説明

磁気検出素子

【課題】 CPP型磁気検出素子において、特に固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化をCIP型磁気検出素子では成し得なかった構造で強固に固定できる磁気検出素子を提供することを目的としている。
【解決手段】 CPP型磁気検出素子において、人工フェリ構造の固定磁性層23の上下を非磁性金属製の磁歪増強層22と、Cuよりも格子定数の大きい非磁性材料層24で挟む。CPP型磁気検出素子であるため、前記固定磁性層23とフリー磁性層25との間に位置する非磁性材料層24をCuと異なる材質で形成しても、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の低下は小さい。従って本発明では、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)を低下させることなく前記固定磁性層23の磁歪定数を上下方向から大きくすることが可能になり、前記固定磁性層23を、より強固に磁化固定することが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CPP(current perpendicular to the plane)型の磁気検出素子に係り、特に固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化をCIP(current in the plane)型の磁気検出素子では成し得なかった構造で、より強固に固定できる磁気検出素子に関する。
【背景技術】
【0002】
フリー磁性層、非磁性材料層、及び固定磁性層が積層された多層膜を有して成る磁気検出素子には、前記多層膜に対する電流方向の違いにより、CIP(current in the plane)型と、CPP(current perpendicular to the plane)型の2種類が存在する。
【0003】
CIP型磁気検出素子では、前記多層膜に対して膜面と平行な方向に電流が流され、一方、CPP型磁気検出素子では、前記多層膜の各層の膜面に対し垂直方向に電流がながされる。
【0004】
CPP型磁気検出素子は、CIP型磁気検出素子に比べて素子サイズの狭小化によって再生出力を大きく出来るといった利点があると考えられ、現在、主流のCIP型磁気検出素子に代わってCPP型磁気検出素子が今後の更なる高記録密度化に対応できる構造と期待されている。
【0005】
ところで今後の高記録密度化に向けたCPP型磁気検出素子の実用化の一つの課題として、磁気検出素子の単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の向上がある。
【0006】
下記の特許文献1は、固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化を固定する方式を示す公知文献で、この文献については後でその問題点等を説明する。
【特許文献1】特開平8−7235号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、従来のCPP型磁気検出素子には以下のような問題点があった。
図10は従来のCPP型磁気検出素子の構造を模式化したもので、具体的には、フリー磁性層1の上下に非磁性材料層2,2を介して固定磁性層3,3、及び反強磁性層4,4が設けられた多層膜を有し、その多層膜の上下に電極5,6が設けられている。
【0008】
図10に示す構造では、前記固定磁性層3,3は2層の磁性層3a、3cの間に非磁性中間層3bが介在した3層の積層構造である。前記磁性層3a,3cの磁化は互いに反平行であり、このような積層構造を人工フェリ構造と呼んでいる。
【0009】
例えば、フリー磁性層1はNiFe系合金で、非磁性材料層2はCuで、固定磁性層3を構成する磁性層3a,3cはCoFe系合金で、非磁性中間層3bはRuで、反強磁性層4はPtMn合金で形成される。
【0010】
図10の構造では、反強磁性層4,4の比抵抗が高く、具体的には200μΩ・cm程度(あるいはそれ以上)の比抵抗を持つため、電極5,6間に電流を流したときに、前記反強磁性層4,4が発熱源となり、ジュール熱を生じる。そのジュール熱の発生に伴い、隣接する固定磁性層3、非磁性材料層2、フリー磁性層1における伝導電子の格子振動によるフォノン散乱やエレクトロマイグレーションが激しくなる。
【0011】
ところでCPP型磁気検出素子の単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)は、スピン依存バルク散乱効果と密接な関係があると考えられている。抵抗変化(ΔR)に寄与する層は、図10の構造では、フリー磁性層1と固定磁性層3のうち非磁性材料層2と接する磁性層3cであるから、特に磁性層3cのスピン依存バルク散乱係数(β値)を正の値にして、アップスピンの伝導電子を前記磁性層3c内で流れやすくし、一方、ダウンスピンの伝導電子を前記磁性層3c内で散乱されやくし、前記アップスピンの伝導電子のスピン拡散長と、ダウンスピンの伝導電子のスピン拡散長との差を大きくすることにより、前記単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の増大を図ることが必要である。
【0012】
しかし、上記した伝導電子の格子振動によるフォノン散乱やエレクトロマイグレーションは、伝導電子のスピンに依存しない散乱を生じさせることになり、その結果、CPP型磁気検出素子において前記単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に代表されるGMR効果を適切に向上させることが出来ないことがわかった。
【0013】
また、図10に示す構造では、膜厚の厚い反強磁性層4,4の存在により電極5,6間のギャップ長が広くなり、記録媒体との高記録密度化(線記録密度の向上)に適切に対応できない構造となっていた。
【0014】
このため、CPP型磁気検出素子において、GMR効果の向上を適切に図るには、前記反強磁性層4,4を多層膜の層構造から無くせばよいが、かかる場合、前記反強磁性層4が無くても前記固定磁性層の磁化を適切に固定できる構造が必要になる。
【0015】
そこで上記した特許文献1を参照すると、この公知文献には、反強磁性層を無くし、固定磁性層の磁化を固定磁性層自体の一軸異方性で固定する方式について開示されている。
【0016】
しかし特許文献1に示された磁気検出素子は、CIP型の磁気検出素子でありCPP型磁気検出素子での最適な前記固定磁性層の固定磁化方式について言及がないこと、またこの公知文献1では、タンタルからなるバッファ層62を下地として、その上にピン止め強磁性層70(固定磁性層)を積層しているが、タンタルはアモルファスになりやすいため比抵抗が高く、特許文献1の構造をCPP型磁気検出素子に置き換えた場合に、前記バッファ層62が、従来の反強磁性層と同様の発熱源になり伝導電子のスピンに依存しない散乱が生じることによりGMR効果を適切に向上させることができないと予測されること、及び、この特許文献1では、タンタルからなるバッファ層62を用いると、どのような原理によって前記ピン止め強磁性層70の磁化を強固に固定できるのか、明確な開示がないこと等により、特許文献1の構造を即座にCPP型磁気検出素子の構造として採用することは出来ない。
【0017】
また、CIP型磁気検出素子の場合、CPP型磁気検出素子と違って、GMR効果は、スピン依存界面散乱と密接な関係があると考えられ、このため、CIP型磁気検出素子では、非磁性材料層と固定磁性層との界面構造を、現行から変更することは、CIP型磁気検出素子において抵抗変化率(ΔR/R)を低下させる可能性が高く、よってCIP型磁気検出素子の場合、非磁性材料層と固定磁性層3との界面構造を現行から改良することはできなかった。
【0018】
上記したように、非磁性材料層2にはCuを用い、固定磁性層3を構成する磁性層3cにはCoFe系合金等を用いている。このCu/CoFeの界面でのスピン依存界面散乱効果は、非常に良好であるため、CIP型磁気検出素子では、非磁性材料層2をCu以外の非磁性金属材料で形成するとか、Cu/CoFeの界面構造を崩す改良をすることは出来なかった。
【0019】
しかし、CPP型磁気検出素子の場合、上記のようにGMR効果にはスピン依存界面散乱よりもスピン依存バルク散乱が重要であると考えられるため、図10に示す非磁性材料層2と固定磁性層3(磁性層3c)との界面構造を、CIP型磁気検出素子の場合と異なって、前記固定磁性層3の磁化をより強固に固定するために、改良できる余地があるものと考えられた。
【0020】
そこで本発明は上記従来の課題を解決するためのものであり、CPP型磁気検出素子において、特に固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化をCIP型磁気検出素子では成し得なかった構造で強固に固定できる磁気検出素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、固定磁性層と、非磁性材料層と、フリー磁性層とが積層されている多層膜を有し、前記多層膜の各層の膜面と垂直方向に電流が流れる磁気検出素子において、
