説明

硬質ラノリン脂肪酸用いたモンタン酸およびモンタン酸ワックスの代替方法

【課題】本発明の課題は、現在、枯渇の懸念があるモンタン酸およびモンタン酸ワックスについて、すべての用途で適用可能で、かつ、枯渇の懸念のない代替方法を提案することにある。
【解決手段】従来モンタン酸が使用されている用途では、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用する、あるいは、従来モンタン酸ワックスが使用されている用途では、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用して合成される化合物を代替物として使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質ラノリン脂肪酸を用いて、モンタン酸およびモンタン酸から誘導される各種のワックスを代替する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モンタン酸は、泥炭を溶剤抽出して得られる粗モンタンワックスに含有する脂肪酸を精製して製造される幅広い炭素数を有する飽和脂肪酸であり、その主成分は炭素数28から30の直鎖脂肪酸である。汎用される直鎖脂肪酸に比較して非常に長い炭素鎖を有するため、優れた耐熱性や耐揮発性を発揮しうることから、エステル、アミド、金属石鹸等の各種誘導体に利用されている。
【0003】
例えば、モンタン酸のエチレングリコール、グリセリン、ブチレングリコール等の多価アルコールエステルやモンタン酸の金属石鹸などの、モンタン酸から誘導されるワックス(モンタン酸ワックス)が、その高い耐熱性や耐揮発性から、ポリアミド樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアセタール樹脂等の加工温度の高いエンジニアリングプラスチックの加工助剤として利用されている。このような用途において、モンタン酸ワックスは、極性、無極性いずれのポリマーとも良好な相溶性を示すことからプラスチックの透明性を維持でき、かつ、これらプラスチックに滑剤、離型剤、造核剤、分散剤、酸補足剤としての機能を与えうることが知られている。
【0004】
また、モンタン酸およびモンタン酸ワックスは、一般にワックス成分が使用される各種用途にも利用されており、例えば、トナー、インク等の離型剤;カーワックス、床用ワックス等の塗装表面の保護、艶出し剤;加工紙の防水、撥水剤;化粧料、皮膚外用剤のワックス成分;潤滑グリース等の潤滑剤;塗料、インキ等の表面改質剤等の用途で利用されている。
【0005】
一方で、近年、モンタン酸の原料である泥炭を産出する鉱山の枯渇により供給不安が起こり、価格が高騰する問題が発生しており、モンタン酸およびモンタン酸ワックスの代替物の需要が高まっている。その一つとして、特許文献1では、樹脂離型剤としてポリオレフィン誘導体を利用する試みがなされていが、これはモンタン酸ワックスの一部の用途を代替するに過ぎず、あらゆる用途へ適用可能な代替方法とは言えない。また、代替方法として石油や鉱物から誘導される化合物を使用するかぎり枯渇への懸念が払拭されないため、このような懸念のない代替方法が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−57727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、現在、枯渇の懸念があるモンタン酸およびモンタン酸ワックスについて、すべての用途で適用可能で、かつ、枯渇の懸念のない代替方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、ラノリン脂肪酸を分別することにより得られる硬質ラノリン脂肪酸が、モンタン酸の有する物性や化学的性質と非常に類似することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、従来モンタン酸が使用されている用途では、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用することにより、あるいは、従来モンタン酸ワックスが使用されている用途では、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用して合成される化合物を代替物として使用することにより、上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0009】
