説明

神経成長因子様作用剤の製造法

【課題】食品製造に利用できる微生物、および該微生物を利用した天然物由来の神経成長因子様作用剤を提供する。
【解決手段】神経成長因子様活性成分を生産する食品製造に利用可能な微生物、サッカロマイセス・クルイベリ株、および該酵母株を用いる神経成長因子様作用剤の製造方法。該株を、酵母用のYM培地で培養後、集菌、エタノールを加えて、加温、抽出、遠心分離により残渣を除くことで、神経成長因子様活性成分を含有する酵母抽出液を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、老年型痴呆症等の原因の一つとして考えられている神経変性疾患の予防および/または治療に利用し得る、天然物由来の神経突起伸長作用を有する神経成長因子様作用剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会への移行に伴って老年型痴呆症が増加する傾向にあり、非常に大きな社会問題となってきている。老年型痴呆症は、脳器質性障害による痴呆、脳以外の臓器疾患に付随した痴呆、およびストレスによる身体疾患に起因する痴呆に大別される。この内、脳器質性障害による痴呆が大半を占めている。脳器質性傷害は、原因の違いにより脳血管性痴呆症、およびアルツハイマー型痴呆症に分類される。
【0003】
現在、脳血管性痴呆症に対しては、脳血管拡張薬などがある程度の効果を示すことが知られている。しかし、アルツハイマー型痴呆症に対しては、その発症原因が今なお不明であり、未だ発症を含めその進行を阻止するのに適切な薬物療法も治療法も知られていない。そのため、脳器質性障害による痴呆、特にアルツハイマー型痴呆症に対して有用な医薬品の開発が所望されている。
【0004】
近年は、神経細胞から分泌される神経成長因子(以下、NGFと呼ぶことがある)などの神経栄養因子が加齢に伴う神経変性疾患に対して可能性のある治療剤として報告され(非特許文献1)、注目を集めている。NGFは、神経組織の成長および機能維持にとって重要かつ必要な因子である。NGFは、末梢神経における知覚および交感神経、ならびに中枢神経における大細胞性コリン作動性ニューロンの成熟・分化および生命維持に不可欠であり、脳損傷時の神経細胞の変性を防ぐという作用を示す。更に、NGFは、パーキンソン病やハンチントン病などの神経変性疾患に対しても有効であることが示唆されている。これにより、生体内においてNGFレベルを上昇させることは、アルツハイマー型痴呆症、脳血管性痴呆症、パーキンソン病、ハンチントン病のような中枢機能障害、脊髄損傷、末梢神経損傷、糖尿病性神経障害、ならびに筋萎縮変性側索硬化症のような抹消機能障害の治療にも有用であると考えられている。
【0005】
しかし、NGFの大量調製は困難であることから、NGF自体の使用には多くの課題があり、一般にNGF自体を臨床で用いることは非常に困難である。 そこで、NGFと同様の生体活性を示す成分を自然界から探索する研究が多数報告されている。例えば、特許文献1および2は、生体に対して安全性を高めるという観点から、天然物のうち食品一般にも利用される植物由来の抽出物を用いた神経突起伸長剤を開示する。特許文献1に記載の植物由来の抽出物は、ミカン科植物由来のポリアルコキシフラボノイドであり、特許文献2に記載の抽出物は、ローズマリー由来のカルノシン酸である。このような抽出物の使用は、生体に対して所望でない副作用を防止し得る点で有用である。しかし、こうした植物抽出物は一年を通じての生産量・収穫量の確保等が必ずしも安定していないので、むしろ同等またはそれ以上の神経突起伸長作用を有する他の安全な天然物を用いたバリエーションの拡大が所望されている。
【0006】
このような観点から、例えば、この作用を有する成分を微生物に生産させることは有用であり、非特許文献2には酵母Candida antarcticaの細胞外成分が神経突起伸長作用を示すことが開示されている。この成分は、菌体外側に存在する糖脂質の一種であるマンノシルエリスリトールリピッド−A(MEL−A)である。MEL−Aは機能性両親媒性物質(バイオサーファクタント)の一種であり、合成界面活性剤と比較して優れた界面物性を有するだけでなく、様々な生理活性を示すなど環境先進型界面活性剤として注目を集めている。しかし、Candida antarcticaは、食品製造に利用された例はなく、生体に対して安全性が高いとは言えない。
【0007】
