説明

磁気記録ヘッド及び磁気記録再生装置

【課題】高周波磁界アシスト記録方式において、低電流でも安定した発振が得られるスピントルク発振器を実現し、高記録密度を可能とする磁気記録ヘッドを提供する。
【解決手段】高周波磁界を発する発振器110を備える磁気記録ヘッドにおいて、二層の磁性層112a,112bが反平行方結合した積層構造のスピン注入層構造112を用いる。二層の磁性層のうち、高周波磁界発生層111に近い第一の磁性層112aの飽和磁化Msと膜厚tとの積Ms×tは、高周波磁界発生層から遠い第二の磁性層112bのMs×tよりも小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体に対し高周波磁界を印加することにより磁化反転を誘導する機能を有する磁気記録ヘッド、及びその磁気記録ヘッドを搭載した磁気記録再生装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、HDD(Hard Disk Drive)などの磁気記録再生装置においては、年率40%程度の急速な記録密度の増加が求められており、2012年頃には面記録密度は1平方インチあたり1テラビット(Tb/in2)、2014年頃には2テラビットに達すると予想されている。面記録密度の向上には、磁気記録ヘッド及び再生ヘッドの微細化と磁気記録媒体の粒径の微細化が必要である。しかし、磁気記録ヘッドの微細化により記録磁界強度は減少するため、記録能力不足の問題化が予測される。また、磁気記録媒体の粒径が微細化すると熱揺らぎの問題が顕在化するため、粒径の微細化と同時に保磁力や異方性エネルギーを増加させる必要があり、結果的に記録が困難になる。したがって、面記録密度の向上には記録能力の向上が鍵である。そこで、熱や高周波磁界の印加により記録時のみ一時的に磁気記録媒体の保磁力を低下させるアシスト記録が提案されている。
【0003】
高周波磁界印加による方式は、「マイクロ波アシスト記録(MAMR)」という名称のもとに、近年着目されている。MAMRでは、強力なマイクロ波帯の高周波磁界をナノメートルオーダーの領域に印加して記録媒体を局所的に励起、磁化反転磁界を低減して情報を記録する。磁気共鳴を利用するため、記録媒体の異方性磁界に比例する周波数の高い高周波磁界を用いないと、大きな磁化反転磁界の低減効果は得られない。特許文献1には、高周波アシスト磁界を発生させるためのGMR素子(巨大磁気抵抗効果素子)に類似する構造の積層膜を電極で挟んだ構造の高周波発振器が開示されている。この高周波発振器は、GMR構造に発生するスピン揺らぎをもつ伝導電子を非磁性体を介して磁性体に注入することにより微小な領域に高周波振動磁界を発生することができる。非特許文献1には、垂直磁気記録ヘッドの主磁極に隣接させて、スピントルクによって高速回転する高周波磁界発生層(Field Generation Layer:以下、FGLと略)を配置してマイクロ波(高周波磁界)を発生せしめ、磁気異方性の大きな磁気記録媒体に情報を記録する技術が開示されている。さらに、非特許文献2には、発振器を磁気記録ヘッドの主磁極と主磁極後方のトレーリングシールドの間に配置し、高周波磁界の回転方向を記録磁界極性に応じて変化させることにより、磁気記録媒体の磁化反転を効率的にアシストする技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-025831号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Microwave Assisted Magnetic Recording: J-G. Zhu et.al, IEEE trans. Magn., Vol.44, No.1, p.125 (2008)
【非特許文献2】Medium damping constant and performance characteristics in microwave assisted magnetic recording with circular as field: Y. Wang, et. al, Jornal of Applied Physics, vol.105, p.07B902 (2009)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、磁気記録において要求される記録密度は1Tb/in2を超える程度になっており、MAMRでこの程度の記録密度を実現する場合には、強力な高周波磁界をナノメートルオーダーの領域に照射して磁性記録媒体を局所的に磁気共鳴状態にし、磁化反転磁界を低減して情報を記録する必要がある。非特許文献1や2に開示された技術を用いれば、1Tb/in以上の記録密度を実現できる可能性があることが報告されている。このためMAMRでは、磁気記録ヘッドの発振器から高強度で且つ高周波な磁界を発生させることが重要となる。
