説明

磁気記録媒体

【課題】高密度の書き込みおよび良好な温度特性の制御を両立させる熱アシスト記録用磁気記録媒体の提供。
【解決手段】非磁性基体上に少なくとも下地層、磁気記録層、保護層が順次積層されてなる磁気記録媒体において、磁気記録層が、少なくとも二層の磁性層と、それら磁性層間に挿入され、かつ磁性層間を磁気的に結合している交換結合制御層とを含む構造を有し、信号書き込み時の結合エネルギーJwおよび信号保持状態における結合エネルギーJrが、0<Jw<Jrの関係を満たすことを特徴とする熱アシスト記録用磁気記録媒体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種磁気記録装置に搭載される磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録の高記録密度を実現する技術として、「垂直磁気記録方式」が、最近実用化された。これは、記録磁化が記録媒体の面内方向に対して垂直なもので、従来の記録磁化が面内方向に対して平行であった長手磁気記録方式と置き換りつつある。垂直磁気記録に用いられる垂直磁気記録媒体(略して垂直媒体)は、主に、硬質磁性材料の磁気記録層と、磁気記録層の記録磁化を垂直方向に配向させるための下地層、磁気記録層の表面を保護する保護層、そしてこの記録層への記録に用いられる磁気ヘッドが発生する磁束を集中させる役割を担う軟磁性材料の裏打ち層から構成される。
【0003】
高密度化のための媒体設計の指針の1つとして、磁気記録層を構成する磁性粒子の磁気的な分離度を高め、磁化反転単位を小さくしていくことが挙げられる。基本的に、磁気記録層の膜厚は媒体面内方向に一様であるため、磁化反転単位を小さくしていくことは、磁化反転単位の高さが一定で断面積を小さくすることを意味する。その結果、それ自身に作用する反磁界が小さくなり、反転磁界は大きくなる。このように、磁化反転単位の形状で考えた場合、記録密度を高めることは、より大きな書き込み磁界を必要とする。一方で、記録信号の長期安定性のためには、熱エネルギーkTに対する粒子のエネルギーKuVの値を十分に高める必要があることが知られている。ここで、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、Kuは結晶磁気異方性定数、Vは活性化体積を表す。先に述べた磁化反転単位サイズの低減は、Vの低下を意味し、この影響により信号不安定性、いわゆる「熱揺らぎ」の問題が生じる。これを回避するためにはKuを増大する必要あるが、一般にKuと反転磁界は比例関係にあるため、これも書き込み磁界の増大を招く結果となる。
【0004】
このような課題に対して、磁性層を少なくとも二層以上の構造とし、両磁性層間の交換結合エネルギーを弱めることで、熱安定性をほとんど劣化させずに反転磁界を低減させる方法が提案されている。このような媒体を交換結合制御媒体と呼ぶ。例えば、非特許文献1によれば、二層の磁性層の直接積層(交換結合エネルギー無限大)から、結合エネルギーを弱め、ある最適な結合エネルギーで反転磁界は極小値を取り、結合エネルギー0に向けて再度反転磁界が増加する結果が示されている。これは、二層の磁化が弱い結合エネルギーを保ちつつも、各々異なる磁化反転、即ち、インコヒーレントな磁化反転を行うために起こる。従って、上下層の物性値(飽和磁化MsやKu)により、結合エネルギーの最適値、結果として反転磁界の低減率が異なる。実用的には、結合力制御層を設け結合エネルギーを変化させると共に、上下磁性層の物性値が最適化される。
【0005】
一方、書き込み能力の課題に対する別のアプローチとして、ヘッドとの組み合わせで考える熱アシスト記録という記録方式が提案されている。これは、磁性材料におけるKuの温度依存性、すなわち高温ほどKuが小さいという特性を利用したものである。すなわち、磁気記録層を加熱して一時的にKuを低下させることにより反転磁界を低減させ、その間に書き込みを行うというものである。温度が戻った(下がった)後はKuが元の高い値に戻るため、安定して記録信号を保持できる。このような新しい記録方式を想定する場合、磁気記録層の設計としては、従来の指針に加え、温度特性を考慮する必要が出てくる。非特許文献2では、記録ビットの遷移幅は、ヘッド磁界勾配と温度勾配により決定されることが述べられている。温度変化は大きいほどKuの差分が増加するため、書き込み時−保持状態の差分が増加し、得られるゲインも大きいと考えられる。