説明

神経系疾患モデル動物及び細胞並びにそれらの用途

【課題】安定的に神経系疾患の病状を呈する遺伝的に均質な神経系疾患モデル動物及び細胞、該モデル動物又は細胞を用いた、より効率的な神経系疾患の治療・予防薬の開発手段の提供。
【解決手段】DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、
(a)大脳皮質の細胞数が減少している、及び/又は
(b)神経突起の成長が抑制されている、及び/又は
(c)大脳皮質形成時の細胞移動が遅延している、及び/又は
(d)オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている
ことを特徴とする動物。
DBZ遺伝子発現不全哺乳動物であって、オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている細胞。
該動物又は細胞に被検物質を適用し、脳の器質的変化、オリゴデンドロサイトの分化又は行動異常の改善を評価することによる、神経系疾患の治療・予防薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経系疾患モデル動物及び細胞並びにそれらの用途に関する。より詳細には、本発明は、Disc1-binding zinc finger protein(DBZ)遺伝子発現不全の神経系疾患モデル動物及び細胞、並びにそれらを用いた神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Disrupted-in-Schizophrenia 1(DISC1)はスコットランドの統合失調症多発家系の連鎖解析から同定された脆弱性因子であり、遺伝子転座により統合失調症をはじめとする神経系疾患を惹起する。しかしながら、全身性に発現しているDISC1の遺伝子異常が何故神経系疾患という脳特異的な病変をもたらすかは明らかにされていない。
【0003】
DISC1の分子機能や細胞内シグナル伝達経路を解明すべく、DISC1と相互作用する因子の探索がなされ、これまでにNdel1、PDE4B、Girdin等のDISC1結合タンパク質が同定されている。本発明者らは、酵母two-hybrid法を用いて成人脳cDNAライブラリーからDISC1結合パートナーをスクリーニングした結果、DISC1と相互作用する新規タンパク質としてDisc1-binding zinc finger protein(DBZ)、Fez1、Kendrinを同定した(非特許文献1、2)。DBZの発現分布は極めて脳特異性が高く、また、神経細胞における発現量を人為的に操作することで神経突起の様態が変化することから、神経系において重要な役割を担っていることが推測されている(非特許文献1)。さらに、DISC1との結合を人為的に撹乱することで神経細胞の種々の機能が変化すること(非特許文献2)から、その機能発現にDSIC1との相互作用が重要であることも推測されている。
【0004】
統合失調症患者では、神経細胞とともに中枢神経系の主たる構成細胞であるオリゴデンドロサイトの細胞数減少・配置異常・形態異常が報告されている。さらに、オリゴデンドロサイトの機能を担う遺伝子の一塩基多型が統合失調症と関連することも報告されており、オリゴデンドロサイトが統合失調症に深く関与していることが示唆されている。しかしながら、これらの統合失調症におけるオリゴデンドロサイト異常の背景にある分子機序は未だ解明されていない。
【0005】
また、オリゴデンドロサイトの主たる役割は神経髄鞘(髄鞘)の形成であるが、その過程(形成や傷害を受けた後の再形成)に異常を呈する代表的な疾患として多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症、感染に伴う髄鞘異常(亜急性硬化症全脳炎、進行性多巣性白質脳症)、中毒・代謝性髄鞘異常(低酸素脳症、橋中心髄鞘破壊症、ビタミンB12欠乏症)、血管性髄鞘異常(Binswanger病)などの中枢神経系疾患に加えてギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群、慢性炎症性脱髄性多発根神経炎などの末梢神経系疾患が知られているが、いずれについても詳細な発症機序は不明である。
【0006】
神経系疾患の発症機序の解明やその治療及び/又は予防薬の開発等のために、神経系疾患の適切なモデル動物が望まれている。適切なモデル動物があれば、例えば一般的な動物行動テスト等によって薬剤の初期のスクリーニング等を簡便に行うことができる。しかし、現在のところ、神経系疾患のモデル動物は未だ確立されているとは言いがたい。例えば、神経系疾患である躁病、うつ病、統合失調症等のモデル動物としては、麻薬類等の薬剤により病状を誘導したモデル動物が繁用されている。しかし、このような動物では、スクリーニングに用いる薬剤と病状を誘導するために投与された薬剤との相互作用が問題となったり、個体によって病状の誘導状態が異なる等、正確で均質なスクリーニングを行うのが困難であった。そのような点から、安定的に神経系疾患の病状を呈し、神経系疾患の治療及び/又は予防薬のスクリーニング等に利用可能な遺伝的に均質な神経系疾患モデル動物の作出が望まれている。
【0007】
遺伝研究の発展に伴い、多くの神経系疾患脆弱性に関わる候補遺伝子が報告され、より確かな遺伝学的要因に基づく神経系疾患モデル動物の作出が期待されている。DISC1については、これまでに多くの変異マウスや子宮内電気穿孔法を用いたRNAiノックダウンマウスが報告されている。一方、DBZについては、遺伝子改変動物はこれまで創出されておらず、DBZの個体レベルでの神経系機能への影響については不明のままである。
【0008】
一方、疾患の治療及び/又は予防薬開発のより初期の段階では、薬効の有無を迅速に予測し、構造の最適化を効率よく行うために、より少量で多検体を短時間で評価し得るin vitroスクリーニング系の構築が必須である。しかしながら、統合失調症におけるオリゴデンドロサイト異常や、種々の神経疾患における髄鞘形成の異常をよく反映したモデル細胞は得られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Mol. Psychiatry.,12(4): 398-407, 2007
【非特許文献2】Neurochem. Int., 51(2-4): 165-72, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、(1)安定的に神経系疾患の病状を呈する遺伝的に均質な神経系疾患モデル動物、及び(2)統合失調症におけるオリゴデンドロサイト異常や、種々の神経疾患における髄鞘形成の異常をよく反映したモデル細胞を提供し、該モデル動物及び細胞を用いて神経系疾患の治療及び/又は予防薬の候補物質をスクリーニングすることにより、より効率的に神経系疾患の治療・予防薬を開発し得る手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、神経系疾患の発症脆弱因子の候補遺伝子としてDBZに着目し、DBZノックアウト動物を作製し解析したところ、ヒト神経系疾患、とりわけ統合失調症においてみられる脳の器質的変化に類似する変化が生じることを見出した。
本発明者らはまた、in vitro細胞培養系を用いてDBZ遺伝子発現とオリゴデンドロサイト分化の相関を調べたところ、オリゴデンドロサイトの分化に伴ってDBZ遺伝子の発現が上昇すること、siRNAを用いてDBZ遺伝子発現を抑制するとオリゴデンドロサイトの分化が抑制されることを見出した。さらに、上記DBZノックアウト動物において、オリゴデンドロサイトの分化が抑制されていることを見出し、DBZが統合失調症におけるオリゴデンドロサイト異常に深く関与しているのみならず、髄鞘異常を呈する疾患にも関与し得ることを明らかにした。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに到った。