前記固定磁性層は、複数の磁性層が非磁性中間層を介して積層されたものであり、
前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成されている第1磁性層の、前記非磁性材料層側と反対側の面には、非磁性金属製の磁歪増強層が前記第1磁性層に接して設けられ、
前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層に最も近い位置に形成された第2磁性層は、前記非磁性材料層と接して設けられ、
前記非磁性材料層は、Cuよりも格子定数が大きい非磁性金属材料で形成され、
前記固定磁性層は、その上下面が前記磁歪増強層と前記非磁性材料層とに挟まれており、
前記磁歪増強層内と前記第1磁性層内との少なくとも一部の結晶、及び前記非磁性材料層内と前記第2磁性層内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態であり、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されていることを特徴とするものである。
【0022】
本発明は、固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化が固定される、いわゆる自己固定式のCPP型磁気検出素子である。
【0023】
従って、膜厚の厚い反強磁性層を有するCPP型磁気検出素子に比べて、比抵抗の大きい反強磁性層を無くすことで、発熱によって生じる、伝導電子のスピンに依存しない散乱を抑制でき、CPP型磁気検出素子において単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に代表されるGMR効果を向上させることが出来る。この結果、通電信頼性も向上させることが出来る。また、CPP型磁気検出素子の上下に設けられるシールド層間の距離も短くなるので、記録媒体のさらなる高線記録密度化に対応することもできる。
【0024】
強磁性体膜の磁気異方性磁界を決める要素には、結晶磁気異方性、誘導磁気異方性、及び磁気弾性効果がある。本発明では、このうち固定磁性層の磁化を固定する一軸異方性を決める磁気弾性効果に着目してなされたものである。
【0025】
磁気弾性効果は、磁気弾性エネルギーに支配される。磁気弾性エネルギーは、固定磁性層にかかる応力と固定磁性層の磁歪定数λsによって規定される。
【0026】
本発明では、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されているので、応力の対称性がくずれて、前記固定磁性層には、素子高さ方向(ハイト方向;前記対向面に対する法線方向)に引張り応力が働く。本発明では、固定磁性層の磁歪定数λsを大きくすることによって磁気弾性エネルギーを大きくし、これによって、固定磁性層の一軸異方性を大きくするものである。固定磁性層の一軸異方性が大きくなると、固定磁性層の磁化は一定の方向に強固に固定され、磁気検出素子の出力が大きくなりかつ出力の安定性や対称性も向上する。
【0027】
本発明では、前記固定磁性層は、複数の磁性層が非磁性中間層を介して積層された人工フェリ構造である。
【0028】
前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成された第1磁性層の、前記非磁性材料層側と反対側の面に、非磁性金属製の磁歪増強層を前記第1磁性層に接して設ける。前記第1磁性層と前記磁歪増強層とは、エピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態で接合され、これによって、前記第1の磁性層の結晶構造に歪みを生じさせて前記第1の磁性層の磁歪定数λsを大きくさせている。これにより前記第1磁性層の磁歪定数λsを大きく出来る。
【0029】
本発明では、前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層に最も近い位置に形成されている第2磁性層は、前記非磁性材料層と接して設けられ、しかも前記非磁性材料層は、Cuよりも格子定数が大きい非磁性金属材料で形成されている。
【0030】
前記第2磁性層と前記非磁性材料層とは、エピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態で接合され、これによって、前記第2磁性層の結晶構造に歪みを生じさせて前記第2磁性層の磁歪定数λsを大きくさせている。これにより前記第2磁性層の磁歪定数λsを大きく出来る。
【0031】
このように本発明では、前記固定磁性層はその上下面が磁歪増強層とCuよりも格子定数が大きい非磁性材料層とによって挟まれ、前記固定磁性層の磁歪定数を上下から大きく出来る構造となっている。
【0032】
本発明では、フリー磁性層、非磁性材料層、及び固定磁性層が積層された多層膜に対して垂直に電流を流すCPP(current perpendicular to the plane)型磁気検出素子である。このCPP型磁気検出素子では、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の向上を図るには、強磁性層内部でのスピン依存バルク散乱が重要な役割を演じるため、前記非磁性材料層を従来、Cuで形成していたものを、Cuと異なる材質で形成してもΔR・Aの低下は小さい。
【0033】
一方、前記多層膜に対し各層と平行に電流を流すCIP(current in the plane)型磁気検出素子では、抵抗変化率(ΔR/R)に、スピン依存界面散乱が重要な役割を演じるため、前記非磁性材料層を現行のCuと異なる材質で形成すると、抵抗変化率(ΔR/R)が著しく低下してしまう。
【0034】
従って本発明のように、CPP型磁気検出素子の構造であれば、ΔR・Aを低下させることなく前記固定磁性層の上下面を非磁性金属製の磁歪増強層と、Cuよりも格子定数の大きい非磁性材料層とで挟み込み、これによって前記固定磁性層の磁歪定数を上下方向から大きくすることが可能になり、磁気弾性効果がより適切に発揮されて前記固定磁性層を、より強固に磁化固定することが出来る。これにより、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、ESD等による固定磁性層の反転を起きにくくすることも出来、磁気ヘッドの性能及び信頼性を向上させることが出来る。
【0035】
また本発明では、前記非磁性材料層は、Cu−X(ただし、元素Xは、Pt,Au,Pd,Ag,Ir,Rh,Ga,Ge,As,Sb,Sn,Zn,B,C,N,Al,Si、Pのうち1種または2種以上の材質が選択される元素)合金で形成されることが好ましい。これらは原子半径がCuより小さいが侵入型で固溶するためCu−Xの格子定数を大きくする作用がある。
上記のCu−X合金で形成された非磁性材料層はCuよりも格子定数が大きい。
【0036】
また、前記非磁性材料層と前記第2磁性層との界面のスピン依存界面散乱係数(γ値)は正の値であることが好ましい。前記スピン依存界面散乱係数(γ値)を正の値にするには、前記元素Xには、Pt,Au,Pd,Ag,IrあるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択されることが好ましい。
【0037】
また本発明では、前記非磁性材料層に占めるCuの組成比は50at%以上で99at%以下であり、残りの組成比が元素Xの組成比であることが好ましい。このように非磁性材料層をCuを主成分として形成することにより、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)を大きくすることが出来る。
【0038】
また本発明では、前記非磁性材料層は、スパッタ成膜されたものであることが好ましい。例えば元素XとしてAg等を選択したとき、Ag等は平衡状態ではCuへの溶解度が低くいためCuとAg等とは適切に混ざらず、すなわち固溶体を形成しにくい。かかる場合、前記非磁性材料層は、全体的にCuよりも大きい格子定数を有せず、前記第2磁性層の格子定数を適切に大きくするための磁歪増強層として機能しない。
【0039】
しかし、元素XとしてAg等を選択した場合でも、前記非磁性材料層を、成膜エネルギーが高いスパッタ成膜で形成することで、前記Ag等とCuは、均一に混ざり合い、非平衡状態の過飽和固溶体が形成されやすく、この結果、前記非磁性材料層全体の格子定数をCuよりも大きい格子定数で形成することが可能になる。
【0040】
本発明では、前記第2磁性層は、正のスピン依存バルク散乱係数(β値)を有することが好ましい。
【0041】
前記スピン依存バルク散乱係数(β値)は、磁性材料の材質で決定される。本発明では、前記スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値になる磁性材料を前記第2磁性層に選択する。