これに関して、現在垂直媒体で主に用いられ、フェロ磁性材料に分類されるCoPt合金系磁性材料では、温度に対する反転磁界の変化は直線的であることが知られており、その温度勾配も組成などによる変化は比較的小さく、概ね−20Oe/℃より小さい。これに対して、一般に光磁気記録媒体に用いられ、フェリ磁性材料に分類されるTbFeCoなどの磁性材料では、組成依存性が大きく、例えば補償温度を記録温度付近に設定することにより、−100Oe/℃より大きな反転磁界の温度勾配を得ることができる。材料選択の他に、上記フェロ磁性およびフェリ磁性材料などを複数層積層した構造とし、特にフェリ磁性、あるいはそれに準じた材料をスイッチング層として用い、記録時の温度で交換結合エネルギーが生じるか、あるいは、逆に無くなることにより、トータルの温度変化を制御する手法があり、例えば、特許文献1では、多様な層構成が提案されている
【特許文献1】特開2005−310368号公報
【非特許文献1】J. Magn. Soc. Jpn., 31, 178 (2007)
【非特許文献2】Technical Report of IECE., MR2004−39 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
交換結合制御媒体は、既存のCoPt合金磁性材料を用い、各層で組成の組み合わせを工夫することにより反転磁界と熱安定性のバランスを制御するが、MsやKuといった物性値の制約から、限界が生じる。
【0007】
一方、熱アシスト記録では、特に重要となる温度変化の制御に関しては、従来のCoPt合金磁性材料を単純に用いた場合、反転磁界の温度勾配を−20Oe/℃以上にするのは困難である。一方、フェリ磁性材料を用いた場合、温度制御は容易である。しかし、遷移−希土類アモルファス合金材料を用いた場合、その磁化機構はいわゆる磁壁移動型であり、ビットとビットの境界となる磁壁を固定することが難しい。高密度化の観点からはビット境界が揺らぐことは好ましくない。また、記録密度を向上させるためには磁壁幅を狭める必要があるが、微粒子系でビットの境界になっていると考えられる結晶粒界幅(約1nm)程度にまで低減するのは困難である。また、非磁性体を添加し、CoPt合金磁性材料でみられるような、磁性粒子を非磁性体が取り囲むような微細構造を形成することが難しい。
【0008】
また、発明者の検討では、交換結合制御媒体と熱アシスト記録を組み合わせた場合、交換結合エネルギーを弱めた媒体ほど、温度勾配が小さくなることが明らかとなった。すなわち、交換結合媒体を単純に熱アシスト記録に適用した場合、加熱時の反転磁界は非加熱時に対して大きな差がなく、熱アシスト記録方式の最大の目的が達せられないことを意味する。そして、これは交換結合エネルギー自体が、温度に対してほとんど変化しないために起こると考えられた。つまり、加熱時に変化した上下磁性層の物性値に対して、結合エネルギーの最適値が変わるためと考えられた。
【0009】
このように、磁気記録装置の高密度化のためには、現行の記録方式に対して熱アシスト記録でその限界を打破できる可能性があるが、この記録方式に対応する媒体として、高密度の書き込みと、温度特性の制御を両立させるものが必要とされていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上述の問題に鑑み、なされたものであって、その目的とするところは、信号書き込みを信号保持状態よりも高い温度で行う磁気記録装置に用いる、高記録密度化可能な磁気記録媒体を提供することである。
【0011】
本発明は、信号書き込みを信号保持状態よりも高い温度で行う磁気記録装置に用いる、非磁性基体上に少なくとも下地層、磁気記録層、保護層が順次積層されてなる磁気記録媒体において、前記磁気記録層に、少なくとも、二層の磁性層間に交換結合制御層が挿入された構造を含み、かつ前記二層の磁性層は交換結合制御層を介して磁気的に結合しており、信号書き込み時と信号保持状態において、前記結合エネルギーが異なり、信号書き込み時の結合力をJ、信号保持状態の結合力をJと現す時、0<J<Jであり、室温から200℃での保磁力の低減量が5.3kOe以上であることを特徴とする。
【0012】
また、前記磁気記録媒体の磁気記録層において、交換結合制御層に少なくとも磁性元素を含み、信号書き込み時における交換結合制御層の飽和磁化をMse、上下に配される磁性層の飽和磁化をそれぞれMs1、Ms2と表すとき、Mse<Ms1かつMse<Ms2であることが好ましい。
【0013】
また、前記磁気記録媒体の磁気記録層において、磁性層および交換結合制御層は各々磁性結晶粒子が非磁性体で取り囲まれた構造を含むことが好ましい。
