磁気記録媒体及びその製造方法
【課題】良好な記録再生特性と信頼性を両立したディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体を作製する。
【解決手段】レジストパターン21’をマスクとして非磁性元素22をトラック分離域23にイオン注入することで、トラック分離域23の合金結晶の格子定数が、磁性層18,19のイオン注入されていない部分である記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きくなるようにする。
【解決手段】レジストパターン21’をマスクとして非磁性元素22をトラック分離域23にイオン注入することで、トラック分離域23の合金結晶の格子定数が、磁性層18,19のイオン注入されていない部分である記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きくなるようにする。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
近年、パーソナルコンピュータで利用される情報量の増大や、映像記録機器、カーナビゲーションシステム等への用途拡大により、磁気記録再生装置はさらなる大容量化・高性能化の要求が高まっている。
【0002】
高記録密度化のためには磁気記録媒体の磁化反転単位を小さくし、媒体ノイズを低減する必要がある。その方法として従来の磁気記録媒体では、磁気記録層を構成する強磁性結晶粒があらかじめ磁気記録層に含まれる非磁性材料で分離される構造が採用された。
【0003】
現在、より積極的にこの分離域を制御し磁気記録密度を向上する案として、記録トラック間に分離加工を施したディスクリートトラックメディア(図1)、さらには、記録ビット間にも分離加工を施したビットパターンドメディア(図2)が研究開発されており、いずれの場合も分離域形成加工技術が高記録密度化の重要なポイントとなっている。
【0004】
例えば、ディスクリートトラックメディアにおいては、分離域形成加工技術として基板に予め同心円状に凹凸形状を作製しておき、その上に磁性膜を形成することで、磁性膜に凹凸形状を作る基板加工型や、磁性膜にマスクを形成し凹部とすべき部分をエッチングすることによって凹凸形状を作る磁性膜加工型が提案されている。
【0005】
しかしながら、これらの技術において、凹部には非磁性材料を埋め戻し、さらにその表面を凸部となる磁性膜の高さにあわせて平坦化し、さらに平坦化した面に保護膜を形成するといった複数の工程を有することで、磁性膜や保護膜の表面に発生する異物の増加、表面粗さの増加という新たな問題が発生し、高記録密度化のためのもう一つのポイントとなる磁気ヘッドと磁気ディスクの隙間狭小化(ナノスペーシング化)を妨げてしまう。
【0006】
これらを解決する手段として、イオン注入を用いて分離域を形成する方法が試みられている。例えば、特許文献1では、分離域を形成する際、あらかじめ形成したCo含有磁性膜に部分的に原子を注入し、磁性膜のX線回折によるCo(002)又はCo(110)ピーク強度を2分の1以下にして形成する方法が開示されている。この方法により製造された磁気記録媒体は、分離部が非晶質化し、分離部の保磁力と残留磁化が極限まで低下することで、磁気記録の際の書きにじみを回避できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−273067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体において、記録トラック間や記録ビット間を分離する方法は重要な課題である。
【0009】
上記文献のような方法を用いる場合、結晶構造を有していた分離域がイオン注入により非晶質化する。分離域にこのような大きな構造変化を伴った場合には、媒体表面の平坦性が悪化し、ナノスペーシング化が困難であった。すなわち、高記録密度化のため磁気ヘッドの浮上量を低下させた場合に安定な記録再生が不可能となった。言い換えると、媒体の信頼性を十分に確保できなくなる問題があった。
【0010】
本発明の目的は、良好な記録再生特性と信頼性を両立したディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体を作製することである。特に、イオン注入によってディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体の分離域を形成する場合において、媒体表面の平坦性を十分に確保しながら分離域の磁化を十分に減少させるように分離域の構造を適切に制御し、高記録密度化と信頼性を両立可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の磁気記録媒体は、基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有し、磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、おおむね同心円状に形成された記録トラックと記録トラック間に形成されたトラック分離域を有し、トラック分離域の合金組成が記録トラックの合金組成に特定の非磁性元素を加えた組成であり、トラック分離域の合金結晶の格子定数が記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きい構成を有する。
【0012】
磁気記録層の結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、トラック分離域の合金結晶のc軸の格子定数が記録トラックの合金結晶のc軸の格子定数よりも大きいとよい。
【0013】
トラック分離域の合金結晶の格子定数が記録トラックの合金結晶の格子定数よりも2%以上大きいとよい。
【0014】
トラック分離域はCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる1種類以上の元素を含有するとよく、特にCrを含有することが好ましい。
【0015】
トラック分離域の合金結晶の格子定数を記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きくする方法として、トラック分離域に非磁性元素のイオンを注入する方法を用いるとよい。
【0016】
イオン注入する非磁性元素としてCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる1種類以上の元素を用いるとよく、特にCrを用いることが好ましい。
【0017】
イオン注入時の注入エネルギーは10keV以上20keV以下とするとよい。また、イオン注入時の注入量は4×1016atoms/cm2以上3×1017atoms/cm2以下とするとよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、良好な記録再生特性と信頼性を両立したディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ディスクリートトラックメディアの模式図。
【図2】ビットパターンメディアの模式図。
【図3】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図4】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図5】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図6】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図7】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図8】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図9】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図10】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図11】実施例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図12】実施例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図13】比較例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図14】実施例2による磁気的書き込み幅Mwwの評価結果を示した図。
【図15】実施例2よるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図16】実施例2によるMwwと格子定数比の関係を示した図。
【図17】実験例1による磁化測定の評価結果とX線回折による評価結果を示した図。
【図18】実験例1による飽和磁化と格子定数比の関係を示した図。
