説明

磁気ディスク装置、磁気ディスク及びその製造方法

【課題】磁気ヘッドスライダの浮上挙動ないし接触挙動を安定化させ、長期間の製品信頼性を維持すること。
【解決手段】非磁性基板上に磁性層、保護層及び潤滑層が順次積層され、前記潤滑層表面は前記磁気ディスクの周方向に中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有し、前記凹凸構造パターンは前記潤滑層と前記保護層表面との吸着により形成されており、前記磁気ヘッドスライダの固有振動数をf(kHz)、磁気ディスクの回転数をR(回転/分)としたときに、前記中心角θが次式(a):θ=360×(R/60)/(f×1000)で表される角度θ(°)と合致しないように設定されていることを特徴とする磁気ディスク、前記磁気ディスクを含む磁気ディスク装置及びエネルギー線照射により前記凹凸構造パターンを形成する前記磁気ディスクの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気記録装置に関し、特にコンピュータの外部記憶装置等として用いられる磁気記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク等の磁気ディスク装置では、磁気ヘッドが磁気ディスク上に浮上した状態において、磁気ディスク上のデータ領域にて、情報の記録および再生を行う。近年は、記録密度の更なる向上を図るべく、磁気ヘッドにヒータ等の発熱抵抗体を内蔵させ、磁気ヘッドの浮上面を磁気ディスクの側へ熱膨張させることで、磁気ヘッドの浮上高さを低下させることが可能な磁気ヘッドも提案されている(特許文献1)。このような技術の採用により、磁気ディスク装置において、記録密度の増加を図るため磁気ヘッドスライダの浮上量(磁気ヘッドスライダの底面と磁気ディスク表面との距離)の狭小化が、現在1〜2nmレベルにまで急速に進行している。
【0003】
ところが、このような磁気ヘッドスライダの浮上量の低減により、磁気記録装置起動中における磁気ヘッドスライダと磁気ディスク間の間欠的な接触は不可避である。さらに、磁気ヘッドスライダの浮上量の狭小化をすすめ、磁気ヘッドスライダと磁気ディスクとの連続的な接触を前提とする接触磁気記録方式も提案されており、今後は、間欠的あるいは連続的な接触を前提とした磁気記録ディスク表面の最適設計も求められている。
【0004】
このような状況下において、磁気ヘッドの浮上姿勢ないし接触姿勢が磁気ディスク表面の粗さやうねりといった外部要因の影響を受けやすくなる。特に磁気ヘッドスライダはそれを保持しているサスペンションに起因する固有振動数を有するとともに、磁気ヘッドの浮上を支えている磁気ディスクと磁気ヘッドスライダの間の空気膜(以下、「磁気ヘッドの空気膜」という)に起因する固有振動数を有しており、前記外部要因によりこれらの固有振動数での励振現象が生じると、磁気ヘッドスライダが共振してしまい、安定した書き込み/読み込み動作ができなくなるおそれがある(特許文献2)。
【0005】
また、現在の磁気ディスク表面には、該磁気ディスクの保護層と強い吸着力を有する極性末端基を有するZ−テトラオール等の潤滑剤を塗布して潤滑層が形成されている。しかし、さらにその吸着特性を促進するため、磁気ディスク表面に紫外線照射等の処理を行なって保護層表面を親水化することが一般化している。その結果、潤滑層中の潤滑剤が保護層とより強い吸着力を有するようになり、潤滑層の表面分布は磁気ディスク表面の粗さ及びうねりといった表面形状要因に支配される傾向にある。したがって潤滑層が存在しても、依然として前記磁気ヘッドスライダの共振の問題が存続している。
【0006】
しかし、これまでは、浮上ヘッドスライダの固有振動数の振動を磁気ディスク側の条件にて抑制するには、ディスク表面の粗さ、うねりといった形状を極力平坦化することでしか手段が無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−190454号公報
【特許文献2】特開2005−116112号公報
