説明

磁気刺激コイル

【課題】頭蓋への浸透度が高く、TMSに好適な磁気刺激コイルを提供する。
【解決手段】導電体コアの外側面を囲繞するコイルを、その外側からヨークにて保持する。これにより漏れ磁束を大幅に低減する。また、導電体コアにスリットを形成することで、渦電流をスリットに集中させ、TMSにおいて、磁束が頭蓋を経て脳のより深くまで浸透する。さらに、ヨークを断面コの字形状の円筒体で形成することにより、8の字型の磁気刺激コイルに比べて数倍の深さ位置まで脳の刺激を可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は磁気刺激コイル、詳しくは経頭蓋磁気刺激法にて用いられる磁気刺激コイルに関する。
【背景技術】
【0002】
経頭蓋磁気刺激法(Transcranial magnetic stimulation)は、TMSとも略され、急激な磁場の変化によって (ファラデーの電磁誘導の法則により) 弱い電流を組織内に誘起させることで、脳内のニューロンを興奮させる非侵襲的な方法である。この方法により、不快感を最小限にして脳活動を引き起こし、脳の回路接続の機能が調べられる。
反復経頭蓋磁気刺激法はrTMS (Repetitive transcranial magnetic stimulation) とも略され、脳に長期的な変化を与える。多くの小規模な先行研究により、この方法が多くの神経症状 (例えば、難治性中枢性疼痛、随意性運動障害、脊椎損傷後の痙性麻痺、パーキンソン病)や精神医学的な症状 (例えば うつ病、パニック障害) に有効な治療法であることが示されている。
TMS に用いられるコイルは単純に言えばファラデーの電磁誘導の法則を応用して、不快感を生じさせずに頭皮や頭蓋骨などの絶縁組織を通過して電流を流す装置である。コイルはプラスチック体の中に入れられ、頭部に当てられる。巨大なコンデンサからコイルに電圧が印加されると、その巻き線に急速な電流の変化が生まれる。それによりコイルの平面に直交するように磁場が生まれる。磁場は頭皮や頭蓋骨に妨げられることなく通過し、頭蓋骨に対する接線方向にコイルの電流と逆向きの電流を脳内で誘起する。脳内に生じた誘起電流は皮質表面への電気刺激と同様に付近の神経細胞を活性化させる。脳は一様な電気伝導体ではなく、不規則な形をしているため、この電流の経路はモデル化するには複雑である。MRIに基づく定位固定制御により、TMS 刺激の目標との誤差は数 mm 程度になるとされている(Hannula et al., Human Brain Mapping 2005)。
このようなTMSに用いられる可能性を有する従来技術としては、例えば特許文献1に開示された渦電流型交流磁場発生装置が知られている。
この装置では、円柱状の導電材ブロックの外周を電磁石を構成するコイルにより囲繞し、コイル通電により、このブロック内に中心軸に直交する方向の渦電流を生じさせている。円柱ブロックには中心軸位置に微小ホールが形成されるとともに、一端が微小ホールに連通し他端が外側面に開口する半径位置のスリットが設けられている。これにより、コイルによる均一分布磁束が実効的に微小ホール内に収束され、微小ホール内の磁束密度を増大させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−84103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示された磁場発生装置では、これを経頭蓋磁気刺激法に採用した場合、その頭皮から頭蓋内部の脳への磁束の浸透度が未だ不十分であるものと予測することができた。
【0005】
そこで、発明者は、鋭意研究の結果、略直径方向に沿って延びるスリットを導電体コアに設けるとともに、導電体コアを取り囲むコイルをヨークによって包持することで、その磁束密度を高度に集中させることができることを知見してこの発明を完成させた。
【0006】
