説明

神経変性の修復方法

本発明は、神経圧迫症候群または絞扼神経障害に起因する神経変性を処置するための方法であって、それを必要とする対象にヒト酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF)を投与することを含む方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
神経圧迫症候群(絞扼神経障害としても知られる)は、単一神経に対する、直接的圧力、神経または隣接組織における構造変化、または機械的傷害により生じる医学的状態である。当該症候群には、疼痛、うずき、しびれ、および筋力低下が含まれる。当該症候群は、影響をうけた神経に応じて、体の特定の1箇所に影響する。手首の正中神経の圧迫 (手根管症候群)がよく知られる例であるが、他の神経、例えば手首または肘の尺骨神経や椎孔の脊髄神経根は脆弱である。神経圧迫の長期効果は、神経変性や神経機能の消失につながりうる。
【0002】
減圧手術は、骨や軟骨などの圧迫源を取り除き、圧力から解放して神経因性疼痛を緩和するための通常の治療方法である。手術後、症状は完全に消失しうるが、圧迫が非常に重度であるか長期に及ぶ場合、神経が完全に回復せず一部の症状が持続しうる。さらに、手術後の患者の機能的回復が達成されるには、より長期間を要する。ほとんどの場合、神経線維の変性は減圧手術によっては修復できない。
【0003】
それゆえ、依然として、絞扼神経障害の初期段階または減圧手術後における変性神経の機能的改善または回復のための方法を開発する必要がある。
【発明の概要】
【0004】
本発明は、驚くべきことに、酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF)が神経再生において重要な役割を果たすことを見出した。神経圧迫症候群を患う対象にaFGFを投与すると、変性した、または傷害された神経の機能的回復が観察された。従来の減圧手術と比較して、aFGF注射はより有効かつ安全な処置である。
【0005】
すなわち、本発明は、神経圧迫症候群または絞扼神経障害に起因する神経変性を処置する方法であって、それを必要とする対象にヒト酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF) を投与することを含む方法を提供する。
【0006】
以上の一般的説明と以下の詳細な説明とはいずれも、単なる例示および説明であり、本発明を限定するものではないことは理解されるべきである。
【0007】
以上の概要、および以下の発明の詳細な説明は、添付の図面とあわせて読むと、より理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、圧迫手術をうけ、生理食塩水またはヒトaFGFを大後頭孔への注射により投与されたラットにより実施された握力試験を示す図である。* は、aFGF処置群と対照群との間の有意差を示す (p <0.05)。# は、aFGFの処置前と処置後との間の有意差を示す (p <0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において使用する場合、冠詞「a」または「an」は、当該冠詞を特別に単数の意味でのみ用いていることが明らかである場合を除き、1または1以上(すなわち、少なくとも1)の当該冠詞の文法的対象を意味する。
【0010】
本発明は、神経圧迫症候群または絞扼神経障害に起因する神経変性を処置する方法であって、それを必要とする対象にヒト酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF)を含むフィブリン糊混合物を投与することを含む方法を提供する。
【0011】
本明細書で用いる用語「神経圧迫症候群(nerve compression syndrome)」または「絞扼神経障害(entrapment neuropathy)」は、微小血管機能の限局的障害および神経または隣接組織における構造変化による末梢神経機能不全を意味する。神経圧迫症候群は、長期のまたは反復した外力、例えば、腕を椅子の背もたれの上にして座ること(橈骨神経)、肘を机上で頻繁に静止すること(尺骨神経)、または脚上の不適合なギブスまたは支持具(腓骨神経)などにより圧迫されうる。圧迫が時間とともにより重度になるにつれて、局所的な脱髄が起こり、その後軸索障害が起こり、最終的に瘢痕化する。さらに、ある疾患では、神経の圧迫に対する感受性が特に高くなる。これには糖尿病が含まれ、糖尿病では神経への血液供給がすでに障害されていることにより、神経が軽度の圧迫に対してより敏感になっている。
【0012】
