説明

磁性体に結合するペプチドをスクリーニングする方法および蛍光物質とペプチドと磁性体との複合体

【課題】特定の磁性体に結合するペプチドを候補ペプチド群からスクリーニングするに際し、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを簡便に選択することのできるスクリーニング方法および、かかるスクリーニング方法を実施するためのスクリーニングキットを提供すること。蛍光性を具備した磁性体を提供すること。
【解決手段】蛍光物質を用いて標識したペプチドを含む候補ペプチド群についてスクリーニングを行うこと、および、蛍光物質の結合したペプチドを磁性体に結合させて複合体を作製することによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを蛍光物質を用いてスクリーニングする方法、当該スクリーニング方法に用いるスクリーニングキット、および、蛍光物質とペプチドと磁性体とが結合した複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁性体は磁力により捕集される性質を持つため、生体内に薬剤を安定に送達するドラッグデリバリーシステム(DDS)や、細胞や生体分子を分離するための担体として、または医療における診断等に利用されている。例えば、磁性体を用いたDDSは、外部から磁場によって標的患部に磁性体を指向(濃縮)できるため、効率よく薬剤を標的患部に送達することができ有用である。また磁性体を磁力を用いて操作することにより、生体分子の分離や検出を迅速に行うことができる。
【0003】
しかしながら、磁性体は薬剤や生体分子との親和性を有さないため、磁性体単独で薬剤や生体分子を担持することは困難である。そのため、磁性体に薬剤を担持させるための「仲介役」が必要不可欠であり、磁性体の表面機能化の開発が進められている。特許文献1では、10-ウンデセン酸などを用いてポリマーを被覆した磁性粒子を作製し、ポリマーを介して生体分子と磁性体を結合することが開示されている。また、特許文献2には、ファージ・ディスプレイ・ペプチド・ライブラリーを用いて、12個のアミノ酸からなるペプチドを15種類を特定し、これらのペプチドを磁性体とペプチドとの「仲介役」として利用することを開示している。
【0004】
生体分子の分離や検出において、蛍光機能を含有させて蛍光標識を可能とする磁性体が望まれつつある。磁性と蛍光性を具備する粒子の作製として、磁性ポリマー粒子の表面の官能基に蛍光物質を結合させることが従来より試みられている。しかしながらこれらの技術には、磁性ポリマー粒子あたりの蛍光物質の固定化量の限界のために十分な蛍光が得られないという問題や、蛍光物質の導入により粒子表面の性質が変化し生体分子の結合に適さなくなるなどの問題があった。これらの問題を解決するべく、特許文献3には、10-ウンデセン酸などを用いてポリマー層で磁性粒子を被覆したもので、ポリマー層の内部に蛍光物質を保持したものが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−200643号公報
【特許文献2】特開2008−000141号公報
【特許文献3】特開2008−127454号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ポリマーなどで被覆した磁性体は、磁性体の分離が困難であり取扱い性が悪いという問題点がある。またファージ・ディスプレイ・ペプチド・ライブラリーを用いたスクリーニングは手法が複雑であり、短いペプチドの探索は難しいなどの問題点がある。
【0007】
従来技術の問題点を鑑み、本発明は、特定の磁性体に結合するペプチドを候補ペプチド群からスクリーニングするに際し、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを簡便に選択することのできるスクリーニング方法、および、かかるスクリーニング方法を実施するためのスクリーニングキットを提供することを課題とし、さらには、蛍光性を具備した磁性体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は鋭意検討を行った結果、蛍光物質を用いて標識したペプチドを含む候補ペプチド群についてスクリーニングを行うこと、および、蛍光物質の結合したペプチドを磁性体に結合させて複合体を作製することにより、上記課題が解決されることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.少なくとも2種類のペプチドを含む候補ペプチド群から、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドをスクリーニングする方法であって、少なくとも2種類の蛍光物質を用い、候補ペプチド群におけるペプチドが、ペプチド1分子に対して蛍光物質1分子で標識されてなるペプチドであり、
