説明

磁気ディスク炭素保護膜形成方法

【課題】磁場フィルタ付カソーディックアーク放電を用いた磁気ディスク炭素保護膜の形成方法において、粒径が1ミクロンメートル未満の荷電性異物の発生を抑制する。
【解決手段】炭素を主成分とするカソード13のアーク放電によりプラズマを発生し、発生したプラズマを第1の磁場ダクト17により保持し、第2の磁場ダクト18により処理室27に輸送し、処理室に配置された磁気ディスク基板23に炭素保護膜を形成する。このとき、第1の磁場ダクト17により発生する磁束密度の方向16に対して第2の磁場ダクト18により発生する磁束密度の方向17を反対方向とし、第1の磁場ダクトと第2の磁場ダクトの間に生成される零磁束平面12が、カソードの最表面11と空間的に一致するように、第1磁場ダクト17及び第2の磁場ダクト18により発生する磁束密度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁場フィルタ付カソーディックアーク放電を用いた磁気ディスク炭素保護膜の形成方法に係わる。
【背景技術】
【0002】
近年、低圧アーク放電を応用した磁気ディスク用の炭素保護膜形成技術の研究が盛んに行われている。上記の技術は、ガス圧が10−4Pa以下の真空中で、カソードとなるターゲット部分に通常、アノード電極を機械的に接触、あるいは、電子ビーム等を用いることによって数十アンペア程度のアーク電流を流入させてアーク放電を発生させる。そしてターゲットの上部空間に発生するプラズマハンプからのイオンをカソードに衝突させて、カソードからカーボンイオンや電子等を発生させることでプラズマを持続させ、これらのカーボンイオンや電子を輸送用磁場ダクトで効率的に反応真空槽に導き、走査用磁場で均一に磁気ディスク基板に対して照射し薄膜の形成を行う手法である。本手法により形成される薄膜は、テトラヘドラル・アモルファスカーボンと呼ばれ、sp3結合比率の高いアモルファスカーボン膜の一つであり、高密度、高硬度で被覆性が高く、磁気ディスク用炭素保護膜の薄膜化に適する薄膜である。
【0003】
上記、炭素薄膜形成技術の問題点としては、アーク放電によってプラズマを発生させる際、同時に異物が多量に発生する点にある。この問題を解決する手段として、特許文献1には、輸送用磁場ダクトの部分に2つの曲率を有する三次元的な形状と、磁場ダクトの内壁部分に発生したプラズマの進行方向に対して逆テーパとなるリング状のトラップ機構等を設けることが開示されている。しかしながら、この技術では光学顕微鏡で容易に観察可能な粒径を有する中性粒子の除去に対しては効果があるが、発生する異物の粒径が5ミクロンメートル以下であるような中性粒子が磁場フィルタの内壁にトラップされる確率が極端に減少するため、その除去が困難である。また粒径が5ミクロンメートル以下の荷電性粒子についてもその捕獲が困難である。
【0004】
一方、特許文献2では、プラズマビーム経路中に輸送効率を出来る限り犠牲としない最適な形状の防着フィルタを設置し、かつ、正電圧を印加させた電場フィルタを設置することで、粒径1ミクロンメートル以上の中性粒子、荷電性粒子の捕獲を可能としている。
【0005】
【特許文献1】PCT/GB96/00389号公報
【特許文献2】特許第3860954号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術では粒径が1ミクロンメートル未満の異物の捕獲は困難である。本発明が解決しようとするのは、主に粒径が0.2ミクロンメートル以上の荷電性異物粒子に対して、有効な除去を可能とする方法を提供することにある。ここで、粒径が0.2ミクロンメートル以上の粒子は、発明者等が所有する日立電子エンジニアリング社製のLaser Surface Inspection Device LS−6000の最大分解能として認識可能な最小粒径である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記特許文献1及び2に提案されている手法は、いずれも異物粒子の発生そのものを抑制する手法ではなく、発生した異物粒子をどのようにして被処理基板に到達させないようにするかという点に主眼をおいた対策方法である。これらの技術では粒径が1ミクロンメートル以上の異物対策には効果を得られたが、荷電性異物が支配的である粒径1ミクロンメートル未満の異物の捕獲は困難であった。
【0008】
発明者等の実験によって明らかにされたが、磁場フィルタ付カソーディックアーク放電法において、磁場フィルタを通過して磁気ディスク基板に入射する粒径1ミクロンメートル未満の異物は荷電性異物が支配的であり、アークスポット直上にあたる零磁束平面とカソードに囲まれる領域(荷電性異物生成領域)を、いかに縮小化させるかが重要であることがわかった。