【図19】実施例3によるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図20】実施例4によるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図21】実験例2による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図22】実験例2による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0021】
図3〜10を参照して、本発明の磁気記録媒体及びその製造方法の一例を示す。本実施例ではディスクリートトラック媒体を作製し、磁気ヘッドの浮上テスト及び記録再生特性評価を行った結果を示す。
【0022】
基板10として、硼珪酸ガラス、或いは基板表面を化学強化したアルミノシリケートガラスからなる基板を洗浄後、乾燥して用いた。化学強化したガラス基板に替え、アルミニウム合金基板上にNi−Pめっき後、表面研磨した基板や、SiやTi合金からなる剛体基板を用いることもできる。
【0023】
前記工程を経た基板上に密着層11として50at.%Al−50at.%Ti合金層を5nm、第一軟磁性層12として51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zr合金層を15nm、反強磁性結合層13としてRu層を0.5nm、第二軟磁性層14として51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zr合金層を15nm、下地層15として50at.%Cr−50at.%Ti合金層を2nm、第一配向制御層16として94at.%Ni−6at.%W合金層を7nm、第二配向制御層17としてRu層を17nm、第一磁性層18として59mol.%Co−16mol.%Cr−17mol.%Pt−8mol.%SiO2合金層を13nm、第二磁性層19として63at.%Co−15at.%Cr−14at.%Pt−8at.%B合金層を6nm順次積層した(図3)。
【0024】
上記各層の成膜には真空中で基板を搬送し、上記のような複数の層を連続成膜可能な枚様式のスパッタリング装置を用いた。所望の膜組成と同じ組成の合金ターゲットを用意し、それをスパッタすることで上記のような合金層を成膜した。成膜時のArガス圧は第二配向制御層17と第一磁性層18以外の層を成膜する際は1Paとした。第二配向制御層17を成膜する際のArガス圧は、第二配向制御層の下部側9nmを1Paで成膜し、上部側8nmを5Paで成膜した。第一磁性層成膜時はArに酸素を加えて成膜した。それぞれの分圧はArを4Pa、酸素を0.2Paとした。
【0025】
前記工程を経た媒体にレジスト20を塗布した後、記録トラックとサーボのパターンが形成されたスタンパー21をレジスト20に押し付けることによってレジスト20に記録トラックとサーボのパターンを転写した(図4〜6)。パターン20の溝部分のレジスト残膜は酸素ガスを用いた反応性イオンエッチング(RIE;Reactive Ion Etching)にて除去し、トラックピッチ100nm、トラック幅50nm、高さ120nmの記録トラック及びサーボのレジストパターン20’を形成した(図7)。
【0026】
レジストパターン形成後、非磁性元素のイオン22としてCrイオンを媒体に注入し、第一磁性層18及び第二磁性層19の一部にCrが注入されたトラック分離域23を形成した(図8)。なお、トラック分離域23形成の際、注入エネルギーによっては第二配向制御層17の一部にもCrイオンが注入される場合があるが、媒体の性能上問題はない。
【0027】
イオンを媒体に注入する方法としては、注入する非磁性元素(ここではCr)を主成分とする陰極のアーク放電によりプラズマを生成し、生成したプラズマを湾曲した磁場ダクトにより輸送して、媒体にプラズマビームを照射する方法を用いた。あるいは、非磁性元素のイオン22を注入する方法としてイオンビーム源を利用してもよい。Crイオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016atoms/cm2とした。比較のため、イオンを注入しないサンプルも併せて作製した。
【0028】
Crイオン注入後、CF4及び酸素を用いたRIEにてレジストパターン20’を除去した(図9)。
【0029】
RIEによって媒体表面に形成された酸化層24をスパッタエッチングにて除去し、CVDにてDLC(Diamond-like Carbon)保護膜25を4nm成膜し、パーフルオロアルキルポリエーテルを主成分とする潤滑剤を塗布して厚さ1nmの潤滑膜26を形成した(図10)。
【0030】
DLC保護膜の代わりに、スパッタリングによるカーボン保護膜や、磁場フィルタによるイオン輸送機構を備えたカソーディックアーク法を用いて形成したta−C(Tetrahedral Amorphous Carbon)保護膜などを用いることもできる。
【0031】
作製した媒体の磁気的書き込み幅Mww(Magnetic Write Width)をスピンスタンドにより評価した。磁気ヘッドは再生トラック幅Twr(Track Width of Reader)が50nm、書き込み幅Tww(Track Width of Writer)が70nmのものを用いた。ディスクリートトラック媒体において、記録トラックがトラック分離域によって磁気的に分離された場合には、書きにじみ領域からのノイズを抑え、隣接トラック書き込みの影響を低減できるため、トラック密度を増加させることができる。トラック分離域による効果的な磁気的分離が行われた場合にはMwwが減少するため、ここではMwwを記録再生特性の指標とした。
【0032】
Crイオンを注入した媒体と注入しなかった媒体について磁気ヘッドの浮上テストを行ったところ、磁気ヘッドの浮上性はどちらの媒体も良好であり、差はなかった。Mwwを評価したところ、Crイオンを注入しなかった媒体のMwwが78nmであったのに対し、Crイオンを注入した媒体のMwwは60nmと大きく減少した。すなわち、Crイオンの注入によりトラック分離域23を形成することで、ヘッドの浮上性を損なうことなく、記録トラック幅を狭くし記録再生特性を向上させることができた。
【0033】
X線回折を用いて、作製した媒体の結晶構造を評価した。X線装置はリガク社製のRINT1400を用い、θ−2θ法によって評価を実施した。X線源にはCuKα1線を用い、印加電圧を50kV、電流を160mAに設定した。光学系は、発散スリットを1°、散乱スリットを1°、受光スリットを0.3mmとし、湾曲モノクロメータを使用して単色化した。
【0034】
Crイオンを注入しなかった媒体では、92.0°付近に第二配向制御層17によるRu(00.4)回折ピーク、95.2°付近に第一磁性層18及び第二磁性層19によるCo(00.4)回折ピーク、96.6°付近に第一配向制御層16によるNi(222)回折ピークをそれぞれ観測した(図11)。それに対し、Crイオンを注入した媒体では、上記の回折ピークに追加して92.7°付近にもう一つ別の回折ピークを観測した(図12)。
【0035】
これは、Crイオンがトラック分離域23に注入されることで、トラック分離域23のCoの格子が拡大されたため、トラック分離域23のCo(00.4)回折ピークが本来のCo(00.4)回折ピークよりも低角側に現れたものである。すなわち、95.3°付近のピークは記録トラックによるCo(00.4)回折ピークであり、92.7°付近のピークはトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピークである。
【0036】
適度なエネルギーで適度な量のCrイオンをCo合金に注入することにより、Co合金結晶の間にCr原子を入り込ませてCo合金結晶の格子を拡大させることができる。この格子の拡大はCoの結晶磁気異方性とCo原子間の交換相互作用を低減させる効果を有するため、トラック分離域23の磁化や保磁力を著しく減少させることができ、それによってトラック間の磁気的な分離を効果的に行うことができる。特にCo合金の結晶構造は六方晶であり、c軸方向に大きな結晶磁気異方性を有するが、負の磁歪を有するためc軸方向に格子が拡大されると結晶磁気異方性が大きく減少する。したがって、上記のようなイオン注入を利用して結晶格子を拡大する方法は、Co合金のような六方晶の材料に対して効果が大きい。
【0037】
エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用い、トラック分離域23と記録トラック部分におけるCo,Cr及びPtの濃度を分析した。分析位置は、トラック分離域23及び記録トラックのそれぞれ第二磁性層19の中心付近とした。トラック分離域23のCo,Cr,Ptの濃度がそれぞれ59at.%,30at.%,11at.%であったのに対し、記録トラックのCo,Cr,Ptの濃度はそれぞれ73at.%,13at.%,14at.%であった。Crイオンが注入されたトラック分離域23のCr濃度が、Crイオンが注入されていない記録トラックのCr濃度よりも多いことがわかる。すなわち、Crイオンを注入することでトラック分離域23のCo合金結晶の間にCr原子が入り込み、トラック分離域23のCr濃度が増加したことがわかる。トラック分離域23はCr濃度が相対的に増加したため、CoとPtの濃度が記録トラックのCoやPtの濃度に比べ相対的に減少して見えている。しかし、Co対Ptの濃度比はトラック分離域23と記録トラックでほぼ同じであるため、トラック分離域23の組成は記録トラックの組成に注入したCrが加わった組成であることがわかる。なお、本分析では第二磁性層に含まれるBを分析できなかったため、媒体作製に使用したターゲットの組成とは濃度の値が異なっている。
