説明

神経伸長促進剤および伸長阻害剤

【課題】帯状疱疹後神経痛の機序の解明に寄与し、損傷した神経の再生を促進する手段の提供。帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、ヘルペス後神経痛、脳卒中、変性疾患等に伴う神経細胞死による障害や前記疾患の予防または治療に効果的で、しかも副作用の少ない手段の提供。
【解決手段】水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する、神経突起の伸長促進剤;前記抗体を有効成分として含有する、神経性疾患の予防または治療剤;水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子の阻害抗体を有効成分として含有する、神経突起の伸長阻害剤;前記阻害抗体を有効成分として含有する、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患の予防または治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経伸長促進剤および伸長阻害剤に関する。詳しくは、水痘帯状疱疹ウイルス前初期抗原を認識する抗体の神経突起の伸長促進、神経再生または神経突起の伸長阻害の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、発達中および成人において、生存、分化、シナプス可塑性ならびに末梢および中枢ニューロンの選択伸長に重要な役割を果たしていると認識されている、神経栄養因子ファミリーのメンバーである(特許文献1、非特許文献1、2)。BDNFのcDNAは、247アミノ酸残基からなる前駆体タンパク質をコードしている。前駆体タンパク質は、シグナルペプチドおよびプロプロテインを有し、これらは切断されて119アミノ酸残基の成熟BDNFが生成する。生物活性なBDNF(27kDa)は、強力な疎水性相互作用により2つの同じサブユニットから形成される二量体である。BDNFがシナプスの長期増強、学習および記憶等の頻度依存性可塑性メカニズムに関与していることはよく知られている。BDNFは、臨床上の痛覚過敏症の原因となる可塑性に関与している(非特許文献3)。
【0003】
水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)感染は、急性小脳失調症(ACA)、ヘルペス後神経痛(PHN)等の神経学的合併症を生じさせる。ACAは、水痘感染に伴う最もよく起こる神経学的合併症である。15歳未満の小児の4000症例当たり1例で起こると推定されている。ACAは、発疹の開始の数日前から3週間後に出現し、完全回復まで2−4週間続く。帯状疱疹は、感覚の異常を伴うデルマトームに沿った領域分布中に水疱性発疹が現れ、一般的集団における年間発生率は、英国において1000人当たり3.4である(非特許文献4)。PHNは、帯状疱疹の最も頻度の高い合併症であり、患者の7〜35%(60歳以上では50%を越える)で発症する。PHNは、急性神経炎に伴う痛みとは異なり、休みなく続く痛み、電撃痛およびアロディニアを合併する(非特許文献5)。PHNの病態生理学は明らかになっていないけれど、両神経学的合併症がウイルス感染の回復期またはそれより後に出現するということは、VZVに対する免疫応答がそれらの病原性の過程に関与することを示唆する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−328974号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nagappan G. Lu B., Trends in Neurosciences, 28: 464-471, 2005
【非特許文献2】Bramham CR et al., Progress in Neurology, 76: 99-125, 2005
【非特許文献3】Coull, J. A. M. et al., Nature 438: 1017-1021, 2005
【非特許文献4】Johnson, R. W. et al., BMJ 326: 748-750, 2003
【非特許文献5】Donald H. Gilden et al., Neurology 64: 21-25, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、帯状疱疹後神経痛の機序の解明に寄与し、損傷した神経の再生を促進する手段の提供である。また、本発明の目的は、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、ヘルペス後神経痛、脳卒中、変性疾患等に伴う神経細胞死による障害や前記疾患の予防または治療に効果的で、しかも副作用の少ない手段の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、BDNFが臨床上の痛覚過敏症の原因となる可塑性に関与していることからPHNの病態のメカニズムを解析できるのではないかという仮説を立て、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)とBDNFとの免疫学的関連を調べた。VZVは、潜伏感染した神経節で遺伝子4、21、29、62、63を発現し、前初期タンパク質IE62が感染中にウイルス遺伝子の転写活性化に中心的役割を果たす。PHN患者を含む水痘回復期血清は、ウェスタンブロット解析でIE62およびBDNFを認識した。本発明者らは、IE62とBDNFとの免疫学的関係をさらに調べ、これらの間で免疫学的交差反応性を見出した。交差反応の有意差は、それぞれのモノクローナル抗体を用いて検定した。BDNFと交差するIE62抗体のなかには、BDNFの生物活性を阻害するものと、他にもBDNFによるtrkBが介在するシグナル伝達および神経突起の伸長を有意に増加するものがあることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本願発明は、以下に示す通りである。
【0008】
〔1〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する、神経突起の伸長促進剤。
〔2〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が配列番号2の414−429位のアミノ酸配列を有するペプチドを認識するものである前記〔1〕に記載の促進剤。
〔3〕 前記脳由来神経栄養因子が二量体である前記〔1〕または〔2〕に記載の促進剤。
〔4〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する、神経性疾患の予防または治療剤。
〔5〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が配列番号2の414−429位のアミノ酸配列を有するペプチドを認識するものである前記〔4〕に記載の予防または治療剤。
〔6〕 前記脳由来神経栄養因子が二量体である前記〔4〕または〔5〕に記載の予防または治療剤。
〔7〕 前記神経性疾患が脳卒中、酸素欠乏症、窒息、身体的損傷、毒への暴露、悪性新生物、痴呆(認知症)、アルツハイマー、パーキンソン病および筋萎縮性側索硬化症からなる群より選ばれる状態により引き起こされる損傷した神経細胞を伴う疾患である前記〔4〕〜〔6〕いずれか1項に記載の予防または治療剤。
〔8〕 前記〔1〕〜〔3〕いずれか1項に記載の神経突起の伸長促進剤、および当該促進剤を神経突起の伸長のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該促進剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
〔9〕 前記〔4〕〜〔7〕いずれか1項に記載の神経性疾患の予防または治療剤、および当該予防または治療剤を神経性疾患のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該予防または治療剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
〔10〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する、神経突起の伸長阻害剤。
〔11〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が脳由来神経栄養因子の阻害抗体である前記〔10〕に記載の阻害剤。
〔12〕 前記抗体が配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものである、前記〔11〕に記載の阻害剤。
〔13〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患の予防または治療剤。
〔14〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が脳由来神経栄養因子の阻害抗体である前記〔13〕に記載の予防または治療剤。
〔15〕 前記抗体が配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものである、前記〔14〕に記載の予防または治療剤。
〔16〕 前記〔10〕〜〔12〕いずれか1項に記載の神経突起の伸長阻害剤、および当該阻害剤を神経突起の伸長阻害のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該阻害剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
〔17〕 前記〔13〕〜〔15〕いずれか1項に記載の予防または治療剤、および当該予防または治療剤を帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該予防または治療剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
〔18〕 前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の抗体を製造する方法であって、配列番号2の414−429位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを抗原として用いて、抗体ライブラリーをスクリーニングする工程を含む製造方法。
〔19〕 前記抗体ライブラリーがヒト抗体ライブラリーである前記〔18〕に記載の製造方法。
〔20〕 前記〔10〕〜〔15〕いずれか1項に記載の抗体を製造する方法であって、配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを抗原として用いて、抗体ライブラリーをスクリーニングする工程を含む製造方法。
