説明

磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクの製造方法

【課題】本発明は、化学強化工程後の冷却工程においてガラス基板に発生する微小うねりを抑制して極めて平滑な主表面を有する磁気ディスク用ガラス基板、およびヘッドクラッシュやサーマルアスペリティ障害などを防止し、かつ磁気ヘッドの低浮上量化を図り高密度記録可能な磁気ディスクを提供することを目的としている。
【解決手段】化学強化塩を加熱溶解させた化学強化塩溶解液に加熱してガラス基板を浸漬し、ガラス基板中の金属イオンと化学強化塩の金属イオンとをイオン交換する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、ガラス基板の硬度が、該ガラス基板上に付着した化学強化塩が固化する際に該ガラス基板に与える力によって、該ガラス基板の表面形状が変形しない硬度となる温度に低下するまで、溶解した化学強化塩が固化しない化学強化塩溶解液を用いて、化学強化工程を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクの製造方法に関し、特に化学強化工程においてガラス基板の主表面に発生する微小うねりを防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報化技術の高度化に伴い、情報記録技術、特に磁気記録技術は著しく進歩している。磁気記録媒体のひとつであるHDD(ハードディスクドライブ)等の磁気記録媒体は、急速な小型化、薄板化、および記録密度の増加とアクセス速度の高速化が続けられている。磁気記録媒体は、円盤状の基板の上に磁性層を備えた磁気ディスクを高速回転し、この磁気ディスク上に磁気ヘッドを浮上飛行させながら記録と再生を行う。
【0003】
アクセス速度の高速化に伴って基板の回転速度も速くなるため、基板には、より高い基板強度が求められる。また記録密度の増加に伴い、磁気ヘッドの方も薄膜ヘッドから、磁気抵抗型ヘッド(MRヘッド)、大型磁気抵抗型ヘッド(GMRヘッド)へと推移してきており、磁気ヘッドの基板からの浮上量が8nm程度にまで狭くなってきている。このため磁気ディスク面上に凹凸形状があると、磁気ヘッドが衝突するクラッシュ障害や、空気の断熱圧縮または接触により加熱して読み出しエラーを生じるサーマルアスペリティ障害を生じる場合がある。
【0004】
そこで現在では、磁気記録媒体用基板として、従来のアルミニウム基板に代えて、ガラス基板が用いられるようになってきている。軟質材料である金属からなるアルミニウム基板に比べて、硬質材料であるガラスからなるガラス基板は、基板表面の平坦性、基板強度、および剛性に優れているためである。
【0005】
しかしながら、ガラス基板は、脆性材料であるという側面も有している。そのため、従来より、様々なガラス基板の強化方法が提案されている。例えば特許文献1(特開2002−121051号)には、400℃程度に加熱した化学強化塩溶解液にガラス基板を浸漬し、ガラス基板表層のリチウムイオン、ナトリウムイオンを化学強化塩溶解液中のナトリウムイオン、カリウムイオンにそれぞれイオン交換することにより、ガラス基板の表層に圧縮応力層を形成して強化する構成が記載されている。
【0006】
また、特許文献2(特開2001−192239号)には、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムを主成分とし、カリウム及びナトリウム以外の陽イオン成分を1重量%未満含有し、完全凝固点を130℃以下とした化学強化塩溶解液を用いて化学強化処理を行う構成が記載されている。特許文献2では、一部の成分の凝固が約230℃から開始しているが、約110℃で完全に凝固するまでは溶解液はシャーベット状の流動性を有しているため、応力歪を小さくすることができ、化学強化処理におけるガラス基板の反りを防止できるとしている。
【特許文献1】特開2002−121051号公報
【特許文献2】特開2001−192239号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、前述したような化学強化工程においては、ガラス基板の全体的な反りのみならず、局所的な微小うねりも発生していることが判明した。微小うねりとは100μm程度の幅と0.1μm程度の高さを有し、長さが時に数mmに及ぶ線状の隆起または沈降として観察される。
【0008】
一方、最近では、記録密度をより一層向上させるために、垂直磁気記録方式が採用されつつある。この垂直磁気記録媒体の場合には、面内磁気記録方式の場合と比べて、ガラス基板の影響がより顕著に現れやすい。このため、ガラス基板としては、従来にも増して一層の低粗さと平坦度が求められる。
【0009】