【0038】
以上より、トラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より大きくすることで、ナノスペーシング化に対する信頼性を損なうことなく、記録トラック間を磁気的に分断し、記録再生特性を向上させることができた。
【0039】
また、本実施例におけるスタンパー21にビットパターン媒体の記録トラックとサーボパターンが形成されたものを用い、トラックピッチ100nm、ビットピッチ100nm、トラック幅50nm、ビット幅50nm、高さ120nmの記録トラック及びサーボのレジストパターン20’を形成することで、ビットパターン媒体が作製できることを確認した。
【0040】
[比較例1]
Crイオン注入の注入エネルギーを24keVとし、注入量を4×1016atoms/cm2として実施例1と同様に媒体を作製した。
【0041】
実施例1と同様にMwwを評価しようとしたところ、ヘッドが安定に浮上せず、Mwwを正常に評価できなかった。また、実施例1と同様にX線回折による結晶構造の評価を実施したところ、トラック分離域23によるCo(00.4)回折のピークが現れなかった(図13)。本比較例の媒体の表面をAFMで観察したところ、トラック分離域23と記録トラックの間に3.2nmの段差を生じ、トラック分離域23の表面が記録トラックの表面よりも低くなっていることを確認した。
【0042】
トラック分離域23によるCo(00.4)回折のピークが現れなかったのは、イオン注入によりトラック分離域23のCoの結晶が破壊され、非晶質化したためである。このような大きな構造変化が起こった場合には媒体表面の平坦性が損なわれ、磁気ヘッドの浮上性に問題が発生する。媒体の信頼性を確保するためには、磁気記録層の結晶構造を維持することが必要である。
【0043】
なお、実施例1の媒体に関してもAFMによる表面観察を実施したが、トラック分離域23と記録トラックの間に明確な段差は確認できなかった。AFMの分解能から考えて、実施例1の媒体に関してはトラック分離域23と記録トラックの間の段差は1nm未満であると言える。磁気ヘッドの浮上性を確保するためには、通常媒体表面はAFMによる表面粗さ1nm未満とする必要がある。段差の大きさから考えても実施例1の媒体はヘッドの浮上性に対する十分な信頼性を確保できており、本比較例の媒体は信頼性が不十分であると言える。
【実施例2】
【0044】
Crイオン注入の注入エネルギーを20keVとし、注入量を4×1015〜1×1019 atoms/cm2の間で変えて実施例1と同様に媒体を作製した。実施例1と同様にMwwを評価した。結果を図14に示す。
【0045】
Mwwはイオン注入を実施したどの媒体もイオン注入を実施しなかった媒体よりも小さくなった。イオン注入を実施した媒体では、Mwwは注入量が少ない1×1016 atoms/cm2以下のところでは75nm程度でほぼ一定で、それ以降注入量が増えるに従って徐々にMwwが減少し、注入量が4×1016atoms/cm2から2×1017 atoms/cm2の範囲ではMwwは60nm程度でほぼ一定となった。
【0046】
一方、1×1018 atoms/cm2以上注入した媒体ではMwwを正常に評価できなかった。これは、注入量が極端に多くなることによって注入したイオンが記録トラックの方に拡散し、記録トラックの磁化が減少してMwwを正常に評価できるだけの出力が得られなかったためである。
【0047】
以上より、イオン注入を実施することで記録再生特性を向上させることができ、特に注入量を4×1016 atoms/cm2以上とすることでMww低減効果が大きいことが確認できた。
【0048】
以上のようなMwwの変化の傾向は次のように説明できる。注入量が少ない1×1016 atoms/cm2以下のMwwがほぼ一定の領域は、トラック分離域23の磁化があまり減少しておらず、トラック間を十分に分離できていない領域である。その後、注入量が増加するに従ってトラック分離域23の磁化や保磁力が徐々に減少し、トラック間の磁気的な結合が弱まっていきMwwが徐々に減少したものである。Mwwがほぼ一定となった注入量が4×1016atoms/cm2以上では、トラック分離域23の磁化がほぼゼロとなり、トラック間を十分に分離できている領域である。トラック間の磁気的な分離が僅かでもあれば記録再生特性向上の効果はあるが、トラック分離域の磁化がほぼゼロとなりトラック間の磁気的分離が十分な場合には記録再生特性向上の効果は大きい。
【0049】
実施例1と同様にX線回折を用いて作製した媒体の結晶構造を評価した。各媒体のMwwと、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCoのc軸の格子定数の比を図15に示す。トラック分離域によるCo(00.4)回折ピークはCrイオンの注入量が増加するにつれて低角側にシフトし、格子の拡大が観測された。Mwwが正常に評価できた媒体では、記録トラックによるCo(00.4)回折ピークはCrが注入されていないため変化していない。
【0050】
Mwwが正常に評価できなかった注入量が1×1018 atoms/cm2以上の媒体に関しては、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置だけでなく、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置も低角側にシフトした。これは、注入量が極端に多かったため記録トラックにCrイオンが拡散し記録トラックの格子定数まで拡大されたためである。
【0051】
記録トラックとトラック分離域23のCo合金のc軸の格子定数の比に対するMwwの変化を示したグラフが図16である。これによると、格子定数の比が大きくなるにつれてMwwが減少していき、格子定数の比が1.02以上、すなわちトラック分離域の格子定数が記録トラックの格子定数に比べ2%以上拡大した場合にMwwがほぼ最小値に達することがわかった。
【0052】
なお、Mwwが正常に評価できなかった注入量が1×1018 atoms/cm2以上の媒体に関しては、格子定数の比が1.03を超えた。トラック分離域23を非磁性化する観点からは格子定数の比が1.03を超えても問題ないと考えられるが、実際には格子定数の比が1.03を超えるほど多量のイオンを注入した場合は、記録トラックへのイオンの拡散による磁化の減少が発生するため、記録密度を向上させる上で問題となる。
【0053】
以上より、トラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より大きくすることで記録再生特性を向上させることができ、特にトラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より2%以上大きくすることで記録再生特性向上の効果が大きいことを確認した。
【0054】
[実験例1]
イオン注入によるCoの格子定数の変化が磁気特性に及ぼす効果を確認するため、以下に示す実験を実施した。レジスト20、レジストパターン20’、潤滑膜26を形成せずに実施例2と同様にサンプルを作製した。Crイオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016 atoms/cm2から2×1017atoms/cm2とした。レジスト20を塗布せずレジストパターン20’を形成していないため、本実施例のサンプルの磁性層は全面が実施例1のトラック分離域23と同様の磁性層となっている。また、記録再生特性を評価しないため、本実施例では潤滑膜26は形成しなかった。
【0055】
作製した媒体に対し、振動試料型磁力計(VSM)による磁化測定と、X線回折による結晶構造解析を実施した。各媒体の磁化測定による飽和磁化と保磁力、X線回折によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、イオン注入していない媒体のCoの格子定数に対するイオン注入を実施した媒体のCoの格子定数の比を図17に示す。
【0056】
イオン注入の注入量が多くなるにつれてCoの格子定数が大きくなり、飽和磁化と保磁力が減少し、最終的に飽和磁化がほぼ0になっていることがわかる。
【0057】
Coのc軸の格子定数の比に対する飽和磁化を示したグラフが図18である。この図18から、格子定数の比が102%以上、すなわちCo合金の格子定数が2%大きくなったところで飽和磁化がほぼ0になることがわかった。実施例2の媒体でMwwがほぼ最小値に達するのはトラック分離域23の格子定数がトラックの格子定数よりも2%以上大きくなったところであった。
【0058】
以上より、イオン注入によってトラック分離域23の磁化が小さくなり、最終的になくなることによってMwwが小さくなることが確認できた。