【0012】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、
(a)大脳皮質の細胞数が減少している、及び/又は
(b)神経突起の成長が抑制されている、及び/又は
(c)大脳皮質形成時の細胞移動が遅延している、及び/又は
(d)オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている
ことを特徴とする動物。
[2]非ヒト哺乳動物がマウス又はラットである、上記[1]記載の動物。
[3]非ヒト哺乳動物がマウスである、上記[1]記載の動物。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の動物由来の脳組織。
[5]神経系疾患モデルとしての、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の動物又は上記[4]記載の脳組織の使用。
[6]神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[5]記載の使用。
[7]神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[5]記載の使用。
[8]以下の工程:
(1)上記[1]〜[3]のいずれかに記載の動物又は上記[4]記載の脳組織に被検物質を適用する工程、
(2)該動物の大脳皮質の細胞数、該動物の中枢神経組織における神経突起の成長、該脳組織における細胞移動、又は該動物の脳におけるオリゴデンドロサイトの分化を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、大脳皮質の細胞数が増加し、神経突起の成長が促進され、細胞移動が促進され、又はオリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
[9]以下の工程:
(1)上記[1]〜[3]のいずれかに記載の動物に被検物質を投与する工程、
(2)該動物における行動異常を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、行動異常が改善されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
[10]神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[8]または[9]記載の方法。
[11]神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[8]又は[9]記載の方法。
[12]以下の工程:
(1)DBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞に被検物質を接触させる工程、
(2)該細胞をオリゴデンドロサイトに分化誘導する工程、
(3)上記(2)により得られる細胞集団におけるオリゴデンドロサイトの分化の程度を調べる工程、及び
(4)被検物質を接触させなかった場合と比較して、オリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
[13]神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[12]記載の方法。
[14]神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、上記[12]記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のDBZ遺伝子発現不全動物及び細胞はヒトの神経系疾患、特に統合失調症や髄鞘異常を伴う疾患の病態をよく反映するので、当該疾患のモデル動物及びモデル細胞として使用することができ、特に該動物に新薬候補物質を投与して行動試験などに供することにより、該物質のヒト神経系疾患における治療及び/又は予防有効性を効率よく予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】DBZノックアウトマウス作製に用いたターゲッティングベクター、並びに相同組換えの結果生じる変異アレルの物理的地図である。
【図2】DBZノックアウトマウスにおけるDBZ遺伝子座への相同組換え(A及びB)及びDBZ遺伝子発現の不活性化(C及びD)を示すゲノミックPCR、RT-PCR及びウェスタンブロットの結果を示す図である。定量的RT-PCRでは内部標準としてGAPDHを用いた。図2Cの縦軸は、野生型マウスにおけるGAPDHで補正後のDBZ遺伝子発現量を100%としたときの相対発現量(%)を示す。
【図3】DBZノックアウトマウスの脳の全体構造を示す図である。上パネルはKB染色、下パネルはニッスル染色の結果を示す。Wt:野生型マウス、Ht:ヘテロ接合DBZノックアウトマウス、Ho:ホモ接合DBZノックアウトマウス。
【図4】成体DBZノックアウトマウスの大脳皮質(感覚運動野)における細胞数の減少を示す図である。Wt:野生型マウス、KO:DBZノックアウトマウス。
【図5】成体DBZノックアウトマウスの大脳皮質における細胞数の減少を示す図である。上図の上パネルは野生型マウス、下パネルはホモ接合DBZノックアウトマウスの大脳皮質切片のニッスル染色写真を示す。下図は大脳皮質各層における野生型マウスに対する相対細胞数を示すグラフである。WT:野生型マウス、Ho:ホモ接合DBZノックアウトマウス。*:p<0.05
【図6】幼若DBZノックアウトマウス(P3)の大脳皮質における細胞数の減少を示す図である。上図の左パネルは切片全体のニッスル染色図、右パネルは各層毎の染色図を示す。下図は大脳皮質各層における野生型マウスに対する相対細胞数を示すグラフである。WT:野生型マウス、Ho:ホモ接合DBZノックアウトマウス。*:p<0.05
【図7】胎生(E17.5)及び幼若(P3)DBZノックアウトマウスの皮質板(大脳皮質)における細胞数の減少を示す図である。左図は胎生マウス、右図は幼若マウスの脳組織切片のニッスル染色写真を示す。Wt:野生型マウス、KO:DBZノックアウトマウス。MZ:辺縁帯、CP:皮質板、IZ:中間帯、SVZ/VZ:脳室下帯/脳室帯。
【図8】幼若DBZノックアウトマウス(P3)脳では神経突起成長が抑制されていることを示す図である。写真は錐体細胞をゴルジ染色した結果を示しており、DBZノックアウトマウス(KO)の樹状突起は、野生型マウス(WT)に比べて細く枝分かれが少ないことがわかる。
【図9】胎生DBZノックアウトマウス(E17.5)では大脳皮質形成時の神経細胞移動が遅延していることを示す図である。左図は胎仔脳切片の全体のBrdU取り込み細胞の染色像であり、右図は左図の四角で囲んだ部分の拡大図である。Wt:野生型マウス、KO:DBZノックアウトマウス。CP:皮質板、IZ:中間帯、VZ/SVZ:脳室帯/脳室下帯。
【図10】オリゴデンドロサイト(OL)、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)、神経細胞(Neu)及びアストロサイト(Ast)の初代培養におけるDBZ遺伝子の発現を示す図である(左図)。オリゴデンドロサイトの分化誘導とDBZ遺伝子発現の関係を示す図である(右図)。横軸はPDGF除去後の時間を示す。
【図11】siRNAによるDBZ発現抑制によりオリゴデンドロサイトの分化が抑制されることを示す定量的RT-PCRの結果を示す図である。DBZ(左上図)、MAG(右上図)、MBP(左下図)、CNPase(右下図)。
【図12】siRNAによるDBZ発現抑制によりオリゴデンドロサイトの分化が抑制されることを示すウェスタンブロッティングの結果(上図)及び免疫染色像(下図)である。
【図13】生後10日齢のDBZノックアウトマウスにおけるミエリン形成の低下を示す免疫染色像である。WT:野生型マウス、KO:DBZノックアウトマウス。MAG(左パネル)、MBP(右パネル)。Cx:大脳皮質、CC:脳梁