【0042】
具体的には、前記第2磁性層の少なくとも一部は、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成されるか、あるいはCo,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)からなる磁性材料で形成されることが好ましい。
【0043】
スピン依存バルク散乱係数(β値)には、ρ↓(ダウンスピンの伝導電子に対する比抵抗値)/ρ↑(アップスピンの伝導電子に対する比抵抗値)=(1+β)/(1−β)なる関係が成り立っている。ここでβは−1よりも大きく1よりも小さい範囲内の値である。
【0044】
上記したように本発明では、β値が正の値となる磁性材料が第2磁性層の材質として選択される。このため、上記の式においてβ値が正の値であると、ρ↓>ρ↑となる。
【0045】
すなわちβ値が正の値であると、ダウンスピンの伝導電子に対する比抵抗値(ρ↓)は大きくなり、前記ダウンスピンの伝導電子は前記第2磁性層内を流れにくくあるいはシャットアウトされて前記ダウンスピンの伝導電子のスピン拡散長は短くなり、一方、アップスピンの伝導電子に対する比抵抗値(ρ↑)は小さくなるから、前記アップスピンの伝導電子は前記第2磁性層内を流れやすくなり、前記アップスピンの伝導電子のスピン拡散長は延び、前記アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子のスピン拡散長差を大きく出来る。前記β値が大きい磁性材料を第2磁性層として使用すれば、前記スピン拡散長差をより大きくでき、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)をより適切に向上させることができる。
【0046】
また上記したように、前記非磁性材料層と前記第2磁性層との界面のスピン依存界面散乱係数(γ値)が正の値であると、前記界面ではアップスピンの伝導電子が流れやすくなり、一方、ダウンスピンの伝導電子は流れ難くなるため、より単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の増大を図ることが出来る。
【0047】
前記スピン依存界面散乱係数(γ値)は、非磁性材料層としてCuを選択した従来に比べて本発明のように前記非磁性材料層をCu−X合金で形成すると、スピン依存界面散乱係数(γ値)は低下すると予測されるが、CPP型磁気検出素子の場合、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の増大には、スピン依存バルク散乱効果が最も重要であると考えられるので、多少、スピン依存界面散乱効果が低下しても、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)はさほど低下しない。
【0048】
ところで本発明は、CPP型磁気検出素子であるが、非磁性材料層をCuと異なる材質で形成すれば、多少、GMR効果は低下する。しかし、CIP型磁気検出素子のように、急激に抵抗変化率に代表されるGMR効果が低下することはない。特に図10に示すCPP型磁気検出素子のように反強磁性層を有する磁気検出素子に比べて、本発明のように反強磁性層を無くしたことによるGMR効果の増大(ΔR/Rの増大)は大きく、非磁性材料層をCu−X合金で形成しても図10に示すCPP型磁気検出素子に比べて十分に大きいGMR効果を得られる。
【0049】
本発明では、反強磁性層を無くすことでGMR効果の増大を図るが、固定磁性層の磁化を適切に固定するには、固定磁性層を構成する第1磁性層を磁歪増強層と接合させて、前記第1磁性層の磁歪定数を大きくするだけでは不十分である。なぜなら第2磁性層の磁歪定数はさほど大きくならないからである。このため第2磁性層の磁歪定数を適切に大きくすべく、本発明の対象がCPP型磁気検出素子でありGMR効果にスピン依存界面散乱効果がCIP型よりさほど重要でない点を鑑みて、非磁性材料層をCuよりも格子定数の大きい非磁性金属材料で形成することとし、GMR効果を良好に維持しながら固定磁性層の磁化をより強固に固定するのである。
【0050】
なお本発明では、前記磁歪増強層は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されることが好ましい。
【0051】
また本発明では、磁歪増強層は、前記第1磁性層側の界面付近あるいは全領域において、及び前記非磁性材料層は、前記第2磁性層側の界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0052】
また本発明では、前記第1磁性層は、前記磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層は、前記非磁性材料層側の界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0053】
上記のように、本発明における前記磁歪増強層及び非磁性材料層は、fcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している形態を一形態として提供することが出来る。
【0054】
従って、前記第1磁性層及び/または第2磁性層が、fcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであると、前記第1の磁性層及び/または第2磁性層を構成する原子と前記磁歪増強層及び/または非磁性材料層を構成する原子が互いに重なりあいやすくなる。
【0055】
また本発明では、前記第1磁性層は、前記磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層は、前記非磁性材料層側の界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向している形態であってもよい。
【0056】
前記第1磁性層及び/または第2磁性層が、bcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであっても、前記第1磁性層及び/または第2磁性層を構成する原子と前記磁歪増強層及び/または非磁性材料層を構成する原子が互いに重なりあいやすくなる。
【発明の効果】
【0057】
本発明では、CPP型磁気検出素子において、人工フェリ構造の固定磁性層の上下を非磁性金属製の磁歪増強層と、Cuよりも格子定数の大きい非磁性材料層で挟む。
【0058】
本発明では、CPP型磁気検出素子であるため、前記固定磁性層とフリー磁性層との間に位置する非磁性材料層をCuと異なる材質で形成しても、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の低下は小さい。
【0059】
従って本発明のようにCPP型磁気検出素子の構造であれば、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)を低下させることなく前記固定磁性層の上下面を非磁性金属製の磁歪増強層とCuよりも格子定数の大きい非磁性材料層とで挟み込み、これによって前記固定磁性層の磁歪定数を上下方向から大きくすることが可能になり、磁気弾性効果がより適切に発揮されて前記固定磁性層を、より強固に磁化固定することが出来る。これにより、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、ESD等による固定磁性層の反転を起きにくくすることも出来、磁気ヘッドの性能及び信頼性を向上させることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
図1は、本発明の第1の実施の形態の磁気検出素子を記録媒体との対向面側から見た断面図、図4は図1に示す磁気検出素子の部分模式図である。
【0061】
図1、図4に示される磁気検出素子では、磁性材料製の下部シールド層20上に多層膜T1が形成されている。
【0062】
図1、図4に示す実施形態では、多層膜T1は、下からシードレイヤ21、磁歪増強層22、固定磁性層23、非磁性材料層24、フリー磁性層25及び保護層26の順に積層されたものである。
【0063】
前記シードレイヤ21は、NiFe合金、NiFeCr合金あるいはCr、Taなどで形成されている。シードレイヤ21は、例えば(Ni0.8Fe0.260at%Cr40at%の膜厚35Å〜60Åで形成される。
【0064】
シードレイヤ21があると、非磁性金属製の磁歪増強層22の{111}配向が良好になる。
磁歪増強層22については、後述する。
【0065】
固定磁性層23は、第1磁性層23aと第2磁性層23cがRu等の非磁性中間層23bを介して積層された人工フェリ構造を有している。固定磁性層23は、固定磁性層23自体の一軸異方性によって磁化が、ハイト方向(図示Y方向)に固定されている。
前記第2磁性層23cの上に形成された非磁性材料層24については後述する。
【0066】