【実施例3】
【0059】
Crイオン注入の注入量を4×1016 atoms/cm2に固定し、注入エネルギーを4〜28keVの範囲で変化させて実施例1と同様に媒体を作製した。作製した媒体に対し、実施例1と同様にスピンスタンドによるMww評価とX線回折による結晶構造評価を実施した。
【0060】
各加速電圧における各媒体のMww、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCo合金のc軸の格子定数の比を図19に示す。比較のため、イオン注入を実施していないサンプルの評価結果も併せて記載した。
【0061】
注入エネルギーを4keV、7keVと上げるに従いMwwが徐々に減少し、10keV以上としたときに60nm程度に達しほぼ一定となった。しかし、注入エネルギーを24keV、28keVとしたものに関しては、ヘッドが安定に浮上せずMwwが正常に評価できなかった。また、24keVと28keVの媒体はX線回折においてトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピークが現れなかった。
【0062】
注入エネルギーを20keV以下とした場合に、トラック分離域23のCoの結晶は破壊されずに結晶構造が維持されるため、媒体表面の平坦性が保たれヘッドの浮上性を確保できた。また、注入エネルギーを10keV以上とした場合に、記録再生特性を特に大きく向上させることができた。
【実施例4】
【0063】
注入する非磁性元素のイオン22をMo,W,及びTaのイオンに変え、実施例1と同様に媒体を作製した。イオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016 atoms/cm2とした。実施例1と同様に作製した媒体のMwwと結晶構造をそれぞれスピンスタンドとX線回折を用いて評価した。
【0064】
各媒体のMww、X線回折による記録トラックとトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCoのc軸の格子定数の比を図20に示す。比較のため、イオン注入を実施していない媒体の評価結果も併せて記載した。
【0065】
イオン注入したどの媒体もMwwは約60nmとなり、注入未実施の媒体に比べMwwが小さくなった。また、イオン注入した各媒体とも記録トラックの格子定数に対しトラック分離域23の格子定数が2.8〜2.9%拡大していることが確認された。
【0066】
以上より、本実施例の媒体は実施例1と同様にトラック分離域によって記録トラック間を磁気的に分断し、トラック幅を狭くしトラック密度を大きく向上できることが確認できた。つまり、注入する非磁性元素としてMo,W,及びTaの使用が可能である。
【0067】
ただし、本実施例で用いた各元素は融点が高いため、陰極のアーク放電によりプラズマを生成する方法では放電が立ちにくく、実施例1で用いたCrに比べ陰極のターゲットを頻繁に交換する必要があった。したがって、注入する非磁性元素は、工業的な観点からCrであることが望ましい。
【0068】
[実験例2]
Co合金以外の磁気記録層に対するイオン注入の効果を確認するため、以下に示す実験を実施した。実験例2による磁気記録媒体及びその製造方法を図21、22に示す。
【0069】
基板30として単結晶MgO基板を用い、配向制御層31としてPt層を30nm成膜した。
【0070】
基板を600℃に加熱した後、磁性層32として50at.%Fe−50at.%Pt合金層を12nm、カーボン保護膜33を5nm順次成膜した(図21)。
【0071】
上記各層の成膜には真空中で複数の層を連続成膜可能なスパッタリング装置を用いた。各層を成膜する際のArガス圧は1Paとした。
【0072】
実施例1と同様の方法で非磁性元素のイオン34としてCrイオンを媒体に注入した(図22)。注入エネルギー12keVとし、照射量は3×1017 atoms/cm2とした。比較例として、Crイオンを注入しない媒体も作製した。
【0073】
作製した媒体に対し、VSMによる磁化測定と、X線回折による結晶構造解析を実施した。
【0074】
イオン注入を実施しなかった媒体の飽和磁化は1.31Tであった。X線回折ではFePtによるL10規則構造のピークが観測され、イオン注入を実施しなかった媒体のFePt(004)回折ピーク位置は111.81°、計算されるc軸の格子定数は0.3724nmであった。それに対し、イオン注入を実施した媒体の飽和磁化はほぼ0となり、FePt(004)回折ピーク位置は107.60°、計算されるFePtのc軸の格子定数は0.3821nmであった。イオン注入を実施した媒体の格子定数はイオン注入を実施しなかった媒体に比べ、約2.6%大きくなった。
【0075】
以上より、本実施例の媒体においても実施例3と同様に、イオン注入を実施することで格子が拡大され磁化がほぼ0になることが確認できた。特に、L10規則構造のFePt合金は正方晶であり、六方晶のCo合金と同様にc軸方向に大きな結晶磁気異方性を有する。正方晶の場合も六方晶の場合と同様に、c軸方向に格子を拡大することで結晶磁気異方性が大きく減少するため、イオン注入の効果が大きくなる。
【符号の説明】
【0076】
10:基板
11:密着層
12:第一軟磁性層
13:反強磁性結合層
14:第二軟磁性層
15:下地層
16:第一配向制御層
17:第二配向制御層
18:第一磁性層
19:第二磁性層
20:レジスト
20’:レジストパターン
21:スタンパー
22:非磁性元素のイオン
23:トラック分離域
24:酸化層
25:DLC保護膜
26:潤滑膜
30:基板
31:配向制御層
32:磁性層
33:カーボン保護膜
34:非磁性元素のイオン
【背景技術】
【0001】
近年、パーソナルコンピュータで利用される情報量の増大や、映像記録機器、カーナビゲーションシステム等への用途拡大により、磁気記録再生装置はさらなる大容量化・高性能化の要求が高まっている。
【0002】
高記録密度化のためには磁気記録媒体の磁化反転単位を小さくし、媒体ノイズを低減する必要がある。その方法として従来の磁気記録媒体では、磁気記録層を構成する強磁性結晶粒があらかじめ磁気記録層に含まれる非磁性材料で分離される構造が採用された。
【0003】
現在、より積極的にこの分離域を制御し磁気記録密度を向上する案として、記録トラック間に分離加工を施したディスクリートトラックメディア(図1)、さらには、記録ビット間にも分離加工を施したビットパターンドメディア(図2)が研究開発されており、いずれの場合も分離域形成加工技術が高記録密度化の重要なポイントとなっている。
【0004】
例えば、ディスクリートトラックメディアにおいては、分離域形成加工技術として基板に予め同心円状に凹凸形状を作製しておき、その上に磁性膜を形成することで、磁性膜に凹凸形状を作る基板加工型や、磁性膜にマスクを形成し凹部とすべき部分をエッチングすることによって凹凸形状を作る磁性膜加工型が提案されている。
【0005】
しかしながら、これらの技術において、凹部には非磁性材料を埋め戻し、さらにその表面を凸部となる磁性膜の高さにあわせて平坦化し、さらに平坦化した面に保護膜を形成するといった複数の工程を有することで、磁性膜や保護膜の表面に発生する異物の増加、表面粗さの増加という新たな問題が発生し、高記録密度化のためのもう一つのポイントとなる磁気ヘッドと磁気ディスクの隙間狭小化(ナノスペーシング化)を妨げてしまう。
【0006】
これらを解決する手段として、イオン注入を用いて分離域を形成する方法が試みられている。例えば、特許文献1では、分離域を形成する際、あらかじめ形成したCo含有磁性膜に部分的に原子を注入し、磁性膜のX線回折によるCo(002)又はCo(110)ピーク強度を2分の1以下にして形成する方法が開示されている。この方法により製造された磁気記録媒体は、分離部が非晶質化し、分離部の保磁力と残留磁化が極限まで低下することで、磁気記録の際の書きにじみを回避できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−273067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体において、記録トラック間や記録ビット間を分離する方法は重要な課題である。
【0009】
上記文献のような方法を用いる場合、結晶構造を有していた分離域がイオン注入により非晶質化する。分離域にこのような大きな構造変化を伴った場合には、媒体表面の平坦性が悪化し、ナノスペーシング化が困難であった。すなわち、高記録密度化のため磁気ヘッドの浮上量を低下させた場合に安定な記録再生が不可能となった。言い換えると、媒体の信頼性を十分に確保できなくなる問題があった。
【0010】