【0007】
先述したスピントルクを利用した発振器(STO)では、発振器に電流を印加することにより磁性体からなるFGLに電子スピンによるトルク、いわゆるスピントルクを与えることで、FGLの磁化が高周波で発振する現象を用い、これにより発生する高周波磁界を用いる。FGLにスピントルクを与えるためには電子スピンの向きを揃える必要があり、発振器のFGLの近傍にスピン注入層を設ける。このスピン注入層は磁化の方向が一方向に揃えられているため、ここを通過する電子スピンは一方向に揃えられることになる。このように方向の揃った電子スピンがFGLに流入することにより、FGLにトルクを与えることが可能となる。更にこのスピントルクが、FGLの異方性や外部からの磁界等と均衡した状態を実現することによりFGLの磁化が発振するのである。
【0008】
アシスト効果の向上や高密度での記録を行うためには10GHzを超える高い周波数のアシスト磁界が必要となる。FGLの異方性を高めたり、外部磁界、例えば主磁極から発振器に印加される磁界(ギャップ磁界)を高めることにより発振周波数を高めることが可能になるが、発振を励起するためには、これらの磁界に見合うスピントルクを与えなければならない。しかしながら、スピントルクを高めるために発振器への印加電流を増大させると、素子の発熱やマイグレーション、更には素子破壊などが生じてしまう。そのため、低い電流で如何に効率的にスピントルクを発生させるかが課題である。
【0009】
また、記録を効率的に行うため、主磁極からの記録磁界の反転に伴い発振器のスピン注入層の磁化方向を反転させて動作させる必要が生じるが、方向や強度が変化する主磁極からの漏洩磁界に対し、スピン注入層の磁化を容易に反転させながら且つ安定した状態を実現する必要がある。
【0010】
本発明は、高周波磁界を発生する発振器を用いる方式のマイクロ波アシスト記録において、発振器の構成を改良することにより、低い発振電流でも高周波で安定した発振を実現し、且つ記録磁界の高速反転に対し追従性が高く、また安定した発振器を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では、マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)方式用磁気記録ヘッドのマイクロ波発振器(STO)として、二層の磁性層の磁化が反平行結合した積層構造のスピン注入層構造を備える。このとき、二層の磁性層のうち、FGLに近い第一の磁性層の飽和磁化Msと膜厚tとの積Ms×tを、FGLから遠い第二の磁性層のMs×tよりも小さく設定する。また、第一の磁性層の異方性磁界は、第二の磁性層の異方性磁界よりも大きい。
【0012】
FGLに対し、磁化が反平行結合した積層構造の第一のスピン注入層構造とは反対側に、磁化方向が第一の磁性層の磁化とは反対向きの第二のスピン注入層構造を設けてもよい。
【0013】
第一のスピン注入層構造の磁化方向や、第二のスピン注入層構造の磁化方向は、主磁極からの漏洩磁界により反転する。
電流は、FGLから第一のスピン注入層構造に向けて流す。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、安定した発振を得るための発振器への印加電流を低減することが可能となる。このため、発振器の信頼性向上や長寿命化を実現することができる。また、高速に反転する記録磁界に対し追従性が高く、且つ安定した発振器を提供することができる。これにより、本発明の発振器を用いたマイクロ波アシスト記録方式、及びその方式を用いた磁気記録装置の安定化や高速記録化などの高性能化を実現することが可能となる。
【0015】
上記した以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明による磁気記録再生ヘッドの一例を示す断面模式図。
【図2】媒体対向面から見た主磁極、トレーリングシールド及び発振器の構成例を示す模式図。
【図3】従来の発振器の構成を示す模式図。
【図4】スピン注入層構造の磁性層の異方性磁界と動作可能磁界範囲との関係図。
【図5】スピン注入層構造の磁性層の異方性磁界と磁化反転磁界との関係図。
【図6】スピン注入層構造の磁性層の異方性磁界と磁化反転磁界との関係図。
【図7】媒体対向面から見た主磁極、トレーリングシールド及び発振器の他の構成例を示す模式図。