【0009】
この零磁束平面とカソードに囲まれる領域(荷電性異物生成領域)は、アノード磁場とフィルタ磁場の相対的な磁束密度比率によって変化する。そして、この零磁束平面とターゲット面に囲まれる空間領域が荷電性異物生成領域であることを突き止めた。即ち、この空間領域を小さくすれば、プラズマ中の荷電性異物の大幅な減少が可能となる。ただし一方で、カスプ磁場形状が空間的にカソードに近接、接触しカスプ領域が薄くなることで、例えば低いアーク電流ではアークスポットの維持が難しく、安定なアーク放電が出来なくなるため、別途、アーク電流値の最適化が必要である。
【0010】
本発明は、荷電性異物生成領域を小さく、かつ、アーク放電が維持可能な最適化プロセス条件を見出したことにある。そして、この条件下において、プラズマ中に含まれる粒径が0.2ミクロンメートル以上の異物粒子を可能な限り除去した磁気ディスク炭素保護膜を形成することができる。
【0011】
本発明は、従来技術に開示されているような二次的な異物対策ではなく、アーク放電における荷電性異物の発生そのものを抑制する抜本的な発明であり、以下にその代表的な磁気ディスク炭素保護膜の形成方法を示す。
【0012】
本発明の磁気ディスク炭素保護膜形成方法においては、炭素を主成分とするカソードのアーク放電によりプラズマを発生し、発生したプラズマを第1の磁場ダクトにより保持し、第2の磁場ダクトにより処理室に輸送し、処理室に配置された磁気ディスク基板に炭素保護膜を形成する際に、第1の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向に対して第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向を反対方向とし、第1の磁場ダクトと第2の磁場ダクトの間に生成される零磁束平面が、カソードの最表面の近傍に存在するように、第1磁場ダクト及び第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御するものである。
前記零磁束平面は、前記カソードの最表面と空間的に一致していることが望ましい。
【0013】
また、本発明の磁気ディスク炭素保護膜の形成方法においては、炭素を主成分とするカソードのアーク放電によりプラズマを発生し、発生したプラズマを第1の磁場ダクトにより保持し、第2の磁場ダクトにより処理室に輸送し、処理室に配置された磁気ディスク基板に炭素保護膜を形成する際に、第1の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向に対して第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向を反対方向とし、カソードの最表面における磁束密度が0以上2ミリテスラ以下となるように第1の磁場ダクト及び第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御するものである。
【発明の効果】
【0014】
磁場フィルタ付カソーディックアーク放電法により発生させるプラズマを用いて磁気ディスクの炭素保護膜を形成する場合、プラズマ中に発生する主に粒径1ミクロンメートル未満の荷電性異物を大幅に除去することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1は、本発明の実施例として、カソード(ターゲット)表面と零磁束平面の面高さを空間的に一致させた場合の概念図を示している。図2は荷電性異物が発生せず、電子,カーボンイオンのみによって磁気ディスク基板両面に対して同時に炭素膜の形成を可能とする、磁気ディスクの炭素保護膜形成装置の模式図である。図3は、アークスポットが生成されるターゲット最表面の磁場について3次元磁束密度測定プローブを用いて測定を行った結果を示す。図4はターゲット最表面の磁束密度に対する、被処理基板となるディスク基板上の単位面積、単位膜厚あたりに含まれる粒径0.2ミクロンメートル以上の異物数を示す。図5は、ターゲット最表面の磁束密度に対する、被処理基板となるディスク基板上へのテトラヘドラル・アモルファスカーボン膜の堆積速度を示している。図6はターゲット面における磁束密度とアーク放電の安定性について実験した結果を示す。図7は、ある程度消費され侵食エリアがクレータ状になっている場合のターゲット断面と零磁束平面との空間的な位置関係を示す。図8はターゲット最表面の磁束密度を零とした状態でアーク電流値を変化させた場合のアーク放電の安定性を示す。図9は、ターゲット最表面の磁束密度を零とした状態で、アーク電流値と2.5インチ型磁気ディスク表面の異物数の関係を示す。図10はターゲット最表面の磁束密度を零とした状態でアーク電流値を変化させた場合の被処理基板となるディスク基板上へのテトラヘドラル・アモルファスカーボン膜の堆積速度示している。図11は、実施例のプロセスを適用した場合のサイズ別異物数・異物密度・堆積速度・膜厚分布の結果を示す。図12は、形成した磁気ディスク保護膜の深さ方向の水素含有量を示す。図13は、形成した磁気ディスク保護膜の吸収端近傍構造スペクトルのフィッティング結果を示す。図14は、形成した磁気ディスク保護膜の薄膜硬度測定結果を示す。