本発明の目的は、良好な記録再生特性と信頼性を両立したディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体を作製することである。特に、イオン注入によってディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体の分離域を形成する場合において、媒体表面の平坦性を十分に確保しながら分離域の磁化を十分に減少させるように分離域の構造を適切に制御し、高記録密度化と信頼性を両立可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の磁気記録媒体は、基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有し、磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、おおむね同心円状に形成された記録トラックと記録トラック間に形成されたトラック分離域を有し、トラック分離域の合金組成が記録トラックの合金組成に特定の非磁性元素を加えた組成であり、トラック分離域の合金結晶の格子定数が記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きい構成を有する。
【0012】
磁気記録層の結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、トラック分離域の合金結晶のc軸の格子定数が記録トラックの合金結晶のc軸の格子定数よりも大きいとよい。
【0013】
トラック分離域の合金結晶の格子定数が記録トラックの合金結晶の格子定数よりも2%以上大きいとよい。
【0014】
トラック分離域はCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる1種類以上の元素を含有するとよく、特にCrを含有することが好ましい。
【0015】
トラック分離域の合金結晶の格子定数を記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きくする方法として、トラック分離域に非磁性元素のイオンを注入する方法を用いるとよい。
【0016】
イオン注入する非磁性元素としてCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる1種類以上の元素を用いるとよく、特にCrを用いることが好ましい。
【0017】
イオン注入時の注入エネルギーは10keV以上20keV以下とするとよい。また、イオン注入時の注入量は4×1016atoms/cm2以上3×1017atoms/cm2以下とするとよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、良好な記録再生特性と信頼性を両立したディスクリートトラック媒体やビットパターン媒体を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ディスクリートトラックメディアの模式図。
【図2】ビットパターンメディアの模式図。
【図3】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図4】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図5】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図6】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図7】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図8】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図9】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図10】実施例1による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図11】実施例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図12】実施例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図13】比較例1によるX線回折スペクトルを示した図。
【図14】実施例2による磁気的書き込み幅Mwwの評価結果を示した図。
【図15】実施例2よるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図16】実施例2によるMwwと格子定数比の関係を示した図。
【図17】実験例1による磁化測定の評価結果とX線回折による評価結果を示した図。
【図18】実験例1による飽和磁化と格子定数比の関係を示した図。
【図19】実施例3によるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図20】実施例4によるMwwとX線回折による評価結果を示した図。
【図21】実験例2による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【図22】実験例2による磁気記録媒体の製造工程を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0021】
図3〜10を参照して、本発明の磁気記録媒体及びその製造方法の一例を示す。本実施例ではディスクリートトラック媒体を作製し、磁気ヘッドの浮上テスト及び記録再生特性評価を行った結果を示す。
【0022】
基板10として、硼珪酸ガラス、或いは基板表面を化学強化したアルミノシリケートガラスからなる基板を洗浄後、乾燥して用いた。化学強化したガラス基板に替え、アルミニウム合金基板上にNi−Pめっき後、表面研磨した基板や、SiやTi合金からなる剛体基板を用いることもできる。
【0023】
前記工程を経た基板上に密着層11として50at.%Al−50at.%Ti合金層を5nm、第一軟磁性層12として51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zr合金層を15nm、反強磁性結合層13としてRu層を0.5nm、第二軟磁性層14として51at.%Fe−34at.%Co−10at.%Ta−5at.%Zr合金層を15nm、下地層15として50at.%Cr−50at.%Ti合金層を2nm、第一配向制御層16として94at.%Ni−6at.%W合金層を7nm、第二配向制御層17としてRu層を17nm、第一磁性層18として59mol.%Co−16mol.%Cr−17mol.%Pt−8mol.%SiO2合金層を13nm、第二磁性層19として63at.%Co−15at.%Cr−14at.%Pt−8at.%B合金層を6nm順次積層した(図3)。
【0024】
上記各層の成膜には真空中で基板を搬送し、上記のような複数の層を連続成膜可能な枚様式のスパッタリング装置を用いた。所望の膜組成と同じ組成の合金ターゲットを用意し、それをスパッタすることで上記のような合金層を成膜した。成膜時のArガス圧は第二配向制御層17と第一磁性層18以外の層を成膜する際は1Paとした。第二配向制御層17を成膜する際のArガス圧は、第二配向制御層の下部側9nmを1Paで成膜し、上部側8nmを5Paで成膜した。第一磁性層成膜時はArに酸素を加えて成膜した。それぞれの分圧はArを4Pa、酸素を0.2Paとした。
【0025】
前記工程を経た媒体にレジスト20を塗布した後、記録トラックとサーボのパターンが形成されたスタンパー21をレジスト20に押し付けることによってレジスト20に記録トラックとサーボのパターンを転写した(図4〜6)。パターン20の溝部分のレジスト残膜は酸素ガスを用いた反応性イオンエッチング(RIE;Reactive Ion Etching)にて除去し、トラックピッチ100nm、トラック幅50nm、高さ120nmの記録トラック及びサーボのレジストパターン20’を形成した(図7)。
【0026】
レジストパターン形成後、非磁性元素のイオン22としてCrイオンを媒体に注入し、第一磁性層18及び第二磁性層19の一部にCrが注入されたトラック分離域23を形成した(図8)。なお、トラック分離域23形成の際、注入エネルギーによっては第二配向制御層17の一部にもCrイオンが注入される場合があるが、媒体の性能上問題はない。
【0027】
イオンを媒体に注入する方法としては、注入する非磁性元素(ここではCr)を主成分とする陰極のアーク放電によりプラズマを生成し、生成したプラズマを湾曲した磁場ダクトにより輸送して、媒体にプラズマビームを照射する方法を用いた。あるいは、非磁性元素のイオン22を注入する方法としてイオンビーム源を利用してもよい。Crイオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016atoms/cm2とした。比較のため、イオンを注入しないサンプルも併せて作製した。
【0028】
Crイオン注入後、CF4及び酸素を用いたRIEにてレジストパターン20’を除去した(図9)。
【0029】
RIEによって媒体表面に形成された酸化層24をスパッタエッチングにて除去し、CVDにてDLC(Diamond-like Carbon)保護膜25を4nm成膜し、パーフルオロアルキルポリエーテルを主成分とする潤滑剤を塗布して厚さ1nmの潤滑膜26を形成した(図10)。
【0030】