【特許文献3】特許第4092407号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】小松新始ほか、ナノ潤滑膜のパターニングにおける潤滑剤極性末端基と固体表面の相互作用の影響”、pp415−416、2008年秋トライボロジー会議予稿集、2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、磁気記録装置である磁気ディスク装置において、浮上する磁気ヘッドスライダが有する固有振動を励起させることなく浮上挙動ないし接触挙動を安定化させ、長期間の製品信頼性を維持する新規の手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
1.上記課題を解決するための本発明の第一の態様は、
(a)磁気ディスク、
(b)磁気ヘッドスライダ、及び
(c)前記磁気ディスクを一定の回転数R(回転/分)で回転可能なモーター、を有し、前記磁気ヘッドスライダの端面が前記磁気ディスクに連続摺動または間欠接触しながら磁気記録する方式の磁気ディスク装置であって、
前記磁気ディスクは、非磁性基板上に磁性層、保護層及び潤滑層が順次積層されており、
前記潤滑層表面は前記磁気ディスクの周方向に中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有し、前記中心角θは前記磁気ディスクの円中心からの半径方向の距離r(mm)離れた前記磁気ディスク上の位置での前記凹凸構造パターンの繰り返し単位に対応する中心角を示し、前記距離rが一定ならば前記中心角θも一定値を採り、
前記凹凸構造パターンは前記潤滑層と前記保護層表面との吸着により形成されており、
前記磁気ヘッドスライダの固有振動数をf(kHz)としたときに、前記中心角θが、前記磁気ヘッドスライダが作動する範囲の任意の前記距離rに対して、下記式(a):
θ=360×(R/60)/(f×1000) (a)
で表される角度θ(°)と合致しないように設定されていることを特徴とする磁気ディスク装置である。
2.上記課題を解決するための本発明の第二の態様は、前記本発明の第一の態様の磁気ディスク装置用の磁気ディスクであって、
前記磁気ディスクは、非磁性基板上に磁性層、保護層及び潤滑層が順次積層されており、
前記潤滑層表面は前記磁気ディスクの周方向に中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有し、前記中心角θは前記磁気ディスクの円中心からの半径方向の距離r(mm)離れた前記磁気ディスク上の位置での前記凹凸構造パターンの繰り返し単位に対応する中心角を示し、前記距離rが一定ならば前記中心角θも一定値を採り、
前記凹凸構造パターンは前記潤滑層と前記保護層表面との吸着により形成されており、
前記磁気ヘッドスライダの固有振動数をf(kHz)としたときに、前記中心角θが前記磁気ヘッドスライダが作動する範囲の任意の前記距離rに対して、下記式(a):
θ=360×(R/60)/(f×1000) (a)
で表される角度θ(°)と合致しないように設定されていることを特徴とする磁気ディスクである。
3.本発明の第三の態様は、前記凹凸構造パターンが、エネルギー線照射処理により形成されることを特徴とする、前記本願発明の第二の態様の磁気ディスクの製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の適用により、磁気ヘッドスライダの磁気ディスク表面に対する間欠接触または接触挙動時においても、ヘッドスライダ振動が励起されることなく、安定したスライダ挙動を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る磁気ディスクの模式図の一例を示す。
【図2】本発明に係る磁気ディスク表面における紫外線照射領域の一例を示す。
【図3】本発明の磁気ディスクを製造するためのフォトマスクにおけるスリット形状の一例を示す。
【図4】本発明の磁気ディスク装置の概略図である。
【図5】本発明の本発明に係る実施形態の磁気ヘッドと磁気ディスクの関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.本発明の第一の態様
(1)本発明の第一の態様の磁気ディスク装置は、(a)潤滑層表面が、ディスクの周方向に周期的な特定の凹凸構造パターンを有する磁気ディスク、(b)固有振動数がf(kHz)の磁気ヘッドスライダ、及び(c)前記磁気ディスク媒体を一定の回転数R(回転/分)で回転可能なモーターを有し、前記磁気ヘッドスライダの端面が前記磁気ディスクに連続摺動または間欠接触しながら磁気記録する方式の磁気ディスク装置である。