【0016】
まず、図15及び図16を参照して、磁場フィルタ付カソーディックアーク放電法の概略について説明する。図15及び図16において、カーボンイオン22を発生させるアークスポット110周辺に印加される第1の磁場ダクト17により発生する磁場(アノード磁場)と、磁気ディスク基板方向15に電子21を呼び水としてカーボンイオン22を輸送するための第2の磁場ダクト18により発生する磁場(フィルタ磁場)は、互いに逆方向(カスプ磁場)であるため、これらの間には必ず零磁束平面12が存在している。カスプ磁場では、ほぼ中心で磁場が0であり周辺に向かって強くなるためプラズマは磁気流体力学的に安定であり、アーク放電の安定性が向上する。そして、この零磁束平面12のカソード最表面(ターゲット面)11からの距離141はアノード磁場とフィルタ磁場によって発生する相対的な磁束密度比率によって変化する。
【0017】
図15は、カソード最表面11に対して零磁束平面12が空間的に十分に離れている磁場レイアウトになる。この場合、カスプ磁場も十分な広がりをみせ、安定したアークプラズマを形成することが可能となる。しかしながら一方で、カソード(ターゲット)最表面11と零磁束平面12に囲まれた空間142では、以下のような反応が進行する。
【0018】
即ち、ターゲット13の上部空間に発生するプラズマハンプからイオンが発生しカソード最表面11に衝突し、カソード13からカーボンイオン22や電子21等が発生してプラズマが生成されるが、同時に、ミクロンサイズからサブミクロンサイズの異物が生成される。これらのほとんどは、ターゲット最表面11から物理的なスパッタによって発生した異物である。そしてこれらの異物は、磁場ダクト18の内壁に衝突を繰り返しながら処理室27に飛来する中性異物と荷電性異物に大別される。粒径がミクロンメートルサイズの異物に関しては、特許文献2に記載されている防着フィルタと電場フィルタを採用すれば、ほぼ解決することが可能であるが、サブミクロンメートル程度の荷電性異物152に関しては、従来技術では対策が不可能であった。
【0019】
この荷電性異物152は、ターゲット最表面11でスパッタされ発生した中性異物が、カソード(ターゲット)最表面11と零磁束平面12に囲まれた空間142に生ずる電子21数百個以上によって囲まれて負に帯電した荷電性粒子152へと成長し、正のポテンシャルを持つプラズマビーム153中に取り込まれ浮遊することで生成される。以下、より詳細に説明する。
【0020】
図15及び図16においてカソード最表面11から発生した電子21のうち、放電維持に関わる電子はアノード112への最も低負荷な電流経路として零磁束平面12を経由して流入14する。なぜなら零磁束平面12では、電子21は磁場からの束縛が無く、つまり、サイクロトロン運動することなく最短経路となるためである。従って、カソード(ターゲット)最表面11と零磁束平面12に囲まれた空間142には、電流パスとして電子21が大量に存在し、この空間に存在する中性異物との衝突、帯電が発生しやすくなる。そして、このようにして数百個以上の電子21が付着して形成された荷電性異物152は図16に示すように電子21、カーボンイオン22からなるプラズマビーム153によって捕獲され処理室27の磁気ディスク基板23表面に輸送され、電子21、カーボンイオン22と同様に堆積することになる。
【0021】
ところで、正電圧を印加した電極を処理室27に設置して収集した荷電性異物152のサイズは、異物検査装置LS−6000の結果によれば1ミクロンメートル未満のものが支配的であった。また、電子顕微鏡-エネルギー分散X線分光分析(SEM-EDS)及び顕微ラマン分光分析を行った結果、SEM−EDSでは、その形状が丸みを帯びた鈍角的であり、カーボンであることがわかった。また、顕微ラマン分光分析によれば典型的なグラファイト成分とアモルファス成分も若干含んでいることがわかった。そして、このスペクトルから、カーボンイオン22と電子21により生成、堆積されるテトラヘドラル・アモルファスカーボンではないことが確認できる。
【0022】