フリー磁性層25は、NiFe合金やCoFe合金等の磁性材料で形成される。図1に示す実施形態では特にフリー磁性層25がNiFe合金で形成されるとき、フリー磁性層25と非磁性材料層24との間にCoやCoFeなどからなる拡散防止層(図示しない)が形成されていることが好ましい。フリー磁性層25の膜厚は20Å〜100Åである。また、フリー磁性層25は、複数の磁性層が非磁性中間層を介して積層された人工フェリ構造であってもよい。
【0067】
保護層26はTaやRuなどからなり、多層膜T1の酸化の進行を抑える。保護層26の膜厚は10Å〜50Åである。
【0068】
図1に示す実施形態では、シードレイヤ21から保護層26までの多層膜T1の両側には絶縁層27、ハードバイアス層28及び絶縁層29が積層されている。ハードバイアス層28からの縦バイアス磁界によってフリー磁性層25の磁化はトラック幅方向(図示X方向)に揃えられる。
【0069】
前記絶縁層27と前記ハードバイアス層28間にバイアス下地層(図示しない)が形成されていてもよい。前記バイアス下地層は例えばCr、W、W−Ti合金,Fe−Cr合金などで形成される。
【0070】
前記絶縁層27,29はAlやSiO等の絶縁材料で形成されたものであり、前記多層膜T1内を各層の界面と垂直方向に流れる電流が、前記多層膜T1のトラック幅方向の両側に分流するのを抑制すべく前記ハードバイアス層28の上下を絶縁するものである。
【0071】
なお前記ハードバイアス層28,28は例えばCo−Pt(コバルト−白金)合金やCo−Cr−Pt(コバルト−クロム−白金)合金などで形成される。
【0072】
絶縁層29及び保護層26上には、磁性材料からなる上部シールド層30が形成される。図1,図4に示す磁気検出素子の構造はCPP(current perpendicular to the plane)型であり、下部シールド層20及び上部シールド層30が電極として機能し、前記多層膜T1を構成する各層の界面に対し垂直方向に電流を流す電流源となっている。
【0073】
フリー磁性層25の磁化は、ハードバイアス層28,28からの縦バイアス磁界によってトラック幅方向(図示X方向)に揃えられる。そして記録媒体からの信号磁界(外部磁界)に対し、フリー磁性層25の磁化が感度良く変動する。一方、固定磁性層23の磁化は、ハイト方向(図示Y方向)に固定されている。
【0074】
フリー磁性層25の磁化方向の変動と、固定磁性層23の固定磁化方向(特に第2磁性層23cの固定磁化方向)との関係で電気抵抗が変化し、この電気抵抗値の変化に基づく電圧変化または電流変化により、記録媒体からの洩れ磁界が検出される。
【0075】
本実施の形態の特徴部分について述べる。
図1に示される磁気検出素子の固定磁性層23は、第1磁性層(第1の磁性層)23aと第2磁性層23cがRu等で形成された非磁性中間層23bを介して積層された人工フェリ構造を有している。第1磁性層23aの磁化と第2磁性層23cの磁化は、非磁性中間層23bを介したRKKY相互作用によって互いに反平行方向に向けられている。
【0076】
第1磁性層23aは、固定磁性層23を構成する磁性層のうちで最も前記非磁性材料層24から離れた位置に形成されており、前記第1磁性層23aの前記非磁性材料層24側と反対側の面には非磁性金属製の磁歪増強層22が前記第1磁性層23aに接して設けられている。
【0077】
また第2磁性層23cは、固定磁性層23を構成する磁性層のうちで、前記非磁性材料層24に最も近い位置に形成されており、前記第2磁性層23cは前記非磁性材料層24と接して形成されている。
【0078】
前記非磁性材料層24はCuよりも格子定数が大きい非磁性金属材料で形成されている。
【0079】
本発明では、図1、図4に示すように、前記固定磁性層23の上下面は、前記磁歪増強層22と非磁性材料層24とで挟まれた形態となっている(図4では、磁歪増強層22と非磁性材料層24の双方の層を斜線で示してある)。
【0080】
図1に示す第1の実施形態では、固定磁性層23の磁化を固定する一軸異方性を決める磁気弾性効果を主に利用している。
【0081】
磁気弾性効果は、磁気弾性エネルギーに支配される。磁気弾性エネルギーは、固定磁性層23にかかる応力σと固定磁性層23の磁歪定数λsによって規定される。
【0082】
図2は、図1に示された磁気検出素子を図示上側(図示Z方向と反対方向)からみた平面図である。磁気検出素子の多層膜T1は一対の絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28及び絶縁層29,29の間に形成されている。なお、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28は、絶縁層29,29の下に設けられているので、図2には図示されていない。多層膜T1と、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28及び絶縁層29,29の周囲は、斜線で示される絶縁層31によって埋められている。
【0083】
また、多層膜T1、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28、及び絶縁層29,29の記録媒体との対向面側の端面Fは露出しているか、またはダイヤモンドライクカーボン(DLC)などからなる膜厚20Å〜50Å程度の薄い保護層で覆われているだけであり、開放端となっている。
【0084】
従って、もともと2次元的に等方的であった下部シールド層20及び上部シールド層30からの応力が端面Fで開放された結果、対称性がくずれて、多層膜T1には、ハイト方向(図示Y方向)に平行な方向に、引っ張り応力が加えられている。また、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28、及び絶縁層29,29の積層膜が圧縮性の内部応力を有している場合には、絶縁層などが面内方向に延びようとするため、多層膜T1には、トラック幅方向(図示X方向)に平行な方向及び反平行な方向に圧縮応力を加えられている。
【0085】
すなわち、記録媒体との対向面側の端面Fが開放されている固定磁性層23には、ハイト方向(図示Y方向)の引張り応力とトラック幅方向(図示X方向)の圧縮応力が加えられる。そして、第1磁性層23a及び第2磁性層23cは、磁歪定数λsが正の値である磁性材料によって形成されているので、磁気弾性効果によって、第1磁性層23a及び第2磁性層23cの磁化容易軸は磁気検出素子の奥側(ハイト方向;図示Y方向)に平行方向となり、第1磁性層23a及び第2磁性層23cの磁化方向がハイト方向と平行方向または反平行方向に固定される。第1磁性層23aと第2磁性層23c間には、RKKY相互作用が働き、第1磁性層23aと第2磁性層23cの磁化は互いに反平行状態で固定される。
【0086】
本発明の実施形態では、固定磁性層23の磁歪定数λsを大きくすることによって磁気弾性エネルギーを大きくし、これによって、固定磁性層23の一軸異方性を大きくするものである。固定磁性層23の一軸異方性が大きくなると、固定磁性層23の磁化は一定の方向に強固に固定され、磁気検出素子の出力が大きくなりかつ出力の安定性や対称性も向上する。
【0087】
具体的には、固定磁性層23を構成する第1磁性層23aを磁歪増強層22と接合させ、及び第2磁性層23cをCuよりも格子定数の大きい非磁性材料層24と接合させることによって、第1磁性層23a及び第2磁性層23cの結晶構造に歪みを生じさせて第1磁性層23a及び第2磁性層23cの磁歪定数λsを大きくさせている。
【0088】
なお前記非磁性材料層24は、当然に第2磁性層23cよりも大きい格子定数を有しており、磁歪増強層として機能するものである。
【0089】
本発明では図1、図4に示すように、前記固定磁性層23の上下面を磁歪増強層22及びCuよりも格子定数の大きい非磁性材料層24で挟んだ形態にすることで、前記固定磁性層23を構成する第1磁性層23a及び第2磁性層23cの双方の磁歪定数λsを適切に大きくすることができ、前記固定磁性層23全体を強固に磁化固定することが可能になる。
【0090】
従来、非磁性材料層24を構成していたCuは、第2磁性層23cを構成するCoやCoFe系合金等と非常に格子定数が近いため、非磁性材料層24をCuで形成した場合は、前記第2磁性層23cへの磁歪増強効果がほとんど無く、前記第2磁性層23cの磁歪を、磁歪増強層22と接して形成された第1磁性層23aと同様に高めることが不可能であった。
【0091】
しかし、本発明では、前記非磁性材料層24をCuよりも格子定数が大きい非磁性金属材料で形成することで、前記非磁性材料層24と第2磁性層23cとの格子定数の差を大きくし、これによって前記第2磁性層23cに対する磁歪増強効果が適切に発揮されて、前記第2磁性層23cの磁歪を、磁歪増強層22と接して形成された第1磁性層23aと同様に高めることが可能になったのである。
【0092】