【0014】
装置の作動に必要な他の部品、たとえばアクチュエーター(位置決め装置)、スイングアーム等も含むことができる。
【0015】
図4は磁気ディスク装置100の概略図である。磁気ディスク装置100は、磁気ディスク101と、磁気ディスク101を回転させるモーター102と、磁気ディスク101上でデータの書き込み、読み取りを行う磁気スライダ103とサスペンション107からなる磁気ヘッドスライダ104と、磁気ヘッドスライダ104を支持するスライダ支持アーム108とを備えている。
【0016】
磁気ディスク101上には、サーボ信号領域105とデータ信号領域106とからなるデータ領域111があり、磁気ヘッドスライダ104はサーボ信号領域105に書き込まれたサーボ情報を読み取って、自らの位置を検知し、ロータリーアクチュエータ104により移動、位置決めを行って、データ信号領域106にアクセス(書き込み、読み取り)する。
【0017】
図5は、本発明に係る実施形態の磁気ヘッドスライダと磁気ディスクの関係を示す模式図である。図において、104は磁気ヘッドスライダであり周知のものである。磁気ディスク101は、円周方向の断面を示している。
【0018】
(2)磁気ディスク
図1は、本発明に係る磁気ディスク101の模式図の一例であり、データ領域における円周方向の断面を示している。
【0019】
磁気ディスク101は、非磁性基板4上に磁性層3、保護層2及び潤滑層1が順次積層された媒体である。潤滑層1には、凹部(薄膜の領域)5および凸部6からなる凹凸構造が形成されている。
【0020】
(2−1)保護層
保護層2は磁気ヘッドスライダ104との接触摺動から磁性層を保護する層であり、好ましくは炭素質膜で構成されている。炭素質膜としてはカーボン膜、水素化カーボン膜、炭化ケイ素膜等を挙げることができ、この中でもカーボン膜、特にダイヤモンド状炭素(DLC)膜が高密度・高耐久性の点で好ましい。
【0021】
本発明においては、後記の(2−2)でも説明するように、保護層2の表面と潤滑層1との吸着により、潤滑層1の表面が、磁気ディスク101の周方向に周期的な特定の凹凸構造パターンを形成している。ここでいう吸着は保護層2の表面に一定の周期パターンで形成された親水化表面と、潤滑層1を形成する潤滑剤中の極性基との水素結合により生じていると考えられる。すなわち、潤滑剤中に含まれる極性基と前記保護層2の親水化表面との間の水素結合に基づく相互作用により、親水化処理を受けていない保護層2の表面領域から親水化処理を受けた保護層2の表面領域に潤滑層1の流動現象が生じる(非特許文献1)。そして、この移動現象の結果、親水化処理を受けていない保護層2の表面領域では親水化処理を受けている保護層2の表面領域に比較して潤滑層1が薄膜の領域となり、磁気ディスク101表面上では、凹凸構造パターンが形成されることになる。
【0022】
保護層2の表面を親水化する方法としては、エネルギー線照射やプラズマ処理等を挙げることができ、エネルギー線とは、光線(紫外線、赤外線又はレーザー光)、イオンビーム、または電子線を指す。かかる処理の中でもエネルギー線照射、特に紫外線照射が液体である潤滑膜へのダメージ(揮発減量)の抑制の点で好ましい。
かかる親水化処理は、潤滑層1を形成する前に行なうこともできるが、潤滑層1形成後に行なうことが外気(空気中の酸素)影響の排除の点で好ましい。
【0023】
保護層2の表面への周期的パターンを有する親水化表面の形成については、たとえばリソグラフィー技法(特許文献3)を好ましく適用することができる。
【0024】
(2−2)潤滑層
潤滑層1は磁気ヘッドスライダ104との接触摺動の際の摩擦を低減し耐摩擦性を向上させる層である。
【0025】
潤滑剤
本発明の潤滑層1を構成する潤滑剤は、水素結合を形成することの可能な孤立電子対を有する極性基をもつ。これにより保護層2の表面の親水化表面との吸着が可能となり、ディスクの周方向に周期的な特定の凹凸構造のパターンを形成できる。
【0026】
かかる極性基としては、電気的に陰性な原子であるO、N、F、S、Cl等の孤立電子対を有する原子を含む基が挙げられる。