【図8】媒体対向面から見た主磁極、トレーリングシールド及び発振器の構成例を示す模式図。
【図9】媒体対向面から見た主磁極、トレーリングシールド及び発振器の構成例を示す模式図。
【図10】磁気記録装置の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。理解を容易にするため、以下の図において同じ機能部分には同一の符号を付して説明する。
【0018】
〔実施例1〕
図1に、本発明の一実施例による磁気記録再生ヘッドの断面模式図を示す。磁気記録再生ヘッドは、記録ヘッド部100と再生ヘッド部200から構成される記録再生分離ヘッドである。記録ヘッド部100は高周波磁界を発生するための発振器110、記録ヘッド磁界を発生するための主磁極120、主磁極120に磁場を励磁するためのコイル140、及び副磁極130aを有する。さらに、本実施例では、主磁極120のトレーリング方向にトレーリングシールド130bを設けているが、トレーリングシールドは必ずしも設ける必要はない。ここで、トレーリング方向はヘッドの媒体に対する進行方向と反対の方向であり、リーディング方向はヘッドの媒体に対する進行方向であると定義している。また、図1には示していないが、主磁極120のトラック幅方向の外側にサイドシールドを設けてもよい。サイドシールドは主磁極120の両側に設けてもよいし、外側と内側のどちらか一方にだけ設けてもよい。再生ヘッド部200は再生センサ210、下部磁気シールド220、及び上部磁気シールド230から構成される。図1には示していないが、再生センサ210のトラック幅方向の外側にサイドシールドを設けてもよい。また、参考のため、磁気記録媒体300を図中に示している。本実施例では、磁気記録媒体300に対する磁気記録再生ヘッドの進行方向から見て、再生ヘッド部200が先頭で記録ヘッド部100が後方の配置であるが、ヘッドの進行方向から見て記録ヘッド部100が先頭で再生ヘッド部200が後方になるように配置を逆転した構成であってもよい。
【0019】
図2に、記録ヘッド部100の一部である主磁極120と発振器110、及びトレーリングシールド130bの媒体対向面構造を示す。主磁極120上に形成されたスピントルク発振器(STO)110は、高周波磁界発生層(FGL)111とFGL111へのスピントルク付与のための第一のスピン注入層構造(SIL1)112、及びそれらの間に配置された第一の中間層113aからなる。スピントルク発振器110と主磁極120、又はトレーリングシールド130bとの間にはスペーサー層114a,114bが配置されていてもよい。
【0020】
ここで、スピントルク発振器の動作原理を説明する。コイル140により主磁極120を励磁することにより、主磁極120から記録媒体300に向け記録磁界が発生するが、同時に主磁極120からトレーリングシールド130bへ漏洩磁界(ギャップ磁界)が発生する。このギャップ磁界は主磁極120とトレーリングシールド130bとの間に配置された発振器110にも印加され、その磁界方向は発振器110の層厚方向が主となり、FGL111の磁化も同方向へ傾斜することになる。ここで発振器110に例えば電流源151等を用いて電流を印加することにより、スピン注入層構造112からFGL111へ入射又は反射のスピンを与え、ギャップ磁界と逆向きのスピントルクを付与することでギャップ磁界と発振電流トルクとの均衡がとれた状態となる。この状態においてFGL111の磁化が発振し、高周波のアシスト磁界を発生することが出来る。この高周波アシスト磁界を利用し、主磁極120からの記録磁界と合わせて記録媒体300に印加することにより、アシスト記録を行うのである。
【0021】
本実施例では、スピン注入層構造(SIL)112は二層の磁性層112a,112bとその間に配置された結合中間層112cからなる積層磁性層構造としている。この二層の磁性層112a,112bの磁化は結合中間層112cを介して磁気的に反平行の結合状態となっており、互いの磁化が反対方向を向いている。本構成では反平行に結合した二層の磁化はそれぞれ層厚(垂直)方向の異方性を有しているとしているが、層内(面内)方向の異方性を有していても、またそれらの組合せの異方性を有していてもよい。またここで反平行結合とは二層の磁化が完全に反平行な方向に結合しているものが望ましいが、二層の磁化方向の主成分が同一方向ではなく反対方向の関係に結合しているものでもよい。
【0022】