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物を提供する。DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物とは、内在性DBZの発現が不活性化された非ヒト哺乳動物を意味し、DBZ遺伝子がノックアウト(KO)されたES細胞から作製されるDBZ KO動物の他、アンチセンスもしくはRNAi技術によりDBZ遺伝子の発現が不活性化されたノックダウン(KD)動物なども含まれる。ここで「ノックアウト(KO)」とは、内在性遺伝子を破壊したり、除去したりすることにより完全なmRNAを産生不能にすることを意味し、他方、「ノックダウン(KD)」とは、mRNAから蛋白質への翻訳を阻害することにより、結果的に内在性遺伝子の発現を不活性化することを意味する。以下、本発明のDBZ遺伝子KO/KD動物を、単に「本発明のKO/KD動物」という場合がある。
【0016】
本発明で対象とし得る「非ヒト哺乳動物」は、トランスジェニック系が確立されたヒト以外の哺乳動物であれば特に制限はなく、例えば、マウス、ラット、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、ラット、マウスなどが挙げられる。好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター等であり、なかでも疾患モデル動物作製の面から個体発生および生物サイクルが比較的短く、繁殖が容易な齧歯動物がより好ましく、とりわけマウス(例えば、純系としてC57BL/6系統、BALB/c系統、DBA2系統など、交雑系としてB6C3F1系統、BDF1系統、B6D2F1系統、ICR系統など)およびラット(例えば、Wistar、SDなど)が好ましい。
また、哺乳動物以外にもニワトリなどの鳥類を、本発明で対象とする「非ヒト哺乳動物」と同様の目的に用いることができる。
【0017】
DBZ遺伝子をノックアウトする具体的な手段としては、対象非ヒト哺乳動物由来のDBZ遺伝子(ゲノムDNA)を常法に従って単離し、例えば、(1)そのエキソン部分やプロモーター領域に他のDNA断片(例えば、薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子等)を挿入することによりエキソンもしくはプロモーターの機能を破壊するか、(2)Cre-loxP系やFlp-frt系を用いてDBZ遺伝子の全部または一部を切り出して該遺伝子を欠失させるか、(3)蛋白質コード領域内へ終止コドンを挿入して完全な蛋白質の翻訳を不能にするか、あるいは(4)転写領域内部へ遺伝子の転写を終結させるDNA配列(例えば、polyA付加シグナルなど)を挿入して、完全なmRNAの合成を不能にすることによって、結果的に遺伝子を不活性化するように構築したDNA配列を有するDNA鎖(以下、ターゲッティングベクターと略記する)を、相同組換えにより対象非ヒト哺乳動物のDBZ遺伝子座に組み込ませる方法などが好ましく用いられ得る。
【0018】
該相同組換え体は、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)への上記ターゲッティングベクターの導入により取得することができる。
ES細胞は胚盤胞期の受精卵の内部細胞塊(ICM)に由来し、インビトロで未分化状態を保ったまま培養維持できる細胞をいう。ICMの細胞は将来、胚本体を形成する細胞であり、生殖細胞を含むすべての組織の基になる幹細胞である。ES細胞としては、既に樹立された細胞株を用いてもよく、また、EvansとKaufmanの方法(ネイチャー(Nature)第292巻、154頁、1981年)に準じて新しく樹立したものでもよい。例えば、マウスES細胞の場合、現在、一般的には129系マウス由来のES細胞が使用されているが、免疫学的背景がはっきりしていないので、これに代わる純系で免疫学的に遺伝的背景が明らかなES細胞を取得するなどの目的で、例えば、C57BL/6マウスやC57BL/6の採卵数の少なさをDBA/2との交雑により改善したBDF1マウス(C57BL/6とDBA/2とのF1)から樹立されるES細胞なども良好に用いることができる。BDF1マウスは、採卵数が多く、かつ卵が丈夫であるという利点に加えて、C57BL/6マウスを背景に持つので、これ由来のES細胞は疾患モデルマウスを作製したとき、C57BL/6マウスと戻し交雑することでその遺伝的背景をC57BL/6マウスに代えることが可能である点で有利に用い得る。
【0019】
ES細胞の調製は、例えば以下のようにして行うことができる。交配後の雌非ヒト哺乳動物[例えばマウス(好ましくはC57BL/6J(B6)などの近交系マウス、B6と他の近交系とのF1など)を用いる場合は、約2ヶ月齢以上の雄マウスと交配させた約8〜約10週齢程度の雌マウス(妊娠約3.5日)が好ましく用いられる]の子宮から胚盤胞期胚を採取して(あるいは桑実胚期以前の初期胚を卵管から採取した後、胚培養用培地中で上記と同様にして胚盤胞期まで培養してもよい)、適当なフィーダー細胞(例えばマウスの場合、マウス胎仔から調製される初代線維芽細胞や公知のSTO線維芽細胞株等)層上で培養すると、胚盤胞の一部の細胞が集合して将来胚に分化するICMを形成する。この内部細胞塊をトリプシン処理して単細胞を解離させ、適切な細胞密度を保ち、培地交換を行いながら、解離と継代を繰り返すことによりES細胞が得られる。
【0020】
ES細胞は雌雄いずれを用いてもよいが、通常雄のES細胞の方が生殖系列キメラを作製するのに都合が良い。また、煩雑な培養の手間を削減するためにもできるだけ早く雌雄の判別を行うことが望ましい。ES細胞の雌雄の判定方法としては、例えば、PCR法によりY染色体上の性決定領域の遺伝子を増幅、検出する方法が、その1例として挙げられる。この方法を使用すれば、従来、核型分析をするのに約106個の細胞数を要していたのに対して、1コロニー程度のES細胞数(約50個)で済むので、培養初期におけるES細胞の第一次セレクションを雌雄の判別で行なうことが可能であり、早期に雄細胞の選定を可能にしたことにより培養初期の手間は大幅に削減できる。
また、第二次セレクションは、例えば、G-バンディング法による染色体数の確認等により行うことができる。得られるES細胞の染色体数は正常数の100%が望ましい。
【0021】
このようにして得られるES細胞株は、未分化幹細胞の性質を維持するために注意深く継代培養することが必要である。例えば、STO線維芽細胞のような適当なフィーダー細胞上で、分化抑制因子として知られるLIF(1〜10,000U/ml)存在下に炭酸ガス培養器内(好ましくは、5%炭酸ガス/95%空気または5%酸素/5%炭酸ガス/90%空気)で約37℃で培養するなどの方法で培養し、継代時には、例えば、トリプシン/EDTA溶液(通常0.001〜0.5%トリプシン/0.1〜5mM EDTA、好ましくは約0.1%トリプシン/1mM EDTA)処理により単細胞化し、新たに用意したフィーダー細胞上に播種する方法などがとられる。このような継代は、通常1〜3日毎に行なうが、この際に細胞の観察を行い、形態的に異常な細胞が見受けられた場合はその培養細胞は放棄することが望まれる。
【0022】
ES細胞は、適当な条件により、高密度に至るまで単層培養するか、または細胞集塊を形成するまで浮遊培養することにより、頭頂筋、内臓筋、心筋などの種々のタイプの細胞に分化させることが可能であり〔M. J. Evans及びM. H. Kaufman, ネイチャー(Nature)第292巻、154頁、1981年;G. R. Martin, プロシーディングズ・オブ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンシーズ・ユーエスエー(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.)第78巻、7634頁、1981年;T. C. Doetschmanら, ジャーナル・オブ・エンブリオロジー・アンド・エクスペリメンタル・モルフォロジー、第87巻、27頁、1985年〕、本発明のターゲッティングベクターを導入されたES細胞を分化させて得られるDBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物細胞は、インビトロにおけるDBZの細胞生物学的検討において有用である。
