説明

神経系疾患の治療に使用するための遺伝薬理学的方法

【課題】神経疾患であると診断された患者の適当な治療法および/または予後を決定するための方法、および、神経疾患の治療について試験する薬物の臨床試験の対象患者となるヒト被験者を同定する方法の提供。
【解決手段】神経疾患であると診断された患者の予後計画を作成する以下の方法:a)該疾患であることがすでに診断されている患者を同定する段階、b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、およびc)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階であって、該予後計画が薬物の効果および患者の結果を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の背景
本発明は神経疾患を治療するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アポリポ蛋白質E(アポE)は、脂質が豊富なリポ蛋白質の受容体依存性インターナリゼーション過程におけるリガンドとして作用する。アポEは、おそらく、脂質の逆輸送にも関係する。中枢神経系(CNS)では、アポEは、シナプス可塑性に関連する膜再成形の際にコレステロールおよびリン脂質の移動および再分布の中心的な役割を果たす(Poirier J.ら、1991, Mol. Brain. Res., 9:191-195(非特許文献1); Poirier J.ら、1991, Mol. Brain. Res., 11:97-106(非特許文献2); Poirier J.ら、1993. Neuroscience, 55:81-90(非特許文献3))。脳内でのアポEの重要性は、アポA1およびアポEなどの他の主要な血漿アポリポ蛋白質が脳内には存在しないことによりさらに過小評価されている(Roheim P.S.ら、1979, Proc. Natl. Acad. Sci., 76:4646-4649(非特許文献4))。
【0003】
第19番染色体のアポE遺伝子は、3つの主要なアポEアイソフォームをコードする3つの共通の対立遺伝子(E2、E3、E4)を有する。アポE4対立遺伝子の頻度は、散発性アルツハイマー病(AD)(Poirier J.ら、1993, Lancet, 342:697-699(非特許文献5); Noguchi S.ら、1993, Lancet(letter),342:737(非特許文献6))および晩発性家族性アルツハイマー病(AD)(Corder E.H.ら、1993, Science, 261:921-923(非特許文献7); Payami H.ら、1993, Lancet(letter),342:738(非特許文献8))では顕著に増加することが報告されている。アポE遺伝子の投与効果は、散発性症例および家族性症例のどちらでも観察された(すなわち、発症年齢が遅くなり、E4対立遺伝子のコピー数が減少する)。アルツハイマー病を発症する危険性が概ね大きい女性は、年齢が同じ男性と比較して、アポE対立遺伝子頻度の増加を示した。
【0004】
老人性記憶障害のコリン性仮説は、種々のコリン様薬に対するADの応答の不均一性に関していくつかの基本的な疑問を生み出した(Bartus R.T.ら、1982, Science,217:408-417(非特許文献9))。老人AD患者および老人非AD患者に対してコリンおよびレシチンの明らかな有用な効果が見られないことによりさらに複雑になっている。さらに、フィゾスチグミンおよびタクリンなどのエステラーゼ阻害剤を使用した多数の臨床研究は、若年被験者と異なり、記憶作業成果を促進するのに必要な最適急性用量は個々の老年被験者間でかなり異なったことを報告している(Bartus R.T.ら、1982, Science, 217:408-417(非特許文献10))。
【0005】
神経疾患は、臨床医、患者および医療従事者に独自の複雑さを与える。この疾患はしばしば早急に進行し、主要な生命機能の大多数を破壊することが多い。これらの疾患が進行性であることにより、時間の経過が治療過程の重大な問題となる。神経疾患の治療の選択は、薬剤が治療効果を有しているかどうかを判定するのにかなりの治療期間がかかることが多いことにより、多くの場合複雑になる。従って、最も効果的な一つまたは複数の薬剤による治療は遅れることが多いが、疾患は進行を止めない。特定の治療薬および投与量に応答する患者を予測することができる方法により、身体的心理的利点が提供されると考えられる。医療が利用し難くなるほど、治療を効果的に提供する能力も益々重要になる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Poirier J.ら、1991, Mol. Brain. Res., 9:191-195
【非特許文献2】Poirier J.ら、1991, Mol. Brain. Res., 11:97-106
【非特許文献3】Poirier J.ら、1993. Neuroscience, 55:81-90
【非特許文献4】Roheim P.S.ら、1979, Proc. Natl. Acad. Sci., 76:4646-4649
【非特許文献5】Poirier J.ら、1993, Lancet, 342:697-699
【非特許文献6】Noguchi S.ら、1993, Lancet(letter),342:737
【非特許文献7】Corder E.H.ら、1993, Science, 261:921-923
【非特許文献8】Payami H.ら、1993, Lancet(letter),342:738
【非特許文献9】Bartus R.T.ら、1982, Science,217:408-417
【非特許文献10】Bartus R.T.ら、1982, Science, 217:408-417
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、神経系疾患である患者の予後を予測するための方法を見出した。特に、本発明者らは、種々の疾患のコリン様薬物療法に対する応答性、相対的な発症年齢、および相対的な進行速度を判定するための方法を見出している。本発明者らはこれらの知見から、本明細書において遺伝薬理学とよぶ、神経疾患であるとすでに診断されている患者をプロファイリングするための方法を開発した。遺伝薬理学は、(適当である場合には)最も効果的な薬物および(ある場合には)薬物の用量を決定することを含む、患者の予後を提供する。本発明者らの方法により、臨床医、患者および患者の家族は治療方法に関する情報提供後の選択をすることができる。さらに、複数の治療が存在する場合には、本発明の遺伝薬理学的方法により、臨床医は、試行錯誤により効果のある治療薬が発見されるまで、治療薬を連続的に投与することを回避することができる。遺伝薬理学を用いれば、適当な治療薬を1回の治療で投与することができる。本発明の方法により、適当な薬物および用量によるより迅速な治療が提供される。薬物療法が不適当な場合でも、本発明の方法は患者に予後を提供し、患者は必要のない薬物による副作用となるかもしれないものを回避する選択をすることができる。
【0008】
薬物の試験の分野に利用される場合、本発明の遺伝薬理学的方法はさらに利点を有する。本発明の方法は、薬物の臨床試験の対象であると考えられる患者を、コリン様薬物による治療の恩恵を得ることができるか、またはできないかに分類することができる。患者がコリン様薬物に応答する可能性があり、試験薬がコリン様薬物でない場合には、患者は身体的に臨床試験に適さず、また臨床試験は倫理的に不適当である。逆に、コリン様薬剤に応答する可能性のある患者は新規なコリン様治療薬による統計的により有用なデータが提供される。コリン様治療薬に応答すると思われない患者は、身体的および倫理的展望により、非コリン様治療薬による治療の特に適した候補である。
【0009】
最初の2つの局面において、本発明は神経疾患またはアルツハイマー病(AD)であると診断された患者の予後計画を作成する方法を提供する。本発明の方法は、a)該疾患であるとすでに診断されている患者を同定する段階と、b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を決定する段階と、c)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階とを含む。予後計画は、薬物効果の予測、患者の結果の予測または両者を含んでもよい。これらの局面の好ましい態様において、本発明の方法は、好ましくは、患者の性別および/または遺伝子型(例えば、プレセニリン、アポリポ蛋白質EまたはBChE遺伝子型)を含んでもよい患者のプロフィールを入手する段階をさらに含んでもよい。
【0010】
本発明の神経疾患方法の他の好ましい態様において、患者は、プリオン病、発育期神経系異常、老化性神経系異常、神経系損傷、昏睡、神経系感染症、栄養欠乏および循環器系損傷からなる群より選択される疾患であると診断される患者である。例えば、患者はクロイツフェルト-ヤコブ病、アミノ酸代謝の先天的異常(例えば、アルギニノコハク酸尿症、シスタチオニン尿症、ヒスチジン血症、ホモシスチン尿症、アンモニア過剰血症、フェニルケトン尿症およびチロシン血症)、脆弱X染色体症候群、ハンチントン病、うつ病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、卒中、パーキンソン病、ピック病、レーヴィ小体病、神経線維腫症または多発梗塞性痴呆であると診断された者でもよい。
【0011】
第3および第4の局面において、本発明は、非AD神経疾患またはADを治療する薬物の臨床試験の非AD対象患者を同定するための方法を提供する。本発明の方法は、a)該非AD神経疾患またはADであることがすでに診断されている患者を同定する段階と、b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を決定する段階と、c)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階とを含む。予後計画は、該患者がコリン様薬物の臨床試験または非コリン様薬物の臨床試験の候補であるかどうかを示すものとなる。1つ以上のアポE4対立遺伝子を有する患者はコリン様薬物の臨床試験の候補に適さない。
【0012】
第5の局面において、本発明は、ヒトがコリン様の認知増強剤に応答するかどうかを判定するための方法を提供する。本発明の方法は、a)該ヒトの患者プロフィールを入手する段階と、b)該ヒトのアポE対立遺伝子負荷を決定する段階と、c)該コリン様薬物のレシピエントとして、アポE2またはアポE3対立遺伝子の少なくとも一方を有するヒト患者を選択する段階とを含む。好ましい態様において、該増強剤を投与するために選択される患者はアポE4対立遺伝子を持たない。
【0013】
第6の局面において、本発明は、アポE遺伝子型を決定すると共に患者のBChE遺伝子型を決定するための方法を提供する。本発明の情報は、上記神経疾患のいずれかに罹患する患者の予後計画の決定を可能にする。
【0014】
関連する局面において、本発明は遺伝薬理学的解析を実施するためのキットを提供する。本発明のキットはまた、患者のBChE遺伝子型の遺伝薬理学的解析を可能にする。本発明のキットは、患者のプロフィールを予後計画に変換する手段を含む。好ましい態様において、本発明のキットは、変換段階を実施するための手段を有する。別の好ましい態様において、本発明のキットは該患者プロフィールデータをコンパイルするための手段と、該患者プロフィールをフォーマットするための手段を有する。
【0015】
本発明に関連する治療薬には、神経疾患の治療に使用されるコリン様薬剤および非コリン様薬剤が共に含まれる。コリン様薬剤は、アセチルコリン分解阻害剤、アセチルコリン合成誘導剤、アセチルコリン作用薬または類似薬およびムスカリンM2-受容体拮抗薬からなる群より選択することができる。本発明の遺伝薬理学的方法によって示唆される治療は単独で使用しても、または患者に禁忌でない他の公知の治療法と併用して使用してもよいことに注意するべきである。
【0016】
本発明の目的のために、以下の用語を下記のように定義する。
【0017】
「認知増強剤」とは、a)言語の記憶、空間的な記憶または事実の記憶のいずれかである記憶の実施と、b)学習能力とを増強する薬物を意味する。
【0018】
「コリン様薬物による治療」とは、アセチルコリンの機能を模倣する薬物または残存するアセチルコリン合成細胞の活動を増強する薬物を意味する。これらの薬物には、アセチルコリンの分解阻害剤(タクリンのようなアセチルコリンエステラーゼ阻害剤)、アセチルコリンの構造および機能を模倣する薬物(作用薬:ムスカリンM1-受容体作用薬は代表的な例である)、ニューロンによるアセチルコリンの取り込みを遮断する薬物およびシナプス前受容体と相互作用して、コリン作動性ニューロンからのアセチルコリンの放出を誘導する薬物が含まれるが、これらに限定されない。
【0019】
「アポEプローブ」とは、選択的に、それぞれアポE2、アポE3、もしくはアポE4対立遺伝子または蛋白質を認識する核酸プローブまたはアポE対立遺伝子特異的抗体を意味する。
【0020】
「非AD神経疾患」とは、神経系のニューロンに関係する、アルツハイマー病意外の任意の疾患を意味する。プリオン病(例えば、クロイツフェルト-ヤコブ病)、発生段階における脳の異常(例えば、アルギニノコハク酸尿症、シスタチオニン尿症、ヒスチジン血症、ホモシスチン尿症、アンモニア過剰血症、フェニルケトン尿症およびチロシン血症などのアミノ酸代謝の先天的異常、ならびに脆弱X染色体症候群)、成熟脳の異常(例えば、神経線維腫症、ハンチントン病、うつ病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症および卒中)、成人期に発症する症状(例えば、クロイツフェルト-ヤコブ病、ハンチントン病、レーヴィ小体病、パーキンソン病、ピック病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、神経線維腫症)、脳損傷、卒中、および多発梗塞性痴呆ならびに脳の異常(例えば、脳の事故、脳損傷、昏睡、種々の菌による感染症、栄養欠乏および循環器系の事故)が特に含まれる。
【0021】
「アルツハイマー病(AD)」とは、内側皮質ニューロンの早期且つ広範な損失によって特徴付けられる病状を意味する。AD患者は、他の原因に起因しない、脳に対する進行性および退行性影響によって同定することができる。剖検時、この疾患は斑および筋原線維が存在することによって診断することができる。
【0022】
「すでに診断されている」とは、神経疾患を有する、神経疾患に対する遺伝的素因を有する、またはその両方であるとすでに診断されていることを意味する。
【0023】
「患者のプロフィール」とは、遺伝薬理学的解析を実施する予定の患者に関するデータを意味する。データは、患者の診断、年齢、性別および遺伝子型に関する情報を含んでもよい。患者のプロフィールはまた血液または精製RNAもしくはDNAなどの患者由来の材料を含んでもよい。
【0024】
「アポE遺伝子型判定」とは、核酸配列決定、PCRもしくはRT-PCR増幅、アポE蛋白質の調査または当業者に利用可能な他の方法により、患者に存在するアポE対立遺伝子の種類および数を決定することを意味する。
【0025】
「対立遺伝子負荷」とは、患者の染色体DNA中のアポE2、3および4対立遺伝子の相対的な比率を意味する。対立遺伝子負荷は、患者の既知のアポE対立遺伝子型の相対的な数を比較することによって判定することができる。
【0026】
「PCRまたはRT-PCR増幅」とは、適当に設計したプライマーの存在下において、DNA断片が合成される、または合成されないことにより、患者の対立遺伝子状態が明らかとなるように、DNA試料をポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)段階に、またはRNA試料を逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction)段階に供することを意味する。
【0027】
「BCHE-K対立遺伝子」とは、539位のアミノ酸残基がアルギニンからスレオニンに変化しており、その結果、他の変異の触媒活性が低下した酵素となるような、ヌクレオチド1615位における点変異を有するブチルコリンエステラーゼ(BChE)遺伝子の多型を意味する。この遺伝子座の他の多型が存在し(例えば、欠失(BCHE*FS4)、ミスセンス変異(BCHE*24M、*1005、*250P、*267R、*330I、*365R、*418S、*515C、*539T)およびナンセンス変異(BCHE*119STOP、*465STOP))が、本発明の範囲に含まれる。
