説明

磁場による精密配向体の製造方法

【課題】 3方向の磁化率χ、χ、χが異なる物体の集合体について、χ、χ、χの配向方向が、この集合体を構成する各々の物体について全て同じになるようにする(精密配向)手段、特に、従来の磁場配向技術では困難であった粒子径が小さく、熱揺動により容易に配向が乱れる系についても有用な精密配向手段を提供することにある。
【解決手段】 3つの磁化率χ、χ、χが異なる物体の集合体に、この物体の静磁場下での配向時間τの逆数より大きい角速度ωで楕円的に回転する磁場(高速回転楕円磁場)を印加することにより、この物体の3つの磁化率χ、χ、χの配向方向を精密配向させることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体の集合体に磁場を印加することにより得られる磁場配向体の製造方法に関し、特に、3つの磁化率χ、χ、χが異なる物体の集合体に、その物体の静磁場下での配向時間τの逆数より大きい角速度ωで楕円的に回転する磁場(高速回転楕円磁場)を印加することにより、その物体の3つの磁化率χ、χ、χの配向方向が、その集合体を構成する各々の物体について全て同じになるようにする(精密配向)ことを特徴とする、磁場による精密配向体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、物体の集合体に配向を付与する手段として、磁場が盛んに用いるようになってきた。特に、磁場配向によって材料の特定方向の強度をアップしたり(特開2002−146063号)、特定方向の熱伝導度を高める(特開2002−80617号)ことに利用されている。配向付与には、流動場や、電場等の外場を利用する方法が用いられるが、これらの方法では一軸配向あるいは面配向が得られるに過ぎない。結晶のように二軸性の物体を完全に所定の方位に配向させるためには、3つの結晶軸を空間の所定の方向に配向できなくてはならないが、従来の方法ではそのようなことは不可能であった。もしこのようなことが可能になれば、微結晶集合体を擬単結晶として扱うことができるので、材料作製、結晶構造解析試料作製において大きなインパクトをもたらす。
【0003】
繊維や六方晶結晶のように磁気的および形態的に一軸対称な物体(繊維軸、または形状異方軸方向を方向1、それに直交する方向を各々、方向2、方向3とする)においては、磁化率は方向1(χ)と方向2(χ)、方向3(χ=χ)とで異なる。従来の磁場配向においては、χ=χ<χ<0である反磁性物体(以下、正の一軸異方性反磁性磁化率を有する物体、またはχ=χ1−χ=χ1−χ3>0の物体、または磁化容易軸がχ方向の物体)、例えば、カーボンファイバーの短繊維は、液体に懸濁した状態で一定外部磁場を印加することにより、ランダムな方向を向いていた繊維軸をすべて磁場に平行に一軸配向させることができた(下述、非特許文献2)。
【0004】
他方、χ<χ=χ<0である物体(以下、負の一軸異方性反磁性磁化率を有する物体、またはχ=χ1−χ=χ1−χ3<0の物体、または磁化困難軸がχ方向の物体)、例えばポリエチレンの短繊維では、液体に懸濁した状態で回転磁場を印加すると、ランダムな方向を向いていた繊維軸(χ方向)は、回転磁場面に垂直な方向に配向するので、繊維の一軸配向が得られる(非特許文献3)。
【0005】
3つの反磁性磁化率が全て異なる結晶(例えば単斜晶、斜方晶など)、例えばχ<χ<χ<0であるような結晶に静磁場を印加するとχ方向(磁化容易軸)が磁場方向に配向し、その結果他の2つは磁場に垂直な面上に来るものの、この面上では配向方向が定まらない。従ってこのような結晶粒子からなる集合体に静磁場を印加しても、各々の粒子のχ、χ方向はばらばらな方向を向いてしまう。3つの磁化率の方向と結晶軸の間には一定の関係がある。従って磁場により3つの磁化率の方向を空間的に固定することができれば、結晶の方位を空間的に固定できることになる。結晶粒子の集合体にこのような方法を適用すればすべての結晶粒子が空間的に同一の配向形態を取ることになるので、その結果、集合体はあたかも単結晶のような(擬単結晶または精密配向体)電気的、熱的、光学的性質を示すと期待され、大変価値のある物体となる。またそのような物体集合体を用いれば、ランダムな集合体に比べ、X線回折や分光学的測定において、構造情報が飛躍的に増大する。
【0006】
更に、集合体を構成する粒子がナノオーダの粒子のように粒子径が小さい場合、粒子が熱揺動で配列を乱される場合でも、精度良く精密配向する手段が求められていた。逐次的な磁場印加方法、即ち、(1)回転磁場を用いて磁化困難軸を一軸配向させた後、(2)静磁場を印加し磁化容易軸を配向させる、ことにより擬単結晶化が可能である。しかし、この方法では静磁場を印加している間に、(1)で達成された磁化困難軸の配向が熱揺動により乱れてしまう。この効果は、粒子サイズが小さくなるほど顕著となるため、逐次的な方法はナノオーダの粒子には適さない。