以下、本発明の実施の形態を図1及び図2を参照して説明する。図1及び図2において、図15及び図16と同じ構成部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略する。図1及び図2において、カソード13とアーク電極25にアーク電源24が接続されており、アーク放電によりカソード13から発生した電子21は、カーボンイオン22と同時にカソード13直上へ輸送されるものと、放電維持に関わる電子としてアノード112へ流入14するものが存在する。この電子は最も低負荷な電流経路として零磁束平面12を経由してアノード112へ流入14する。なぜなら、零磁束平面12において電子21は磁場からの束縛が無く、つまり、サイクロトロン運動することなく最短経路となるためである。従って、図15に示したようなカソード最表面11と零磁束平面12に囲まれた空間(荷電性異物生成領域)142がほとんど存在しない形となり、荷電性異物生成領域142での電子21と中性異物との衝突、帯電する可能性が急激に減少する。その結果として、荷電性異物152を非常に少なくした状態で電子21、カーボンイオン22のみによるプラズマビーム153が被処理基板である磁気ディスク基板23表面に到達することになり、異物数の少ない所望とするテトラヘドラル・アモルファスカーボンの堆積が可能となる。なお、図2では省略しているが、図17に示すように特許文献2に記載された防着フィルタと電場フィルタも併用している。
【0023】
図15に示したように零磁束平面12のカソード面(ターゲット面)11からの距離141は、アノード磁場とフィルタ磁場によって発生する相対的な磁束密度の比率によって変化する。そして、この零磁束平面12とターゲット面11に囲まれる空間領域が荷電性異物生成領域142であることを具体的な測定データを基に以下に説明する。
【0024】
図3は、アークスポット110が生成されるターゲット最表面11の磁場について測定を行った結果を示す。測定には3次元方向に発生する合成磁束密度が測定可能な3次元磁束密度測定プローブを用いた。なお、図1に示す被処理基板となる磁気ディスク基板方向15の磁束密度をプラスと定義し、カソード(ターゲット)方向16をマイナスの磁束密度としてグラフを描画した。なお、ここでカスプ磁場を得るために、第1の磁場ダクト17(アノード磁場)と第2の磁場ダクト18(フィルタ磁場)に発生する磁束方向が逆となるようにコイルの巻き方向あるいは、電流を流す方向を逆にすることはいうまでもない。
【0025】
測定は、アノード磁場を形成するコイルに0〜11アンペア、フィルタ磁場を形成するコイルに6〜14アンペア流した場合について行った。図3における横軸はフィルタ磁場及びアノード磁場を形成するために流した電流値IfとIaの比率によって規格化し、縦軸はターゲット最表面の磁束密度(Magnetic field)を示す。本結果によれば、実験に用いた装置においては、If/Iaの比率が約2.5程度において零磁束平面12がターゲット最表面11と一致していることがわかる。そして、If/Ia比率を大きくすればターゲット最表面11の磁束密度は磁気ディスク基板方向15(プラス)の磁束密度として増加していることが確認できる。ここで、If/Iaの比率はフィルタを構成するコイルの巻き数、全長等によって変わることはいうまでもない。
【0026】
次に、ターゲット最表面11の磁束密度と被処理基板として2.5インチ型磁気ディスク表面の異物数及び堆積速度の関係を調べた結果を図4、図5に示す。なお、実験では、アーク電流を45A、アーク電圧を約−23Vとし、粒径1ミクロンメートル以上の異物を除去するために、図17に示す防着フィルタと電場フィルタも併用している。図4の縦軸は単位面積、単位膜厚あたりに含まれる粒径0.2ミクロンメートル以上の異物数(Particle number)を示し、横軸はターゲット最表面の磁束密度(Magnetic field)である。本結果によれば、零磁束平面12がターゲット最表面11と一致(横軸:零41)した場合、急激に異物数が減少していることがわかる。また、ターゲット最表面磁束をプラスとした場合、同様に異物数は減少していることがわかる。ここで、ターゲット最表面磁束がプラスの場合、零磁束平面12は、カソード(ターゲット)方向16に深く(図1中の下方向)なった面に位置することになり、図1に示すところの零磁束平面12が下方向19にずれることを意味する。一方、ターゲット最表面磁束をマイナスとした場合は、異物数は減少しない。これは、先に述べたように、カソード(ターゲット)最表面11と零磁束平面12に囲まれた空間142において荷電性異物が生成されるためである。
【0027】