これらの事情から、従来は存在しても支障がなかった微小うねりは、現在は抑制することが求められるようになってきた。なお、特許文献2に記載された技術は基板全体の反りを抑制することを目的としており、この微小うねりを有効に抑制することはできない。
【0010】
そこで本発明は、化学強化工程後の冷却工程においてガラス基板に発生する微小うねりを抑制して極めて平滑な主表面を有する磁気ディスク用ガラス基板、およびヘッドクラッシュやサーマルアスペリティ障害などを防止し、かつ磁気ヘッドの低浮上量化を図り高密度記録可能な磁気ディスクを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは、上記問題について鋭意検討した結果、微小うねりは、化学強化工程の後の冷却工程において発生していることを見出した。そしてこの点についてさらに詳細に検討した結果、ある特定の温度以下でガラス基板上に付着した化学強化塩が固化した場合には、微小うねりが発生しないことを見出した。そしてこのことから、実用上問題ない程度に化学強化を行うことができ、かつ、微小うねりを発生させないための化学強化条件を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち上記課題を解決するために、本発明に係る磁気ディスク用ガラス基板の製造方法の代表的な構成は、化学強化塩を加熱溶解させた化学強化塩溶解液に加熱してガラス基板を浸漬し、該ガラス基板中の金属イオンと前記化学強化塩の金属イオンとをイオン交換する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、ガラス基板の硬度が、該ガラス基板上に付着した化学強化塩が固化する際に該ガラス基板に与える力によって、該ガラス基板の表面形状が変形しない硬度となる温度に低下するまで、溶解した化学強化塩が固化しない化学強化塩溶解液を用いて、前記化学強化工程を行うことを特徴とする。
【0013】
ここで、「化学強化塩が固化する際に該ガラス基板に与える力」とは、固化した結晶による物理的な力のほか、熱容量や凝固熱などの熱に起因する力も含む。また「ガラス基板の表面形状が変形しない硬度となる温度」とは、前記ガラス基板のガラス転移点よりも低い温度であることが好ましい。
【0014】
なお、化学強化塩が混合塩である場合には、それぞれの成分が別々の温度で固化を開始するが、本発明においてはガラス基板が所定の温度に低下するまで、化学強化塩溶解液に意図的に含まれる全ての化学強化塩が固化しないことを意味する。換言すれば、化学強化塩溶解液中の成分のうち最も固化する温度が高い成分が固化を始める温度を、上記所定の温度よりも低く設定する。
【0015】
化学強化塩溶解液は、化学強化塩以外の付加成分を添加し、凝固点降下により所定の温度とすることができる。すなわち、凝固点降下の作用を利用して、化学強化塩溶解液中の成分のうち最も固化する温度が高い成分が固化を始める温度を下げることができる。
【0016】
付加成分は、化学強化塩としてのKNOまたはNaNo以外の金属塩であることが好ましい。そして、付加成分は、化学強化塩としてのKNOおよびNaNoを用いて化学強化処理を行った場合に、当該化学強化処理を阻害するものではないものが好ましい。具体的には、ガラス基板と化学強化塩との間のイオン交換を阻害しないものや、付加成分がガラス基板表面に付着して、当該ガラス基板の表面形状を悪化させないものであることが好ましい。
【0017】
付加成分は、化学強化塩として使用する塩以外の塩であり、Ag、Ca、Ni、Mn、Co、Cu、Li、Mg、Na、Kの硝酸塩、亜硝酸塩、または硫酸塩、およびこれらの無水物または有水物のうちから少なくとも1つ選択することができる。具体的には、例えばAgNO、Ca(NO、Ca(NO・4HO、Ni(NO、Ni(NO・6HO、Mn(NO、Mn(NO・6HO、Co(NO、Cu(NO、Cu(NO・3HO、LiNO、Mg(NO、Mg(NO・6HO、NaNO、KNO、NaSO、KSOのうちから少なくとも1つ選択することができる。中でも、NaNO、またはKNOを好適に用いることができる。また、付加成分を添加する量としては、化学強化塩溶解液中に5重量%以上となるように添加することにより、化学強化塩の固化する温度を所定の温度以下とすることができる。
【0018】
本発明に係る磁気ディスク用ガラス基板の製造方法の他の代表的な構成は、加熱した化学強化塩溶解液にガラス基板を接触させてガラス基板の表層を強化する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、化学強化塩溶解液に含まれる化学強化塩が固化しはじめる温度が220℃以下である化学強化塩溶解液を用いて化学強化工程を行うことを特徴とする。
【0019】