1)候補ペプチド群と磁性体とを溶液中で混合して、インキュベーションする工程;
2)磁性体を溶液中から除去する工程;
3)磁性体が除去された溶液について、蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルを測定する工程;並びに
4)蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルの測定結果を解析し、解析結果に基づき、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを選択する工程
を含むスクリーニング方法。
2.工程2)が、候補ペプチド群と磁性体の混合溶液を遠心分離し、上清を回収すること、または、磁石を用いて磁性体を除去することにより行われる、前項1に記載のスクリーニング方法。
3.候補ペプチド群に含まれるペプチドが、アミノ酸残基数1〜50個のペプチドである、前項1または2に記載のスクリーニング方法。
4.工程1)におけるインキュベーションの時間が、1分以上60分以下である、前項1〜3のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
5.ペプチドと蛍光物質がスペーサを介して結合する、前項1〜4のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
6.少なくとも2種類以上の蛍光物質を含む、前項1〜5のいずれか1に記載のスクリーニング方法に用いるためのスクリーニングキット。
7.蛍光物質の結合したペプチドが磁性体に結合し、ペプチド1分子に対して蛍光物質1分子が結合しており、ペプチドのアミノ酸残基数が1〜50個である、複合体。
8.磁性体の粒径が、0.1 nm以上1 mm以下である前項7に記載の複合体。
9.ペプチドと蛍光物質とがスペーサを介して結合する、前項7または8に記載の複合体。
【発明の効果】
【0010】
本発明のスクリーニング方法を用いれば、特定の磁性体と所望の結合効率で結合し得るペプチドを候補ペプチド群から選択することが可能である。また本発明のスクリーニング方法は、磁性体の分離が容易に行えるため操作が簡便であり、かつ磁性体とペプチドと再度分離して測定・解析を行う必要がなく容易である。さらに、蛍光物質を用いてスクリーニングを行うため、蛍光スペクトルを測定可能な装置さえあれば、特別な装置は必要なく、ペプチドと蛍光物質とが結合した化合物は、例えばペプチド固相法により容易に得ることができ、安価にスクリーニングを実施可能である。本発明の方法では、標識として蛍光物質を使用するため、短いペプチドについても、信頼性の高いスクリーニングが行うことが可能である。
【0011】
また本発明の、ペプチドを介して蛍光物質が磁性体に結合した複合体(以下「蛍光物質−ペプチド−磁性体」とも称する。)では、蛍光物質のペプチドへの結合操作が容易であり、また特定の磁性体に対するペプチドの結合特性を利用することにより、種々の複合体を得ることができる。短いペプチドを用いれば、磁性体表面に高密度で蛍光物質を結合させることが可能であり、磁性体への結合効率が高いペプチドを用いれば、蛍光物質が安定して結合した磁性体を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】蛍光物質とスペーサの構造を示す図である。(実施例1−1)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、候補ペプチド群から、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドをスクリーニングする方法であって、
1)候補ペプチド群と磁性体とを溶液中で混合して、インキュベーションする工程;
2)磁性体を溶液中から除去する工程;
3)磁性体が除去された溶液について、蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルを測定する工程;並びに
