説明

神経幹細胞凝集塊形成用容器、その製造方法、及び神経幹細胞凝集塊の作成方法。

【課題】神経幹細胞を含む生体組織から神経幹細胞を得るための神経幹細胞凝集塊形成工程において、神経幹細胞凝集塊を効率よく容易に得ることが出来る神経幹細胞凝集塊形成用容器、その製造方法、及び神経幹細胞凝集塊の作成方法を提供すること。
【解決手段】水溶性樹脂を容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、を含むことを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法であり、この製造方法により製造された神経幹細胞凝集塊形成用容器であり、多能性神経幹細胞を含む組織を少なくとも一種の幹細胞増殖因子を含む培地に懸濁し、この培養容器に播種、培養する事により神経幹細胞凝集塊を形成させることを特徴とする神経幹細胞凝集塊の作成方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経幹細胞凝集塊形成用容器、その製造方法、及び神経幹細胞凝集塊の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物生体組織内には、自己複製能とさまざまなタイプのニューロン、グリア細胞を生産する多能性を有する神経系の幹細胞が存在する。
神経系の幹細胞は個体の発生初期から生体に至るまで骨髄のような活発に分裂する組織内に存在し、その構築及び機能維持に関与している。
ところが、殆どの哺乳類においてその生体内においては神経幹細胞の多能性は制限され、新規ニューロン細胞の発生能力が低い為、例えば障害や病気によりニューロン細胞が失われた場合、新たな神経組織を再生し、補う、いわゆる自然治癒は困難である。
【0003】
近年の研究において、神経幹細胞がin vitroにおける特定の条件下で分化させることによってニューロン、グリア細胞に分化する即ち多能性を発揮する事が明らかになり、これまで困難であった特定の神経変性疾患および外傷の治療に新しい可能性を与えるものとして期待されている。
【0004】
胎児や生体から中枢神経系の細胞の中に僅かに含まれる神経幹細胞を未分化の状態で単離・生成し、大量に培養する事が出来れば、分化誘導因子の研究や、それを応用した薬剤のスクリーニング、細胞移植による治療、遺伝子治療のプローブ等、幅広い用途への応用が期待できる。
生体組織から未分化の神経幹細胞を単離する事が、前述の研究のファーストステップであり、ニューロスフェア法という選択的培養方法が現在最も一般的な神経幹細胞の単離方法として知られている。
【0005】
ニューロスフェア法とはEGFあるいはFGF−2という増殖因子存在下で神経幹細胞を含む中枢神経系の細胞を浮遊系で培養する事で、神経幹細胞が分裂を繰り替えして自分と同じ細胞集団を作っていき、神経幹細胞凝集塊を形成する性質を利用したもので、そのようにして得られた神経幹細胞凝集塊は組織から単離された未分化の神経幹細胞の集合体であり、そうして得られた集合体は次の分化誘導ステップに供する事が出来る。
前述の神経幹細胞凝集塊形成において、神経幹細胞が培養容器表面に接着すると非特異な分化が誘引されてしまうため、完全な浮遊状態で培養することが重要な事となる。
【0006】
現在培養用容器として、浮遊培養系の細胞を培養する際に使用される浮遊培養用容器と呼ばれるものが使用されており、ポリスチレン成形品またはポリスチレン成形品表面に酸素プラズマ処理やコロナ処理によって濡れ性を変化させて細胞接着を少なくしたものであるが、それらの容器では完全に神経幹細胞の接着を防止する事が困難で、培養日数を経るに従い、形成した幹細胞凝集塊の一部が培養容器表面に接着してしまうと共に一回の培養で得られる幹細胞の数、即ち形成される幹細胞凝集塊の数とサイズが充分ではなく、必要量の神経幹細胞を得るために、幹細胞の自己複製能力を利用して形成した幹細胞凝集塊をバラバラにして再度同様の培養工程を繰り返す作業が必要となる。
一方、分化誘導性増殖因子を用いて、神経幹細胞から神経前駆細胞を生成/分化させて分化神経細胞を生成する方法が開示されている。(例えば、特許文献1参照)
【0007】
【特許文献1】特開2007−14352号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、神経幹細胞を含む生体組織から神経幹細胞を得るための神経幹細胞凝集塊形成工程において、神経幹細胞凝集塊を効率よく容易に得ることが出来る神経幹細胞凝集塊形成用容器、その製造方法、及び神経幹細胞凝集塊の作成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的は、下記(1)から(9)に記載の本発明により達成される。
(1)神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法であって、
水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、
前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、を含むことを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