硬質ラノリン脂肪酸はモンタン酸と物性や化学的性質が非常に類似し、例えば耐熱性や耐揮発性といったモンタン酸の優れた特徴も類似することから、従来モンタン酸が使用されている用途の代替が可能であり、また、従来モンタン酸ワックスが使用されている用途では、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用して合成される化合物を代替物として使用することで代替が可能である。また、硬質ラノリン脂肪酸は羊毛脂から得られるラノリンを生産原料とすることから、石油や鉱物等から誘導される化合物と比較して枯渇する懸念が少ない。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に用いる硬質ラノリン脂肪酸は、ラノリンをケン化分解して得られたラノリン脂肪酸又はそのエステル誘導体から、蒸留法や溶剤分別法により比較的低融点の成分を除いた高融点のラノリン脂肪酸である。ラノリン脂肪酸はおおよそノルマル脂肪酸7%、イソ脂肪酸22%、アンテイソ脂肪酸29%、α−ヒドロキシノルマル脂肪酸25%、α−ヒドロキシイソ脂肪酸3%、未確認成分14%などであり、これらの脂肪酸の炭素数も9から33までと幅広い分布をもった脂肪酸である。通常、ラノリン脂肪酸中の炭素数22未満の成分はおおよそ60%程度であるが、本発明に用いる硬質ラノリン脂肪酸としては、分別により炭素数22未満の成分が20重量%以下、より好ましくは15重量%以下としたものを用いることが好ましい。鎖長の短い脂肪酸が多いと軟質となり、耐熱性、耐揮発性が低下し、モンタン酸の代替として好ましくないからである。このような硬質ラノリン脂肪酸は、市販品としてラノリン脂肪酸SH、ラノリン脂肪酸HHW、ラノリン脂肪酸22H(いずれも日本精化製)等が使用できる。
【0011】
硬質ラノリン脂肪酸の製法として、蒸留法によるときはラノリン脂肪酸の低級アルコールエステルを原料とすることが、蒸留温度が低くできるので、熱劣化を防ぎ、好都合である。蒸留装置としては薄膜減圧蒸留機、分子蒸留機などを用いることができる。蒸留条件は蒸留カットの程度により適時選択することができるが、例えばラノリン脂肪酸メチルエステルを分子蒸留機にて、蒸留温度170℃、真空度0.05トールにて蒸留物50%、蒸留残渣48%を得る。この蒸留残渣をケン化分解することにより硬質ラノリン脂肪酸を得ることができる。
また、溶剤分別法ではラノリン脂肪酸またはそのエステルを有機溶媒、例えばヘキサン、ヘプタン、メチルシクロヘキサン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、ジクロロエタン等のハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、イソプロパノールのようなアルコール系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系溶媒、あるいはこれらの混合溶媒などに加熱溶解後、冷却を行い析出してくるロウ状物を遠心分離器や加圧濾過器などにより、分別することにより得ることもできる。
【0012】
本発明において、硬質ラノリン脂肪酸を用いてモンタン酸ワックス代替物を合成する場合は、モンタン酸の代わりに硬質ラノリン脂肪酸を使用し、モンタン酸から誘導する場合と同様の方法で合成すればよい。
【0013】
本発明において、硬質ラノリン脂肪酸でモンタン酸を代替する際、硬質ラノリン脂肪酸に、さらに他の脂肪酸、例えばステアリン酸、ノナデカン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、モンタン酸、メリシン酸等の直鎖飽和脂肪酸を添加し、目的とする物性を適宜調整することもできる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明につき実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものでない。
【0015】
硬質ラノリン脂肪酸とモンタン酸との比較
市販の硬質ラノリン脂肪酸であるラノリン脂肪酸HHW、ラノリン脂肪酸SH(日本精化製)について表1に記載の物性値を測定し、モンタン酸との比較を行った。結果を表1に記載する。
【0016】
【表1】

【0017】
合成例1
硬質ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸HHW、酸価95、融点78℃、C22未満の脂肪酸量5重量%、日本精化(株)製)1000gにペンタエリスリトール58gを加え、減圧下に200℃で10時間加熱撹拌してエステル化を行ない、硬質ラノリン脂肪酸ペンタエリスリトールエステルを得た。
【0018】
合成例2
硬質ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸HHW、酸価95、融点78℃、C22未満の脂肪酸量5重量%、日本精化(株)製)1000gにトリメチロールプロパン76gを加え、減圧下に200℃で10時間加熱撹拌してエステル化を行ない、硬質ラノリン脂肪酸トリメチロールプロパンエステルを得た。