【0028】
「予後計画」とは、遺伝薬理学的方法を使用して臨床医または患者に提供される治療計画を意味する。予後計画は、患者がコリン様治療薬に積極的に応答することができるかどうかを示すことを含む。好ましい態様において、計画は、患者が最も応答すると思われる薬剤用量を示すもの含む。
【0029】
「遺伝薬理学的方法」とは、患者の神経診断ならびに患者のアポEおよび/またはBChE遺伝子型を含む遺伝的データおよび診断データが含まれて、治療の選択および予後を提供する方法である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、ADおよび非AD患者の海馬におけるアポE蛋白質量のウェスタンブロット解析である。
【図2】図2は、ADおよび非AD患者の海馬におけるアポE mRNA発現のノーザンブロット解析図である。
【図3】図3A〜3Fは、ADの海馬におけるE4対立遺伝子のコピー数、濃縮体および老人斑密度を示すグラフである。
【図4】図4Aおよび4Bは、アルツハイマー病におけるE4対立遺伝子のコピー数およびコリンアセチルトランスフェラーゼ活性を示すグラフである。
【図5】図5Aおよび5Bは、マイネルト側坐核およびブロカ対角帯におけるアセチルコリンを合成するニューロンの損失を示すグラフである。
【図6A−D】図6A〜6Jは、非ADおよびAD患者の剖検脳の海馬体および側頭皮質におけるa)コリンアセチルトランスフェラーゼ活性、b)ニコチン受容体密度、c)総ムスカリン受容体密度、d)ムスカリンM1(シナプス後)およびe)ムスカリンM2受容体密度に対するアポE4対立遺伝子コピー数の影響を示すグラフである。
【図6EF】図6A〜6Jは、非ADおよびAD患者の剖検脳の海馬体および側頭皮質におけるa)コリンアセチルトランスフェラーゼ活性、b)ニコチン受容体密度、c)総ムスカリン受容体密度、d)ムスカリンM1(シナプス後)およびe)ムスカリンM2受容体密度に対するアポE4対立遺伝子コピー数の影響を示すグラフである。
【図6G−J】図6A〜6Jは、非ADおよびAD患者の剖検脳の海馬体および側頭皮質におけるa)コリンアセチルトランスフェラーゼ活性、b)ニコチン受容体密度、c)総ムスカリン受容体密度、d)ムスカリンM1(シナプス後)およびe)ムスカリンM2受容体密度に対するアポE4対立遺伝子コピー数の影響を示すグラフである。
【図7】図7は、検討した種々のアルツハイマー病および対照症例の脳のコリン作動性系に関連する個々の神経病理学的および形態学的特徴を示すグラフである。
【図8】図8aおよび8bは、異なるアポE遺伝子型のタクリン治療AD患者におけるAD評価スケール(ADAS)のΔ値(目標値−スクリーン値)を示すグラフである。
【図9】図9Aおよび9Bは、0日目から30週目までの、それぞれタクリンおよびキサノメリンによるADAS-COGスコアのグラフである。
【図10】図10は、図9Aおよび9BのADAS-COGスコアに対するアポE4対立遺伝子の存在の影響を示すグラフである。
【図11】図11は、アポE対立遺伝子負荷の関数として、AD被験者の脳内アポE量のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
発明の詳細な説明
本発明者らは、本明細書において、年齢、性別、遺伝子型、アポE対立遺伝子負荷およびBChE-K対立遺伝子の存在の相関関係を使用して、所与のAD患者または非AD患者の適当な一つもしくは複数の薬物、用量および予後を決定することができることを示す。予後は、相対的な発症年齢および進行速度の予測を含むことができる。
【0032】
コリン作動性ニューロンおよび/またはコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性の損失はADの周知なホールマークである(Perry E. K.ら、1977, J. Neurol. Sci.,34:247 265; Davies P.ら、1976, Lancet, 2:1403)。本発明者らは、アポE4遺伝子型とコリン作動性の欠損との関係を検討し、アポE4対立遺伝子の数が多いほど、アポE量は低いことを観察した。さらに、AD症例の海馬および側頭皮質のChAT活性の低下はアポE4対立遺伝子のコピー数と反比例する(すなわち、アポE4対立遺伝子のコピー数が多い場合には、ChAT活性は低い)。また、本発明者らは、コリン作動性隆起の別のシナプス前マーカーである、ニコチン受容体がアポE4 AD被験者では顕著に減少していることを見出した。逆に、本発明者らは一般的なシナプス後マーカーであるM1-ムスカリン受容体が、アポE4が存在するかどうかにかかわらず、AD被験者および非AD被験者において未変化であることを見出している。M2-ムスカリン受容体である、シナプス前および後複合マーカーもアポE4対立遺伝子の遺伝子投与によって影響を受けない。本発明者らは、またアポE4対立遺伝子が存在することにより、神経疾患の発症年齢が低くなり、予後を悪化させることも観察した。
【0033】
上記の結果は、コリン作動性神経支配の種々の程度の変化に関連する、神経疾患の別個の遺伝子単位の存在を明らかに示している。また、支配程度は、コリン様薬物に応答する能力を含む予後に関連する。
【0034】
本発明者らは、アポE4対立遺伝子負荷とChAT活性の低下との間に関連があると考えており、ニコチン受容体は少なくとも2つの別個の現象によって説明することができる。第1に、アセチルコリン(Ach)を合成する際にコリンの前駆体となることができる、ホスファチジルコリン(PC)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)などのリン脂質は、典型的なアポE-LDL受容体経路を介してニューロン内に輸送されると思われる。アポE4保有脳におけるアイソフォーム依存性のリン脂質の輸送調節の異常により、ADにおいて報告されているPC、PEおよびコリン量の低下の説明がつくと思われる(Pettegrew J.W.,1989 Ann. NY Acad. Sci., 568:5-28; Nitch RMら、1992, Proc. Natl. Acad. Sci.,89: 1671-1675)。また、これによりAch合成能が低下することがある。この仮説は、AD患者の海馬および血小板の膜流動性の変化などの、AD被験者に報告されている膜の欠陥と一致している。ADに報告されているコレステロールの損失およびニコチン結合活性に対するアポE4の影響はアポE4/リン脂質恒常性仮説の異常と一致している。
【0035】
上記に加えて、AD患者および非AD患者のニューロンChAT活性およびコリン量の低下はコリン作動性ニューロンの損失と対応すると思われる。AD患者のマイネルト側坐核(NBM)およびブロカの対角体(DBB)におけるアセチルコリンエステラーゼ陽性ニューロンの数の分析により、アポE3ホモ接合型AD症例に対してアポE4保有患者ではコリン作動性ニューロンが顕著に消失していることが明らかにされた。
【0036】
最初はAD患者および卒中患者に対して作成されたが、アポE対立遺伝子負荷によって変化させられる基礎的な機序はAD特異的ではないので、アポE対立遺伝子負荷および薬物療法に関する本発明者らの観察は非AD神経疾患を概括することができると本発明者らは考える。本発明者らの知見により、患者プロフィールパラメータと共に考慮すると、アポE4対立遺伝子負荷は脳内のコリン作動系の個々の変化を予測できることを示している。他の有用な予測は、アポE4対立遺伝子負荷およびBChE対立遺伝子状態に関してパーキンソン病および多発性硬化症などの疾患の適当な治療法に関係する。コリン様薬ならびに卒中、パーキンソン病および多発性硬化症の症状を軽減するために設計された他の薬物(例えば、アスピリン、抗血栓薬、塩酸チクロピジン(登録商標Ticlid)、レボドバ−カルビドパ(登録商標Sinemet)ならびにインターフェロンβ-1B(登録商標Betaseron))に対して良好に反応する、もしくはあまり反応しない患者の予期-既往(prospective-retrospective)解析を実施例に示す。
【0037】
コリン様薬物は、アポE2またはアポE3対立遺伝子の少なくとも一方を保有する若年被験者および老年被験者における認知能を増強することが知られている。アポE2患者およびアポE3患者では、アセチルコリン作用薬(例えば、M1-作用薬キサノメリン、Eli Lilly)、M2-受容体拮抗薬(例えば、BIBN-99、Boehringer Ingeilheim)、アセチルコリン分解阻害剤(例えば、タクリネ(Parke-Davis)、またはE-2020(Pfizer))などのコリン様薬を、アポE2またはアポE3を有するがアポE4を有しない被験者に投与することにより、認知能が回復または増強されると思われる。遺伝薬理学により、医師は所定の患者のために、いくつかの利用可能な治療から最も適当な治療を選択することができる。
【0038】
本発明は、本発明の範囲を限定するのではなく、本発明を例示するために示される以下の実施例を参照することによってより容易に理解されると思われる。
【実施例】
【0039】
実施例 I
アポE量および対立遺伝子負荷の測定
図1および2は、それぞれの遺伝子型の関数として、非AD患者およびAD患者の海馬のアポE量のウェスタンブロットおよびノーザンブロット解析を示す。
【0040】
剖検患者の凍結海馬をモントリオールのダグラス病院脳バンク(Douglas Hospital Brain Bank)から入手した。年齢と性別を適合させ、剖検遅れは両群においてほぼ同じであった(〜14時間)。24時間までの剖検遅れはアポEの安定性にほとんど影響を与えず(Lehtimaki T., 1991, Clin. Chim. Acta, 203:177-182)、アポE含有組織は、注目に値するほど分解することなく、数ヶ月間-80℃で保存することができる。海馬の全RNAを抽出して、以前に記載されるようにオリゴ(dT)ハイブリダイゼーションによって定量した(Poirier J.ら、1991, Mol. Brain. Res., 11:97-106)。本発明の実験に使用した全長のアポE cRNAプローブを使用するハイブリダイゼーション実験計画も以前に記載されている(Poirier J. ら、1991, Mol. Brain. Res., 9:191-195)。ゴエルツ(Goelz)ら(Goelz S.E.ら、1986, Biochem. Biophys. Res. Comm., 130:118-126)を改良した方法で、高分子量DNAを凍結した小脳または側頭皮質から単離した。
【0041】
メイン(Main)ら(Main R.F.ら、1991, J.Lipid. Res. 32: 183-187)の方法の改良法を使用して、精製脳DNAの対立遺伝子特異的プライマー伸長によりアポE遺伝子型を決定した。メイン(Main)ら(Main R.F.ら、1991, J.Lipid. Res. 32: 183-187)に提供したプライマー配列を使用して、ジェノシス バイオテック(Genosys Biotech)社(テキサス州ウッドランド)が本発明者らのために、プライマー標識D、E、F、GおよびHを合成してくれた。1μgのDNA、デオキシアデノシン三リン酸、デオキシシチジン三リン酸、デオキシチミジン三リン酸およびデオキシグアノシン三リン酸を各0.2 mmol/L、10%ジメチルスルホキシド、プライマーD、E、FまたはGのいずれかを12.5 pmol、プライマーHを25 pmolおよび10μLの10×PCR反応緩衝液(Vector Biosystem、オンタリオ州トロント)を含有する容量50μL中で反応を実施した。まず、反応混合物中のDNAを96℃で10分間変性させ、次いで4℃に冷却した。次いで、1単位のTaqポリメラーゼ(Vector Biosystem、オンタリオ州トロント)を各試料に添加した。各試料を96℃で2分間再加熱し、各サイクルが96℃、10秒間の変性、58℃、30秒間のアニーリング、および65℃、1分間の伸長からなるサーマル・サイクラー中で30サイクル実施した。反応混合物の10μLをTPE緩衝液(0.08 mol/Lのトリス-リン酸塩、0.002 mol/LのEDTA、シグマ(Sigma)社、米国セントルイス)と臭化エチジウム(0.15μg/mL)を含有する1%アガロースゲル中で、67Vで1時間電気泳動することによって、反応産物を可視化した。次いで、ゲルを写真処理し、バンドプロフィールを既知の標準品と比較した。
【0042】
アポE蛋白質の分析は免疫ブロットによって実施した。簡単に説明すると、1μのノイラミニダーゼで前処理した50μgの海馬ホモジネートを長さ25cmのSDSポリアクリルアミドゲル(10%)上に添加し、室温で3時間泳動した。登録商標BIORADトランスブロットセルを使用してニトロセルロースフィルターに移し、ヒトアポE蛋白質に対して生じたポリクローナル抗体(インターナショナル イムノロジー社(International Immunology Corp.)カリホルニア州、希釈1 : 2000)を使用してアポE蛋白質の検出を実施した。抗体と精製アポEとの吸着は34〜36kDaのMWを有するヒトアポE蛋白質の検出を完全に遮断した。分子量マーカー(レインボーマーカー(Rainbow markers)、アマシャム(amersham)社)を隣接ウェルに流し、化学発光検出キット(アマシャム(amersham)社)、カタログ番号RPN2100)を用いてバンドの可視化を行った。一次元ゲル解析ソフトウェアを装備したMCID画像解析システム(ステ−カセリン(Ste-Catherine)社、オンタリオ)を使用してオートラジオグラフ法のシグナルの定量を実施した。
【0043】
結果
AD脳内では、アポE mRNAは存在するが、細胞損失および求心路遮断に応答してアップレギュレーションされないことが示された。本発明者らは、アポE4/AD被験者で報告されているシナプス損失はアポE/LDL受容体経路の選択的な損傷の結果であることを提唱している。図1は、種々の遺伝子型を有するAD被験者の脳内ならびにアポE3/2およびアポE3/3遺伝子型を有する対照被験者の脳内で測定されるアポE量を示す。本発明者らが(標準的な基準を使用して)これまでに調査した90人以下の神経異常老年対照被験者のうち、アポE4対立遺伝子を有する、AD基準を満たす被験者はいなかった。非アポE4被験者に対してアポE4保有者の組織では、アポE濃度の有意な減少が測定された。興味深いことに、ADを発症する危険性、老人斑の蓄積およびAD脳内の濃縮体、ならびにADにおけるコリン作動性機能の消失は、遺伝子型の移行に伴って生じる。損傷の増加はE2/2 → E3/3 → E4/4で、後者の遺伝子型はより悪性の症例のシナリオを表す。
【0044】
本発明者らは、このデータから得られる最も重要な観察は、ADの病状は、アポE4陰性AD被験者におけるよりもアポE4 AD保有被験者における方がはるかに重症である(細胞損失、求心路遮断およびGFAP発現増加等)ということであると考える。しかし、損傷および細胞損失に応答して増加するはずであるアポE量は実際には、同じアポE4患者では低下している。
【0045】
生涯を通じてアポE4/AD保有者である場合、低アポE量である病態生理学的結果
アポE A4保有者である結果に対処するために、本発明者らは、種々のアポE遺伝子型を有するADおよび対照被験者の海馬におけるアポE/アポB(LDL)受容体発現(コレステロールインターナリゼーション)およびHMG-CoA還元酵素発現(コレステロール合成)を調査し、アポE4保有者における脂質運搬低下の結果を評価した。表1は、既知のアポE遺伝子型を有する対照およびAD被験者の剖検脳内のLDL受容体、HMG-CoA還元酵素および神経膠線維酸性蛋白質(GFAP)について測定したmRNA発現率をまとめたものである。ゲルに供するRNAを調整するために、βチューブリンを、変化しない転写物として用いた。局所組織損傷の周知のマーカーであるGFAP mRNA発現率は、アポE3/3 AD被験者と比較すると、アポE4保有者では顕著に増加していた。これは、アポE4保有者の脳組織により多くの細胞損傷が存在するという意見を支持するものである。LDL受容体およびHMG-CoA還元酵素のmRNA発現率は、非アポE4保有者と比較すると、アポE4対立遺伝子を保有するAD被験者では増加することが見出された。コレステロールインターナリゼーションおよび合成のこのような二重の誘導は、コレステロールの非存在下で培養すると、コレステロールの取り込み(LDL受容体を介する)および合成(HMG-CoA還元酵素を介する)が顕著にアップレギュレーションされ、細胞内コレステロールの増加を促進した線維芽細胞とマクロファージで得られた結果に一致した。
【0046】
表1. AD被験者から得られた脳海馬のmRNA発現率