ここで二層の磁性層のうちFGL111に近い方を第一の磁性層(SIL11)112a、遠い方を第二の磁性層(SIL12)112bとし、各磁性層の飽和磁化Msと層厚tとの積Ms×tをそれぞれMs×t_SIL11,Ms×t_SIL12とした時、本実施例の反平行に結合した積層磁性層構造のスピン注入層構造112は以下の関係を満たすものとする。
【0023】
Ms×t_SIL11<Ms×t_SIL12 …(1)
【0024】
例えば図3に示す従来例のような単層のスピン注入層構造112では、その磁化方向はギャップ磁界の方向と同一方向となる。この場合、ギャップ磁界と均衡するスピントルクを与えるためには、発振電流をスピン注入層構造112からFGL111へと印加し、FGL111からスピン注入層構造112に流れた電子スピンがスピン注入層構造112にて反射してFGL111に流入する、いわゆる反射スピンを用いることになる。しかしながら反射スピンを利用する場合は、電流印加方向に応じて電子スピンがスピン注入層構造112からFGL111に流入する、いわゆる入射スピンに比べ、印加電流に対するスピントルク効率が低く、所望のスピントルクを得るためには大きな発振電流が必要となってしまう。このため大きな発振電流を印加した場合は、発熱やエレクトロマイグレーションにより発振器の特性劣化や素子破壊等が懸念される。
【0025】
一方、スピン注入層構造112に反平行結合した二層の磁性層を用い、且つ式(1)の関係を満たした場合、Ms×tが大きい第二の磁性層112bの磁化はギャップ磁界と同一方向に向く。また、これと反平行結合した第一の磁性層112aの磁化は、ギャップ磁界と反対方向に向くことになる。FGL111へのスピントルクは第一の中間層113aを介した第一の磁性層112aが支配的となるため、FGL111からスピン注入層構造112へ電流を印加することにより(電流方向150)、ギャップ磁界と反対の磁化方向の第一磁性層112aから入射スピンをFGL111へ印加することが可能になる。これにより、FGL111へ印加した発振電流に対し効率的にスピントルクを与えることができる。
【0026】
図4に、第一のスピン注入層構造112の層厚方向に磁界を印加した場合の動作可能磁界範囲をエネルギー計算により算出した結果を示す。ここで動作可能磁界範囲とは、第一の磁性層112a及び第二の磁性層112bの各磁化が反転し、且つ反平行な結合を維持している状態を実現する外部磁界範囲である。換言すると、動作可能磁界範囲より大きな外部磁界が印加されると、第一の磁性層112aの磁化と第二の磁性層112bの磁化は同じ向きを向いてしまう。実際の記録ヘッド動作では、記録の効率化のため記録磁界の方向と合わせてスピン注入層構造の磁化方向を変化させることが望ましい。そのためにはスピントルク発振器に印加されるヘッドギャップ磁界よりもスピン注入層構造の磁化反転磁界が小さくなる領域で用いることが望ましい。横軸は、第一の磁性層112aと第二の磁性層112bの層厚方向の異方性(垂直異方性)Hkの差(ΔHk)である。ここで第一の磁性層112aは飽和磁化Ms1=796emu/cc、膜厚t1=3nm、第二の磁性層112bはMs2=796emu/cc、t2=6nmとし、それぞれの層厚方向の垂直異方性Hkを11〜16kOeとした。また、第一の中間層113aを介した両磁性層の反平行結合力は−2erg/cm2とした。
【0027】
図4(a)〜(e)は、スピン注入層構造の第一の磁性層の異方性Hkを11〜15kOeまで変化させた場合の図、図4(f)はそれらを重ねた場合の図である。なお、本計算では外部印加磁界を1kOeの単位で変化させている。より細かい単位で変化させることでより精細な計算結果が得られるが、本発明の特徴を示す上では十分と判断した。図4(f)に示すように、第一の磁性層112aのHkと第二の磁性層112bのHkとの差が大きくなるにつれ、動作可能磁界範囲が増大することがわかる。例えば第一の磁性層のHkが第二の磁性層のHkよりも大きい条件では、3kOe以上もの動作可能磁界範囲が得られる。このように安定したスピン注入層動作を実現するためには、反平行に結合した第一のスピン注入層構造112の第一の磁性層112aのHkが第二の磁性層112bのHkよりも大きい、つまり以下の関係とすることが望ましい。
【0028】
Hk_SIL11−Hk_SIL12>0(ΔHk>0) …(2)
【0029】
図5(a)〜(e)及び図6(a)〜(e)に、第一のスピン注入層構造112に関し、図4と同様のエネルギー計算を行い、第一のスピン注入層構造の層厚方向に磁界を印加した場合に各磁性層磁化が反転する反転磁界を第一、及び第二の磁性層の各Hkに対して算出した結果を示す。図5(f)及び図6(f)は、それらを重ねた場合の図である。
【0030】