この発明は、頭蓋への浸透度が高くTMSに好適な磁気刺激コイルを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の発明は、軸線と垂直な断面が円形、楕円形または多角形であって所定軸長の柱状体からなる導電体コアと、この導電体コアの外側面を囲繞するよう、この導電体コアに巻回されて導電体コアとともに電磁石を構成するコイルと、このコイルをその外側から包持するヨークと、を備え、上記導電体コアを端面視して、その一端がこの導電体コアの外側面に開口し、他端がこの開口位置とは反対側の外側面近傍位置で閉じたスリットを、この導電体コアの中心軸またはこの中心軸と平行な軸を含む平面に沿って延びて、所定幅、所定軸線方向長さ、所定横断線方向長さを有して形成した磁気刺激コイルである。
【0008】
請求項1に記載の発明によれば、例えば導電体コアに複数回巻回されて筒形状とされたコイルに対してパルス電流を通電することにより、導電体コアの端面に発生したその導電体コアの外周方向の渦電流を、スリットの壁沿いに集中させることができる。よって、この磁気刺激コイルをTMS法に用いた場合、その磁束の浸透度をより高めることができ、効果的な磁気刺激を行うことができる。
このとき、コイルはヨークにより包持されているため、当該包持された部分からは磁束の漏れが発生することがない。よって、コイルがヨークに包持されていない場合に比較して大幅にその磁束の集中度を高めることができる。
なお、励磁用のコイルに大電流を流す場合に生じる発熱は、導電体コアを例えば銅,銀などで構成することにより効率的に放散することができる。
【0009】
また、導電体コアは、その軸線と垂直な断面が円形、楕円形または多角形であって所定軸長を有する柱状体により形成されている。例えば軸線方向での断面積が一定の円柱体、楕円柱体または多角形の柱体として構成することができる。その上面および底面は平面で形成することができる。導電体コアは、導電性を有する材料、例えば金、銀、銅およびこれらの合金により製造することができる。
コイルは、導電体コアの外側面に例えば複数回にわたって巻き付けられて円筒形状をなし、この導電体コアの外側面をその全長にわたって取り囲むこととなる。
ヨークは例えば円筒形であって、その内部に円筒形のコイルを包み込むように保持することとなる。つまり、例えば電磁鋼板製の円筒形のヨークは、上記導電体コアおよびその外周面に巻き付けられた円筒形状のコイルを、その内側に抱き込むように構成される。ヨークの直径はコイルのそれより大きく、コイルの直径は導電体コアのそれよりも大きく、さらにヨークの軸長はコイル、コアのそれとほぼ同じかわずかに長い寸法に設計されることとなる。
スリットは、柱状体である導電体コアをその端面(上面)から視た場合、その端面(上面)の中心を含む横断線(例えば上面が円形の場合は直径)の位置に例えば直線状に設けられる。すなわち、端面視して直線状に延びるスリットの一端は導電体コアの外側面にて開口するとともに、その他端は反対側の外側面の近傍位置で閉じている。よって、このスリットは、この導電体コアの中心軸を含む平面に沿うようにその全軸長にわたって延びている。スリットは、例えば1mm程度の幅で、直径位置でほぼ直径と同じ長さ(深さ)で、円柱体の全軸長にわたって形成されることで、この円柱体である導電体コアを2分割する。換言すれば、導電体コアは、このスリットによって、その柱状体はその軸線を含む平面(または軸線と平行な平面)によりおよそ2分割される構成である。なお、スリットの形成位置は、断面円形の真円柱体製の導電体コアの場合、その直径位置に限られず、直径位置から少しだけ変位した位置に例えば端面視したときに直径と平行となるような位置に形成することもできる。
【0010】
請求項2に記載の発明は、上記ヨークは上記コイルの軸線方向の両端部を包持するように断面コの字形状の円筒体で形成された請求項1に記載の磁気刺激コイルである。
【0011】
請求項2に記載の発明によれば、コイルの軸線方向にあってその外方に向かって漏れようとする磁束についてその漏れを、磁路を構成するヨークの底部(断面コの字形状の上下端部)で防止することができ、磁束の集中度をさらに高めることができる。
【発明の効果】
【0012】
請求項1,2に記載の発明によれば、コイルの外面をヨークで覆うこととしたため、漏れ磁束を大幅に低減することができ、導電体コアのスリットに渦電流を集中させることができ、経頭蓋磁気刺激に使用した場合、その頭蓋を経て脳のより深くまで集中した磁束を浸透させることができる。