(2)前記水溶性樹脂は、側鎖に放射線反応性、感光性、熱反応性の中から選ばれる官能基を有するものである(1)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
(3)前記官能基は、アジド基を有するものを含む(1)又は(2)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
(4)前記水溶性樹脂被覆層を硬化させる方法は、光照射による硬化方法を含む(1)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
(5)神経幹細胞凝集塊形成用容器であって、
水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、
前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、によって内面に非水溶性硬化皮膜を有することを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器。
(6)前記水溶性樹脂は、側鎖に感光性の官能基を有するものを含む(5)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
(7)前記官能基は、アジド基を有するものを含む(6)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
(8)前記水溶性樹脂被覆層を硬化させる方法は、光照射による硬化方法を含む(5)に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
(9)多能性神経幹細胞を含む組織を少なくとも一種の幹細胞増殖因子を含む培地に懸濁し、(5)ないし(8)のいずれかに記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器に播種、培養する事により神経幹細胞凝集塊を形成させることを特徴とする神経幹細胞凝集塊の作成方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、神経幹細胞を含む生体組織から神経幹細胞を得るための神経幹細胞凝集塊形成工程において、神経幹細胞凝集塊を効率よく容易に得ることが出来る神経幹細胞凝集塊形成用容器、その製造方法、及び神経幹細胞凝集塊の作成方法を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、を含むことを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法であり、上記製造方法によって得られた神経幹細胞凝集塊形成用容器であり、また、この容器に多能性神経幹細胞を含む組織を、少なくとも一種の幹細胞増殖因子を含む培地に懸濁し、神経幹細胞凝集塊形成用容器に播種、培養する事により神経幹細胞凝集塊を形成させることを特徴とする神経幹細胞凝集塊の作成方法である。
【0012】
まず、本発明による神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法(以下、単に「製造方法」ということがある)について説明する。
本発明の製造方法においては、水溶性樹脂を容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程を有することを特徴とする。
本発明に用いられる水溶性樹脂とは、水分子とのイオンもしくは水素結合により水和し、その結果として水に溶解するものであり、言い換えれば、水溶性樹脂とは水に溶解するために分子内の主鎖に対して必要充分な量のイオン性もしくは極性の側鎖を持つ樹脂である。なお、ここで水溶性樹脂とは、25℃の水100gに対して1.0g以上溶解可能なものをいう。
【0013】
上記水溶性樹脂の平均重合度は、特に限定されないが、100以上、10,000以下が好ましく、特に200以上、5,000以下が好ましい。平均重合度が100以上であると、均一な皮膜を成形することができ、また、平均重合度が10,000以下であれば作業性に適した水溶性の粘度とすることができる。
【0014】
水溶性樹脂としては、例えば、ポリ酢酸ビニルのケン化物、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリメタアクリルアミド、ポリヒドロキシエチルメタアクリレート、ポリペンタエリスリトールトリアクリレート、ポリペンタエリスリトールテトラアクリレート、ポリジエチレングリコールジアクリレート、およびそれらを構成するモノマー同士の共重合体、また2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと他のモノマー(例えばブチルメタクリレート等)との共重合体等が挙げられる。これらの中でもポリ酢酸ビニルのケン化物、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコールの中から選ばれる1種以上と上記反応基からなる構造が好ましい。これにより、神経幹細胞凝集塊の形成率、および形成速度を向上することができる。
【0015】