〔21〕 前記抗体ライブラリーがヒト抗体ライブラリーである前記〔20〕に記載の製造方法。
〔22〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体の有効量を対象に投与することを含む、神経性疾患の予防または治療方法。
〔23〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が配列番号2の414−429位のアミノ酸配列を有するペプチドを認識するものである前記〔22〕に記載の予防または治療方法。
〔24〕 前記脳由来神経栄養因子が二量体である前記〔22〕に記載の予防または治療方法。
〔25〕 前記神経性疾患が脳卒中、酸素欠乏症、窒息、身体的損傷、毒への暴露、悪性新生物、痴呆(認知症)、アルツハイマー、パーキンソン病および筋萎縮性側索硬化症からなる群より選ばれる状態により引き起こされる損傷した神経細胞を伴う疾患である前記〔22〕に記載の予防または治療方法。
〔26〕 水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体の有効量を対象に投与することを含む、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患の予防または治療方法。
〔27〕 前記タンパク質がIE62であり、前記抗体が脳由来神経栄養因子の阻害抗体である前記〔26〕に記載の予防または治療方法。
〔28〕 前記抗体が配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものである前記〔27〕に記載の予防または治療方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の神経突起の伸長促進剤によると、BDNFの作用を増強することにより神経突起の伸長を促進することができるので、少ない量のBDNF存在下でも効率よく効果を奏することが期待される。前記伸長促進剤に含まれる抗体は、BDNFそれ自体と比べて生体内での半減期が長いので、BDNFの増強作用が持続するとともに、BDNFのオートクラインシステムが活性化され、BDNF産生分泌自体も促進され、持続的に神経細胞に作用するBDNF活性が上昇する。さらに時間が経過するとBDNF自体の活性は減少していくが、半減期の長い抗体がもたらす持続的効果により、BDNFの作用を上昇させ続けることが可能である。本発明の神経性疾患の予防または治療剤によると、これまで有効な手段のなかった神経損傷後の神経の再生が可能となる。また、本発明の神経突起の伸長阻害剤によると、BDNFの作用を阻害することにより神経突起の伸長を阻害することができるので、これまで有効な手段のなかった帯状疱疹後の神経痛や慢性疼痛等に効果を奏することが期待される。前記伸長阻害剤に含まれる抗体は、BDNFの作用を中和することによってBDNFのオートクラインシステムの活性化も抑制することができ、さらに、このような相乗的または相加的抑制効果により、分泌されたBDNFにより神経細胞がさらにBDNFを誘導する二次反応も抑制可能である。さらに、本発明の予防または治療剤によると、経験依存性社会嫌悪やストレスなどの神経の過敏を伴う疾患に対しても、BNDF作用の阻害を介して当該疾患の改善が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1A】図1Aは、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の前初期(IE)62タンパク質の断片の位置関係を示す概略図である。
【図1B】図1Bは、IE62断片とGSTとの融合タンパク質の電気泳動の写真である。
【図1C】図1Cは、帯状疱疹およびPHN患者由来の血清のIE62およびBDNFへの反応性を調べたウェスタンブロットのまとめを示す。
【図1D】図1Dは、帯状疱疹およびPHN患者由来の血清のIE62およびBDNFへの反応性を調べたウェスタンブロットの一例を示す。
【図2A】図2Aは、IE62モノクローナル抗体およびBDNFモノクローナル抗体のIE62断片に対する反応性を示す電気泳動の写真である。
【図2B】図2Bは、IE62モノクローナル抗体およびBDNFモノクローナル抗体を用いたVZV感染細胞での免疫組織染色を示す。
【図2C】図2Cは、BDNFタンパク質のSDS−PAGEの写真ならびにIE62モノクローナル抗体およびBDNFモノクローナル抗体を用いたウェスタンブロットの写真である。
【図3】図3は、IE62モノクローナル抗体およびBDNFモノクローナル抗体のエピトープを決定した電気泳動の写真である。
【図4A】図4Aは、IE62モノクローナル抗体がBDNFエキソン3〜5の転写ならびにArcの転写を上昇させることを示す。
【図4B】図4Bは、無添加(a)およびIE62とBDNF添加(b)で培養した皮質(GABA性)ニューロンの神経突起の形態を示す。スケールバーは40μmを示す。
【図4C】図4Cは、IE62モノクローナル抗体が神経細胞体の面積を増加させることを示す。
【図4D】図4Dは、IE62モノクローナル抗体が神経の分岐点の数を増加させることを示す。
【図4E】図4Eは、IE62モノクローナル抗体が神経突起の全長を増加させることを示す。
【図5A】図5Aは、IE62モノクローナル抗体が脊髄神経細胞体の面積を増加させることを示す。
【図5B】図5Bは、IE62モノクローナル抗体が脊髄ニューロンの分岐点の数を増加させることを示す。
【図5C】図5Cは、IE62モノクローナル抗体が脊髄ニューロンの神経突起の全長を増加させることを示す。
【図5D】図5Dは、無添加対照(a)およびIE62とBDNF添加(b)で培養した脊髄後角ニューロンの神経突起の形態を示す。スケールバーは40μmを示す。
【図6A】図6Aは、モノクローナル抗体KSG1を用いた大脳皮質細胞の免疫染色の写真である。倍率は、1000倍である。
【図6B】図6Bは、モノクローナル抗体KSG1を用いた中脳細胞の免疫染色の写真である。倍率は、1000倍である。
【図6C】図6Cは、モノクローナル抗体KSG4を用いた大脳皮質細胞の免疫染色の写真である。倍率は、400倍である。
【図6D】図6Dは、モノクローナル抗体KSG4を用いた中脳細胞の免疫染色の写真である。倍率は、1000倍である。
【図7】図7は、ラット胎児初代培養大脳皮質にPHN患者血清で処理したBDNFを添加した時のBDNF mRNAの発現量の変動の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の神経突起の伸長促進剤は、水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する抗体を有効成分として含有する。当該抗体は、後述する本発明の神経突起の伸長阻害剤に含まれる阻害抗体と区別する場合、促進抗体と称する。
【0012】
前記抗体は、水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識する抗体である。ここで、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)とは、アルファヘルペス・ウイルス属のメンバーであり、水痘(varicella)および帯状疱疹(zoster)の病原媒体である。VZVゲノムは、直鎖状二本鎖DNA分子であり、例えば、J. Gen Virol. (1986), 67, 1759-1816にその全塩基配列およびコードされるタンパク質のアミノ酸配列が開示されている。あるいは、VZV(ヒトヘルペスウイルス3)として、Genbank Accession No: NC_001348においても、全ゲノムの塩基配列および当該ゲノムからコードされるタンパク質のアミノ酸配列が開示されている。VZVゲノムは、約70種のタンパク質をコードしている。VZVの全遺伝子は、前初期(IE)、初期(E)および後期(L)という3つの広い動態クラス中で、感染細胞中に発現すると考えられている。VZV IE62タンパク質は、VZVタンパク質の3つの動態クラスのすべての発現の活性化に関与している。
【0013】
前記抗体は、VZVがコードするタンパク質の中で、前初期タンパク質、より好ましくはIE62を抗原として製造されたものである。抗原としてのIE62タンパク質も、前記文献およびGenbank等でそのアミノ酸配列が開示されている。例えば、ヒトヘルペスウイルス3 VZV−Oka株の場合、Genbank Accession No:AY016449にIE62の塩基配列(配列番号1)およびアミノ酸配列(配列番号2)が開示されている。また、ヒトヘルペスウイルス3 VZV−野生株(河口株)は、Journal of Virology 2002 p11447-144459を参照のこと。
【0014】
前記促進抗体は、配列番号2のIE62のアミノ酸配列において、414−429位のアミノ酸配列(PGYRSISGPDPRIRKT:配列番号3)を有するペプチドを認識するものであることが好ましい。かかるペプチドを認識する促進抗体は、後述するBDNFとの交差反応性をより顕著に有するため、好ましい。前記ペプチドは、本発明における促進抗体のエピトープとして機能するものであり、その抗原決定基としての機能を失わない限りにおいて、配列番号3のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端から1〜3アミノ酸程度欠失していてもよい。あるいは、前記ペプチドは、その抗原決定基としての機能を失わない限りにおいて、追加のアミノ酸配列を1〜数個(通常1〜5、好ましくは1〜3)、そのN末端またはC末端に有していてもよい。追加のアミノ酸残基としては、後述する高分子化合物(タンパク質)との結合のために導入されるシステイン残基などがあげられる。
【0015】
前記抗体は、前初期タンパク質、好ましくはIE62を高感度かつ高い特異性で認識することができるとともに、脳由来神経栄養因子(BDNF)と交差反応することを特徴とする。
【0016】
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、ヒトBDNFとして、GenBank Accession No.NM_170731-170735、NM_001709にその塩基配列およびアミノ酸配列が開示されている。前記促進抗体が交差反応するBDNFは、成熟体であり、好ましくは成熟体の二量体である。
【0017】
本明細書でいう「抗体」には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等の天然型抗体、遺伝子組換技術を用いて製造され得るキメラ抗体、ヒト化抗体や一本鎖抗体、ヒト抗体産生トランスジェニック動物等を用いて製造され得るヒト抗体、ファージディスプレイによって作製された抗体およびこれらの結合性断片が含まれる。