【0007】
【特許文献1】特開2002−146063号公報(第1−2頁)。
【特許文献2】特開2002−80617号公報(第1−2頁)。
【非特許文献1】木村恒久、「未来材料」、株式会社エヌ・ティー・エス、平成14年、第2巻、第8号、p.20−26。
【非特許文献2】木村恒久、他4名、「Langmuir」、アメリカ化学会、2000年、第16巻、p.858−861、米国。
【非特許文献3】木村恒久、他4名、「Langmuir」、アメリカ化学会、2004年、第20巻、p.5669−5672、米国。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来技術では困難であった磁場による精密配向体(異なる磁化率χ、χ、χを有する物体(特に微結晶)の集合体において、すべての物体の結晶方位がそろっているような集合体)を精度良くかつ効率的に製造し、集合体全体を一つの結晶のような(擬単結晶)性質を持った物体とする手段を提供することにある。また本発明は、特に粒子サイズの小さい物体の集合体に対しても、熱揺動の影響を少なく、精度のよい磁場による精密配向体の製造手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記の目的を達成するためになされたものであって、以下の事項を特徴とする。本発明は、3つの磁化率χ、χ、χが異なる物体の集合体に、この物体の静磁場下での配向時間τの逆数より大きい角速度ωで楕円的に回転する磁場(高速回転楕円磁場)を印加することにより、この物体の3つの磁化率χ、χ、χの配向方向が、集合体を構成する各々の物体について全て同じになるようにする(精密配向)磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記高速回転楕円磁場が、N極、S極が向かい合う一対の磁石を平面内で回転し、且つ回転に同期して磁極間距離を変化させることにより発生する、磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記高速回転楕円磁場が、強度が各々B・a・cos(ωt)及びB・b・sin(ωt)で時間的に変化するところの、互いに直交する2対の電磁石により発生する、磁場による精密配向体の製造方法に関する。ここでωは角速度、tは時間(秒)、Bは磁場強度(テスラ)、a及びbは互いに異なる値の正の定数である。また本発明は、前記a、bの値が、b/a=(χ−χ)/(χ−χ)(但しχ<χ<χ)であるような定数である、磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記物体の集合体が、懸濁媒体に分散している被懸濁体である磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記懸濁媒体を固化または除去することにより、前記被懸濁体の配向が固定される、磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記物体が、高分子液晶または低分子液晶である磁場による精密配向体の製造方法に関する。また本発明は、前記物体が、高分子または低分子溶液からキャストや凝固、あるいは溶融状態から冷却する過程、または、結晶を溶融あるいは溶解する過程において生じた会合体、微結晶である、磁場による精密配向体の製造方法に関する。さらに本発明は、前記において生じた磁場配向を、キャスト、凝固あるいは溶融状態から冷却過程を完了することにより成型体、シート、フィルム、薄膜中において、配向が固定される、磁場による精密配向体の製造方法に関する。
【0010】
本発明は、物体の集合体に磁場を印加することによって、その集合体の磁場配向を行うことを特徴とする。物体は、大きな結晶のように、単独で存在する場合もあるが、本発明では、微小物体の集合体を対象とし、それらの集合体としての向きを一定の方向に配列させることを目的とする。物体には、常磁性体および反磁性体を含み、それらの磁気的性質を利用する。なお、常磁性とは、磁場を印加すると、磁場の方向に磁化される磁性をいい、反磁性とは、磁場を印加すると、磁場と反対方向に磁化される磁性をいい、いずれも磁場を取り除くと磁化は可逆的に消失する。磁化率とは、磁化Mと磁場Hとの関係M=χHを表すχをいう。等方的物体では、χはスカラーであるが、異方性物体ではχはテンソルであり、その3つの主値(あるいは主軸方向)をχ、χ、χと定義する。
【0011】
