説明

神経変性疾患の予防および/または治療方法

【課題】神経変性疾患治療剤の提供。
【解決手段】(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口投与用の神経変性疾患、神経障害または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤。
1回当たり約100mgを超える量を非経口的に投与することを特徴とする、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる本発明神経変性疾患予防および/または治療剤は、脳梗塞患者において、神経障害改善効果、S100β増加抑制効果を示すことから、脳梗塞をはじめとする神経変性疾患の予防および/または治療に有用である。また、移植後の神経再生剤としても有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患の予防および/または治療用、神経障害の予防および/または治療用、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療用に、非経口的に投与される(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる医薬に関する。とりわけ、脳梗塞の予防および/または治療のために、1回当たり約100mgを超える高用量の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を非経口的に投与する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は、脳出血、クモ膜下出血とともに脳卒中の原因として挙げられる疾患である。脳梗塞は、脳血管の動脈硬化、あるいは運ばれてきた血栓によって脳血管が閉塞し、その先の血流が途絶えることにより脳細胞への栄養供給が途絶え、最終的には神経細胞の細胞死を招く神経変性疾患である。また脳梗塞の患者は急死を免れたとしても、しばしば半身麻痺や失語症等の神経細胞の機能障害による重大な後遺症を遺す。一般に脳梗塞の治療においては脳血流が遮断されてから、脳組織が不可逆性の変化をきたし壊死に陥る前に血流再開を行わなくてはならないとされている。また一方で、脳梗塞には脳梗塞の後遺症を殆ど遺すことなく治療することができるセラピューティック・タイム・ウィンドウ(治療可能時間枠:Therapeutic time window:以下TTWと略記する。)があるとされている。TTWは側副血行の発達具合によって、また個々の症例によっても異なると考えられるが、概ね脳卒中発作後3時間、遅くとも6時間程度であると考えられている。
【0003】
現在、脳梗塞の治療薬として主に用いられているものは、血栓溶解剤である、組織プラスミノーゲンアクティベーター(t−PA)、ウロキナーゼ等、抗凝固薬である、ワーファリン、ヘパリン等、およびフリーラジカルスカベンジャーであるラジカット(エダラボン)等である。しかしながら、t−PAは、脳梗塞発症から3時間以内、すなわちTTW内での投与でしか有効性は認められず、また、抗凝固薬は、抗凝固作用の発現までに数日を要し、効果の上でも十分とはいえない。さらにラジカットは、重篤な腎障害等の副作用が発現することがあるため、その使用に十分な注意を要する。この様に現在使用されている脳梗塞治療薬は効果面、あるいは毒性面において問題を擁し、また用法に関する制限も多いことから、有用な治療薬の開発が切望されている。
【0004】
また近年、種々の神経変性疾患におけるS100蛋白の関与が明らかにされつつある。例えば脳卒中において、血中S100蛋白の測定は、脳病変および神経学的損傷の診断に用いることができると報告されている(Stroke, 28巻, 1956〜60頁, 1997年)。S100蛋白の一つであるS100βは、中枢神経系および末梢神経系のグリア細胞およびシュワン細胞に高濃度で存在する他、下垂体前葉細胞やランゲルハンス細胞にも存在することが知られている蛋白である。脳脊髄液中、または血中のS100βは、脳梗塞、クモ膜下出血、頭部外傷、種々の神経変性疾患、心肺バイパス手術後の神経合併症等において上昇が認められることが知られている。
一方、(2R)−2−プロピルオクタン酸は、細胞内S100β含量の減少作用を有することから、異常活性化アストロサイトの機能を改善し、脳卒中を含めて種々の脳神経疾患の治療または予防薬となり得る可能性が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
また、(2R)−2−プロピルオクタン酸を含めたペンタン酸誘導体は、アストロサイトの機能改善作用を有することから脳卒中をはじめ、その他種々の疾患に有効であることが知られている。またその投与量は成人1人当たり1回に1乃至1000mgの範囲で1日1回から数回経口投与されるか、1回に0.1乃至100mgの範囲で1日1回から数回非経口投与されると記載されている(例えば、特許文献1参照)。
さらにまた、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を、組織プラスミノーゲンアクティベーター等の血栓溶解剤とともに、脳虚血疾患の治療剤として用いる方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
しかし、これらの公報に記載された治療方法は、多くとも1回当たり100mgを非経口的に投与する方法が記載されているに過ぎない。特に、1回当たり100mgを超える量を非経口的に投与し、安全に、かつ患者で有効性を示すということは全く知られていない。
【0006】
【特許文献1】欧州特許第0632008号明細書
【特許文献2】国際公開第03/007992号パンフレット
【非特許文献1】Tateishi.N,外8名,ジャーナル・オブ・セレブラル・ブラッド・フロウ・メトボリズム(Journal of cerebral blood flow & metabolism),2002年,第22巻,p.723〜734
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に医薬品を高用量投与、あるいはたとえ低用量であっても長期間投与すると副作用等が発現し、目的とする患者の治療に制限が発生し、十分な治療効果が得られないことが多い。なかでも、神経変性疾患、とりわけ脳梗塞の治療方法として、これまで臨床上十分に満足できる医薬品は報告されていない。例えば、フリーラジカルスカベンジャーであるラジカットは、急性腎不全等の重篤な副作用を有するため、投与中および投与後の腎機能検査を行うことが必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、神経変性疾患、とりわけ脳梗塞の治療剤を見い出すべく鋭意検討した結果、1回当たり100mgを超える、従来知られていなかった高用量の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を投与することで、極めて安全に、副作用の発現を殆どみることなく非常に優れた脳梗塞の治療効果、例えば、神経障害の改善効果、S100β増加抑制効果等を得、臨床上十分に有用であること等を見出し、この知見に基づいてさらに詳細に研究を行うことにより、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量を、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療方法;
[2]神経変性疾患である前記[1]記載の方法;
[3]1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[1]記載の方法;