本発明に係る磁気ディスク用ガラス基板の製造方法の他の代表的な構成は、加熱した化学強化塩溶解液にガラス基板を接触させてガラス基板の表層を強化する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、化学強化塩溶解液に含まれる化学強化塩が固化しはじめる温度が所定の温度以下となるように化学強化塩以外の付加成分を添加した化学強化塩溶解液を用いて化学強化工程を行うことを特徴とする。
【0020】
ガラス基板の材料は、アルミノシリケートガラスを好適に用いることができる。ガラス基板の材料としては化学強化されるガラスであれば特に制限は設けないが、アルミノシリケートガラスを好ましく挙げることができる。特に、リチウムを含有するアルミノシリケートガラスが好ましい。このようなアルミノシリケートガラスの材料は、58重量%以上75重量%以下のSiOと、5重量%以上23重量%以下のAlと、3重量%以上10重量%以下のLiOと、4重量%以上13重量%以下のNaOと、を主成分として含むことが好ましい。
【0021】
上記の製造方法で製造された磁気ディスク用ガラス基板の主表面の微小うねりの最大値は、各辺が800μm及び980μmの矩形の測定範囲内において、5nm未満とすることができる。
【0022】
本発明に係る磁気ディスクの製造方法の代表的な構成は、上記磁気ディスク用ガラス基板の製造方法により得られたガラス基板の表面に、少なくとも磁性層を形成することを特徴とする。
【0023】
上記の製造方法で製造された磁気ディスクは、磁気ヘッドの浮上量が6nm以下のハードディスクドライブ対応の磁気ディスクに用いてもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、化学強化工程後の冷却工程において、ガラス基板に発生する微小うねりを抑制しつつ冷却することができる。従って極めて平滑な主表面を有する磁気ディスク用ガラス基板を得ることができる。また、ヘッドクラッシュやサーマルアスペリティ障害などを防止し、かつ磁気ヘッドの低浮上量化を図り高密度記録可能な磁気ディスクを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明に係る磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクの製造方法の実施形態について説明する。図1は付加成分と固化しはじめる温度、および微小うねりの発生の関係を説明する図である。なお、以下の実施形態に示す具体的な寸法、形状、材質、その他の数値などは発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。
【0026】
まず、磁気ディスク用ガラス基板の製造方法における化学強化工程と冷却工程について説明し、次に化学強化塩溶解液について説明する。
【0027】
[化学強化工程]
化学強化工程は、円盤状のガラス基板の主表面および端面を鏡面研磨した後に行う。ただし、化学強化工程の後に後述する研磨工程を備えることでもよい。化学強化処理を行うことにより、磁気ディスク用ガラス基板の表層に高い圧縮応力を生じさせることができ、耐衝撃性を向上させることができる。特に、ガラス基板の材料としてアルミノシリケートガラスを用いている場合には、好適に化学強化処理を行うことができる。
【0028】
この化学強化工程においては、ガラス基板に含まれるイオンのイオン半径よりもイオン半径が大きいイオンを含有する化学強化塩溶解液とガラス基板とを接触させて、イオン交換を行う。化学強化塩溶解液としては、アルカリ金属元素を含有する硝酸塩、例えば、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸リチウムなどを含有する硝酸塩を溶解させたものを用いることが好適である。なお、化学強化塩溶解液に含有されるリチウム元素は、0ppm〜2000ppmとすることが好適である。このような化学強化塩は、ガラス、特に、リチウム元素を含むアルミノシリケートガラスを化学強化処理したときに、磁気ディスク用ガラス基板としての所定の剛性及び耐衝撃性を実現することができるからである。化学強化塩溶解液中に含有されるリチウムイオンが多すぎると、イオン交換が阻害されてしまう結果、所望の引張応力や圧縮応力を得ることが困難になる場合がある。
【0029】
本実施形態において化学強化塩溶解液は化学強化塩としてKNO(硝酸カリウム)およびNaNO(硝酸ナトリウム)を主成分として溶解し、後述する付加成分をさらに添加(溶解)したものを用いる。そしてガラス基板表層のリチウムイオン、ナトリウムイオンを化学強化塩溶解液中のナトリウムイオン、カリウムイオンにそれぞれイオン交換することにより、ガラス基板の表層に圧縮応力層を形成して強化する。
【0030】