【0027】
前記潤滑剤としては、たとえばポリフルオロポリエーテル、特にPFPE(パーフルオロポリエーテル)と呼ばれる潤滑剤を好ましく用いることができる。特に炭素質膜、より好ましくはダイヤモンド状炭素(DLC)膜を保護層2に用いる場合、かかる保護層2との付着性能を確保できる点で好ましい。
【0028】
PFPEの代表的なものは、下記(1)、(2)の構造を有する潤滑剤構造である。
R-(CF2CF2O)n-(CF2O)n-R´ (1)
(ここでn、mは正の整数であり、R及びR´は末端基構造を表す。)
R-(CF2CF2CF2O)n-R´ (2)
(ここでnは正の整数であり、R及びR´は末端基構造を表す。)
上記構造は、それぞれ、(1)フォンブリン(商品名、Fomblin)、(2)デムナム(商品名、Demnum)と呼ばれる。
【0029】
このうち、磁気ディスク装置の潤滑剤として好ましく使用されるのは、たとえばZ−テトラオール(商品名、Z−tetraol、Solvay-Solexis社製)であり、上記(1)に示す主鎖構造に対し、末端基R及びR´は下記(3)の構造を有する。
末端基R及びR´ = -CF2CH2OCH2CH(OH)CH2-OH (3)
【0030】
凹凸構造パターン
本発明の磁気ディスクの潤滑層1の表面は、前記磁気ディスクの周方向に一定の中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有している。ここで、中心角θ(°)は、磁気ディスクの中心から半径方向に距離r(mm)離れた位置(以下、「半径位置r」という)での周方向における前記凹凸構造パターンの繰返し周期を、磁気ディスクの中心角で表現したものである(但し、全周を360°とする)。
【0031】
そして、前記中心角θ(°)は、磁気ヘッドスライダ104の磁気ディスク101表面に対する間欠接触または接触挙動時において、磁気ヘッドスライダ104の振動が励起されることなく、安定したスライダ挙動を実現することが可能となるように設定される。すなわち、前記中心角θ(°)は、磁気ヘッドスライダ104の作動する範囲の任意の半径位置r(mm)において前記磁気ヘッドスライダ104の固有振動数をf(kHz)としたときに、下記式(a):
θ=360×(R/60)/(f×1000) (a)
で表される角度θ(°)と合致しないように設定することが必要である。ここで、Rは磁気ディスク回転数(回転/分)を表し、磁気ディスク装置100のモーター(いわゆるスピンドルモーター)102の回転数に対応する。
【0032】
かかる条件で中心角θを設定することにより、磁気ヘッドスライダ104の振動の励起(いわゆるサージング)を回避できる。
【0033】
なお、磁気ヘッドスライダの固有振動数f(Hz)には、後記(2−3)において説明するように、磁気スライダ103を保持しているサスペンション107に起因する固有振動数値と磁気スライダ103と磁気ディスク101間の空気膜に起因する固有振動数値の両方が含まれるとともに、1次の固有振動数のみならず高次の固有振動数も含まれる。したがって、それぞれの固有振動数f(Hz)に対応するθが存在するので、中心角θは各θに対して合致しないように設定する。
【0034】
前記の凹凸構造パターンの周期の条件は、磁気ディスク101の半径位置r(mm)における周長s(μm)が、磁気ヘッドスライダ104の作動する範囲の任意の半径位置r(mm)において、以下の式(b):
r0=2πr×(R/60)/f (b)
によって表されるsr0(μm)と合致しないように設定すると等価に言い換えることもできる。
【0035】
もっとも、周長sr0は磁気ディスク101の回転数R及び半径位置r(mm)に依存するが、回転角θは半径位置r(mm)によらず、ディスク回転数Rのみに依存する。
【0036】
前記凹凸構造パターンの周期を表現する中心角θ(°)は異なる半径位置r(mm)について異なる値をもっていてもよいが、半径位置r(mm)によらず一定であることが周波数変更半径位置における周波数不連続面が及ぼすヘッド浮上不安定性発生の抑制の点で好ましい。中心角θ(°)が半径位置r(mm)によらず一定である場合、交互に繰り返される凹部領域と凸部領域はそれぞれ扇形の領域となる。
【0037】