[4]神経変性疾患が脳卒中である前記[2]記載の方法;
[5]神経変性疾患が脳梗塞である前記[2]記載の方法;
[6]非経口的な投与が静脈内投与である前記[1]記載の方法;
[7]静脈内投与が持続投与である前記[6]記載の方法;
[8]持続投与が輸液バッグによる投与である前記[7]記載の方法;
[9]1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[1]記載の方法;
[10]投薬期間が1日乃至10日間である前記[9]記載の方法;
[11]投薬期間が、3日間、4日間、5日間、6日間または7日間である前記[10]記載の方法;
[12]投薬期間が7日間である前記[11]記載の方法;
[13]患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである前記[1]記載の方法;
[14]患者の体重1kg当たりの投与量が、約2mg、約4mg、約6mg、約8mg、約10mgまたは約12mgである前記[13]記載の方法;
[15]患者の体重1kg当たりの投与量が約4mgまたは約8mgである前記[14]記載の方法;
[16]S100β増加抑制方法である前記[1]記載の方法;
[17](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量を、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、S100β増加抑制方法;
[18]1回当たりの非経口的投与量が、約100mg乃至約2000mgである前記[17]記載の方法。
[19]非経口的な投与が、静脈内投与である前記[17]記載の方法。
[20]1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[17]記載の方法;
[21]患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである前記[17]記載の方法;
[22](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口的投与用の神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の治療剤;
[23]非経口的に投与する、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の使用;
[24](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量と組織プラスミノーゲンアクティベーターの有効量とを組み合わせて、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、脳梗塞の予防および/または治療方法;
[25](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約4mgまたは約8mgであって、組織プラスミノーゲンアクティベーターの非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約0.6mgまたは約0.9mgである前記[24]記載の方法;
[26]投薬開始時間が、脳梗塞発症後3時間以内である前記[25]記載の方法;
[27](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩と、組織プラスミノーゲンアクティベーターとを組み合わせてなる、非経口投与用の脳梗塞の予防および/または治療剤;
[28]非経口的に投与する、脳梗塞の予防および/または治療剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩と、組織プラスミノーゲンアクティベーターとの組み合わせの使用;
[29](2R)−2−プロピルオクタン酸を用いた方法である前記[1]、[17]または[24]記載の方法;
[30](2R)−2−プロピルオクタン酸を含有してなる前記[22]または[27]記載の剤;
[31](2R)−2−プロピルオクタン酸を用いてなる前記[23]または[28]記載の使用;
[32]7日間の投薬期間中、体重1kg当たり約4mgまたは約8mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸を1日1回輸液バッグを用いて静脈内に持続投与することを特徴とする脳梗塞の治療方法;
[33]7日間の投薬期間中、体重1kg当たり約4mgまたは約8mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸を1日1回輸液バッグを用いて静脈内に持続投与することを特徴とする脳梗塞の治療剤;
[34]7日間の投薬期間中、体重1kg当たり約4mgまたは約8mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸を1日1回輸液バッグを用いて静脈内に持続投与することを特徴とする脳梗塞の治療剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸の使用;
[35](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなるS100β増加抑制剤;
[36](2R)−2−プロピルオクタン酸を含有してなる前記[35]記載の剤;
[37]S100β増加抑制剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の使用;
[38](2R)−2−プロピルオクタン酸を用いてなる前記[37]記載の使用;
[39]神経変性疾患の予防および/または治療剤である前記[22]記載の剤;
[40]1回当たりの非経口投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[22]記載の剤;
[41]神経変性疾患が脳卒中である前記[39]記載の剤;
[42]神経変性疾患が脳梗塞である前記[39]記載の剤;
[43]非経口投与が静脈内投与である前記[22]記載の剤;
[44]静脈内投与が持続投与である前記[43]記載の剤;
[45]持続投与が輸液バッグによる投与である前記[44]記載の剤;
[46]1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[22]記載の剤;
[47]投薬期間が1日乃至10日間である前記[46]記載の剤;
[48]投薬期間が、3日間、4日間、5日間、6日間または7日間である前記[47]記載の剤;
[49]投薬期間が7日間である前記[48]記載の剤;
[50]患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである前記[22]記載の剤;
[51]患者の体重1kg当たりの投与量が、約2mg、約4mg、約6mg、約8mg、約10mgまたは約12mgである前記[50]記載の剤;
[52]患者の体重1kg当たりの投与量が約4mgまたは約8mgである前記[51]記載の剤;
[53]S100β増加抑制剤である前記[22]記載の剤;
[54]1回当たりの非経口投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[35]記載の剤;
[55]非経口投与が静脈内投与である前記[54]記載の剤;
[56]1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口投与量が約100mg乃至約2000mgである前記[54]記載の剤;
[57]患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである前記[54]記載の剤;