本発明は、3つの磁化率の主値、χ、χ、χの全てが異なる物体を対象とする。このような物体としては以下のものを挙げることができる。結晶においては二軸的結晶(斜方晶、単斜晶、三斜晶)が含まれる。有機、無機の微結晶あるいはナノ結晶が含まれる。繊維のように通常は一軸的構造のものであっても、製造の工程で二軸性が導入されたものも含まれる。結晶のように完全な構造を取っていない、いわゆるメゾフェーズや高分子液晶、低分子液晶等の異方性液体であっても、その3つの磁化率が異なる場合は本発明が適用される。異方性液体には高分子の結晶化の際に生じる過渡的な構造も含まれる。
【0012】
本発明の物体の集合体には、懸濁媒体に懸濁している被懸濁体が含まれる。この懸濁系において、懸濁媒体を冷却や化学反応、特に熱や光等により高分子化することなどの手段により、系全体を固化することができ、この固化により被懸濁体における配向を固定することができる。また、被懸濁体が一定方向に配列させられている状態で、懸濁媒体を蒸発や抽出により除去することにより、被懸濁体の配向を固定することができる。物体が高温において液晶やメゾフェーズ等の異方性液体の場合には、本発明の方法により精密配向させた後、冷却する、化学架橋を導入する、光硬化させるなどの方法により、配向を固定させることができる。
【0013】
本発明では、物体の集合体において、各物体の磁化率の3つの主軸が、それぞれ特定の方向を向いている物体の集合体とする配向を可能にし、それを精密配向という。本発明における配向の程度は、例えば、磁場により配向したとは、対象物体の集合体に対して外部磁場を印加することにより、磁場を印加する前より配向度が大きいこという。物体の配向度は、例えば結晶性物体については、X線回折により決定できる。特定の結晶面からの回折の角度分布により、その半価幅を評価することにより配向度が決定される。結晶性物質あるいは非晶性物質については、赤外分光法における特定の官能基に起因する吸収ピークの二色性からも配向度を決定できる。また複屈折などの光学的性質からも配向度を決定できる。いずれにせよ、物質に適した配向度測定手段を選ぶことができる。同一配向度測定手段で、外部磁場の印加の前と後を測定することにより、磁場配向したかどうかを検証することができる。
【0014】
本発明において印加される磁場は、永久磁石、電磁石、超伝導磁石等により、対象物体の集合体の外から印加することができる磁場をいう。本発明に使用される磁場の大きさは、好ましくは変動の最大値が0.05T(テスラ)以上であって10T以下、さらに好ましくは0.5T以上であって10T以下の磁場が使用される。また、時間的な変動は、周期的あるいは非周期的でよいが、周期的な場合には、回転速度ωが被懸濁体の磁化容易軸が静磁場下で配向する時間τの逆数以上(ωτ>1)であって、好ましくはωτ>5、さらに好ましくはωτ>10の範囲で使用される。τは対象物体の磁化率、形状、懸濁媒体の粘度、印加磁場強度により決まる値である。現時点における比較的手頃に利用できる超伝導磁石の磁場の大きさは、10T程度であるが、将来、10T以上の磁場が容易に利用できるようになった場合は、それらの範囲においても、本発明の外部磁場の印加は使用される。なお、0.05Tに達しない磁場は、磁場配向に長時間を要し、実用的ではない。
【0015】
本発明において印加される外部磁場は、広い意味で、時間変動外部磁場(時間的に変動する外部磁場)をかけることを特徴とする。従来の磁場配向は、一定方向から一定強度の外部磁場を印加することにより行われるが、それでは、磁化困難軸が一軸配向した物体の集合体を得ることができず、ましてや精密配向は達成できない。時間変動外部磁場の印加は、時間的に間欠的に印加したり、磁場の大きさあるいは方向を、時間的に変動させることにより実現できる。
【0016】
3つの磁化率が異なる(χ<χ<χ<0)物体の集合体における磁場による精密配向の一手段として、物体の集合体にまず回転磁場を印可して、磁化困難軸(χ)の一軸配向を達成し、その後、χ方向に直交する静磁場を印可することにより、χの方向を変えることなく、χを静磁場方向に配列させ、その結果、χ方向も自然と所定方向に向かわせる方式がある(逐次法)。この逐次法では、物体の粒子サイズの小さい、例えばナノオーダの粒子である場合、静磁場を印加している間に、既に配向しているχが、熱揺動により乱されるという問題点を有する。したがって、粒子径が小さい場合であっても、精度良く、精密配向出来る手段が望まれていた。
【0017】