【0047】
言い換えると、アポE4保有者(CNSのリポ蛋白質保有者のみ)の脳内アポE4の低下は、サイズが中程度であっても、正常の定常状態の濃度から枯渇状態へコレステロール代謝を移行させるのに十分であった。これにより、細胞は合成およびインターナリゼーションを双方ともアップレギュレーションすることによって代償させられる。従って、アポE4保有者の脳内で観察されたアポE枯渇がCNSへの脂質輸送をかなり損なう場合があることが考えられる。
【0048】
これらの結果から、未知の遺伝子型を有するAD被験者の脳内コレステロールの報告されている低下の興味深い新たな説明が提供される。
【0049】
実施例 II
アポE4対立遺伝子のコピー数が異なる患者の海馬の異なる3つの領域、すなわちCA 1 小領域、海馬台および副海馬台(parasubiculum)における、アポE4対立遺伝子コピー数と老人斑および神経原線維濃縮体との関連
結果を図3および以下に要約する。
【0050】
方法
図1に記載したように遺伝子型を決定した。老人斑および濃縮体密度の測定は以前に記載したように実施した(Aubert I.ら、1992, J. Neurochem.,58:529-541)。59体の剖検AD患者から得られたパラフィン包埋海馬組織をダグラス病院脳バンク(Douglas Hospital Brain Bank)から入手し、ヘマトキシリンおよびエオシン、改良型ビールチョウスキー(Bielchowsky)ならびにアルカリ性Congo赤(登録商標)で染色した。神経原線維濃縮体および老人斑の定量的な形態測定評価を以下のように実施した。測微計測定用定規を較正に使用した。斑は10倍の対物レンズを用い、濃縮物は25倍の対物レンズを用いて読みとりを実施した。拡散性の斑はこれらの測定から除外した。偏光によるアルカリ性Congo赤(登録商標)染色物のスクリーニングを使用して、濃縮物の染色の信頼性およびわずかではあるが、改良型ビールチョウスキー(Bielchowsky)染色に対する老人斑の親和性を調節した。特発性パーキンソン病(IPD)は、黒質緻密部における着色ニューロンの有意な消失、残存ニューロン中のレーヴィ小体の存在、大量のマクロファージおよび神経膠症が存在することにより診断した。これらの組織学的特徴は、通常、静止振戦、硬直および運動不能などの、IPDの臨終時の典型的な特徴と関連がある。シスタット統計ソフトウェアー(Systat Statistical Software)(登録商標)パッケージの一部として多変量一般線形(Multivariate General Linear)モデル(登録商標)を使用して統計解析を実施した。
【0051】
結果
アポE4対立遺伝子コピー数と老人斑密度との関連は、3カ所全ての海馬領域で非常に強い。アポE4対立遺伝子コピー数と神経原線維濃縮体との関連もCA1および海馬台領域ではかなりの程度であった。これらの結果は、アポE4はADの病態生理学に役割を果たしているという考えを支持している。
【0052】
実施例 III
神経系の異常とアセチルコリン活性との関連
ホスファチジルコリン(PC)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)などの脳内リン脂質は、アセチルコリン(Ach)の律速前駆体であるコリンの利用において重要な役割を果たしていることが報告されている。脳内コリン量はAD前頭皮質および側頭皮質では40〜50%低い(Nitch RMら、1992, Proc. Natl. Acad. Sci., 89: 1671-1675)。同様に、いくつかのコリン作動性受容体サブタイプが適切に機能するためには、明らかにコレステロールが必要である(Jones O.T.&McNamee M.G., 1988, Biochemistry, 27: 2364-2374)。アポE4と、老人斑および神経原線維濃縮体数と、Achとの間に考えられる関係に基づいて、本発明者らは、アポE4の存在と、ADの典型的なホールマークであるコリン作動性機能不全との関連を評価した(Bowen DMら、1981, N. Engl. J. Med., 305:1016; Whitehouse PJら、1982, Science, 215: 1237)。本発明者らは、AD罹患患者および対照被験者の剖検海馬および側頭皮質におけるAch合成に関係する主要酵素であるChAT活性の測定に注目した。
【0053】
方法
図4および図6は、海馬および側頭皮質ChAT活性に対するアポE4アイソフォームの存在の影響を例示する。
生化学的アッセイを実施するため、脳左半球組織を切開して厚い(10 mm)皮スライスを作成し、-40℃の2-メチルブタンで急速に凍結してから、-80℃で保存した。海馬および側頭皮質領域から得た組織をホモジナイズし、別の文献に以前に詳細に記載したように、[14C]アセチル-CoAを含有する緩衝液中で15分間インキュベートした(Aubert I.ら、1992, J. Neurochem., 58: 529-541)。剖検診断は図3に記載するように実施した。図1に記載するように、アポリポ蛋白質E遺伝子型を決定した。
【0054】
結果
アポE4保有者ではChAT活性のかなりの低下が観察された。海馬では(AD22人および対照7人)、ChAT活性値はそれぞれ9.44±0.93(対照アポE3/3、アポE4対立遺伝子なし)、6.09±0.36(ADアポE3/3、アポE4対立遺伝子なし)、3.21±0.31(ADアポE4/3)および2.94±1.52(ADアポE4/4)nmol Ach/mg蛋白質/時間である。統計解析から、対照アポE3/3 ChAT値がADアポE3/3群(p<0.05)およびアポE4/3群(P<0.0001)と有意に異なるが、ADアポE3/3 ChAT量はADアポE4/3群(p<0.0001)と有意に異なったこと、および入手可能なアポE4同型接合型の数が少なかったので、統計評価を実施することができなかったが、アポE4/4群も同様であることが示される。同様の結果は、それぞれ、7.48±0.74(対照アポE3/3)、5.65±0.33(ADアポE3/3)、2.91±0.66(ADアポE4/3)および1.56±0.47(ADアポE4/4)nmol Ach/mg蛋白質/時間のChAT活性値を有する側頭皮質(AD26被験者および対照7人)で得られた。統計解析から、対照アポE3/3 ChAT値は全AD群(アポE3/3はp<0.05、アポE4/3はp<0.001)と有意に異なるが、ADアポE3/3 ChAT量はADアポE4/3群(P<0.002)およびアポE4/4群(p<0.02)と有意に異なったことが示される。
【0055】
特定の説明に結びつけたくはないが、本発明者らは、アポE4対立遺伝子コピー数に関連したChAT活性およびニコチン受容体の低下は2つの別個の現象の少なくとも1つによると提唱している。第一に、Ach合成においてコリンの前駆体となりうるPCおよびPEなどのリン脂質は典型的なアポE-LDL受容体経路を介してニューロン内に輸送されると思われる。アポE4保有者の脳内におけるリン脂質輸送調節のアイソフォーム依存性障害はADで報告されているPC、PEおよびコリンの量の低下を説明すると思われる。次いで、これはAch合成能の低下に到る。または、ニューロンのChAT活性およびコリン量の低下はコリン作動性ニューロンの損失に二次的であると思われる。少数のAD患者(n=7)のマイネルト側坐核(NBM)およびブロカの対角バンド(DBB)中のアセチルコリンエステラーゼ陽性ニューロンの数の分析から、アポE3同型接合型AD症例に対してアポE4のコリン作動性ニューロンが顕著に損失していることが明らかとなった(NBMでは70%低下、DBBでは45%低下、図5)。
【0056】
これらの結果は、神経疾患に対する別個の遺伝的要素が存在すること、および例えば、ADなどの疾患は、ChAT活性およびニコチン受容体の存在によって明らかにされるように、コリン作動性活性の変化の程度が異なることを明らかに示している。本発明者らのデータはまた、アポE3/3保有者のコリン作動性の機能を与えることができること、およびこれらの患者はコリン様薬剤に基づいた治療に対して良好に応答すると思われることを示唆している。
【0057】
実施例 IV
コリン様薬剤により治療した被験者の追加の神経化学的変化および治療応答性
方法
i)コリン作動性マーカーの剖検研究
症例選択とアポE遺伝子型判定:散発性ADの剖検確認後の84症例の個体(女性35例、77.3+8.7歳;男性49例、76.1+9.5歳)および14例の対照個体(女性8例、71.6+3.6歳;男性6例、66.4+3.1歳)に由来する凍結組織をカナダ、モントリオールのダグラス病院脳バンク(Douglas Hospital Brain Bank)から入手した。平均剖検遅れはADおよび対照被験者でそれぞれ17.2+1.3時間および20.0+4.6時間であった。おそらく、アポE4/4同型接合個体は全患者集団の1%より少ないということのために、アポE4/4同型接合被験者の入手性は非常に低いことに注目すべきである。
【0058】
遺伝子型解析のための高分子量DNAを、適合された凍結小脳または側頭皮質組織から単離した(Nalbantoglu J.ら、1994, Ann. Neurol. 36:889-895)。実施例Iに記載したプライマーおよび方法を使用して、精製脳DNAの対立遺伝子特異的プライマー伸長によりアポE遺伝子型を決定した。
【0059】
神経病理学的解析:別の文献に詳細に記載したように、神経原線維濃縮体および老人斑指数を測定した(Aubert I.ら、1992, J. Neuro Chem., 58:529-541; Etienne P.ら、1986, Neuroscience, 19:1279 1291)。海馬組織切片(15μm;パラフィン包埋)をヘマトキシリンおよびエオシン、改良型ビールチョウスキー(Bielchowsky)染色またはアルカリ性Congo赤(登録商標)で染色して、神経原線維濃縮体および老人斑を可視化した。神経原線維濃縮体および老人斑の定量的形態測定評価を、測微計測定用定規を較正に使用し、老人斑は10倍の対物レンズを用い、神経原線維濃縮体は25倍の対物レンズを用いて実施した。拡散性の斑は全ての測定から除外した。偏光によるアルカリ性Congo赤(登録商標)染色物のスクリーニングを使用して、神経原線維濃縮物の染色の信頼性およびわずかではあるが、改良型ビールチョフスキー(Bielchowsky)染色に対する老人斑の親和性を調節した。これらの基準はカチャツリアン(Khachaturian)の分類に使用されるものと同じである(Aubert I.ら、1992, J. Neurochem., 58:529-541)。
【0060】
ii)対照およびAD被験者の剖検脳におけるコリン作動性機能