また、前記交換結合制御層の結晶磁気異方性定数Kuが1.0×10erg/cm以上であることが好ましい。
【0014】
また、前記交換結合制御層が磁性元素に酸化物或いは窒化物の非磁性材料を添加した膜と、非磁性材料からなる膜との多層積層膜からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
信号書き込み時と信号保持状態で、二層の磁性層間の交換結合エネルギーを変化させる。信号保持状態では二層の結合エネルギーは強く、反転磁界も大きい。信号書き込み時、すなわち高温時に交換結合エネルギーが弱まることにより、この時の磁性層物性値に対応した最適な交換結合エネルギーになることで、反転磁界低減効果を発揮する。これにより、書き込み時と保持状態で交換結合力がほとんど変化しない場合に対して、大きな温度変化が得られるため、信号書き込みを信号保持状態よりも高い温度で行う新しい記録方式に有用である。また、交換結合制御層として、少なくとも信号書き込み時において、その飽和磁化が、上下の磁性層よりも小さい層を用いることにより、交換結合エネルギーの温度変化が増大する。また、その材料としてアモルファス系材料ではなく、磁性結晶粒子が非磁性体で取り囲まれた構造であるものを用いる。これらにより、新しい記録方式に適した媒体が提供され、高密度記録が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の磁気記録媒体の構成例を説明するための図であり、軟磁性裏打ち層を有する場合の構成を示す断面図である。磁気記録媒体は、非磁性基体10上に、軟磁性裏打ち層20、下地層30、磁気記録層40、保護層50が順次積層される。なお、保護層50の上には潤滑剤層がさらに形成されていてもよい。また、軟磁性裏打ち層20を除いた構成とすることも可能である。ここで、本発明の特徴は、磁気記録層40が、図1に示すような、磁性層41および磁性層43、ならびに交換結合制御層42からなるような構造を含むことである。さらに、磁性層41、磁性層43および交換結合制御層42は各々磁性結晶粒子が非磁性体で囲まれた構造をとることが好ましい。図2および図3は、本発明における磁気記録層40の構成例を説明するためのもので、磁性層41および磁性層43、ならびに交換結合制御層42の3層からなる場合の構成を示す図である。図2は断面図、図3は平面図である。図2および図3に示すように、磁性部分4A(好ましくは、磁性結晶粒子。)は前記3層すべてで同じところに位置し、非磁性部分4B(すなわち、結晶粒子間に存在する非磁性体。)も3層すべてで同じところに位置し、磁性部分が下地層から各層を貫いて柱状に成長した構造とすることができる。このような構造とすると、磁性部分では上下の磁性層が交換結合制御層を介して結合し、各々が非磁性体で隔てられることで独立した磁化反転単位となる。
【0017】
以下、図1に基づいて本発明の実施の形態について説明する。
本発明の磁気記録媒体において、非磁性基体(非磁性基板)10としては、通常の磁気記録媒体用に用いられるNiPメッキを施したAl合金や強化ガラス、あるいは結晶化ガラス等を用いることができる。成膜時や記録時の基板温度を100℃程度以内に抑える場合は、ポリカーボネイト、ポリオレフィン等の樹脂からなるプラスチック基板を用いることもできる。その他、Si基板も用いることもできる。
【0018】
軟磁性裏打ち層20は、現行の垂直磁気記録方式と同様、磁気ヘッドからの磁束を制御して記録・再生特性を向上するために形成することが好ましい層であるが、この層は省略することも可能である。軟磁性裏打ち層20としては、例えば、結晶質のNiFe合金、センダスト(FeSiAl)合金、CoFe合金等、微結晶質のFeTaC,CoFeNi,CoNiP等を用いることができる。記録能力を向上するためには、軟磁性裏打ち層20の飽和磁化は大きい方が好ましい。なお、軟磁性裏打ち層20の膜厚の最適値は、磁気記録に用いる磁気ヘッドの構造や特性によって変化するが、他の層と連続成膜で形成する場合などは、生産性との兼ね合いから10nm以上500nm以下であることが望ましい。成膜方法としては、通常用いられるスパッタ法の他に、めっき法によって形成することもできる。軟磁性裏打ち層20で膜厚を比較的大きくする場合、磁壁を形成する他、記録層近傍の磁化が揺らぐなどして垂直成分の磁化を発生し、ノイズ源となる場合がある。これを抑制するために、軟磁性裏打ち層20を単磁区化することが好ましく、反強磁性層あるいは硬磁性層を付与することが可能である。付与するのは、軟磁性裏打ち層20の直下、直上、中間のいずれも可能で、反強磁性層および硬磁性層の積層も可能である。その他、軟磁性裏打ち層20を、非磁性層と積層する構成を用いることも可能である。特に、非磁性層の膜厚を制御し、非磁性層を介しての反強磁性結合を用いるなどして垂直成分磁化を抑制することも可能である。