図5は、ターゲット最表面11の磁束密度に対する、被処理基板となる2.5インチ型ディスク基板上の堆積速度を示している。本結果によれば、ターゲット最表面11が零磁束平面12と一致している場合、堆積速度は最大値をもつことが確認できる。また、ターゲット最表面磁束をプラスとした場合、堆積速度は約70%になることがわかった。これは、カソード13からアノード112への電子流入最短経路である零磁束平面が、下方向19にずれることでイオン化率が低下したためと考えられる。ターゲット最表面磁束をマイナスとした場合も同様に堆積速度が低下するが、この現象も零磁束平面12がターゲット最表面11から上方向へずれることでイオン化率が低下したためと考えられる。
【0028】
次に、ターゲット最表面11における磁束密度とアーク放電の安定性について実験した結果を図6に示す。安定性の試験は、アーク放電時間を1回あたり4秒とし、インターバルを2秒とした状態で連続試験を6時間、計3600バッチ行った。そして、アーク放電が発生しなかった場合、及びアーク放電が途中で消滅した場合のバッチ数をエラーバッチとしてカウントした。本結果によればターゲット最表面11における磁束密度が2ミリテスラ以上において急激にエラーレートが増加することがわかった。つまり、安定したアーク放電を維持して、かつ、1ミクロンメートル未満の粒径をもつ異物数を抑制するにはターゲット最表面11の磁束密度を0〜2ミリテスラとすることが有効であることがわかった。
【0029】
ここで、ターゲット最表面11とは、アークスポット110が発生する領域をいう。従って、ターゲット13の断面図を示す図7にあるように、ある程度消費され侵食エリアがクレータ状71になっている場合のターゲット最表面11とは、アークスポット110が発生する表面の最下点であると定義しておく。
【0030】
上記のように本実施例によれば、磁場フィルタ付カソーディックアーク放電法において、磁場フィルタを通過して磁気ディスク基板に入射する粒径1ミクロンメートル未満の荷電性異物が、カソード最表面と零磁束平面に囲まれた空間領域(荷電性異物生成領域)にて生成されることを実験的に突き詰め、この荷電性異物生成領域を縮小するプロセスパラメータを明らかにしたことにより、荷電性異物生成領域を小さくし、プラズマビーム中の荷電性異物を大幅に減少することができた。したがって、磁気ディスク基板に異物数の少ないテトラヘドラル・アモルファスカーボンの堆積が可能となる。
【0031】
上記実施例で明らかになったように、零磁束平面12とターゲット最表面11に囲まれる空間領域142を小さくすることで、荷電性異物数を大きく減少させることが可能となったが、一方で、カスプ磁場形状が空間的にカソード13に近接、接触するためにカスプ領域が薄くなることで、例えば低いアーク電流ではアークスポットの維持が難しく安定なアーク放電が出来なくなり、別途アーク電流値の最適化が必要である。上記実施例においては、アーク電流を45Aとして実験を行ったが、アーク電流値を変化させた場合のアーク放電の安定性について実験により検討を行った。安定性の試験は、アーク放電時間を1回あたり4秒とし、インターバルを2秒とした状態で連続試験を6時間、計3600バッチ行った。そして、アーク放電が発生しなかった場合、及びアーク放電が途中で消滅した場合のバッチ数をエラーバッチとしてカウントした。なお、零磁束平面12はターゲット最表面11と空間的に一致させて実験を行った。
【0032】
図8に示す結果によればアーク電流40A以下で急激にアーク放電の安定性が悪化していることがわかる。これは、カスプ磁場形状が薄くなることで、放電の安定性が得られないためである。一方、アーク電流値を43A以上とした場合では、100%の確率で正常な放電が得られることがわかった。
【0033】
次に、ターゲット最表面11の磁束密度を零とした状態で、アーク電流値と2.5インチ型磁気ディスク表面の異物数及び堆積速度の関係を調べた結果を図9、図10に示す。図9の縦軸は単位面積、単位膜厚あたりに含まれる粒径0.2ミクロンメートル以上の異物数(Particle number)を示し、横軸はアーク電流値(Iarc)である。本結果によれば、アーク電流値に対して異物数は、ほぼ単調に増加していくことがわかる。発明者等が目標とする製品仕様としては、2個/(cm2・nm)未満は必要であるため、アーク電流値として約100A以下である必要がある。従って、図8の結果と本結果を含めて考えれば、アーク電流値は43〜102Aが適切な値であることがわかる。
【0034】
図10は、アーク電流値に対する、2.5インチ型磁気ディスク基板上の堆積速度を示している。本結果によれば、アーク電流値に対して堆積速度は増加していくが、アーク電流が80A以上では、その増加率が減少していることが確認できる。
【0035】