材料:[3H]QNB(45.7Ci/mmol)、[3H]PZ(87.0Ci/mmol)、[3H]AF-DX116(49.3、57.0または70.0Ci/mmol)、[3H]MCC(84.5Ci/mmol)および[4C]アセチル-CoA(48.8mCi/mmol)はニューイングランドヌクレアー(New England Nuclear)(米国、マサチューセッツ州、ボストン)から購入した。ニコチン(遊離塩基)、硫酸アトロピン、塩化コリンおよびエセリンヘミ硫酸塩はシグマ ケミカル社(Sigma Chemical Co.)(米国、ミズーリ州セントルイス)から購入した。塩化ACHはホフマン−ラロッシュ(Hoffmann-LaRoche)(スイス、ベーセル)から供給された。未標識アセチル-CoAはベーリンガー マンハイム(Boehringer Mannheim)(ドイツ連邦共和国、マンハイム)から購入した。登録商標テトラフェニルボロン(ナトリウム塩)および3-ヘプタノンはアルドリッチケミカル社(Aldrich Chemical Co.)(米国、ウィスコンシン州ミルウォーキー)から購入した。酢酸エチルはアメリカンケミカルズ社(American Chemicals Co.)(カナダ、ケベック州モントリオール)から購入した。ウシ血清アルブミン(98%脂肪酸を含有しない)およびエコライト(Ecolite)シンチレーション液はICIバイオケミカルズ(ICI Biochemicals)(米国、カリフォルニア州アービン)から購入した。シンチレーショングレードのTriton X-100(登録商標)(100%)はアマシャム(amersham)(米国、イリノイ州アーリントン)から購入した。他の全ての化学物質はフィッシャーサイエンティフィック(Fisher Scientific)(カナダ、ケベック州モントリオール)から購入した。
【0061】
ヒト脳組織は、剖検時に、AD、PDまたはPD/ADと臨床的に診断された個体および神経学的に正常な年齢が合致する対照から得た。組織は、ダグラス病院研究センターの脳バンク(Brain Bank of the Douglas Hospital Reseach Center)より提供された(Y. Robitaille, 神経病理学者)。組織病理学的基準は上記に記載してある。生化学的アッセイに使用する脳組織半球を厚い(10mm)皮質スライスに切開し、-40℃の2-メチルブタンで直ちに凍結してから、-80℃で保存した。生化学アッセイのために、脳組織スライスを冷却プレート上で徐々に解凍し、以下の組織を以下のように切開した:前頭皮質(Brodmann領域9および10)、ならびに側頭皮質(Brodmann領域20、21、22および38)、海馬および小脳(低度の病状の脳領域試料として使用)。
【0062】
iii)結果解析
結合パラメータ(KdおよびBmax値)をコンピュータ化した方法LIGAND(登録商標)により解析した飽和実験から誘導した(Aubert Iら、1992, J. Neurochem.,58:529-541)。対照とAD(0、1、2コピーのE4対立遺伝子)脳組織との間の統計学的有意差をスチューデント・アンペアーt検定(Student's unpaired t test)を使用して評価し、p<0.05を有意差があると考えた。
【0063】
iv)コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性のアッセイ
以前に詳細に記載したように、種々の脳領域の組織をホモジネートし、[14C]アセチル-CoAを含有する緩衝液中で15分間インキュベートし(Aubert I.ら、1992, J. Neurochem., 58:529-541)、ChAT活性を測定した。
【0064】
多数の生化学的および解剖病理学的研究は、ChATなどのコリン作動性マーカー酵素の免疫反応性および活性はAD患者の新皮質および海馬では低下することを示している。図6に示すように、年齢を合致させた対照およびAD被験者の海馬および側頭皮質ではアポE4対立遺伝子コピー数はGhATと負の相関がある。図6AからJでは、各棒は平均値+S.E.M.をいう。群間の有意差は星の数で示す:*=p<O.05;**=p<0.01および***=p<0.001。ChAT活性の顕著な低下がアポE4保有者の脳組織で見られた。異なるアポE4対立遺伝子を有するAD被験者の海馬組織(ADが23人および対照30人)および側頭皮質組織(ADが30人および対照12人)で測定したChAT値を図4に示す。統計解析から、1〜2コピーのアポE4対立遺伝子を有するAD被験者のChAT量は、0〜1コピーのアポE4対立遺伝子を有するADおよび対照被験者と比較して、有意に低いことが示された。
【0065】
側頭皮質および海馬組織に突出する皮質下領域におけるアセチルコリンエステラーゼ陽性ニューロン密度を図7に示す。Ch2、Ch4aおよびCh4i領域のニューロン細胞密度を対照値のパーセントとして表している。核容量をμm3で表し、斑密度を同一患者の海馬の1 mm2あたりの斑数として表している。これらの患者の遺伝子型は最初は不明であった。本発明者らは、遺伝子型を決定すると思われる患者のデータを再分析した。3人のAD被験者はアポE4陰性であったが、4人のAD被験者はアポE4陽性であった。これらの結果から、AD被験者はCh2、Ch4aおよびCh4i領域ではコリン作動性ニューロンが顕著に消失しているというこれまでの結果が明らかに確認され、アポE4対立遺伝子が存在することがCh2、Ch2a(P<0.01)およびCh4i(P<0.05)領域のニューロンの有意な消失を増強していることが強調される。
【0066】
v)ムスカリン部位の全集団に対する[3H]ONBの結合
対照被験者およびAD脳から得た皮質および皮質下組織のパンチ試料を、以前に記載したように、ホモジナイズし、遠心分離し、クレブス緩衝液に再懸濁した。最終的な膜ペレットを約3〜5 mgタンパク質/mlの濃度で緩衝液に懸濁した。膜が豊富なホモジネートの一部(0.6〜1.0 mgタンパク質)を、飽和濃度の[3H]QNB(10 nM)の存在下、総容量0.5 mlのクレブス緩衝液中で、室温(23℃)で60分間インキュベートした。全てのアッセイは2連で実施した。ブランデル細胞回収装置(Brandel Cell Harvester apparatus)(ブランデル(Brandel)社、米国、メリーランド州ガイザーズバーグ)を使用して、0.1%ポリエチレンイミン溶液に予め浸漬しておいた、シェレイヒャー&シュエル(Schleicher&Schuell)第32号ガラスフィルターを介して、減圧下、高速濾過により、結合した[3H]QNBを遊離のリガンドから分離した。次いで、フィルターを、各々4.5 mlの氷冷した緩衝液で速やかに3回洗浄した後、乾燥させた。効率48%のベックマン(Beckman)型番LS7000シンチレンーションカウンターを用いた液体シンチレーション計測によりフィルターの放射能を測定した。1μMの硫酸アトロピンの存在下で規定される非特異的結合は通常総結合の<15%を示す。
【0067】
vi)ヒト脳ムスカリンM1部位に対する[3H]PZの結合
本明細書において以前に記載したように、脳組織を処理した。最終的なホモジネートの一部を、種々の濃度の[3H]PZ(0.1〜20 nM)を含有するクレブス緩衝液中で室温(23℃)で60分インキュベートした。アッセイを停止し、[3H]QNBの結合について上記したように、放射能を測定した。ほぼKd値に近いリガンド濃度において、総結合の存在下で非特異的結合を規定した。
【0068】
vii)ヒト脳ムスカリンM2部位と推定される部位に対する[3H]AF-DX 116の結合
[3H]QNBアッセイについて上記したように、脳組織を処理した。最終的なホモジネートの一部を、種々の濃度の[3H]AF-DX116(0.1〜20 nM)を含有するクレブス緩衝液中で4℃で60分インキュベートした。アッセイを停止し、[3H]QNBの結合について上記したように、放射能を測定した。ほぼKd値に近いリガンド濃度において、通常総結合の40%未満である、非特異的結合を、1μM硫酸アトロピンの存在下で規定した。
【0069】
ムスカリン結合部位(総、M1またはM2)は、対照被験者に対してADの海馬組織では変化がなかった。アポE遺伝子型はこれらの受容体の活性に有意な影響を与えなかった。ムスカリンM1およびM2受容体部位は側頭皮質組織では対照被験者に対してADは変わりなかったが、いわゆる総(QNB)ムスカリン結合部位は対照被験者に対してADはわずかに減少していた(すなわち、この受容体群では遺伝子型の影響は観察されなかった)。
【0070】
viii)ヒト脳ニコチン部位に対する[3H]MCCの結合
試料を50 mMのトリス-HCl緩衝液中でホモジネートしたことを除いて、脳組織を[3H]QNBアッセイについて上記したように処理した。最終的なホモジネートの一部を、種々の濃度の[3H]MMC(0.1〜20 nM)を含有する50mM トリスHCl緩衝液中で4℃で60分インキュベートした。アッセイを停止し、[3H]QNBの結合アッセイについて上記したように、放射能を測定した。非特異的結合を10 μMのニコチンの存在下で規定し、ほぼKd値に近いリガンド濃度において、通常総結合の50%未満となる。
【0071】
結果
ニコチン受容体結合部位は、アポE4対立遺伝子を有しないAD被験者と比較すると、アポE4対立遺伝子を有するAD被験者では有意に減少していたが、対照被験者とは差異はなかった。これと同じ相関が、AD患者から採取した脳試料の海馬および側頭領域の両方でも観察された。
【0072】
これらの結果は、アポE遺伝子型はニューロン細胞の消失に応答して、コリン作動系のシナプスの可塑性に直接影響を与えるという考えと一致する。このモデルにおいて、アポE4は脂質の恒常性を損傷し、その結果膜の再形成に障害を与える。コリン作動系が、神経伝達物質(アセチルコリン)を合成するために(アミノ酸の代わりに)脂質を必要とする脳の唯一の神経伝達物質系であるということにより、脂質の輸送および/または利用性が悪い状況におけるこの系の選択的な易損性がさらに強調される。
【0073】
実施例V
ADヒト患者におけるアセチルコリンエステラーゼ阻害剤による治療:アポE遺伝子型の臨床効果
試験計画
患者をプラセボまたは用量を増加したアセチルコリンエステラーゼ阻害剤タクリンの4つの治療群の1つに無作為割付して、30週の試験を実施した。
【0074】
方法
タクリン治療群では、全患者は40 mg/日の治療を開始した。1つの群は80 mg/日までタクリンを増量させ、検討終了時までこの用量を維持した。他の2つの群は80 mg/日を越えて120 mg/日および160 mg/日まで増量した用量のタクリンを投与した。後者の群の患者だけが本発明の遺伝子型分析に使用できると考えられた。
【0075】
最大用量のタクリン(40 mg/日を6週間、80 mg/日を6週間、120 mg/日を6週間および160 mg/日を12週間で、合計30週)を投与され、薬物の臨床試験を終了した40人のAD患者を、以前に記載したように、血清タンパク質を解析することによるアポE表現型を決定するために選別した(上記およびPoirierら、1993, Lancet 342: 697-699)。患者は薬物治療に対する応答の有無に基づいて選別した。アルツハイマー病評価尺度(Alzheimer's Disease Assessment Scale(ADAS))を使用して、治療効果をモニターした。選別した患者の半数は薬物応答を示した(正のAD差)。次いで、タクリン投与前後に得られたADAS-cogおよびAD総合試験結果を使用して、種々のアポE遺伝子型(例えば、2/2、2/3、3/3、3/4、2/4および4/4)が治療応答に対して与えた影響について患者を調査した。ADAS-cogは、記憶、注意力の期間、推理力、見当識および実行を評価する客観的試験である。経時的なスコアの低下は正の差を示し、改善を示す(Rosen W.G.ら、1984, Am. J. Psychiatr., 141: 1356-1364)。AD総合はADAS評価の認知および非認知部分を含む。
【0076】
結果
遺伝子型別AD被験者におけるコリン作動性薬物に対する応答