イオン交換法としては、低温型イオン交換法、高温型イオン交換法、表面結晶化法、ガラス表面の脱アルカリ法などが知られているが、ガラスのガラス転移点を超えない温度領域でイオン交換を行う低温型イオン交換法を用いることが好ましい。
【0031】
化学強化処理を行なうときの化学強化塩溶解液の加熱温度は、ガラス転移点を超えず、かつイオン交換が良好に行われるという観点等から、280℃〜660℃、特に、300℃〜400℃であることが好ましい。ガラス基板を化学強化塩溶解液に接触させる時間は、数時間〜数十時間とすることが好ましい。なお、ガラス基板を化学強化塩溶解液に接触させる前に、予備加熱として、ガラス基板を100℃〜300℃に加熱しておくことが好ましい。
【0032】
[冷却工程]
化学強化処理を終えたガラス基板を、20℃の水槽に浸漬して急冷し、約10分間維持した。なお、化学強化塩溶解液は、温度が低下するにしたがい、液体、シャーベット状、固体の順に遷移する。
【0033】
[微小うねりを抑制する構成]
ここで従来は、化学強化工程および冷却工程を経た後に、ガラス基板の主表面に局所的な微小うねりが発生していた。微小うねりとは100μm程度の幅と0.1μm程度の高さを有し、長さが時に数mmに及ぶ線状の隆起または沈降である。本発明の発明者らは、微小うねりが冷却工程の後になって発生していること、およびガラス基板上に固化残留した化学強化塩の位置に発生していることを見出した。このことから、微小うねりは化学強化塩の固化の影響により発生していると考えた。
【0034】
そして、本発明の発明者らは、上記微少うねりの発生を防止しうる表面硬度を有するガラス基板の表面温度で、化学強化塩溶解液を凝固させることができれば、この微少うねりを防止できることを見出した。
【0035】
より具体的には、この化学強化塩溶解液が固化することにより生じる作用(力)がガラス基板に加わった場合でも、当該ガラス基板の表面形状が変化しない表面硬度を有しているガラス基板の温度よりも、化学強化塩を溶解した化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度が低い場合には、微少うねりが生じないことを見出した。
【0036】
すなわち、ガラス基板は温度が上昇するに伴い、その表面硬度は低下する。そして、表面硬度が低下した状態で外部から力(作用)を受けた場合には、その表面形状が変化することになる。従って、そこで、微少うねりを発生させない表面硬度を有している状態のガラス基板の表面温度よりも、化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度が低い場合には、上記微少うねりは発生しないことになる。
【0037】
従って、微少うねりを発生させないためには、例えば、高温でも表面硬度が高いガラス基板を用いて微少うねりを防止する方法や、化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度を低くして、微少うねりが発生することを防止する方法等がある。
【0038】
以下に、化学強化塩溶解液が固化することにより、ガラス基板に与える影響(作用・力)について説明する。
【0039】
ガラス基板に対する化学強化塩の固化の影響としては、まず、固化(結晶化)した化学強化塩がガラス基板の表面に物理的な力を与えることが考えられる。すなわち、ガラス基板は化学強化処理工程において加熱され、膨張すると共に柔らかくなっている。そして、次の冷却工程において冷却されることにより、収縮すると共に硬化する。ここで、膨張すると共に柔らかくなっている状態で表面に化学強化塩が付着して固化することにより、その部分の収縮が阻害され、歪みが残ってしまうことが考えられる。
【0040】
また他の影響としては、ガラス基板の表面に化学強化塩の結晶が付着することにより、その部分の熱容量が増えるために冷却速度が遅くなり、温度分布のムラにより歪みが生じることが考えられる。さらには、化学強化塩が固化する際に凝固熱を放出するため、温度分布のムラを生じて歪みを生じさせていることが考えられる。
【0041】
上記いずれの場合も、ガラス基板が所定の温度に低下して化学強化塩の固化による影響を受けない硬度になるまで、溶解した化学強化塩が固化しない条件で化学強化工程を行うことにより、微小うねりの発生を抑制することができると考えられる。
【0042】
すなわち、化学強化塩が固化する際に該ガラス基板に与える力には、固化した結晶による物理的な力のほか、熱容量や凝固熱などの熱に起因する力も含む。そして本発明においては、冷却工程においてガラス基板が所定の温度に低下するまで溶解した化学強化塩が固化しない化学強化塩溶解液を用いることで、上記の化学強化条件を達成した。
【0043】
