説明

磁気記録媒体用基板およびその製造方法ならびに磁気記録媒体

【課題】低ノイズで良好な信号再生特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】非磁性基板11上に無電解メッキ法で軟磁性裏打ち層12を形成する。メッキ成膜された軟磁性裏打ち層には、熱処理温度が250℃以上350℃以下、基板への印加磁場強度が10キロエルステッド(kOe)以上の範囲で条件選択されて磁場中熱処理が施される。この磁場中熱処理により、軟磁性膜の面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差(δH=Hd−Hc)の絶対値が5エルステッド(Oe)以上の磁気的異方性であって、基板中心軸に対する対称性を有する磁気的異方性が付与されるとともに、軟磁性膜中のリップル構造に起因する低周波域のノイズが、20MHzでみて熱処理前の2分の1以下とされる。このような磁気的異方性をもつ軟磁性裏打ち層はノイズ低減に効果的である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体用基板およびその製造方法ならびに磁気記録媒体に関し、より詳細には、磁気リップル構造由来の低周波ノイズを低減させた垂直磁気記録媒体の製造に適する基板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報記録の技術分野において、文字や画像あるいは楽曲といった情報を磁気的に読み込み・書き出しする手段であるハードディスク装置は、パーソナルコンピュータをはじめとする電子機器の一次外部記録装置や内蔵型記録手段として必須のものとなっている。このようなハードディスク装置には磁気記録媒体としてハードディスクが内蔵されているが、従来のハードディスクには、磁気情報をディスク面内に水平に書き込むいわゆる「面内磁気記録方式(水平磁気記録方式)」が採用されていた。
【0003】
図1は、水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板1上に、スパッタリング法で成膜された非磁性のCr系下地層2、磁気記録層3および保護膜としてのカーボン層4が順次積層され、このカーボン層4の表面に液体潤滑剤を塗布して形成された液体潤滑層5が形成されている。これら各層の厚みは高々20nm前後であり、全ての成膜はマグネトロンスパッタリング法などのドライプロセスで実行されるのが一般的である(例えば、特許文献1参照)。そして、磁気記録層3はCoNiCrやCoCrPt等の一軸結晶磁気異方性のCo合金とされ、このCo合金の結晶粒がディスク面と水平に磁化されて情報が記録されることとなる。
【0004】
しかしながら、このような水平磁気記録方式では、記録密度を高めるために個々の結晶粒(磁区)のサイズを小さくすると、隣接した磁区のN極同士およびS極同士が反発し合って磁化の打ち消し合いが生じるために高記録密度化のためには磁気記録層の厚みを薄くして結晶粒の垂直方向のサイズを小さくする必要があること、また、結晶粒の微細化(小体積化)が進むと熱エネルギによって結晶粒の磁化方向が乱されてデータが消失するという「熱揺らぎ」の現象が生じることなどの問題点が指摘され、高記録密度化への限界が認識されるようになった。
【0005】
このような問題に鑑みて検討されるようになったのが「垂直磁気記録方式」である。この記録方式では、磁気記録層はディスク表面に対して垂直に磁化されるため、N極とS極が交互に束ねられてビット配置され、磁区のN極とS極は隣接しあって相互に磁化を強めることとなる結果、ビット内における自己減磁場(反磁場)が少ないために磁化状態(磁気記録)の安定性が高くなる。また、垂直に磁化方向が記録される場合には、隣接ビットの反磁界が相互に強め合うように作用するので、水平磁気記録方式とは異なり、結晶粒の垂直方向のサイズを小さくする必要はなく、したがって磁気記録層の厚みを薄くする必要性もない。このため、結晶粒の水平方向のサイズを小さくしても、記録層厚を厚くして垂直方向を大きくとれば、全体としての結晶粒の体積が大きくなって「熱揺らぎ」の影響を小さくすることが可能である。
【0006】
つまり、垂直磁気記録方式は、反磁場の軽減とKuV値(Kuは磁気記録層の結晶磁気異方性エネルギ、Vは単位記録ビット体積を表す)を確保できるため、「熱揺らぎ」による磁化不安定性が低減され、記録密度の限界を大幅に拡大することが可能となる磁気記録方式であることから、超高密度記録を実現する方式として期待されている。
【0007】
図2は、軟磁性裏打ち層(SUL:Soft Under Layer)上に垂直磁気記録のための記録層を設けた「垂直二層式磁気記録媒体」としてのハードディスクの基本的な層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板11上に、軟磁性裏打ち層(SUL)12、磁気記録層13、保護層14、潤滑層15が順次積層されている。ここで、軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大と磁気記録層13の反磁場低減に有効に作用する層であり、パーマロイやCoZrTaアモルファスなどが典型的に用いられる。また、磁気記録層13としては、CoCr系合金、CoCrTaPt系合金、PtCo層とPdとCoの超薄膜を交互に数層積層させた多層膜、あるいは、SmCoアモルファス膜などが用いられる。
【0008】
図2に示したように、垂直磁気記録方式のハードディスクでは、磁気記録層13の下地として軟磁性裏打ち層12が設けられ、その磁気的性質は「軟磁性」であり、層厚みは概ね100nm〜500nm程度とされる。この軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大効果と磁気記録膜の反磁場低減を図るためのもので、磁気記録層13からの磁束の通り道であるとともに、記録ヘッドからの書き込み用磁束の通り道として機能する。つまり、軟磁性裏打ち層12は、永久磁石磁気回路における鉄ヨークと同様の役割を果たす。このため、書き込み時における磁気的飽和の回避を目的として、磁気記録層13の層厚に比較して厚く層厚設定される必要がある。
【0009】
積層構成の観点からは、軟磁性裏打ち層12は、図1で示した水平磁気記録方式のハードディスクで設けられる非磁性のCr系下地層2に対応するものであるが、その成膜はCr系下地層2の成膜に比較して容易ではない。
【0010】
既に説明したように、水平磁気記録方式におけるハードディスクの各層の厚みはせいぜい20nm前後であり、全てドライプロセス(主にマグネトロンスパッタ)で形成される(特許文献1参照)。垂直二層式記録媒体においても、磁気記録層13と軟磁性裏打ち層12をドライプロセスで形成する方法が種々検討されているが、ドライプロセスで軟磁性裏打ち層12を形成する場合には、スパッタリング・ターゲットが飽和磁化の大きい強磁性体であること、しかも軟磁性裏打ち層12の厚みとして100nmもしくはそれ以上のものが必要とされることなどの理由により、膜厚均一性や組成均一性、ターゲット寿命、プロセスの安定性、そして何よりも成膜速度の低さから、量産性や生産性の上で大きな問題を抱えている。