ここで、ポリ酢酸ビニルのケン化物とは、例えば、ポリビニルアルコールまたはビニルアルコールと他の化合物との共重合体をいう。さらには、例えば、ビニルアルコールと、親水基変性、疎水基変性、アニオン変性、カチオン変性、アミド基変性またはアセトアセチル基のような反応基変性させた変性酢酸ビニルのケン化物等も含まれる。
【0016】
また、上記ポリ酢酸ビニルのケン化物を用いる場合、ポリ酢酸ビニルのケン化物のケン化度は特に限定されないが、該ポリ酢酸ビニル全体の20mol%以上、100mol%以下が好ましく、特に50mol%以上、95mol%以下が好ましい。ポリ酢酸ビニルのケン化度が上記範囲内であると、神経幹細胞凝集塊の形成速度、形成率を特に向上することができる。
【0017】
上記水溶性樹脂は、特に限定されないが、20℃における粘度が1mPa・s以上、10mPa・s以下が好ましく、更に2mPa・s以上、7mPa・s以下となるよう溶媒を用いて調製されたものを使用する事が好ましい。その際に使用する溶媒は水もしくは溶解度を高めるために、水と有機溶媒との混合物を使用することができる。水溶性樹脂の粘度が上記範囲内であると、細胞の接着量が少なく、神経細胞凝集塊形成効果が特に優れる。充分な細胞の接着低減効果により、良好な神経細胞凝集塊形成性が得られ、接着性の共雑細胞の増殖が抑えられるため選択培養効率に優れる。被覆層の厚みとしては、特に限定されないが、100nm以上5,000nm以下が好ましく、150以上1,000nm以下がより好ましい。
被覆層の厚みを上記下限値以上にする事により細胞が基材から受ける物理的な刺激をより抑える事ができ、厚みを上記上限値以下とする事により被覆層に取り込まれる蛋白質の量を少なくし、蛋白質を介した細胞の接着を抑えることが出来るため細胞凝集塊形成率がより向上する。
【0018】
水溶性樹脂を容器内面に被覆させる方法としては、例えば、スピンコート、ディッピング、または上記水溶性樹脂溶液を容器内面に分注した後、容器を傾けて溶液を排出する方法を用いることができる。その様な方法で容器内面に水溶性樹脂を接触させた後、容器内面に残留した水溶性樹脂溶液を乾燥させることで水溶性樹脂被覆層を形成することができる。
【0019】
本発明の製造方法においては、上記工程後に、上記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程を有することを特徴とする。上記水溶性樹脂被覆層を非水溶性硬化皮膜層とする事で、密度の高いイオン性もしくは極性の側鎖を持つ表面を構築することができる。この表面に構築されたイオン性もしくは極性の側鎖は、培養液と接触した際に、静電相互作用もしくは水素結合により水分子と水和し、容器表面は実質的に水分子の密な水和層となり、この水和層は細胞に対する基材表面からの刺激を抑制し、神経幹細胞凝集塊が迅速に形成されることとなる。こうすることで、培養液を接触させた際に、水溶性樹脂の被覆層が溶解、遊離することを防ぎ、容器として必要な耐水性を獲得することができる。
【0020】
上記水溶性皮膜層を硬化させる方法としては特に限定するものではなく、側鎖に、硬化させるための官能基、例えば放射線反応性、感光性、熱反応性の官能基を有する水溶性樹脂を用いることができる。例えば、感光性の官能基であれば、ジアゾ基、アジド基、シンモナイル基等が挙げられ、また、熱反応性および放射線反応性の官能基であれば、ビニル基、エポキシ基等を挙げることができる。これらの中でも硬化処理を迅速におこなうことができ、簡易な設備で硬化させることができる感光性の官能基を有する水溶性樹脂が特に好ましい。
【0021】
光照射により硬化させる場合の光源は、特に限定するものではなく、照度が5.0mW/cm2程度の超高圧水銀灯または0.1mW/cm2程度のUVランプを使用することができる。光照射による硬化は照度と照射時間で制御することができるため、照度の低い光源を用いる場合は照射時間を長くすればよく、反応性の高い感光基を選択した場合は蛍光灯下で硬化させることも可能である。例えば、5.0mW/cm2の超高圧水銀灯を使用した場合は1ないし10秒間の照射で、0.1mW/cm2のUVランプを使用した場合は3ないし10分間の照射で充分に硬化させることができる。
【0022】
上記感光性の官能基としては、アジド基を含む官能基が特に好ましい。これにより、実用的な230〜500nmの波長で反応させる事ができ、更に優れた解像性により皮膜の形成性を向上することができる。このように、表面に予め水溶性樹脂被覆層を形成し、上記被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する工程によって上記の厚みの被覆層を得ることができる。
水溶性樹脂を用いるもう一つの利点としては、硬化後に表面を水で洗浄する事で、未反応の樹脂を容易に洗い流す事ができるという点である。もし、硬化反応性が悪い等の原因で溶出物が確認された場合は、硬化後に洗浄工程を入れることにより、溶出物を低減し、更に良好なEB体形成率を得る事ができる。
【0023】
次に、本発明の神経幹細胞凝集塊形成用容器(以下、単に「容器」ということがある)について説明する。
本発明の容器は、上記本発明の製造方法によって製造されることを特徴とする。即ち、水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、によって内面に非水溶性硬化皮膜を有することを特徴とする。
【0024】