一般的な神経圧迫症候群には、椎間板ヘルニア、頸部神経圧迫症候群、胸郭出口症候群、および手根管症候群が含まれる。他の神経圧迫症候群には、限定はされないが、前骨間神経症候群、円回内筋症候群、Struthers靭帯症候群(ligament of Struthers syndrome)、肘部管症候群、ギヨン管症候群(Guyon's canal syndrome)、橈骨神経圧迫、後骨間神経圧迫、Wartenberg症候群、肩甲上神経絞扼、腓骨神経圧迫、足根管症候群, 知覚異常性大腿神経痛、腸骨下腹神経絞扼、閉鎖神経絞扼、陰部神経絞扼、および腹部皮神経絞扼症候群(abdominal cutaneous nerve entrapment syndrome)が含まれる。
【0013】
本明細書で用いる用語「ヒトaFGF」は、天然ヒトaFGFまたは天然ヒトaFGF由来の改変ペプチドを意味する。改変ペプチドは、例えば、天然ヒトaFGFにおける1以上の欠失、挿入、もしくは置換またはその組合せにより得ることができる。本発明の一態様において、改変ヒトaFGFは、天然ヒトaFGFのN末端から20アミノ酸を欠失することで短縮され、かつ短縮された天然aFGFの前にアラニンが付加された天然ヒトaFGFを含むペプチドである。例えば、ヒトaFGFは、米国特許出願番号12/482,041(全体が引用により本明細書に含まれる)に記載される、配列番号1のアミノ酸配列を有するペプチドであってよい。
【0014】
本発明によれば、ヒトaFGFは、選択した投与方法に適する如何なる形態に構成されてもよい。好ましくは、ヒトaFGFは、局所、神経内、または筋肉内に投与される。本発明によれば、当業者は、自身の実験または神経圧迫症候群を患う患者の生理学的状態、例えば年齢、体重、重症度、または投与量に基づき、容易に投与経路および投与量を決定することができる。本発明の一態様において、0.1 mg/mlのヒトaFGFを左母趾内転筋に注射した。
【0015】
ポリペプチドまたはタンパク質は、インビボで容易に分解することが知られている。対象におけるヒトaFGFの効果を延長するため、ヒトaFGFを持続放出のための担体または組成物に含ませても良い。例えば、フィブリン糊は、広範な手術分野、例えば皮膚移植片固定、神経修復、軟骨再付着、および微小血管吻合において、成功裏に使用されている。研究により、フィブリン糊からの長期に及ぶ活性成分の持続放出も示されている。
【0016】
したがって、本発明の一例において、ヒトaFGFは、フィブリン糊混合物に含まれ、神経圧迫症候群または絞扼神経障害を患う対象に投与される。aFGFのフィブリン糊混合物中の濃度は、好ましくは約0.01 mg/ml〜100 mg/mlである。本発明の一態様において、フィブリン糊混合物は、左母趾内転筋への注射により投与される場合に、0.1 mg/mlのaFGF を含んでいた。本発明の別の態様において、フィブリン糊混合物は、大後頭孔への注射により投与される場合に、0.04 mg/mlのaFGFを含んでいた。当業者にとって、治療上有効量、並びに投与量および投与頻度は、本発明の開示に基づき、自身の知識および単なるルーチン的実験の標準的手法にしたがい、容易に決定することができる。
【0017】
医薬組成物と見なされる、本発明のフィブリン糊混合物は、ヒトaFGF、フィブリノゲン、アプロチニン、および二価カルシウムイオンを含み、生体適合性および持続放出の効果を提供しうる。本発明の一例において、二価カルシウムイオンは、如何なるカルシウムイオン源であってもよく、例えば塩化カルシウムまたは炭酸カルシウムの添加により提供されるものであってよい。
【0018】
本発明によれば、フィブリン糊混合物は、0.01- 100 mg/mlのヒトaFGF、並びに10-1000 mg/mlのフィブリノゲン、10-500 KIU/mlのアプロチニン、および0.1-10 mMの塩化カルシウムを含むフィブリン糊を含む。本発明の一例において、よりよい凝固効果を提供するため、フィブリン糊混合物はさらに10-100 IU/mlのトロンビンを含んでもよい。
【0019】
本発明のフィブリン糊混合物は、選択した投与方法に適する如何なる形態に構成されてもよい。好ましくは、フィブリン糊混合物は、局所、神経内、または筋肉内に投与される。本発明によれば、当業者は、自身の実験または神経圧迫症候群を患う患者の生理学的状態、例えば年齢、体重、重症度、または投与量に基づき、容易に投与経路を決定することができる。
【0020】
本発明にしたがい、神経変性動物モデルが、神経線維の成長および機能回復における効果を示すため計画された。本発明の一態様において、左頸部後根神経節(DRG)をナイロン縫合糸8-0により結紮した。結紮傷害の1週間後、全0.6 μgのaFGF(6 μl 標準生理食塩水中)を左母趾内転筋内へ注射した。