DLC保護膜の代わりに、スパッタリングによるカーボン保護膜や、磁場フィルタによるイオン輸送機構を備えたカソーディックアーク法を用いて形成したta−C(Tetrahedral Amorphous Carbon)保護膜などを用いることもできる。
【0031】
作製した媒体の磁気的書き込み幅Mww(Magnetic Write Width)をスピンスタンドにより評価した。磁気ヘッドは再生トラック幅Twr(Track Width of Reader)が50nm、書き込み幅Tww(Track Width of Writer)が70nmのものを用いた。ディスクリートトラック媒体において、記録トラックがトラック分離域によって磁気的に分離された場合には、書きにじみ領域からのノイズを抑え、隣接トラック書き込みの影響を低減できるため、トラック密度を増加させることができる。トラック分離域による効果的な磁気的分離が行われた場合にはMwwが減少するため、ここではMwwを記録再生特性の指標とした。
【0032】
Crイオンを注入した媒体と注入しなかった媒体について磁気ヘッドの浮上テストを行ったところ、磁気ヘッドの浮上性はどちらの媒体も良好であり、差はなかった。Mwwを評価したところ、Crイオンを注入しなかった媒体のMwwが78nmであったのに対し、Crイオンを注入した媒体のMwwは60nmと大きく減少した。すなわち、Crイオンの注入によりトラック分離域23を形成することで、ヘッドの浮上性を損なうことなく、記録トラック幅を狭くし記録再生特性を向上させることができた。
【0033】
X線回折を用いて、作製した媒体の結晶構造を評価した。X線装置はリガク社製のRINT1400を用い、θ−2θ法によって評価を実施した。X線源にはCuKα1線を用い、印加電圧を50kV、電流を160mAに設定した。光学系は、発散スリットを1°、散乱スリットを1°、受光スリットを0.3mmとし、湾曲モノクロメータを使用して単色化した。
【0034】
Crイオンを注入しなかった媒体では、92.0°付近に第二配向制御層17によるRu(00.4)回折ピーク、95.2°付近に第一磁性層18及び第二磁性層19によるCo(00.4)回折ピーク、96.6°付近に第一配向制御層16によるNi(222)回折ピークをそれぞれ観測した(図11)。それに対し、Crイオンを注入した媒体では、上記の回折ピークに追加して92.7°付近にもう一つ別の回折ピークを観測した(図12)。
【0035】
これは、Crイオンがトラック分離域23に注入されることで、トラック分離域23のCoの格子が拡大されたため、トラック分離域23のCo(00.4)回折ピークが本来のCo(00.4)回折ピークよりも低角側に現れたものである。すなわち、95.3°付近のピークは記録トラックによるCo(00.4)回折ピークであり、92.7°付近のピークはトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピークである。
【0036】
適度なエネルギーで適度な量のCrイオンをCo合金に注入することにより、Co合金結晶の間にCr原子を入り込ませてCo合金結晶の格子を拡大させることができる。この格子の拡大はCoの結晶磁気異方性とCo原子間の交換相互作用を低減させる効果を有するため、トラック分離域23の磁化や保磁力を著しく減少させることができ、それによってトラック間の磁気的な分離を効果的に行うことができる。特にCo合金の結晶構造は六方晶であり、c軸方向に大きな結晶磁気異方性を有するが、負の磁歪を有するためc軸方向に格子が拡大されると結晶磁気異方性が大きく減少する。したがって、上記のようなイオン注入を利用して結晶格子を拡大する方法は、Co合金のような六方晶の材料に対して効果が大きい。
【0037】
エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用い、トラック分離域23と記録トラック部分におけるCo,Cr及びPtの濃度を分析した。分析位置は、トラック分離域23及び記録トラックのそれぞれ第二磁性層19の中心付近とした。トラック分離域23のCo,Cr,Ptの濃度がそれぞれ59at.%,30at.%,11at.%であったのに対し、記録トラックのCo,Cr,Ptの濃度はそれぞれ73at.%,13at.%,14at.%であった。Crイオンが注入されたトラック分離域23のCr濃度が、Crイオンが注入されていない記録トラックのCr濃度よりも多いことがわかる。すなわち、Crイオンを注入することでトラック分離域23のCo合金結晶の間にCr原子が入り込み、トラック分離域23のCr濃度が増加したことがわかる。トラック分離域23はCr濃度が相対的に増加したため、CoとPtの濃度が記録トラックのCoやPtの濃度に比べ相対的に減少して見えている。しかし、Co対Ptの濃度比はトラック分離域23と記録トラックでほぼ同じであるため、トラック分離域23の組成は記録トラックの組成に注入したCrが加わった組成であることがわかる。なお、本分析では第二磁性層に含まれるBを分析できなかったため、媒体作製に使用したターゲットの組成とは濃度の値が異なっている。
【0038】
以上より、トラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より大きくすることで、ナノスペーシング化に対する信頼性を損なうことなく、記録トラック間を磁気的に分断し、記録再生特性を向上させることができた。
【0039】
また、本実施例におけるスタンパー21にビットパターン媒体の記録トラックとサーボパターンが形成されたものを用い、トラックピッチ100nm、ビットピッチ100nm、トラック幅50nm、ビット幅50nm、高さ120nmの記録トラック及びサーボのレジストパターン20’を形成することで、ビットパターン媒体が作製できることを確認した。
【0040】
[比較例1]
Crイオン注入の注入エネルギーを24keVとし、注入量を4×1016atoms/cm2として実施例1と同様に媒体を作製した。
【0041】
実施例1と同様にMwwを評価しようとしたところ、ヘッドが安定に浮上せず、Mwwを正常に評価できなかった。また、実施例1と同様にX線回折による結晶構造の評価を実施したところ、トラック分離域23によるCo(00.4)回折のピークが現れなかった(図13)。本比較例の媒体の表面をAFMで観察したところ、トラック分離域23と記録トラックの間に3.2nmの段差を生じ、トラック分離域23の表面が記録トラックの表面よりも低くなっていることを確認した。
【0042】
トラック分離域23によるCo(00.4)回折のピークが現れなかったのは、イオン注入によりトラック分離域23のCoの結晶が破壊され、非晶質化したためである。このような大きな構造変化が起こった場合には媒体表面の平坦性が損なわれ、磁気ヘッドの浮上性に問題が発生する。媒体の信頼性を確保するためには、磁気記録層の結晶構造を維持することが必要である。
【0043】
なお、実施例1の媒体に関してもAFMによる表面観察を実施したが、トラック分離域23と記録トラックの間に明確な段差は確認できなかった。AFMの分解能から考えて、実施例1の媒体に関してはトラック分離域23と記録トラックの間の段差は1nm未満であると言える。磁気ヘッドの浮上性を確保するためには、通常媒体表面はAFMによる表面粗さ1nm未満とする必要がある。段差の大きさから考えても実施例1の媒体はヘッドの浮上性に対する十分な信頼性を確保できており、本比較例の媒体は信頼性が不十分であると言える。
【実施例2】
【0044】
Crイオン注入の注入エネルギーを20keVとし、注入量を4×1015〜1×1019 atoms/cm2の間で変えて実施例1と同様に媒体を作製した。実施例1と同様にMwwを評価した。結果を図14に示す。
【0045】
Mwwはイオン注入を実施したどの媒体もイオン注入を実施しなかった媒体よりも小さくなった。イオン注入を実施した媒体では、Mwwは注入量が少ない1×1016 atoms/cm2以下のところでは75nm程度でほぼ一定で、それ以降注入量が増えるに従って徐々にMwwが減少し、注入量が4×1016atoms/cm2から2×1017 atoms/cm2の範囲ではMwwは60nm程度でほぼ一定となった。
【0046】
一方、1×1018 atoms/cm2以上注入した媒体ではMwwを正常に評価できなかった。これは、注入量が極端に多くなることによって注入したイオンが記録トラックの方に拡散し、記録トラックの磁化が減少してMwwを正常に評価できるだけの出力が得られなかったためである。
【0047】
以上より、イオン注入を実施することで記録再生特性を向上させることができ、特に注入量を4×1016 atoms/cm2以上とすることでMww低減効果が大きいことが確認できた。
【0048】
以上のようなMwwの変化の傾向は次のように説明できる。注入量が少ない1×1016 atoms/cm2以下のMwwがほぼ一定の領域は、トラック分離域23の磁化があまり減少しておらず、トラック間を十分に分離できていない領域である。その後、注入量が増加するに従ってトラック分離域23の磁化や保磁力が徐々に減少し、トラック間の磁気的な結合が弱まっていきMwwが徐々に減少したものである。Mwwがほぼ一定となった注入量が4×1016atoms/cm2以上では、トラック分離域23の磁化がほぼゼロとなり、トラック間を十分に分離できている領域である。トラック間の磁気的な分離が僅かでもあれば記録再生特性向上の効果はあるが、トラック分離域の磁化がほぼゼロとなりトラック間の磁気的分離が十分な場合には記録再生特性向上の効果は大きい。