【0018】
結合性断片とは、前述した抗体の一部分の領域を意味し、具体的には例えばF(ab')2、Fab'、Fab、Fv(variable fragment of antibody)、sFv、dsFv(disulphide stabilised Fv)、dAb(single domain antibody)等があげられる(Exp. Opin. Ther. Patents,Vol.6, No.5, p.441-456, 1996)。
【0019】
抗体のクラスは、特に限定されず、IgG、IgM、IgA、IgDまたはIgE等のいずれのアイソタイプを有する抗体をも包含する。好ましくは、IgGまたはIgMであり、精製の容易性等を考慮するとより好ましくはIgGである。
【0020】
ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体は、既知の一般的な製造方法によって製造することができる。即ち、例えば、免疫原を、必要に応じてフロイントアジュバント(Freund's Adjuvant)とともに、哺乳動物、例えばポリクローナル抗体の場合、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、ヤギ、ウマまたはウシ等、好ましくはマウス、ラット、ハムスター、モルモット、ヤギ、ウマまたはウサギに、モノクローナル抗体の場合、マウス、ラット、ハムスターに免疫する。
【0021】
一実施態様において、免疫原としてのIE62ペプチドは、公知の方法により製造することができる。例えば、配列番号3のアミノ酸配列を含むペプチドを常法に従って合成し、牛血清アルブミン(BSA)、ウサギ血清アルブミン(RSA)、オボアルブミン(OVA)、スカシ貝ヘモシアニン(KLH)、チログロブリン(TG)、免疫グロブリン等の高分子化合物(タンパク質)との複合体を形成させた後、免疫原として用いることができる。
【0022】
前記IE62ペプチドと高分子化合物との複合体を形成させる等の目的で、1個または数個のアミノ酸を付加してもよい。付加されるアミノ酸の数は、特に限られないものの、製造される抗体の特異性を考慮すると、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜2個、最も好ましくは1個である。付加されるアミノ酸の位置はポリペプチドのN末端またはC末端いずれでもよいが、C末端が好ましい。
【0023】
複合体の形成方法は、公知の方法により行なうことができ、特に限定されるものではない。例えば、混合酸無水物法または活性エステル法等により前記IE62ペプチドのカルボキシ基と前記高分子化合物の官能基とを反応させて、複合体を形成することができる。あるいは、前記IE62ペプチドのC末端にシステイン残基を導入し、当該システインの側鎖であるSH基を介して前記高分子化合物と結合させることもできる。
【0024】
別の実施態様において、例えば、配列番号3のアミノ酸配列を含むペプチドをコードするヌクレオチドを他のタンパク質(例、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST))をコードするヌクレオチドと連結した発現ベクターを用いて、常法により他のタンパク質との融合タンパク質として宿主で発現させ、精製したものを免疫原として用いることができる。
【0025】
ポリクローナル抗体は、具体的には下記のようにして製造することができる。即ち、免疫原をマウス、ラット、ハムスター、モルモット、ヤギ、ウマまたはウサギ、好ましくはヤギ、ウマまたはウサギ、より好ましくはウサギの皮下内、筋肉内、静脈内、フッドパッド内あるいは腹腔内に1〜数回注射することにより免疫感作を施す。通常、初回免疫から約1〜14日毎に1〜5回免疫を行って、最終免疫より約1〜5日後に免疫感作された該哺乳動物から血清が取得される。
【0026】
血清をポリクローナル抗体として用いることも可能であるが、好ましくは、限外ろ過、硫安分画、ユーグロブリン沈澱法、カプロイン酸法、カプリル酸法、イオン交換クロマトグラフィー(DEAEまたはDE52等)、抗イムノグロブリンカラムもしくはプロテインA/Gカラム、免疫原を架橋させたカラム等を用いたアフィニティカラムクロマトグラフィーにより単離および/または精製される。
【0027】
モノクローナル抗体は、上記免疫感作動物から得た該抗体産生細胞と自己抗体産生能のない骨髄腫系細胞(ミエローマ細胞)からハイブリドーマを調製し、該ハイブリドーマをクローン化し、哺乳動物の免疫に用いた免疫原に対して特異的親和性を示し、かつ、BDNFと交差反応性を示すモノクローナル抗体を産生するクローンを選択することによって製造される。
【0028】
モノクローナル抗体は、具体的には下記のようにして製造することができる。即ち、免疫原を、マウス、ラットまたはハムスター(ヒト抗体産生トランスジェニックマウスのような他の動物由来の抗体を産生するように作出されたトランスジェニック動物を含む)の皮下内、筋肉内、静脈内、フッドパッド内もしくは腹腔内に1〜数回注射するか、または移植することにより免疫感作を施す。通常、初回免疫から約1〜14日毎に1〜4回免疫を行って、最終免疫より約1〜5日後に免疫感作された該哺乳動物から抗体産生細胞を取得する。
【0029】
モノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマ(融合細胞)の調製は、ケーラーおよびミルシュタインらの方法(Nature, Vol.256, p.495-497, 1975)およびそれに準じる修飾方法に従って行うことができる。即ち、前述の如く免疫感作された哺乳動物から取得される脾臓、リンパ節、骨髄または扁桃等、好ましくは脾臓に含まれる抗体産生細胞と、好ましくはマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギまたはヒト等の哺乳動物、より好ましくはマウス、ラットまたはヒト由来の自己抗体産生能のないミエローマ細胞との細胞融合により調製される。
【0030】
細胞融合に用いられるミエローマ細胞としては、例えばマウス由来ミエローマP3/X63-AG8.653(653;ATCC No.CRL1580)、P3/NSI/1-Ag4-1(NS-1)、P3/X63-Ag8.U1(P3U1)、SP2/0-Ag14(Sp2/0、Sp2)、PAI、F0またはBW5147、ラット由来ミエローマ210RCY3-Ag.2.3.、ヒト由来ミエローマU-266AR1、GM1500-6TG-A1-2、UC729-6、CEM-AGR、D1R11またはCEM-T15を使用することができる。
【0031】
モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマクローンのスクリーニングは、ハイブリドーマを、例えばマイクロタイタープレート中で培養し、増殖の見られたウェルの培養上清の前述の免疫感作で用いた免疫原に対する反応性を、さらに、前記上清のBDNFに対する反応性を、例えばELISA等の酵素免疫測定法によって測定することにより行なうことができる。
【0032】
前記ハイブリドーマは、培地(例えば、10%牛胎仔血清を含むDMEM)を用いて培養し、その培養液の遠心上清をモノクローナル抗体溶液とすることができる。また、本ハイブリドーマを由来する動物の腹腔に注入することにより、腹水を生成させ、得られた腹水をモノクローナル抗体溶液とすることができる。モノクローナル抗体は、上述のポリクローナル抗体と同様に、単離および/または精製されることが好ましい。
【0033】
また、キメラ抗体は、例えば「実験医学(臨時増刊号), Vol.6, No.10, 1988」、特公平3-73280号公報等を、ヒト化抗体は、例えば特表平4-506458号公報、特開昭62-296890号公報等を、ヒト抗体は、例えば「Nature Genetics, Vol.15, p.146-156, 1997」、「Nature Genetics, Vol.7, p.13-21, 1994」、特表平4-504365号公報、国際出願公開WO94/25585号公報、「日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年」、「Nature, Vol.368, p.856-859, 1994」、特表平6-500233号公報等を参考にそれぞれ製造することができる。
【0034】
ファージディスプレイによる抗体作製は、抗体スクリーニング用に作製されたファージライブラリーから、例えば、バイオパニングにより抗原に親和性を有するファージを回収、濃縮することにより、Fab等の抗体等を容易に得ることができる。この場合、配列番号2の414−429位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを抗原として用いて、抗体ライブラリーをスクリーニングすることが好ましい。好ましい抗体ライブラリーおよび抗体のスクリーニング方法については、国際公開第01/062907号パンフレット、特開2005−185281号を参照のこと。
ファージライブラリーには、すべての抗原に対して反応できるクローンが存在している。したがって、抗原をIE62とすると、IE62に存在するあらゆるエピトープに対する抗IE62抗体のクローンが得られる。このクローン群に対して、次の抗原として、BDNFを用いてスクリーニングを行えば、交差する抗体が得られる。そして、BDNF活性に対する作用から、ヒト型のBDNF活性を抑制または促進する機能を有する抗体を選択することができる。得られたヒト型抗体は、ヒトへの適応に有利である。
【0035】
F(ab')2およびFab'は、イムノグロブリンを、蛋白分解酵素であるペプシンまたはパパインで処理することによりそれぞれ製造することができる。Fabは、Fab発現ファージライブラリーを上記ファージディスプレイによる抗体作製法と同様にスクリーニングすることにより、製造することができる。
【0036】
このようにして得られたIE62タンパク質を認識する抗体は、通常の抗原−抗体反応を利用する方法によりIE62タンパク質を検出または定量することができる。かかる方法としては特に限定されるものではないが、放射性同位元素免疫測定法(RIA)、酵素免疫測定法(例、ELISA)、蛍光もしくは発光測定法、凝集法、イムノブロット法、イムノクロマト法等(Meth.Enzymol.,92,p.147-523 (1983), Antibodies Vol.II IRL Press Oxford (1989))があげられる。
【0037】
本発明の神経突起の伸長促進剤の有効成分である前記促進抗体は、これまで知られていたVZVに対する抗体とは異なり、BDNFを介する神経突起の伸長を促進する作用を有するものである。ここで、神経突起とは、神経細胞の外側に形成される軸索、樹状突起および軸索側枝を含むものである。神経突起の伸長促進とは、神経細胞を顕微鏡下で観察して神経突起の長さを測定した場合に、その全長が対照と比べて増加することをいう。この場合の対照とは、本発明の促進剤を添加しないことを除いては同様の条件下に置かれた神経細胞をいう。