また、前記凹凸構造パターンの周期θ(°)を前記角度θ(°)と合致しないように設定するためには、周期θ(°)につき前記各角度θ(°)に対して、θ<0.9×θまたはθ>1.1×θとなるように設定することが好ましい。これにより、磁気ヘッドの振動を励振現象が生じた場合の振幅の少なくとも半分未満に抑えることが可能となる。
【0038】
なお、潤滑層の凹凸構造パターンの周期に対応する周波数は6R/θ(Hz)で表すことができるが、これの上限の周波数を1MHz、下限の周波数を20KHzとすることができる。現行の磁気ヘッドスライダでは、サスペンション励振振動が50〜100kHz程度、磁気ヘッド浮上時の空気膜固有振動数が300〜400kHz程度となっている(非特許文献2)。よって、その周波数値を十分包括できる値として、下限20kHz、上限1MHzとした。
【0039】
凹凸構造パターンの形成例
以下に、すでに潤滑層を形成した磁気ディスク表面への紫外線照射を例にとって、磁気ディスクの潤滑層表面に凹凸構造のパターンを形成する一例をより具体的に説明する。もっとも本発明をこれに限定することを意図するものではない。
【0040】
まず、凹凸構造未形成の磁気ディスク基板7の表面上のデータ領域(磁気ヘッドスライダが通過する領域)に紫外線照射を行う領域(領域A)と行わない領域(領域B)を、交互に周期的に設けて処理を行う(図2参照)。図2では、かかる領域設定の一例として半径方向に紫外線照射領域を作製し、どの半径位置においても、磁気ディスク上を浮上する磁気ヘッドスライダ104の進行方向(周方向)に対して、潤滑層1の凹凸構造単位が、磁気ディスク100の特定の回転角(前記中心角θに相当)毎に周期的に繰り返されるように設定した例を示している。これは前記凹凸構造パターンの周期を表現する中心角θが半径位置rによらずに一定値を採る場合に対応する。そして、図2においては、該中心角θ(°)は領域A(紫外線照射域)である8と領域B(紫外線非照射域)である9とを合わせた領域に対応する中心角に相当する。また、図2では、領域A、領域Bそれぞれの扇形領域の中心角が等しい場合を例示している。
【0041】
上記凹凸潤滑層分布を形成するために、特許文献3に記載のリソグラフィー技法を適用できる。すなわち、透明領域(スリット)と不透明領域(マスク)とを交互に配列したパターンのフォトマスクを作製し、マスクを介して磁気ディスク表面に紫外線を照射することで、ディスク表面上に潤滑層1の凹凸構造を作製することができる。
【0042】
紫外線照射実施後、領域Aと領域Bとの界面は、潤滑層1の流動現象が生じ、領域Bから領域Aへの潤滑剤の移動が生じる(非特許文献1)。この移動現象の結果、領域Bでは領域Aに比較し潤滑層1が薄膜の領域となり、磁気ディスク表面上では、凹凸構造パターンが形成されることになる。すなわち、磁気ヘッドスライダの浮上進行方向に対し、潤滑膜分布における凹凸構造が周期的連続的に形成されることになる。ここで、一つの領域Aとそれに隣接する一つの領域Bとで、磁気ディスクの周方向に凹凸構造の周期的な繰り返し単位を構成する。
【0043】
ここで、前述のスリット間隔に対応する中心角θは、図3ではスリット角14と非スリット角15の和に相当するが、図3ではスリット角14と非スリット角15が等しい場合を図示している。しかし、両者の角度が等しいことは、本発明を満たす条件として、必ずしも必要な条件ではない。中心角θが半径位置rによらず一定の場合である図2、図3のような場合、潤滑層の凹凸構造を形成するのに必要な潤滑剤量を検討した結果、領域A(データ領域における紫外線照射域)である8と領域B(データ領域における紫外線非照射域)である9と合わせた領域の面積が一定とした場合、潤滑層の凹凸構造をより有効に形成させるために、「領域Aに対応するスリット角」と「領域Bに対応する非スリット角」との比率、すなわち「領域Aに対応するスリット角」:「領域Bに対応する非スリット角」が1:3となることをスリット角の下限、3:1となることをスリット角の上限とすることが好ましい。すなわち、スリット角を上記下限値以上とすることで、領域Bからの潤滑層の移動先である凸部に対応する領域Aの面積をより広くとることができるという観点で、磁気ヘッドの浮上により好ましい。他方、スリット角を上記上限値以下とすることで、領域Bから領域Aへ移動する潤滑層の量をより多く確保でき、より段差の大きい凹凸構造を形成できるという観点で、磁気ヘッドの浮上により好ましい。