【0019】
下地層30は、(1)上層記録層材料の結晶粒子径や結晶配向を制御すること、および(2)軟磁性裏打ち層20と磁気記録層40の磁気的な結合を防ぐことを目的として用いられる層である。従って、非磁性であることが好ましく、結晶構造は上層の磁気記録層材料に合わせて適宜選択することが必要であるが、非晶質構造でも用いることは可能である。例えば、直上の磁性層に、六方最密充填(hcp)構造を取るCoを主体とした磁気記録層材料を用いる場合は、同じhcp構造もしくは面心立方(fcc)構造をとる材料が好ましく用いられる。具体的には、Ru、Re、Rh、Pt、Pd、Ir、Ni、Coあるいはこれらを含む合金材料が好ましく用いられる。膜厚は、薄いほど書き込み容易性は向上するが、(1)および(2)の目的を考慮すれば、ある程度の膜厚が必要で、3〜30nmの範囲内とすることが好ましい。
【0020】
磁気記録層40は、少なくとも二層の磁性層(41、43)および交換結合制御層42から形成される。本発明の効果を奏するには、二層の磁性層(41、43)は交換結合制御層42を介して磁気的に結合しており、信号書き込み時の結合エネルギーJおよび信号保持状態の結合エネルギーJが0<J<Jの関係を満たす。また、交換結合制御層42に少なくとも磁性元素を含み、信号書き込み時における交換結合制御層42の飽和磁化をMse、上下に配される磁性層(41、43)の飽和磁化をそれぞれMs1、Ms2と現す時、Mse<Ms1かつMse<Ms2であることが好ましい。さらに、磁性層(41、43)および交換結合制御層42は各々磁性部分4Aを磁性結晶粒子で構成し、かつ磁性部分4Aが非磁性体の非磁性部分4Bで囲まれた構造をとることが好ましい。
【0021】
磁性層(41、43)の材料としては、一般的に用いられる結晶系の磁性層材料が好ましく用いられる。Co、Fe、Niなどの磁性元素を主体とした直径数nmの柱状の結晶粒子が、サブnm程度の厚さの非磁性体で隔てられた構造をとることが好ましい。例えば、磁性結晶粒としては、CoPt合金に、Cr、B、Ta、Wなどの金属を添加した材料、非磁性体としてはSi、Cr、Co、TiあるいはTaの酸化物や窒化物などを添加した材料が好ましく用いられる。成膜方法としては、例えばマグネトロンスパッタリング法などが挙げられる。好ましくは、前記下地層30上の結晶部分の上に磁性結晶粒子(磁性部分4A)がエピタキシャル成長し、下地層30の粒界部分の上に前記非磁性体(非磁性部分4B)が配するような、1対1の結晶成長をする構造が好ましい。磁気記録層40に含まれる磁性層(41、43)のうち、少なくとも一層は結晶磁気異方性定数が大きい材料が好ましく、少なくとも5.0×10erg/cm以上、さらに好ましくは1.0×10erg/cm以上であることが好ましい。各磁性層の膜厚としては、20nm以下とすることが好ましく、さらに10nm以下とすることが好ましい。
【0022】
交換結合制御層42の材料としては、少なくともCo、Fe、Niのうちのいずれか一つと非磁性金属を含む合金材料を用いる。上下に配する磁性層(41、43)の磁性結晶粒子としてhcp構造の結晶粒子とする場合、同様なhcp構造、若しくはfcc構造とすることが好ましい。良好な結晶配向性を得るためには、含有する非磁性金属元素としてはCr、Pt、Pd、Ru、W、Taなどが特に好ましい。このような材料としては、例えばNiCr、NiPt、NiPd、CoPd、CoPt、NiCoPtなどが用いられる。前記磁性層(41、43)同様、Si、Cr、Co、TiあるいはTaの酸化物や窒化物などを添加したものが好ましく用いられる。また、このような材料と同等な性質を示すものとしては、CoやNiに非磁性酸化物や窒化物を添加した材料と、非磁性材料との多層積層膜も好ましく用いられる。例えば、Co−TiO膜とPd膜を積層し、さらにこの積層体を数回繰り返し積層した多層積層膜、あるいは、Ni−SiO膜とPt膜を積層し、この積層体をさらに繰り返し積層した多層積層膜などが例として挙げられる。このとき、交換結合制御層に求められる性質上、多層積層膜を構成する各膜の膜厚はそれぞれ2.0nm以下、好ましくは1.0nm以下に制御されることが必要である。先に述べた通り、少なくとも信号書き込み時において、磁性層(41、43)よりも小さな飽和磁化であることが必要である。