本発明では、前記非磁性材料層24をCuと異なる非磁性金属材料で形成するが、このような形態が可能なのは本発明における磁気検出素子がCPP(current perpendicular to the plane)型だからである。
【0093】
CIP(current in the plane)型の磁気検出素子では、抵抗変化率(ΔR/R)に代表されるGMR効果と、第2磁性層23c/非磁性材料層24/フリー磁性層25の各界面でのスピン依存界面散乱とが密接にかかわっているため、前記スピン依存界面散乱効果が大きくなるように、第2磁性層23c/非磁性材料層24/フリー磁性層25の各層の材質を決定する。例えば第2磁性層23cにはCoFe合金を、非磁性材料層24にはCuを、フリー磁性層25にはCoFe合金とNiFe合金の積層体(CoFe合金層は非磁性材料層24側)を選択する。このCoFe合金/Cuの界面におけるスピン依存界面散乱効果は非常に大きいため、前記非磁性材料層24をCu以外の非磁性金属材料で形成してしまうと、スピン依存界面散乱効果が急激に落ち、GMR効果が非常に劣化するといった問題がある。
【0094】
このためCIP型磁気検出素子の場合、非磁性材料層24をCu以外の非磁性金属材料で形成することはGMR効果との関係から好ましくない。
【0095】
一方、CPP型磁気検出素子の場合でも、スピン依存界面散乱効果は、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に代表されるGMR効果を向上させる一つのファクターではあるが、それ以上にスピン依存バルク散乱効果が重要な役割を演じる。
【0096】
スピン依存バルク散乱効果は強磁性層内部での現象であり、伝導電子がスピンを変えずに進む距離、すなわちスピン拡散長(Spin Diffusion Length)と密接に関連している。
【0097】
本発明のようにCPP型磁気検出素子の場合、図1に示すように第2磁性層23cと接する非磁性材料層24を、Cu以外の材質の非磁性着金属材料で形成しても、前記スピン依存界面散乱効果は低下するものの、スピン依存バルク散乱効果は適切に発揮されるので、CIP型磁気検出素子に比べてGMR効果の急激な低下はない。
【0098】
よって図1のように非磁性材料層24をCu以外の非磁性金属材料で形成する構造は実用上、CPP型磁気検出素子に限って実施可能である。
【0099】
前記磁歪増強層22、非磁性材料層24及び、第1磁性層23a、第2磁性層23cは、すべて面心立方格子(fcc)構造をとり、界面と平行な方向に{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが結晶性を良好にできて好ましいが、かかる場合、磁歪増強層22の{111}面内の最近接原子間距離と、固定磁性層23の第1磁性層23aの{111}面内の最近接原子間距離との差を、第1磁性層23aの{111}面内の最近接原子間距離で割った値(以下ミスマッチ値と呼ぶ)、及び非磁性材料層24の{111}面内の最近接原子間距離と、固定磁性層23の第2磁性層23cの{111}面内の最近接原子間距離との差を、第2磁性層23cの{111}面内の最近接原子間距離で割った値(以下ミスマッチ値と呼ぶ)を0.05以上で0.20以下にすることが好ましい。
【0100】
本実施の形態の磁気検出素子では、図3に模式的に示すように、磁歪増強層22を構成する原子と第1磁性層23aの原子、及び非磁性材料層24を構成する原子と第2磁性層23cの原子が互いに重なり合いつつも、界面付近で結晶構造に歪みが生じている状態になる。
【0101】
図3において符号N1は第1磁性層23aの{111}面内の最近接原子間距離を示しており、符号N2は磁歪増強層22の{111}面内の最近接原子間距離を示している。また符号N3は第2磁性層23cの{111}面内の最近接原子間距離を示しており、符号N4は非磁性材料層24の{111}面内の最近接原子間距離を示している。N1、N2、N3及びN4は、磁歪増強層22と第1磁性層23aの界面、及び非磁性材料層24と第2磁性層23cの界面から離れた歪みの影響の少ないところで測定する。
【0102】
図3のように磁歪増強層22内と前記第1磁性層23a内との少なくとも一部の結晶及び、非磁性材料層24内と前記第2磁性層23c内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルな状態で結晶成長し、その結果、前記第1磁性層23a及び第2磁性層23cの結晶構造に歪みが生じ、第1磁性層23a及び第2磁性層23cの磁歪定数λsを大きくすることができる。
【0103】
なお、本発明では、第1磁性層23aと磁歪増強層22の界面付近で、第1磁性層23aを構成する原子と、磁歪増強層22を構成する原子の大部分が、及び、第2磁性層23cと非磁性材料層24の界面付近で、第2磁性層23cを構成する原子と、非磁性材料層24を構成する原子の大部分が、互いに重なり合う整合状態になっていればよい。例えば、図3に模式的に示すように、一部に、第1磁性層23aを構成する原子と、磁歪増強層22を構成する原子、及び第2磁性層23cを構成する原子と、非磁性材料層24を構成する原子が、重なり合わない領域があってもよい。また多結晶体を構成するうちの、一部の少数の結晶粒は非エピタキシャルな非整合状態であっても良い。
【0104】
次に、前記非磁性材料層24の材質について以下に説明する。
まず前記非磁性材料層24は、Cuよりも大きい格子定数を有していなければならないが、当然に第2磁性層23cの格子定数よりも大きい格子定数を有していないと、前記第2磁性層23cに対する磁歪増強効果が得られない。
【0105】
そこで、前記非磁性材料層24には、Cu、及び第2磁性層23cよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料を選択する。
【0106】
前記第2磁性層23cは、後述するようにCo系合金、Ni系合金やホイスラー合金で形成される。このような磁性材料からなる第2磁性層23cよりも大きい格子定数を有し、且つCuよりも大きい格子定数を得るには、前記非磁性材料層24は、Cu−X(ただし、元素Xは、Pt,Au,Pd,Ag,Ir,Rh,Ga,Ge,As,Sb,Sn,Zn,B,C,N,Si,Al,Pのうち1種または2種以上の材質が選択される元素)合金で形成されることが好ましい。
上記したCu−X合金は、第2磁性層23c及びCuよりも大きい格子定数を有する。
【0107】
ところで図1に示すCPP型磁気検出素子では、GMR効果にスピン依存バルク散乱が非常に重要な役割を演じている。本発明ではGMR効果に寄与する第2磁性層23cのスピン依存バルク散乱係数(β値)は正の値であることが好ましい。
【0108】
スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値となる磁性材料には、Co,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)を選択できる。
上記した磁性材料は、固定磁性層23を構成する第1磁性層23aに使用してもよい。
【0109】
本発明では、より好ましくは前記第2磁性層23cは、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成されることである。
【0110】
前記ホイスラー合金は、スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値であり、しかもホイスラー合金のスピン依存バルク散乱係数(β値)は比較的大きい値(具体的には0.7以上)を有する。ここでスピン依存バルク散乱係数(β値)には、ρ↓/ρ↑=(1+β)/(1−β)なる関係式が成り立っており、ρ↓は伝導電子のうちダウンスピンの伝導電子に対する比抵抗値であり、ρ↑は、伝導電子のうちアップスピンの伝導電子に対する比抵抗値である。
【0111】
前記スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値であると、ρ↓/ρ↑は1よりも大きくなる。すなわちρ↓>ρ↑なる関係を満たすから、強磁性層内を前記ダウンスピンの伝導電子は流れ難くあるいはシャットアウトされて前記ダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は短くなり(絶縁的な挙動を示す)、一方、アップスピンの伝導電子は流れやすくなり前記アップスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は延び(金属的な挙動を示す)、前記アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長の差は大きくなる。このような作用はスピン偏極性と呼ばれ、β値が高いホイスラー合金は、このスピン偏極性が強く働き、前記平均自由行程及びスピン拡散長の差をよりいっそう大きくすることが可能に成る。
【0112】