【0038】
本発明の促進剤に含まれる抗体の量は、上記作用効果を奏する限りにおいて特に限定されるものではないが、通常0.001〜90重量%であり、好ましくは0.005〜50重量%、より好ましくは0.01〜10重量%である。
【0039】
本発明の促進剤は、前記抗体以外に担体を含有してもよい。かかる担体としては、製剤分野において通常用いられる担体を使用することができ、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水等の希釈剤、グリセリン、ポリエチレングリコール等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0040】
本発明の促進剤が作用する細胞としては、神経細胞、特に損傷した神経細胞、などがあげられる。
【0041】
本発明の促進剤は、研究用試薬として用いることができる。あるいは、試験管内で神経細胞の突起の伸長を促進させることができる。試験管内での適用のためには、例えば、培養中の神経細胞に対して、本発明の促進剤を培地に添加することにより接触させ、適宜培養を続ける方法があげられる。
【0042】
本発明の促進剤は、生体内に投与して、神経細胞の突起の伸長を促進させることができる。生体内に投与する方法としては限定されず、例えば、皮下注、筋注、腹腔内への注射、点滴などがあげられる。経口投与、静脈内投与、筋肉内投与などの全身投与以外に脳内または髄腔内(髄液中)、一側背側海馬への局所投与があげられる。脳内への局所投与に際しては、本発明の促進剤をコラーゲンからなる担体に含有させることができる。
【0043】
神経突起の伸長促進作用を有する前記促進抗体は、神経細胞、特に損傷した神経細胞の再生が期待される。本発明は、かかる抗体を有効成分として含有する神経性疾患の予防または治療剤を提供する。
【0044】
本発明の予防または治療剤中に含まれる促進抗体の量は、上記作用効果を奏する限りにおいて特に限定されるものではないが、通常0.001〜90重量%であり、好ましくは0.005〜50重量%、より好ましくは0.01〜10重量%である。
【0045】
本発明の予防または治療剤は、前記促進抗体以外に担体を含有してもよい。かかる担体としては、前記促進剤で例示したものがあげられる。
【0046】
本発明の予防または治療剤が適用される神経性疾患としては、神経突起の伸長を促進することにより病態の改善が期待される疾患である。例えば、脳卒中、酸素欠乏症、窒息、身体的損傷、毒への暴露、悪性新生物、痴呆(認知症)、糖尿病に関連する末梢神経障害、神経変性疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症など)、免疫性神経疾患(多発性硬化症、ギラン・バレー症候群、重症筋無力症、筋炎など)、感染性疾患(脳炎、髄膜炎など)、血管障害(脳梗塞、脳出血など)、その他の神経性疾患(筋ジストロフィー、てんかん、ミトコンドリア脳筋症など)などの状態により引き起こされる損傷した神経細胞を伴う疾患があげられる。好ましくは、酸素欠乏症、窒息、身体的損傷、毒への暴露、悪性新生物、痴呆(認知症)、アルツハイマー、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症である。
【0047】
本発明の促進剤または予防もしくは治療剤の投与対象としては、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ヒト等の哺乳動物があげられる。
【0048】
脳卒中発症時には血液脳関門が局部において破壊されていることから、本発明の促進剤の脳への送達が容易になることが期待できる。血液脳関門開通剤としてマンニトール、アラビノース、ガラクトース、フルクトース、ラクトース、フラクトオリゴ糖、グルクロン酸、グリセロール、シュークロース、メトラゾール、エトプシド、合成胆汁塩、コール酸類、ジメチルサルフォキシド、アデニル酸類、無機塩類または有機酸類を同時に投与することができる。
【0049】
促進剤または予防もしくは治療剤を、経口的、直腸内、非経口的、槽内(intracistemally)、膣内、腹腔内、局所的(粉剤、軟膏、ゲル、点滴剤、または経皮パッチによるなど)、口内もしくは経口または鼻腔スプレーとして投与することができる。本明細書で用いる用語「非経口的」とは、静脈内、筋肉内、腹腔内、胸骨内、皮下および関節内の注射および注入を含む投与の様式をいう。
【0050】
促進剤または予防もしくは治療剤は、徐放性システムにより適切に投与することも可能である。徐放性の剤の適切な例は、適切なポリマー物質(例えば、成形品(例えば、フィルムまたはマイクロカプセル)の形態の半透過性ポリマーマトリックス)、適切な疎水性物質(例えば、許容品質油中のエマルジョンとして)またはイオン交換樹脂、および貧可溶性誘導体(例えば、貧可溶性塩)を包含する。
【0051】
本発明の促進剤または予防もしくは治療剤を、個々の患者の臨床状態、送達部位、投与方法、投与計画および当業者に公知の他の因子を考慮に入れ、医療実施基準(good medical practice)を遵守する方式で処方および投薬する。従って、本明細書において目的とする「有効量」は、このような考慮を行って決定される。一般的提案として、用量当り、非経口的に投与される治療剤の合計薬学的有効量は、患者体重の、約1μg/kg/日〜10mg/kg/日の範囲にあるが、上記のようにこれは治療的裁量に委ねられる。さらに好ましくは、この用量は、少なくとも0.01mg/kg/日、最も好ましくはヒトに対して約0.01mg/kg/日と約1mg/kg/日との間である。連続投与する場合、代表的には、治療剤を約1μg/kg/時間〜約50μg/kg/時間の投薬速度で1日に1〜4回の注射かまたは連続皮下注入(例えばミニポンプを用いる)のいずれかにより投与する。静脈内用バッグ溶液もまた使用し得る。変化を観察するために必要な処置期間および応答が生じる処置後の間隔は、所望の効果に応じて変化する。
【0052】
本発明の神経突起の伸長阻害剤は、水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子(BDNF)と交差反応する抗体を有効成分として含有する。前記阻害剤に有効成分として含まれる抗体は、これまで知られていたVZVに対する抗体とは異なり、BDNFと交差反応してBDNFの作用を阻害することにより、神経突起の伸長を阻害する作用を有するものである。かかる抗体を単に阻害抗体とも称する。
【0053】
前記阻害抗体は、配列番号2のIE62のアミノ酸配列において、268−341位のアミノ酸配列(GPVEQLYHVLSDSVPAKGAKADLPFETDDTRPRKHDARGITPRVPGRSSGGKPRAFLALPGRSHAPDPIEDDSP:配列番号18)から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものであることが好ましい。かかるペプチドを認識する抗体は、BDNFと交差反応し、かつBDNFの作用を阻害するため、好ましい。前記ペプチドは、本発明における抗体のエピトープとして機能するものである。
【0054】
前記阻害抗体の製造方法は、前記促進抗体の製造方法において、配列番号3のアミノ酸配列からなるペプチドの代わりに、配列番号18のアミノ酸配列からなるペプチドまたは配列番号18のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを用いること以外は同様にして製造することができる。
【0055】
本発明の阻害剤に含まれる阻害抗体の量は、上記作用効果を奏する限りにおいて特に限定されるものではないが、通常0.001〜90重量%であり、好ましくは0.005〜50重量%、より好ましくは0.01〜10重量%である。
【0056】
本発明の阻害剤は、前記阻害抗体以外に担体を含有してもよい。かかる担体としては、製剤分野において通常用いられる担体を使用することができ、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水等の希釈剤、グリセリン、ポリエチレングリコール等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0057】
本発明の阻害剤が作用する細胞としては、神経細胞、特に損傷した神経細胞などがあげられる。
【0058】
本発明の阻害剤は、研究用試薬として用いることができる。あるいは、試験管内で神経細胞の突起の伸長を阻害することができる。試験管内での適用のためには、例えば、培養中の神経細胞に対して、本発明の阻害剤を培地に添加することにより接触させ、適宜培養を続ける方法があげられる。
【0059】
本発明の阻害剤は、生体内に投与して、神経細胞の突起の伸長を阻害することができる。生体内に投与する方法としては限定されず、例えば、皮下注、筋注、腹腔内への注射、点滴などがあげられる。経口投与、静脈内投与、筋肉内投与などの全身投与以外に脳内または髄腔内(髄液中)、一側背側海馬への局所投与があげられる。脳内への局所投与に際しては、本発明の阻害剤をコラーゲンからなる担体に含有させることができる。
【0060】
神経突起の伸長阻害作用を有する前記阻害抗体は、神経の過敏状態の抑制が期待される。本発明は、かかる抗体を有効成分として含有する神経の過敏を伴う疾患の予防または治療剤を提供する。
【0061】
本発明の予防または治療剤中に含まれる阻害抗体の量は、上記作用効果を奏する限りにおいて特に限定されるものではないが、通常0.001〜90重量%であり、好ましくは0.005〜50重量%、より好ましくは0.01〜10重量%である。
【0062】
本発明の予防または治療剤は、前記阻害抗体以外に担体を含有してもよい。かかる担体としては、前記阻害剤で例示したものがあげられる。
【0063】
本発明の阻害剤または予防もしくは治療剤が適用される疾患としては、神経突起の伸長を阻害することにより病態の改善が期待される疾患である。例えば、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪、ストレスなどがあげられる。慢性疼痛は、
(1)侵害受容器が持続的に刺激されて生じると考えられる侵害受容性疼痛、
(2)疼痛伝達または抑制機構にかかわる神経線維の働きに異常をきたした結果である神経因性疼痛、および
(3)感情または情動面に重きがおかれる心因性疼痛、に分類される。本明細書でいう慢性疼痛は、神経因性疼痛(神経の損傷や圧迫などからくる痛み)、侵害受容性疼痛(ガンやリウマチなどの痛み)の二種類をいう。経験依存性社会的嫌悪(社会的挫折ストレス)とは、中辺縁ドーパミン経路のBDNFが必須の役割を果たしている状態である。