スピン注入層磁化の反転磁界は、図5(f)のように第一の磁性層112aのHkを変化させても殆ど変化しないのに対し、図6(f)に示すように第二の磁性層112bのHkに対しては大きく依存することがわかる。第二の磁性層112bは第一の磁性層112aよりもMs×tが大きいため、外部磁界を印加した場合に第二の磁性層112bの磁化が外部磁界方向に向き、第一の磁性層112aの磁化はそれと反対方向に向くことになる。つまり、第二の磁性層112bの磁化は磁化方向を決める主要因であり、また磁化の反転磁界を決める支配的要因でもある。そのため、この第二の磁性層112bのHkを小さくすることにより、より小さな外部磁界でも磁化反転を可能にすることができる。例えば5kOeのヘッド漏洩磁界(ギャップ磁界)では、第二の磁性層112bの異方性磁界Hkを12kOe以下にすることが望ましい。逆に、第一の磁性層112aはスピントルク注入源であるため、その磁化方向は安定であることが望ましく、そのため大きな異方性磁界Hkが要求される。この観点からも第一と第二の磁性層の異方性磁界Hkは式(2)の関係を満たすことが望ましい。
【0031】
以上のように反平行結合した積層構造の第一のスピン注入層構造112において、式(2)の関係を満たす構成とすることで、動作可能磁界範囲を広げることができ、また低いギャップ磁界におけるスピン注入層磁化の反転が可能となる。これにより、主磁極120磁界の反転に対する発振器110のスピン注入層磁化の反転の追従性、及び安定性が高まり、より高速で、且つ高密度な記録が可能となる。
【0032】
次に、発振器の具体的な構成例を示す。第一のスピン注入層構造112の磁化方向は、膜面に垂直方向とすることで、より効果的なFGL111の発振が得られる。このため、スピン注入層構造112の磁性層112a,112bには垂直磁気異方性を有する磁性材料を用いることが有効で、例えばCoPt,CoCrPt,CoPd,FePt,CoFePd,TbFeCoなどの合金や、Co/Pt,Co/Pd,Co/Niなどの多層膜などを用いることができる。また、主磁極120からトレーリングシールド130bへのギャップ磁界を用いてスピン注入層の磁性層磁化を膜面垂直方向に固定することも可能であり、その場合には垂直磁気異方性を有する膜の他に、面内磁気異方性膜を用いてもよい。特に、スピン注入効率を向上させる観点からは、第一の磁性層112aとして用いる面内磁化膜としては、ホイスラー合金や、CoFeBなどが好ましい。
【0033】
第一の磁性層112aと第二の磁性層112bの間の結合中間層112cには、2つの磁性層を反平行方向に結合させる非磁性材料としてRu,Rh,Ir,Cu等を用いることができる。特に高い反平行結合力を得るためにはRuを用いることが望ましい。なお、これら非磁性の結合中間層112cにより磁気的に結合した第一と第二の磁性層112a,112bの磁化は反平行状態であることが望ましいが、完全に反平行状態ではなくても本発明の効果は得られる。
【0034】
FGL111には、高い磁界強度を得るため高飽和磁化磁性材料を用いる。具体的には、Co,Fe又はこれらを含む合金材料がある。また、スピン注入層構造の磁性層と同様にスピン注入効率の高い材料として、CoFeGe,CoMnGe,CoFeAl,CoFeSi,CoMnSi,CoFeSiなどのホイスラー合金が挙げられる。更に、Co/FeやCo/Irなどの負の垂直異方性を示す材料を用いてもよい。
【0035】
発振器110と主磁極120やトレーリングシールド130bとの間のスペーサー層114a,114bには、それぞれの磁気的結合力の制御や距離の制御のために非磁性材料が用いられる。また、発振器110の下側に設けられたスペーサー層114aの材料は、その上の発振器用膜形成のための下地層としての目的でも選択できる。なお、スペーサー層を用いずに、発振器110と主磁極120やトレーリングシールド130bが直接接合した構成も可能である。
【0036】
なお、本実施例は図7に示すように、主磁極120とトレーリングシールド130bの間において、FGL111と第一のスピン注入層構造112の層厚方向の位置が反転した構成としても同様の効果が得られる。
【0037】
以上のように、本実施例によれば、安定した発振を得るための発振器への印加電流を低減することが可能となる。このため、発振器の信頼性向上や長寿命化を実現することができる。また、高速に反転する記録磁界に対し追従性が高く、且つ安定した発振器を提供することができる。これにより、マイクロ波アシスト記録方式、及びその方式を用いた磁気記録装置の安定化や高速記録化などの高性能化を実現することが可能となる。
【0038】
〔実施例2〕