単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)は、アップスピン及びダウンスピンの伝導電子の各スピン拡散長の差に対して正の相関を示すため、前記スピン依存バルク散乱係数(β値)を大きくしたことによりアップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子のスピン拡散長の差の拡大によって単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)を増大でき、高記録密度化に適切に対応可能な磁気検出素子を製造することが出来る。
【0113】
また、前記第2磁性層23cにスピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値となる磁性材料を選択した場合、第2磁性層23cと非磁性材料層24との界面でのスピン依存散乱係数(スピン依存界面散乱係数(γ値))は正の値であることが好ましい。
【0114】
よって、前記非磁性材料層24には、第2磁性層23c及びCuよりも格子定数が大きく、しかも第2磁性層23cとの界面でのスピン依存界面散乱係数(γ値)が正の値となる非磁性金属材料を選択することが好ましい。
【0115】
具体的には前記非磁性材料層24は、Cu−X(ただし、元素Xは、Pt,Au,Pd,Ag,Ir,あるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択される元素)合金で形成されることが好ましい。これにより前記非磁性材料層24と第2磁性層23cとのスピン依存界面散乱係数(γ値)を正の値にすることが出来る。
【0116】
また、前記非磁性材料層24に占めるCuの組成比は、50at%以上で99at%以下であり、残りの組成比が元素Xの組成比であることが好ましい。
【0117】
本発明では、非磁性材料層24は、Cuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成されることが第一義的に重要であるため、前記非磁性材料層24を、Cuを全く含まない非磁性金属材料で形成してもかまわない。
【0118】
しかし、上記したスピン依存界面散乱係数(γ値)が、非磁性材料層24にCuを選択したときほどではないが、Cuで形成した非磁性材料層24に比べて、さほどスピン依存界面散乱係数(γ値)の低下が大きくなく、しかもCuよりも大きい格子定数を有するべく、前記非磁性材料層24は、Cuを主体としたCu−X合金であることが好ましく、かかる場合、Cuの組成比は50at%以上で99at%以下であることが好ましい。これにより、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の大きいCPP型磁気検出素子を得ることが出来る。
【0119】
また、前記非磁性材料層24はスパッタ成膜されたものであることが好ましい。例えば、非磁性材料層24を構成するCu−X合金の元素XとしてAg等を選択したとき、Ag等は平衡状態ではCuへの溶解度が低く、CuとAg等とは適切に混ざらず、すなわち固溶体を形成しにくい。かかる場合、前記非磁性材料層24は、全体的にCuよりも大きい格子定数を有せず、前記第2磁性層23cの格子定数を適切に大きくすることが出来ない。
【0120】
しかし、元素XとしてAg等を選択した場合でも、前記非磁性材料層24を、成膜エネルギーが高いスパッタ成膜で形成することで、前記Ag等とCuは、均一に混ざり合い、非平衡状態の過飽和固溶体が形成されやすく、この結果、前記非磁性材料層24全体の格子定数をCuよりも大きい格子定数で形成することが可能になる。
【0121】
次に非磁性材料層24の膜厚について説明する。従来、前記非磁性材料層24をCuで形成していた場合、前記非磁性材料層24の膜厚を30Å〜40Å程度で形成していたが、前記非磁性材料層24をCuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成した結果、前記非磁性材料層24の比抵抗が増大した場合は、前記非磁性材料層24の膜厚を、従来に比べて薄く形成することが好ましい。これにより単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の増大を図ることが出来るし、またシールド層20,30間の狭小化を図ることも出来る。逆に前記非磁性材料層24の比抵抗が従来よりも低下する場合は、従来の非磁性材料層24の膜厚と同程度かあるいは若干厚めに形成することが好ましい。なお前記非磁性材料層24には、第2磁性層23cとフリー磁性層25間の磁気的な結合を防止する役割もあるので、ある程度の膜厚を確保することが必要である。本発明での前記非磁性材料層24の膜厚は20Å〜40Åの範囲内であることが好ましい。
【0122】
次に磁歪増強層22の材質について説明する。前記磁歪増強層22として必要な条件は、第1磁性層23aよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料である点である。上記した非磁性材料層24は単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接関与する層であるため、上記したように様々な条件が課せられ、材質の選択の余地は狭い。しかし、前記磁歪増強層22は単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接、寄与しない層なので、例えば前記磁歪増強層22と第1磁性層23aとの界面でのスピン依存界面散乱係数(γ値)が負の値になっても、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接的な影響は少ない。このため前記磁歪増強層22として選択できる材質の選択の余地は前記非磁性材料層24の場合に比べて広い。
【0123】
例えば前記磁歪増強層22には、前記非磁性材料層24と同様に、Cu−X(ただし、元素Xは、Pt,Au,Pd,Ag,Ir,Rh,Ga,Ge,As,Sb,Sn,Zn,B,C,N,Al,Si、Pのうち1種または2種以上の材質が選択される元素)合金や、Pt,Au,Pd,Ag,IrあるいはRh等の単体元素、あるいはスピン依存界面散乱係数(γ値)が負の値になるRu,Re,Mo,Wなどを単体元素として、あるいはCuとの合金を構成する一元素として選択してもよい。
【0124】
また前記磁歪増強層22は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されていてもよい。X−Mn合金は比抵抗が高いので非磁性材料層24の材質には不向きである。
磁歪増強層22の膜厚は、5Å以上50Å以下程度である。
【0125】
X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)からなる磁歪増強層22の膜厚がこの範囲内であると、磁歪増強層22の結晶構造は、成膜時の状態である面心立方構造(fcc)を維持しつづける。なお、磁歪増強層22の膜厚が、50Åより大きくなると、250℃以上の熱が加わったときに、磁歪増強層22の結晶構造がCuAuI型の規則型の面心正方構造(fct)に構造変態するので好ましくない。ただし、磁歪増強層22の膜厚が、50Åより大きくても、250℃以上の熱が加わらなければ、磁歪増強層22の結晶構造は、成膜時の状態である面心立方構造(fcc)を維持しつづける。
【0126】
また磁歪増強層22が前記X―Mn合金から成るとき、前記X−Mn合金中のX元素の含有量は45原子%以上99原子%以下であることが好ましい。X元素の含有量がこの範囲内であると、前記第1磁性層23aの磁歪が大きな値をとりつつ安定化する。
【0127】
また磁歪増強層22及び非磁性材料層24は、前記第1磁性層23a側の界面付近あるいは全領域において、及び前記第2磁性層23c側の界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0128】
一方、前記第1磁性層23aは、前記磁歪増強層22側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層23cは、前記非磁性材料層24側の界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0129】
上記のような結晶配向を有することで、第1磁性層23aを構成する原子と磁歪増強層22を構成する原子、及び第2磁性層23cを構成する原子と非磁性材料層24を構成する原子が互いに重なりあいやすくなり、磁歪増強層22内及び非磁性材料層24内の結晶と固定磁性層23内の結晶はエピタキシャルな状態で成長しやすい。
【0130】
また本発明では、前記第1磁性層22aは、前記磁歪増強層22側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層23cは、前記非磁性材料層24側の界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであってもよい。
【0131】