【0049】
実施例1と同様にX線回折を用いて作製した媒体の結晶構造を評価した。各媒体のMwwと、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCoのc軸の格子定数の比を図15に示す。トラック分離域によるCo(00.4)回折ピークはCrイオンの注入量が増加するにつれて低角側にシフトし、格子の拡大が観測された。Mwwが正常に評価できた媒体では、記録トラックによるCo(00.4)回折ピークはCrが注入されていないため変化していない。
【0050】
Mwwが正常に評価できなかった注入量が1×1018 atoms/cm2以上の媒体に関しては、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置だけでなく、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置も低角側にシフトした。これは、注入量が極端に多かったため記録トラックにCrイオンが拡散し記録トラックの格子定数まで拡大されたためである。
【0051】
記録トラックとトラック分離域23のCo合金のc軸の格子定数の比に対するMwwの変化を示したグラフが図16である。これによると、格子定数の比が大きくなるにつれてMwwが減少していき、格子定数の比が1.02以上、すなわちトラック分離域の格子定数が記録トラックの格子定数に比べ2%以上拡大した場合にMwwがほぼ最小値に達することがわかった。
【0052】
なお、Mwwが正常に評価できなかった注入量が1×1018 atoms/cm2以上の媒体に関しては、格子定数の比が1.03を超えた。トラック分離域23を非磁性化する観点からは格子定数の比が1.03を超えても問題ないと考えられるが、実際には格子定数の比が1.03を超えるほど多量のイオンを注入した場合は、記録トラックへのイオンの拡散による磁化の減少が発生するため、記録密度を向上させる上で問題となる。
【0053】
以上より、トラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より大きくすることで記録再生特性を向上させることができ、特にトラック分離域の格子定数を記録トラックの格子定数より2%以上大きくすることで記録再生特性向上の効果が大きいことを確認した。
【0054】
[実験例1]
イオン注入によるCoの格子定数の変化が磁気特性に及ぼす効果を確認するため、以下に示す実験を実施した。レジスト20、レジストパターン20’、潤滑膜26を形成せずに実施例2と同様にサンプルを作製した。Crイオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016 atoms/cm2から2×1017atoms/cm2とした。レジスト20を塗布せずレジストパターン20’を形成していないため、本実施例のサンプルの磁性層は全面が実施例1のトラック分離域23と同様の磁性層となっている。また、記録再生特性を評価しないため、本実施例では潤滑膜26は形成しなかった。
【0055】
作製した媒体に対し、振動試料型磁力計(VSM)による磁化測定と、X線回折による結晶構造解析を実施した。各媒体の磁化測定による飽和磁化と保磁力、X線回折によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、イオン注入していない媒体のCoの格子定数に対するイオン注入を実施した媒体のCoの格子定数の比を図17に示す。
【0056】
イオン注入の注入量が多くなるにつれてCoの格子定数が大きくなり、飽和磁化と保磁力が減少し、最終的に飽和磁化がほぼ0になっていることがわかる。
【0057】
Coのc軸の格子定数の比に対する飽和磁化を示したグラフが図18である。この図18から、格子定数の比が102%以上、すなわちCo合金の格子定数が2%大きくなったところで飽和磁化がほぼ0になることがわかった。実施例2の媒体でMwwがほぼ最小値に達するのはトラック分離域23の格子定数がトラックの格子定数よりも2%以上大きくなったところであった。
【0058】
以上より、イオン注入によってトラック分離域23の磁化が小さくなり、最終的になくなることによってMwwが小さくなることが確認できた。
【実施例3】
【0059】
Crイオン注入の注入量を4×1016 atoms/cm2に固定し、注入エネルギーを4〜28keVの範囲で変化させて実施例1と同様に媒体を作製した。作製した媒体に対し、実施例1と同様にスピンスタンドによるMww評価とX線回折による結晶構造評価を実施した。
【0060】
各加速電圧における各媒体のMww、記録トラックによるCo(00.4)回折ピーク位置、トラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCo合金のc軸の格子定数の比を図19に示す。比較のため、イオン注入を実施していないサンプルの評価結果も併せて記載した。
【0061】
注入エネルギーを4keV、7keVと上げるに従いMwwが徐々に減少し、10keV以上としたときに60nm程度に達しほぼ一定となった。しかし、注入エネルギーを24keV、28keVとしたものに関しては、ヘッドが安定に浮上せずMwwが正常に評価できなかった。また、24keVと28keVの媒体はX線回折においてトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピークが現れなかった。
【0062】
注入エネルギーを20keV以下とした場合に、トラック分離域23のCoの結晶は破壊されずに結晶構造が維持されるため、媒体表面の平坦性が保たれヘッドの浮上性を確保できた。また、注入エネルギーを10keV以上とした場合に、記録再生特性を特に大きく向上させることができた。
【実施例4】
【0063】
注入する非磁性元素のイオン22をMo,W,及びTaのイオンに変え、実施例1と同様に媒体を作製した。イオンの注入エネルギーは20keVとし、注入量は4×1016 atoms/cm2とした。実施例1と同様に作製した媒体のMwwと結晶構造をそれぞれスピンスタンドとX線回折を用いて評価した。
【0064】
各媒体のMww、X線回折による記録トラックとトラック分離域23によるCo(00.4)回折ピーク位置、そこから計算されるCo合金のc軸の格子定数、及び記録トラックとトラック分離域23のCoのc軸の格子定数の比を図20に示す。比較のため、イオン注入を実施していない媒体の評価結果も併せて記載した。
【0065】
イオン注入したどの媒体もMwwは約60nmとなり、注入未実施の媒体に比べMwwが小さくなった。また、イオン注入した各媒体とも記録トラックの格子定数に対しトラック分離域23の格子定数が2.8〜2.9%拡大していることが確認された。
【0066】
以上より、本実施例の媒体は実施例1と同様にトラック分離域によって記録トラック間を磁気的に分断し、トラック幅を狭くしトラック密度を大きく向上できることが確認できた。つまり、注入する非磁性元素としてMo,W,及びTaの使用が可能である。
【0067】
ただし、本実施例で用いた各元素は融点が高いため、陰極のアーク放電によりプラズマを生成する方法では放電が立ちにくく、実施例1で用いたCrに比べ陰極のターゲットを頻繁に交換する必要があった。したがって、注入する非磁性元素は、工業的な観点からCrであることが望ましい。
【0068】
[実験例2]
Co合金以外の磁気記録層に対するイオン注入の効果を確認するため、以下に示す実験を実施した。実験例2による磁気記録媒体及びその製造方法を図21、22に示す。
【0069】
基板30として単結晶MgO基板を用い、配向制御層31としてPt層を30nm成膜した。
【0070】
基板を600℃に加熱した後、磁性層32として50at.%Fe−50at.%Pt合金層を12nm、カーボン保護膜33を5nm順次成膜した(図21)。
【0071】
上記各層の成膜には真空中で複数の層を連続成膜可能なスパッタリング装置を用いた。各層を成膜する際のArガス圧は1Paとした。
【0072】
実施例1と同様の方法で非磁性元素のイオン34としてCrイオンを媒体に注入した(図22)。注入エネルギー12keVとし、照射量は3×1017 atoms/cm2とした。比較例として、Crイオンを注入しない媒体も作製した。
【0073】
作製した媒体に対し、VSMによる磁化測定と、X線回折による結晶構造解析を実施した。
【0074】
イオン注入を実施しなかった媒体の飽和磁化は1.31Tであった。X線回折ではFePtによるL10規則構造のピークが観測され、イオン注入を実施しなかった媒体のFePt(004)回折ピーク位置は111.81°、計算されるc軸の格子定数は0.3724nmであった。それに対し、イオン注入を実施した媒体の飽和磁化はほぼ0となり、FePt(004)回折ピーク位置は107.60°、計算されるFePtのc軸の格子定数は0.3821nmであった。イオン注入を実施した媒体の格子定数はイオン注入を実施しなかった媒体に比べ、約2.6%大きくなった。