本発明では、定常的に安定な精密配向状態を保持するための手段を提供する。この手段は、逐次法では困難であった粒子径が小さい場合に特に有利である。この手段は、逐次法における回転磁場と静磁場を逐次に印可する手段に代えて、粒子の静磁場下での配向時間τより充分早い速度ωで回転する楕円磁場(高速回転楕円磁場)を印加する(平滑化法)ことを特徴とする。低速で回転する磁場を用いる場合には、磁化容易軸が回転磁場に追随して回転する。このため精密配向を得るためには、回転を停止し、磁化容易軸を静磁場方向に向かせる必要があった。また、回転を停止している間に、磁化困難軸の配向が乱れるという欠点があった。これに対して、磁化容易軸が追随できないほど高速で回転する磁場を印加することにより、粒子は、時間平均化された磁気ポテンシャル場中に置かれることになる。このポテンシャル場中では、χ軸は楕円面に垂直に、χ軸は楕円の長軸(磁場強度の強い方向)に平行方向に復元力を受け、回転磁場に追随して回転することなく、直接安定な方向に向きを変える。さらにひとたび安定方向に達した後は、これら二軸方向に関して復元力を受けているので,配向軸の熱揺動による揺らぎが抑制される。平滑化法ではこの力が二軸に対して常時作用するので、熱揺動による揺らぎが均一に抑制される。後に述べるように、楕円磁場の長軸と短軸の比を3つのχの値に応じて適切に設定すればさらに均一な抑制が可能である。それに対し逐次法では静磁場印加時には、χ軸には静磁場に垂直方向に対しては抑制力が働かないので、この方向に対しては時間と共に熱揺らぎが増大する。
【0018】
本発明における楕円磁場は、時間的変動磁場の一形態であり、xy平面上で楕円を描く磁場である。磁場方向の軌跡は、磁場のx及びy成分を用いて、Bx=B・a・cos(ωt)、By=B・b・sin(ωt)により描かれる。ここで、ωは角速度、tは時間(秒)、Bは磁場強度(テスラ)、a、bは異なる大きさの定数である。したがって、a>bである場合、楕円の長軸(B・a)と短軸(B・b)とからなる楕円磁場が形成される。また、本発明の楕円磁場における楕円の長軸と短軸は、χ<χ<χである場合、χがz方向、χがy方向(短軸Bb)、χがx方向(Ba方向)に固定される。これらの楕円磁場の与え方は、図5、図6で説明する。
【0019】
なお、上記における定数aとbは、b/a=(χ−χ)/(χ−χ)(但しχ<χ<χ)であるような正の定数であることが望ましい。比をこのような値に設定することにより、χ、χ方向の安定点での回りの熱揺動による揺らぎを両方向に関して均等にすることができる。
【0020】
本発明における楕円磁場は、高速楕円磁場であることを特徴とする。高速とは、物体の静磁場下での配向時間τの逆数より回転の角速度ωが大きい値であることを意味する。そのように高速にすることにより、物体はもはや回転に追随することができず、あたかも時間平均された磁気ポテンシャル中に置かれたかのごとく振舞う。このポテンシャルの極小値が精密配向状態に対応する。この極小の深さは、磁場強度、磁化率、物体の体積に関係する。磁場強度を高くすれば、物体の熱揺動を抑え、精度良く精密配向を可能にすることができる。ここで物体の配向時間τは、物体が静磁場下でその磁化容易軸(χ)を磁場方向に配向するのに要する時間により見積もることができて、物体の形状が球形の場合には、おおよそτ=6ημ/(χaB2)により与えられる。但しη(Pa・s)は媒体粘度、μ(=4πx10−7 H/m)は真空の透磁率、χa=χ−χ(無次元)は異方性磁化率である。粒子が磁場の回転速度ωに追随できない条件は、ωτ>1、好ましくはωτ>5、ωτ>10であることがさらに好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、高速回転楕円磁場を用いることにより、従来技術では困難であったところの、粒子径が小さく、熱揺動により容易に配向乱れが起こるような系に対する精密磁場配向を、効率的に行おうとするものである.更に、精密配向状態を長時間安定に持続させる方法を提供するものである。本発明により、従来の磁場配向技術では、精密配向させ得なかった粒子径の小さい物体の集合体も、目的とする方向へ精度良く持続的に精密配向させることが可能となった。このように、精密磁場配向を高精度で安定に達成することが可能になったことにより、微粒子集合体各々の三つの磁化率をすべての構成粒子に対して同一方向に向けた(擬単結晶化)状態を精度良く,安定に得ることが可能になった。この状態を固定することにより、微粒子の物性異方性を最大限に生かした材料創成が可能となった。また、懸濁状態で安定に擬単結晶状態に対応する状態が得られるので、その状態でX線構造解析や分光学的測定を行えば、粉末状では得られない莫大な構造情報が得られることになる。もちろん、擬単結晶状態を固定した後、これらの測定を行っても構わない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下本発明を図面で示す実施例に基づいて説明する。図1は、χ<χ=χなる繊維(図中、繊維軸が磁化困難軸χに対応)に、図1(a)に示すようにxy面上で回転する回転磁場を印加した場合、磁場の回転速度によって配向過程が異なることを示す。今、静磁場下での磁化容易軸(χ、χ)の配向に要する時間をτとすると、磁場の回転速度ωがτω<<1の場合、即ち遅い回転の場合には、図1(b)に示すように、繊維は磁場の回転に同期して回転しながら、最終的に繊維軸がz方向に配向する。これに対して、磁場の回転速度ωがτω>>1の場合、即ち速い回転の場合には、もはや繊維は磁場の回転に追随することができず、図1(c)に示すように回転せず、直接z方向へと向くように動く。