所定の温度とはガラス基板の素材によって適宜設定することができるが、ガラス基板の硬度が、ガラス基板上に付着した化学強化塩が固化する際にガラス基板に与える力によって、ガラス基板の表面形状が変形しない硬度となる温度とすることが好ましい。または、所定の温度とは、ガラス基板のガラス転移点Tgの下端近傍以下、もしくは徐冷点、歪点、軟化点などを基準として設定することができる。
【0044】
そして化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度を調整する手段としては、化学強化塩以外の付加成分を添加し、凝固点降下の作用を利用することができる。付加成分は、化学強化塩としてのKNOまたはNaNo以外の金属塩であることが好ましい。そして、付加成分は、化学強化塩としてのKNOおよびNaNoを用いて化学強化処理を行った場合に、当該化学強化処理を阻害するものではないものが好ましい。具体的には、ガラス基板と化学強化塩との間のイオン交換を阻害しないものや、付加成分がガラス基板表面に付着して、当該ガラス基板の表面形状を悪化させないものであることが好ましい。
【0045】
化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度を調整する方法としては、例えば、化学強化塩溶解液を作るために、化学強化塩である硝酸カリウムおよび硝酸ナトリウム以外の付加成分を当該化学強化塩に添加し、化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度を下げることが挙げられる。付加成分を化学強化塩に付加することで、凝固点降下により、上記化学強化塩溶解液の固化しはじめる温度を下げることができる。
【0046】
そして、上記付加成分としては、化学強化処理に悪影響を与えないものが好ましい。例えばAgNO、Ca(NO、Ca(NO・4HO、Ni(NO、Ni(NO・6HO、Mn(NO、Mn(NO・6HO、Co(NO、Cu(NO、Cu(NO・3HO、LiNO、Mg(NO、Mg(NO・6HO、NaNO、KNO、NaSO、KSOのうちから少なくとも1つ選択することができる。中でも、NaNO、またはKNOを好適に用いることができる。NaNO、またはKNOは、化学強化処理の際に、ガラス基板と化学強化塩溶解液との間で行われるイオン交換を阻害することがないためである。
【0047】
上記構成によれば、化学強化工程後の冷却工程において、ガラス基板に発生する微小うねりを抑制しつつ冷却することができる。従って極めて平滑な主表面を有する磁気ディスク用ガラス基板を得ることができる。また、ヘッドクラッシュやサーマルアスペリティ障害などを防止し、かつ磁気ヘッドの低浮上量化を図り高密度記録可能な磁気ディスクを得ることができる。
【0048】
[実施例]
以下に、本発明を適用した磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクの製造方法について実施例を説明する。この磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクは、0.8インチ型ディスク(内径6mm、外径21.6mm、板厚0.381mm)、1.0インチ型ディスク(内径7mm、外径27.4mm、板厚0.381mm)、1.8インチ型磁気ディスク(内径12mm、外径48mm、板厚0.508mm)などの所定の形状を有する磁気ディスクとして製造される。また、2.5インチ型ディスクや3.5インチ型ディスクとして製造してもよい。
【0049】
(1)形状加工工程および第1ラッピング工程
まず、溶融させたアルミノシリケートガラスを上型、下型、胴型を用いたダイレクトプレスによりディスク形状に成型し、アモルファスの板状ガラスを得た。なお、アルミノシリケートガラスとしては、化学強化用のガラスを使用した。ダイレクトプレス以外に、ダウンドロー法やフロート法で形成したシートガラスから研削砥石で切り出して円盤状の磁気ディスク用ガラス基板を得てもよい。なおガラス基板の材料としては化学強化されるガラスであれば特に制限は設けないが、アルミノシリケートガラスを好ましく挙げることができる。特に、リチウムを含有するアルミノシリケートガラスが好ましい。
【0050】
このようなアルミノシリケートガラスの材料は、58重量%以上75重量%以下のSiOと、5重量%以上23重量%以下のAlと、3重量%以上10重量%以下のLiOと、4重量%以上13重量%以下のNaOと、を主成分として含むことが好ましい。なお、ここで用いたアルミノシリケートガラスの組成は、SiOを63.6重量%、Alを14.2重量%、NaOを10.4重量%、LiOを5.4重量%、ZrOを6.0重量%、Sbを0.4重量%含むのもである。
【0051】