【0044】
また、凹凸の段差は磁気ヘッドの浮上ためには、peak−to−peak値にて1Å以上とすることが望ましい。
【0045】
(2−3)磁気ヘッドスライダ
前記磁気ヘッドスライダは、固有振動数f(kHz)を有している。
【0046】
ここでいう固有振動数には、磁気スライダ103を保持しているサスペンション107に起因する固有振動数値と、磁気スライダ103と磁気ディスク101間の空気膜に起因する固有振動数値の両方が含まれる。
【0047】
磁気スライダ103を保持しているサスペンション107に起因する固有振動数値、及び磁気スライダ103と磁気ディスク101間の空気膜に起因する固有振動数値については、たとえば特許文献2に開示される方法により測定することができる。また、これらの固有振動数には1MHz〜20KHzの範囲で、1次の固有振動数のみならず高次の固有振動数も含む。高次の固有振動数は、1次の固有振動数を2以上の自然数で掛け算して得られた値に相当する。
【0048】
なお、特許文献2の実施例で測定された100kHzの固有振動数が磁気スライダ103を保持しているサスペンション107に起因する1次の固有振動数値に対応し、特許文献2の実施例で測定された140kHzの固有振動数が磁気スライダ103と磁気ディスク101間の空気膜に起因する1次の固有振動数値に対応する。
【0049】
(2−4)その他
非磁性基板4としては、アルミニウム合金基板、ガラス等のセラミックス基板、ポリカーボネート等の樹脂基板、及び炭素質基板等を挙げることができる。
【0050】
磁性層3は磁気ディスク媒体の記録層であり、鉄、コバルト、ニッケル等の強磁性体元素を主成分とし、クロム、白金、タンタル等を加えた合金、またはそれらの酸化物から構成することができる。メッキ法やスパッタ法等で形成できる。
【0051】
2.本発明の第二及び第三の態様
本発明は上記磁気ディスク装置100の他に、該磁気ディスク装置100に好適に用いることのできる前記磁気ディスク101(第二の態様)、及び該磁気ディスクの潤滑層1表面の凹凸構造パターンをエネルギー線照射処理により形成する前記方法(第三の態様)をも包含する。
【実施例】
【0052】
磁気ディスク装置
磁気ヘッドスライダのHDI(Head Disk Interface)特性を評価するトライボロジテスタ試験装置(VENA社製、6500 system)において、磁気ヘッドスライダを設置した。磁気ヘッドスライダの表面(ABS、Air Bearing Surface)には炭素質保護膜(ta-C膜(テトラヘデラルアモルファスカーボン:Tetrahedral Amorphous Carbon))が成膜されている。
【0053】
前記磁気ヘッドスライダを設置したスライダ支持アーム上には、AE(Acoustic Emission)センサを設置している。AEセンサは、磁気ヘッドスライダと磁気ディスク媒体間に接触が生じた場合に検知することが可能である。
【0054】
本試験に使用した磁気ヘッドスライダは、ぺムト(Pemto)サイズ(1.2mm×0.8mm)の磁気スライダとそれを保持するサスペンションとで構成されており、1次固有振動数として、80kHz付近のサスペンションに起因する1次固有振動数周期と、230kHz付近に発生する空気膜に起因する1次固有振動数周期を有している。
【0055】
本実施例において使用した磁気ディスク101のサイズは直径65mm、磁気ディスク101の使用回転数は5400rpmであり、磁気ヘッドスライダの前記1次固有振動数80kHz及び230kHzに対応する角度θは、前記式(a)を用いて計算すると、それぞれ0.41°及び0.14°となる。したがって、形成すべき周期的凹凸構造パターンの中心角θは高次の固有振動数も含めて、(0.41/n)°及び(0.14/m)°と合致しないように設定する。ここで、n及びmは任意の自然数である。
【0056】
磁気ディスクの作製
本発明においては、上記角度θに対応した潤滑層1の凹凸構造パターンが形成されないように角度θを決定し、潤滑層分布を形成することが重要となる。
【0057】