また、酵母(Saccharomyces属、Candida属、Kluyveromyces属)抽出分画物の脳機能改善剤(特許文献3)、および乳酸菌発酵乳、乳酸菌と酵母の共生発酵乳が脳機能改善作用等を有する(特許文献4)ことが開示されている。しかしながら、これらの報告での脳機能改善作用を有する成分は特定されておらず、またこれらが神経突起伸長作用を示すかどうかも明示されていない。さらに後者の場合、脳機能改善は酵母の作用としてではなく、乳酸菌が有する作用として報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−060340公報
【0009】
【特許文献2】特開2007−230945公報
【0010】
【特許文献3】特開2005−213205公報
【0011】
【特許文献4】特開平9−023848公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】B. Conor, M. Dragunow, Brain Research Review, 1998年 第27巻 ページ1-39
【0013】
【非特許文献2】H. Isodaら, Cytotechnology,1999年 第31巻 ページ163−170
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
解決しようとする問題点は、生体に対して安全性が高い神経成長因子様作用剤を安定的に提供できない点である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、生体に対して安全性が高い作用剤を得るため、食品製造に利用されたことのある酵母から抽出分画した成分を有効成分とすることを最も主要な特徴とする。また、酵母菌体は、随時、培養することで大量に得ることができるので、天候などに作用されず、計画的な生産ができるという特徴がある。
具体的には、本発明に係る神経成長因子様作用剤を産生する能力の高い酵母菌株、株式会社秋田今野商店において保存されている食品産業用菌株を用いて、常法により酵母を培養し、得られた菌体からの抽出液の神経成長因子様活性を測定して同活性の高い菌株を選抜することにより獲得することができる。
本発明者らは、この方法で最も神経成長因子様活性の高いサッカロマイセス・クルイベリ
AOK YK6株を選抜した。なお、本菌株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている(NITE-P977)。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、神経成長因子様活性の高いサッカロマイセス・クルイベリ
AOK YK6株が提供される。この菌株を培養して菌体を回収することにより、神経成長因子様作用剤を必要なときに、必要な量を生産することが可能になる。この菌株の神経成長因子様作用剤は、食品に利用することができるエタノールなどの溶媒で菌体から抽出することができるので、例えば菌体のエタノール抽出液や、抽出液の乾燥物として調製することができる。乾燥菌体や凍結菌体の状態で保存し、必要なときに神経成長因子様作用剤を抽出・調製するなど、計画的な生産を行うこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は被検物質を添加した細胞の形態変化を示した図面代用写真である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明を実施するには、神経成長因子様作用剤を生産する微生物を培養する必要があるが、本発明で使用する神経成長因子様作用剤の生産菌としては、食品製造に利用することができる酵母サッカロマイセス・クルイベリを用いることができるが、特にAOK
YK6株が好適である。また、培地としては、一般的な酵母用培地(例えば、YM培地)や天然素材培地(例えば、5%黒糖培地)を用いることができる。培養温度は20−40℃、望ましくは25−30℃の範囲がよい。培養時間は、24−72時間、望ましくは40−56時間程度である。培養中は、振盪を行わなくても培養できるが、望ましくは50−200rpm程度である。
【0019】
次いで、微生物菌体から有機溶媒で抽出する必要があるが、本発明で使用する神経成長因子様作用剤の抽出用有機溶媒としては、食品添加物として認可されている有機溶媒(エタノール、アセトン、ヘキサン)を用いることができるが、特にエタノールが好適である。エタノールは水分がない市販のものが好ましいが、回収したエタノールでも水分5%以下のものであれば使用が可能である。エタノールの添加量は、原料素材1重量部に対して1−10重量部、好ましくは2−5重量部である。
【0020】
抽出温度は、室温程度から70℃、さらに望ましくは40−60℃の範囲がよい。抽出時間は、1−24時間、望ましくは3−5時間程度である。振盪などで抽出時間を短縮でき、また、溶剤によって抽出時間が異なってくる。次に、抽出残渣の分離除去を行う。分離方法は特に限定されたものではなく、固液分離装置、例えば、遠心分離機、フィルタープレス、シリンダープレスなどによれば良い。
