説明

硬度制御製造方法

【課題】従来の手法では容易には水に溶解しないキトサンを作製することは可能となるが、化学分野で要求されるキトサンフィルムの強度や硬度を制御したいという需要を満たすことができないという問題点がある。
本発明は、産業上有用なキトサン硬度を制御可能な水不溶キトサン形成物を製造する手段を提供することを課題とする。
【解決手段】水不溶化キトサン形成物の製造方法であって、キトサンをカルボン酸に溶解させた後、120℃以上、200℃未満で加熱処理を施すことを特徴とする水不溶化キトサン形成物の製造方法である。また、前記カルボン酸のカルボキシル基数を増減させることにより、前記水不溶キトサン形成物の硬度を制御することを特徴とする水不溶キトサン形成物の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はキトサンの製造方法に関するものであり、より詳しくは不溶化処理を施したキトサンの硬度を制御したキトサン製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
キチンはカニやエビなどの甲殻類、カブトムシやコオロギなどの昆虫類の骨格物質として、また菌類や細胞壁にも存在し、N−アセチルD−グルコサミン残基が多数、β−(1,4)−結合した多糖類である。そして地球上でもっとも豊富な有機化合物であるセルロ−スと類似の構造を有し、2位の炭素に結合している水酸基の代わりにアセトアミド基が付加したアミノ多糖類(ムコ多糖類)である。キトサンはキチンを脱アセチル化して得られる多糖類で、グルコサミン残基またはN−アセチルグルコサミン残基がβ−(1,4)−結合した多糖類であり、グルコサミン残基に由来するカチオン性のアミノ基をもつ。キトサンは、これらの性質を利用して、近年種々の分野への応用が試みられている。
【0003】
このようにして生成されたキトサンは、水、アルカリ、アルコールなどの一般有機溶媒には溶けないが、酸性溶液に常温で溶解することはよく知られている。しかし、酸性溶液に溶解させたキトサンを乾燥させてビーズ形状やフィルム形状など目的とする形状を形作った場合には、キトサン形成物中に残留した酸成分が問題となる。酸成分が残留していることで水に対する溶解性が高くなってしまうからである。
【0004】
一般的には目的とする形状を形作る際に脱塩処理を行うことによって、ビーズ形状を形作ったり、フィルム形状を形作ったりすることで不溶性のキトサン形成物を作製する方法が知られている。たとえば、1)低分子量キトサンを酸性水溶液に溶解し、該溶解液を塩基性溶液中に落下せしめて多孔質キトサンを凝固析出させることを特徴とする粒状多孔質キトサンの製造方法(例えば、特許文献1参照)、2)キトサンを酸性水溶液中に溶解して得た溶解液を塩基性溶液中で凝固再成し、生成した凝固物を洗浄後粉砕分散せしめ、該分散液を高温雰囲気中に加圧空気と共に吐出乾燥することを特徴とする超微小球状キトサンの製造方法(例えば、特許文献2参照)、3)キトサンの酸性水溶液に乳化剤を含む疎水性溶剤を加え、十分にかきまぜてエマルジョンを形成させ、次いでこのエマルジョンをアルカリ水溶液中にかきまぜながら注入して、キトサンを粉粒状に凝固析出させることを特徴とする微粒状多孔質キトサンの製造方法(例えば、特許文献3参照)が知られている。
【0005】
通常、キトサンはキチンを脱アセチル化することで製造される。キチン粉末を濃アルカリ中で加熱することでキチン中のアセトアミド基が加水分解を起こし脱アセチル化し、遊離アミノ基を持つキトサンが生成される。しかしながら、100%の脱アセチル化を行うことは難しく、通常はアルカリ処理と洗浄を数回行っても、脱アセチル化は95%程度に留まる。
【0006】
生成したキトサンは脱アセチル化度によって、水に対する溶解性が大きく異なる。脱アセチル化度が45−55%程度のキトサンは水溶液に容易に溶解する。しかしながら、脱アセチル化度が45%よりも低い場合や55%よりも高い場合には、ほとんど水溶液には溶解しない。
【0007】
一方で脱アセチル化度が高いキトサンは酸性溶液に容易に溶解する。酸性溶液としては、塩酸、硝酸、硫酸、燐酸などの無機酸や酢酸、ギ酸、クエン酸、アスコルビン酸、マロン酸などのカルボン酸を使用可能である。脱アセチル化度の高いキトサンが酸性溶液に溶解するのは、キトサン中の遊離アミノ基が酸と塩を形成するために起きる現象であると考えられる。この性質を利用してキトサンをフィルムやビーズなどに加工する場合は、通常は脱アセチル化度の高いキトサンを酸性溶液に溶解させた後、目的とする形状に加工し、その後キトサン中で塩を形成している酸性成分をアルカリで除去=脱塩処理した後、水で洗浄することで、水に不溶なキトサン形成物が作製される。このような従来法で作製されたキトサンの化学式を化学式(1)に示す。
【0008】
【化1】