【0064】
本発明の阻害剤または予防もしくは治療剤の投与対象としては、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ヒト等の哺乳動物があげられる。
【0065】
阻害剤または予防もしくは治療剤を、経口的、直腸内、非経口的、槽内(intracistemally)、膣内、腹腔内、局所的(粉剤、軟膏、ゲル、点滴剤、または経皮パッチによるなど)、口内もしくは経口または鼻腔スプレーとして投与することができる。本明細書で用いる用語「非経口的」とは、静脈内、筋肉内、腹腔内、胸骨内、皮下および関節内の注射および注入を含む投与の様式をいう。
【0066】
阻害剤または予防もしくは治療剤は、徐放性システムにより適切に投与することも可能である。徐放性の剤の適切な例は、適切なポリマー物質(例えば、成形品(例えば、フィルムまたはマイクロカプセル)の形態の半透過性ポリマーマトリックス)、適切な疎水性物質(例えば、許容品質油中のエマルジョンとして)またはイオン交換樹脂、および貧可溶性誘導体(例えば、貧可溶性塩)を包含する。
【0067】
本発明の阻害剤または予防もしくは治療剤を、個々の患者の臨床状態、送達部位、投与方法、投与計画および当業者に公知の他の因子を考慮に入れ、医療実施基準(good medical practice)を遵守する方式で処方および投薬する。従って、本明細書において目的とする「有効量」は、このような考慮を行って決定される。一般的提案として、用量当り、非経口的に投与される治療剤の合計薬学的有効量は、患者体重の、約1μg/kg/日〜10mg/kg/日の範囲にあるが、上記のようにこれは治療的裁量に委ねられる。さらに好ましくは、この用量は、少なくとも0.01mg/kg/日、最も好ましくはヒトに対して約0.01mg/kg/日と約1mg/kg/日との間である。連続投与する場合、代表的には、治療剤を約1μg/kg/時間〜約50μg/kg/時間の投薬速度で1日に1〜4回の注射かまたは連続皮下注入(例えばミニポンプを用いる)のいずれかにより投与する。静脈内用バッグ溶液もまた使用し得る。変化を観察するために必要な処置期間および応答が生じる処置後の間隔は、所望の効果に応じて変化する。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0069】
ウイルスおよび細胞培養
VZVの岡株(弱毒水痘ウイルス岡株(日本国特公昭53−41202号又は米国特許第3,985,615号)に由来のウイルスをシードに用いて製造され、世界の諸国で広く実用に供されている(Requirements for Varicella Vaccine(Live)Adopted 1984;Revised 1993:WHO Technical Report Series,No.848,pp.22−38,1994)。該弱毒岡株は、寄託番号VR−795として1975年3月14日にATCCに寄託されている。)およびVZVの河口株(Journal of Virology, Nov. 2002, P.11447-11459)は、ヒト胎性肺細胞またはヒト肺癌細胞株A549細胞で増殖させた。前記細胞はそれぞれ、10%および2%ウシ胎仔血清を補足したEagle's最小必須培地中で生育し、維持した。
ラット皮質ニューロンの初代培養細胞は、既報(Tabuchi, A., et al., J. Biol. Chem.277, 35920-35931 (2002))に従って、17〜18日齢胎仔ラット(Sprague-Dawley)の大脳皮質から調製した。要約すると、大脳皮質の小片を酵素(DNアーゼI(Sigma)の後にトリプシン(Sigma))処理および機械的分離により断片化し、当該細胞を、60mmの培養皿(Iwaki)に5×106個の密度で播種した。前記細胞を10%ウシ胎仔血清を含むDulbecco’s 変法Eagle’s 培地(Nissui) 中で48時間生育させ、次いで、グルコース(4.5mg/ml)、トランスフェリン(5μg/ml)、インスリン(5μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(5μg/ml)、ウシ血清アルブミン(1mg/ml)および硫酸カナマイシン(100μg/ml)を含む、無血清Dulbecco’s 変法Eagle’s 培地(TIS培地)に交換した。シトシンアラビノシド(Sigma)を2μM加え、グリア細胞の増殖を抑制した。DNAのトランスフェクションの2時間前に、培地を新鮮なTIS培地(シトシンアラビノシドは不含)と置換した。
【0070】
実施例1
GST−IE62融合タンパク質の発現およびポリクローナル抗体の産生
VZVのIEタンパク質の一部を断片に分割し、GST融合タンパク質として合成した。前記GST融合タンパク質は、図1Aに示すように、相互に重複して分子全体をカバーしている。グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)−IE62融合タンパク質を発現する組換えプラスミドは、VZV遺伝子のIE62遺伝子を増幅し、増幅DNA断片をベクターpGEX−4T−1(ファルマシア)に挿入することにより構築した。
【0071】
1)RNAの単離および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)
全RNAを、ISOGEN(日本ジーン)を用いて培養細胞から抽出した。RT−PCRは、既報(Kawasaki, E. S., et al., Amplification of RNA. In PCR Protocol, A Guide to methods and applications, Academic Press, Inc., SanDiego,21−27(1991))に従って行った。要約すると、全RNA(1μg)を、20μlの1×第一鎖緩衝液中でcDNAに逆転写した。前記緩衝液は、以下のものを含む:
プライマーとして、0.5μM オリゴ(dT)15 (5’-AAGCTTTTTTTTTTV-3’)(配列番号6)、200 unitsのSuperScript II reverse transcriptase (Invitrogen)、400μM dNTPs、および10 unitsのRNアーゼ阻害剤(Invitrogen)。
逆転写反応の後、反応混合物を1.1ユニットのRNアーゼH(Invitrogen)で37℃で20分処理し、cDNA溶液としてPCRに用いた。PCRは、1μlのcDNA溶液、1.25 unitsのAmpliTaq Gold DNA ポリメラーゼ(PerkinElmer Life Sciences)、1.5 mM MgCl2、200μM dNTPsおよび0.5μM プライマー対を含む50μlの1×PCR緩衝液中で行った。ラットBDNF遺伝子の4つのエキソン(エキソンI、エキソンII、エキソンIIIおよびエキソンIV)を区別するため、E-I(5’-ACTCAAAGGGAAACGTGTCTCT-3’)(配列番号7)、E-II(5’-CGGTGTAGGCTGGAATAGACT-3’)(配列番号8)、E-III(5’-CTCCGCCATGCAATTTCCACT-3’)(配列番号9)、E-IV(5’-GTGACAACAATGTGACTCCACT-3’)(配列番号10)およびE-Vas(5’-GCCTTCATGCAACCGAAGTA-3’)(配列番号11)を用いた。
【0072】
内部標準として、グリセルアルデヒド-3-ホスフェートデヒドロゲナーゼ(GAPDH) cDNA を、GAPDH センス(5’-TCCATGACAACTTTGGCATTGTGG-3’)(配列番号12)およびアンチセンス(5’-GTTGCTGTTGAAGTCGCAGGAGAC-3’)(配列番号13)プライマー対を用いて増幅した。BDNF cDNAの増幅では、PCR条件は、95℃で10分間前加熱した後、以下の通りであった:変性94℃、1分、アニーリング55℃、1分および伸長72℃、1.5分を32サイクル(エキソンI)、31サイクル(エキソンII)、26サイクル(エキソンIII)および29サイクル(エキソンIV)、ならびに最終伸長を72℃で10分。GAPDHの増幅は、前記と同じ条件下で31サイクル行った。PCR産物を、2%アガロースゲルでの電気泳動により分離し、臭化エチジウムで染色したDNAのバンドの密度を、Bit-Map loader (ATTO) およびソフトウエア(NIH Image 1.52)を用いて分析した。
【0073】
2)GST−IE62融合タンパク質の発現
構築した組換えプラスミドで大腸菌BL21を形質転換し、形質転換体を得た。形質転換体を培養し、1mM IPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)を添加して、37℃で4時間または室温で一晩インキュベートすることにより融合タンパク質の発現を誘導した。誘導した融合タンパク質を、SDS−PAGEにより確認した(図1B)。誘導した融合タンパク質を、グルタチオンセファロース4B(ファルマシア)を用いて、製造者の指示書およびSDS−PAGEで同定した分子量に基づいて精製した。組換えプラスミドの構築は、シークエンスにより確認した。IE62融合タンパク質の抗原性は、イムノブロッティングで機能した。
【0074】
3)ポリクローナル抗体の産生
常法にしたがって、融合タンパク質1〜5をウサギに免疫し、その抗血清をイムノブロッティングおよびVZV感染細胞に対する免疫蛍光抗体試験に使用した。
【0075】
実施例2
IE62に対するモノクローナル抗体の産生
IE62に対するモノクローナル抗体は、GST−IE62融合タンパク質を用いて、本質的に既報(Okuno et al, Virology 129, 357-368 (1983))に記載の方法に従って製造した。ハイブリドーマの培養上清をGSTタンパク質に対するELISAおよびVZV感染細胞に対する免疫蛍光抗体によりスクリーニングし、IE−62モノクローナル抗体産生ハイブリドーマをクローニングした。
【0076】
実施例3
免疫蛍光抗体(IFA)アッセイ
VZV感染細胞を−20℃でアセトン固定し、BDNFまたはIE62に対するモノクローナル抗体およびフルオレセイン結合抗マウスIgG血清をそれぞれ一次および二次抗体として用いて染色した。GST−IE62融合タンパク質に対するウサギ抗血清は、フルオレセイン結合抗ウサギIgG血清(Jackson)を二次抗体として用いて、VZV感染細胞に対する免疫蛍光抗体により確認した。
【0077】
実施例4
ウェスタンブロッティング