4)蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルの測定結果を解析し、解析結果に基づき、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを選択する工程
を含むスクリーニング方法を対象とする。
【0014】
本発明のスクリーニング方法における候補ペプチド群には、少なくとも2種類のペプチドが含まれる。ペプチドとは、1以上のアミノ酸が結合してなる化合物を意味する。アミノ酸とは、1つの同一分子中に、アミノ基とカルボン酸基を含むものである。アミノ酸には、天然アミノ酸、非天然アミノ酸のいずれも含まれる。ペプチドはいかなるものであってもよいが、アミノ酸残基数1〜50個のペプチドであることが好ましく、アミノ酸残基数1〜30個のペプチドであることがより好ましく、アミノ酸残基数1〜4個であることがさらに好ましい。
【0015】
候補ペプチド群に含まれるペプチドは、ペプチド1分子につき、蛍光物質1分子で標識されている。蛍光物質は少なくとも2種類以上が用いられ、ペプチドを区別可能とするために、候補ペプチド群に含まれるペプチドの種類ごとに、各々異なる種類の蛍光物質が付加されることが好ましい。なお、ペプチドを複数種含むようにグループ分けし、グループごとに異なる種類の蛍光物質を付加してスクリーニングを行うことも可能である。ペプチドと蛍光物質の組み合わせは、スクリーニングの目的に応じて適宜決定することができる。例えば、スクリーニングを複数回行う場合などは、各スクリーニングに用いられる各候補ペプチド群において、ペプチドと蛍光物質の組み合わせを変更する必要がある。
【0016】
蛍光物質は自体公知のものであっても良いし、今後開発される新たなものであっても良いが、複数種の蛍光物質が互いに異なる蛍光波長及び/または励起波長を有することにより、区別可能であればよい。また、蛍光物質はそれ自体が磁性体への結合性を示さないものであることが好ましい。
【0017】
蛍光物質として蛍光標識した非天然アミノ酸(以下「蛍光性非天然アミノ酸」とも称する。)を用いることができる。表1に使用可能な蛍光性非天然アミノ酸を例示する。なお表1に記載の蛍光性非天然アミノ酸のうち、FAMはそれ自体が磁性体への結合性を有するため、本発明の方法において用いる場合には、留意が必要である。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明のスクリーニング方法では、使用する蛍光物質が多ければ多いほど、多様なペプチドについてのスクリーニングを一度に行うことが可能となる。蛍光物質は、少なくとも2種類以上であればよく、好ましくは4〜50種類、より好ましくは6〜20種類である。
【0020】
ペプチドに蛍光物質を付加する方法は、特に限定されず、自体公知の方法を適用することができる。例えば、蛍光標識した非天然アミノ酸を蛍光物質として用いる場合は、Fmocペプチド固相合成法により、ペプチドに蛍光物質を付加することも可能であるし、その他の一般的な合成方法によることも可能である。
【0021】
本発明において、蛍光物質とペプチドが互いに機能を阻害し合うことを防ぐために、スペーサを介して、蛍光物質がペプチドに結合していることが好ましい。かかるスペーサは、自己蛍光を有さないものであればいかなるものでもよく、自体公知のものを使用することができる。例えば、カルボン酸基およびアミノ基を連結する部分に、二価の炭化水素基(-R1-)、エステル基(-C(=O)O-R2-、-OC(=O)-R2-)、エーテル基(-O-R2-(オキシアルキレン基(-O-R3-)およびオキシアリーレン基(-OAr-)を含む))、シリレン基(-Si-R2-)及びオキシシリレン基(-OSi-R2-)、アミド基(-C(=O)-N-R2-)、アミノ基(-N-R2-)、チオエーテル基(-S-R2-)からなる群より選ばれる少なくとも一種類の構成単位を1以上含むアミノ酸などが例示される。
【0022】