【0011】
また、高記録密度化のためには、磁気ディスク表面を浮上する磁気ヘッドの浮上高さ(フライングハイト)を極力低くする必要があるが、ドライプロセスにより成膜された比較的厚い膜はその表面平滑性が劣化しがちでヘッドクラッシュの原因ともなってしまう。
【特許文献1】特開平5−143972号公報
【特許文献2】特開2005−108407号公報
【特許文献3】特開2005−240162号公報
【特許文献4】特開平6−89422号公報
【特許文献5】特開2001−284154号公報
【非特許文献1】近角聡信著「強磁性体の物理(下)」p.56〜106(裳華房、1984年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このような理由により、厚膜化が容易でしかも研磨加工が可能なメッキ法で、軟磁性裏打ち層12を形成する試みが検討されている。
【0013】
しかし、軟磁性層をメッキ法により成膜した場合、軟磁性層を構成するメッキ膜面内の数mmから数cmの範囲にわたって特定の方向に磁性を帯びた磁区が多数発生し、それら磁区の界面には磁壁が発生する。このような磁壁を有する軟磁性層を、垂直二層式磁気記録媒体用の軟磁性裏打ち層として用いた場合には、磁壁部分より発生する漏れ磁界によってスパイクノイズやマイクロスパイクノイズと呼ばれる孤立パルスノイズが発生し、信号再生特性が大きく損なわれる可能性が有る。
【0014】
そこで、簡便な方法にて優れた特性を有する垂直二層式磁気記録媒体を得るべく、メッキ法により軟磁性裏打ち層を形成するための成膜条件、ならびに、軟磁性裏打ち層として適した軟磁性膜の種類について研究が重ねられ、磁気記録媒体を形成する基板上に無電解メッキ法にてCo、Ni、Feの群から選択される2種以上の金属からなる合金からなり、層と平行な面における保磁力が20エルステッド(Oe)未満、かつ、飽和磁化と残留磁化の比率が4:1から4:3の範囲の磁気的異方性を有する軟磁性膜を裏打ち層として用いると、軟磁性膜中での磁壁の発生が抑制されてノイズの低減に有効であることが見出された(特許文献2)。
【0015】
特許文献2に開示されたメッキ成膜方法は、軟磁性膜のメッキ成膜速度、および、軟磁性膜のメッキ成膜速度とメッキ基板表面のメッキ液速度の比率を制御し、かつ、メッキ液中で基板を自公転させながら成膜することで軟磁性膜の構造を制御するというものである。
【0016】
しかしながら、特許文献2に記載された条件設定により、何故、上記のような磁気的異方性を有する軟磁性膜が得られるのかについてのメカニズムは必ずしも明らかではない。そのため、この成膜法によって軟磁性膜の磁気的異方性の程度を制御したり所定の磁気的異方性を高い再現性で得ることは容易ではない。
【0017】
ところで、軟磁性膜を成膜した後に磁場中で熱処理すると、当該軟磁性膜に磁気的異方性を付与することができることは従来から知られており、この手法で与えられる磁気的異方性は磁場の印加方向となるため、制御性も高い。このような理由から、スピンバルブ構造を有するGMRヘッドやTMRヘッドに磁気的異方性を与える手法のひとつとして、一定方向に磁場を発生させた環境下で軟磁性膜を熱処理するという方法が広く用いられるようになってきている(例えば、特許文献3の段落[0030]を参照)。
【0018】
このような磁場中熱処理で得られる軟磁性膜の磁気的異方性は磁場印加方向に限られるが、垂直二層式磁気記録媒体の軟磁性裏打ち層としての膜とするためには、基板面内の径方向もしくは周方向に磁気的異方性をもち、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものであることが求められる。このような理由から、従来の磁場中熱処理の手法によって、垂直二層式磁気記録媒体の軟磁性裏打ち層として適する磁気的異方性の軟磁性膜を得たとの報告はなされていない。また、低ノイズの軟磁性膜を得るためには微細な磁気揺らぎ(磁気リップル構造)に由来する低周波ノイズの低減が求められる。
【0019】
例えば、特許文献4および5には、磁場中メッキを行った異方性軟磁性膜CoFeNi膜の磁気困難軸方向に磁場を印加しながら熱処理することにより該軟磁性膜の異方性方向が磁場熱処理方向に変化するとともに透磁率が上昇すること、および、電気メッキ軟磁性膜CoFeNi膜に膜面内方向に磁場印加して回転しながら熱処理するという手法を採用した磁性膜の製造方法が開示されている。これら特許文献4および5に開示された発明は、磁場中回転により(実質的には回転磁場を印加したことと等価になる)、該軟磁性膜の異方性を乱して磁気的には等方的で軟磁気特性を改善して、磁気ヘッドコア材として用いようとするものである。
【0020】
また、非特許文献1にもあるように、磁場中熱処理により磁場印加方向に異方性を付与したり、回転磁場を印加して磁気的に等方性とし、軟磁気特性を改良できることは、誘導磁気異方性としてよく知られている。
【0021】
しかし、垂直用磁気メディアに用いるため、軟磁性裏打ち膜に磁場中熱処理により径方向もしくは周方向に概ね軸対称な異方性を付与する手法についての報告はこれまでなされた例がなく、知られていない。
【0022】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、メッキ法により成膜された軟磁性膜に面内の径方向もしくは周方向の磁気的異方性をもたせ、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものとし、かつ、磁気リップル構造に由来する低周波ノイズを低減させ、これにより、低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、かかる課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、磁気記録媒体用基板であって、直径90mm以下の円板形状を有する非磁性基板と、該基板の主面上に設けられた軟磁性裏打ち層とを備え、前記軟磁性裏打ち層は、CoとNiとFeからなる群から選択される少なくとも2種の元素を主成分とするメッキ層であり、前記メッキ層は、成膜後の磁場中熱処理により付与された磁気的異方性を有し、該磁気的異方性が、面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差(δH=Hd−Hc)が絶対値で5エルステッド(Oe)以上、且つ、基板中心軸に対する対称性を有し、軟磁性膜中のリップル構造に起因する低周波域のノイズが、20MHzでみて熱処理前の2分の1以下であることを特徴とする。