【0023】
例えば、ターゲッティングベクターが、DBZ遺伝子のエキソン部分やプロモーター領域に他のDNA断片を挿入することにより、該エキソンもしくはプロモーターの機能を破壊すべく設計されたものである場合、当該ベクターは、例えば、以下のような構成をとることができる。
【0024】
まず、相同組換えにより、DBZ遺伝子のエキソンもしくはプロモーター部分に他のDNA断片が挿入されるために、ターゲッティングベクターは、当該他のDNA断片の5’上流および3’下流に、それぞれ標的部位と相同な配列(5’アームおよび3’アーム)を含む必要がある。例えば、後記実施例においては、エキソン2を破壊するように、ターゲッティングベクターは、挿入される他のDNA断片の5’上流側にDBZ遺伝子のイントロン1領域と相同な配列を含み、3’下流側にはイントロン2〜エキソン3の一部にわたる領域と相同な配列を含む。
【0025】
挿入される他のDNA断片は特に制限はないが、薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子を用いると、ターゲッティングベクターが染色体へ組み込まれたES細胞を、薬剤耐性もしくはレポーター活性を指標として選択することができる。ここで薬剤耐性遺伝子としては、例えば、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(nptII)遺伝子、ハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ(hpt)遺伝子などが、レポーター遺伝子としては、例えば、β-ガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子などがそれぞれ挙げられるが、それらに限定されない。
【0026】
薬剤耐性もしくはレポーター遺伝子は、哺乳動物細胞内で機能し得る任意のプロモーターの制御下にあることが好ましい。例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)ロングターミナルリピート(LTR)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)LTR、マウス白血病ウイルス(MoMuLV)LTR、アデノウイルス(AdV)由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、並びにβ-アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成蛋白質遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。しかしながら、薬剤耐性もしくはレポーター遺伝子がDBZ遺伝子の内在性プロモーターの制御下におかれるようにDBZ遺伝子内に挿入される場合は、ターゲッティングベクター中に該遺伝子の転写を制御するプロモーターは必要でない。
【0027】
また、ターゲッティングベクターは、薬剤耐性もしくはレポーター遺伝子の下流に、該遺伝子からのmRNAの転写を終結させる配列(ポリアデニレーション(polyA)シグナル、ターミネーターとも呼ばれる)を有していることが好ましく、例えば、ウイルス遺伝子由来、あるいは各種哺乳動物または鳥類の遺伝子由来のターミネーター配列を用いることができる。好ましくは、SV40由来のターミネーター、PGK遺伝子由来のターミネーターなどが用いられる。
【0028】
通常、哺乳動物における遺伝子組換えは大部分が非相同的であり、導入されたDNAは染色体の任意の位置にランダムに挿入される。したがって、薬剤耐性やレポーター遺伝子の発現を検出するなどの選択(ポジティブ選択)によっては相同組換えにより標的となる内在性DBZ遺伝子にターゲッティングされたクローンのみを効率よく選択することができず、選択されたすべてのクローンについてサザンハイブリダイゼーション法もしくはPCR法による組込み部位の確認が必要となる。そこで、ターゲッティングベクターの標的配列に相同な領域の外側に、例えば、ガンシクロビル感受性を付与する単純ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ(HSV-tk)遺伝子を連結しておけば、該ベクターがランダムに挿入された細胞はHSV-tk遺伝子を有するため、ガンシクロビル含有培地では生育できないが、相同組換えにより内在性DBZ遺伝子座にターゲッティングされた細胞はHSV-tk遺伝子を有しないので、ガンシクロビル耐性となり選択される(ネガティブ選択)。あるいは、HSV-tk遺伝子の代わりに、例えばジフテリア毒素遺伝子を連結すれば、該ベクターがランダムに挿入された細胞は自身の産生する該毒素によって死滅するので、薬剤非存在下で相同組換え体を選択することもできる。
【0029】
ES細胞へのターゲッティングベクターの導入には、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、レトロウイルス感染法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、DEAE-デキストラン法などのいずれも用いることができるが、上述のように、哺乳動物における遺伝子組換えは大部分が非相同的であり、相同組換え体が得られる頻度は低いので、簡便に多数の細胞を処理できること等の点からエレクトロポレーション法が一般的に選択される。エレクトロポレーションには通常の動物細胞への遺伝子導入に使用されている条件をそのまま用いればよく、例えば、対数増殖期にあるES細胞をトリプシン処理して単一細胞に分散させた後、106〜108細胞/mlとなるように培地に懸濁してキュベットに移し、ターゲッティングベクターを10〜100μg添加し、200〜600V/cmの電気パルスを印加することにより行なうことができる。
【0030】
ターゲッティングベクターが組み込まれたES細胞は、単一細胞をフィーダー細胞上で培養して得られるコロニーから分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることによっても検定することができるが、他のDNA断片として薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子を使用した場合は、それらの発現を指標として細胞段階で形質転換体を選択することができる。例えば、ポジティブ選択用マーカー遺伝子としてnptII遺伝子を含むベクターを用いた場合、遺伝子導入処理後のES細胞をG418などのネオマイシン系抗生物質を含有する培地中で培養し、出現した耐性コロニーをトランスフォーマントの候補として選択する。また、ネガティブ選択用マーカー遺伝子として、HSV-tk遺伝子を含むベクターを用いた場合、ガンシクロビルを含有する培地中で培養し、出現した耐性コロニーを相同組換え体の候補として選択する。得られたコロニーをそれぞれ培養プレートに移してトリプシン処理、培地交換を繰り返した後、一部を培養用として残し、残りをPCRもしくはサザンハイブリダイゼーションにかけて導入DNAの存在を確認する。
【0031】
導入DNAの組込みが確認されたES細胞を同種の非ヒト哺乳動物由来の胚内に戻すと、宿主胚のICMに組み込まれてキメラ胚が形成される。これを仮親(受胚用雌)に移植してさらに発生を続けさせることにより、キメラKO動物が得られる。キメラ動物の中でES細胞が将来卵や精子に分化する始原生殖細胞の形成に寄与した場合には、生殖系列キメラが得られることとなり、これを交配することによりDBZ遺伝子不全が遺伝的に固定されたKO動物を作製することができる。