【0013】
また、この発明に係る磁気刺激コイルは、従来より知られている例えば8の字型に構成された磁気刺激コイルに比べて、数倍の深さ位置までの脳を刺激することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】この発明の実施例1に係る磁気刺激コイルのその一部を破断して示す斜視図である。
【図2】この発明の実施例1に係る磁気刺激コイルの全体構成を示す斜視図である。
【図3】この発明の実施例1に係る磁気刺激コイルの平面図である。
【図4】この発明の実施例1に係る磁気刺激コイルの図3のA−A線による断面図である。
【図5】この発明の実施例1に係る磁気刺激コイルを用いて経頭蓋磁気刺激を行った際の経頭蓋深さ位置と脳内電流密度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明の実施例を図面を参照して具体的に説明する。
【実施例1】
【0016】
図1〜図4において、磁気刺激コイル100は、所定長さ(高さ)の円柱体(長さ方向においてその断面が同じ面積の円形で形成されている)で形成された導電体コア110と、この導電体コア110の外周面のほぼ全面に対して螺旋状に例えば10ターン程度巻回されて全体として円筒形状の励磁コイル120と、この円筒形状の励磁コイル120を包持する(円筒形状の励磁コイル120をその内方に包むように保持する)ヨーク200とを有している。ヨーク200は励磁コイル120の外径よりもわずかに大きな外径を有する円筒形状であって、その軸線を含む面での断面が半径方向の内方に向かって開いたコの字形状を呈している。このヨーク200の内方に向かって開いたその凹部210には、上記励磁コイル120が巻回された導電体コア110が収容されていることとなる。詳しくは、全体として所定厚みの円筒体であるヨーク200の内周面をその半径方向に向かって所定深さ(コイルを収容できる深さ)だけ穿ち、その軸線を含む面での断面(片断面)がコの字形状としたものである。上記励磁コイル120は、この凹部210内に収納されている。なお、ヨーク200の厚みは任意とする。
すなわち、ヨーク200は、導電体コア110を取り囲むように、所定高さ、所定半径の円筒体で形成されている。このヨーク200の材質は例えばパーメンジュール、電磁鋼板であって、薄板を励磁コイル120に巻き付けて巻鉄芯として構成することができる。または、凹形状に形成した薄板を励磁コイル120の外周面に多数枚積層し、全体として円筒形状とすることでヨーク200を構成することもできる。
これらの導電体コア110、これを囲繞する励磁コイル120および励磁コイル120を包持するヨーク200により磁気刺激コイル100が構成される。
導電体コア110は銅製(鉄、ニッケルなどでも良い)でその軸線方向に同一面積・形状の円断面で構成される円柱体(例えば直径70mm、高さ40mm)であって、この導電体コア110にはこれを縦方向(軸線方向)にほぼ半割りとする所定幅のスリット130が形成されている。すなわち、導電体コア110は、スリット130によって断面半円形の2つの半円柱部分(ハーフブロック)にほぼ等分割された形状となっている。
なお、導電体コア110は楕円柱体または角柱体であってもよい。この場合には、励磁コイル120を包持するヨーク200も導電体コア110の形状に合わせて楕円筒体または角筒体とする。
【0017】
詳しくは、上記スリット130は、上記導電体コア110を端面視(平面視)した場合、図3に示すように、その上端面の円中心を含む横断線(直径)の位置にて、その一端130Bが導電体コア110の外周面に開口し、その他端130Aがその外周面近傍位置(1mm程度の厚さの壁を残して)で閉じている。このように円柱体(導電体コア110)の直径とほぼ同じ長さのスリット130は、この導電体コア110の中心軸を含む平面に沿って延びており、その幅(例えば1mm幅)は一定である。
この場合、このスリット130の加工は、例えばワイヤカット放電加工などによる。
【0018】