【0023】
次にχ<χ<χの場合についても、磁場の回転速度が、磁場配向に大きく関与することを、図2の概念図で示す。ここで静磁場下での磁化容易軸χの配向時間をτとする。図2(a)に示すように、ある初期配向状態にあるχ<χ<χなる粒子にxy平面を回転速度ωで回転する磁場を印加すると、τω<<1の場合には、粒子は磁場に追随して回転しながら最終的にχ軸がz軸方向を向く。その後も磁場の回転に追随して粒子はχ軸の回りを回転し続ける(図2(b))。それに対して、τω>>1の場合にはもはや粒子は磁場の回転に追随できないので、初期配向状態から磁場回転に追随することなく、直接にχ軸がz軸方向に向かう。最終的にχ軸がz軸方向に向いた後は、磁場の回転に追随できないので、それ以上動くことはなく、初期配向状態に応じた配向を得て静止する(図2(c))。この最終の配向状態は初期配向状態に依存するので、このままでは、粒子集合体の精密配向は達成できない。そこで、磁場の回転を止め、y軸方向に静磁場を印加する。それにより磁化容易軸χがy軸方向を向く。その際、磁化困難軸χは、磁場に直交しているので何らトルクを受けることはなく、z軸方向を向いたまま留まる。粒子サイズが小さくなるに従い、熱揺動の効果が大きくなる。熱揺動は配向を乱す方向に作用する。磁場印加は、元来ランダムな方向を取ろうとする粒子を特定方向に束縛するような働きをもつと見なすことができる。例えば静磁場下での磁化容易軸(χ)の配向は、χの方向が熱揺動によりランダムになってしまうのを、磁場印加により磁場方向に束縛する効果によると見なせる。このように粒子を熱揺動に抗して安定に一定方向に向かせるためには、束縛効果がなくてはならない。図2(c)で示した最終状態に、y軸方向から静磁場を印加する場合、χをy軸方向に束縛する力は働くが、χをz軸方向に束縛する力は働かない。このため、χ軸は時間と共にランダムになってしまう。この傾向は粒子径が小さいほど大きい。
【0024】
安定な精密配向を得るためにχ、χの両方共に束縛力が働く磁場が、高速回転楕円磁場により実現できた。xy平面で磁場が高速回転することにより、磁化困難軸χはz軸方向を向くような束縛をうける。また、xy平面での磁場強度がx軸方向に対して大きいので(a>b)、容易磁化軸χは、x軸方向を向くような束縛を受ける。かくしてχはz軸方向へ、χはx軸方向へ、従ってχは自動的にy軸方向に束縛されることになる。図2と同じχ<χ<χの場合について、高速回転楕円磁場を印加した場合について図3に示す。χ<χ<χなる粒子にxy平面上で高速(τω>>1)で楕円状に回転するところの高速回転楕円磁場を印加する(図a)。楕円のx軸はa、y軸はbで、a>bである(図3(a))。高速回転なので、最終的状態では、χはz方向を向き、χはy軸、χはx軸方向に配向して静止させることができた(図3(b))。低速(τω<<1)の場合には、χは回転に追随しながら最終的にはz方向を向くようになるが、χとχは、z軸を中心に回転に追随して回転し続けるので、配向が定まらない。

【0025】
図4は、楕円磁場を説明する概念図である。物体1が、xy平面上で描く楕円磁場の中心Oに設置されている。磁場方向の軌跡は、磁場のx及びy成分を用いて、各々Bx=B・a・cos(ωt)、及びBy=B・b・sin(ωt)で描かれている。ここでωは角速度、tは時間(秒)、Bは磁場強度(テスラ)、a及びb(a>b)は互いに異なる正の定数である。精密配向が達せられた段階では、図中に示すようにχはx軸方向、χはy軸方向、χはz軸方向に配向する。
【0026】
図5は、楕円磁場の発生法を示す概念図である。永久磁石PaとPbが、N極、S極が向かい合う一対の磁石として平面内で回転するように設置されている。そしてその回転は、回転に同期して磁極間距離が変化し、y軸上では距離が長く、x軸上では距離が短くなるようにするようにすることにより、楕円磁場が発生し、y軸上では磁場が弱く、x軸上では磁場は強くなり、楕円の中心に設置されて物体に作用する。永久磁石Pa、Pbは、バルク超伝導磁石など、他の磁石を使用することもできる。