ここで、「-R1-」は炭素数が2〜12の炭化水素基であり、飽和炭化水素基であっても不飽和炭化水素基であってもよく、鎖状でも環状でもよく、本発明の目的に沿うような置換基を1以上含んでいてもよく、置換基が2以上の場合は、置換基は互いに同じものであっても、異なっていてもよい。「-R2-」は炭素数が1〜12の二価の炭化水素基であり、飽和炭化水素基であっても不飽和炭化水素基であってもよく、鎖状でも環状でもよく、本発明の目的に沿うような置換基を1以上含んでいてもよく、置換基が2以上ある場合、置換基は互いに同じものであっても、異なっていてもよい。「-R3-」は、炭素数が1〜12の二価の炭化水素基であり、飽和炭化水素基であって、本発明の目的に沿うような置換基を1以上含んでいてもよく、置換基が2以上ある場合、置換基は互いに同じものであっても、異なっていてもよい。「-Ar-」は炭素数6〜10のアリーレン基であり、本発明の目的に沿うような置換基を1以上含んでいてもよく、置換基が2以上ある場合、置換基は互いに同じものであっても、異なっていてもよい。「置換基」とは、水素原子、炭化水素基、アミノ基、ハロゲン原子、水酸基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アミノカルボニル基、ヒドロキシカルボニル基、アルコキシカルボニル基およびアルキルカルボニル基などが例示されるが、これらに限定されない。
【0023】
スペーサであるアミノ酸には、上記の構成単位の少なくとも1種類を繰り返して2以上含むものが好ましい。具体的にはスペーサは、ポリエーテル基(ポリ(オキシアルキレン)基またはポリ(オキシアリーレン)基を含む)を有するアミノ酸が例示され、好ましくはポリ(オキシエチレン)基を有するアミノ酸が挙げられる。例えば、かかるアミノ酸において、オキシエチレン単位の繰返し数は、特に制限されないが、通常2以上、好ましくは6以上、また、通常100以下、好ましくは50以下、更に好ましくは30以下の範囲である。
【0024】
本発明において用いられる磁性体として、磁性を有する金属または金属化合物が挙げられ、いかなるものでも適宜選択して用いることができる。具体的には、四三酸化鉄(Fe3O4)、γ−重三二酸化鉄(γ-Fe2O3)、MnZnフェライト、NiZnフェライト、YFeガーネット、GaFeガーネット、Baフェライト、Srフェライト等各種フェライト、鉄、マンガン、コバルト、ニッケル、クロムなどの金属、鉄、マンガン、コバルト、ニッケルなどの合金を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。例えば、磁性体を生体内に投与して利用する場合などでは、生体に対する適合性の良好なマグネタイト(Fe3O4)の他、必要に応じて、マグネタイトの金属元素の一部を少なくとも1種類の他の金属元素で置換した各種フェライト組成などが好適に適用可能である。これら磁性体の形状は、生成条件によって変化し、多面体、8面体、6面体、球状、棒状、鱗片状等などがあるが、異方性の少ない構造が、機能の安定発現のためにはより好ましい。本発明に利用する磁性体の粒子径は、その用途に応じて、適宜選択可能であるが、例えば、0.1 nm以上1 mm以下、好ましくは0.1nm以上10μm以下、より好ましくは1nm以上50nm未満の範囲内の粒径を有する粒子を用いると良い。
【0025】
本発明のスクリーニング方法ではまず、蛍光物質を付加したペプチド(以下「蛍光物質−ペプチド」とも称する。)を含む候補ペプチド群と、磁性体とを溶液中で混合して、インキュベーションを行う。溶液の組成は、磁性体とペプチドとの結合反応を妨げないものであればよく、水溶液、有機溶媒、および、水溶液と有機溶媒との混合物を用いることができる。有機溶媒は例えばメタノール、クロロホルムや、これらを混合したものが挙げられる。水溶液としては緩衝液を用いることが好ましく、生化学的反応に用いる一般的な緩衝液、例えばリン酸緩衝液やトリス緩衝液や、酢酸緩衝液、HEPES緩衝液などを用いることができる。緩衝液の濃度やpHは、一般的なものであればよく、例えば5 mM〜1.0 Mの範囲、および、pH 5.5〜pH 9.0のものを使用すればよい。また、インキュベーションの時間は特に限定されないが、1分以上600分以下、好ましくは1分以上60分以下、さらに好ましくは1分以上10分以下である。
【0026】
次に、磁性体を溶液中から除去する。磁性体の除去は簡便に行うことができ、例えば候補ペプチド群と磁性体の混合溶液を遠心分離し、上清を回収する手段や、磁石を用いて磁性体を除去する手段などを用いればよい。
【0027】