本実施例において、本試験用磁気ディスクは、潤滑剤であるZ−テトラオール(商品名を平均膜厚0.9nmにて潤滑剤を塗布して潤滑層形成後に該潤滑層表面に対し、紫外線照射処理を実施し、作製した。
【0058】
この紫外線照射処理のために、中心角がそれぞれ0.41°、0.30°、0.14°の周期的パターンのフォトマスクを作製した。そのパターンの概略図を図3として示す。図3ではフォトマスクの一部を示しているのみであるが、実際には円周全面(360°)に図示されたパターンが前記中心角毎に周期的に連続していて、磁気ディスク全面を覆って紫外線処理を一度に実施した。ここで、フォトマスクのスリット間隔に対応する中心角は、図3におけるフォトマスクにおいて、スリット角14と非スリット角15の和に対応する。本実施例ではスリット角14と非スリット角15の大きさの比率は1:1とした。
【0059】
紫外線照射処理には、セン特殊光源社製の紫外線照射装置にて、高出力低圧水銀ランプ(出力200W、波長185nm)を使用した。また本実施例においては、磁気ディスク表面-ランプ間距離を24mmとした。
【0060】
上記フォトマスクをそれぞれ使用して、各潤滑層凹凸構造を持つ磁気ディスクを、それぞれ作製した。また、マスク処理なしにて、紫外線照射処理を実施したディスクもさらなる比較用として作製した。作製したA〜Dの磁気ディスクを以下に示す。
・磁気ディスクA(比較品): 前記中心角0.41°毎の周期的パターンを有するフォトマスクにて紫外線処理を実施した磁気ディスク
・磁気ディスクB(本発明品): 前記中心角0.30°毎の周期的パターンを有するフォトマスクにて紫外線処理を実施した磁気ディスク
・磁気ディスクC(比較品): 前記中心角0.14°毎の周期的パターンを有するフォトマスクにて紫外線処理を実施した磁気ディスク
・磁気ディスクD(比較品): 紫外線処理のみの磁気ディスク(フォトマスク使用無し)
【0061】
性能評価
上記プロセスにより作製した各潤滑層に周期的凹凸構造を有する磁気ディスクA〜C及び凹凸構造を有しない磁気ディスクDを、前記テスタに設置した。次いで前記磁気ヘッドスライダを、上記各磁気ディスク(磁気ディスクA、B、C及びD)上において、ディスク回転数5400rpm、磁気ディスク媒体の中心から半径方向に22mm離れた位置において、浮上量1nmで浮上させ、12時間に渡る定点浮上試験を実施した。
【0062】
磁気ディスク媒体Aにおいては、試験開始直後からAE信号出力の発生が見られ、その後、試験12時間中、常にAE信号出力は高い状態で推移した。
【0063】
一方、磁気ディスク媒体Bにおいては、試験12時間中において、AE信号出力の増加は見られなかった。
【0064】
磁気ディスク媒体Cにおいては、試験開始直後からAE信号出力の発生が見られ、その後試験12時間中、常にAE信号出力は高い状態で推移した。
【0065】
また、磁気ディスク倍値Dにおいては、試験開始直後ではAE信号出力の発生は見られなかったが、試験開始から約6時間後からAE信号出力の発生が見られ、その後、試験終了までAE信号は増加傾向であった。
【0066】
試験結果の解釈
磁気ディスクA、C(比較品、周期的凹凸構造あり)においては、それぞれ、フォトマスクによる紫外線照射により形成された潤滑層の凹凸構造パターンが、浮上磁気ヘッドスライダの1次固有振動数と一致しており、スライダがディスクと間欠接触を生じるタイミングにて、スライダ振動が励振されてしまうため、試験開始直後から、AE信号出力の発生が見られたものと考えられる。
【0067】
また、磁気ディスクD(比較品、周期的凹凸構造なし)においては、試験開始直後からしばらくの間は、AE信号出力の発生は見られないが、試験中にある確率で生じる間欠接触現象において、やや強い接触が生じると、磁気ディスクの表面形状の影響で、やはりスライダ振動が励振されてしまうため、このケースにおいてもAE信号出力の発生が見られたものと考えられる。
【0068】
一方、磁気ディスクB(本発明品)においては、潤滑層がディスク表面形状を覆い隠す形にて存在するため、表面形状による磁気ヘッドスライダへの励振の影響が抑制され、さらに、潤滑層自体の凹凸形状も、ヘッドスライダの1次固有振動数のみならず高次の固有振動数とも一致していないため、磁気ヘッドスライダが励振されることがない。そのため、試験時間中、AE信号出力の発生が見られなかったものと考えられる。