[58](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約4mgまたは約8mgであって、組織プラスミノーゲンアクティベーターの非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約0.6mgまたは約0.9mgである前記[27]記載の剤;
[59]脳梗塞発症後3時間以内投与用の前記[58]記載の剤;
[60]神経変性疾患の予防および/または治療剤を製造するための前記[23]記載の使用;
[61](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が1回当たり約100mg乃至約2000mgである前記[23]記載の使用;
[62]神経変性疾患が脳卒中である前記[60]記載の使用;
[63]神経変性疾患が脳梗塞である前記[60]記載の使用;
[64]非経口的な投与が静脈内投与である前記[23]記載の使用;
[65]静脈内投与が持続投与である前記[64]記載の使用;
[66]持続投与が輸液バッグによる投与である前記[65]記載の使用;
[67](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が、1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たり約100mg乃至約2000mgである前記[23]記載の使用;
[68]投薬期間が1日乃至10日間である前記[67]記載の使用;
[69]投薬期間が、3日間、4日間、5日間、6日間または7日間である前記[68]記載の使用;
[70]投薬期間が7日間である前記[69]記載の使用;
[71](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が、患者の体重1kg当たり約2mg乃至約12mgである前記[23]記載の使用;
[72]投与量が、患者の体重1kg当たり約2mg、約4mg、約6mg、約8mg、約10mgまたは約12mgである前記[71]記載の使用;
[73]投与量が、患者の体重1kg当たり約4mgまたは約8mgである前記[72]記載の使用;
[74]S100β増加抑制に用いるための前記[23]記載の使用
[75](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が1回当たり約100mg乃至約2000mgである前記[37]記載の使用;
[76]非経口的な投与が、静脈内投与である前記[37]記載の使用;
[77](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が、1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たり約100mg乃至約2000mgである前記[37]記載の使用;および
[78](2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口的投与量が、患者の体重1kg当たり約2mg乃至約12mgである前記[37]記載の使用;
等に関する。
【0010】
本発明において、(2R)−2−プロピルオクタン酸は、式(I)
【化1】

(式中、
【化2】

はβ−配置を表わす。)
で示される化合物である。(2R)−2−プロピルオクタン酸の塩としては、薬学的に許容される塩が好ましい。薬学的に許容される塩としては、毒性の無い、水溶性のものが好ましい。
【0011】
(2R)−2−プロピルオクタン酸の適当な塩としては、例えば、無機塩基との塩、有機塩基との塩、塩基性天然アミノ酸との塩等が挙げられる。無機塩基との塩としては、例えば、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等)、アンモニウム塩(例えば、テトラメチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等)等が好ましい。有機塩基との塩としては、例えば、アルキルアミン(例えば、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン等)、複素環式アミン(例えば、ピリジン、ピコリン、ピペリジン等)、アルカノールアミン(例えば、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等)、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、シクロペンチルアミン、ベンジルアミン、フェネチルアミン、トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン、N−メチル−D−グルカミン等との塩が好ましい。塩基性天然アミノ酸との塩としては、天然に存在し、精製することが可能な塩基性アミノ酸との塩であれば特に限定されないが、例えば、アルギニン、リジン、オルニチン、ヒスチジン等との塩が好ましい。これらの塩のうち好ましくは、例えば、アルカリ金属塩または塩基性天然アミノ酸塩等であり、とりわけナトリウム塩が好ましい。
【0012】
本発明において、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩は、実質的に純粋で単一な物質であるものに限定されず、不純物(例えば、製造工程に由来する副生成物、溶媒、原料等、または分解物等)を、医薬品原薬として許容される範囲であれば含有していてもよい。医薬品原薬として許容される不純物の含有量は、その含有される不純物によって異なるが、例えば、重金属は約20ppm以下、光学異性体であるS体は約1.49質量%以下、残留溶媒である2−プロパノールやヘプタンは合計約5000ppm以下、水分は約0.2質量%以下であることが好ましい。
【0013】
本発明において、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩は、自体公知の方法、例えば、欧州特許第0632008号明細書、国際公開第99/58513号パンフレット、国際公開第00/48982号パンフレット、特許第3032447号明細書、特許第3084345号明細書等に記載された方法に従って、またはそれらの方法を適宜組み合わせることで製造し、さらに非経口的投与のための医薬組成物として、種々の剤形、例えば、軟膏剤、ゲル剤、クリーム剤、湿布剤、貼付剤、リニメント剤、噴霧剤、吸入剤、スプレー剤、点眼剤、坐剤、ペッサリー、注射剤等に調製することが可能である。医薬組成物としては、神経変性疾患の患者、神経障害の患者、または神経再生を要する患者に、非経口的に投与できる剤形であれば何れでもよいが、即効性と血中濃度管理の面を考慮して、静脈内に投与することが可能な剤形、例えば、輸液製剤や注射剤等が好ましい。かかる剤形においては、1回投与分につき、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を100mg以上含有するものが好ましい。輸液製剤や注射剤等の医薬組成物に使用されるものとしては、一般的に注射剤に使用される金属塩(例えば、リン酸三ナトリウム、リン酸一水素二ナトリウム、炭酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム等)や、pH調節剤(例えば、水酸化ナトリウム等)の他、安定化剤、界面活性剤、緩衝剤、可溶化剤、抗酸化剤、消泡剤、等張化剤、乳化剤、懸濁化剤、保存剤、無痛化剤、溶解剤、溶解補助剤等の、例えば、薬事日報社2000年刊「医薬品添加物辞典」(日本医薬品添加剤協会編集)等に記載されているような添加剤や、さらに、電解質類(例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、乳酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸マグネシウム等)、糖類(例えば、グルコース、果糖、ソルビトール、マンニトール、デキストラン等)、蛋白アミノ酸類(例えば、グリシン、アスパラギン酸、リジン等)、ビタミン類(例えば、ビタミンB1、ビタミンC等)等の一般的に輸液に用いられる成分から適宜選択して用いられる。
