は噴霧させることにより、気相及び液相中の硫化水素ガスを無毒化又は弱毒化することができる。なお、当該硫化水素ガス発生抑制剤が直接液相に接触していない場合でも、連続する気相を介して、液相からの気相への平衡作用により、徐々に対象とする液相からの硫化水素の除去が行なわれる。これにより、堆積廃棄物からの硫化水素ガスの発生を抑制することができる。
【0062】
廃棄物内部への浸透による硫化水素の発生抑制手法は、例えば、廃棄物の本格掘削前に、当該範囲(一般的に、重機を用いて行う一回の掘削深さは、掘削廃棄物の崩壊危険性などを回避するために約2m以内とされる。)における硫化水素発生の抑制を確実なものとするために、約1〜約2mの格子状の各頂点において、約1mの注入深さで注入用の管を用いて略垂直方向に散布する。
【0063】
次に、本発明を実施する具体的なプロセスについて図面を参照しながら説明する。図2は、堆積廃棄物の処理場における掘削範囲及び薬剤噴霧部位を表す。まず、硫化水素様臭がある処理場に堆積した廃棄物8の表面から約1mの深さ(一般的に、重機を用いて行なう一回の掘削深さは、掘削廃棄物の崩壊危険性などを回避するために約2m以内とされる)にある掘削範囲10まで掘削する。そこで硫化水素発生抑制剤を適用すると、薬剤散布部位12に水酸化第二鉄コロイドが拡散する。
【0064】
図3は、堆積廃棄物に本発明の硫化水素発生抑制剤を適用する態様である。ここでは1ヶ所における硫化水素発生抑制剤の浸透について説明する。まず、薬剤散布部位12に打撃式注入機械16を用いて本発明の硫化水素発生抑制剤を適用する。本発明の硫化水素発生抑制剤中の水酸化第二鉄コロイドは薬剤散布部位12周辺に分布するが、徐々に水酸化第二鉄コロイド水分散液が重力により下部の薬剤浸透部位14へと拡散する。水酸化第二鉄コロイドは廃棄物中の硫化水素を吸い寄せ、反応し、硫化鉄になる。詳細には、液相及び気相中の硫化水素が水酸化第二鉄コロイドと反応し、その後液相中の硫化水素が平衡によって気相へと移動する。気相へと移動した硫化水素が水酸化第二鉄コロイドと反応し、硫化鉄を生じるこれら過程を経て、液相及び気相における廃棄物中の硫化水素を減少させる。
【0065】
図4は、本発明の硫化水素発生抑制剤の浸透に用いる打撃式注入機械の模式図である。ここでは、ハンディタイプの打撃式注入機械16を用いている。廃棄物の堆積現場は起伏に富み、足場が不安定なことが多いことから、ハンディタイプの注入機械を用いることで、作業性及び適用性が高められる。ハンディタイプの打撃式注入機械としては、例えば、ポータブル土壌調査機である「ハンディECO(YBM社)」などが好適に使用される。ホース取り付けノズル18に本発明の硫化水素発生抑制剤へとつながるホース17を取り付け、内空の注入用管22を廃棄物の中に挿入する。打撃式注入機械16を用いて、本発明の硫化水素発生抑制剤を加える。尚、打撃式注入機械16を用いることで、例えば、注入管22と打撃式注入機械16の取り付けアダプター20の造作によりホース取り付けノズル18、直接薬剤送水用ホース30を接続したまま作業を行うことも可能となり、注入不十分な箇所への後作業として行うスポット注入などの際に効率的である。
【0066】
図5は、本発明の硫化水素発生抑制剤を同時に複数の注入用の管に適用する態様の模式図である。ホース30を注入用の管22に接続する。ポンプユニット24及び流量計26を用いて本発明の硫化水素発生抑制剤が適用される。本発明の硫化水素発生抑制剤は、分岐ヘッダー28から枝分かれしたホース30及びそれぞれのホースが接続される注入用管22を介して堆積廃棄物の中に適用される。そして前記と同様、廃棄物中に存在する硫化水素と反応し、無毒化する。
【0067】
このように、広範囲にわたって硫化水素が発生している廃棄物処理場では、本発明の硫化水素発生抑制剤を、1ヶ所だけではなく距離を置いて複数の箇所で適用することが好ましい。注入用の管22は、金属管(鋼管、銅管など)、プラスチック管など、内空の資材であって、耐腐食性の素材が好適である。注入用管は、ハンディタイプの打撃式注入機械などにより、例えば、予め格子状(格子の各頂点)に略均等の距離をおいて廃棄物表面32よりほぼ垂直に設置する。なお、硫化水素濃度が高いところに選択的に集中して管を設置してもよい。
【0068】