図11には、零磁束平面12とカソード最表面11を空間的に一致させた状態(カソード表面磁束密度が零)でアーク電流を60Aとし、実施例のプロセスを適用した場合の結果と、比較例としてカソード表面磁束密度が−1.5ミリテスラにおけるサイズ別異物数・異物密度・堆積速度・膜厚分布の比較結果を示す。本結果によれば、比較例に比べ、堆積速度は約2倍、異物密度は約1/17まで減少させることが可能となった。異物サイズとしては、1ミクロンメートル未満の異物として測定最小分解能である0.2〜0.3ミクロンメートルの微小異物が約1/30近く減少し、0.3〜1.0ミクロンメートルの微小異物も約1/13まで減少している。
【0036】
次に、上記条件で得られた磁気ディスク上のテトラヘドラル・アモルファスカーボン薄膜に関して、膜質の評価を行った。評価は、2.5インチ型ガラス基板上に磁気ヘッドからの磁界をアシストパスするための鉄系材料からなる軟磁性膜を約30nm、磁性膜の結晶配向性を向上するためのニッケル系合金からなる下地膜を約30nm、記録層となるコバルト系合金からなる磁性膜を約20nmまでを形成し、実施例の堆積手法を用いた磁場フィルタ付カソーディックアーク放電を用いて炭素保護膜を約3nm形成した。
【0037】
弾性反跳検出のうち水素を対象としたHR−ERDA法(水素分析のための高感度反跳粒子検出法)とHR−RBS法(高感度ラザフォード後方散乱分析法)によって炭素保護
膜中の水素含有量とカーボン密度の測定を行った。その結果、水素は5atomic%未満であり、膜密度は2.5〜3.2g/cm3であった。ただし、深さ方向の水素含有量は図12に示すように分布を持っているため水素含有量は平均値である。
【0038】
次に、sp3定量評価のためにAES−EELS測定(オージェ電子分光を用いた電子エネルギー損失分光測定)から得られたELNES(吸収端近傍構造)スペクトルの測定を行った。図13は電子線損失スペクトルよりバックグラウンドを除去したELNESスペクトルの吸収端拡大図を示す。図の横軸は電子線損失エネルギー(eV)、縦軸は規格化強度(Normalized Electron Yield)を示している。帰属される遷移を図中にπ*(1s→π*)、σ*(1s→σ*)で示した。次にスペクトル124を式(1)に基づいてsp3結合比率の定量評価解析を行った。ここで、式(1)はsp3定量評価のためにA.C.Ferrari等が提唱するsp2定量のための式である。
【0039】
【数1】

ここで、解析範囲(π* + σ*)の範囲は、基本的にπ*とσ*起因のピークを解析するために282-302eVの範囲について行った(282eV未満では信号がなく、また、302eV以降には振動スペクトル起因のフリンジがみえるため)。さらに、原子の直接イオン化の影響によるバックグランド(ステップ関数)については微小領域であるので、簡単のために一次関数125でバックグランド補正を行い、π* およびσ*をガウシアン関数にてフィッティングを行った。その結果を図13中のsp3スペクトル(122,123)とsp2スペクトル(121)に示すが、その面積比率よりsp3結合比率86%という結果を得ることができた。
【0040】
図14は磁気ディスク基板上に膜厚3nmのテトラヘドラル・アモルファスカーボン膜を堆積させた場合と堆積させていないサンプルに関して、バーコビッチタイプのダイヤモンド圧子を用いて押し込み深さ約150nmで評価した結果を示す。各押し込み深さに対する硬度は、各測定点での押し込み荷重を圧子によって発生する接触射影断面積で除算することによって決定する。また、通常、真の薄膜硬度は被測定薄膜の膜厚に対して1/5〜1/10の押し込み深さの値を用いて、かつ、圧子形状の影響を取り除く必要があるが、本実験では、相対的な比較に留めている。
【0041】
本結果によると、テトラヘドラル・アモルファスカーボン膜のプロファイル131は押し込み深さ約20nm程度において最大硬度をもち、保護膜がない基板のプロファイル132に対して、明らかに薄膜硬度が高いことを確認した。
【0042】
なお、上記実施例においては、磁気ディスク基板材質にはガラス基板を用い、サイズは2.5インチ型のものを使用し、また、炭素保護膜の膜厚を3nmとしたが、これに限られるのものでなく、磁気ディスク基板材質には一般的に用いられているアルミニウムを用いてもよく、磁気ディスク基板サイズも3.5インチ型、3インチ型、1.8インチ型、1.0インチ型といった一般的なサイズを用いることができる。炭素保護膜の膜厚に関しては、高記録密度化のための炭素保護膜薄膜化という大きな目標を考えれば、当然、既存の製品に適用されている膜厚以下としなければメリットはなく、4.0nm以下である必要がある。一方で、テトラヘドラル・アモルファスカーボンが炭素保護膜として有効に機能する下限膜厚は、1.0nmであることが実験により明らかにされており、従って、炭素保護膜は1.0nm〜4.0nmである必要がある。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施例において、カソード(ターゲット)表面と零磁束平面の面高さを空間的に一致させた場合の概念図である。