【符号の説明】
【0069】
1.潤滑層
2.保護層
3.磁性層
4.基板
5.潤滑層凹部
6.潤滑層凸部
7.磁気ディスク基板
8.領域A(データ領域における紫外線照射域)
9.領域B(データ領域における紫外線非照射域)
10.クランプ領域
11.ロード/アンロード領域
12.スリット部(紫外線透過領域)
13.非スリット部(紫外線非透過領域)
14.スリット角
15.非スリット角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)磁気ディスク、
(b)磁気ヘッドスライダ、及び
(c)前記磁気ディスクを一定の回転数R(回転/分)で回転可能なモーター、を有し、前記磁気ヘッドスライダの端面が前記磁気ディスクに連続摺動または間欠接触しながら磁気記録する方式の磁気ディスク装置であって、
前記磁気ディスクは、非磁性基板上に磁性層、保護層及び潤滑層が順次積層されており、
前記潤滑層表面は前記磁気ディスクの周方向に中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有し、前記中心角θは前記磁気ディスクの円中心からの半径方向の距離r(mm)離れた前記磁気ディスク媒体上の位置での前記凹凸構造パターンの繰り返し単位に対応する中心角を示し、前記距離rが一定ならば前記中心角θも一定値を採り、
前記凹凸構造パターンは前記潤滑層と前記保護層表面との吸着により形成されており、
前記磁気ヘッドスライダの固有振動数をf(kHz)としたときに、前記中心角θが、前記磁気ヘッドスライダの作動する範囲の任意の前記距離rに対して、下記式(a):
θ=360×(R/60)/(f×1000) (a)
で表される角度θ(°)と合致しないように設定されていることを特徴とする磁気ディスク装置。
【請求項2】
前記中心角θ(°)につき、前記磁気ヘッドスライダの作動する範囲の任意の距離rにおいて、前記角度θ(°)に対して、θ<0.9×θまたはθ>1.1×θとなるように設定されていることを特徴とする請求項1に記載の磁気ディスク装置。
【請求項3】
前記中心角θが前記磁気ディスクの円中心からの半径方向の距離r(mm)によらず一定であることを特徴とする請求項1または2に記載の磁気ディスク装置。
【請求項4】
前記潤滑層がポリフルオロポリエーテル潤滑層であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の磁気ディスク装置。
【請求項5】
前記凹凸構造パターンが、エネルギー線照射処理により形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の磁気ディスク装置。
【請求項6】
前記請求項1〜5のいずれかに記載の磁気ディスク装置用の磁気ディスクであって、
前記磁気ディスクは、非磁性基板上に磁性層、保護層及び潤滑層が順次積層されており、
前記潤滑層表面は前記磁気ディスクの周方向に中心角θ(°)毎に繰り返される凹凸構造パターンを有し、前記中心角θは前記磁気ディスクの円中心からの半径方向の距離r(mm)離れた前記磁気ディスク上の位置での前記凹凸構造パターンの繰り返し単位に対応する中心角を示し、前記距離rが一定ならば前記中心角θも一定値を採り、
前記凹凸構造パターンは前記潤滑層と前記保護層表面との吸着により形成されており、
前記磁気ヘッドスライダの固有振動数をf(kHz)としたときに、前記中心角θが前記磁気ヘッドスライダの作動する範囲の任意の前記距離rに対して、下記式(a):
θ=360×(R/60)/(f×1000) (a)
で表される角度θ(°)と合致しないように設定されているを特徴とする磁気ディスク媒体。
【請求項7】
前記凹凸構造パターンが、エネルギー線照射処理により形成されることを特徴とする請求項6に記載の磁気ディスクの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−203932(P2012−203932A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65186(P2011−65186)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】