【0075】
以上より、本実施例の媒体においても実施例3と同様に、イオン注入を実施することで格子が拡大され磁化がほぼ0になることが確認できた。特に、L10規則構造のFePt合金は正方晶であり、六方晶のCo合金と同様にc軸方向に大きな結晶磁気異方性を有する。正方晶の場合も六方晶の場合と同様に、c軸方向に格子を拡大することで結晶磁気異方性が大きく減少するため、イオン注入の効果が大きくなる。
【符号の説明】
【0076】
10:基板
11:密着層
12:第一軟磁性層
13:反強磁性結合層
14:第二軟磁性層
15:下地層
16:第一配向制御層
17:第二配向制御層
18:第一磁性層
19:第二磁性層
20:レジスト
20’:レジストパターン
21:スタンパー
22:非磁性元素のイオン
23:トラック分離域
24:酸化層
25:DLC保護膜
26:潤滑膜
30:基板
31:配向制御層
32:磁性層
33:カーボン保護膜
34:非磁性元素のイオン
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有する磁気記録媒体であって、
前記磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、
前記磁気記録層はおおむね同心円状に形成された記録トラックと、前記記録トラックの間に形成されたトラック分離域を有し、
前記トラック分離域の合金組成が前記記録トラックの合金組成に特定の非磁性元素を加えた組成であり、
前記トラック分離域の合金結晶の格子定数が前記記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きいことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数と前記記録トラックの合金結晶の格子定数が結晶のc軸の格子定数であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数が前記記録トラックの合金結晶の格子定数よりも2%以上大きいことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記特定の非磁性元素がCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる元素であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記特定の非磁性元素がCrであることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項6】
基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有し、前記磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、前記磁気記録層はおおむね同心円状に形成された記録トラックと、前記記録トラックの間に形成されたトラック分離域を有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁気記録層を形成する工程と、
前記トラック分離域に対応する前記磁気記録層の領域に非磁性元素のイオンを注入することによって当該領域の合金結晶の格子定数を前記磁気記録層の他の領域の合金結晶の格子定数よりも大きくすることにより前記トラック分離域を形成する工程と
を有することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数と前記記録トラックの合金結晶の格子定数が結晶のc軸の格子定数であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素がCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる元素であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素がCrであることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項10】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素のイオンを注入する時の注入エネルギーが10keV以上20keV以下であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項11】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素のイオンを注入する時の注入量が4×1016 atoms/cm2以上3×1017atoms/cm2以下であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項1】
基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有する磁気記録媒体であって、
前記磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、
前記磁気記録層はおおむね同心円状に形成された記録トラックと、前記記録トラックの間に形成されたトラック分離域を有し、
前記トラック分離域の合金組成が前記記録トラックの合金組成に特定の非磁性元素を加えた組成であり、
前記トラック分離域の合金結晶の格子定数が前記記録トラックの合金結晶の格子定数よりも大きいことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数と前記記録トラックの合金結晶の格子定数が結晶のc軸の格子定数であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数が前記記録トラックの合金結晶の格子定数よりも2%以上大きいことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記特定の非磁性元素がCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる元素であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1に記載の磁気記録媒体において、前記特定の非磁性元素がCrであることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項6】
基板上に直接もしくは間接的に形成された磁気記録層を有し、前記磁気記録層は結晶構造を有する合金からなり、前記磁気記録層はおおむね同心円状に形成された記録トラックと、前記記録トラックの間に形成されたトラック分離域を有する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁気記録層を形成する工程と、
前記トラック分離域に対応する前記磁気記録層の領域に非磁性元素のイオンを注入することによって当該領域の合金結晶の格子定数を前記磁気記録層の他の領域の合金結晶の格子定数よりも大きくすることにより前記トラック分離域を形成する工程と
を有することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記結晶構造が六方晶もしくは正方晶であり、前記トラック分離域の合金結晶の格子定数と前記記録トラックの合金結晶の格子定数が結晶のc軸の格子定数であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素がCr,Mo,W及びTaからなる群から選ばれる元素であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素がCrであることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項10】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素のイオンを注入する時の注入エネルギーが10keV以上20keV以下であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項11】
請求項6に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記非磁性元素のイオンを注入する時の注入量が4×1016 atoms/cm2以上3×1017atoms/cm2以下であることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2010−277616(P2010−277616A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126258(P2009−126258)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
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