【0021】
このようにして得られた菌体抽出液は、冷凍で保存することができる。冷凍温度は0℃以下、好ましくは-20℃以下である。
【0022】
上記菌体抽出液は、そのままあるいは濃縮、乾燥して(固体及び/又は粉末化してもよい)、神経成長因子様作用剤として提供することができる。
【0023】
また、更に純度を高めた神経成長因子様作用剤を得るためには、菌体抽出液のクロマトグラフィー処理等を施せばよい。クロマトグラフィー処理は、常法にしたがって行えばよく、例えばクロマト分離法としては、その分離装置は固定床方式(ワンパス方式)、連続方式(疑似移動床方式)、半連続方式(固定床方式と連続方式の組合)が適用できる。その装置の充填イオン交換樹脂としては、クロマト用のNa形、K形、Ca形等の強酸性イオン交換樹脂が使用される。その樹脂は均一粒径のスチレンジビニルベンゼン系樹脂等が用いられる。これらイオン交換クロマトに限らず、順相、逆相、サイズ排除等、様々なクロマト方式の樹脂が多くのメーカーから販売されているので、適宜選択してクロマト処理すればよい。
【0024】
本発明においては、食品として利用可能な微生物、および食品添加物として認可されている有機溶媒を用いることにより、天候などの自然条件に左右されず、計画的な生産を行うという目的を、生体に対する安全性を損なわずに実現した。
【実施例1】
【0025】
(酵母抽出液の製造例)
神経成長因子様活性成分生産菌としてサッカロマイセス・クルイベリ(Saccharomyces kluyveri)AOK YK6株を用いた。酵母エキス0.3%、麦芽エキス0.3%、ペプトン0.5%、グルコース1%から成るYM培地50mlを121℃、20分間の滅菌処理をした。放冷後、菌を接種し、温度28℃、往復振盪速度100rpmの条件で2日間、培養を行った。培養終了後、遠心分離により菌体を回収し、湿菌体に対し4倍量のエタノールを加えて50℃で4時間反応させた後、10,000rpm、10分間遠心分離した上清を回収することで、酵母抽出液を得た。
【実施例2】
【0026】
(酵母抽出液の神経突起伸長作用)
馬血清1%、牛胎児血清0.5%を含むDMEM培地にPC12細胞(ラット副腎髄質褐色細胞腫由来)を104細胞/mlになるようにコラーゲンコートされた96穴プレート(Greiner製)に0.09mlずつ播種し、37℃、5%CO2条件下で培養した。1日後、適宜希釈した被検物質0.01mlを添加し同条件で培養を続けた。経時的に細胞を倒立顕微鏡にて100倍の倍率で観察し、神経突起の長さが細胞径の2倍以上になった細胞数の視野全体の細胞数に対する割合を算出することで神経突起伸長作用を測定した。被検物質の代わりに水を添加した区を陰性対照とし、被検物質の代わりにNGF(マウス7S 和光純薬工業製)を添加した区を陽性対照とした。図1に各試験区の写真を示す。また、表1に各試験区の神経突起が伸長した細胞数の割合を示す。
【0027】
【表1】

【0028】
図1に示されるように、陰性対照の神経突起はほとんど伸長していないのに対し、酵母抽出液は、陽性対照(NGF)と同様に神経突起が伸長していることが確認できる。また、表1に示されるように、酵母抽出液の神経突起が伸長した細胞の割合は、陰性対照に比べて高く、さらに添加濃度に比例して値が上昇している。これらのことから、上記酵母抽出液が神経突起伸長作用を有することが分かり、神経成長因子様作用剤として有用であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
該微生物菌株を用いて、味噌などの発酵食品を製造することにより、神経成長因子様作用剤を含む発酵食品の生産にも適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経成長因子様活性を示すサッカロマイセス・クルイベリAOK YK6株。
【請求項2】
請求項1に記載の菌株を用いることを特徴とする神経成長因子様作用剤の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2012−157325(P2012−157325A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20784(P2011−20784)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、経済産業省、戦略的基盤技術高度化支援事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【出願人】(593061905)株式会社 秋田今野商店 (4)
【Fターム(参考)】