以上のように構成された磁気刺激コイル100にあっては、図外の手段により励磁コイル120に対してパルス通電されると、励磁コイル120により生じた磁束によって導電体コア110にその円周方向への渦電流が発生する。
この場合、導電体コア110はスリット130によってその分離された部分同士は離間・絶縁されているため、渦電流の回路の一部はスリット130の延びる方向に沿って形成されることとなる。すなわち、電流は導電体コア110の円周方向に沿って流れ、そしてスリット130に沿って直径方向に流れ、スリット終端部であるブリッジ部(2つの半円柱部分同士を結合する部分)を流れ、再びスリット130に沿って上記対岸の流れとは逆で直径方向に流れ、さらには円周方向に沿って流れることとなる。
換言すると、スリットの対岸にあってその電流の流れ方向が逆になることから電流密度が増大される。この結果、この磁気刺激コイル100を磁気刺激装置に適用したとき、スリット部分での渦電流の電流密度が大となり、頭蓋を介しての磁束の浸透度が飛躍的に高まることとなる。
また、このとき、円筒形状の励磁コイル120はその背面(外面)全体がヨーク200の凹部に包持されているため、その漏れ磁束を最小限とすることができるとともに、その磁気刺激コイル100全体としての機械的強度をも高めることができる。これは、励磁コイル120に電流を流すときスリット130を境界として半円柱部分同士が開く方向に外力が作用するが、これを励磁コイル120を包持する円筒体であるヨーク200により支持することで励磁コイル120および導電体コア110の機械的劣化・破断を防ぐことを意味している。
【0019】
ここで、この発明の実施例1に係るヨーク付きの磁気刺激コイル100(ECコイル)と、従来公知の8の字型コイルとを用いて磁気刺激を行った際、それぞれのコイル中心部の頭部深さと脳内電流密度との関係を求めた。このコイル中心の頭部深さと脳内電流密度との関係は数値解析によって求めた。この数値解析の結果を図5に示す。なお、8の字型コイルの外径と磁気刺激コイル100の外径とは一致させている。
この結果より、この発明に係る磁気刺激コイル(ECコイル)は、従来の8の字型の磁気刺激コイルに比べて、数倍の深さの部位まで脳を刺激することができることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0020】
この発明に係る磁気刺激コイルは、例えばTMS法に用いられる磁気刺激装置にきわめて有用である。
【符号の説明】
【0021】
100 磁気刺激コイル、
110 導電体コア、
120 励磁コイル、
130 スリット、
200 ヨーク。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線と垂直な断面が円形、楕円形または多角形であって所定軸長の柱状体からなる導電体コアと、
この導電体コアの外側面を囲繞するよう、この導電体コアに巻回されて導電体コアとともに電磁石を構成するコイルと、
このコイルをその外側から包持するヨークと、を備え、
上記導電体コアを端面視して、その一端がこの導電体コアの外側面に開口し、他端がこの開口位置とは反対側の外側面近傍位置で閉じたスリットを、この導電体コアの中心軸またはこの中心軸と平行な軸を含む平面に沿って延びて、所定幅、所定軸線方向長さ、所定横断線方向長さを有して形成した磁気刺激コイル。
【請求項2】
上記ヨークは上記コイルの軸線方向の両端部を包持するように断面コの字形状の円筒体で形成された請求項1に記載の磁気刺激コイル。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−187149(P2012−187149A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50779(P2011−50779)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(000196565)西日本電線株式会社 (57)
【出願人】(508324433)公益財団法人大分県産業創造機構 (17)
【Fターム(参考)】