図8は、アポE4対立遺伝子負荷の関数として、AD被験者の薬物応答性(ADAD-cogおよびAD総合)を示す。各棒は個々の被験者を示す。正のΔ値(薬物治療の終了時のADスコアマイナス薬物治療前のADスコアで示す差)は、認知脳(ADcog)および総能力(ADAS-総合)の改善を示す。負の値は、薬剤治療期間中に経時的に悪化した患者を示す。この検討では、全ての被験者がAD被験者で、全員同じ薬剤で、同じ量で、同じ期間治療を受けた。これらの被験者を識別した唯一の重要な因子はアポE4対立遺伝子の有無であった。
【0077】
本発明者らの結果は、アポE4陰性被験者の85%より多い被験者がタクリン投与により改善を示すが(AD総合)、アポE4陽性被験者の60%は薬剤治療により後退を経験することを明らかに示している。言い換えると、タクリンに応答しなかった5人の被験者のうち4人はアポE4陽性である。ADAS-cog尺度はアポE4保有者および非保有者において同じような応答プロフィールを示す。
【0078】
合わせて考えると、これらのデータは、AD-E3/3、3/2および2/2被験者におけるコリン作動性の機能は、AD-E4/3、AD-E4/2およびAD-E4/4保有者と比較して、少なくとも部分的に回復したことを明らかに示唆している。さらに重要なことには、この遺伝的感受性により、AD患者の小群はコリン様薬に基づいた治療に対する応答がさまざまであった。E4保有者はAch合成能の損失の危険が他よりも大きかった。異なるアポE遺伝子型を示し、タクリンにより治療したAD患者においてこの仮説を形式的に試験した。予測したとおり、アポE4陰性被験者は、アポE4保有者と比較して、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤タクリン(アセチルコリン代謝増強剤)に極めてよく応答することが見出された。
【0079】
老人の記憶障害のコリン作動性の仮説(Bartus R.T.ら、1982, Science, 217: 408-417)からは、種々のAD患者における種々のコリン様薬に対する臨床応答の不均一性の観察に関して、いくつもの基本的な疑問が生じる。老人AD患者および老人非AD患者におけるコリンおよびレシチンの明らかな有用な効果の欠如は依然として解明されていない。さらに、フィゾスチグミンおよびタクリンなどのエステラーゼ阻害剤の使用に基づいた臨床試験(Davis K.L.ら、1992, N. Engl. J. Med. 327:1253 1259)は、若年被験者と異なり、記憶作業能力を促進するために必要な最適急性用量は個々の年齢の対照被験者およびAD患者間でかなり異なることが報告されている。
【0080】
アポE4対立遺伝子の存在は、現在では、ADにおける残存する脳内コリン作動性神経支配の個人差に寄与する最も重要な因子であり、またコリン作動薬に基づいた治療の臨床成果の明らかな予測因子であると思われる。遺伝子型別AD患者においてモニターしたコリン作動性薬剤に対する臨床応答性から、アポE4保有者は少なくともAch前駆体およびエステラーゼに基づいた治療を使用した場合、良好に応答する可能性は低いことが明らかとなった。
【0081】
実施例 VI
薬物および用量効果に対する性別およびアポE遺伝子型の影響
この試験において、本発明者らは、プラセボまたは種々の用量のタクリンで治療した場合の、治療成果に対するアポE4対立遺伝子負荷の影響を検討するために、タクリンの多施設協同大規模試験の対象としたAD患者の特徴を分析した。患者は性別および用量で分類した。結果を表2に要約する。
【0082】
方法
i)試験計画
30週の試験は、米国の33カ所の施設で実施された無作為割付、二重盲検、プラセボ対照、同時進行臨床試験であった(詳細な方法はKnapp, M.J.ら、JAMA 271: 985-991(1995)を参照のこと)。患者はタクリン治療のため無作為割付され、初回用量40 mg/日(10 mg QID)を投与し、II群、III群およびIV群のそれぞれ最大用量80 mg/日、120 mg/日および160 mg/日まで6週間隔で40 mgずつ増量させて強制滴定した(force-titrated)。I群は30週に渡ってプラセボを投与した。臨床試験実験計画は各試験施設の施設内治験審査委員会により承認されており、ヘルシンキ宣言および臨床試験実施基準の指針に準拠した。
【0083】
30週の試験を終了した患者すなわち試験への参加を終了した患者は、長期のオープンラベル(open-label)のタクリン治療を受けるのに適した。オープンラベル段階では、全患者の初回用量を40 mg/日(10 mg QID)とし、最大用量160 mg/日まで40 mgずつ4週間ごとに増量することができた。オープンラベル段階では治験実施計画が規定するように来院し、患者が安定用量に到達したら、3ヶ月ごとに来院する。用量の記録は全患者から入手することができた。最後の患者が二重盲検段階を終了してから約2年後に、ベースライン時の血漿試料の遺伝子型決定ならびに老人ホーム入所(nursing home placement(NHP)および死亡に関する情報収集を可能にするように治験計画を修正した。修正は、試験施設を介して、最初に無作為割付した663人の患者全員の家族と連絡がとれるように実施した。
【0084】
ii)患者集団
30週の試験に適する患者は、ADと思われる患者を診断するための国立神経障害およびコミュニケーション障害ならびに卒中研究所(National Institute of Neurologial and Communicative Disorders and Stroke(NINCDS)基準を満たす、年齢最低50歳の男女であった。患者は神経障害以外は健康で、錐体疾患、脳血管疾患、心疾患もしくは肝疾患;インスリン依存性糖尿病;または慢性腎不全が認められなかった。試験への参加時の疾患の重症度は、ミニ−精神状態調査(Mini-Mental State Examination(MMSE))に基づいて軽度から中等度と規定した。10〜26のMMSEスコアを対象基準と考えた。書面の同意書は医療提供者および患者または患者の法的代理人から得られた。既知の中枢神経系効果を有する医薬品は二重盲検治療期間中は服用を禁止した。患者が試験の二重盲検段階への参加を終了したら、併用薬の服用は制限しなかった。タクリン治療を停止した患者は他の試験薬を服用することができた。
【0085】
iii)成果の測定
ADAS-Cogは、記憶、言語および実行を評価する客観的な試験であり、患者の能力の感覚的な測定値である(7は最も重症度の高いスコアである)。スコアの低下は改善を示す。
【0086】
CIBICは変化の総合的な評価であり、患者の総合診断中に熟練し、経験のある臨床観察者によって抗痴呆薬の効果が検出されるのに十分大きいかどうかを判定する目的のものである。ベースライン時に、患者の試験能力の調査に加えて、患者および家族により記入される。その後の来院時では、臨床医の評価は、試験能力もしくは家族の観察によらないで、患者の問診にのみ基づく。患者は7点の尺度で判定される。1は非常に良好、4は変化なし、7は非常に悪化している、である。
【0087】
FCCAも7点の尺度である。CIBICと同様に、精神測定試験スコアの調査は除外されるが、家族による記入は許可される。FCCAはCIBICの後および患者が試験を終了したとき、または試験から脱落したときにのみ実施した。
【0088】
2年間の追跡調査機関中に生じた場合には、各施設は死亡日および/またはNHPのデータを提供した。
【0089】
iv)統計方法
プラセボに対してタクリン160 mg/日用量の4つの比較、すなわち(1)アポE4に関する調整を実施しない、(2)アポE4の有無に関する調整を実施する、(3)アポE4対立遺伝子を有する患者および(4)アポE4対立遺伝子を有しない患者を実施した。推定治療差、治療差の95%信頼区間、およびパラメトリックなp値は、無作為割付した患者群(プラセボ、80 mg/日、120 mg/日および160 mg/日)および試験施設の影響を含めた、分散分析(ANOVA)によりコンピュータ処理した。ADAS-Cogの共分散分析(ANCOVA)も共変数としてベースライン時のスコアを含めた。最小二乗手段を使用して、30週目に採取した効果スコアに対するE4対立遺伝子の影響を推定した。
【0090】
治療群、アポE4遺伝子型、施設および(ADAS-Cogの)ベースライン時のスコア、治療とアポE4との相互作用の影響を含めた同様のANOVAおよびANCOVAモデルを使用して、アポE4対立遺伝子保有集団および非保有集団における主要な治療効果の一般化を試験した。
【0091】
改良リディット(ridit)スコアに関するコクラン−マンテル−ヘンスゼル(Cochran-Mantel-Haenszel(CMH))方法を使用し、未調整分析では施設ごとに層別化し、調整分析では施設およびアポE4ごとに層別化することによって、CIBICおよびFCCAスコアを解析した。CIBICおよびFCCAのノンパラメトリックなp値を使用して、タクリン治療の効果が統計学的に有意であるかどうかを判定した。
【0092】
施設およびベースライン時のスコアを調整したANCOVAを使用して、30週目のADAS-Cogスコアの変化を、(1)アポE4対立遺伝子を有するプラセボ患者、(2)アポE4対立遺伝子を有しないプラセボ患者、(3)アポE4対立遺伝子を有するタクリン160 mg/日患者、および(4)アポE4対立遺伝子を有しないタクリン160 mg/日患者について評価した。同様に、30週目に、試験施設の影響を調整したANOVAを使用して、CIBICおよびFCCAスコアを評価した。
【0093】
ベースライン時の生活の器具による活動(Instrumental Activities of Daily Living(IADL))、他の抗痴呆試験薬、年齢、性別およびアポE4の有無を調整したPROC LOGISTIC解析を、ロジスティック回帰を実施するために使用して、NHPおよび死亡データを解析した。患者は服用した最後のタクリン1日用量(0〜40 mg/日、>40〜80 mg/日、>80〜120 mg/日および>120〜160 mg/日)により群に分けた。0〜40mg/日群と他の3つの群との間の推定治療差をオッズ比を使用してコンピュータ処理した。最後のタクリン1日用量の影響の一般化を調べるために、同様のモデルには治療とアポE4との相互作用のさらに別の指示変数を含めた。NHPおよび死亡データも、全ての無作為割付患者についておよびアポE4対立遺伝子保有患者および非保有患者について、アポE4対立遺伝子の有無を調整しないで解析した。
【0094】
結果
表2は、薬物用量、患者の性別およびアポE4対立遺伝子負荷の相関を示し、アポE4対立遺伝子負荷は適当な治療計画を決定する際の重要な要素であることを示している。例えば、アポE4対立遺伝子を保有しない男性は低用量または高用量のどちらでも最良な結果を示し、アポE4対立遺伝子を1つ保有する男性が最大の効果を得るためには高用量を必要とし、アポE4対立遺伝子を2つ保有する男性はタクリンに応答しない。一方、アポE4対立遺伝子を有しない女性は中程度のタクリン用量で最良の結果を示すが、アポE4対立遺伝子を1つ保有する女性はいずれの用量においても等しく良好な結果を示す。男性と同様に、アポE4対立遺伝子を有しない女性は、タクリンに応答しなかった。上記のデータを遺伝薬理学的方法に組み入れると、本発明者らの方法により、臨床医および患者に、所与の患者に最良の効果を示す最低用量を提供する報告が得られた。本発明の結果により、最大の治療薬応答レベルと最低の副作用レベルとを相関させることが可能となる。
【0095】
表2. タクリンで治療し、異なるアポE対立遺伝子負荷を有する男性および女性におけるADAS-Cog改善