【0032】
キメラ胚の作製方法としては、桑実胚期までの初期胚同士を接着させて集合させる方法(集合キメラ法)と、胚盤胞の割腔内に細胞を顕微注入する方法(注入キメラ法)とがある。ES細胞によるキメラ胚の作製においては従来より後者が広く行なわれているが、最近では、8細胞期胚の透明帯内へのES細胞の注入により集合キメラを作る方法や、マイクロマニピュレーターが不要で操作が容易な方法として、ES細胞塊と透明帯を除去した8細胞期胚とを共培養して凝集させることによって集合キメラを作製する方法も行われている。
【0033】
いずれの場合も、宿主胚は、後述する受精卵への遺伝子導入において、採卵用雌として使用され得る非ヒト哺乳動物から同様にして採取することができるが、例えばマウスの場合、キメラマウス形成へのES細胞の寄与率を毛色(コートカラー)で判定し得るように、ES細胞の由来する系統とは毛色の異なる系統のマウスから宿主胚を採取することが好ましい。例えば、ES細胞が129系マウス(毛色:アグーチ)由来であれば、採卵用雌としてC57BL/6マウス(毛色:ブラック)やICRマウス(毛色:アルビノ)を用い、ES細胞がC57BL/6もしくはDBF1マウス(毛色:ブラック)由来のものやTT2細胞(C57BL/6とCBAとのF1(毛色:アグーチ)由来)であれば、採卵用雌としてICRマウスやBALB/cマウス(毛色:アルビノ)を用いることができる。
【0034】
また、生殖系列キメラ形成能はES細胞と宿主胚との組み合わせに大きく依存するので、生殖系列キメラ形成能の高い組み合わせを選択することがより好ましい。例えばマウスの場合、129系統由来のES細胞に対してはC57BL/6系統由来の宿主胚等を用いることが好ましく、C57BL/6系統由来のES細胞に対してはBALB/c系統由来の宿主胚等が好ましい。
【0035】
採卵用雌マウスは約4〜約6週齢程度が好ましく、交配用の雄マウスとしては約2〜約8ヶ月齢程度の同系統のものが好ましい。交配は自然交配によってもよいが、好ましくは性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン、次いで黄体形成ホルモン)を投与して過剰排卵を誘起した後に行なわれる。
【0036】
胚盤注入法による場合は、胚盤胞期胚(例えばマウスの場合、交配後約3.5日)を採卵用雌の子宮から採取し(あるいは桑実胚期以前の初期胚を卵管から採取した後、胚培養用培地(後述)中で胚盤胞期まで培養してもよい)、マイクロマニピュレーターを用いて胚盤胞の割腔内にターゲッティングベクターが導入されたES細胞(約10〜約15個)を注入した後、偽妊娠させた受胚用雌非ヒト哺乳動物の子宮内に移植する。受胚用雌非ヒト哺乳動物は受精卵への遺伝子導入における受胚用雌として使用され得る非ヒト哺乳動物を同様に用いることができる。
【0037】
共培養法による場合は、8細胞期胚および桑実胚(例えばマウスの場合、交配後約2.5日)を採卵用雌の卵管および子宮から採取して(あるいは8細胞期以前の初期胚を卵管から採取した後、胚培養用培地(後述)中で8細胞期または桑実胚期まで培養してもよい)酸性タイロード液中で透明帯を溶解した後、ミネラルオイルを重層した胚培養用培地の微小滴中にターゲッティングベクターが導入されたES細胞塊(細胞数約10〜約15個)を入れ、さらに上記8細胞期胚または桑実胚(好ましくは2個)を入れて一晩共培養する。得られた桑実胚または胚盤胞を上記と同様にして受胚用雌非ヒト哺乳動物の子宮内に移植する。
【0038】
移植胚が首尾よく着床し受胚雌が妊娠すれば、自然分娩もしくは帝王切開によりキメラ非ヒト哺乳動物が得られる。自然分娩した受胚雌にはそのまま哺乳を継続させればよく、帝王切開により出産した場合は、産仔は別途用意した哺乳用雌(通常に交配・分娩した雌非ヒト哺乳動物)に哺乳させることができる。
【0039】
生殖系列キメラの選択は、まずES細胞の雌雄が予め判別されている場合はES細胞と同じ性別のキメラマウスを選択し(通常は雄性ES細胞が使用されるので、雄キメラマウスが選択される)、次いで毛色等の表現型からES細胞の寄与率が高いキメラマウス(例えば、50%以上)を選択する。例えば、129系マウス由来の雄性ES細胞であるD3細胞とC57BL/6マウス由来の宿主胚とのキメラ胚から得られるキメラマウスの場合、アグーチの毛色の占める割合の高い雄マウスを選択するのが好ましい。選択されたキメラ非ヒト哺乳動物が生殖系列キメラであるか否かの確認は、適当な系統の同種動物との交雑により得られるF1動物の表現型に基づいて行なうことができる。例えば、上記キメラマウスの場合、アグーチはブラックに対して優性であるので、雌C57BL/6マウスと交雑すると、選択された雄マウスが生殖系列キメラであれば得られるF1の毛色はアグーチとなる。
【0040】
上記のようにして得られるターゲッティングベクターが導入された生殖系列キメラ非ヒト哺乳動物(ファウンダー)は、通常、相同染色体の一方のDBZ遺伝子のみがKOされたヘテロ接合体として得られる。相同染色体の両方のDBZ遺伝子がKOされたホモ接合体を得るためには、上記のようにして得られるF1動物のうちヘテロ接合体の兄妹同士を交雑すればよい。ヘテロ接合体の選択は、例えばF1動物の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることにより検定することができる。得られるF2動物の1/4がホモ接合体となる。
【0041】
ターゲッティングベクターとしてウイルスを用いる場合の別の好ましい一実施態様として、ポジティブ選択用マーカー遺伝子が5’および3’アームの間に挿入され、該アームの外側にネガティブ選択用マーカー遺伝子を含むDNAを含むウイルスで、非ヒト哺乳動物のES細胞を感染させる方法が挙げられる(例えば、プロシーディングズ・オヴ・ナショナル・アカデミー・オヴ・サイエンシーズ・ユーエスエー(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)第99巻, 第4号, 第2140-2145頁, 2002年参照)。例えば、レトロウイルスやレンチウイルスを用いる場合、ディッシュなどの適当な培養器に細胞を播き、培養液にウイルスベクターを加えて(所望によりポリブレンを共存させてもよい)、1〜2日間培養後、上述のように選択薬剤を添加して培養を続け、ベクターが組み込まれた細胞を選択する。
【0042】
DBZ遺伝子をノックダウンする具体的な手段としては、DBZのアンチセンスRNAもしくはsiRNA(shRNAを含む)をコードするDNAを、自体公知のトランスジェニック作製技術を用いて導入し、対象非ヒト哺乳動物細胞内で発現させる方法などが挙げられる。
【0043】
目的のポリヌクレオチドの標的領域と相補的な塩基配列を含むDNA、即ち、目的のポリヌクレオチドとハイブリダイズすることができるDNAは、該目的のポリヌクレオチドに対して「アンチセンス」であるということができる。
DBZをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に、相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を有するアンチセンスDNAとしては、DBZをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含有し、該ポリヌクレオチドの発現を抑制し得る作用を有するものであれば、いずれのアンチセンスDNAであってもよい。
【0044】
DBZをコードするポリヌクレオチドに実質的に相補的な塩基配列とは、例えば、該ポリヌクレオチドの相補鎖の塩基配列と、オーバーラップする領域に関して、約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列である。本明細書における塩基配列の相同性は、例えば、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。