【0024】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の磁気記録媒体用基板において、前記メッキ層は、BとCとPとSからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする。
【0025】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の磁気記録媒体用基板において、前記非磁性基板はシリコンウエーハであり、前記基板主面と前記メッキ層との間に、NiまたはNiPの下地メッキ層を備えていることを特徴とする。
【0026】
請求項4に記載の発明は、磁気記録媒体であって、請求項1乃至3の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の軟磁性裏打ち層上に磁気記録層が設けられていることを特徴とする。
【0027】
請求項5に記載の発明は、磁気記録媒体用基板の製造方法であって、直径90mm以下の円板形状を有する非磁性基板の主面上に軟磁性膜を形成する無電解メッキ工程と、該無電解メッキ工程で成膜された軟磁性膜に磁場中熱処理を施す工程とを備え、前記無電解メッキ工程は、CoとNiとFeからなる群から選択される少なくとも2種の金属イオンを含有するメッキ浴中に前記基板を浸漬させて前記軟磁性膜のメッキ成膜が実行され、前記磁場中熱処理工程は、前記軟磁性膜の面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差(δH=Hd−Hc)が絶対値で5エルステッド(Oe)以上の磁気的異方性であって、該磁気的異方性が基板中心軸に対する対称性を有し、軟磁性膜中のリップル構造に起因する軟磁性膜中のリップル構造に起因する低周波域のノイズが、20MHzでみて熱処理前の2分の1以下となるように実行されることを特徴とする。
【0028】
なお、当該低周波域のノイズのひとつの目安は、信号処理でカットオフ周波数の1つの目安である20MHzにおいて、軟磁性膜のノイズが熱処理前後で1/2以下になることである。
【0029】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記磁場中熱処理は、熱処理温度が250℃以上350℃以下、前記基板に印加される磁場強度が10キロエルステッド(kOe)以上で実行され、磁場印加が熱処理炉中で2−17型SmCo系磁石磁気回路または電磁石により行われることを特徴とする。
【0030】
請求項7に記載の発明は、請求項5又は6に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記基板としてシリコンウエーハが選択され、前記無電解メッキ工程に先立ち、Niイオンを含有するメッキ浴もしくはNiイオンを含有する浴に燐系還元剤を添加したメッキ浴中に前記シリコンウエーハを浸漬させてNiまたはNiPの下地メッキ層を成膜する工程を備えていることを特徴とする。
【0031】
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記下地メッキ層の成膜工程に先立ち、前記シリコンウエーハ表面上の酸化膜を除去する基板表面処理工程を備えていることを特徴とする。
【0032】
請求項9に記載の発明は、請求項5乃至8の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法において、前記軟磁性膜のメッキ成膜後に、該軟磁性膜の膜厚および表面平坦性を制御するための研磨工程を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、メッキ法により成膜された軟磁性膜に面内の径方向もしくは周方向の磁気的異方性をもたせ、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものとすることが可能となるので、軟磁性裏打ち層内での磁壁発生が抑制され、しかも、磁気的異方性の程度の制御性や再現性が高い。
【0034】
また、磁場中熱処理条件の適切な選択により、軟磁性膜表面での磁壁発生を抑制してスパイクノイズを低減させるとともに、磁気リップル構造に由来する低周波領域(10MHz以上50MHz以下、特に20MHzの低周波数)でのノイズ低減が図られる。そして、このような軟磁性裏打ち層を備えることで、低ノイズで良好な信号生成特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板が提供され、この軟磁性裏打ち層上に垂直磁気記録用磁性膜を設けると、ヘッド磁束の増大により良好な書き込み特性を有する高記録密度の磁気記録媒体が得られる。
【0035】
また、本発明の磁気記録媒体用基板は、軟磁性裏打ち層が湿式の無電解メッキにより成膜されるものであるため、蒸着法等によるドライプロセス成膜に比較して製造プロセスが大幅に簡便化され、かつ、生産性にも優れている。
【0036】
既に触れた特許文献3に記載の磁場中熱処理によって付与される磁気的異方性の方向は軟磁性膜の特定の一方向のみであり基板中心軸に対して対称な異方性化の付与は実現されていないのに対し、本発明では、基板中心軸に対して対称で、且つ、基板周方向或いは径方向の異方性選択が自由(任意)であるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下に、図面を参照して本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0038】
本発明の磁気記録媒体用基板は垂直磁気記録用のもので、軟磁性裏打ち層上に磁気記録層を形成することで、垂直二層式磁気記録媒体としてのハードディスクが得られる。すなわち、本発明の磁気記録媒体用基板は、図2に示したように、非磁性の基板11上に無電解メッキにより成膜された軟磁性裏打ち層12が設けられている。そして、この軟磁性裏打ち層12上に垂直磁気記録用の磁気記録層13を形成し、さらに、保護層14および潤滑層15を順次積層することで、本発明の磁気記録媒体が得られる。なお、図3に示したように、非磁性基板11としてSi基板を用いる場合には、軟磁性裏打ち層12との間に、該基板との密着性を確保するためNiやNiPの核付け膜16をメッキ成膜で設けることができる。
【0039】
以下に、各層ごとの構成を順次説明する。
【0040】
非磁性基板11:本発明の磁気記録媒体用基板に用いられる非磁性基板としては、従来から磁気記録媒体の製造に用いられているアルミ基板にNi−P無電解メッキを施した基板やガラス基板の他、Si基板を用いることができる。なお、ガラス基板を用いる場合には、スパッタ法などにより予め導電性の膜を付与することが必要である。
【0041】
また、Si基板は必ずしも単結晶基板である必要はないが、単結晶Si基板を用いると表面の原子配列が面内で一様でありメッキ工程における表面化学的状態や表面電位状態も面内で均質となるという利点がある。つまり、非磁性基板11として単結晶Si基板を用いると、後述するNiやNiPの核付け膜16を成膜する際に単結晶Si基板上への直接置換メッキが可能であり、しかも、単結晶Siの極めて均質で高品質な結晶性故に、メッキの不均一に起因する磁気的な不均一を抑制できるという利点がある。