ADAS-COGスコアが少なくとも尺度で5ポイント改善された被験者の%。
【0096】
実施例 VII
卒中患者におけるアポE4遺伝子型と薬物治療の成果との関係
方法
本発明者らは、アポE4遺伝子型と薬物治療の成果との間に関係が存在するかどうかを判定するために、51人の卒中患者を分析した。本発明者らの小規模な試験群は、現在卒中であると診断され、現在アスピリンまたは抗血栓薬(例えば、チクロピジン(登録商標Ticlid)のどちらかによる治療中である白人女性から構成されていた。本発明者らの試験群は小規模で、性別による無作為化を行っていないが、本発明の試験の患者は、無作為化したはるかに大規模な北米集団と同様のアポE対立遺伝子分布を有する(表3参照)。患者のアポE遺伝子型を決定するために、5 mlの全血を各患者から採取し、本明細書に記載するアポE対立遺伝子決定の遺伝的材料源として使用した。次いで、患者のアポE遺伝子型を患者の診療記録の情報と比較した。本発明者らは、患者のアポE遺伝子型と卒中の予後との間に考えられる関係を評価するために、患者が卒中発作から回復する速度およびリハビリテーション期間を測定した。
【0097】
結果
表3. 代表的な集団と比較した試験群のアポE対立遺伝子分布