すなわち、交換結合制御層42自身の磁化は、信号書き込み時において磁気記録層40全体の磁化量および磁気異方性に与える影響が小さく、上下の磁性層間の交換結合エネルギーを弱めるために働くことが必要である。飽和磁化が大きい場合は、交換結合制御層42の特性が影響を及ぼし、主に熱安定性劣化の弊害が起こる。信号書き込み時の飽和磁化量としては、100emu/cm以下が好ましく、さらに20emu/cm以下とすることが好ましい。飽和磁化量が小さい場合も、膜厚が大きすぎると前記のように交換結合制御層42の磁気特性が出現するため膜厚は薄い方が好ましく、5nm以下とすることが好ましく、3nm以下とすることがさらに好ましい。また、上記の性質に加え、信号保持状態である常温での結晶磁気異方性定数Kuが10erg/cm以上であることがさらに好ましい。これにより、常温での熱安定性の向上に寄与することができる。
【0023】
保護層50は、従来使用されている保護膜を用いることができ、例えば、カーボンを主体とする保護膜を用いることができる。単層ではなく、例えば異なる性質の二層カーボンや、金属膜とカーボン膜、酸化膜とカーボンの積層膜とすることもできる。
【0024】
以下に本発明の垂直磁気記録媒体製造方法の実施例について説明する。なお、これらの実施例は、本発明の磁気記録媒体の製造方法を好適に説明するための代表例に過ぎず、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
(実施例1)
非磁性基体10として表面が平滑な円盤状のガラス基板を用い、これを洗浄後、スパッタリング装置内に導入し、Co88NbZrターゲットを用いてArガス圧5mTorr下でCoNbZr膜を80nm形成し、CoNbZrからなる軟磁性裏打ち層20を形成した。続いて、Ruターゲットを用いArガス圧30mTorr下でRu下地層30を膜厚20nmで成膜した。その後、(Co75Pt20Cr94(SiOターゲットを用いて、Arガス圧60mTorrにてCoPtCr−SiOからなる磁性層41を8nm形成し、引き続いて交換結合制御層42として(Ni94Cr94(SiOターゲットを用いてArガス圧30mTorrにてNiCr−SiO層を1nm形成し、さらに(Co75Cr20Pt94(SiOターゲットを用いて、Arガス圧60mTorrにてCoCrPt−SiOからなる磁性層43を8nm形成し、CoPtCr−SiO/NiCr−SiO/CoCrPt−SiO磁気記録層40を形成した。次に、CVD法によりカーボンからなる保護層50を4nm成膜後、基板を真空装置から取り出した。その後、パーフルオロポリエーテルからなる液体潤滑材層2nmをディップ法により形成し、磁気記録媒体とした。なお、スパッタリングにおいては、磁性層の成膜にはRFマグネトロンスパッタリング、その他の層はDCマグネトロンスパッタリング法により行った。
【0026】
(比較例1)
NiCr−SiO交換結合制御層42を形成しないこと以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0027】
(比較例2)
NiCr−SiO交換結合制御層42の膜厚を8nmとしたこと以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0028】
(比較例3)
交換結合制御層42としてNiCr−SiOの代わりに、(Co95Cr94(SiOターゲットを用いてCoCr−SiO層を形成すること以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0029】
(比較例4)
交換結合制御層42としてNiCr−SiOの代わりに、TbFeターゲットを用いてTbFe層を形成すること以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0030】
(比較例5)
交換結合制御層42としてNiCr−SiOの代わりに、Ru94(SiOターゲットを用いてRu−SiO層を0.20nm形成すること以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0031】
(評価1)
まず、各実施例および比較例で用いた磁性層(41、43)、および交換結合制御層42の基礎特性を把握するため、それぞれ単層の結晶構造および磁気特性を評価した結果について説明する。層構成は、基板/Ta/Ru/磁性層若しくは交換結合制御層とし、磁性層若しくは交換結合制御層の膜厚は20nmとした。なお、結晶構造評価にはX線回折装置、磁気特性評価にはVSMを用いた。磁性層(Co75Pt20Cr94(SiOは、結晶構造はhcp、200℃での飽和磁化が568emu/cmであった。磁性層(Co75Cr20Pt94(SiOは、結晶構造はhcp、200℃での飽和磁化が393emu/cmであった。各交換結合制御層の結果については、第1表にまとめた。