そして次に、磁性体が除去された溶液について、蛍光スペクトルを測定する。蛍光スペクトルの代わりに、吸収スペクトルを測定しても良く、蛍光スペクトルと吸収スペクトルの両方を測定しても良い。さらには、二次元蛍光スペクトルを用いても良い。具体的には、磁性体が除去された溶液について、通常の方法を用いて吸収スペクトルおよび/または蛍光スペクトルを測定すればよい。例えば紫外線(UV)を用いてスペクトルを測定し、スクリーニングを行うのに比較すると、蛍光物質を用いたスクリーニングは、変数が増加するため極めて有利である。
【0028】
さらに、得られた蛍光スペクトルの測定結果を用いて、蛍光スペクトル解析を行い、解析結果に基づき、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを選択する。蛍光スペクトル解析のためには、候補ペプチド群に含まれる各蛍光物質−ペプチド、および、ペプチドと結合していない蛍光物質について、予め蛍光スペクトルを測定しておくことが必要である。
【0029】
蛍光スペクトルの解析は、自体公知の方法により解析することができる。蛍光スペクトルのみを用いた場合は、混合反応前の溶液について蛍光スペクトルを予め測定することにより、得られた測定値から各蛍光物質−ペプチドの初期濃度を算出する。次に、混合反応後の溶液について得た蛍光スペクトルの測定値から、各蛍光物質−ペプチドの溶液中における残存濃度を算出する。残存濃度を、初期濃度で割ることによって、混合反応後の溶液中の各蛍光物質−ペプチドの割合(残存値)を求めることができる。混合反応後の溶液中の各蛍光物質−ペプチドの残存値を、1から減ずることによって、磁性体に結合した各蛍光物質−ペプチドの割合を求めることができる。蛍光スペクトルとして二次元蛍光スペクトルを用いた場合は、例えば最小二乗法や多変量解析法の原理を利用した解析用ソフトを用いて、測定値から溶液中の各蛍光物質−ペプチドの初期濃度や残存濃度を得ることができる。
【0030】
本発明のスクリーニング方法において選択されるペプチドは、所望の結合効率を示すものであるが、例えば、候補ペプチド群の中から最も結合効率の高いペプチドを選択することが可能である。候補ペプチド群が複数種ある場合は、各候補ペプチド群の中で最も結合効率の高いペプチドを各々選択して、選択されたペプチドにより再度候補ペプチド群を作製してスクリーニングを行い、最も結合効率の高いペプチドを選択することが可能である。また、ペプチドを複数種含むようにグループ分けをし、グループごとに異なる種類の蛍光物質を付加したものを候補ペプチド群としてスクリーニングを行い、例えば高い結合効率を示すグループについて、ペプチドの種類ごとに異なる種類の蛍光物質を付加したものを候補ペプチド群として、再度スクリーニングを行い、結合効率の高いペプチドを選択するといったことも可能である。さらに、候補ペプチド群におけるペプチドの組み合わせを変更することによって、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを選択することが可能である。例えば、候補ペプチド群に既に結合効率が判明しているペプチドを指標ペプチドとして入れることにより、指標ペプチドと比較して結合効率の高いペプチドもしくは低いペプチドを選択することが可能となる。
【0031】
本発明は、本発明のスクリーニング方法に用いるためのスクリーニングキットも対象とする。本発明のスクリーニングキットの構成物としては、少なくとも2種類以上の蛍光物質が含まれ、その他、スクリーニングに必要な試薬や容器、磁性体などを含んでいても良い。さらには、スクリーニングの解析に必要な解析ソフトを含んでいても良く、解析用機器を含んでいても良い。上述の試薬、容器、ソフト及び機器等は、本発明のスクリーニングに利用可能であれば、自体公知の既存のものであっても良いし、今後開発されるより好適なものであってもよい。
【0032】
また、本発明は、蛍光物質の結合したペプチドが磁性体に結合した複合体であって、ペプチド1分子に対して蛍光物質1分子が結合する複合体をも対象とする。本発明の複合体において、ペプチドと蛍光物質とはスペーサを介して結合していることが好ましい。
【0033】
ペプチドは、アミノ酸残基数1〜50個のペプチドであることが好ましく、アミノ酸残基数1〜30個のペプチドであることがより好ましく、アミノ酸残基数1〜4個であることがより好ましい。例えば、同一アミノ酸残基が4個連続してなるペプチドが挙げられ、中でも、EEEE、YYYY、DDDD、HHHH、KKKKで示されるペプチドが、磁性体に対して高い結合効率を示すため、好ましい。なお、E、Y、D、H、Kは、アミノ酸を一文字表記法で示したものであり、本明細書では一文字表記法にてアミノ酸を示す。