【0042】
以下の説明では、非磁性基板11は単結晶Si基板であるものとして説明する。
【0043】
単結晶Si基板は、CZ(チョコラルスキー)法あるいはFZ(フローティングゾーン)法により結晶育成されたものが容易に入手可能である。Si基板の面方位には特別な制限はなく、(100)、(110)あるいは(111)などの任意の面方位であってよい。また、Si基板中に含まれる不純物レベルは半導体素子製造用基板として用いる場合のような厳しい制限はなく、Siとの原子比で10%程度(〜1022atoms/cm3)の不純物(ドナーやアクセプターあるいは酸素、炭素、窒素といった軽元素など)を含んでいても差し支えない。
【0044】
なお、非磁性基板11が単結晶Si基板であるか否かを問わず、本発明においてはその基板直径は90mm以下とされる。これは、後述の軟磁性裏打ち層12の無電解メッキ成膜工程において、基板面上に均質なメッキ液の流れを形成するためである。この点は後述する。
【0045】
Si基板の表面処理:上述したように、本発明の非磁性基板11としてSi基板を用いる場合には、Si基板11と軟磁性裏打ち層12との間に下地メッキ層としての核付け膜16を設ける。このため、核付け膜16のメッキ成膜に先立ち、Si基板11の表面活性化処理が施される。この表面活性化処理により、その後の核付け膜の置換メッキが容易化されて膜の密着性が高まる。
【0046】
この表面活性化処理は、Si基板11の表面に自然形成された酸化膜の除去が主たるものであるが、この処理の過程でSi基板11の極表面のSi原子がエッチングされて基板表面が化学的に活性化される。
【0047】
このエッチング処理は、酸処理(フッ酸、塩酸、硝酸等)やアルカリ処理(NaOH、KOH、アンモニア等)、あるいは電解処理といった種々の手法によることが可能である。たとえば、苛性ソーダなどのアルカリ水溶液を用いてエッチングを施す場合には、アルカリ濃度2〜60重量%の水溶液を液温30〜100℃とし、Si基板の表面酸化膜を除去するとともにSi基板の表面を僅かに腐食させる。
【0048】
核付け膜16:核付け膜16は、上記の表面活性化処理が施されたSi基板の表面に、NiまたはNiPを置換メッキすることで成膜される。核付け膜16をNi層とする場合には、元素成分で0.01N以上、好ましくは0.05〜0.3NのNiイオンを含むメッキ液を用い、このメッキ液中にSi基板11を浸漬させてメッキ成膜する。また、核付け膜16をNiP層とする場合には、燐(P)系還元剤(次亜燐酸、次亜燐酸ナトリウム等)を上記のメッキ液に添加してメッキ成膜を実行する。なお、このようにして得られたNi層やNiP層の表面を、Cu膜やPd膜あるいはAu膜などで修飾するようにしてもよい。
【0049】
核付け膜16の厚みは、10〜1000nmが好ましく、より好ましくは50〜500nmである。これは、核付け膜16が10nmより薄いと金属(合金)の多結晶の粒径が不均一となりやすく、1000nmよりも厚いと個々の結晶粒が肥大化してしまい下地メッキ層として好ましくないためである。
【0050】
軟磁性裏打ち層12:軟磁性裏打ち層12は、無電解メッキとして知られる一般的な方法で成膜される。例えば、メッキ膜厚が100nm〜3μmとなるように成膜した後に、このメッキ膜を所定の厚みまで研磨して50〜1000nmとする。なお、この研磨工程は、シリカやセリアなどの無機微粒子を用いて行われ、厚み調整と同時に表面粗さ制御も兼ねるものである。
【0051】
軟磁性裏打ち層12を50〜1000nmの厚み範囲とするのは、軟磁性裏打ち層12の厚みが1000nmよりも厚いと、ハードディスクを信号再生させた際に、軟磁性裏打ち層12から発生する磁気的ノイズが大きくなり、結果として記録媒体としてのS/N特性の低下を招き易くなるためである。一方、50nm未満の厚みとすると、磁気記録層13の下地としての磁気透過特性が不十分となって記録媒体としてのオーバーライト特性が低下してしまうためである。
【0052】
無電解メッキ浴としては、硫化物浴または塩化物浴の何れを用いることも可能であり、その浴中に含有される金属種としても種々のものを採用し得るが、メッキ膜に軟磁性膜としての磁気特性を発現させ、かつ、その結晶構造を立方晶とする必要から、Co、Ni、Feからなる群から選択される少なくとも2種の元素を含有する金属塩含有のメッキ浴が選ばれる。このような金属元素選択とするのは、Co、Ni、およびFeは何れも無電解メッキが可能であるものの、単独元素のメッキ膜からは良好な軟磁気特性得ることが困難なためである。
【0053】
具体的な浴組成としては、例えば、硫酸ニッケルと硫酸コバルトの混合浴、あるいは、この混合浴にさらに硫酸鉄を混合させた浴などが例示される。また、混合浴中の金属塩の好ましい濃度は、0.01〜0.5Nである。このようなメッキ浴には、必要に応じて、浴に含まれる金属イオンに応じた還元剤が添加される。このような還元剤としては、例えば、次亜燐酸(H2PO2)やジメチルアミンボラン(DMAB:(CH32HNBH3)などがある。
【0054】
本発明の軟磁性裏打ち層は、無電解メッキにより成膜されるため、メッキ浴や還元剤に含まれている軽元素が膜中に取り込まれる。これらの軽元素のうち、軟磁気特性に特に影響を及ぼす元素は、硼素(B)、燐(P)、炭素(C)、および硫黄(S)であり、軟磁性裏打ち層はこれら4種の軽元素のうちの少なくとも1種の元素を有意に含有するように成膜される。メッキ膜中に、B、C、P、およびSのうちの少なくとも1種の元素を有意に含有させる点は、スパッタリング法などの乾式成膜法との大きな相違点である。
【0055】
被メッキ基板の直径が90mmを超えると基板面に均質なメッキ液の流れを形成することが困難となる。したがって、本発明においては非磁性基板11の直径を90mm以下として、基板面上に均質なメッキ液の流れを形成するようにしている。また、均質なメッキ液流の形成のために、メッキ成膜時の液循環を調整したり、パドル等の攪拌子を用いてメッキ液を攪拌したり、あるいは被メッキ基板を自公転させたりすることでメッキ浴中の液流を調整することも効果的である。
【0056】
これらのうち、浴中で被メッキ基板を自公転させる方法は、液流速を適切なものとするのに簡便かつ効果的な方法である。したがって、浴中での被メッキ基板の自公転と、メッキ液の循環や攪拌とを適宜組み合わせることでメッキ浴中の液流を調整することが好ましい。なお、本発明者らの実験結果によれば、好適な自公転速度は10rpm〜100rpmであり、より好ましくは20rpm〜80rpmである。
【0057】