【0009】
しかしながら、先行技術にあるような手法では容易には水に溶解しないキトサンを作製することは可能となるが、化学分野で要求されるキトサンフィルムの強度や硬度を制御したいという需要を満たすことができないという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭60−215003号公報
【特許文献2】特開昭61−40337号公報
【特許文献3】特開平1−301701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑み考案されたもので、産業上有用なキトサン硬度を制御可能な水不溶キトサン形成物を製造する手段を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題に取り組み鋭意検討した結果、キトサンを溶解させる酸の種類を選択し、加熱処理の際の架橋を制御することで、水不溶キトサン形成物の硬度を制御可能であることを見出した。
【0013】
請求項1に記載の発明は、水不溶化キトサン形成物の製造方法であって、キトサンをカルボン酸に溶解させた後、120℃以上、200℃未満で加熱処理を施すことを特徴とする水不溶化キトサン形成物の製造方法である。
【0014】
請求項2に記載の発明は、前記カルボン酸のカルボキシル基数を増減させることにより、前記水不溶キトサン形成物の硬度を制御することを特徴とする請求項1に記載の水不溶キトサン形成物の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明による水不溶キトサン形成物の製造方法によれば、キトサンの硬度を容易に制御することが可能となるため、キトサン形成物となるキトサンフィルムやキトサンビーズなどに必要な物性を満たし、化学分野の産業上有用な用途に用いることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明を詳しく説明する。
【0017】
本発明の水不溶キトサン形成物の製造方法は、キトサンを酸に溶解させ形状形成した後、加熱処理することによってキトサンのアミノ基と酸のカルボキシル基とを反応させアミド結合を作り水不溶化することを特徴としている。この反応は120℃以上で加熱処理することで反応が進む。ただし、200℃以上ではキトサンが炭化してしまうため200℃未満に設定する必要がある。酸中のカルボキシル基数を制御することにより、キトサンの架橋度を制御することが可能となり、その結果、得られるキトサン形成物の強度も制御することが可能となる。
ここで、キトサン形成物とはキトサンの形状を加工したものであり、フィルム形状に加工したキトサンフィルムや、ビーズ形状に加工したキトサンビーズなどを指すものである。
【0018】
キトサンを溶解させる酸として、カルボキシル基数が1つであるモノカルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸などを用いることができる。ギ酸を用いてキトサンを溶解させ、加熱処理を行った場合の化学式を化学式(2)に示す。
【0019】
【化2】

【0020】
キトサンを溶解させる酸として、カルボキシル基数が2つであるジカルボン酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、フタル酸などを用いることができる。コハク酸を用いてキトサンを溶解させ、加熱処理を行った場合の化学式を化学式(3)に示す。
【0021】
【化3】

【0022】
キトサンを溶解させる酸として、カルボキシル基数が3つであるトリカルボン酸としては、クエン酸、エタントリカルボン酸、トリメリト酸、トリメシン酸、ヘミメリト酸などを用いることができる。クエン酸を用いてキトサンを溶解させ、加熱処理を行った場合の化学式を化学式(4)に示す。
【0023】
【化4】