【0034】
また、複合体に含まれる蛍光物質は複合体の用途に応じて選択することができる。蛍光物質は自体公知のものであっても良いし、今後開発される新たなものであっても良いが、例えば蛍光性非天然アミノ酸が例示される。蛍光性非天然アミノ酸として、上述の表1に挙げたものが例示される。
【0035】
磁性体としては、スクリーニング方法において用いられる磁性体と同様に、磁性を有する金属または金属化合物が挙げられ、使用目的に応じていかなるものでも適宜選択して用いることができる。さらに複合体における磁性体は、粒状、繊維状、針状、平板あるいはフィルム状の構造体中に構成成分として含まれる磁性体であってもよく、2種類以上の磁性体を含有する構造体中に含まれる磁性体であってもよい。
【0036】
スペーサは、磁性体およびペプチド、蛍光物質の機能を阻害しないものであれば自体公知のものを使用することができる。スペーサは、自己蛍光を有さないものが好ましく、例えば、カルボン酸基およびアミノ基を連結する部分に、ポリ(オキシエチレン)基が結合したアミノ酸が挙げられる。かかるアミノ酸おいてオキシエチレン単位の繰返し数は、特に制限されないが、通常2以上、好ましくは6以上、また、通常100以下、好ましくは50以下、更に好ましくは30以下の範囲である。
【0037】
ペプチドを介して蛍光物質が磁性体に結合してなる複合体は、次のようにして作製することができる。
まずペプチドに蛍光物質を付加する。ペプチドに蛍光物質を付加する方法は、特に限定されず、自体公知の方法を適用することができる。例えば、蛍光標識した非天然アミノ酸を蛍光物質として用いる場合は、Fmocペプチド固相合成法によることも可能であるし、その他の一般的な合成方法によることも可能である。
【0038】
次に、蛍光物質の結合したペプチドと磁性体とを溶液中で混合して、インキュベーションをし、ペプチドと蛍光物質の結合した化合物と磁性体とを結合させる。結合反応に用いられる溶液およびインキュベーションの時間等のインキュベーションの条件は、スクリーニング方法にて用いたものと同様のものであればよく、適宜設定可能である。そして所望により、溶液を遠心分離したり、磁石を用いることにより、溶液から磁性体を回収すればよい。
【実施例】
【0039】
(実施例1−1)蛍光物質の結合したペプチド(蛍光物質−ペプチド)の合成
蛍光物質−ペプチドを、Fmocペプチド固相合成法によって得た。蛍光物質である蛍光性非天然アミノ酸として、Acd、Bacd、ED、MOCA、Pyr、FAM、TMRを用いた(図1参照)。これら蛍光物質のFmoc化された化合物のうち、Fmoc-Ala(Acd)-OH、Fmoc-Ala(Bacd)-OH、Fmoc-Glu(ED)-OH、Fmoc-Lys(MOCA)-OH、Fmoc-Ala(Pyr)-OH を渡辺化学から購入し、Fmoc-Lys(FAM)-OH、Fmoc-Lys(TMR)-OHをABD Bioquest社から購入した。Fmoc化された天然アミノ酸やその他のペプチド合成に必要な試薬類はいずれも渡辺化学工業より購入した。Fmoc化された水溶性リンカーから成るアミノ酸(図1「O(6)」の化合物)はMerck社より購入した。Fmoc化された蛍光性非天然アミノ酸および天然アミノ酸はいずれもL体である。なお、Fmoc-Lys(FAM)-OHは、それ自体が磁性体に結合することが判明したため、以下の実施例では使用しなかった。
【0040】
具体的には、蛍光物質−ペプチドの合成は以下のように行った。合成に用いた樹脂はFmoc-NH-SAL-PEG-resinである。まず、樹脂を膨潤するため、ジクロロメタン/ジメチルホルムアミド(DMF)混合溶媒で室温3時間撹拌した。樹脂をDMFで洗浄後、20%ピペリジンを含むDMF溶液で40℃にて10分間撹拌した後、DMFで洗浄した(この操作を以下「脱保護」と表記する)。次に、目的のペプチドのシークエンスを作るのに対応するFmoc体、HATU(O-(ベンゾトリアゾール-1-イル)-N,N,N',N'-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸塩)、HOAtおよびDIPEA(N,N-ジイソプロピルエチルアミン)をDMFに溶解させた後、樹脂に加えた。40℃にて30〜60分間撹拌した後、DMFで洗浄した(この操作を以下「カップリング」と表記する)。続いて、5%無水酢酸および6%ルチジンを含むDMF溶液で40℃にて3分間撹拌した後、DMFで洗浄した(この操作を以下「キャッピング」と表記する)。樹脂表面上に目的の配列のペプチドが伸長するまで、脱保護、カップリング、キャッピングの操作を繰り返した。最後のFmoc体のFmoc基を脱保護した後、樹脂にトリフルオロ酢酸/水/トリイソプロピルシラン(= 95/2.5/2.5 v/v/v)を加えて、室温にて60分間撹拌した。樹脂から切り出された目的のペプチドの溶液を風乾後、メタノール溶液とし、冷凍庫に保管した。合成した蛍光物質−ペプチドは、「H-蛍光物質-O(6)-ペプチド-NH2」で表されるものであり、一例として以下に構造式を示す。