次に、この板状ガラスの両主表面をラッピング加工し、ディスク状のガラス母材とした。このラッピング加工は、遊星歯車機構を利用した両面ラッピング装置により、アルミナ系遊離砥粒を用いて行った。具体的には、板状ガラスの両面に上下からラップ定盤を押圧させ、遊離砥粒を含む研削液を板状ガラスの主表面上に供給し、これらを相対的に移動させてラッピング加工を行った。このラッピング加工により、平坦な主表面を有するガラス母材を得た。
【0052】
(2)切り出し工程(コアリング、フォーミング)
次に、ダイヤモンドカッタを用いてガラス母材を切断し、このガラス母材から円盤状のガラス基板を切り出した。次に、円筒状のダイヤモンドドリルを用いて、このガラス基板の中心部に内孔を形成し、円環状のガラス基板とした(コアリング)。そして内周端面および外周端面をダイヤモンド砥石によって研削し、所定の面取り加工を施した(フォーミング)。
【0053】
(3)第2ラッピング工程
次に、得られたガラス基板の両主表面について、第1ラッピング工程と同様に、第2ラッピング加工を行った。この第2ラッピング工程を行うことにより、前工程である切り出し工程や端面研磨工程において主表面に形成された微細な凹凸形状を予め除去しておくことができ、後続の主表面に対する研磨工程を短時間で完了させることができるようになる。
【0054】
(4)端面研磨工程
次に、ガラス基板の端面について、ブラシ研磨方法により、鏡面研磨を行った。このとき、研磨砥粒としては、酸化セリウム砥粒を含むスラリー(遊離砥粒)を用いた。次に、内周側端面については、磁気研磨法により鏡面研磨を行った。そして、端面研磨工程を終えたガラス基板を水洗浄した。この端面研磨工程により、ガラス基板の端面は、パーティクル等の発塵を防止できる鏡面状態に加工された。
【0055】
なお、この端面研磨工程においては、ガラス基板を重ね合わせて端面をポリッシングするが、この際に、ガラス基板の主表面にキズ等が付くことを避けるため、後述する第1研磨工程よりも前、あるいは、第2研磨工程の前後に行うことでもよい。
【0056】
(5)主表面研磨工程
主表面研磨工程として、まず第1研磨工程を施した。この第1研磨工程は、前述のラッピング工程において主表面に残留したキズや歪みの除去を主たる目的とするものである。この第1研磨工程においては、遊星歯車機構を有する両面研磨装置により、硬質樹脂ポリッシャを用いて、主表面の研磨を行った。研磨剤としては、酸化セリウム砥粒を用いた。この第1研磨工程を終えたガラス基板を、中性洗剤、純水、IPA(イソプロピルアルコール)、の各洗浄槽に順次浸漬して、洗浄した。
【0057】
次に、主表面研磨工程として、第2研磨工程を施した。この第2研磨工程は、主表面を鏡面状に仕上げることを目的とする。この第2研磨工程においては、遊星歯車機構を有する両面研磨装置により、軟質発泡樹脂ポリッシャを用いて、主表面の鏡面研磨を行った。研磨剤としては、第1研磨工程で用いた酸化セリウム砥粒よりも微細な酸化セリウム砥粒を用いた。
【0058】
この第2研磨工程を終えたガラス基板を、中性洗剤、純水、IPA(イソプロピルアルコール)の各洗浄槽に順次浸漬して、洗浄した。なお、各洗浄槽には、超音波を印加した。
【0059】
この第2研磨工程を施すことにより、ガラス基板の主表面のクラックが除去され、主表面の微小うねりは極めて小さくなり、例えば、最大値で5nm以下とすることができる。この微小うねりの最大値は、フェイズシフトテクノロジー(PHASESHIFT TECHNOLOGY)社製「MicroXAM」を用いて、非接触レーザ干渉法により、波長4μm乃至1mmの周波数のうねりを測定した場合の最大値である。測定範囲は、各辺が800μm及び980μmの矩形(800μm×980μm)の範囲内である。
【0060】
(6)化学強化工程
次に、前述のラッピング工程および研磨工程を終えたガラス基板に、化学強化を施した。化学強化は、硝酸カリウム(60%)と硝酸ナトリウム(40%)を混合し、さらに5重量%のCa(NO)2を添加した化学強化塩溶解液を用意した。この化学強化塩溶解液を400℃に加熱しておくとともに、洗浄済みのガラス基板を300℃に予熱し、化学強化塩溶解液中に約3時間浸漬した。この浸漬の際には、ガラス基板の表面全体が化学強化されるようにするため、複数のガラス基板が端面で保持されるように、ホルダに収納した状態で行った。
【0061】
このように、化学強化塩溶解液に浸漬処理することによって、ガラス基板の表層のリチウムイオンおよびナトリウムイオンが、化学強化塩溶解液中のナトリウムイオンおよびカリウムイオンにそれぞれ置換され、ガラス基板が強化された。ガラス基板の表層に形成された圧縮応力層の厚さは、約100μm〜200μmであった。
【0062】
化学強化処理を終えたガラス基板を、20℃の水槽に浸漬して急冷し、約10分間維持した。そして、急冷を終えたガラス基板を、約40℃に加熱した濃硫酸に浸漬して洗浄を行った。さらに、硫酸洗浄を終えたガラス基板を純水、IPA(イソプロピルアルコール)の各洗浄槽に順次浸漬して洗浄した。