軟磁性裏打ち層に施す磁場中熱処理:メッキ成膜された軟磁性裏打ち層には下記のような温度条件と磁場印加条件での磁場中熱処理が施され、磁場印加して熱処理することにより磁気的異方性の付与が図られる。そして、本発明の高磁場中高熱処理により、面内の径方向もしくは周方向の磁気的異方性であって、かつ、基板中心軸に対して対称性を有する磁気的異方性が軟磁性膜に付与され、従来発明の低磁場中低熱処理より有効にノイズを低下させることができる。
【0058】
ここで、「磁気的異方性」とは、面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差を意味する。例えば、図4に図示されている磁化曲線の概念図に示されたδH=Hd−Hcにより磁気的異方性(Hk)が評価される。なお、δHが正の場合(Hd−Hc>0)には面内径方向が磁化方向(異方性方向)であり、δHが負の場合(Hd−Hc<0)には面内周方向が磁化方向(異方性方向)である。異方性方向はどちらでもよく、異方性の程度δHが重要なため、δHは絶対値で表現する。
【0059】
本発明における磁場中熱処理の上限温度は350℃以下に選択される。このような温度選択とされるのは、磁場中熱処理温度が350℃を超えると軟磁性結晶粒が肥大化を起こしてしまい、その結果、磁気特性と磁気的異方性が低下し易くなるからである。また、磁場中熱処理の温度が250℃未満の場合には、磁気リップル構造に由来する低周波ノイズの十分な低減効果が得難くなる。したがって、磁場中熱処理の温度範囲は250〜350℃とすることが望ましい。
【0060】
熱処理時間は印加される磁場の強度等に応じて設定されるが、熱処理の最高温度での保持時間は少なくとも5分間とされる。これは、最高温度での保持時間が5分未満と短時間の場合には、基板(軟磁性裏打ち層)の面内温度の均一が得難いために好ましくないためである。一方、10時間を超えるような長時間となると生産性が著しく低下してしまうため望ましくない。したがって、熱処理時間は5分以上10時間以下が好ましく、例えば、30分以上2時間以内の範囲で選択される。
【0061】
本発明における磁場中熱処理は、以下のような磁場中で実施される。先ず、磁場の発生手段は、強磁場(10kOe(キロ・エルステッド)以上、例えば10kOe〜20kOe)の印加が可能であれば永久磁石や電磁石あるいは超伝導マグネットといった何れの手段でもよいが、10kOe以上の磁場を容易に得易いという点からは、電磁石や希土類永久磁石磁気回路が優れている。
【0062】
近年の高特性NdFeB系磁石や2−17型SmCo系磁石を用いれば、10kOe〜15kOeの磁場印加が可能である。これらの磁場発生方法において、10kOe〜12kOe程度の磁場であれば、軸対称性を持つ周方向磁場や径方向磁場を発生する手段として、小型化に適した希土類磁石磁気回路が好ましい。更に、該磁気回路は熱処理環境に設置し、250℃以上の耐熱性が要求されるため、耐熱性に優れ熱減磁の少ない2−17型SmCo系磁石を用いた磁気回路が、本発明ではより望ましい。それ以上の場合、電磁石を使用する。
【0063】
印加磁場は、好ましくは軟磁性裏打ち層に5Oe以上の磁気的異方性を付与するように実行される。これは、軟磁性裏打ち層の磁気的異方性が5Oe以上であれば、軟磁性裏打ち層から発生するスパイクノイズ等を効果的に抑制できるためである。なお、軟磁性裏打ち層に付与される磁気的異方性が高いほどノイズ抑制に効果的であるが、磁場中熱処理のプロセス上、2kOeを越える磁気的異方性を付与することは困難であるので、事実上、軟磁性裏打ち層に付与される磁気的異方性は5Oe〜2kOeとされる。
【0064】
本発明においては、磁場中での熱処理により低周波領域(20MHz)でのノイズ低減を図るが、これは、メッキ成膜された軟磁性膜の低周波ノイズについての本発明者らによる検討の結果、低周波領域のノイズの主原因が磁気リップルにあるとの知見に基づいている。つまり、本発明者らは、低周波域のノイズを抑制するためには、磁気リップルの発生を抑制することが極めて効果的であるとの結論に至った。
【0065】
ここで、磁気リップル(もしくは磁気リップル構造)とは、軟磁性膜を構成する微細粒やその集合である磁気クラスタにおいて、磁化容易方向からの磁化方向の微小な角度バラツキにより生じた軟磁性膜内の体積磁化に起因するもので、偏光光によるカー効果観察では確認されず、ローレンツ透過型電子顕微鏡やMFMなどの高感度な観察手法によってのみ観察され得るものである。
【0066】
図5はMFM像によって観察された磁気リップルパターンを示す図であり、図6は磁気リップルがもち得る磁化ばらつきの2種類のモードを説明するための図である。図5において矢印で示した方向が磁化方向(磁化容易方向)で、この磁化方向に概ね直交する方向に磁気リップルが生じる。そして、磁気ヘッドの走行方向は、磁気リップルパターンに対して概ね直交する方向に一致する。なお、磁気リップルには、一般に、図6(A)および図6(B)に概念的に図示したような2種類の磁化ばらつきのモードがあり、x方向に平均磁化方向をとり、各磁区の磁化方向を小矢印で示したように、図6(A)の磁化ばらつきモードはx軸方向に磁気リップルを有する「横モード」ばらつきであり、図6(B)の磁化ばらつきモードはy軸方向に磁気リップルを有する「縦モード」ばらつきである。
【0067】
本発明者らが行った磁気リップルパターンの周波数解析結果によれば、磁気リップルの程度と低周波領域のノイズレベルとの間に有意な相関が認められ、磁気リップルが低周波域ノイズの主要な要因であることが明らかになった。なお、磁気リップルの2つのモードのうち図6(B)に図示した「縦モード」の磁気エネルギのほうが低く、この「縦モード」が実際の軟磁性膜中に生じているものと考えられる。つまり、軟磁性膜中での磁気リップルは、図6(B)のような磁化容易方向からの磁化方向の微小な角度バラツキにより生じている。
【0068】
このような磁気リップルの発生要因は、軟磁性膜そのものが備える内部要因(結晶磁気異方性の分布)と外部要因(加工歪み)とに分類される。本発明では、磁場中熱処理による異方性化により結晶磁気異方性の分布を改善し、また該熱処理により加工歪みからくる磁歪分布起因の磁気リップルを緩和する。それによってリップル構造の周波数スペクトル強度を低下(例えば、20MHzの周波数域における各周期成分の強度が概ね半分以下)させて低周波域ノイズを低減(好ましくは5dB以下)することを主要な目的としている。
【0069】
軟磁性膜形成後に施す磁場中熱処理はその条件設定が容易であり、その結果として、得られる磁気的異方性の程度の制御性や再現性が高いという利点がある。なお、本発明において実施される磁場中熱処理は、軟磁性裏打ち層の全面に常時一定の磁場が印加される状態で実行されることは必ずしも必要とはされない。
【0070】
図7は、磁場中熱処理で採用可能な磁場印加の態様を例示するための図で、比較的小型の磁気回路からなる磁場印加部を符号20Aおよび20Bで示し、その磁化方向(即ち、磁場方向)を矢印で示している。
【0071】