【化1】

【0041】
(実施例1−2)磁性体に結合するペプチドのスクリーニング(1)
(1)実施例1にて作製した蛍光物質−ペプチドを用いて、候補ペプチド群溶液を4種類作製した。それぞれの群に含まれる蛍光物質−ペプチドは、以下の通りである。
・第1群 H-Bacd-O(6)-EEEE-NH2、H-TMR-O(6)-PPPP-NH2、H-Acd-O(6)-SSSS-NH2、H-ED-O(6)-AAAA-NH2、H-MOCA-O(6)-LLLL-NH2、H-Pyr-O(6)-YYYY-NH2
・第2群 H-Bacd-O(6)-IIII-NH2、H-TMR-O(6)-FFFF-NH2、H-Acd-O(6)-DDDD-NH2、H-ED-O(6)-CCCC-NH2、H-MOCA-O(6)-GGGG-NH2、H-Pyr-O(6)-RRRR-NH2
・第3群 H-Bacd-O(6)-VVVV-NH2、H-Acd-O(6)-MMMM-NH2、H-ED-O(6)-WWWW-NH2、H-MOCA-O(6)-QQQQ-NH2
・第4群 H-Bacd-O(6)-TTTT-NH2、H-TMR-O(6)-HHHH-NH2、H-MOCA-O(6)-KKKK-NH2、H-Pyr-O(6)-NNNN-NH2
各群に含まれる蛍光物質−ペプチドを混合し、蛍光物質−ペプチドの濃度が1μMのメタノール/HEPES緩衝水溶液(pH 7.2)を1 mL程度作製した。
【0042】
(2)各群の溶液の一部を取り出し、500 nMの溶液3 mLを作製した後、二次元蛍光スペクトルを測定した。得られた二次元蛍光スペクトルを最小自乗法解析することで溶液中に含まれる各蛍光物質−ペプチドの初期濃度を求めた。
【0043】
(3)(1)で作製した溶液(蛍光物質−ペプチドの濃度 1μM)1 mLに磁性体(マグネタイト、DOWA社製)10.0 mgを加え、数十秒間ボルテックスした後、30分間、静置した。その後、磁石によって磁性体を回収した。残った上清を一部取り出し、(2)と同様の希釈倍率で溶液3 mLを作製した。この溶液の蛍光物質−ペプチドの濃度は、磁性体にペプチドが全く結合しなかった場合は、500 nMと予測される。最後に、当該溶液について二次元蛍光スペクトルを測定し、最小自乗法解析により、溶液中に含まれる各蛍光物質−ペプチドの濃度を求めた。
なお、使用した磁性体(マグネタイト、DOWA社製)は、TEM画像より直径10 nm程度の球状粒子であることが確認されている。またその単位重量あたりの表面積(BET)は100 m2/gであった。
【0044】
(4)磁性体との結合反応後に得た各蛍光物質−ペプチドの二次元蛍光スペクトルから、残存濃度を算出し、(2)で得た各蛍光物質−ペプチドの初期濃度で割ることによって、溶液中に残存した蛍光物質−ペプチドの割合(残存値)を求めた。さらに1から残存値を減ずることによって、マグネタイトに結合した蛍光物質−ペプチドの割合を求めた。
【0045】
結果を以下の表2に示す。
【表2】

ペプチドの結合効率は、各ペプチドを構成するアミノ酸により、大きく異なることが分かった。第1群から第4群についての解析結果から、ペプチドを構成するアミノ酸の配列が、EEEE(87%)、YYYY(69%)、DDDD(100%)、HHHH(>100%)、KKKK(92%)であるペプチド5種類が、磁性体に対する結合効率の高いことがわかった。
【0046】
(実施例2)磁性体に結合するペプチドのスクリーニング(2)
実施例1−2の結果から、磁性体に対する結合効率の高かった5種類のペプチドについて、再度スクリーニングを行った。候補ペプチド群として、最終群の溶液(H-Bacd-O(6)-EEEE-NH2、H-Pyr-O(6)-YYYY-NH2、H-Acd-O(6)-DDDD-NH2、H-TMR-O(6)-HHHH-NH2、H-MOCA-O(6)-KKKK-NH2を含む)を用いた以外は、実施例1−2と同様の方法で行った。