【0014】
本発明の方法に用いられる、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤は、神経変性疾患の予防および/または治療に有用である。ここで神経変性疾患は、神経細胞の変性を伴う疾患を全て包含し、その病因によって限定されるものではない。神経細胞は、生体内の如何なる神経細胞であってもよく、例えば、中枢神経(例えば、脳神経、脊髄神経等)、末梢神経(例えば、自律神経系(例えば、交感神経、副交感神経等)等)等の細胞であってもよい。神経変性疾患として好ましくは、例えば、中枢神経の疾患であり、例えば、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上麻痺、オリーブ橋小脳萎縮症、脳卒中(例えば、脳出血(例えば、高血圧性脳内出血等)、脳梗塞(例えば、脳血栓、脳塞栓等)、一過性虚血発作、クモ膜下出血等)、脳外傷後の神経機能障害、脱髄疾患(例えば、多発性硬化症等)、脳腫瘍(例えば、星状膠細胞腫等)、感染症(例えば、髄膜炎、脳膿瘍、クロイツフェルド−ヤコブ病、エイズ痴呆等)、パーキンソン病等が挙げられる。神経変性疾患としてより好ましくは、例えば、脳卒中等であり、特に好ましくは、例えば、脳梗塞等である。とりわけ、急性期脳梗塞が好ましい。厳密に解されるべきでは無いが、急性期脳梗塞とは、発症後2週間以内の脳梗塞を意味する。
【0015】
本発明の方法に用いられる、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤は、神経再生を要する疾患の予防および/または治療にも有用である。ここで神経再生とは、当該分野で用いられる用語である「神経新生」および「神経再生」を共に包含する。また、神経再生は、神経における正常発生の過程を少なくとも一部再現することを表わし、再生する細胞の由来に左右されない。再生する細胞としては、例えば、幹細胞(例えば、神経幹細胞、胚性幹細胞、骨髄細胞等)、神経前駆細胞または神経細胞等が挙げられる。さらに、神経再生する細胞は、内在性の細胞(例えば、神経幹細胞、神経前駆細胞、神経細胞、成熟神経細胞等)であっても、外因性の細胞(例えば、移植神経幹細胞、移植神経前駆細胞、移植神経細胞、移植成熟神経細胞等)であってもよい。外因性の細胞は、自家由来の細胞であっても他家由来の細胞であってもよい。さらに、神経幹細胞より未分化な細胞であっても、神経幹細胞を経て分化するものであれば、全て本発明における神経再生に包含される。また、神経再生は、組織再生または機能再生を包含し、例えば、上記した細胞の生着、分化、増殖および/または成熟等が含まれる。ここで成熟とは、例えば、神経細胞が信号のやりとり等の機能的に働く状態に成長することを意味する。また、再生は、神経栄養因子様作用や神経栄養因子活性増強作用も包含する。ここで、神経栄養因子とは、例えば神経幹細胞、神経前駆細胞、神経細胞、成熟神経細胞等に対して栄養として働く因子を表わす。神経栄養因子様作用としては、例えば、軸索の伸長作用、神経伝達物質の合成促進作用、神経細胞の分化・増殖を促進する作用、神経細胞の活動を維持する栄養分としての作用等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また神経栄養因子活性増強作用としては、上記の神経栄養因子による作用を増強する活性を意味する。
【0016】
本発明の方法に用いられる、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤は、神経障害の予防および/または治療にも有用である。ここで神経障害は、神経機能の障害であれば全て包含する。神経障害としては、例えば、一過性失明(例えば、一過性黒内障等)、意識障害、反対側片麻痺、感覚障害、同名性半盲等、失語、交代性片麻痺、両側性四肢麻痺、同名性半盲、めまい、耳鳴、眼振、複視、昏睡等が挙げられるが、好ましくは、神経変性疾患に伴うこれらの神経障害である。神経変性疾患に伴う神経障害、例えば、脳梗塞における神経障害は、血管閉塞部位により様々であり、また障害されるレベルによっても症状が異なるが、主に上記の神経障害が見られる。また、脳梗塞における神経障害は、神経障害を検出する当技術分野で公知の様々な診断試験によってその有無を判断してもよい。該診断試験の具体的な例としては、例えば、グラスゴーアウトカムスケール(Glasgow Outcome Scale:GOS)、グラスゴーコーマスケール(Glasgow Coma Scale:GCS)、ランキンスケール(Rankin Scale:RS)、改変ランキンスケール(modified Rankin Scale:mRS)、能力障害関連スケール(Disability Rating Scale:DRS)、およびNIH卒中スケール(NIH Stroke Scale:NIHSS)等が挙げられ、これらは公知の方法を用いて行うことができる。これらの神経障害を検出する診断試験は、物理的な脳の異常を検出する試験方法、例えば、CATスキャンや頭蓋内圧の測定等と適宜組み合わせて行ってもよい。一般に、脳梗塞患者を対象として行う臨床試験においては、上記の診断試験を主要評価項目として行い、有効性の評価を行う。また、所望によって副次的評価項目として、例えば、意識レベル、運動機能、Barthel Index、概括安全度、転帰、頭部CT所見、頭部MRI所見、血圧、脈拍数、体温、一般臨床検査等の公知の評価項目を公知の方法によって評価し、単独で、または主要評価項目と組み合わせて有効性の評価に用いてもよい。
【0017】
本発明の方法に用いられる、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤は、S100β増加抑制作用を有する。(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩は、S100β増加を抑制することによっても、前記の障害や疾患(例えば、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患等)の予防および/または治療剤として機能することができる。(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩のS100β増加抑制作用は、その作用部位を脳組織に限定するものではない。すなわち、全身的な作用であっても局所的な作用であってもよく、また、全身的あるいは局所的に、S100βの増加抑制作用が確認されるものであっても構わない。S100β増加抑制作用の確認に用いるS100βの検出方法は、S100βを検出できる方法であれば特に限定されない。S100βの検出方法としては、例えば、Byc-Sangtec Diagnostica GmbH & Co.(ディーツェンバッハ、ドイツ)やSyn-X Pharma, Inc.(オンタリオ、カナダ)から販売されているキットのような、市販の免疫放射線測定アッセイキット、発光測定イムノアッセイキット、蛍光測定イムノアッセイキットまたは発色測定イムノアッセイキット等を用いて、患者の血液またはその分画(例えば、血清等)、脳脊髄液のような生体試料中等で測定することができる。