【0098】
アポE遺伝子型と卒中発作から患者を完全に回復させるのにかかる時間との間の関係を測定するために、本発明者らは以下のようにデータを解析した。本発明者らは、試験群を2つの集団、薬物治療により速やかに回復する患者(速い応答者)と薬物治療により徐々に回復する患者(遅い応答者)とに分割し、アポE対立遺伝子の発現であるものを探求した(表4)。
【0099】
表4. 薬物治療により速やかにおよび徐々に完全回復する卒中患者におけるアポE遺伝子型分布

【0100】
これらの2つの集団の遺伝子型を比較したとき、本発明者らは卒中からの回復速度とアポE4対立遺伝子の保有者であることとの関係を観察した。卒中後の薬物治療に対する最も速い応答者は、アポE4対立遺伝子を保有する患者であった(表4)。これらのデータをアポE4対立遺伝子負荷の関数として解析すると、アポE4対立遺伝子負荷がより大きい患者は、良好な回復を成すと過剰に示された(表5)。
【0101】
表5. アポE4遺伝子型負荷と卒中回復との比較

【0102】
発症年齢と薬物治療に対する応答性の解析
アポE遺伝子型と疾患の発症年齢との関係を調べるために、アポE遺伝子型のデータを、最初の卒中発作が生じたときの患者の年齢の関数として解析した(表6)。本発明の試験において、患者の大多数である74%は非アポE4であり、遺伝子型は全年齢群によく分布しており、アポE遺伝子型に関連すると思われる長命による何らかの好ましい結果は最小であった。
【0103】
表6. 患者が卒中発作を起こした年齢の関数としてのアポE4対立遺伝子の分布

【0104】
また、年齢群別のこのデータの解析から、70歳の老年患者群が総括的に疾患に対して良好な応答を示しているように思われたとしても、治療効果に関する大きな差は示さない(表7)。
【0105】
表7. 年齢の関数としての卒中患者の薬物治療効果

【0106】
卒中患者がリハビリテーションに必要とする総時間にアポE遺伝子型が影響を与えるかどうかを調べるために(しばしば、卒中発作の後は長期リハビリテーションが必要となる)、本発明者らは患者のアポE遺伝子型の関数として患者のリハビリテーション時間を解析した。本発明者らは、アポE4対立遺伝子の存在と短期リハビリテーションとの間に直接的で正の関係を観察した(表8)。
【0107】
表8. 患者のアポE遺伝子型の関数としての、組成物中発作後に必要な総リハビリテーション時間

【0108】
患者のアポE遺伝子型が卒中発作直後の回復に影響を与えるかどうかを評価するために、本発明者らは、患者のアポE遺伝子型の関数として、卒中後に速やかに回復させる患者の能力を解析した。本発明者らは、卒中発作直後の回復速度はアポE遺伝子型依存性ではないことを観察した(表9)。
【0109】
表9. 患者のアポE遺伝子型の関数としての、卒中直後の患者回復能力

【0110】
要約すると、本発明者らは、アポE4対立遺伝子の存在と卒中患者の成果との間に直接的な関係が存在することを発見した。本発明者らは、アポE4対立遺伝子は卒中患者に有用となり得ると考える。本発明者らは、さらに、アポE4遺伝子産物の発現または安定性をアップレギュレーションする能力は卒中患者にとって有用な結果をあたえると予測する。本発明は、薬物がアポE4遺伝子または安定性を増強する能力は、例えばリハビリテーション時間を短縮することによって、卒中からの回復を助ける、治療的に有効な薬物としてその薬物を考えてもよいと提案する。
【0111】
実施例 VIII
パーキンソン病患者におけるアポE遺伝子型と薬物治療の成果との関係
方法
本発明者らは、患者のアポE遺伝子型と薬物治療の成果との間に関係が存在するかどうかを調べるために、59人のパーキンソン病(PD)患者を分析した。本発明者らの小規模な群は、PDであると診断され、現在レボドパ−カルビドパ(Sinemet(登録商標))による治療を受けている、白人男性から構成されていた。これらの患者は他のいかなる中枢神経系疾患にも罹患していなかった。患者のアポE遺伝子型を決定するために、5 mlの全血を各患者から採取し、本明細書に記載するアポE対立遺伝子決定の遺伝的材料源として使用した。次いで、患者のアポE遺伝子型を患者の診療記録の情報と比較した。本発明者らの分析は、患者のアポE遺伝子型の関数として、震せんおよび硬直症状を改善するために設計された、治療に対する患者の応答の比較に基づいた。
【0112】
結果
表10. 試験群、大規模集団および異なる年齢群のアポE遺伝子型の分布

【0113】
本発明者らの試験群は小規模であり、性別ごとに無作為化しないが、本発明の試験の患者は、無作為化したはるかに大規模な北米集団と同様のアポE対立遺伝子分布を有する(表10)。本発明者らはまた、異なる年齢群間に同様の分布を観察した。これは、アポE遺伝子型が長命と関係ないことを示唆している(表10)。本発明者らは、薬物治療によく応答した患者(良好な応答者)の平均年齢と、応答が不良であった患者(不良な応答者)との年齢を比較し、同様の平均年齢、64〜67歳を観察した。これにより本発明のデータセットには年齢の関係はないことが確認された。薬物治療に対する良好な応答者と不良な応答者との間のアポE対立遺伝子負荷の解析からも、年齢差は治療の成果に影響を与えないことが明らかにされた。
【0114】
一方、本発明者らは、薬物治療に対する患者の応答とアポE4対立遺伝子負荷との間の強力な負の相関を観察した。硬直および震せん症状の改善によって測定すると、アポE4対立遺伝子を保有しない患者はアポE4対立遺伝子を保有する患者より良好な応答を示した(表11)。従って、本発明者らは、アポE4対立遺伝子の保有とパーキンソン病患者の治療成果との間には直接的な関係が存在すると結論づける。
【0115】
表11. 異なるアポE遺伝子型を有するパーキンソン病患者の薬物応答

【0116】
実施例 IX
多発性硬化症患者におけるアポE遺伝子型と薬物治療の成果との関係
方法
本発明者らは、患者のアポE遺伝子型と薬物治療の成果との間に関係が存在するかどうかを調べるために、65人の多発性硬化症(MS)者を分析した。本発明者らの小規模な群は、MSであると診断され、現在インターフェロンβ−1B(Betaseron(登録商標))による治療を受けている、白人女性から構成されていた。患者のアポE遺伝子型を決定するために、5 mlの全血を各患者から採取し、本明細書に記載するアポE対立遺伝子決定の遺伝的材料源として使用した。次いで、患者のアポE遺伝子型を患者の診療記録の情報と比較した。本発明者らの分析は、患者のアポE遺伝子型の関数として、症状の悪化の薬物治療に対する患者の応答の比較に基づいた。
【0117】
結果
本発明者らは、本発明の試験の患者は、無作為化したはるかに大規模な北米集団と同様のアポE対立遺伝子分布を有することを観察した(表12)。本発明者らはまた、異なる年齢群間に同様の分布を観察した。これは、アポE遺伝子型が長命と関係ないことを示唆している(表12)。
【0118】
表12. 試験群、大規模集団および異なる年齢群のアポE遺伝子型の分布

【0119】
アポE遺伝子型とMSの症状の悪化を軽減するために設計された薬物治療に対する患者の応答との間の関係を調べるために、本発明者らは以下のようにデータを解析した。本発明者らは、試験群を2つの集団、薬物治療の結果発作回数が殆どなかった患者(良好な応答者)および薬物治療にも関わらず発作回数が多い患者(不良な応答者)に分割し、アポE対立遺伝子型が発現するものを探求した(表13)。本発明者らは、試験群およびより大規模集団におけるこれらの遺伝子型の頻度も報告する。本発明者らは、アポE4非保有患者は、アポE4を保有する患者より薬物治療に対してより良好に応答したことを観察した(表13)。
【0120】
表13. 薬物治療に良好に応答するMS患者と不良に応答する患者におけるアポE遺伝子型の分布

【0121】
アポE4対立遺伝子の存在によってこれらの患者を分析したところ、良好に応答する患者とアポE4対立遺伝子の欠失との相関がよりさらに顕著である(表14)。
【0122】
表14. 薬物治療に良好に応答するMS患者と不良に応答する患者におけるアポE対立遺伝子負荷

【0123】
別の分析において、本発明者らは、薬物治療を受けている間の、アポE4対立遺伝子負荷と毎年のMS発作の定量値との相関を検討した。以下の結果を8つの群、治療に対して良好な応答をする軽度な発作と比較した、治療に対して反応が不良な軽度の発作、および同じように比較した重症の発作、に分割する(表15)。本発明者らは、発作の悪化数の減少数を測定したところ、アポE対立遺伝子負荷とMSの薬物治療効果の別個の影響を観察した(表15)。
【0124】
表15. 発作が定量的に変化したMS患者におけるアポE4対立遺伝子負荷