【0019】
合成例3
硬質ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸HHW、酸価95、融点78℃、C22未満の脂肪酸量5重量%、日本精化(株)製)1000gにエチレングリコール53gを加え、常圧下に200℃で16時間加熱撹拌してエステル化を行ない、硬質ラノリン脂肪酸エチレングリコールエステルを得た。
【0020】
合成例4
硬質ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸HHW、酸価95、融点78℃、C22未満の脂肪酸量5重量%、日本精化(株)製)1000gに10%苛性ソーダ680gを加え、80℃で撹拌しながら10%水酸化カルシウムスラリー630gを1時間かけて滴下した。滴下後静置し、金属石鹸スラリー層と水層に分離させ、スラリー層について水洗操作を繰り返して副生した無機塩を除去した。その後スラリー層を遠心分離器で脱水し、真空乾燥にて水分を除き、硬質ラノリン脂肪酸カルシウム石鹸を得た。
【0021】
合成例5
硬質ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸SH、酸価120、融点64℃、C22未満の脂肪酸量22重量%、日本精化(株)製)1000gにペンタエリスリトール73gを加え、減圧下に200℃で4時間加熱撹拌してエステル化を行ない、硬質ラノリン脂肪酸ペンタエリスリトールエステルを得た。
【0022】
合成例6
ラノリン脂肪酸(ラノリン脂肪酸A、酸価150、融点55℃、C22未満の脂肪酸量60重量%、日本精化(株)製)1000gにペンタエリスリトール88gを加え、減圧下に200℃で4時間加熱撹拌してエステル化を行ない、ラノリン脂肪酸ペンタエリスリトールエステルを得た。
【0023】
合成例7
モンタン酸(Licowax S、酸価130、融点79℃、C22未満の脂肪酸量13重量%、クラリアントジャパン(株)製)1000gにペンタエリスリトール79gを加え、減圧下に200℃で10時間加熱撹拌してエステル化を行ない、モンタン酸ペンタエリスリトールエステルを得た。
【0024】
合成例8
モンタン酸(Licowax S、酸価130、融点79℃、C22未満の脂肪酸量13重量%、クラリアントジャパン(株)製)1000gにトリメチロールプロパン104gを加え、減圧下に200℃で10時間加熱撹拌してエステル化を行ない、モンタン酸トリメチロールプロパンエステルを得た。
【0025】
合成例9
モンタン酸(Licowax S、酸価130、融点79℃、C22未満の脂肪酸量13重量%、クラリアントジャパン(株)製)1000gにエチレングリコール72gを加え、常圧下に200℃で16時間加熱撹拌してエステル化を行ない、モンタン酸トエチレングリコールエステルを得た。
【0026】
合成例10
モンタン酸(Licowax S、酸価130、融点79℃、C22未満の脂肪酸量13重量%、クラリアントジャパン(株)製)1000gに10%苛性ソーダ930gを加え、80℃で撹拌しながら10%水酸化カルシウムスラリー860gを1時間かけて滴下した。滴下後静置し金属石鹸スラリー層と水層に分離させ、スラリー層について水洗操作を繰り返して副生した無機塩を除去した。その後スラリー層を遠心分離器で脱水し、真空乾燥にて水分を除き、モンタン酸カルシウム石鹸を得た。
【0027】
合成例1〜10のワックスについて、表2に記載の物性を測定し、硬質ラノリン脂肪酸から誘導されるワックスとモンタン酸から誘導されるワックスを比較した。結果を表2に記載する。
【0028】
【表2】

【0029】
表1の結果より、硬質ラノリン脂肪酸とモンタン酸の物性が類似していることが確認された。また、表2の結果より、誘導化された化合物についても、類似の物性を有することが確認された。このことより、硬質ラノリン脂肪酸を用いて、モンタン酸およびモンタン酸ワックスを代替しうるものと考えられた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質ラノリン脂肪酸を用いたモンタン酸およびモンタン酸ワックスの代替方法。
【請求項2】
硬質ラノリン脂肪酸に含まれる炭素数22未満の脂肪酸の含有量が15重量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
硬質ラノリン脂肪酸又は硬質ラノリン脂肪酸から誘導されるワックスを、モンタン酸又はモンタン酸ワックスの代替物として使用して得られるプラスチック、トナー、インク、カーワックス、床用ワックス、加工紙、化粧料、皮膚外用剤、潤滑グリース、塗料、又は、インキ。