また、検体数によっては、当業者によって蛋白質の検出に用いられる公知の方法、例えば、抗S100β抗体を用いた種々の生物学的実験法(例えば、ウェスタンブロッティング、免疫沈降法、フローサイトメトリー等)を用いて測定してもよい。(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩による、S100β増加抑制作用としては、患者の血液またはその分画(例えば、血清等)中において検出されるもの等が好ましい。患者の血液またはその分画(例えば、血清等)中のS100β増加抑制作用は、S100βの増加の原因や、S100β増加抑制の作用機序に左右されない。例えば、患者の血液またはその分画(例えば、血清等)中のS100βの増加が、梗塞巣局所やその周辺の脳組織、または脳組織全体で障害によって増加したことを反映するものであっても、または細胞内に通常存在するレベルのS100βが、組織または細胞の障害により流出したことを反映するものであっても構わない。また、患者の血液またはその分画(例えば、血清等)中のS100β増加抑制作用が、梗塞巣の拡大を抑制したことに起因するものであっても、脳組織から血中への流出を抑制したことに起因するものであっても、または細胞レベルでのS100βの増加を抑制したことに起因するものであっても構わない。
【0018】
本発明において、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患等の予防および/または治療のために患者に投与する方法は、非経口的に、1回当たり約100mg以上(例えば、約100mg乃至約2000mg)の投与量を投与する方法であれば特に限定されないが、前記の疾患に対する好ましい予防および/または治療効果を得るための、具体的な投薬期間、投薬回数、投与量、投与方法としては、例えば、以下に例示するもの等が挙げられる。
【0019】
投薬期間は、前記の疾患に対する好ましい予防および/または治療効果を得るために、任意の日数、継続して投薬しても構わない。また所望によって適当な休薬期間をおいて、間歇的に投与しても構わない。具体的な投薬期間としては、例えば、1日乃至100日間等が挙げられる。好ましい投薬期間は、例えば、1日乃至10日間等であり、より好ましい投薬期間は、例えば、3日間、4日間、5日間、6日間または7日間等であり、最も好ましい投薬期間は、例えば、7日間等である。
投薬回数は、前記の疾患に対する好ましい予防および/または治療効果を得るために、任意の回数、投薬しても構わない。また、患者の容態やその他の理由によって変更しても構わない。具体的な1日当たりの投薬回数としては、例えば、1回乃至5回等が挙げられる。好ましい1日当たりの投薬回数は、例えば、1回乃至3回等であり、より好ましい1日当たりの投薬回数は、例えば、1回乃至2回等であり、最も好ましい1日当たりの投薬回数は、例えば、1回等である。
【0020】
投与量は、前述したように、1回当たり約100mg以上(例えば、約100mg乃至約2000mg等)であれば特に限定されないが、前記の疾患に対する好ましい予防および/または治療効果を得るために、患者の体重によって規定することが好ましい。(2R)−2−プロピルオクタン酸を非経口的に投与する場合、患者の体重1kg当たり、例えば、約2mg乃至約12mg等を投与することが好ましい。より具体的な投与量としては、患者の体重1kg当たり、例えば、約2mg、約4mg、約6mg、約8mg、約10mgまたは約12mg等が挙げられる。より好ましい投与量としては、患者の体重1kg当たり、例えば、約4mg、約6mg、約8mgまたは約10mg等が挙げられ、最も好ましい投与量としては、患者の体重1kg当たり、例えば、約4mgまたは約8mg等が挙げられる。また、(2R)−2−プロピルオクタン酸の塩を非経口的に投与する場合は、(2R)−2−プロピルオクタン酸の量として上記に示した投与量が好適である。
【0021】
投与方法は、前述したように、非経口的に投与する方法であれば、特に限定されないが、前記疾患に対する好ましい予防および/または治療効果を得るために、静脈内投与が可能な剤形、例えば、注射剤や輸液製剤等に調製して用いることが好ましい。静脈内に投与可能な剤形とすることで、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩による、効果の速やかな発現を得ることが可能となる。さらに、このような静脈内に投与可能な剤形として調製した(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩は、例えば、注射筒や輸液バッグ等を用いて静脈内に持続投与することによって、急激な血中濃度の上昇に伴う副作用の回避や、所望によって、血中濃度等のコントロールを行うことも可能となる。持続投与の時間は特に限定されず、また患者の容態やその他の理由によって変更しても構わないが、例えば、約0.5時間乃至約3時間、好ましくは、約0.5時間乃至約1.5時間、特に好ましくは、約1時間程度をかけて持続投与することが好ましい。
【0022】
本発明において、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療のために、1回当たり約100mg乃至約2000mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を非経口的に投与する好ましい方法としては、例えば、1日乃至100日間の投薬期間中、患者の体重1kg当たり約2mg乃至約12mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を、1日1回、輸液バッグ等を用いて静脈内に、約1時間程度をかけて持続投与する方法等が挙げられる。
【0023】
本発明の方法に用いられる、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤は、他の薬剤、例えば、抗てんかん薬(例えば、フェノバルビタール、メホバルビタール、メタルビタール、プリミドン、フェニトイン、エトトイン、トリメタジオン、エトスクシミド、アセチルフェネトライド、カルバマゼピン、アセタゾラミド、ジアゼパム、バルプロ酸ナトリウム等)、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(例えば、塩酸ドネベジル、TAK−147、リバスチグミン、ガランタミン等)、神経栄養因子(例えば、ABS−205等)、アルドース還元酵素阻害薬、抗血栓薬(例えば、t−PA、ヘパリン等)、経口抗凝固薬(例えば、ワーファリン等)、合成抗トロンビン薬(例えば、メシル酸ガベキサート、メシル酸ナファモスタット、アルガトロバン等)、抗血小板薬(例えば、アスピリン、ジピリダモール、塩酸チクロピジン、ベラプロストナトリウム、シロスタゾール、オザグレルナトリウム等)、血栓溶解薬(例えば、ウロキナーゼ、チソキナーゼ、アルテプラーゼ等)、ファクターXa阻害薬、ファクターVIIa阻害薬、脳循環代謝改善薬(例えば、イデベノン、ホパンテン酸カルシウム、塩酸アマンタジン、塩酸メクロフェノキサート、メシル酸ジヒドロエルゴトキシン、塩酸ピリチオキシン、γ−アミノ酪酸、塩酸ビフェメラン、マレイン酸リスリド、塩酸インデロキサジン、ニセルゴリン、プロペントフィリン等)、抗酸化薬(例えば、エダラボン等)、グリセリン製剤(例えば、グリセオール等)、βセクレターゼ阻害薬(例えば、6−(4−ビフェニリル)メトキシ−2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]テトラリン、6−(4−ビフェニリル)メトキシ−2−(N,N−ジメチルアミノ)メチルテトラリン、6−(4−ビフェニリル)メトキシ−2−(N,N−ジプロピルアミノ)メチルテトラリン、2−(N,N−ジメチルアミノ)メチル−6−(4’−メトキシビフェニル−4−イル)メトキシテトラリン