特に、DBZをコードするポリヌクレオチドの相補鎖の全塩基配列のうち、(a)翻訳阻害を指向したアンチセンスDNAの場合は、DBZ蛋白質のN末端部位をコードする部分の塩基配列(例えば、開始コドン付近の塩基配列など)の相補鎖と約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有するアンチセンスDNAが、(b)RNaseHによるRNA分解を指向するアンチセンスDNAの場合は、イントロンを含むDBZをコードするポリヌクレオチドの全塩基配列の相補鎖と約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有するアンチセンスDNAがそれぞれ好適である。
【0045】
具体的には、対象非ヒト哺乳動物がマウスの場合、GenBank accession No. NM_178679(VERSION: NM_178679.2, GI: 68448535)として登録されている塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列、またはその一部を含むアンチセンスDNA、好ましくは、該塩基配列に相補的な塩基配列またはその一部を含むアンチセンスDNAなどが挙げられる。また、対象非ヒト哺乳動物がラットの場合、GenBank accession No. NM_001025145(VERSION: NM_001025145.1, GI: 68341936)で表される塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列、またはその一部を含むアンチセンスDNA、好ましくは、該塩基配列に相補的な塩基配列またはその一部を含むアンチセンスDNAなどが挙げられる。
【0046】
DBZをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を有するアンチセンスDNA(以下、「本発明のアンチセンスDNA」ともいう)は、クローン化した、あるいは決定されたDBZをコードするDNAの塩基配列情報に基づき設計し、合成しうる。かかるアンチセンスDNAは、DBZ遺伝子の複製または発現を阻害することができる。即ち、本発明のアンチセンスDNAは、DBZ遺伝子から転写されるRNA(mRNAまたは初期転写産物)とハイブリダイズすることができ、mRNAの合成(プロセッシング)または機能(蛋白質への翻訳)を阻害することができる。
【0047】
本発明のアンチセンスDNAの標的領域は、アンチセンスDNAがハイブリダイズすることにより、結果としてDBZ蛋白質への翻訳が阻害されるものであればその長さに特に制限はなく、該蛋白質をコードするmRNAの全配列であっても部分配列であってもよく、短いもので約10塩基程度、長いものでmRNAまたは初期転写産物の全配列が挙げられる。具体的には、DBZ遺伝子の5’端ヘアピンループ、5’端6-ベースペア・リピート、5’端非翻訳領域、翻訳開始コドン、蛋白質コード領域、ORF翻訳終止コドン、3’端非翻訳領域、3’端パリンドローム領域または3’端ヘアピンループなどが、アンチセンスDNAの好ましい標的領域として選択しうるが、DBZ遺伝子内の如何なる領域も対象として選択しうる。例えば、該遺伝子のイントロン部分を標的領域とすることもできる。
さらに、本発明のアンチセンスDNAは、DBZのmRNAもしくは初期転写産物とハイブリダイズして蛋白質への翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAであるDBZ遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、RNAの転写を阻害し得るものであってもよい。あるいはDNA:RNAハイブリッドを形成してRNaseHによる分解を誘導するものであってもよい。
【0048】
本明細書においては、DBZのmRNAもしくは初期転写産物のコード領域内の部分配列(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)に相同なオリゴRNAとその相補鎖とからなる二本鎖RNA、いわゆる短鎖干渉RNA(siRNA)もまた、本発明のKD動物作製のために用いることができる。siRNAを細胞内に導入するとそのRNAに相同なmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象は、以前から線虫、昆虫、植物等で知られていたが、この現象が動物細胞でも広く起こることが確認されて以来[Nature, 411(6836): 494-498(2001)]、リボザイムの代替技術として汎用されている。siRNAは標的となるmRNAの塩基配列情報に基づいて、市販のソフトウェア(例:RNAi Designer; Invitrogen)を用いて適宜設計することができる。
あるいは、DBZのmRNAを標的とするマイクロRNA(miRNA)もまた、本発明のKD動物作製のために用いることができる。そのようなmiRNAとしては、例えばmmu-miR-130b、mmu-miR-130a、mmu-miR-301a、mmu-miR-301b、mmu-miR-721などが挙げられる。
【0049】
本発明のアンチセンスオリゴDNAは、DBZのcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいてmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができる。合成されたアンチセンスオリゴDNAは、必要に応じて適当なリンカー(アダプター)配列を介して発現ベクターのプロモーターの下流に挿入することにより、アンチセンスオリゴRNAをコードするDNA発現ベクターを調製することができる。ここで用いられ得る発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミド、λファージなどのバクテリオファージ、モロニー白血病ウイルスなどのレトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルスまたはバキュロウイルスなどの動物もしくは昆虫ウイルスなどが用いられる。なかでも、プラスミド(好ましくは大腸菌由来、枯草菌由来または酵母由来、特に大腸菌由来のプラスミド)や、動物ウイルス(好ましくはレトロウイルス、レンチウイルス)が好ましく例示される。また、プロモーターとしては、例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)ロングターミナルリピート(LTR)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)LTR、マウス白血病ウイルス(MoMuLV)LTR、アデノウイルス(AdV)由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、並びにβ-アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成蛋白質遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。
【0050】
より長いアンチセンスRNA(例えば、DBZ mRNAの相補鎖全長など)をコードするDNA発現ベクターは、常法によりクローニングしたDBZ cDNAを、必要に応じて適当なリンカー(アダプター)配列を介して発現ベクターのプロモーターの下流に逆方向に挿入することにより調製することができる。
【0051】