【図2】本発明の実施例に係る荷電性異物が発生せず電子、イオンのみによって磁気ディスク基板両面に対して同時に炭素膜が形成可能となる磁気ディスクの炭素保護膜形成装置の模式図である。
【図3】アークスポットが生成されるターゲット最表面の磁場について3次元磁束密度測定プローブを用いて測定を行った結果を示す図である。
【図4】ターゲット最表面の磁束密度に対する、被処理基板となるディスク基板上の単位面積、単位膜厚あたりに含まれる粒径0.2ミクロンメートル以上の異物数を示す図である。
【図5】ターゲット最表面の磁束密度に対する、被処理基板となるディスク基板上へのテトラヘドラル・アモルファスカーボン膜の堆積速度を示す図である。
【図6】ターゲット面における磁束密度とアーク放電の安定性について実験した結果を示す図である。
【図7】ある程度消費され侵食エリアがクレータ状になっている場合のターゲット断面と零磁束平面との空間的な位置関係を示す図である。
【図8】ターゲット最表面の磁束密度を零とした状態でアーク電流値を変化させた場合のアーク放電の安定性を示す図である。
【図9】ターゲット最表面の磁束密度を零とした状態で、アーク電流値と2.5インチ型磁気ディスク表面の異物数の関係を示す図である。
【図10】ターゲット最表面の磁束密度を零とした状態で、アーク電流値と2.5インチ型磁気ディスク基板へのテトラヘドラル・アモルファスカーボン膜の堆積速度を示す図である。
【図11】実施例の製膜方法を適用した場合のサイズ別異物数・異物密度・堆積速度・膜厚分布の結果を示す図である。
【図12】実施例による製膜方法により形成した磁気ディスク保護膜の深さ方向の水素含有量を示す図である。
【図13】実施例による製膜方法により形成した磁気ディスク保護膜の吸収端近傍構造スペクトルのフィッティング結果を示す図である。
【図14】実施例による製膜方法により形成した磁気ディスク保護膜の薄膜硬度測定結果を示す図である。
【図15】磁場フィルタ付カソーディックアーク放電法の概略について説明する図である。
【図16】磁場フィルタ付カソーディックアーク薄膜形成装置の模式図である。
【図17】防着フィルタと電場フィルタを採用した磁場フィルタ付カソーディックアーク薄膜形成装置の模式図である。
【符号の説明】
【0044】
11…カソード最表面、12,19…零磁束平面、13…カソード(ターゲット)、14…電子の経路、15…磁気ディスク基板方向の磁束密度、16…カソード方向の磁束密度、17…第1の磁場ダクト、18…第2の磁場ダクト、110…アークスポット、111…第2の磁場ダクト用真空導入槽、112…アノード真空槽、21…電子、22…カーボンイオン、23…磁気ディスク基板、24…アーク電源、25…アノード電極、26…プラズマビーム走査用磁場コイル、27…処理室用真空槽、41…カソード最表面が零磁束平面と一致する場合の異物数の変曲点、71…カソード最表面11におけるクレータ状の侵食部分、121…ガウシアン関数にてフィッティングを行い分離したsp2スペクトル、122…ガウシアン関数にてフィッティングを行い分離したsp3スペクトル1、123…ガウシアン関数にてフィッティングを行い分離したsp3スペクトル2、124…電子線損失スペクトルよりバックグラウンドを除去したELNESスペクトル、131…テトラヘドラル・アモルファスカーボン膜の硬度測定プロファイル、141…零磁束平面とカソード最表面の空間的な距離、142…荷電性異物生成領域、152…荷電性異物、153…プラズマビーム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を主成分とするカソードのアーク放電によりプラズマを発生し、発生したプラズマを第1の磁場ダクトにより保持し、第2の磁場ダクトにより処理室に輸送し、前記処理室に配置された磁気ディスク基板に炭素保護膜を形成する方法において、
前記第1の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向に対して前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向を反対方向とし、前記第1の磁場ダクトと前記第2の磁場ダクトの間に生成される零磁束平面が、前記カソードの最表面の近傍に存在するように、前記第1磁場ダクト及び前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項2】
請求項1記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記零磁束平面が前記カソードの最表面と空間的に一致していることを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項3】