図7(A)に図示された磁場印加部20Aは、2−17型SmCo系永久磁石からなり、軟磁性裏打ち層12の周方向に磁場を発生させており、軟磁性裏打ち層12が基板中心軸(C)の周りに回転することで全面に磁場印加が施される。また、図7(B)に図示された磁場印加部20Bは、ターンコイルが巻かれた電磁石からなり、軟磁性裏打ち層12の径方向に磁場を発生させており、軟磁性裏打ち層12が基板中心軸(C)の周りに回転して全面に磁場印加される。該電磁石装置の方が高磁場を発生可能であるが、巻き線が必要なため体積は大きくなる。
【0072】
そして、図7(A)のように軟磁性裏打ち層12の周方向に磁場を発生させる磁場印加部20Aを用いて磁場印加すれば基板平面内の周方向の磁化曲線に磁気的異方性が付与され、図7(B)のように軟磁性裏打ち層12の径方向に磁場を発生させる磁場印加部20Bを用いて磁場印加すれば基板平面内の径方向の磁化曲線に磁気的異方性が付与されることとなる。もちろん、図7(A)において、磁石磁化方向を基板の径方向とすれば、永久磁石磁気回路で径方向磁場を発生できる。
【0073】
なお、磁場印加部20Aや20Bの大きさは、これら磁場印加部による軟磁性裏打ち層面上での実効的磁場印加面積が当該軟磁性裏打ち層の面積の1/20以上となるように選択される。これは、上記未満の実効的磁場印加面積となる場合には、軟磁性裏打ち層に印加される実効磁場強度が確保しにくくなるためである。また、基板を回転させる代わりに磁場印加部を回転させるようにしてもよい。つまり、基板と磁場印加部の少なくとも一方を基板の中心軸を中心に回転させながら磁場印加を実行してもよい。
【0074】
軟磁性裏打ち層上での実効磁場強度の面内均一化を図り基板中心軸に対する対称性を担保するために、基板中心と磁場中心とを略一致させた状態でその周りに基板と磁場印加装置の少なくとも一方を回転させながら磁場印加を実行することが望ましい。この場合の回転数に特別な制限はないが、両者の相対的回転数が5rpm以上であれば、略軸対称な磁気的異方性の付与が可能であるので、例えば10〜100rpmの間で制御する。
【0075】
軟磁性裏打ち層12の「磁気的異方性」:上述した磁場中熱処理により、軟磁性裏打ち層には下記のような磁気的異方性が付与される。なお、特許文献3の段落[0049]には磁場中でメッキ成膜する旨が記載されているが、本発明においてはこのような磁場中でのメッキ成膜は必須ではない。
【0076】
磁気的異方性の測定(実際には磁化曲線測定)は、主として、VSM(試料振動型磁力計)やカー効果により行われる。VSMによる場合には、磁化の絶対値も含めて磁化曲線が厳密に求められるという利点の反面、測定試料の切り出しが必要であるために破壊試験とならざるを得ず、しかも軟磁性膜の残留応力の様子が非破壊状態とは異なることに起因する磁気特性への影響が否定できないという欠点がある。
【0077】
一方、カー効果による場合には、非破壊で磁化曲線の測定が可能であり、測定エリアも2〜3mm程度の狭い範囲であるので、面内分布を得るための多点計測をするのも容易であるという利点がある。しかし、得られる磁化曲線の縦軸は本来はカー回転角であるため、磁化の絶対値を知ることはできない。また、カー効果測定は、膜表面での可視光反射によるため、その測定結果は膜の極表面の情報に基くものとならざるを得ず、膜の厚み方向全体の磁化曲線とは異なる可能性が否定できないという欠点がある。
【0078】
このように、両測定法ともそれぞれの特徴をもつので、磁気異方性情報の把握に際しては、これらの手法を使い分けることが肝要である。
【0079】
磁気記録層13:軟磁性裏打ち層12の上に設けられる磁気記録層13は、垂直磁化記録を行うための硬磁性材料からなる。なお、この磁気記録層13は、軟磁性裏打ち層12の上に直接形成してもよいが、結晶粒径および磁気特性の整合をとるなどのために、必要に応じて、種々の中間膜を設け、この中間膜上に形成するようにしてもよい。中間膜としては、例えばRu膜などが用いられる。また、中間膜を複数層積層させるようにしてもよい。
【0080】
磁気記録層13の組成は、層面に垂直な方向に磁化容易な磁区を形成可能な硬磁性材料であれば特別な制限はない。スパッタ法成膜する場合には、たとえば、Co−Cr系合金膜、Fe−Pt合金膜、CoCr−Siグラニュール膜、Co/Pd多層膜などを用いることができる。また、湿式法により成膜する場合には、たとえば、Co−Ni系メッキ膜やマグネトプランバイト相よりなるバリウム・フェライトの塗布膜などを用い得る。
【0081】
このような磁気記録層13の厚みは、概ね5〜100nm程度が好ましく、より好ましくは10〜50nm程度である。また、磁気記録層13は、その保磁力が、好ましくは0.5〜10キロエルステッド(kOe)となるように成膜され、より好ましくは3〜6キロエルステッド(kOe)となるように成膜される。
【0082】
保護層14および潤滑層15:磁気記録層13の上面に設けられる保護層14は、従来の磁気記録媒体に用いられてきた材料で形成することができる。たとえば、スパッタ法やCVD法により形成される非晶質カーボン系の保護膜をはじめ、アルミナ(Al23)などの結晶質の保護膜を用いることができる。この保護層14の上面に設けられる潤滑層15もまた、従来の磁気記録媒体に用いられてきた材料を塗布して形成することができ、その剤種及び塗布方法についての制限は特にない。たとえば、フッ素系油脂を塗布して単分子膜を形成するなどにより潤滑層15を形成する。なお、これら保護層14および潤滑層15の厚みは何れも、例えば2〜20nm程度とされる。
【0083】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0084】
実施例:本実施例では、非磁性基板として単結晶Si基板を用いた。CZ法で結晶育成された直径200mm(8インチ)のSi単結晶から、コア抜き、芯取り、およびラッピングを行い、直径65mmの(100)Si単結晶の板(Pドープのn型)を得た。このSi単結晶の板を、平均粒径15nmのコロイダルシリカを含有するスラリーを用いて両面研磨し、表面粗さ(Rms)4nmのSi基板を得た。なお、Rmsは平方平均粗さであり、AFM(原子間力顕微鏡)を用いて測定した。
【0085】
このSi基板を、2質量%の苛性ソーダ水溶液(液温45℃)に3分間浸漬して基板表面の薄い表面酸化膜を除去するとともに、極表面のSiをエッチングする表面活性化処理を行い、引き続いて、0.1Nの硫酸ニッケル水溶液に硫酸アンモニウムを0.5N添加した下地メッキ浴を調合して液温80℃に保持した浴中に5分間浸漬して核付け膜としての下地Niメッキ層(200nm)を得た。
【0086】
次に、硫酸アンモニウム0.2N、硫酸ニッケル0.02N、硫酸コバルト0.1N、硫酸鉄0.01N、還元剤としてジメチルアミンボラン0.04Nを含むメッキ液を調合し、この液温を65℃となるように加熱・保持した。なお、液温を65℃としたのは、軟磁性裏打ち層を無電解メッキする際の膜成長速度を0.1μm/minとするためである。
【0087】