本発明の硫化水素発生処理剤を分岐して適用する場合、複数のホースを用いて分岐することができる。ホースの数は特に限定されないが、ポンプの送液能力及び処理されるべき廃棄物の規模等に左右され、例えば、2〜50本が好ましく、さらに好ましくは5〜30本である。分岐にあたり、複数のホース30を分岐用ヘッダー28に接続する。分岐用ヘッダー28から先は1本のホースとし、その後流量計26を経由した後に注入用ポンプユニット24に接続する。このように複数のホース30を分岐ヘッダー28に併合することにより、注入量の細かい管理が可能となるとともに、起伏に富む廃棄物現場で、その都度ポンプユニット24を移動することなく、作業性を向上することができる。
【0069】
図6は、本発明の硫化水素発生抑制剤を噴霧器を用いて適用する態様である。噴霧器34を介して本発明の硫化水素発生抑制剤を噴霧する。本形態の噴霧器34は複数のシャワー形状であり、堆積廃棄物8の上から等間隔に固定される態様である。また、ハンディタイプの噴霧器を用いて適宜必要な部位に適用してもよい。薬剤散布部位12に本発明の硫化水素発生抑制剤が適用されると、重力により、水酸化第二鉄コロイドが薬剤浸透部位14に拡散し、堆積廃棄物8の表面及びその下部にある硫化水素を処理することができる。
【実施例】
【0070】
次に実施例により、本発明を説明するが、本発明は該実施例に限定されるものではない。
【0071】
実施例1 水酸化第二鉄コロイドの水分散液の調製
(1)透明な容器に市販の塩化第二鉄水溶液(ラサ工業)を希釈し、80mlの5.0(w/v)%(鉄換算、鉄の入り目は4g)水溶液を調製した。この塩化第二鉄水溶液に炭酸カルシウムを3g加え、20分間撹拌し、炭酸カルシウムが完全に溶解したのを確認して、その液のpH値を測定した。その後、順次表中の炭酸カルシウム量になるように差分(例えば、3gから4gの場合はさらに1gの炭酸カルシウム)を順次加え、上記と同様にpHを測定した。なお、それぞれの段階において、液の入った容器を光に当て、チンダル現象により、コロイドが生成していることを確認した。pH1.20〜pH1.56まではコロイド分散液状態であったが、pH1.61になった時点でゲル化が見られた(*印)。
【0072】
(2)透明な容器に市販の塩化第二鉄水溶液(ラサ工業)を希釈し、80mlの2.5(w/v)%(鉄換算、鉄の入り目は2g)水溶液を調製した。以降の操作は(1)と同様に行って、種々のpH値の液を調製した。なお、それぞれの段階において、液の入った容器を光に当て、チンダル現象により、コロイドが生成していることを確認した。pH1.59〜2.10まではコロイド分散液状態であったが、pH2.31になった時点でゲル化が見られた(*印)。
【0073】
(3)透明な容器に市販の塩化第二鉄水溶液(ラサ工業)を希釈し、80mlの1.25(w/v)%(鉄換算、鉄の入り目は1g)水溶液を調製した。以降の操作は(1)と同様に行って、種々のpH値の液を調製した。なお、それぞれの段階において、液の入った容器を光に当て、チンダル現象により、コロイドが生成していることを確認した。pH1.95〜2.50まではコロイド分散液状態であったが、pH2.83になった時点でゲル化が見られた(*印)。
【表1】

【0074】
この結果より、水酸化第二鉄コロイドを含有する水分散液であって、かつ生成してすぐにゲルにならない状態である領域は、鉄濃度1.25%の場合pH約1.95以上約2.83未満、鉄濃度2.5%の場合pH約1.59以上約2.31未満、さらに鉄濃度5%の場合pH約1.20以上約1.61未満であると解される。なお、ゲルになる領域(*印)付近では少量の炭酸カルシウムの添加でもpHの変化量が大きいこと、殊に鉄濃度5%の液に炭酸カルシウムを計9.0g追加した場合pHが2.30、炭酸カルシウムを計10.0g追加した場合pHが5.30であったことから、炭酸カルシウムを1.0g加えるだけでpH値の差が3となり、この付近は等量点近くと考えられる。この領域においては、予め鉄イオンの全部又は大半が、炭酸カルシウムの添加により水酸化鉄コロイドへと変換されているため、少量の使用であっても硫化水素を効率的に処理することができる。
【0075】
実施例2 本発明の硫化水素発生抑制剤の経時安定性試験
実施例1の結果を基に、調製直後はゲルにならない領域にある水酸化第二鉄コロイドの経時安定性(最大20日間)を測定した。この測定は、室温で暗所に静置して行った。また、測定時以外は容器上部を密閉して乾燥から守った。
【0076】