一方、siRNAをコードするDNAは、センス鎖またはアンチセンス鎖をコードするDNAとして別個に合成し、それぞれを適当な発現ベクター中に挿入することにより調製することができる。siRNAの発現ベクターとしては、U6やH1などのPol III系プロモーターを有するものが用いられ得る。この場合、該ベクターが導入された動物細胞内で、センス鎖とアンチセンス鎖がそれぞれ転写されてアニーリングすることにより、siRNAが形成される。shRNAは、センス鎖とアンチセンス鎖との間に、適当なループ構造を形成しうる長さの塩基(例えば15から25塩基程度)を挿入したユニットを、適当な発現ベクター中に挿入することにより調製することができる。shRNAの発現ベクターとしてはU6やH1などのPol III系プロモーターを有するものが用いられ得る。この場合、該発現ベクターを導入された動物細胞内で転写されたshRNAは、自身でループを形成した後に、内在の酵素ダイサー(dicer)などによってプロセシングされることにより成熟siRNAが形成される。あるいは、Pol II系プロモーターで、ターゲットのsiRNA配列を含むマイクロRNA(miRNA)を発現させてRNAiによりノックダウンを達成することも可能である。この場合には組織特異的発現を示すプロモーターにより、組織特異的ノックダウンも可能となる。
【0052】
DBZのアンチセンスRNA、siRNA、shRNA、もしくはmiRNAをコードするDNAを含む発現ベクターを細胞に導入する方法としては、標的細胞に応じて自体公知の方法が適宜用いられる。例えば、受精卵などの初期胚への導入については、マイクロインジェクション法が用いられる。また、ES細胞への導入については、リン酸カルシウム共沈殿法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、レトロウイルス感染法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE-デキストラン法などが用いられ得る。あるいは、ベクターとしてレトロウイルスやレンチウイルスなどを用いる場合には、初期胚やES細胞にウイルスを添加して1〜2日培養し、該細胞を該ウイルスに感染させることにより、簡便に遺伝子導入を達成し得る場合がある。ES細胞からの個体再生(ファウンダーの樹立)、継代(ホモ接合体の作製)等は、本発明のKO動物において上記したと同様の方法により行うことができる。
【0053】
好ましい一実施態様においては、DBZのアンチセンスRNA、siRNA、shRNA、もしくはmiRNAをコードするDNAを含む発現ベクターは、マイクロインジェクション法により対象となる非ヒト哺乳動物の初期胚に導入される。
【0054】
対象非ヒト哺乳動物の初期胚は、同種の非ヒト哺乳動物の雌雄を交配させて得られる体内受精卵を採取するか、あるいは同種の非ヒト哺乳動物の雌雄からそれぞれ採取した卵と精子を体外受精させることにより得ることができる。
用いる非ヒト哺乳動物の齢や飼育条件等は動物種によってそれぞれ異なるが、例えばマウス(好ましくはC57BL/6J(B6)などの近交系マウス、B6と他の近交系とのF1など)を用いる場合は、雌が約4〜約6週齢、雄が約2〜約8ヶ月齢程度のものが好ましく、また、約12時間明期条件(例えば7:00-19:00)で約1週間飼育したものが好ましい。
【0055】
体内受精は自然交配によってもよいが、性周期の調節と1個体から多数の初期胚を得ることを目的として、雌非ヒト哺乳動物に性腺刺激ホルモンを投与して過剰排卵を誘起した後、雄非ヒト哺乳動物と交配させる方法が好ましい。雌非ヒト哺乳動物の排卵誘発法としては、例えば初めに卵胞刺激ホルモン(妊馬血清性性腺刺激ホルモン、一般にPMSGと略する)、次いで黄体形成ホルモン(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン、一般にhCGと略する)を、例えば腹腔内注射などにより投与する方法が好ましいが、好ましいホルモンの投与量、投与間隔は非ヒト哺乳動物の種類によりそれぞれ異なる。例えば、非ヒト哺乳動物がマウス(好ましくはC57BL/6J(B6)などの近交系マウス、B6と他の近交系とのF1など)の場合は、通常、卵胞刺激ホルモン投与後、約48時間後に黄体形成ホルモンを投与し、直ちに雄マウスと交配させることにより受精卵を得る方法が好ましく、卵胞刺激ホルモンの投与量は約20〜約50IU/個体、好ましくは約30IU/個体、黄体形成ホルモンの投与量は約0〜約10IU/個体、好ましくは約5IU/個体である。
【0056】
一定時間経過後、膣栓の検査等により交配を確認した雌非ヒト哺乳動物の腹腔を開き、卵管から受精卵を取り出して胚培養用培地(例:M16培地、修正Whitten培地、BWW培地、M2培地、WM-HEPES培地、BWW-HEPES培地等)中で洗って卵丘細胞を除き、微小滴培養法等により5%炭酸ガス/95%大気下でDNA顕微注入まで培養する。直ちに顕微注入を行わない場合、採取した受精卵を緩慢法または超急速法等で凍結保存することも可能である。
【0057】
一方、体外受精の場合は、採卵用雌非ヒト哺乳動物(体内受精の場合と同様のものが好ましく用いられる)に上記と同様に卵胞刺激ホルモンおよび黄体形成ホルモンを投与して排卵を誘発させた後、卵子を採取して受精用培地(例:TYH培地)中で体外受精時まで微小滴培養法等により5%炭酸ガス/95%大気下で培養する。他方、同種の雄非ヒト哺乳動物(体内受精の場合と同様のものが好ましく用いられる)から精巣上体尾部を取り出し、精子塊を採取して受精用培地中で前培養する。前培養終了後の精子を卵子を含む受精用培地に添加し、微小滴培養法等により5%炭酸ガス/95%大気下で培養した後、2個の前核を有する受精卵を顕微鏡下で選抜する。直ちにDNAの顕微注入を行わない場合は、得られた受精卵を緩慢法または超急速法等で凍結保存することも可能である。
【0058】
受精卵へのDNAの顕微注入は、マイクロマニピュレーター等の公知の装置を用いて常法に従って実施することができる。簡潔に言えば、胚培養用培地の微小滴中に入れた受精卵をホールディングピペットで吸引して固定し、インジェクションピペットを用いてDNA溶液を雄性もしくは雌性前核、好ましくは雄性前核内に直接注入する。導入DNAはCsCl密度勾配超遠心または陰イオン交換樹脂カラム等で高度に精製したものを用いることが好ましい。また、導入DNAは制限酵素を用いてベクター部分を切断し、直鎖状にしておくことが好ましい。
【0059】
DNA導入後の受精卵は胚培養用培地中で微小滴培養法等により5%炭酸ガス/95%大気下で1細胞期〜胚盤胞期まで培養した後、偽妊娠させた受胚用雌非ヒト哺乳動物の卵管または子宮内に移植される。受胚用雌非ヒト哺乳動物は移植される初期胚が由来する動物と同種のものであればよく、例えば、マウス初期胚を移植する場合は、ICR系の雌マウス(好ましくは約8〜約10週齢)などが好ましく用いられる。受胚用雌非ヒト哺乳動物を偽妊娠状態にする方法としては、例えば、同種の精管切除(結紮)雄非ヒト哺乳動物(例えば、マウスの場合、ICR系の雄マウス(好ましくは約2ヶ月齢以上))と交配させて、膣栓の存在が確認されたものを選択する方法が知られている。
【0060】
受胚用雌は自然排卵のものを用いてもよいし、あるいは精管切除(結紮)雄との交配に先立って、黄体形成ホルモン放出ホルモン(一般にLHRHと略する)もしくはその類縁体を投与し、受精能を誘起させたものを用いてもよい。LHRH類縁体としては、例えば、[3,5-DiI-Tyr5]-LH-RH、[Gln8]-LH-RH、[D-Ala6]-LH-RH、[des-Gly10]-LH-RH、[D-His(Bzl)6]-LH-RHおよびそれらのEthylamideなどが挙げられる。LHRHもしくはその類縁体の投与量、ならびにその投与後に雄非ヒト哺乳動物と交配させる時期は、非ヒト哺乳動物の種類によりそれぞれ異なる。例えば、非ヒト哺乳動物がマウス(好ましくはICR系のマウスなど)の場合には、通常、LHRHもしくはその類縁体を投与した後、約4日目に雄マウスと交配させることが好ましく、LHRHあるいはその類縁体の投与量は、通常、約10〜60μg/個体、好ましくは約40μg/個体である。