、6−(4−ビフェニリル)メトキシ−2−[2−(N,N−ジエチルアミノ)エチル]テトラリン、2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]−6−(4’−メチルビフェニル−4−イル)メトキシテトラリン、2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]−6−(4’−メトキシビフェニル−4−イル)メトキシテトラリン、6−(2’,4’−ジメトキシビフェニル−4−イル)メトキシ−2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]テトラリン、6−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)フェニル]メトキシ−2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]テトラリン、6−(3’,4’−ジメトキシビフェニル−4−イル)メトキシ−2−[2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル]テトラリン、その光学活性体、その塩およびその水和物、OM99−2(WO01/00663)等)、βアミロイド蛋白凝集阻害作用薬(例えば、PTI−00703、ALZHEMED(NC−531)、PPI−368(特表平11−514333号)、PPI−558(特表平2001−500852号)、SKF−74652(Biochem.J.,340(1)巻,283〜289頁,1999年)等)、脳機能賦活薬(例えば、アニラセタム、ニセルゴリン等)、ドーパミン受容体作動薬(例えば、L−ドーパ、ブロモクリプチン、パーゴライド、タリペキソール、プラミペキソール、カベルゴリン、アマンタジン等)、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬(例えば、サフラジン、デプレニル、セルジリン(セレギリン)、レマセミド(remacemide)、リルゾール(riluzole)等)、抗コリン薬(例えば、トリヘキシフェニジル、ビペリデン等)、COMT阻害薬(例えば、エンタカポン等)、筋萎縮性側索硬化症治療薬(例えば、リルゾール等、神経栄養因子等)、スタチン系高脂血症治療薬(例えば、プラバスタチンナトリウム、アトロバスタチン、シンバスタチン、ロスバスタチン等)、フィブラート系高脂血症治療薬(例えば、クロフィブラート等)、アポトーシス阻害薬(例えば、CPI−1189、IDN−6556、CEP−1347等)、神経分化・再生促進薬(例えば、レテプリニム(Leteprinim)、キサリプローデン(Xaliproden;SR−57746−A)、SB−216763等)、非ステロイド性抗炎症薬(例えば、メロキシカム、テノキシカム、インドメタシン、イブプロフェン、セレコキシブ、ロフェコキシブ、アスピリン等)、ステロイド薬(例えば、デキサメサゾン、ヘキセストロール、酢酸コルチゾン等)、性ホルモンまたはその誘導体(例えば、プロゲステロン、エストラジオール、安息香酸エストラジオール等)等を併用してもよい。また、ニコチン受容体調節薬、γセクレターゼ阻害作用薬、βアミロイドワクチン、βアミロイド分解酵素、スクワレン合成酵阻害薬、痴呆の進行に伴う異常行動や徘徊等の治療薬、降圧薬、糖尿病治療薬、抗うつ薬、抗不安薬、疾患修飾性抗リウマチ薬、抗サイトカイン薬(例えば、TNF阻害薬、MAPキナーゼ阻害薬等)、副甲状腺ホルモン(PTH)、カルシウム受容体拮抗薬等を併用してもよい。以上の併用薬剤は例示であって、これらに限定されるものではない。他の薬剤は、任意の2種以上を組み合わせて投与してもよい。また、併用する薬剤には、上記したメカニズムに基づいて、現在までに見出されているものだけでなく今後見出されるものも含まれる。
【0024】
前記の神経変性疾患、神経障害または神経再生を要する疾患のうち、例えば、脳梗塞のように血栓の発生を伴う疾患は、その治療のために(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤を投与する際に、上記に例示した併用薬剤のうち、特にt−PAと組み合わせて使用することが好ましい。t−PAと組み合わせて使用することによって、それぞれを単独で用いた場合に比較して、優れた治療効果を得ることができる。(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤とt−PAの組み合わせの方法は特に限定されないが、好ましくは、それぞれの薬剤を単独で用いる場合の投与量および投与方法に準じればよい。(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤の単独での投与量および投与方法は前記のとおりである。また、t−PAの単独での投与量および投与方法は、例えば、脳梗塞発症後6時間以内、好ましくは3時間以内に、患者の体重1kg当たり約0.6mgまたは約0.9mgを非経口的に、好ましくは静脈内に投与するというものである。より具体的には、投与する総量の10%を数分間(例えば、約1分間乃至約2分間)で急速投与し、その後、残りを約1時間かけて投与するというものである。従って、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤とt−PAとを組み合わせて用いるには、例えば、脳梗塞発症後3時間以内に上記の方法でt−PAを投与し、さらに、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を、任意の時期、好ましくは脳梗塞発症後二週間以内、より好ましくは脳梗塞発症後72時間以内から、前記の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤の投薬期間、投薬回数、投与量、投与方法に準じて投与すればよい。従って、脳梗塞発症後3時間以内であれば、t−PAと(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を同時に投与することも可能である。同時に投与する場合は、別々の製剤を用いてもよいし、一製剤中にt−PAと(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を共に含む製剤を用いてもよい。勿論、これらの投与方法は例示であって、患者の容態に応じて適宜増減してもよい。
【0025】
[毒性]
後記の実施例にも示すように、(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の毒性は非常に低いものであり、特に本発明の用法・用量で哺乳動物、特にヒトに使用する限り、十分安全であると判断できる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口的投与用の神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤は、安全で、しかもこれらの疾患、特に脳梗塞等の神経変性疾患に伴う諸症状を顕著に改善することができる。加えて、脳梗塞においては、従来の治療薬では治療困難であった発症後3時間以上が経過した症例においても効果を示すことから、医薬として実に有用である。加えて、発症後3時間以内に病院でt−PAによる治療を受けた患者に対し、さらに(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる薬剤を投与することで、t−PA単独による治療に比べ、より優れた治療効果を得ることもできる。
【0027】
[医薬品への適用]