【0032】
以下、本実施例および比較例の垂直媒体の性能評価結果について述べる。第2表は、各実施例および比較例の磁気特性および電磁変換特性の結果を示す。なお、磁気特性評価(保磁力)は、温度依存性測定可能なKerr効果測定装置を用いて行った。一方、電磁変換特性評価(信号雑音比(SNR)およびオーバーライト特性(OW))は、レーザースポット加熱機構を搭載したスピンスタンドテスターにて、GMRヘッドを用いて行った。レーザーパワーは記録層温度200℃となるように設定し、記録時あるいは重ね書き時にレーザーパワーをONし、読み出し時はレーザーパワーOFFで行った。GMRヘッドは、記録トラック幅140nm、再生トラック幅90nmのものを用いた。
【0033】
実施例1は、他の比較例に比して、室温から200℃での保磁力の低減率が最も大きく、記録密度の指標となるSNR値が最も高い。今回用いたヘッドでは、OW値が35[−dB]以上であれば十分に書き込み性能があると考えられ、それに対応する媒体保磁力は概ね4.5[kOe]以下であることが分かっている。このことから、実施例1では、加熱により十分に書き込みができる保磁力までに低減した状態で記録したことで、媒体の持つポテンシャルを生かして良好なSNR値がえられている。
【0034】
これに対して、比較例1では、加熱時の保磁力が5.9[kOe]と高い。その結果OWが35[−dB]を大幅に下回り、飽和記録ができないためにSNRも大幅に劣化している。比較例1は実施例1と室温の保磁力がほぼ等しいことから、媒体の記録密度能力はほぼ等しいと考えられるが、そのポテンシャルが生かされていないことが分かる。
【0035】
比較例2は、室温での保磁力が実施例1に比して大幅に小さい。これは、記録層全体に及ぼす交換結合制御層42の磁気特性の影響が大きいため、媒体の記録密度能力を大きく損なっているために起こっている。これは、実施例1に比して交換結合制御層42の膜厚が大きく、全磁化量が大きいためと考えられる。結果として、OWは45[−dB]と十分な書き込み性能を有するものの、SNRは9.3[dB]と非常に悪い値となっている。
【0036】
比較例3は、実施例1に比して加熱時の保磁力低下率が小さく、OWが不十分でSNRが悪い。この特性は交換結合制御層42を用いない比較例1の結果によく似ている。第1表から、加熱時の飽和磁化が磁性層43のそれを上回っている。つまり、加熱時でも磁性層(41、43)間の交換結合が非常に強く、交換結合制御層42を付与しない場合とほぼ同様な保磁力低減率になることがわかる。裏を返すと、加熱時に磁性層間の交換結合エネルギーが弱まる実施例1の効果が明らかである。
【0037】
比較例4では、室温の保磁力が実施例1に比して大幅に小さい。これは、交換結合制御層42上の磁性層43の微細構造が劣化しているために起こっている。すなわち、実施例1、比較例1〜3、5の場合と異なり、結晶構造がアモルファス構造であるため、下地層30からのhcp/hcp若しくはhcp/fcc、fcc/hcpのエピタキシャル成長が中断されるために起こる。この結果、交換結合制御層42上の磁性層43は結晶配向が悪化すると同時に、磁性粒子と非磁性体の分離構造も悪化し、このことは媒体の記録密度特性の劣化を意味する。これを反映し、比較例4でも、OWは比較的高い値を示すものの、SNRは非常に小さな値となっていた。
【0038】
比較例5では、実施例1に比して室温の保磁力は小さいが、これは比較例2および比較例4のように媒体の記録密度特性の劣化によるものではなく、上下磁性層(41、43)の交換結合エネルギーが適度に弱まり、保磁力低減効果が生じているためである。SNRが比較例2や4に対して大きな値を示していることもそれを示している。ただし、実施例1よりも下回っており、これは200℃での保磁力が大きく、OWに劣り書き込み能力が劣化したためである。つまり、非磁性の交換結合制御層42を用いた場合、温度上昇における交換結合エネルギーJの変化がほとんどなく、上下磁性層の物性値変化(Kuの低下)のみに由来する保磁力の低下が起こると考えられる。この結果と比較すると、交換結合エネルギーが温度により変化する実施例1の効果が明らかである。
(実施例2)