これらの条件下で、被メッキ基板を回転数60rpmで自転させつつ20分の無電解メッキを実行し、厚みが1000nmの軟磁性膜(B,C及びS含有のNi−Co−Fe膜)を得てこれを軟磁性裏打ち層とした。なお、メッキ成膜後の軟磁性裏打ち層の保磁力は4.5エルステッド(Oe)であり、軟磁気特性が良好で且つ等方性の膜であった。
【0088】
このようにして得られた軟磁性膜裏打ち層を備えた基板を、Arガスで置換した磁場中熱処理用の炉内に保持して磁場印加を行った。なお、この磁場印加は、磁場強度が5kOeと10kOeと11kOeの場合には永久磁石磁気回路を、15kOeの場合には電磁石(図7(B)に図示)を用いて実行された。
【0089】
図8は、磁場強度5kOe、10kOe、11kOeの場合に磁場印加に用いた磁場発生装置の構成例の概要を説明するための図で、図8(A)は上面図、図8(B)は図8(A)のb−b´に沿う断面図である。この磁場発生装置20は、複数の2−17型SmCo系磁石(21A〜21D)が積層されて構成された「2−17型SmCo系永久磁石磁気回路」であり、ここに用いられている2−17型SmCo系磁石はR−32H(信越化学工業株式会社製)で、その保磁力(HcJ)は30kOeである。
なお、磁石間の空隙は5mmと4mmであった。
【0090】
この磁場発生装置20では、それぞれのSmCo系磁石間に設けられた空隙に軟磁性裏打ち層が形成された基板(10A〜10C)がセットされて磁場印加を受ける。基板は不図示の回転機構により基板中心軸(C)の周りに回転可能とされ、この回転によって軟磁性裏打ち層の全面に磁場印加が施される。この永久磁石磁気回路で基板の径方向に磁場印加する場合には、磁化方向が基板径方向に向いたものを、基板の周方向に磁場印加する場合には、磁化方向が基板周方向に向いたものを用いている。
【0091】
また、図7(B)に図示されている態様の電磁石を用いて磁場印加する場合にも、基板の径方向に磁場印加する場合には、磁化方向が基板径方向に向いたものを、基板の周方向に磁場印加する場合には、磁化方向が基板周方向に向いたものを用い、軟磁性裏打ち層12に周方向磁場を印加しつつ、基板中心軸(C)の周りに回転させることで、軟磁性裏打ち膜層12の全面に周もしくは径方向の磁場印加が施される。例えば、、巻き線(コイル)が基板径方向となるように巻くことで、周方向磁場15kOeを発生させている。なお、極間空隙は3mmとした。
【0092】
磁場印加は、基板温度を250℃乃至350℃、熱処理時間は何れも1時間とし、磁気回路側(磁場発生装置)は固定させた状態で基板を約30rpmで回転させて基板と磁気回路に相対回転数差(約30rpm)を与えた。そして、熱処理温度と磁場強度をパラメータとして実施例1〜6の試料を作製して磁気ノイズや磁気リップルへの影響の程度を調べた。また、比較のため、各実施例に対応させて、印加磁場なし(その他の条件は同じ)の比較例試料を作製した。
【0093】
このような磁場中熱処理に続いて、軟磁性裏打ち層をコロイダルシリカを懸濁させたスラリーで約500nm研磨し、厚みを概ね500nmとした。研磨後の膜の面内厚分布を蛍光X線で評価したところ、表裏面ともに数%以内に収まっており、表面粗さ(Rms)もSi基板表面と同程度の4nmという値が得られた。この研磨加工後には、精密洗浄を施して表面を清浄化した。
【0094】
そして、軟磁性裏打ち層上に、プラズマCVD法で厚み10nmのアモルファスカーボンを被覆し、更にディップによりフッ素潤滑膜を塗布し、各実施例試料および対応比較例試料の磁気特性評価(VSM測定)を行った。表1は、これら各実施例の軟磁性裏打ち層の磁気的特性(磁気ノイズレベル、保磁力および磁気的異方性)の結果を纏めたもので、磁気ノイズレベルは、周波数20MHzでの実施例試料と比較例試料(熱処理前)のノイズの比(%)で評価している。
【0095】
【表1】

なお、δHは絶対値の数値である。
【0096】
表1に示された本発明の実施例である基板の軟磁性裏打ち層は何れも、磁場印加なしの比較例試料(熱処理前)に比べて、低周波領域(20MHz)でのノイズレベルが21〜47%にまで減少しており、磁気リップル構造に由来する低周波ノイズの大幅な低減が図られていることが分かる。これは、上述の条件下での磁場中熱処理により、軟磁性膜中に生じていた磁気リップルが緩和されてリップル構造の周波数スペクトル強度(ノイズ)が半分以下となった結果である。この低周波域ノイズレベルは乾式成膜によって得られた軟磁性膜と同等若しくはそれ以下の良好な特性である。また、これらの軟磁性裏打ち層の磁気的異方性は、磁場の印加方向に一致し、且つ、基板中心軸に対して対称性を有していた。
【0097】
図9は、実施例6(図9(A))およびこれに対応する(磁場印加なしの)比較例(図9(B))についてMFM観察した結果を示す図で、これらのMFM像の比較(像の濃淡レベルの大小)から明らかなように、磁場中熱処理により磁気リップルの振幅が大幅に減少していることが分かる。
【0098】
このような磁気リップルの緩和のメカニズムについて、本発明者らは、強磁場印加に起因する誘導磁気異方性の発現過程で、印加磁場方向(若しくはそれに近い方向)に磁化している結晶粒を中心として周囲の結晶粒の結合と融合が生じて、磁化方向ゆらぎが減少することによるものと解釈している。なお、本発明においては熱処理温度が好ましい範囲内で選択されるため、軟磁性結晶粒の肥大化が進行せず、かつ、保磁力も弱いままで維持されるため、静磁気特性が悪化する心配がない。
【0099】
このように、磁場中熱処理の温度を適正な範囲で選択する本発明によれば、メッキ法により成膜された軟磁性膜に面内の径方向もしくは周方向の磁気的異方性をもたせ、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものとすることが可能となることに加え、軟磁性膜表面での磁壁発生を抑制してスパイクノイズを低減させるとともに、磁気リップル構造に由来する低周波領域でのノイズ低減が図られる。
【0100】
なお、磁気記録媒体の回転方向と磁気ヘッドの走行方向を考えると、磁化容易方向(磁気的異方性の方向)は基板の径方向(径方向磁気的異方性)の方が好ましい場合が多いと考えられる。これは、磁気リップル方向は磁化容易方向に概ね直交方向であり、磁気ヘッドの走行方向は一般に基板の周方向であるから、基板が径方向の磁気的異方性をもつ場合には磁気リップルの長手方向がヘッド走行方向と一致して、ノイズがより低周波域にシフトするが、10MHz以下の低周波ノイズは、フィルタによってカットすることができるためである。
【0101】
さらに、この軟磁性裏打ち層上に垂直磁気記録用の磁気記録層をスパッタ成膜した。なお、スパッタリング条件は、基板温度を180℃に維持した状態で、先ずRu膜を2nm形成し、このRu膜上に、Co:Cr:Pt=76:19:5(質量%)の組成の磁性膜を厚み15nm成膜して磁気記録層とした。この磁気記録層の保磁力は、膜面と垂直な方向の保磁力が4.5キロエルステッド(kOe)、膜面と平行な方向の保磁力が500エルステッド(Oe)であった。