(1)鉄濃度1.25%の塩化第二鉄水溶液80.0mlを用いて以下の方法で塩化第二鉄コロイドの水分散液を調製し、その経時安定性を観察した。
(A)炭酸カルシウム1.7gを加えたところ、pH2.00であった。20日経過後も外観上の変化は見られず、ゲル化しなかった。その時点でのpHは1.53であった。
(B)炭酸カルシウム2.0gを加えたところ、pH2.06であった。20日経過後も外観上の変化は見られず、ゲル化しなかった。その時点でのpHは1.55であった。
(C)炭酸カルシウム2.2gを加えたところ、pH2.53であった。20日経過後にやや粘性が高くなっていた。その時点でのpHは2.01であった。
【0077】
(2)鉄濃度2.5%の塩化第二鉄水溶液80.0mlを用いて以下の方法で塩化第二鉄コロイドの水分散液を調製し、その経時安定性を観察した。
(A)炭酸カルシウム3.7gを加えたところ、pH1.67であった。20日経過後も外観上の変化は見られず、ゲル化しなかった。その時点でのpHは1.19であった。
(B)炭酸カルシウム3.9gを加えたところ、pH1.75であった。19日経過後水分散液が濁り出した(ただし、ゲル化は見られなかった)。その時点でのpHは1.39であった。
(C)炭酸カルシウム4.2gを加えたところ、pH1.93であった。これは15日経過後水分散液が濁り出した(ただし、ゲル化は見られなかった)。その時点でのpHは1.50であった。
【0078】
(3)鉄濃度5%の塩化第二鉄水溶液80.0mlを用いて以下の方法で塩化第二鉄コロイドの水分散液を調製し、その経時安定性を観察した。
(A)炭酸カルシウム6.0gを加えたところ、pH1.30であった。これは20日経過後もゲル化が見られなかった。その時点でのpHは1.03であった。
(B)炭酸カルシウム7.0gを加えたところ、pH1.33であった。10日経過後ゲル化が見られた。ゲル化時点でのpHは1.05であった。
(C)炭酸カルシウム7.3gを加えたところ、pH1.35であった。7日経過後ゲル化が見られた。ゲル化時点でのpHは1.10であった。
【0079】
実施例1及び2の結果から、長期間にわたって水酸化第二鉄が安定なコロイド状態である領域は、鉄濃度1.25%ではpH約1.50〜約2.50、鉄濃度2.5%ではpH約1.20と〜約2.10、また鉄濃度5%ではpH約1.03〜約1.56の間であると考えられる。この領域では液は高い水酸化第二鉄含有量を有し、かつ水酸化第二鉄は安定なコロイド状態を保つものと考えられる。また、仮に部分的又は全体的にゲル状となることがあっても、完全に固化したゲルでなければ、ポンプや撹拌機を使うことによって、円滑に水酸化第二鉄コロイドゲルを硫化水素処理用に用いることができると考えられる。
【0080】
また、これらの結果から、水酸化第二鉄コロイドの水分散液は調製時と比較して、経時的にpHが下がることが分かった。この領域における低pHでは水酸化第二鉄コロイドを調製する前の塩化第二鉄水溶液のpHよりも低いにも関わらず、水酸化第二鉄コロイドが水分散液中に存在することが確認されたので、その領域も好ましい。
【0081】
以上の結果から、安定な水酸化第二鉄コロイドを維持することができる鉄濃度とpHの関係を図1に示す。◆は、原料の塩化第二鉄から水酸化第二鉄コロイドを生成することが見られた下限値である。■は、水酸化第二鉄コロイドの水分散液がコロイド液からゲルになる境界点をプロットしたものを示す(上限値)。これらの二本の曲線で挟まれた範囲が、水酸化第二鉄が凝集沈殿せず、また固いゲルにもならず、かつ十分なコロイドを生成する、廃棄物を処理するにあたって好ましい領域であることが見出された。
【0082】
実施例3 水酸化第二鉄の水分散液による硫化水素ガスの発生抑制
各濃度における水酸化第二鉄の水分散液の効果(硫化水素の周辺濃度の変化)は以下の通りである。
【0083】
(1)浸透法による硫化水素ガスの発生抑制効果
廃棄物の堆積処理場において、ハンディタイプの打撃式注入機械(商品名:ハンディECO;YBM社製)を用いて、実施例1で製造した水酸化第二鉄の水分散液(鉄濃度2.5w/v%;pH1.67)を70〜100cmピッチの格子状に1L/分ずつ滴下し、下方約2mまで浸透させた。この方法で浸透した本発明の硫化水素発生抑制剤は液相と接触すると硫化水素と反応し、硫化鉄へと変化した。この浸透法は、水酸化第二鉄コロイドの水分散液が堆積された廃棄物の内部まで浸透することで、硫化水素ガスを効果的に無毒化することができる。