本発明の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口的投与用の神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤は、哺乳動物(例えば、ヒト、非ヒト動物、例えば、サル、ヒツジ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス等)等に用いることが可能である。特に、本発明の用法・用量で、哺乳動物、好ましくはヒトに、非経口的に投与することによって、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の好ましい予防および/または治療効果を得ることができる。本発明の用法・用量は、脳梗塞患者の諸症状の改善効果を得るために好適である。本発明の用法は、脳梗塞発症後どの時点で適用を開始しても構わない。好ましくは2週間以内、より好ましくは2日乃至5日以内、特に好ましくは24時間以内、とりわけ、脳梗塞のTTWとされる6時間以内が好ましい。本発明の用法は、従来の脳梗塞治療で用いられていたt−PA等の治療薬における投与時間の制限を克服したものであり、該用法で得られる効果は著しく優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明の用法・用量を用いた(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を用いた脳梗塞患者の臨床効果を、実施例および製剤例を挙げて詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、本発明の範囲を逸脱しない範囲で変化させてもよい。
【0029】
実施例1:
臨床試験として、脳梗塞急性期(発症後72時間以内)の患者を対象に、以下の条件で2用量による無作為化試験を実施した。
対象:脳梗塞急性期患者97名。
用法・用量:各群1日1回1時間静脈内持続投与;
(1)(2R)−2−プロピルオクタン酸 0.4mg/kg/h;
(2)(2R)−2−プロピルオクタン酸 4mg/kg/h。
投与期間:7日間
症例数:
(1)(2R)−2−プロピルオクタン酸 0.4mg/kg/h投与群 51名;
(2)(2R)−2−プロピルオクタン酸 4mg/kg/h投与群 46名。
評価項目:
主評価項目
<有効性評価項目>
(1) Rankin Scale(RS)
評価方法:患者の症状を、下記表1のグレードに分類し、採点した。
【表1】

(2) Glasgow Outcome Scale(GOS)
評価方法:患者の症状を、下記表2のグレードに分類し、採点した。
【表2】

<安全性評価項目>
有害事象の発現率とその内容(症状・因果関係等)
解析:上記の主要評価項目で(2R)−2−プロピルオクタン酸静脈内持続投与による治療効果を評価した。
成績:成績を以下に示す。
<有効性評価項目>
投与前のJapan Stroke Scale(JSS:文献(Stroke, 32巻, 1800-1807頁, 2001年)に準じて評価)が15以下(JSS≦15)の症例では、投与開始3カ月後のRSとGOSにおける改善のカテゴリーが占める割合について0.4mg/kg/h投与群と4mg/kg/h投与群の間に統計学的な有意差が認められた。結果を図1および図2に示す。
<安全性評価項目>
本試験において、死亡例は7例(0.4mg/kg/h投与群3例、4mg/kg/h投与群4例)、その他の重篤な有害事象は0.4mg/kg/h投与群1例に認められたが、何れも治験薬剤との因果関係は否定された。有害事象の発現率は、0.4mg/kg/h投与群78.9%、4mg/kg/h投与群74.1%であり、両群間に有意差を認めなかった。副作用の発現率は、0.4mg/kg/h投与群43.9%、4mg/kg/h投与群44.4%であり、両群間に有意差を認めなかった。副作用の主たる内容は、肝機能パラメーターである「AST(GOT)、ALT(GPT)、γ−GTP、Al−p、LDH、総ビリルビン」の上昇であったが、いずれも重篤なものではなかった。
【0030】
実施例2:
臨床試験として、脳梗塞急性期(発症後24時間以内)の患者を対象に、以下の条件で(2R)−2−プロピルオクタン酸投与群(6用量)およびプラセボ投与群による二重盲検試験を実施した。
対象:脳梗塞急性期患者92名。
用法・用量:各群1日1回1時間静脈内持続投与;
(1)(2R)−2−プロピルオクタン酸 2mg/kg/h;
(2)(2R)−2−プロピルオクタン酸 4mg/kg/h;
(3)(2R)−2−プロピルオクタン酸 6mg/kg/h;
(4)(2R)−2−プロピルオクタン酸 8mg/kg/h;
(5)(2R)−2−プロピルオクタン酸 10mg/kg/h;
(6)(2R)−2−プロピルオクタン酸 12mg/kg/h;
(7) プラセボ。
投与期間:7日間
症例数:
(1)(2R)−2−プロピルオクタン酸 2mg/kg/h投与群 9名;
(2)(2R)−2−プロピルオクタン酸 4mg/kg/h投与群 8名;
(3)(2R)−2−プロピルオクタン酸 6mg/kg/h投与群 8名;
(4)(2R)−2−プロピルオクタン酸 8mg/kg/h投与群 8名;
(5)(2R)−2−プロピルオクタン酸 10mg/kg/h投与群 8名;
(6)(2R)−2−プロピルオクタン酸 12mg/kg/h投与群 8名;
(7) プラセボ投与群 43名。
評価項目:
主評価項目
<有効性評価項目>
(1) modified Rankin Scale(mRS)
評価方法:患者の症状を、下記表3のグレードに分類し、採点した。
【表3】

(2) 血清S100β含量
評価方法:患者の血液を採取し、以下の方法に従って評価した。
(2-1) 血液採取
S100β測定用の血液は、1日目から7日目迄の投与前(Pre-infusion)および1日目、3日目、7日目の投与3時間後、7時間後、12時間後、24時間後(Post-infusion)に採取した。なお、1日目および3日目の投与24時間後の血液は、それぞれ2日目、4日目の投与前と同じ血液を用いた。
血液サンプル(3mL)は、各患者から、カテーテルか、または静脈穿刺によって採取した。サンプルは30分間凝固させ、3500 r.p.m.で12乃至15分間遠心分離した。血清を回収し、約0.5mLずつ2つの容器に分注した。血清サンプルは、ラベルし、S100βの解析迄、−20℃で保存した。
(2-2) S100βアッセイ
S100βの測定には、0.02−1.6ng/mLの測定範囲を有するSMART S100 ELISA Kit(Syn-X Pharma,Inc.(オンタリオ、カナダ))を用いた。
<安全性評価項目>
有害事象、臨床検査値
解析:上記の主要評価項目で(2R)−2−プロピルオクタン酸静脈内持続投与による治療効果を評価した。
成績:成績を以下に示す。
<有効性評価項目>
投与開始40日後のmodified Rankin Scale(mRS)を評価した結果、良好な改善のカテゴリーに相当する2以下のスコアが占める割合は、プラセボ投与群と(2R)−2−プロピルオクタン酸 8mg/kg/h投与群の間に統計学的な有意差が認められた(プラセボ投与群:32.5%、(2R)−2−プロピルオクタン酸 8mg/kg/h投与群:87.5%)。
また投与期間中の血清S100β含量を評価した結果、プラセボ投与群と比較して、(2R)−2−プロピルオクタン酸投与群では、脳梗塞発症後の血清S100βの増加を抑制する傾向が認められた。特にその傾向は投与開始3日以降に顕著であった。結果を図3に示す。
<安全性評価項目>
重篤な有害事象は(2R)−2−プロピルオクタン酸投与群で10例、プラセボ投与群で12例認められたが、何れも治験薬との因果関係は否定された。有害事象の発現率は、(2R)−2−プロピルオクタン酸投与群で98%、プラセボ投与群で100%であり、両群間に差は認められなかった。治験薬との因果関係が否定されなかった有害事象(副作用)の発現率は、(2R)−2−プロピルオクタン酸投与群で42.9%、プラセボ投与群で39.5%であり、両群間に差は認められなかった。また投与量に依存して発現頻度が上昇する副作用も認められなかった。