【0021】
本発明の別の態様では、結紮傷害の1週間後、5μlのフィブリン糊混合物(0.04 mg/ml (0.2μg aFGF、5μl 生理食塩水中)、10 mg/mlのフィブリノゲン、および200 KIU/mlのアプロチニンを含む)を、手術を行ったラットの大後頭孔に直接注射した。最初の注射の5分後、10μlの補助組成物(0.45 mMの塩化カルシウムおよび10 IU/mlのトロンビンを含む)を、同じ注射器により大後頭孔に注射した。
【0022】
機能回復は、握力試験により測定した。処置の2および3週間後の試験により得られた結果のように、aFGFを投与した群は、偽対象群(生理食塩水のみを投与した群)よりも有意に握力比(傷害側-L/正常側-R)が高いという点で、神経機能の回復に対する良好な効果が得られた。この結果を考慮すると、本発明は、神経機能の回復のための予想外の処置を提供する。
【0023】
神経再生は時間を要するため、神経変性の修復には継続的な投与が必要である。本発明の一例において、対象にヒトaFGFを含むフィブリン糊混合物を1月1回投与することが示唆された。当業者は、標準的手法および技術常識、並びに投与される対象のパフォーマンスにしたがい、投与計画を決定することができる。
【0024】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明する。しかしながら、本発明は如何なる意味においてもこれら実施例に限定されないことに留意すべきである。
【実施例】
【0025】
aFGFは圧迫性神経障害のラットモデルにおいて神経機能を救助する。
動物
全20匹の成体雌Sprague-Dawleyラット(8-10週齢、体重250-300 g)を使用した。動物を、加温パッド上で、一般的ハロタン麻酔(1.0 リットル/分にて約60/分の呼吸数を維持)下、手術した。手術中、直腸温度をモニターし、維持した。出血を最小限にするため、二極性電気焼灼を使用した。手術前、およびその後は1日1回1週間、抗生物質を皮下注射した。手術後、換気され、湿度および温度の調節された部屋において、12時間/12時間の明/暗サイクルにて、動物を維持した。
【0026】
ラットにおける圧迫手術
ラットを腹臥位に配置し、そのC4-C8脊椎骨を露出させた。左C4-C7片側椎弓切除を実施した。顕微鏡下、左C5-C7頸根を同定し、これら部分においてわずかに側方を掘削することによって上を覆う小面を除去した。次いで、硬膜を注意深く開き、C5-C7神経根を強く引き、左頸部後根神経節(DRG)のC5、C6、およびC7セクションを露出させ、ナイロン縫合糸8-0により末節にて結紮した。手術後、これらラットを2つの実験群に分けた。
【0027】
群Aでは、ラットを偽対象群 (生理食塩水を処置、n = 6)、およびaFGF群 (0.6μg aFGF(6μl中)を処置、n = 5)に分けた。圧迫手術の1週間後、ラットをイソフルレンで麻酔し、温パッド上に保持して体温を維持し、aFGF処置群では、全0.6μgのaFGF(6μlの標準生理食塩水中)を母趾内転筋へゆっくりと筋肉内注射し(第1〜第4のパッド、1.5μl/パッド) 、一方、対照群は標準生理食塩水を注射した。神経機能回復は、握力試験により評価した(表1)。
【0028】
一方、群Bでも、ラットを2群に分けた:生理食塩水を処置した偽対照群 (n = 4)、およびaFGF処置群 (0.2μg aFGF/5μl 生理食塩水中、n = 4)。圧迫手術の1週間後、aFGF 処置群では、5μlのカクテル溶液(1.5 mg フィブリノゲン (Beriplast P, Germany)、アプロチニン溶液 (200 KIU/ml、20μl) およびHBSS (Hank's balanced solution、80μl)含有) と混合したaFGFを、大後頭孔へゆっくりと注射し、一方、対照群では5μlのカクテル溶液と混合した標準生理食塩水を注射した。aFGFまたは生理食塩水とカクテル溶液の注射5分後、10μlの第2溶液(0.45 mMの塩化カルシウムおよび10 IU/mlのトロンビン含有)を大後頭孔に注射し、数秒後注射器を除去した。神経機能回復はまた、握力試験により評価した(図1)。
【0029】
握力試験
握力試験は、Bertelli and Mira (J.A. Bertelli et al., and J.C. Mira, Neurosci Methods 58:151-5, 1995) の方法の変法である。握りの強さを評価するため、針金の棒を通常の電子天秤に繋いだ。両方の前足を試験し、1回に1方の前足を試験した。試験しない方の前足は一時的に接着テープで包んで握らないようにし、試験する方の前足を自由な状態とした。尾部を持ちつつラットに棒を握らせ、握りを緩めるまで硬度を増加させ、握力を採点した。握力インデックスは、傷害側/正常側 (傷害側-L/正常側-R)の比である。スコアが高い程、より良好な機能回復である。