【0125】
これらの結果から、アポリポタンパク質E遺伝子はアルツハイマー病の薬物効果と関係があるだけでなく、卒中、パーキンソン病および多発性硬化症などの異なるCNS疾患の薬物効果に直接関係があることが明らかである。アポE4遺伝子の特殊な役割ならびに疾患に特異的な細胞再生および可塑性の要件に関与することにより、疾患に関連する遺伝子型は疾患ごとに異なると予測される。
【0126】
実施例 X
アポE4およびBCHE-Kの遺伝子解析を使用した卒中事象の危険予後と治療成果の判定
卒中は急性神経事象で、脳の神経組織が死滅し、運動、感覚および/または認知機能が損失する。米国では第3位の死亡原因であると言われている。遺伝的な素因は卒中の病因に重要である。このような素因は高血圧に寄与する遺伝子だけでなく、血圧とは無関係に作用する遺伝子を含む。双子の研究および家族の集合から、多遺伝子性病因を有する卒中に寄与する遺伝的因子の根拠が裏付けられる。
【0127】
卒中病因に寄与する遺伝的因子は十分に確立されていない。以下の遺伝子および多型性が卒中に関係するとされている:ACE挿入/欠失多型、第V因子遺伝子、第VII因子遺伝子、糖タンパク質IIIa遺伝子のPIA2多型、およびインターロイキン1β変換酵素(ICE)遺伝子ファミリー。
【0128】
ブチリルコリンエステラーゼ(BChE)はヒトのほとんどの組織で発現されるが、生体内でのその正確な代謝機能は依然として不明である。アラニン539をスレオニンに変更する、ヌクレオチド1615位の点変異を有する多型遺伝子変異体BCHE-K(GCAからACA)は触媒活性が低下していた(Bartelsら、Am. J. Hum. Genet. 50: 1086-1103, 1992)。レーマン(Lehmann)ら(Hum. Mol. Genet. 11: 1933-1936(1997))による最近の研究は、BCHE-KはアポE4保有者における後発型ADのリスクのさらなる増加に関連があることを示唆している。
【0129】
本発明者らは、アポE4とBCHE-Kとの組み合わせが、個体の卒中を発症するリスクの規定に寄与していることを発見した。本発明者らは、50人の女性卒中患者と64人の年齢と性別を合致させた健康な対照の、アポE4とBCHE-K遺伝子型を調べた(表16)。対照群では、本発明者らは、64人の被験者のうち17人が異型接合型で、64人の被験者のうち4人がBCHE-K対立遺伝子の同型接合型保有者であることを観察した。本発明者らは、64人の被験者のうち15人がアポE4対立遺伝子の1つのコピーを保有することを観察した。このような対立遺伝子の分布は、同定した対立遺伝子頻度のハーディー−ヴェインバーグ(Hardy-Weinberg)平衡に適合する(表16)。卒中患者群では、50人の被験者のうち22人がBCHE-Kの1つのコピーを有し、50人の被験者のうち3人が2つのBCHE-K対立遺伝子を保有することが観察された。これら50人の被験者のうち、15人は1つのアポE4対立遺伝子の保有者であった。同定した保有者の状態は、観察された対立遺伝子頻度のハーディー−ヴェインバーグ(Hardy-Weinberg)集団に一致した(表16)。
【0130】
表16. アポE4およびBCHE-Kの対立遺伝子頻度

【0131】
58歳以上の被験者では、BCHE-Kの対立遺伝子頻度は、対照が0.195で、卒中50症例では0.28で、卒中のオッズ比は1.6(対立遺伝子頻度に基づいて)および2.1(保有者頻度に基づいて)であった(表17)。アポE4保有者では、卒中のオッズ比は約1であった(表17)。
【0132】
表17. BCHE-K対立遺伝子に関する卒中のオッズ比

【0133】
アポE4の対立遺伝子頻度は対照が0.12で、卒中50症例では0.15であり、卒中のオッズ比は1.3(対立遺伝子頻度に基づいて)および1.4(保有者の頻度に基づいて)であった(表18)。BCHE-K保有者では、卒中のオッズ比は1.9であった(保有者の状態に関して算出)(表18)。
【0134】
表18. アポE4対立遺伝子に関する卒中のオッズ比

【0135】
両遺伝子変異の保有者状態を考慮して、本発明者らは、対照と比較して、アポE4およびBCHE-K対立遺伝子の両方を有する保有者では、卒中症例が2倍増加する(8%および18%)ことを発見した。この傾向は、アポE4保有者でも見られる。
【0136】
表19. BCHE-KおよびアポE4の両者を有する、対照と卒中の集団

【0137】
表20に、本発明者らは、対立遺伝子を両方とも有しない対照被験者と比較して、アポE4およびBCHE-Kの少なくとも一つの対立遺伝子を有する被験者の卒中のオッズ比を示す。アポE4およびBCHE-K対立遺伝子の両方を有する、年齢58歳以上の女性被験者では、卒中に罹患するオッズ比は年齢が同じ対照より2.8倍大きい。これらのデータから、このような遺伝子状態の女性保有者は、卒中のリスクがほぼ3倍大きいことが予測される。
【0138】
表20. 卒中のオッズ比

【0139】
要約すると、本発明者らは個体のアポE4およびBCHE-K対立遺伝子状態を調べることは、個体の卒中のリスクを予測する有用な手段となることを見出した。さらに、本発明者らの結果は、予後を予測することによって、患者は疾患が発症する前に予防的治療を開始できることを明らかにしている。例えば、若年成人としての無症状の健康な個体の卒中のリスクを、卒中発作が起きるかなり前に算出することができる。次いで、個体が年齢を重ねたとき、晩年の破局的な卒中発作の可能性を予防または軽減するために、予防的な治療を要望することができる。
【0140】
他の態様
本発明は、その特定の態様に関して説明してきたが、さらに改良を加えることが可能であること、本出願が、一般に、以下に続く本発明の原理、および当技術分野において公知または慣習的な実施の範囲内である本開示から生じる、本発明に関係し以下に列挙する本質的特徴に適用される逸脱を含む本発明のあらゆる改変、用途、または適応をもカバーするものであり、添付の請求の範囲に従うものであることが理解されると思われる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の段階を含む、神経疾患であると診断された患者の予後計画を作成する方法:
a)該疾患であることがすでに診断されている患者を同定する段階、
b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、および
c)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階であって、該予後計画が薬物の効果および患者の結果を予測することを含む段階。
【請求項2】
下記の段階を含む、ADであると診断された患者の予後計画を作成する方法:
a)該疾患であることがすでに診断されている患者を同定する段階、
b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、および
c)段階b)およびc)で得られたデータを予後計画に変換する段階であって、該予後計画が薬物の効果および患者の結果を予測することを含む段階。
【請求項3】
患者プロフィールを入手する段階をさらに含む、請求項1または請求項2記載の方法。
【請求項4】
患者が、プリオン病、発育期神経系異常、老化性神経系異常、神経系損傷、昏睡、神経系感染症、栄養欠乏および循環器系損傷からなる群より選択される疾患であると診断される、請求項1記載の方法。
【請求項5】
プリオン病がクロイツフェルト-ヤコブ病である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
患者がアミノ酸代謝に先天的欠陥を有すると診断される、請求項4記載の方法。
【請求項7】
欠陥が、アルギニノコハク酸尿症、シスタチオニン尿症、ヒスチジン血症、ホモシスチン尿症、アンモニア過剰血症、フェニルケトン尿症およびチロシン血症からなる群より選択される、請求項6記載の方法。
【請求項8】
患者が脆弱X染色体症候群であると診断される、請求項4記載の方法。
【請求項9】
患者が、神経線維腫症、ハンチントン病、うつ病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、卒中、パーキンソン病および多発梗塞性痴呆からなる群より選択される疾患であると診断される、請求項4記載の方法。
【請求項10】
疾患がアルツハイマー病である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
患者プロフィールが該患者の性別判定を含む、請求項3記載の方法。
【請求項12】
患者プロフィールが該患者の遺伝子型を含む、請求項3記載の方法。
【請求項13】
遺伝子型がプレセニリン遺伝子型である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
遺伝子型がアポリポタンパク質C1遺伝子型である、請求項12記載の方法。
【請求項15】
下記の段階を含む、非AD神経疾患を治療する薬物の臨床試験の対象となる非AD患者を同定するための方法:
a)該非AD神経疾患であることがすでに診断されている患者を同定する段階、
b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、および
c)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階であって、該予後計画は、該患者がコリン様薬臨床試験の候補であるか、または非コリン様薬臨床試験の候補であるかを示す段階。
【請求項16】
下記の段階を含む、ADを治療する薬物の臨床試験の対象となるAD患者を同定するための方法:
a)該ADであることがすでに診断されている患者を同定する段階、
b)該患者のアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、および
c)段階b)で得られたデータを予後計画に変換する段階であって、該予後計画は、該患者がコリン様薬臨床試験の候補であるか、または非コリン様薬臨床試験の候補であるかを示す段階。
【請求項17】
下記の段階を含む、ヒトがコリン様認識増強剤に応答するかどうかを判定するための方法:
a)該患者の患者プロフィールを入手する段階、
b)該ヒトのアポE対立遺伝子負荷を判定する段階、および
c)該コリン様薬のレシピエントとしてアポE2またはアポE3対立遺伝子の少なくとも一方を有するヒトを選択する段階。
【請求項18】
患者プロフィールを予後計画に変換するための手段を含む、遺伝薬理学的解析を実施するためのキット。
【請求項19】
変換段階を実施するための手段を有する、請求項15記載のキット。
【請求項20】
患者プロフィールデータをコンパイルするための手段を有する、請求項15記載のキット。
【請求項21】
患者が卒中であると診断される、請求項9記載の方法。
【請求項22】
患者がパーキンソン病であると診断される、請求項9記載の方法。
【請求項23】
患者が、多発性硬化症であると診断される、請求項9記載の方法。
【請求項24】
患者がBChE-K対立遺伝子を有すると判定される、請求項1または2記載の方法。
【請求項25】
患者が、ピック病、レーヴィ小体病および神経線維腫症からなる群より選択される疾患であると診断される、請求項4記載の方法。
【請求項26】
患者のBChE-K対立遺伝子状態を判定する段階をさらに含む、請求項15記載の方法。
【請求項27】
患者のBChE-K対立遺伝子状態を判定する段階をさらに含む、請求項16記載の方法。
【請求項28】
患者のBChE-K対立遺伝子状態を判定する段階をさらに含む、請求項17記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A−D】
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【図6EF】
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【図6G−J】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−152229(P2012−152229A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−117411(P2012−117411)
【出願日】平成24年5月23日(2012.5.23)
【分割の表示】特願2009−113073(P2009−113073)の分割
【原出願日】平成9年12月16日(1997.12.16)
【出願人】(509097851)マクギル ユニバーシティー (3)
【出願人】(509098065)ノヴァ モラキュラー インク. (3)
【Fターム(参考)】