【0031】
製剤例:
(2R)−2−プロピルオクタン酸含有注射剤の製造
製剤例1
・(2R)−2−プロピルオクタン酸 2.0 kg
・リン酸三ナトリウム・12水和物 3.54kg
注射用水に、上記の各成分を加え、注射用水を用いて40Lとした。均一な溶液とした後、無菌フィルター(デュラポア0.22μmメンブレン)で濾過し、2mLずつプラスチックアンプルに充填し、高圧蒸気滅菌(123℃、15分間)することで、1アンプル中100mgの活性成分を含有するアンプル2万本を得た。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口的投与用の神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤は、安全で、しかもこれらの疾患、特に脳梗塞等の神経変性疾患に伴う諸症状を顕著に改善することができる。加えて、脳梗塞においては、従来の治療薬では治療困難であった発症後3時間以上が経過した症例においても効果を示すことから、医薬として実に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】臨床試験例1に記載の有効性評価項目(Rankin Scale)に従って、臨床試験例1で得られた臨床データを解析した結果を示す。
【図2】臨床試験例1に記載の有効性評価項目(Glasgow Outcome Scale)に従って、臨床試験例1で得られた臨床データを解析した結果を示す。
【図3】臨床試験例2に記載の有効性評価項目(血清S100β含量)に従って、臨床試験例2で得られた臨床データを解析した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量を、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療方法。
【請求項2】
神経変性疾患である請求項1記載の方法。
【請求項3】
1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである請求項1記載の方法。
【請求項4】
神経変性疾患が脳卒中である請求項2記載の方法。
【請求項5】
神経変性疾患が脳梗塞である請求項2記載の方法。
【請求項6】
非経口的な投与が静脈内投与である請求項1記載の方法。
【請求項7】
静脈内投与が持続投与である請求項6記載の方法。
【請求項8】
持続投与が輸液バッグによる投与である請求項7記載の方法。
【請求項9】
1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである請求項1記載の方法。
【請求項10】
投薬期間が1日乃至10日間である請求項9記載の方法。
【請求項11】
投薬期間が、3日間、4日間、5日間、6日間または7日間である請求項10記載の方法。
【請求項12】
投薬期間が7日間である請求項11記載の方法。
【請求項13】
患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである請求項1記載の方法。
【請求項14】
患者の体重1kg当たりの投与量が、約2mg、約4mg、約6mg、約8mg、約10mgまたは約12mgである請求項13記載の方法。
【請求項15】
患者の体重1kg当たりの投与量が約4mgまたは約8mgである請求項14記載の方法。
【請求項16】
S100β増加抑制方法である請求項1記載の方法。
【請求項17】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量を、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、S100β増加抑制方法。
【請求項18】
1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである請求項17記載の方法。
【請求項19】
非経口的な投与が静脈内投与である請求項17記載の方法。
【請求項20】
1日乃至100日間の投薬期間中、1日1回当たりの非経口的投与量が約100mg乃至約2000mgである請求項17記載の方法。
【請求項21】
患者の体重1kg当たりの投与量が約2mg乃至約12mgである請求項17記載の方法。
【請求項22】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩を含有してなる非経口的投与用の神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤。
【請求項23】
非経口的に投与する、神経変性疾患、神経障害、または神経再生を要する疾患の予防および/または治療剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の使用。
【請求項24】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の有効量と組織プラスミノーゲンアクティベーターの有効量とを組み合わせて、哺乳動物に非経口的に投与することを特徴とする、脳梗塞の予防および/または治療方法。
【請求項25】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩の非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約4mgまたは約8mgであって、組織プラスミノーゲンアクティベーターの非経口投与量が、患者の体重1kg当たり約0.6mgまたは約0.9mgである請求項24記載の方法。
【請求項26】
投薬開始時間が、脳梗塞発症後3時間以内である請求項25記載の方法。
【請求項27】
(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩と、組織プラスミノーゲンアクティベーターとを組み合わせてなる、非経口投与用の脳梗塞の予防および/または治療剤。
【請求項28】
非経口的に投与する、脳梗塞の予防および/または治療剤を製造するための(2R)−2−プロピルオクタン酸またはその塩と、組織プラスミノーゲンアクティベーターとの組み合わせの使用。
【請求項29】
(2R)−2−プロピルオクタン酸を用いた方法である請求項1、17または24記載の方法。
【請求項30】
(2R)−2−プロピルオクタン酸を含有してなる請求項22または27記載の剤。
【請求項31】
(2R)−2−プロピルオクタン酸を用いてなる請求項23または28記載の使用。
【請求項32】
7日間の投薬期間中、体重1kg当たり約4mgまたは約8mgの(2R)−2−プロピルオクタン酸を1日1回輸液バッグを用いて静脈内に持続投与することを特徴とする脳梗塞の治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−507490(P2007−507490A)
【公表日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−531234(P2006−531234)
【出願日】平成16年10月1日(2004.10.1)
【国際出願番号】PCT/JP2004/014893
【国際公開番号】WO2005/032537
【国際公開日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【出願人】(000185983)小野薬品工業株式会社 (180)
【Fターム(参考)】