【0063】
上記の如く、第1ラッピング工程、切り出し工程、端面研磨工程、第2ラッピング工程、第1および第2研磨工程、ならびに化学強化工程を施すことにより、平坦、かつ、平滑な、高剛性の磁気ディスク用ガラス基板を得た。
【0064】
(7)磁気ディスク製造工程
上述した工程を経て得られたガラス基板の両面に、ガラス基板の表面にCr合金からなる付着層、CoTaZr基合金からなる軟磁性層、Ruからなる下地層、CoCrPt基合金からなる垂直磁気記録層、水素化炭素からなる保護層、パーフルオロポリエーテルからなる潤滑層を順次成膜することにより、垂直磁気記録ディスクを製造した。なお、本構成は垂直磁気ディスクの構成の一例であるが、面内磁気ディスクとして磁性層等を構成してもよい。
【0065】
[評価]
図1、図2は、化学強化処理における化学強化塩溶解液の付加成分と固化しはじめる温度、および微小うねりの発生の関係を説明する図である。ガラス基板の素材にアルミノシリケートガラスを用いている。図1および図2において×は微小うねりが発生したことを示し、○は微小うねりが発生しなかったことを示している。
【0066】
図1においては、付加成分としてCa(NO・4H2OまたはMg(NO・6HOを添加している。比較例1として、基準となる化学強化塩溶解液は硝酸カリウム(60%)と硝酸ナトリウム(40%)を混合したものとした。そして比較例2はCa(NO・4HOを3重量%添加したもの、比較例3はMg(NO・6HOを3重量%添加したもの、実施例1はCa(NO・4HOを6重量%添加したもの、実施例2はMg(NO・6HOを6重量%添加したものである。
【0067】
図1からわかるように、付加成分を添加していない比較例1の固化しはじめる温度は230℃であった。そして付加成分にかかわらず、3重量%を添加した比較例2,3の場合の固化しはじめる温度は225℃に降下し、6重量%を添加した実施例1,2の場合の固化しはじめる温度は220℃に降下した。そして比較例1〜3の場合は微小うねりが発生しているが、実施例1,2では微小うねりの発生を抑制することができた。
【0068】
図2においては、付加成分としてCa(NO・4HO、Mg(NO・6HO、Cu(NO・3HO、Co(NO、Ni(NO・6HO、またはAgNOを添加している。比較例4はCu(NO・3HOを3重量%添加したもの、比較例5はCo(NOを3重量%添加したもの、比較例6はNi(NO・6HOを5重量%添加したもの、比較例7はAgNOを6重量%添加したものである。実施例3はCu(NO・3HOを6重量%、実施例4はCo(NOを6重量%、実施例5はNi(NO・6HOを10重量%、実施例6はAgNOを12重量%添加したものである。
【0069】
図2においても同様に、付加成分にかかわらず、3〜5重量%を添加した比較例4〜7においては固化しはじめる温度は225℃に降下し、6〜12重量%を添加した実施例3〜6では固化しはじめる温度は220℃に降下した。そして比較例4〜7の場合は微小うねりが発生しているが、実施例3〜6では微小うねりの発生を抑制することができた。
【0070】
従って、化学強化塩が固化しはじめる温度を220℃以下とした化学強化塩溶解液を用いて化学強化工程を行うことにより、微小うねりの発生を抑制することができることがわかる。また、Ca(NOを用いる場合には、化学強化塩溶解液中に5重量%以上となるように添加することにより、微小うねりの発生を抑制できる温度にまで化学強化塩の固化しはじめる温度を調整することができることがわかる。
【0071】
なお、本実施形態に示す製造方法においては、積極的に冷却を行う冷却工程を行うよう説明した。しかし本発明はこれに限らず、大気中に放置して徐冷する場合や、恒温槽によりさらに徐冷する場合であっても、同様に本発明の効果を得ることができる。
【0072】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は磁気ディスク用ガラス基板および磁気ディスクの製造方法に関し、特に化学強化工程においてガラス基板の主表面に発生する微小うねりを防止する技術として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】化学強化塩溶解液の付加成分と固化しはじめる温度、および微小うねりの発生の関係を説明する図である。
【図2】化学強化塩溶解液の付加成分と固化しはじめる温度、および微小うねりの発生の関係を説明する他の図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学強化塩を加熱溶解させた化学強化塩溶解液にガラス基板を浸漬し、該ガラス基板中の金属イオンと前記化学強化塩の金属イオンとをイオン交換する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、