かかる場合、磁歪増強層22及び非磁性材料層24は、前記第1磁性層23a側の界面付近あるいは全領域において、及び前記第2磁性層23c側の界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0132】
bcc構造を有する結晶の{110}面として表される等価な結晶面の原子配列とfcc構造を有する結晶の{111}面として表される等価な結晶面の原子配列は類似しており、bcc構造を有する結晶とfcc構造を有する結晶を、各々の原子が重なり合った整合状態、いわゆるヘテロエピタキシャルな状態にすることができる。
【0133】
図5は図1に示すCPP型磁気検出素子の多層膜T1の構造とは異なる多層膜T2の構造を示す模式図である。図5はフリー磁性層25を中心にその上下に非磁性材料層24,32が形成され、さらに前記非磁性材料層24の下に第1磁性層23a,非磁性中間層23b及び第2磁性層23cの人工フェリ構造からなる固定磁性層23が、前記非磁性材料層32の上に、第2磁性層34c,非磁性中間層34b及び第1磁性層34aの人工フェリ構造からなる固定磁性層34が形成され、さらに前記固定磁性層23,34の上下に磁歪増強層22,35が形成され、下側に形成された磁歪増強層22の下面にはシードレイヤ21が形成され、上側に形成された磁歪増強層35の上面には保護層26が形成された、いわゆるデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造である。
【0134】
図6は、図1に示すCPP型磁気検出素子の多層膜T1の構造とは異なる多層膜T3の構造を示す模式図である。図6はシードレイヤ21上に、フリー磁性層25、非磁性材料層24、固定磁性層23(下から第2磁性層23c、非磁性中間層23b、及び第1磁性層23aの積層順で形成された人工フェリ構造)、磁歪増強層22、及び保護層26の順に積層された多層膜T3の構造である。図6に示す多層膜T3は、図1の多層膜T1とは逆積層であり、すなわちフリー磁性層25が固定磁性層23よりも下側にある積層タイプである。
【0135】
図5及び図6の磁気検出素子はいずれもCPP(current perpendicular to the plane)型であるから前記多層膜T2,T3の上下には、電極を兼ね備えたシールド層20,30が形成される(図1を参照)。
なお図5、図6では、磁歪増強層及び非磁性材料層の部分を斜線で示してある。
【0136】
図5及び図6の多層膜T2,T3の構造でも、固定磁性層23(34)を構成する第2磁性層23c(34c)と接する非磁性材料層24(32)は、Cuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成され、一方、前記固定磁性層23(34)を構成する第1磁性層23a(34a)の、前記非磁性材料層24(32)側と反対側の面には磁歪増強層22(35)が前記第1磁性層23a(34a)に接して形成され、前記固定磁性層23(34)の上下面が前記磁歪増強層22(35)と、Cuよりも格子定数が大きい非磁性材料層24(32)とによって挟まれた形態となっている。
【0137】
これによって前記固定磁性層23(34)の磁歪を上下方向から大きくすることが可能になり、磁気弾性効果がより適切に発揮されて前記固定磁性層23(34)全体を、より強固に磁化固定することが出来る。これにより、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層23(34)の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、ESD等による固定磁性層23の反転を起きにくくすることも出来、磁気ヘッドの性能及び信頼性を向上させることが出来る。
【0138】
なお磁歪増強層や非磁性材料層の材質、及び固定磁性層の材質、さらには結晶配向性等は図1で説明した通りであるのでそちらを参照されたい。
【0139】
図7は、図1に示すCPP型磁気検出素子の多層膜T1の構造とは異なる多層膜T4の構造(第4実施形態の構造)を示す模式図である。
【0140】
まず図8及び図9の多層膜T5,T6の構造から説明する。図8の多層膜T5の構造、及び図9の多層膜T6の構造は、いずれも比較例である。
【0141】
図8の多層膜T5の構造では、下からシードレイヤ21、第1反強磁性層50、固定磁性層51、非磁性材料層52、フリー磁性層53、Cuで形成された非磁性材料層54、固定磁性層55、第2反強磁性層56、固定磁性層57、非磁性材料層58、フリー磁性層59、非磁性材料層60、固定磁性層61、第3反強磁性層62、及び保護層26の順に積層されている。4つある固定磁性層はいずれも人工フェリ構造である。
【0142】
図8の多層膜T5の構造では、最も下に形成された第1反強磁性層50から多層膜T5のほぼ中間に形成された第2反強磁性層56までの積層構造が第1のデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造(Dual 1)となっており、前記第2反強磁性層56から最も上に形成された第3反強磁性層62までの積層構造が第2のデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造(Dual 2)となっている。
【0143】
つまり図8の多層膜T5は、デュアルスピンバルブ型薄膜素子の2階建て構造となっている。
【0144】
スピン依存バルク散乱効果を利用するCPP型磁気検出素子においては、図8に示した多層膜T5の構造であってもGMR効果を得られるが、しかし図8の構造では、非常に膜厚が厚く比抵抗が高い反強磁性層50が3層も存在することから、発熱源となる前記反強磁性層50からのジュール熱によって格子振動やエレクトロマイグレーションが生じ、これによってGMR効果や再生出力を適切に向上させることができない。
【0145】
一方、図9に示す多層膜T6の構造は、図8に示す反強磁性層50,56,62の部分を磁歪増強層63,64,65に置き換えた構造となっている。前記磁歪増強層63,64,65は例えばPtMn合金等である。図9に示す多層膜T6の構造では、固定磁性層51,55,57,61を構成する磁性層のうち、Cuで形成された非磁性材料層52,54,58,60から最も離れた第1磁性層51a,55a,57a,61aに磁歪増強層63,64,65を接して設け、逆磁歪効果を利用して前記固定磁性層23の一軸異方性を大きくし、自らの一軸異方性により前記固定磁性層23の磁化を固定するものである。
【0146】
図8の多層膜T5の構造に比べて図9の多層膜T6の構造のように、反強磁性層50,56,62を用いず膜厚の薄い磁歪増強層63,64,65に置き換えることで、GMR効果や再生出力の向上を図ることが出来る。
【0147】
しかし図9の構造でも、特に多層膜T6のほぼ中間に位置する磁歪増強層64は、その磁歪増強層64の上下のデュアルスピンバルブ構造(Dual 1とDual 2)を磁気的に分断するためにある程度、厚い膜厚で形成されなければならない。
【0148】
また前記磁歪増強層63,64,65に、PtMn合金等の比抵抗の比較的高い材質を選択した場合には、前記磁歪増強層63,64,65が、やはり発熱源となってしまう。このとき、前記多層膜T6のほぼ中心にある磁歪増強層64は、上下の電極からかなり離れた位置にあるため放熱効果が低く、前記磁歪増強層64からのジュール熱により格子振動やエレクトロマイグレーションの発生によるGMR効果及び再生出力の低下の問題を適切に解消できない。また図9の構造では、固定磁性層51,55,57,61を構成する磁性層のうち第1磁性層51a,55a,57a,61aの磁歪定数λsしか適切に大きくならない。すなわちCuで形成された非磁性材料層52,54,58,60に接する第2磁性層51c,55c,57c,61cの磁歪定数λsを適切に増強することは出来ない。よってCPP型磁気検出素子であることを利用して、固定磁性層51,55,57,61の磁歪定数λsをもっと大きく出来る構造が望まれる。
【0149】
そこで図7のような形態を提供する。図7の実施形態の多層膜T4では、多層膜T4の中央には9層からなる固定磁性層を設け、その上下に非磁性材料層、フリー磁性層、非磁性材料層、固定磁性層、磁歪増強層を設けた構成である。
【0150】
図7に示すように、シードレイヤ21上には磁歪増強層63、固定磁性層51、非磁性材料層52、フリー磁性層53、非磁性材料層54の順に積層される。
【0151】
図9では、前記非磁性材料層54の上に、磁歪増強層64を介して磁気的に分断された2つの固定磁性層55,57が形成されるが、図7では、前記非磁性材料層54の上に、多層構造の固定磁性層66を1つだけ設ける。
【0152】
前記固定磁性層66は、3つの磁性層66a1,66a2,66a3と各磁性層間に介在した磁歪増強層66dとの五層構造で第1磁性層66aが構成される。前記磁歪増強層66dは非常に薄い膜厚で、各磁性層間を磁気的に分断せず前記磁性層間に強磁性結合が作用する。この結果、各磁性層66a1,66a2,66a3はすべて同じ方向に磁化される。
【0153】