請求項1記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記零磁束平面が前記カソードの最表面と該最表面より下側の部分との間に存在することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項4】
請求項1記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記カソードの最表面がアーク放電により生じるアークスポットの領域であることを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項5】
請求項4記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記カソードの最表面が前記アークスポットの最下点であることを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項6】
炭素を主成分とするカソードのアーク放電によりプラズマを発生し、発生したプラズマを第1の磁場ダクトにより保持し、第2の磁場ダクトにより処理室に輸送し、前記処理室に配置された磁気ディスク基板に炭素保護膜を形成する方法において、
前記第1の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向に対して前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度の方向を反対方向とし、前記カソードの最表面における磁束密度が0以上2ミリテスラ以下となるように前記第1の磁場ダクト及び前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項7】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記カソードに供給するアーク電流を43アンペア以上102アンペア以下とすることを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項8】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記カソードに供給するアーク電流を43アンペア以上80アンペア以下とすることを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項9】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記処理室にプラズマを輸送する前に、防着フィルタにより中性異物を捕獲し、電場フィルタにより荷電性異物を捕獲することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項10】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記炭素保護膜の膜密度が、水素分析のための高感度反跳粒子検出法と高感度ラザフォード後方散乱分析法による測定において2.5g/cm3〜3.2g/cm3となるように、前記第1の磁場ダクト及び前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項11】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記炭素保護膜中の水素量が、水素分析のための高感度反跳粒子検出法と高感度ラザフォード後方散乱分析法による測定において5atomic%未満になるように、前記第1の磁場ダクト及び前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。
【請求項12】
請求項1又は6に記載の磁気ディスク炭素保護膜形成方法において、前記炭素保護膜中のsp結合比率が86%以上になるように、前記第1の磁場ダクト及び前記第2の磁場ダクトにより発生する磁束密度を制御することを特徴とする磁気ディスク炭素保護膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2009−173966(P2009−173966A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−11471(P2008−11471)
【出願日】平成20年1月22日(2008.1.22)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】