GST−IE62融合タンパク質またはVZV感染細胞の溶解液をSDSゲルに負荷し、電気泳動により分離し、ニトロセルロース膜(Millipore)に転写した。前記膜を、GST−IE62融合タンパク質に対するウサギ抗血清、IE62モノクローナル抗体(1:10,000希釈、阪大微生物学病研究所製)またはヒトBDNFモノクローナル抗体(0.5μg/mlに希釈、R&Dシステムズ製)でプローブした。ペルオキシダーゼ結合抗ウサギIgG血清またはヤギ抗マウスIgG血清とともにさらに1時間インキュベーションした後、免疫ブロットをECL法(ナカライテスク)により展開した。
【0078】
実施例5
IE62モノクローナル抗体により認識されるIE62のエピトープの決定
IE62モノクローナル抗体により認識されるIE62のエピトープは、合成ペプチドを用いたIE62のウェスタンブロットのブロッキングにより解析した。エピトープは、図1Aに示す融合タンパク質CとFの間の重複領域であり、IE62の414−447位のアミノ酸に相当する領域であった。
前記領域を3つの区分に分け、下記アミノ酸配列からなるペプチド:
ペプチドI:PGYRSISGPDPRIRKT(配列番号:3)
ペプチドII:KRLAGEPGRQRQKSF(配列番号:4)
ペプチドIII:SLPRSRTPIIPPVSG(配列番号:5)
の3種を180μg用いて、ウェスタンブロットでIE62モノクローナル抗体とIE62との相互作用をブロッキングした。
【0079】
実施例6
初代培養ニューロンに対するBDNFおよびIE62抗体の作用
Sprague‐Dawleyラット(生後0−1日)をケタミン(50 mg/kg,i.p.)で麻酔し、次いで、頸椎脱臼により犠牲にした。すべての取り組みは、用いる動物の数と動物の苦痛を最小限にするためになされた。実験手法は、大阪大学医学部の動物管理委員会規則、および実験動物の取り扱いに関するNIHのガイドに合致するものであった。通常のミクロアイランド法 (Kimura et al., J Neurophysiol. May; 77(5). 2805-2815, 1997)により、孤立ニューロンを培養した。視覚皮質の一片を脳から取り出し、パパイン(20 U/ml)で酵素的に解離させ、磨きガラス製のピペットで粉砕した。アガロースシートに置いたコラーゲンドット上で前もって調製したミクログリア島上に、ニューロンを載せ、B27(Gibco)を補足したニューロベーサルA培地(Gibco)を基本とする溶液中で生育した。このように同じ動物から培養したニューロンを2群に分け、BDNF(大腸菌で発現させた組換タンパク質:Sigma製、昆虫細胞で発現させた組換えタンパク質:R&Dシステムズ製)および実施例2で製造したIE62モノクローナル抗体を所定の濃度で培地に添加し、日齢が合致した娘培養物からデータを取得した。プレーティング後10−15日間記録を行った。
【0080】
次に、脊髄後根ニューロンに対するBDNFおよびIE62抗体の作用ならびにTrk受容体チロシンキナーゼの阻害剤であるK252aの作用を調べた。結果を図5A−Dに示す。
【0081】
実施例7
形態の解析
蛍光イメージを記録した後、ニューロンをビオチン結合抗マウスIgG1とともに37℃で1時間インキュベートした。次いで、ABCキット(Vector Laboratories)を用いて、MAP2を可視化した。倒立顕微鏡(TE300; Nikon)に設置したNeurolucida (MicroBrightField)を用いて、ニューロンの神経突起を描写した。神経突起の形態の定量的評価は、分析ソフトウエアNeuroexplore (MicroBrightField)を用いて行った。
【0082】
実施例8
IE62モノクローナル抗体によるArc(Activity-regulated cytoskeleton-associated protein)およびBDNFの転写亢進
実施例6で用いたラット初代培養ニューロンから、全RNAを、ISOGEN(日本ジーン)を用いて抽出した。定量PCRは、下記のようにして行った。ラットBDNF遺伝子のエキソンIII〜V(Imamura L. et al., J Pharmacol., Exp. Ther 316: 136-143, 2006)Arc cDNA、およびβ−アクチンcDNAを、Arcセンス(5’-CGCTGGAAGAAGTCCATCAA-3’)(配列番号14)、Arcアンチセンス(5’-GGGCTAACAGTGTAGTCGTA-3’)(配列番号15)、β−アクチンセンス(5’-TTTGAGACCTTCAACACCCC-3’)(配列番号16)、β−アクチンアンチセンス(5’-ACGATTTCCCTCTCAGCTGT-3’)(配列番号17)プライマーを用いて、定量PCR増幅を行った。
【0083】
PCRの温度プロフィールは、95℃で10分間前変性した後、以下の通りであった:変性95℃、45秒、アニーリング55℃、45秒および伸長72℃、1分を45サイクル(エキソンI)、31サイクル(エキソンII)、26サイクル(エキソンIII)および29サイクル(エキソンIV)、ならびに最終伸長を72℃で10分。BDNF遺伝子のエキソンIII〜Vの増幅は、57℃のアニーリング温度を用いた。蛍光は、各72℃の伸長工程の最終段階で獲得した。各mRNAの発現レベルは、β−アクチンmRNAのレベルを用いて標準化した。
【0084】
結果
融合タンパク質
組換えプラスミドの構築は、シークエンスにより確認した。GST−IE62融合タンパク質1〜5の免疫原性は、VZVの抗血清を用いるウェスタンブロットにより確認した。当該抗血清は、IFA試験によりVZV感染細胞の核染色が陽性であり、ウェスタンブロットでIE62タンパク質を検出した。次いで、IE62−GST融合タンパク質を定量し、IE62タンパク質としてさらなるキャラクタリゼーションに使用した。図1Aは、IE62全分子とそれらの産物を含むGST−IE62融合タンパク質1〜5とA〜Gの概略図を示す。
【0085】
帯状疱疹回復期血清によるIE62とBDNFの認識
図1Cおよび1Dは、帯状疱疹患者由来血清の、BDNF、GST−IE62融合タンパク質2との反応のまとめ、ならびにウェスタンブロットの代表的パターンの一例を示す。帯状疱疹患者血清(No.23)は、ウェスタンブロットで、IE62の断片2およびFならびにBDNFを認識した。一方、患者血清(No.28)は、IE62の断片2を認識したが、IE62の断片FまたはBDNFを認識しなかった。6名の血清はBDNFと反応し、それらのうちの5つがIE62融合タンパク質を認識した。2名の血清は、IE62を認識したが、BDNFを認識しなかった。IE62とBDNFの認識は、すべての患者において関連付けられなかったが、6名の患者由来の血清は、IE62とBDNFへの抗体応答の関連を示した。
【0086】
各モノクローナル抗体によるBDNFおよびIE62の交差認識
本発明者らは、IE62−GST融合タンパク質に対するモノクローナル抗体を製造した。IE62分子全体を網羅するIE62−GST融合タンパク質に対する当該モノクローナル抗体の反応性を図2Aに示す。図2Aに示すように、抗BDNFモノクローナル抗体および抗VZV IE62モノクローナル抗体は両方とも、VZV IE62の同じ領域を同様に認識した。図2Bは、抗BDNFモノクローナル抗体および抗VZV IE62モノクローナル抗体により染色されたIFAパターンを示し、両抗体は感染細胞の核を主に染色した。抗BDNFモノクローナル抗体は、ウェスタンブロットおよびIFAによりIE62タンパク質を認識することが確認された。
【0087】
図2Cに示すように、BDNFタンパク質は、抗VZV IE62モノクローナル抗体および抗BDNFモノクローナル抗体の両方でブロットされ、プローブされ、両抗体は同様にBDNFを認識した。BDNFを抗IE62モノクローナル抗体でプローブした場合、BDNFの単量体よりは二量体と反応した。このことは、抗IE62モノクローナル抗体はBDNF二量体により形成された立体構造的なエピトープを認識することを示唆する。IE62を認識する抗BDNFモノクローナル抗体は、抗IE62モノクローナル抗体と同様に、BDNFの単量体よりはむしろBDNF二量体と反応した。VZV IE62とBDNFのこのような免疫学的交差反応性は、それぞれのモノクローナル抗体により確認された。
【0088】
BDNFとIE62との交差反応エピトープの同定
抗IE62モノクローナル抗体は、GST融合タンパク質2に加え、さらに領域CおよびFを認識した(図2A)。領域CおよびFの重複領域は、IE62タンパク質のアミノ酸414−447位を示し、当該領域を含む3つの構成ペプチドを用いて、ウェスタンブロットで反応をブロッキングすることによりVZV IE62のエピトープを決定した。414番目から429番目のアミノ酸を含有するペプチドは、抗VZV IE62抗体と抗BDNF抗体の両抗体の相互作用をブロックした。このことは、IE62のアミノ酸414−447位のペプチドのエピトープは、抗VZV IE62抗体と抗BDNF抗体により認識されることを示す(図3)。しかしながら、このペプチドは、ウェスタンブロットでBDNFに対する抗IE62および抗BDNFモノクローナル抗体の反応をブロックできなかった。したがって、両モノクローナル抗体のエピトープは、IE62のアミノ酸414−447位の線状のエピトープである。いずれのモノクローナル抗体も、同じ条件下で二量体により形成される立体構造的エピトープをブロックしなかった。
【0089】
以上の結果から、交差反応エピトープはVZV IE62のアミノ酸414〜429位であることが示唆される。
【0090】
本発明者らは、培養ニューロンを用いて、BDNFの生物活性におけるVZV IE62モノクローナル抗体の作用を特徴付けた。VZV IE62モノクローナル抗体は、図4Aに示すように、ArcとBDNFエキソン3−5の転写を有意に亢進した。さらに、VZV IE62モノクローナル抗体は、神経細胞体の面積、分岐点、BDNFにより刺激される神経突起の長さを有意に増やした(図4C〜E)。したがって、VZV IE62モノクローナル抗体は、生物学的および生化学的マーカーの観点から、BDNFの活性を中和せず、むしろ増大させた。2つの生物活性BDNFは、二価のBDNFとしてVZV IE62モノクローナル抗体によって連結され、当該二価のBDNFは、2つの近接するTrkB分子に結合して、一価のBDNF−TrkB相互作用よりも強いシグナルを伝達し、その結果、ArcとBDNFの転写を亢進し、神経細胞の神経突起の進展を促進すると考えられる。あるいは、抗体のBDNFへの結合が、BDNFの構造を安定化させ、レセプターであるTrkBへの結合を促進することが考えられる。
【0091】
BDNFによるGABA性ニューロンの形態学的発展の促進
ニューロンの発達阻害におけるBDNFの効果を評価するために、本発明者らは、抗GAD65抗体と反応することが確認されている皮質(GABA性)ニューロンの形態を定量的に分析した。図4Bの(a)および(b)に示すように、VZV IE62モノクローナル抗体およびBDNFと共に培養した皮質ニューロンが別の対照ニューロンと比べてより大きな細胞体を有し、より多くの神経突起の枝分かれを有していることが明らかである。