【0102】
この磁気記録層上に厚み10nmのアモルファスカーボンを被覆し、さらにディップ法によりフッ素潤滑膜を塗布して垂直磁気記録媒体を得た。
【0103】
この垂直磁気記録媒体をスピンスタンドに設置してDCイレーズを実施した後、浮上高10nmのナノスライダーヘッドにより書き込みを実施して再生信号のノイズレベル測定を行った結果、エンベローブパターン中にスパイクノイズは認められなかった。また、そのS/N比の平均レベルは22〜25dBと良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明は、メッキ法により成膜された軟磁性膜に面内の径方向もしくは周方向の磁気的異方性をもたせ、かつ、その磁気的異方性が基板中心軸に対して対称性を有するものとし、かつ、磁気リップル構造に由来する低周波ノイズを低減させる技術を提供する。そして、低ノイズで良好な信号再生特性を有する垂直磁気記録媒体の製造に適する基板およびその製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図である。
【図2】軟磁性裏打ち層の上に垂直磁気記録のための記録層を設けた垂直二層式磁気記録媒体の基本的な層構造を説明するための断面概略図である。
【図3】非磁性基板としてSi基板を用い、下地メッキ層(核付け膜)を設けた垂直二層式磁気記録媒体の基本的な層構造を説明するための断面概略図である。
【図4】本発明の磁気記録媒体用基板に設けられる軟磁性裏打ち層の磁気的な異方性の意味を説明するための、面内での周方向および径方向の磁化曲線の概念図である。
【図5】MFM像によって観察された磁気リップルパターンを示す図である。
【図6】磁気リップルがもち得る磁化ばらつきの2種類のモードを説明するための図である。
【図7】磁場中熱処理で採用可能な磁場印加の態様を例示するための図である。
【図8】磁場印加に用いた磁場発生装置の構成例の概要を説明するための図で、(A)は上面図、(B)は図(A)のb−b´に沿う断面図である。
【図9】実施例6(A)およびこれに対応する比較例(B)についてMFM観察した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0106】
1、11 非磁性基板
2 Cr系下地層
3、13 磁気記録層
4、14 保護層
5、15 潤滑層
10 軟磁性裏打ち層が形成された基板
12 軟磁性裏打ち層
16 核付け膜
20A,20B 磁場印加部
20 磁場発生装置
21A〜D SmCo系磁石


【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径90mm以下の円板形状を有する非磁性基板と、該基板の主面上に設けられた軟磁性裏打ち層とを備え、
前記軟磁性裏打ち層は、CoとNiとFeからなる群から選択される少なくとも2種の元素を主成分とするメッキ層であり、
前記メッキ層は、成膜後の磁場中熱処理により付与された磁気的異方性を有し、該磁気的異方性が、面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差(δH=Hd−Hc)が絶対値で5エルステッド(Oe)以上、且つ、基板中心軸に対する対称性を有し、軟磁性膜中のリップル構造に起因する低周波域のノイズが、20MHzでみて熱処理前の2分の1以下であることを特徴とする磁気記録媒体用基板。
【請求項2】
前記メッキ層は、BとCとPとSからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体用基板。
【請求項3】
前記非磁性基板はシリコンウエーハであり、前記基板主面と前記メッキ層との間に、NiまたはNiPの下地メッキ層を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気記録媒体用基板。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の軟磁性裏打ち層上に磁気記録層が設けられている磁気記録媒体。
【請求項5】
直径90mm以下の円板形状を有する非磁性基板の主面上に軟磁性膜を形成する無電解メッキ工程と、該無電解メッキ工程で成膜された軟磁性膜に磁場中熱処理を施す工程とを備え、
前記無電解メッキ工程は、CoとNiとFeからなる群から選択される少なくとも2種の金属イオンを含有するメッキ浴中に前記基板を浸漬させて前記軟磁性膜のメッキ成膜が実行され、
前記磁場中熱処理工程は、前記軟磁性膜の面内径方向の磁化飽和磁場強度(Hd)と面内周方向の磁化飽和磁場強度(Hc)との差(δH=Hd−Hc)が絶対値で5エルステッド(Oe)以上の磁気的異方性であって、該磁気的異方性が基板中心軸に対する対称性を有し、軟磁性膜中のリップル構造に起因する低周波域のノイズが、20MHzでみて熱処理前の2分の1以下となるように実行されることを特徴とする磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項6】
前記磁場中熱処理は、熱処理温度が250℃以上350℃以下、前記基板に印加される磁場強度が10キロエルステッド(kOe)以上で実行されることを特徴とし、さらに磁場印加が熱処理炉中で2−17型SmCo系磁石磁気回路または電磁石により行われることを特徴する請求項5に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項7】
前記基板としてシリコンウエーハが選択され、前記無電解メッキ工程に先立ち、
Niイオンを含有するメッキ浴もしくはNiイオンを含有する浴に燐系還元剤を添加したメッキ浴中に前記シリコンウエーハを浸漬させてNiまたはNiPの下地メッキ層を成膜する工程を備えていることを特徴とする請求項5又は6に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項8】
前記下地メッキ層の成膜工程に先立ち、前記シリコンウエーハ表面上の酸化膜を除去する基板表面処理工程を備えていることを特徴とする請求項7に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。
【請求項9】
前記軟磁性膜のメッキ成膜後に、該軟磁性膜の膜厚および表面平坦性を制御するための研磨工程を備えていることを特徴とする請求項5乃至8の何れか1項に記載の磁気記録媒体用基板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−280455(P2007−280455A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−102832(P2006−102832)
【出願日】平成18年4月4日(2006.4.4)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】