【0024】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によりなんら限定されるものではない。
【0025】
(実施例1)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、モノカルボン酸である酢酸180gで溶解した。酢酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を室温で3日間保管して気泡を分離させた。
【0026】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いた酢酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0027】
フィルム作製後、更に140℃で30分加熱処理することにより、キトサンを不溶化させた。室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、本発明の水不溶キトサン形成物である加熱処理を施したキトサンフィルムを得た。
【0028】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬した後、キトサンフィルム硬度をショアー硬度計でJIS B 7727に基づき測定した。
【0029】
(実施例2)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、ジカルボン酸であるコハク酸180gで溶解した。コハク酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を3日間保管して気泡を分離させた。
【0030】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いたコハク酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0031】
フィルム作製後、更に140℃で30分加熱処理することにより、キトサンを不溶化させた。室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、本発明の水不溶キトサン形成物である加熱処理を施したキトサンフィルムを得た。
【0032】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬した後、キトサンフィルム硬度をショアー硬度計で測定した。
【0033】
(実施例3)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、トリカルボン酸であるクエン酸180gで溶解した。クエン酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を3日間保管して気泡を分離させた。
【0034】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いたクエン酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0035】
フィルム作製後、更に140℃で30分加熱処理することにより、キトサンを不溶化させた。室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、本発明の水不溶キトサン形成物である加熱処理を施したキトサンフィルムを得た。
【0036】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬した後、キトサンフィルム硬度をショアー硬度計で測定した。
【0037】
(比較例1)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、モノカルボン酸である酢酸180gで溶解した。酢酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を3日間保管して気泡を分離させた。
【0038】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いた酢酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0039】
室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、キトサンフィルムを得た。
【0040】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬したところ、蒸留水に全て溶解していた。
【0041】
(比較例2)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、ジカルボン酸であるコハク酸180gで溶解した。コハク酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を3日間保管して気泡を分離させた。
【0042】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いたコハク酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0043】
室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、キトサンフィルムを得た。
【0044】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬したところ、蒸留水に全て溶解していた。
【0045】
(比較例3)
10Lジャーファーメンター(柴田科学製)に蒸留水7L、原料キトサン490g(脱アセチル化度91%、粘度10mPa・s/1.0%、灰分0.3%)を入れ、トリカルボン酸であるクエン酸180gで溶解した。クエン酸溶解キトサンを、約40psi(276kPa)下で濾紙を用いて加圧濾過した。加圧濾過した液を3日間保管して気泡を分離させた。
【0046】
30ミル(0.76mm)ドクターナイフを使用してガラス板上に気泡を取り除いたクエン酸溶解キトサンの溶液を流延し、10℃で乾燥させることによりフィルムを作製した。
【0047】
室温で数時間冷却後、鋭利なかみそりの刃を使用してフィルムの端部を持ち上げることにより、キトサンフィルムを得た。
【0048】
得られたキトサンフィルムを蒸留水に24時間浸漬したところ、蒸留水に全て溶解していた。
【0049】
実施例1、実施例2、実施例3の硬度測定結果を表1に示す。加熱処理を行わない比較例の場合、水に対して溶解してしまうために、硬度測定を行うことができなかった。
本発明による加熱処理によって、得られるキトサン形成物を水に対して不溶化でき、更には、キトサンを溶解させるカルボン酸のカルボキシル基を制御することで、得られるキトサンフィルム硬度を制御することが可能となった。
【0050】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶化キトサン形成物の製造方法であって、キトサンをカルボン酸に溶解させた後、120℃以上、200℃未満で加熱処理を施すことを特徴とする水不溶化キトサン形成物の製造方法。
【請求項2】
前記カルボン酸のカルボキシル基数を増減させることにより、前記水不溶キトサン形成物の硬度を制御することを特徴とする請求項1に記載の水不溶キトサン形成物の製造方法。

【公開番号】特開2012−52017(P2012−52017A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−195581(P2010−195581)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】