図8は、本発明の第二の実施例による磁気記録再生ヘッドを示す図であり、媒体対向面から見た主磁極、トレーリングシールド及び発振器構成の模式図である。
【0039】
本実施例は、図2に示した構成において、FGL111に対し反平行結合した第一のスピン注入層構造(SIL1)112とは反対の位置に、第二の中間層113bを介して第二のスピン注入層構造(SIL2)115が配置された構造である。第二のスピン注入層構造115は単層の構造とするのが好ましい。また、第二のスピン注入層構造115は積層構造とすることもできるが、その場合には結合等により各層の各磁化が同一方向を向いた構造とする。これによりギャップ磁界が印加された場合、第一のスピン注入層構造112の第一の磁性層112aの磁化方向と第二のスピン注入層構造115の磁化方向は互いに逆向きの関係となる。
【0040】
ここで第二のスピン注入層構造115から第一のスピン注入層構造112の方向に電流を印加することにより、FGL111に対しては第一のスピン注入層構造112の第一の磁性層112aからの入射スピンに加え、第二のスピン注入層構造115からの反射スピンが流入することになる。両者はそれぞれ同一方向のスピントルクをFGL111に与えるため、FGL111の磁化をより効果的に発振させることが可能となる。
【0041】
第二のスピン注入層構造115の材料としては、第一のスピン注入層構造112と同様に垂直磁気異方性を有する磁性材料を用いることが有効で、例えばCoPt,CoCrPt,CoPd,FePt,CoFePd,TbFeCoなどの合金やCo/Pt,Co/Pd,Co/Niなどの多層膜などが挙げられる。第二のスピン注入層構造115は、主磁極120からの漏洩磁界よりも小さい反転磁界を有し、主磁極120からの漏洩磁界により磁化方向が反転する。
【0042】
なお、図9に示すように、主磁極120やトレーリングシールド130bに対し第一のスピン注入層構造112、第二のスピン注入層構造115、及びFGL111の配置が反転した構造を用いても同様の効果が得られる。
【0043】
〔実施例3〕
図10は、磁気記録装置を示す模式図であり、図10(a)は上面図、図10(b)はそのA−A′での断面図である。
【0044】
磁気記録媒体(磁気ディスク)300は回転軸受け404に固定され、モータ401により回転する。図10では3枚の磁気ディスク、6本の磁気ヘッドを搭載した例について示したが、磁気ディスクは1枚以上、磁気ヘッドは1本以上あればよい。磁気記録媒体300は、円盤状をしており、その両面に記録層を形成している。スライダ402は、回転する記録媒体面上を略半径方向移動し、先端部に実施例1,2に示した磁気記録ヘッドを備える磁気ヘッドを有する。サスペンション406は、アーム405を介してロータリアクチユエータ403に支持される。サスペンション406は、スライダ402を磁気記録媒体300に所定の荷重で押しつける又は引き離そうとする機能を有する。ロータリアクチュエータ403によってアーム405を駆動することにより、スライダ402に搭載された磁気ヘッドは、磁気記録媒体300上の所望トラックに位置付けられる。
【0045】
磁気ヘッドの各構成要素を駆動するための電流は、ICアンプ411から配線407を介して供給される。記録ヘッド部に供給される記録信号や再生ヘッド部から検出される再生信号の処理は、リードライト用のチャネルIC410により実行される。また、磁気記録再生装置全体の制御動作は、メモリ409に格納されたディスクコントロール用プログラムをプロセッサ408が実行することにより実現される。従って、本実施例の場合には、プロセッサ408とメモリ409とがいわゆるディスクコントローラを構成する。
【0046】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0047】
100:記録ヘッド部
110:スピントルク発振器(STO)
111:高周波磁界発生層(FGL)
112:第一のスピン注入層構造(SIL1)
112a:第一の磁性層
112b:第二の磁性層
112c:結合中間層
113a:第一の中間層
113b:第二の中間層
114a,114b:スペーサー層
115:第二のスピン注入層構造(SIL2)
120:主磁極
130a:副磁極
130b:トレーリングシールド
140:コイル
150:電流方向
151:電流源
200:再生ヘッド部
210:再生センサ
220:下部磁気シールド
230:上部磁気シールド
300:磁気記録媒体
401:モータ
402:スライダ
403:ロータリアクチユエータ
404:回転軸受け
405:アーム
406:サスペンション
