説明

磁気記録媒体

【目的】 耐久性に優れた磁気記録媒体を提供することである。
【構成】 基板と、この基板上に設けられた磁性層と、その上に設けられた保護層とを具備してなる磁気記録媒体であって、前記保護層はSi元素及びC元素を主成分とするものであり、そして保護層のラマン分光分析によるスペクトルのピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないものである磁気記録媒体。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、耐久性に優れた磁気記録媒体に関するものである。
【0002】
【発明の背景】最近、コンピュータシステムの外部記憶装置としての磁気ディスク装置の重要度は高まる一方であり、その記録密度は著しい向上を遂げている。このような磁気ディスク装置の駆動方式は、磁気ディスクが高速で定速回転している際には、磁気ヘッドが磁気ディスクから離間した浮上状態にあり、磁気ディスク停止時には、磁気ヘッドと磁気ディスクは接触するCSS(Contact Startand Stop)方式が採用されている。すなわち、磁気ディスクの停止および起動時には、磁気ヘッドは磁気ディスクに対して摺動している状態にある。
【0003】そして、このような磁気ディスク装置に使用される磁気ディスクの磁性層は、スパッタリング等の薄膜形成手段により構成されている。ところで、このような薄膜形成手段で構成される磁性層は、塗布手段により構成される磁性層のように潤滑剤を内部に含有させておくことが困難な為、一般的には潤滑性に乏しい。この為、磁気ディスクの停止および起動時に作用する摺動力により磁性層が損傷し易い問題点が有る。
【0004】このような問題点を解決する為に、従来より、磁性層上に保護膜を設ける手段が提案されている。例えば、特開昭53−76013号公報や特公昭55−29500号公報で提案されている如く、ポリ珪酸、SiO2 などの酸化物の硬質保護膜を塗布手段やスパッタリング等の薄膜形成手段で設ける技術が提案されている。しかしながら、ポリ珪酸、SiO2 は硬く、摩耗に対して強いものの、脆く、この為磁気ヘッドの接触による衝撃でポリ珪酸、SiO2 が欠け、これによる粒子が磁気ディスクの表面に付着したり、磁気ヘッドの目詰まりとなったりし、ヘッドクラッシュの原因とも成り兼ねない。
【0005】そこで、このような欠点に対処する為、SiCを保護膜として設ける技術が提案(特開昭62−97123号公報)されている。しかしながら、この提案の保護膜でも充分なものでないことが次第に判明して来た。すなわち、CSSに対するさらなる高耐久化の要請、磁気ディスク装置の使用環境の多様化、磁気ヘッドの高硬度化等に伴い、従来のSiC膜では硬度不足及び潤滑性が不足し、信頼性の低下が問題になっている。
【0006】
【発明の開示】前記の問題点に対処する為、Si元素とC元素とが用いられた複合材料についての研究を本発明者が鋭意押し進めて行った結果、特定の構造を持つものは従来の炭化珪素膜に比べて硬度及び潤滑性に優れたものであり、磁性層の保護膜として極めて優れたものであることが判って来た。
【0007】すなわち、ラマン分光分析によるスペクトルのピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないSi元素及びC元素を主成分とする材料は、硬度及び潤滑性に優れていたのである。つまり、CSSテストが繰り返し行われても、磁気ディスクの損傷が起きていなかったのである。
【0008】このような知見を基にして本発明が達成されたものであり、本発明の目的は、耐久性に富む磁気記録媒体を提供することである。この本発明の目的は、基板と、この基板上に設けられた磁性層と、その上に設けられた保護層とを具備してなる磁気記録媒体であって、前記保護層はSi元素及びC元素を主成分とするものであり、そして保護層のラマン分光分析によるスペクトルのピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないものであることを特徴とする磁気記録媒体によって達成される。
【0009】尚、このような保護膜は、例えばCH4 ,SiH4 等の有機混合ガスを用いたCVD法、Si含有炭素ターゲットによるスパッタ法、炭素ターゲットのAr+SiH4 混合ガスによる反応性スパッタ法等を用いて作製することが出来る。これらのうち、Siを含有する炭素材(特に、Siを含有するガラス状の炭素材)をターゲットとして用いるスパッタ手段が好ましい。
【0010】Si含有ガラス状炭素ターゲットは次のようにして得られる。例えば、フルフリルアルコール(花王クエーカー(株)製)1000部に0.011N−HCl水溶液を5部添加し、96℃で6時間反応させた後、減圧脱水して熱硬化性樹脂を得た。この熱硬化性樹脂に、一次粒子の平均粒径が約20nmのSiC(例えば、Siが30原子%となる量)を加え、ボールミルで分散混合した。得られたフルフリルアルコール初期縮合物樹脂100部に対して70%p−トルエンスルホン酸水溶液1.5部を添加し、充分に攪拌した。これを厚さ4mmの板状の型に注入して減圧脱泡した。次に、50〜60℃で3時間、さらに90℃で5日間加熱した。これにより得られた板状の複合硬化樹脂を焼成炉に入れ、窒素気流中にて10℃/hrの昇温速度で1200℃まで昇温し、この温度で2時間保持した後に冷却した。その後、この焼成物を所定の形状に加工し、ターゲットとした。尚、ターゲットにおけるガラス状の炭素とSiとの割合は50/50〜99.9/0.1(原子比)であることが好ましい。
【0011】又、Si含有炭素ターゲットとしては、上記Si含有ガラス状炭素ターゲットの他にも、SiC2 粉末とC1 (コークス粉末)とをボールミルにより混合し、この混合粉末をターゲット状に加圧成形し、この成形体をArガスなどの不活性雰囲気中において約2500℃の温度で焼成することにより得られるSi含有黒鉛製のものを用いることも出来る。
【0012】そして、上記のようにして得られたSi含有ガラス状炭素やSi含有黒鉛のターゲットをインライン型スパッタ装置に装着し、表面温度を常温から400℃未満に制御した基板上に成膜させることにより、炭素及び珪素を主成分とする素材からなる保護膜が構成される。
【0013】
【実施例】