前記第1磁性層66aの上下にはRu等の非磁性中間層66b,66bを介して第2磁性層66c1,66c2が形成される。図7の実施形態では、全部で9層の積層構造による固定磁性層66が形成される。
【0154】
固定磁性層66の下に設けられた非磁性材料層54、及び固定磁性層51の上に設けられた非磁性材料層52は、いずれもCuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成される。
【0155】
図7に示す、前記固定磁性層66の上の膜構成は、非磁性材料層58、フリー磁性層59、非磁性材料層60、固定磁性層61、磁歪増強層65及び保護層26の順に積層されている。
【0156】
前記非磁性材料層58及び60も、いずれもCuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成される。
【0157】
図9では多層膜T6のほぼ中間に、磁気的に分断された2つの固定磁性層55,57が存在していたが、図7では、前記固定磁性層55,57を多層膜T4のほぼ中間で1つの固定磁性層66として構成したものである。図7のように前記固定磁性層66を構成する第1磁性層66aを、3つの磁性層に分断し、その間に非常に薄い膜厚の磁歪増強層66dを介在させることで、前記第1磁性層66aの磁歪定数を大きく出来るとともに、図9の場合のように、磁気的分断のため比較的厚い膜厚で形成された磁歪増強層64の形成が必要ない。
【0158】
また図7の構成では、前記非磁性材料層52,54,58,60をCuよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料で形成したことで、前記第2磁性層51c,66c1,66c2,61cの磁歪定数を適切に大きく出来る。
【0159】
よって図7の構成では図9に比べて、さらに発熱源となる層を無くし、ジュール熱の発生による格子振動やエレクトロマイグレーションによるGMR効果の低下を抑制できると共に、前記固定磁性層66をより適切に磁化固定でき、GMR効果及び再生出力の向上と安定化を図ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0160】
【図1】本発明の第1実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た断面図、
【図2】図1に示された磁気検出素子の平面図、
【図3】磁歪増強層と固定磁性層を構成する第1磁性層、及び非磁性材料層と固定磁性層を構成する第2磁性層が整合しつつ、歪みが生じている状態を示す模式図、
【図4】図1の部分模式図、
【図5】本発明の第2実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図6】本発明の第3実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図7】本発明の第4実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図8】図7に対する比較例の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図9】図7に対する比較例の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図10】従来のCPP型磁気検出素子を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【符号の説明】
【0161】
20 下部シールド層
21 シードレイヤ
22、35、63、65、66d 磁歪増強層
23、34、66 固定磁性層
23a 第1磁性層
23b 非磁性中間層
23c 第2磁性層
24、32、52、54、58、60 非磁性材料層
25、53、59 フリー磁性層
26 保護層
30 上部シールド層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定磁性層と、非磁性材料層と、フリー磁性層とが積層されている多層膜を有し、前記多層膜の各層の膜面と垂直方向に電流が流れる磁気検出素子において、
前記固定磁性層は、複数の磁性層が非磁性中間層を介して積層されたものであり、
前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成されている第1磁性層の、前記非磁性材料層側と反対側の面には、非磁性金属製の磁歪増強層が前記第1磁性層に接して設けられ、
前記複数の磁性層のうち前記非磁性材料層に最も近い位置に形成された第2磁性層は、前記非磁性材料層と接して設けられ、
前記非磁性材料層は、Cuよりも格子定数が大きい非磁性金属材料で形成され、
前記固定磁性層は、その上下面が前記磁歪増強層と前記非磁性材料層とに挟まれており、
前記磁歪増強層内と前記第1磁性層内との少なくとも一部の結晶、及び前記非磁性材料層内と前記第2磁性層内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態であり、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されていることを特徴とする磁気検出素子。
【請求項2】
前記非磁性材料層は、Cu−X(ただし、元素Xは、Pt,Au,Pd,Ag,Ir,Rh,Ga,Ge,As,Sb,Sn,Zn,B,C,N,Al,Si、Pのうち1種または2種以上の材質が選択される元素)合金で形成される請求項1記載の磁気検出素子。
【請求項3】
前記非磁性材料層と前記第2磁性層との界面のスピン依存界面散乱係数(γ値)は正の値である請求項2記載の磁気検出素子。
【請求項4】
元素Xには、Pt,Au,Pd,Ag,IrあるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択される請求項3記載の磁気検出素子。
【請求項5】
前記非磁性材料層に占めるCuの組成比は50at%以上で99at%以下であり、残りの組成比が元素Xの組成比である請求項2ないし4のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項6】
前記非磁性材料層は、スパッタ成膜されたものである請求項1ないし5のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項7】
前記第2磁性層は、正のスピン依存バルク散乱係数(β値)を有する請求項1ないし6のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項8】
前記第2磁性層の少なくとも一部は、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成される請求項7記載の磁気検出素子。
【請求項9】
前記第2磁性層の少なくとも一部は、Co,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)からなる磁性材料で形成される請求項7記載の磁気検出素子。
【請求項10】
前記磁歪増強層は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されている請求項1ないし9のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項11】
前記磁歪増強層は、前記第1磁性層側の界面付近あるいは全領域において、及び前記非磁性材料層は、前記第2磁性層側の界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし10のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項12】
前記第1磁性層は、前記磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層は、前記非磁性材料層側の界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし11のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項13】
前記第1磁性層は、前記磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または第2磁性層は、前記非磁性材料層側の界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし11のいずれかに記載の磁気検出素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−5277(P2006−5277A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−182286(P2004−182286)
【出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(000010098)アルプス電気株式会社 (4,263)
【Fターム(参考)】