ガラス基板が、該ガラス基板上に付着した化学強化塩が固化する際に該ガラス基板に与える力によって、該ガラス基板の表面形状が変形しない硬度となる温度に低下するまで、溶解した化学強化塩が固化しない化学強化塩溶解液を用いて、前記化学強化工程を行うことを特徴とする磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項2】
前記化学強化塩溶解液は、化学強化塩以外の付加成分を添加し、凝固点降下により前記所定の温度とすることを特徴とする請求項1記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項3】
前記付加成分は、化学強化塩としてのKNOまたはNaNo以外の金属塩であることを特徴とする請求項2記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項4】
前記付加成分は、AgNO、Ca(NO、Ca(NO・4HO、Ni(NO、Ni(NO・6HO、Mn(NO、Mn(NO・6HO、Co(NO、Cu(NO、Cu(NO・3HO、LiNO、Mg(NO、Mg(NO・6HO、NaNO、KNO、NaSO、KSOのうちから少なくとも1つ選択されることを特徴とする請求項2記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項5】
前記付加成分は、NaNO、またはKNOのいずれか一方を含むことを特徴とする請求項2記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項6】
前記付加成分が、化学強化塩溶解液中に5重量%以上となるように添加していることを特徴とする請求項5記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項7】
加熱した化学強化塩溶解液にガラス基板を接触させてガラス基板の表層を強化する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、
化学強化塩溶解液に含まれる化学強化塩が固化しはじめる温度が220℃以下である化学強化塩溶解液を用いて前記化学強化工程を行うことを特徴とする磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項8】
加熱した化学強化塩溶解液にガラス基板を接触させてガラス基板の表層を強化する化学強化工程を含む磁気ディスク用ガラス基板の製造方法において、
化学強化塩溶解液に含まれる化学強化塩が固化しはじめる温度が所定の温度以下となるように化学強化塩以外の付加成分を添加した化学強化塩溶解液を用いて前記化学強化工程を行うことを特徴とする磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項9】
前記ガラス基板の材料はアルミノシリケートガラスであることを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれか1項記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項10】
前記ガラス基板の材料は、58重量%以上75重量%以下のSiOと、5重量%以上23重量%以下のAlと、3重量%以上10重量%以下のLiOと、4重量%以上13重量%以下のNaOと、を主成分として含むことを特徴とする請求項9記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜請求項10のいずれか1項に記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法により得られたガラス基板の表面に、少なくとも磁性層を形成することを特徴とする磁気ディスクの製造方法。
【請求項12】
前記ガラス基板の主表面の微小うねりの最大値は、各辺が800μm及び980μmの矩形の測定範囲内において、5nm未満であることを特徴とする請求項1〜請求項10のいずれか1項に記載の磁気ディスク用ガラス基板の製造方法。
【請求項13】
磁気ヘッドの浮上量が6nm以下のハードディスクドライブ対応の磁気ディスクに用いられることを特徴とする請求項11に記載の磁気ディスクの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−108412(P2008−108412A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−244554(P2007−244554)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】