【0092】
この知見を定量するために、本発明者らは体細胞領域と、各ニューロンの神経突起の形態の3つのパラメータを計算した(図4C〜E)。BDNFと共に培養したニューロン10個の体細胞の平均領域は、11個の対照ニューロンの平均よりも有意に大きかった(P<0.01, ANOVA)(図4C)。BDNF処理ニューロンの初代神経突起の平均数は、対照ニューロンの数よりも有意に大きかった(P<0.01, ANOVA)。また、処理ニューロンの神経突起の全長の平均値は、対照ニューロンと比べて、有意に大きかった(P<0.05, ANOVA)(図4E)。最後に、BDNF処理ニューロンの神経突起の分岐点の平均数は、対照ニューロンの数と比べて有意に大きかった(P<0.01, ANOVA)(図4D)。これらの結果より、BDNFは皮質ニューロンの体細胞ニューロンおよび神経突起の発達を促進させることが示唆される。
【0093】
BDNFによる脊髄後根ニューロンの形態学的発展の促進
BDNFのこのような作用がTrkB受容体の活性化を通じて引き出されることを確認するために、Trk受容体チロシンキナーゼの阻害剤であるK252aを、BDNFで処理した1つの脊髄後根ニューロンに適用した。前記阻害剤で処理すると、脊髄後根ニューロンに対するBDNFの増殖作用を阻止することがわかった。このことは、神経突起の体細胞領域と3つのパラメータの定量解析において示された(図5A〜D、各パネルの右から3つ目のカラム)。K252aで処理した10個のニューロンの体細胞の平均領域は、対照ニューロンの値と有意差はなかった。また、K252a処理ニューロンの一次神経突起の数は、対照ニューロンの値と有意差はなかった。K252a処理ニューロンの神経突起の全長は、対照ニューロンの値と有意差はなかった。K252a処理ニューロンの神経突起の分岐点の平均数は、対照ニューロンの値と有意差はなかった。K252aはBDNFの作用とともにIE62抗体(IE10)の増強作用も抑制していることがわかる(図5A〜D、各パネルの右3つのカラム)。脊髄後根ニューロンは興奮性ニューロンであり、このニューロンが痛みを直接伝えることから、本発明の抗体はBDNFの活性化を通じて脊髄後角の興奮性ニューロンの神経突起の伸長を促進することが明らかになった。
【0094】
実施例9
BDNF活性の阻害抗体の作製
1)GST−IE62融合タンパク質の発現
IE62タンパク質として、VZVの岡株の代わりにVZVの野生株(河口株)を用いて、配列番号2の268−341位のアミノ酸配列をコードするDNAをPCRにより増幅してGSTをコードするDNAと連結させること以外は実施例1に記載の方法と同様にして、GST−IE62融合タンパク質を作製した。
【0095】
2)モノクローナル抗体の作製およびスクリーニング
前記1)で得られたGST−IE62融合タンパク質を用いて、本質的に既報(Okuno et al, Virology 129, 357-368 (1983))に記載の方法に従って製造した。ハイブリドーマの培養上清をGSTタンパク質に対するELISAおよびVZV感染細胞に対する免疫蛍光抗体によりスクリーニングし、IE−62モノクローナル抗体産生ハイブリドーマをクローニングした。得られたモノクローナル抗体(KSG1〜13)のBDNF作用の阻害を指標とするスクリーニングは、実施例6に記載の方法に準じてニューロンの神経突起の伸長を記録することにより行い、本発明の阻害抗体を得た。
【0096】
3)モノクローナル抗体とIE62ペプチドとの反応性
得られたモノクローナル抗体(KSG1〜6、8、12および13)とIE62ペプチド(図1Aの断片Aもしくは断片E)またはGSTタンパク質との反応性をウエスタンブロットで確認した。得られたすべてのモノクローナル抗体は、GSTタンパク質とは反応しなかった。KSG1、2および6は断片Aと反応し、それ以外のモノクローナル抗体は断片Aおよび断片Eに反応した。
次に、モノクローナル抗体(KSG1〜8、10、12および13)のIE62ペプチドとの反応性をドットブロットで確認した。すなわち、IE62ペプチド断片Aまたは断片EのGST融合タンパク質を、それぞれトリプシン、プロテイナーゼK、トロンビンまたはV8プロテアーゼで切断した切断物と、前記モノクローナル抗体との反応性をドットブロットで確認した。その結果、KSG1、2および6のエピトープは、IE62ペプチド断片AのN末端側に存在し、KSG3、4、5、12および13のエピトープは、IE62ペプチド断片Aの中央部かつ断片EのN末端側に存在し、KSG8のエピトープは、IE62ペプチド断片Aの中央部かつ断片EのN末端側と、それよりC末端側の2箇所に存在することが推定された。
次に、配列番号18(GPVEQLYHVLSDSVPAKGAKADLPFETDDTRPRKHDARGITPRVPGRSSGGKPRAFLALPGRSHAPDPIEDDSP)から選択した2種のペプチド
ペプチド1:GRSSGGKPRAFLALP(配列番号19)および
ペプチド2:DTRPRKHDARGITPR(配列番号20)を合成して、前記モノクローナル抗体をこれらペプチドで吸収してウエスタンブロットを行ったところ、KSG8はペプチド2で吸収されたが、KSG3、4、5、12および13はペプチド1および2では吸収できなかった。
4)BDNF活性の阻害抗体を用いた神経の染色
ラット胎児脳から大脳皮質および中脳を取り出して初代培養を行い、モノクローナル抗体KSG1および4を用いて免疫染色を行った。結果を図6A〜6Dに示す。BDNF活性の阻害抗体は、神経細胞を染色することがわかった。
【0097】
実施例10
ラット胎児初代培養大脳皮質にPHN患者血清で処理したBDNFを添加した時のBDNF mRNAの発現量の変動
ラット胎児の大脳皮質の初代培養を行い、PHN患者血清で処理したBDNF蛋白質の添加によるBDNF mRNAの発現量の変動を調べた。妊娠17日目のラットの胎児10匹から大脳皮質を取り出し、トリプシンとDNaseで処理し、ポリ−L−リジンでコートした6穴プレート中で、10%FCSを含むダルベッコMEM存在下で培養した。3日間培養後、血清を含まないダルベッコMEMに培地交換し、さらに3日間培養した。PHN患者血清(10倍希釈したものを20μl)とBDNF蛋白質10ng(10ng/μlを1μl)を氷中で4時間反応後、ラット胎児大脳皮質初代培養細胞に添加し、さらに3時間インキュベートした。細胞を氷冷PBSで2度洗浄後、RNA抽出を行った。得られたRNAに、polydT(15)と逆転写酵素を加えcDNA合成を行った。得られたcDNAを、BDNFのエクソン3とエクソン5の配列から設定したプライマーと、内部標準としてβ-アクチンのプライマーでそれぞれreal time PCRを行い、BDNFのmRNAの定量を行った。
【0098】
結果を図7に示す。図7より、PHN患者の血清で処理したBDNF蛋白質をラット胎児大脳皮質に添加した場合は、BDNF蛋白質単独の時と比較してBDNF mRNAの発現量がより増大した。
【0099】
実施例11
ヒト型抗体の産生
BDNFと免疫交差するIE62の部位が同定されているので、その部位を発現するIE62−GST融合蛋白を用いて、ヒト抗体ライブラリー(AIMS4)を用いて、そのエピトープに対するヒト型抗体をスクリーニングする。
IE62−GST融合蛋白を試験管にコートして、AIMS4ファージライブラリーと反応させ、反応しなかったファージを洗浄して、反応したファージに大腸菌を加えてそのファージを増殖させる。次に、増殖したファージをさらにIE62−GST融合蛋白をコートした試験管でパニング法で選択することを繰り返す。その増殖したファージを、BDNFでコートした試験管で選択し増殖させる。選択されたファージの産生したCP3−Fabの反応性を、IE62−GST融合蛋白とBDNFに対する反応性をウエスタンブロットで確認する。これまでにBDNFと交差する抗IE62抗体と同様な反応性を示す抗体クローンを選択する。Fab抗体のBDNF活性調節作用を神経培養細胞で検討し活性を有するクローンのIgG抗体化を図る。Fab抗体とIgG抗体の調節作用を比較して、適切な方を臨床応用のために実験に使用する。
【0100】
実施例12
小脳のプルキンエ細胞の神経突起の成長および発達に対する影響
生後1日のマウスまたはラットに本発明の抗体を接種し、3週後に小脳のプルキンエ細胞の神経突起を染色し、神経突起の成長および発達に対する影響を検討する。プルキンエ細胞は、小脳で均一な細胞なので、神経突起の伸びを定量化することができ、神経細胞への影響を評価する系として好適である。
実施例2で得られた抗体を接種後の神経突起の平均の長さ、分岐点を調べた脳の病理データの評価から、実施例2の抗体は神経突起の成長を促進すると評価される。したがって、BDNFを介する神経細胞の活性化、神経連絡の促進、再生など、神経疾患の治療につながる。
実施例9で得られた阻害抗体を接種後の神経突起の平均の長さ、分岐点を調べた脳の病理データの評価から、実施例9の抗体は神経突起の成長を阻害すると評価される。したがって、1)BDNFを介する神経突起の成長が阻害されるので、帯状疱疹後神経痛の際に形成されると考えられる過剰な神経連絡が制限され、そのため、痛覚過敏の発症を抑制できる。2)慢性疼痛の際には、同様にBDNFの作用による神経連絡の形成を阻害することによって慢性疼痛の形成阻止が可能と評価する。
【0101】
実施例13
IE62モノクローナル抗体のアルツハイマーモデルマウスにおける記憶障害、軸索の萎縮、シナプス減少の回復
痴呆における神経回路網の破綻を機能的に修復する目的で、神経突起伸長促進作用を指標に好適なIE62モノクローナル抗体のスクリーニングを行う。いくつかのIE62モノクローナル抗体(例:IE62B)は神経突起伸長活性を有しており、神経突起伸長活性を示したモノクローナル抗体が、痴呆における記憶障害に対する作用を有するかどうかを検討する目的で、アルツハイマー病の原因物質であるamyloid b (Ab)の活性部分配列25-35ペプチドを単回脳室内投与して作製するアルツハイマー病のモデルマウスの1つを使用する。
Ab(25-35)投与したマウスでは、空間記憶の獲得と保持が対照群と比較すると有意に減弱する。さらに脳切片を免疫染色したところ、大脳皮質および海馬において、軸索とシナプスの有意な減少が観察される。
Ab(25-35)投与7日後からIE62モノクローナル抗体(例:IE62B)を投与した群では、記憶獲得・保持能力ともに対照群のレベルに維持されており、軸索とシナプスが正常レベルに保たれていること、樹状突起の再形成を確認する。
【0102】
次に、初代培養したラット大脳皮質神経細胞におけるIE62モノクローナル抗体(例:IE62B)の作用を検討する。IE62モノクローナル抗体は大脳皮質神経細胞の軸索を特異的に伸長させる。Ab(25-35)を処置することで軸索および樹状突起の萎縮を誘発した状態にIE62モノクローナル抗体を作用させた場合においても、IE62モノクローナル抗体は軸索特異的な伸長を促進する。以上の結果より、IE62モノクローナル抗体(例:IE62B)がAb(25-35)に誘発される軸索の萎縮、シナプス減少を抑制し、おそらくそのことによって記憶障害を回復させ、神経回路網の再構築に有効であることが示唆される。