【0027】
図6は、楕円磁場の発生法を示す他の例の概念図である。対になって存在する二つの電磁石A、Bが、直交するように配置されており、それぞれの発生する磁場が、各々Bx=B・a・cos(ωt)、及びBy=B・b・sin(ωt)となるようにされている。ここでωは角速度、tは時間(秒)、Bは磁場強度(テスラ)、a及びbは互いに異なる正の定数である。aとbとが異なることによって、回転に同期した楕円磁場を発生させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の精密配向手段を用いることにより、粒子径の小さい物体であっても精度の良い磁場による精密配向体を製造可能にし、物体の磁気的性質、電気的性質、熱的性質、力学的性質を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】χ<χ=χの物体に、回転磁場を印加した場合の配向挙動を示す概念図。
【図2】χ<χ<χの物体に、回転磁場を印加した場合の配向挙動を示す概念図。
【図3】χ<χ<χの物体に、回転楕円磁場を印加した場合の配向挙動を示す概念図。
【図4】本発明の楕円磁場を説明する概念図の平面図。
【図5】本発明の楕円磁場の発生法を示す概念図の平面図。
【図6】本発明の楕円磁場の他の発生法を示す概念図の平面図。
【符号の説明】
【0030】
1:試料、 B:磁場、 N、S:磁極。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
3つの磁化率χ、χ、χが異なる物体の集合体に、該物体の静磁場下での配向時間τの逆数より大きい角速度ωで楕円的に回転する磁場(高速回転楕円磁場)を印加することにより、該物体の3つの磁化率χ、χ、χの配向方向が、該集合体を構成する各々の物体について全て同じになるようにする(精密配向)ことを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。

【請求項2】
請求項1における前記高速回転楕円磁場が、N極、S極が向かい合う一対の磁石を平面内で回転し、且つ回転に同期して磁極間距離を変化させることにより発生することを特徴とする、磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項3】
請求項1における前記高速回転楕円磁場が、強度が各々B・a・cos(ωt)及びB・b・sin(ωt)で時間的に変化するところの、互いに直交する2対の電磁石により発生することを特徴とする、磁場による精密配向体の製造方法。
ここでωは角速度、tは時間(秒)、Bは磁場強度(テスラ)、a及びbは互いに異なる正の定数。
【請求項4】
請求項3における前記a、bの値が、b/a=(χ−χ)/(χ−χ)(但しχ<χ<χ)であるような定数であることを特徴とする、磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項5】
請求項1における前記物体の集合体が、懸濁媒体に分散している被懸濁体であることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項6】
請求項5の前記懸濁媒体を固化または除去することにより、前記被懸濁体の配向が固定されることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項7】
請求項1における前記物体が、高分子液晶または低分子液晶であることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項8】
請求項1における前記物体が、高分子または低分子溶液からキャストや凝固、あるいは溶融状態から冷却する過程、または、結晶を溶融あるいは溶解する過程において生じた会合体、微結晶であることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。
【請求項9】
請求項8において生じた前記物体の磁場配向を、キャスト、凝固あるいは溶融状態から冷却過程を完了することにより、成型体、シート、フィルム、薄膜中において、配向が固定されることを特徴とする磁場による精密配向体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−57055(P2006−57055A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−242818(P2004−242818)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(599111839)
【Fターム(参考)】