〔実施例1〕インライン型スパッタ装置を用い、そしてSiC含有黒鉛(Siの含有割合は15原子%)をターゲットとし、ガラス基板−Cr膜(100nm)−CoCrTa磁性膜(50nm)からなる磁気ディスクのCoCrTa磁性膜面上にスパッタ(スパッタ条件として、CoCrTa磁性膜の表面温度は室温、Arガス圧が2mTorr)して、C及びSiを主成分とする保護膜を30nm厚形成した。
【0014】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図1に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないことが判る。
〔実施例2〕実施例1において、スパッタ時におけるCoCrTa磁性膜の表面温度を290℃に制御した外は同様に行った。
【0015】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図2に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないことが判る。
〔実施例3〕実施例1において、SiC含有ガラス状炭素(Siの含有割合は15原子%)製ターゲットを用いた外は同様に行った。
【0016】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図3に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないことが判る。
〔実施例4〕実施例2において、SiC含有ガラス状炭素(Siの含有割合は15原子%)製ターゲットを用いた外は同様に行った。
【0017】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図4に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないことが判る。
〔比較例1〕実施例1において、SiC含有黒鉛(Siの含有割合は0.09原子%)製ターゲットを用いた外は同様に行った。
【0018】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図5に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあるものの、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが二つあることが判る。
〔比較例2〕実施例2において、SiC含有黒鉛(Siの含有割合は0.09原子%)製ターゲットを用いた外は同様に行った。
【0019】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図6に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあるものの、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが二つあることが判る。
〔比較例3〕実施例1において、スパッタ時におけるCoCrTa磁性膜の表面温度を400℃に制御した外は同様に行った。
【0020】このようにして構成された保護膜のラマン分光分析によるスペクトルを示すと、図7に示す通りのものであり、ピークが1000〜2000cm-1の範囲にあるものの、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが二つあることが判る。
〔特性〕上記各例で得られた磁気ディスクについて、CSSテストを行ったので、その結果を表1に示す。
【0021】
表1 CSSテスト中にディスクに傷が発生、又はヘッドと の摩擦形数が0.5を越えた際のCSS回数 実施例1 80000回以上 実施例2 80000回以上 実施例3 100000回以上 実施例4 100000回以上 比較例1 20000回 比較例2 10000回 比較例3 10000回 CSSテスト条件 ヘッド:3380型A1203.TiCヘッド ヘッド荷重:10g CSSテスト1回のサイクル:0rpm〜3600rpm (5sec)
3600rpm (1sec)
3600rpm〜0rpm (5sec)
0rpm (1sec)
この表1から、保護膜が、ラマン分光分析によるスペクトルのピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないSi元素及びC元素を主成分とするものは、耐久性に極めて優れていることが判る。
【0022】
【効果】本発明の磁気記録媒体は、耐久性に富み、かつ、記録再生装置に悪影響が起きないものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図2】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図3】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図4】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図5】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図6】ラマン分光分析によるスペクトルである。
【図7】ラマン分光分析によるスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 基板と、この基板上に設けられた磁性層と、その上に設けられた保護層とを具備してなる磁気記録媒体であって、前記保護層はSi元素及びC元素を主成分とするものであり、そして保護層のラマン分光分析によるスペクトルのピークが1000〜2000cm-1の範囲にあり、かつ、1400〜1530cm-1の範囲においてはピークが一つしかないものであることを特徴とする磁気記録媒体。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図6】
image rotate


【図7】
image rotate


【公開番号】特開平5−217154
【公開日】平成5年(1993)8月27日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−19914
【出願日】平成4年(1992)2月5日
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)