【0030】
表1は、母趾内転筋へ筋肉内注射した群Aの握りの結果を示す。aFGF処置群のラットは、対照群のラットよりも良好な握力を示すことが観察された。
【表1】

【0031】
群Bの握力試験の結果を図1に示す。両側スチューデント試験を行い、aFGF処置群および対照群の間、またはaFGFの処置前および処置後の間の握力における差について統計学的有意差を調べた。図1において、処置の2および3週間後、aFGFを投与したラットのスコアは、生理食塩水を投与したラットのスコアより有意に高かった(*, p<0.05)。一方、aFGFを投与したラットの2および3週間後のスコアはいずれも、aFGFの処置前のスコアよりも有意に高かった (#, p<0.05)。この研究は、慢性/急性に圧迫された神経、または機械的傷害をうけた神経を有する対象に、aFGFを大後頭孔より投与することにより、神経機能を救助できることを示した。これは、現在の神経圧迫症候群に起因する神経変性の処置の分野におけるブレークスルーである。
【0032】
当業者は、上記態様に対して、その広い発明概念を逸脱することなく、改変を行いうることを理解する。それゆえ、本発明は、開示される特定の態様に限定されず、添付の請求項に規定される本発明の精神および範囲内の改変を含む意図であることが理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経圧迫症候群または絞扼神経障害に起因する神経変性を処置するための方法であって、それを必要とする対象にヒト酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF)を投与することを含む方法。
【請求項2】
神経圧迫症候群または絞扼神経障害が、慢性もしくは急性圧迫または機械的損傷に起因する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
神経圧迫または絞扼神経障害が、椎間板ヘルニア、頸部神経圧迫症候群、胸郭出口症候群、および手根管症候群を含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
ヒトaFGFが、局所、神経内、または筋肉内に投与される、請求項1記載の方法。
【請求項5】
ヒトaFGFが、天然ヒトaFGFのN末端から20アミノ酸を欠失することで短縮され、かつ短縮された天然aFGFの前にアラニンが付加されたものである、請求項1記載の方法。
【請求項6】
ヒトaFGFが、配列番号1のアミノ酸配列を有する、請求項1記載の方法。
【請求項7】
ヒトaFGFが、さらにフィブリノゲン、アプロチニン、および二価カルシウムイオンと混合されフィブリン糊混合物を形成する、請求項1記載の方法。
【請求項8】
二価カルシウムイオンが、塩化カルシウムまたは炭酸カルシウムの添加により提供される、請求項7記載の方法。
【請求項9】
フィブリン糊混合物が、0.01- 100 mg/mlのヒトaFGF、並びに10-1000 mg/mlのフィブリノゲン、10-500 KIU/mlのアプロチニン、および0.1-10 mMの塩化カルシウムを含むフィブリン糊を含む、請求項7記載の方法。
【請求項10】
フィブリン糊混合物が、0.04 mg/mlのヒトaFGF、10 mg/mlのフィブリノゲン、200 KIU/mlのアプロチニン、および0.45 mMの塩化カルシウムを含む、請求項7記載の方法。
【請求項11】
フィブリン糊混合物がさらに10-100 IU/mlのトロンビンを含む、請求項7記載の方法。
【請求項12】
フィブリン糊混合物が、局所、神経内、または筋肉内に投与される、請求項7記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2013−501736(P2013−501736A)
【公表日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−524084(P2012−524084)
【出願日】平成22年8月16日(2010.8.16)
【国際出願番号】PCT/CN2010/001240
【国際公開番号】WO2011/017915
【国際公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(509339005)イーユー・ソル・バイオテック・カンパニー・リミテッド (2)
【氏名又は名称原語表記】EU Sol Biotech Co., Ltd.
【Fターム(参考)】