本発明の容器は、樹脂製の材料で成形することができる。この樹脂材料は、上記容器をディスポーザルタイプにすることができるのに加え、種々の形状を容易に成形できるものである。上記樹脂材料としては、例えば、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、エチレン-プロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂または環状ポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン系樹脂等のポリスチレン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂等のメタクリル系樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ポリアクリロニトリル等のアクリル系樹脂、プロピオネート樹脂等の繊維素系樹脂等が挙げられる。これらの中でも容器に求められる成形性、透明性、放射線耐性の点においてポリスチレン樹脂が特に好ましい。
【0025】
上記樹脂材料の重量平均分子量は、特に限定されないが、10,000以上500,000以下が好ましく、特に20,000以上100,000以下が好ましい。重量平均分子量が前記範囲内であると、容器の成形性に優れる。
【0026】
上記重量平均分子量は、例えばサイズ排除クロマトグラフィー法(Gel Permeation Chromatography システム、Shodex KF−800 カラム、何れも昭和電工社製、溶出溶媒:テトラヒドロフラン)を用いて測定することができる。
上記樹脂材料には成形性向上、耐候性向上を目的として、本発明の目的を損なわない範囲で、例えば、炭化水素系、脂肪酸アミド系の滑剤やフェノール系、アミン系の酸化防止剤等の添加剤を添加することができる。
上記樹脂材料から本発明の容器を製造する場合、例えば射出成形、ブロー成形、インジェクションブロー成形により、製造することができる。
【0027】
本発明の容器の形態としては、例えば、マルチウェルプレートおよびシャーレ(ディッシュ)、フラスコ等の容器類が挙げられ、更にシート状の成形品であっても、容器底面等の細胞が培養できる環境下に設置して使用する事ができる。これらの中でも、バイオリアクターの生成または薬効や毒物の評価、人工臓器の開発研究等で用いられる6〜384穴のマルチウェルプレートやシャーレが好ましい。これにより、神経幹細胞凝集塊を用いた評価、研究の精度を向上させることができる。
【0028】
本発明の容器の必須条件である滅菌に関しては、例えば、エチレンオキサイドガス滅菌、感熱滅菌、蒸気滅菌、放射線滅菌等が挙げられるが、この中でもγ線あるいは電子線を用いた放射線滅菌が好ましく、大量生産を行う場合は放射線透過性の点でγ線滅菌が特に好ましい。
放射線の吸収線量については特に限定するものではないが、吸収線量が低すぎると滅菌性は確保されず、高すぎると細胞容器および被覆層が劣化してしまう場合がある。
本発明の容器における放射線の吸収線量としては、1kGy以上、50kGy以下が好ましく、5kGy以上、30kGy以下が特に好ましい。これによって本発明の容器の特性を充分に保持したまま滅菌性を付与する事ができる。
【0029】
次に、本発明の容器を用いた本発明の神経幹細胞凝集塊の作成方法について説明する。
本発明の神経幹細胞凝集塊の作成方法は、多能性神経幹細胞を含む組織を少なくとも一種の幹細胞増殖因子を含む培地に懸濁し、上記本発明の神経幹細胞凝集塊形成用容器に播種、培養する事により神経幹細胞凝集塊を形成させることを特徴とする。
【0030】
本発明の神経幹細胞凝集塊の作成方法の具体的な一例を示すと、まず、線条体等から採取した神経幹細胞を含む中枢神経系の細胞をEGFあるいはFGF−2という増殖因子を添加した既知の培養液に任意の濃度で分散させた細胞懸濁液を本発明の容器に播種し、炭酸ガスインキュベーター等の環境下で培養することで、通常1日〜3日間で神経幹細胞凝集塊の形成が確認することができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0032】
(実施例1)
樹脂材料としてポリスチレン樹脂(PSジャパン社製、HF77)を用いて、射出成形により24穴のマルチウェルプレート(24穴プレート)を成形した。得られた24穴プレートにプラズマ処理装置(BRANSON/IPC社製 SERIES7000)を用いてプラズマ処理(酸素プラズマ5分間)を行い、24穴プレート表面に濡れ性を付与した。
得られた24穴プレートのウェル形状は、高さ20mm、内径16mmであった。
次に、水溶性樹脂として側鎖にアジド基を有するポリビニルアルコール(東洋合成工業社製 AWP、水溶性樹脂の平均重合度1600、感光基の導入率0.65mol%)をアルミ箔で遮光をしたガラス容器中で、20容量%エタノール水溶液に溶解し、1.0重量%の溶液を調整した。
上述の24穴プレートを前記アルミ箔で遮光したガラス容器に1分間、浸漬した後、取り出し、24穴プレートを裏返して溶液を充分廃棄し、40℃で60分間一次乾燥した後、UVランプで250nmのUV光を0.1mW/cm2×3分間照射して水溶性樹脂を硬化した後、純水で3回繰り返し洗浄し、乾燥後、γ線を吸収線量10kGyで照射(ラジエ工業株式会社)して、本発明の培養容器(24穴プレート)を得た。