【0103】
実施例14
脳卒中易発性高血圧ラット(SHRSP)における脳卒中予防効果の検討
脳卒中易発性高血圧ラット(Stroke-Prone Spontaneously Hypertensive Rat, SHRSP)を用いて、脳卒中予防効果を検討する。SHRSPの脳卒中発作時の主な症状として、一方の前肢の持ち上げ運動、歩行異常、過敏、自発運動量の減少、立毛、体重減少、摂餌量減少などが見られる。特徴的な組織変化として脳軟化、脳出血、血管壊死、心肥大、腎硬化症、腸管膜動脈の結節性多発性血管炎、精巣萎縮などが確認されている。
(方法)
SHRSP(10週令)の雄性に1%食塩水または水道水を与え、IE62モノクローナル抗体(IE62B)を所定の用量で静脈内投与し、観察する。実験期間中、摂餌量、飲水量、体重を週1回測定するとともに、脳卒中発症日および死亡日を記録する。血圧は、小動物自動血圧測定装置(ウエダ製作所、UR-5000)を用いてtail cuff法により測定する。
(結果)
1.食塩負荷の影響:
1%食塩負荷により、体重にほとんど影響せずに血圧上昇が促進するとともに水道水飼育に比較して生存期間が1/2以下に短縮されることが明らかとなる。
2.脳卒中予防効果:
IE62モノクローナル抗体(IE62B)は極めて顕著に生存期間を延長し、食塩負荷群の約3.5倍、水道水飼育群よりさらに100日も長期に生存し著効を示すことが明らかとなる。
【0104】
実施例15
Gerbilラット脳血管障害モデルに対するIE62抗体の神経細胞死抑制作用、再生促進作用
Gerbilラットは椎骨動脈の影響を受けないラットなので、IE62抗体を前投与しておき、内頚動脈を5分間結紮し、血管障害(血液脳関門の破壊により抗体が脳内へ浸透)を起こし、再開通させる。1週間後に、ニッスル染色により、神経細胞死を検討する。虚血に感受性が高く、BDNFの発現の強い海馬CA1領域の神経細胞の脱落を指標として、この抗体の影響を検討する。
(結果)
IE62抗体によるCA1領域の細胞死を改善することを確認する。
【0105】
実施例16
ラット大脳皮質神経細胞におけるBDNFおよびArc遺伝子の持続的発現の検討
(目的)
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、神経細胞の生存、可塑性の維持に重要であり、Arc(Activity-regulated cytoskeleton-associated protein)は、シナプス可塑性との関連が報告されている。ラットにIE62モノクローナル抗体(IE62B)を投与後のBDNFおよびArc遺伝子の持続的発現制御系について検討する。
(方法)
E17ラット大脳皮質初代培養神経細胞は、2.5×106細胞/35mm dishで培養する。培養6日目にBDNFを添加し、3時間後に培地交換した(BDNF washout)。定量的RT−PCRによりBDNFおよびArc mRNA発現量を測定する。
(結果・考察)
初代培養神経細胞において、BDNFおよびArc mRNA発現量は、BDNF washoutから48時間後において有意に増加する。詳細を検討した結果、BDNF mRNA発現の持続性は、主に神経活動に依存することが明らかとなる。
一方、Arc mRNA発現の持続性は、BDNFシグナルに依存することが示唆される。さらに、BDNFは、シナプス密度と相関のある、細胞内カルシウム振動の頻度を増加させる。以上の結果から、BDNF遺伝子の神経活動依存的かつ持続的な発現制御機構は、Arc遺伝子発現にも持続性を付加することで、シナプス機能を維持する上で、基本的な役割を担うものと考えられる。
【0106】
実施例17
ラット大脳皮質神経細胞におけるBDNFの自立的、持続的発現制御系の検討
(目的)
IE62モノクローナル抗体を投与後のBDNFのmRNA発現量を持続的に増加させることを明らかにし、さらに、シナプス可塑性との関連が報告されているArcのmRNA発現量について解析し、BDNF mRNA発現の場合と比較する。
(方法)
E17ラット大脳皮質初代培養神経細胞は、ポリエチレンイミンコートした35mmdishに、2.5×106細胞/2mLで培養する。培養6日目にBDNF(100ng/mL)を添加し、3時間後に3回培地交換する(BDNF washout)。 定量的RT−PCR法によりBDNF mRNA及びArc mRNA発現量を測定する。
(結果・考察)
初代培養神経細胞において、BDNF添加群、BDNF washout群ともBDNF mRNA発現量は24から72時間までコントロール群と比較して約2倍と持続的に増加した。このときArc mRNA発現量はコントロール群と比較して24時間で約20倍に増加し、48、72時間で約2倍の発現量を維持している。これらのmRNA増加は、TrkB阻害剤K252aの存在下で抑制される。また、BDNF中和抗体を用いるとBDNF mRNA発現量は変化しないが、Arc mRNA発現量は有意に減少する。
さらに、各種阻害剤を用いた結果、BDNF mRNA及びArc mRNAの持続的発現に至るシグナル伝達が異なることを示す結果を得る。
以上の結果より、BDNFによる自律的な遺伝子発現によって合成・分泌されたBDNFが、TrkBを介した複数のシグナル伝達経路を活性化することで、BDNFおよびArc遺伝子発現を持続的に活性化することが示唆される。
神経細胞に備わるBDNFを中心とした自律的・持続的発現制御機構は、神経可塑性を維持するための基本的役割を担う。
【0107】
実施例18
ヒトのAPP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスにおける本発明の抗体の作用
ヒト型APP遺伝子を強発現し、加齢とともに脳の老人斑を生じるPD−APPマウス(Tg2576マウス)にIE62モノクローナル抗体を投与すると、老人斑の形成を予防する。
IE62モノクローナル抗体(IE62B、KSG1〜13)の投与を受けたマウスは、学習機能が回復する。
IE62モノクローナル抗体(IE62B、KSG1〜13)をTg2576マウスに1回投与する。接種マウスでは老人斑アミロイドの沈着が有意に減少し、脳炎などの副作用はみられない。この方法はアルツハイマー病の予防・治療法としてヒトに応用できると期待される。
上記Tg2576マウスに、本発明の抗体(BDNFと交差するIE62抗体)を注射し、1ヶ月後の記憶力をプールの浅い場所を覚えさせる「水迷路」の実験で検討する。
本発明の抗体を投与したマウスは、投与前には浅瀬の場所を覚えられなかった記憶力が野生型のマウス並みに回復する。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の神経突起の伸長促進剤、神経性疾患の予防または治療剤によると、これまで有効な手段のなかった神経損傷後の神経の再生が可能となる。また、本発明の神経突起の伸長阻害剤によると、これまで有効な手段のなかった帯状疱疹後の神経痛や慢性疼痛等に効果を奏することが期待される。さらに、本発明の予防または治療剤によると、経験依存性社会嫌悪やストレスなどの神経の過敏を伴う疾患に対しても改善が期待される。
本出願は、日本で出願された特願2006−312236(出願日:2006年11月17日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質IE62を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する脳由来神経栄養因子の阻害抗体を有効成分として含有する、神経突起の伸長阻害剤であって、前記抗体が配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものである、阻害剤。
【請求項2】
水痘帯状疱疹ウイルス前初期タンパク質IE62を認識し、かつ、脳由来神経栄養因子と交差反応する脳由来神経栄養因子の阻害抗体を有効成分として含有する、帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患の予防または治療剤であって、前記抗体が配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを認識するものである、予防または治療剤。
【請求項3】
請求項1に記載の神経突起の伸長阻害剤、および当該阻害剤を神経突起の伸長阻害のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該阻害剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
【請求項4】
請求項2に記載の予防または治療剤、および当該予防または治療剤を帯状疱疹後神経痛、慢性疼痛、経験依存性社会嫌悪およびストレスからなる群より選ばれる状態により引き起こされる神経の過敏を伴う疾患のために使用することができること、または使用すべきであることを記載した当該予防または治療剤に関する記載物を含有してなる商業パッケージ。
【請求項5】
請求項1または2に記載の抗体を製造する方法であって、配列番号2の268−341位のアミノ酸配列から選ばれる連続する少なくとも7アミノ酸を有するペプチドを抗原として用いて、抗体ライブラリーをスクリーニングする工程を含む製造方法。
【請求項6】
前記抗体ライブラリーがヒト抗体ライブラリーである請求項5に記載の製造方法。

【図1A】
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【図1C】
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【図1B】
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【図1D】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図4E】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−100348(P2013−100348A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−22928(P2013−22928)
【出願日】平成25年2月8日(2013.2.8)
【分割の表示】特願2008−544207(P2008−544207)の分割
【原出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(000173692)一般財団法人阪大微生物病研究会 (23)
【Fターム(参考)】