交換結合制御層の結晶磁気異方性定数を変化させた例である。交換結合制御層としてNiCr−SiOの代わりに、Co−TiOターゲット、Pdターゲットを用いてCo−TiOを0.3nm、Pdを0.4nm、交互に5回繰り返し積層して[Co−TiO/Pd]層を形成すること以外は全て実施例1と同様にして磁気記録媒体とした。
【0039】
(評価2)
実施例1、実施例2、比較例5を用いて、熱安定性の比較を行った。前述したものと同様なスピンスタンドテスターにて、200℃での加熱下において100kFCI(kilo flux changes per inch) の信号を書き込み、信号出力の減衰を評価した。その結果、実施例1では−0.003(%/decade・sec)、実施例2では−0.0001(%/decade・sec)、比較例5では−0.02(%/decade・sec)であった。すなわち、熱安定性は実施例2が最も高く、次いで実施例1、比較例5の順に高い。これは、交換結合制御層の熱安定性が寄与しているものと考えられる。交換結合制御層のKuをトルクメーターで評価した結果、実施例1は0.6×10erg/cc、実施例2は2.3×10erg/cc、比較例5は0であり、熱安定性の高さに対応した結果であった。なお、実施例2のSNRは15.0[−dB]、OWは39.6[−dB]と、実施例1とほぼ等しい値であった。
以上のように、本実施例によれば、高密度化に有利な磁性粒子が非磁性体で取り囲まれた微細構造を有する磁気記録層にて、温度変化が大きな磁気特性の実現が可能となる。その結果、信号書き込みを信号保持状態よりも高い温度で行う磁気記録装置に用いる、高記録密度化可能な磁気記録媒体を提供することができる。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明に係る、磁気記録媒体の模式的断面図である。
【図2】本発明に係る、磁気記録媒体における磁気記録層の模式的断面図である。
【図3】本発明に係る、磁気記録媒体における磁気記録層の模式的平面図である。
【符号の説明】
【0043】
10 非磁性基体
20 軟磁性裏打ち層
30 下地層
40 磁気記録層
41,43 磁性層
4A 磁性部分
4B 非磁性部分
42 交換結合制御層
50 保護層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号書き込みを信号保持状態よりも高い温度で行う磁気記録装置に用いる、非磁性基体上に少なくとも下地層、磁気記録層、保護層が順次積層されてなる磁気記録媒体において、前記磁気記録層に、少なくとも、二層の磁性層間に交換結合制御層が挿入された構造を含み、かつ前記二層の磁性層は交換結合制御層を介して磁気的に結合しており、信号書き込み時と信号保持状態において前記結合エネルギーが異なり、信号書き込み時の結合エネルギーをJ、信号保持状態の結合エネルギーをJと表す時、0<J<Jであり、室温から200℃での保磁力の低減量が5.3kOe以上であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
交換結合制御層に少なくとも磁性元素を含み、信号書き込み時における交換結合制御層の飽和磁化をMse、上下に配される磁性層の飽和磁化をそれぞれMs1、Ms2と現す時、Mse<Ms1かつMse<Ms2であることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
磁性層および交換結合制御層は各々磁性結晶粒子が非磁性体で取り囲まれた構造を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記交換結合制御層の結晶磁気異方性定数Kuが1.0×10erg/cc以上であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の磁気記録媒体。
【請求項5】
前記交換結合制御層が磁性元素に酸化物或いは窒化物の非磁性材料を添加した膜と、非磁性材料からなる膜との多層積層膜からなることを特徴とする請求項4に記載の磁気記録媒体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−101746(P2013−101746A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−12810(P2013−12810)
【出願日】平成25年1月28日(2013.1.28)
【分割の表示】特願2008−230448(P2008−230448)の分割
【原出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】