得られた24穴プレートの表面には、上記水溶性樹脂で形成される層が厚さ550nmで形成されていた。なお、層の厚さは液体窒素中で破断した24穴プレートの破断面を電子顕微鏡(FEI社製 Quanta400F)を用いて測定した。
【0033】
(実施例2)
樹脂材料として環状オレフィン共重合系樹脂(ポリプラスチックス社製、TOPASR 6013)を用いた以外は実施例1と同様にして培養容器(24穴プレート)を得た。
得られた24穴プレートの表面には、上記側鎖に水溶性樹脂で形成される層が厚さ550nmで形成されていた。
【0034】
(比較例)
実施例1の工程におけるプラズマ処理により親水性を付与する工程から水溶性樹脂への浸漬、及びUVランプによる硬化、洗浄、乾燥までの工程を除いた以外は実施例1と同様にして培養容器(24穴プレート)を得た。
【0035】
得られた容器について、以下の方法により凝集塊の形成状態の評価を行った。結果を表1に示す。
定法に従いラット胎児線条体組織から分離した神経細胞をEGF20ng/mL、FGF2 20ng/mL(SIGMA製)およびN−2添加物(GIBCO社製)を含むDMEM/F−12培地に1×104cells/mLの濃度で懸濁し、実施例1、2の容器および比較例の容器に2mLづつ播種し、5%の炭酸ガス雰囲気下で培養し、接着細胞の存在の有無及び形態を播種5日後に倒立型顕微鏡(オリンパス社製BX51)下100倍及び40倍の倍率で観察した。
【0036】
【表1】

【0037】
表1から明らかなように、本発明の製造方法によって得られた本発明の容器を用いた実施例1、2は、これを用いなかった比較例に比べて多数個の凝集塊が形成されており、更にそのサイズも大きい事から、本発明の容器を用いることで神経幹細胞の増殖が非常に早く効率的に凝集塊が形成される事が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施例1の7日後の顕微鏡写真(×100)、サイズの大きな多数個の神経幹細胞凝集塊が確認される。
【図2】実施例1の7日後の顕微鏡写真(×20)
【図3】比較例の7日後の顕微鏡写真(×100)、神経幹細胞凝集塊のサイズは小さく、その数も少ない。
【図4】比較例の7日後の顕微鏡写真(×20)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法であって、
水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、
前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、
を含むことを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
【請求項2】
前記水溶性樹脂は、側鎖に放射線反応性、感光性、熱反応性の中から選ばれる官能基を有するものである請求項1に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
【請求項3】
前記官能基は、アジド基を有するものを含む請求項1又は2に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
【請求項4】
前記水溶性樹脂被覆層を硬化させる方法は、光照射による硬化方法を含む請求項1に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器の製造方法。
【請求項5】
神経幹細胞凝集塊形成用容器であって、
水溶性樹脂を前記容器内面に被覆させて水溶性樹脂被覆層を形成する水溶性樹脂被覆工程と、
前記工程後に、前記水溶性樹脂被覆層を硬化させて非水溶性硬化皮膜層に変性する非水溶性硬化皮膜変性工程と、
によって内面に非水溶性硬化皮膜を有することを特徴とする神経幹細胞凝集塊形成用容器。
【請求項6】
前記水溶性樹脂は、側鎖に感光性の官能基を有するものを含む請求項5に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
【請求項7】
前記官能基は、アジド基を有するものを含む請求項6に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
【請求項8】
前記水溶性樹脂被覆層を硬化させる方法は、光照射による硬化方法を含む請求項5に記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器。
【請求項9】
多能性神経幹細胞を含む組織を少なくとも一種の幹細胞増殖因子を含む培地に懸濁し、請求項5ないし8のいずれかに記載の神経幹細胞凝集塊形成用容器に播種、培養する事により神経幹細胞凝集塊を形成させることを特徴とする神経幹細胞凝集塊の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−220205(P2008−220205A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59745(P2007−59745)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】