【0047】
結果を表3に示す。
【表3】

これらペプチドはいずれも磁性体によく結合することが確認できたが、中でも、ペプチドを構成するアミノ酸の配列が、DDDD(99%)、HHHH(100%)であるペプチドが、極めて高い磁性体への結合効率を持つことがわかった。
【0048】
(実施例3)ペプチドの磁性体結合反応におけるインキュベーション条件
磁性体と候補ペプチド群を混合したときのインキュベーション時間を30分間から5分間に変更した以外は、実施例2と同様の手法にて、スクリーニングを試みた。
【0049】
結果を表4に示す。
【表4】

インキュベーション時間を、30分間から5分間に変更しても、得られた結果はほぼ同様であった。ペプチドを構成するアミノ酸の配列が、DDDDのペプチドおよびHHHHのペプチドは、5分以内に磁性体にほぼ完全に結合していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明のスクリーニング方法によれば、使用する磁性体に応じて表面機能化可能なペプチドを、安価かつ簡便に選択することができ有用である。また、スクリーニングによってペプチドの磁性体への結合特性が判明し、選択したペプチドを結合させた磁性体は、DDSを始め、種々の分野に利用可能である。さらにペプチドを介して蛍光物質を結合させた磁性体は、安価かつ容易に得ることができ、生体分子の解析などに利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2種類のペプチドを含む候補ペプチド群から、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドをスクリーニングする方法であって、少なくとも2種類の蛍光物質を用い、候補ペプチド群におけるペプチドが、ペプチド1分子に対して蛍光物質1分子で標識されてなるペプチドであり、
1)候補ペプチド群と磁性体とを溶液中で混合して、インキュベーションする工程;
2)磁性体を溶液中から除去する工程;
3)磁性体が除去された溶液について、蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルを測定する工程;並びに
4)蛍光スペクトルおよび/または吸収スペクトルの測定結果を解析し、解析結果に基づき、磁性体に所望の結合効率を示すペプチドを選択する工程
を含むスクリーニング方法。
【請求項2】
工程2)が、候補ペプチド群と磁性体の混合溶液を遠心分離し、上清を回収すること、または、磁石を用いて磁性体を除去することにより行われる、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
候補ペプチド群に含まれるペプチドが、アミノ酸残基数1〜50個のペプチドである、請求項1または2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
工程1)におけるインキュベーションの時間が、1分以上60分以下である、請求項1〜3のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
ペプチドと蛍光物質がスペーサを介して結合する、請求項1〜4のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
少なくとも2種類以上の蛍光物質を含む、請求項1〜5のいずれか1に記載のスクリーニング方法に用いるためのスクリーニングキット。
【請求項7】
蛍光物質の結合したペプチドが磁性体に結合し、ペプチド1分子に対して蛍光物質1分子が結合しており、ペプチドのアミノ酸残基数が1〜50個である、複合体。
【請求項8】
磁性体の粒径が、0.1 nm以上1 mm以下である請求項7に記載の複合体。
【請求項9】
ペプチドと蛍光物質とがスペーサを介して結合する、請求項7または8に記載の複合体。

【図1】
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【公開番号】特開2010−190862(P2010−190862A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38221(P2009−38221)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】