407:配線
408:プロセッサ
409:メモリ
410:チャネルIC
411:ICアンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録磁界を発生させる主磁極と、前記主磁極に近接して設けられた高周波磁界を発生する発振器とを有する磁気ヘッドにおいて、
前記発振器は第一のスピン注入層構造と高周波磁界発生層とを備え、
前記第一のスピン注入層構造は、前記高周波磁界発生層側から第一の磁性層、結合中間層、及び第二の磁性層を積層した積層構造を有し、前記第一の磁性層の磁化と前記第二の磁性層の磁化が反平行に結合し、前記第一の磁性層の飽和磁化と膜厚との積をMs×t_SIL11とし、前記第二の磁性層の飽和磁化と膜厚との積をMs×t_SIL12とするとき、次の関係を満たすことを特徴とする磁気ヘッド。
Ms×t_SIL11<Ms×t_SIL12
【請求項2】
請求項1記載の磁気ヘッドにおいて、前記第一の磁性層の異方性磁界をHk_SIL11、前記第二の磁性層の異方性磁界をHk_SIL12とするとき、次の関係を満たすことを特徴とする磁気ヘッド。
Hk_SIL11>Hk_SIL12
【請求項3】
請求項1又は2記載の磁気ヘッドにおいて、前記高周波磁界発生層から前記第一のスピン注入層構造に向けて電流を印加することを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項4】
請求項1又は2記載の磁気ヘッドにおいて、前記主磁極からの漏洩磁界により前記第一のスピン注入層構造の磁化方向が反転することを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項5】
請求項1又は2記載の磁気ヘッドにおいて、前記高周波磁界発生層に対し前記第一のスピン注入層構造とは反対側に第二のスピン注入層構造を有することを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項6】
請求項5記載の磁気ヘッドにおいて、前記第二のスピン注入層構造は単層構造又は磁化が同一の方向を向いた複数の磁性層を備える多層構造であることを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項7】
請求項6記載の磁気ヘッドにおいて、前記第二のスピン注入層構造の磁化は前記第一のスピン注入層構造の前記第一の磁性層の磁化と反対方向を向いていることを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項記載の磁気ヘッドにおいて、前記第二のスピン注入層構造から前記第一のスピン注入層構造に向けて電流を印加することを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項9】
請求項5〜7のいずれか1項記載の磁気ヘッドにおいて、前記主磁極からの漏洩磁界により前記第一のスピン注入層構造及び前記第二のスピン注入層構造の磁化方向が反転することを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項記載の磁気ヘッドにおいて、磁気再生ヘッドを備えることを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項11】
磁気記録媒体と、前記磁気記録媒体を駆動する媒体駆動部と、前記磁気記録媒体に対して情報を記録再生するための磁気ヘッドと、前記磁気ヘッドを前記磁気記録媒体上の所望トラックに位置決めするためのヘッド駆動部とを有する磁気記録再生装置において、
前記磁気ヘッドとして請求項10記載の磁気ヘッドを用いることを特徴とする磁気記録再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−48000(P2013−48000A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186414(P2011−186414)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【特許番号】特許第5048859号(P5048859)
【特許公報発行日】平成24年10月17日(2012.10.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超高密度ナノビット磁気記録技術の開発(グリーンITプロジェクト)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】