【0084】
(2)噴霧法による硫化水素ガスの発生抑制効果
実施例1で製造した水酸化第二鉄コロイドの水分散液(鉄濃度2.5w/v%;pH1.67)を、シャワースプレー噴霧器を用いて、廃棄物の堆積処理場の表面(上部)よりほぼ均一に水酸化第二鉄コロイドの水分散液を噴霧した(1平方メートルあたり14gの鉄量)。この噴霧法は廃棄物の表面にほぼ均等な態様で水酸化第二鉄コロイドが分散することとなり、それに伴って効果も均等に近いものとなる。この場合は、表面にある硫化水素から無毒化し、そして廃棄物内部の硫化水素を無毒化するという過程を経る。これにより、水酸化第二鉄コロイドの水分散液を噴霧させることによっても、硫化水素ガスの濃度が減少することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化水素を含有する廃棄物の処理場において、前記廃棄物に対してpH1.00〜2.90で鉄濃度が約1.0〜約6.0w/v%である水酸化第二鉄コロイドの水分散液を適用することを特徴とする硫化水素ガスの発生抑制方法。
【請求項2】
前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液の鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
を満たすことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記水分散液が塩化鉄水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニアからなる群より選択される1以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることによって得られることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記分散液を前記廃棄物の上から噴霧することを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
前記分散液を前記廃棄物内に注入装置を用いて浸透させることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項6】
硫化水素を含有する廃棄物の処理場における硫化水素ガス発生抑制剤であって、pH1.00〜2.90で鉄濃度が約1.0〜約6.0w/v%である水酸化第二鉄コロイドの水分散液を含有する硫化水素ガスの発生抑制剤。
【請求項7】
前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液の鉄濃度x(w/v%)とpH値yとの関係が、
−0.339ln(x)+1.55=<y=<−0.678ln(x)+2.68
の関係を満たすことを特徴とする請求項6記載の硫化水素ガス発生抑制剤。
【請求項8】
前記水酸化第二鉄コロイドの水分散液が鉄イオンを含有する水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニアからなる群より選択される1種以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることによって得られることを特徴とする請求項7記載の硫化水素ガス発生抑制剤。
【請求項9】
塩化鉄水溶液に水酸化ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素ナトリウム及びアンモニアからなる群より選択される1以上のアルカリ性化合物又はその水溶液を加えることを特徴とする水酸化第二鉄コロイドの水分散液の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−135738(P2012−135738A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290912(P2010−290912)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(390039907)株式会社クレアテラ (16)
【出願人】(000172813)佐藤工業株式会社 (73)
【Fターム(参考)】