【0061】
通常、移植される初期胚が桑実胚期以後の場合は受胚用雌の子宮に、それより前(例えば、1細胞期〜8細胞期胚)であれば卵管に胚移植される。受胚用雌は、移植胚の発生段階に応じて偽妊娠からある日数が経過したものが適宜使用される。例えばマウスの場合、2細胞期胚を移植するには偽妊娠後約0.5日の雌マウスが、胚盤胞期胚を移植するには偽妊娠後約2.5日の雌マウスが好ましい。受胚用雌を麻酔(好ましくはAvertin、ネンブタール等が使用される)後、切開して卵巣を引き出し、胚培養用培地に懸濁した初期胚(約5〜約10個)を胚移植用ピペットを用いて、卵管腹腔口もしくは子宮角の卵管接合部付近に注入する。
【0062】
移植胚が首尾よく着床し受胚雌が妊娠すれば、自然分娩もしくは帝王切開により仔非ヒト哺乳動物が得られる。自然分娩した受胚雌にはそのまま哺乳を継続させればよく、帝王切開により出産した場合は、産仔は別途用意した哺乳用雌(例えばマウスの場合、通常に交配・分娩した雌マウス(好ましくはICR系の雌マウス等))に哺乳させることができる。
【0063】
受精卵細胞段階におけるDBZのアンチセンスRNA、siRNA、shRNA、もしくはmiRNAをコードするDNAの導入は、導入DNAが対象非ヒト哺乳動物の生殖系列細胞および体細胞のすべてに存在するように確保される。導入DNAが染色体DNAに組み込まれているか否かは、例えば、産仔の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることにより検定することができる。上記のようにして得られる仔非ヒト哺乳動物(F0)の生殖系列細胞においてターゲッティングベクターが存在することは、その後代(F1)の動物全てが、その生殖系列細胞および体細胞のすべてにターゲッティングベクターが存在することを意味する。
通常、F0動物は相同染色体の一方にのみ導入DNAを有するヘテロ接合体として得られる。また、個々のF0個体は相同組換えによらない限り異なる染色体上にランダムに挿入される。相同染色体の両方にターゲッティングベクターを有するホモ接合体を得るためには、F0動物と非トランスジェニック動物とを交雑してF1動物を作製し、相同染色体の一方にのみ導入DNAを有するヘテロ接合体の兄妹同士を交雑すればよい。1遺伝子座にのみ導入DNAが組み込まれていれば、得られるF2動物の1/4がホモ接合体となる。
【0064】
ベクターとしてウイルスを用いる場合の別の好ましい一実施態様として、上記KO動物の場合と同様に、DBZのアンチセンスRNA、siRNA、shRNA、もしくはmiRNAをコードするDNAを含むウイルスで、非ヒト哺乳動物の初期胚もしくはES細胞を感染させる方法が挙げられる。細胞として受精卵を用いる場合は、感染に先立って透明帯を除いておくことが好ましい。ウイルスベクターを感染させて1〜2日間培養後、初期胚であれば、上述のように偽妊娠させた受胚用雌非ヒト哺乳動物の卵管または子宮内に移植し、ES細胞であれば、上述のように選択薬剤を添加して培養を続け、ベクターが組み込まれた細胞を選択する。
【0065】
さらに、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 13090-13095, 2001に記載されるように、雄非ヒト哺乳動物から採取した精原細胞をSTOフィーダー細胞と共培養する間にウイルスベクターに感染させた後、雄性不妊非ヒト哺乳動物の精細管に注入して雌非ヒト哺乳動物と交配させることにより、効率よくDBZのアンチセンスRNA、siRNA、shRNA、もしくはmiRNAをコードするDNAのへテロTg(+/-)産仔を得ることができる。
【0066】
本発明のDBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物は、対応する野生型動物と比較して、以下の特性:
(a)大脳皮質の細胞数が減少している、及び/又は
(b)神経突起の成長が抑制されている、及び/又は
(c)大脳皮質形成時の細胞移動が遅延している、及び/又は
(d)オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている
を有する。
大脳皮質は6層の神経細胞からなる層構造をなし、各層には形態学的に類似したタイプのニューロンが整然と配置され、同時に層特異的な神経回路網を形成している。細胞数の減少がみられる層は特に限定されるものではなく、全体的に認められるが、第II/III層〜第V層において特に顕著な場合がある。大脳皮質における細胞数の減少は、胎生期から成体までを通じて観察される。
大脳皮質形成において、脳室近辺(脳室帯VZ/脳室下帯SVZ)で誕生した神経細胞は中間帯(IZ)、さらには皮質板(CP)へと移動し、機能的に異なる6層構造を形成する。この過程が異常となると種々の神経系疾患を引き起こすことから、神経細胞移動は脳が正常に機能するために必須の発生段階である。本発明のDBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物においては、この大脳皮質形成時の神経細胞移動が野生型動物よりも遅延している。
【0067】
本明細書において「神経突起」とは、樹状突起及び軸索の両方を包含する意味で用いられる。また神経突起の「成長」とは、軸索の伸長やシナプス形成、スパイン形成、樹状突起の分枝、神経突起の太さの増大などをすべて包含する意味で用いられる。本発明のDBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物においては、神経突起の成長が野生型動物に比べて抑制されており、例えば、後記実施例に示されるとおり、幼若期において錐体細胞の樹状突起が野生型動物に比べて細く、分枝の程度も少ない。
【0068】
本明細書において「オリゴデンドロサイトの分化」とは、ミエリン(髄鞘)形成したオリゴデンドロサイトまで分化している程度をいう。従って、本発明における「オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている」とは、(1)オリゴデンドロサイト前駆細胞からオリゴデンドロサイトへの分化過程が抑制されている場合、(2)オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖や生存が阻害され、その結果としてオリゴデンドロサイトの細胞数が減少している場合、及びその両方が複合的に起こっている場合のいずれをも包含する意味で用いられる。
具体的には、オリゴデンドロサイトの分化は、CNPase、MBP(ミエリン塩基性タンパク質)、MAG(ミエリン結合糖タンパク質)等のオリゴデンドロサイトのマーカータンパク質(遺伝子)の発現量や細胞形態の変化、あるいはオリゴデンドロサイト及びその前駆細胞の生細胞数(増殖/生存)等によって分化の程度を評価することができる。DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物では、対応する野生型動物に比べてこれらのマーカータンパク質(遺伝子)の発現が顕著に低下している。
【0069】
本発明のDBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物は、内在性DBZ遺伝子の発現が不活性化されていることに加えて、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせるような、1以上の他の遺伝子改変を有していてもよい。DBZの活性調節が関与する疾患としては、例えば、統合失調症、気分障害(躁病、うつ病、躁うつ病等)、双極性障害などの神経系疾患や髄鞘異常を呈する疾患が挙げられる。「他の遺伝子改変」としては、自然突然変異により内在性遺伝子に異常を有する自然発症疾患モデル動物、他の遺伝子を導入されたTg動物、DBZ遺伝子以外の内在性遺伝子を不活化されたKO/KD動物(挿入突然変異等による遺伝子破壊のほか、アンチセンスDNAや中和抗体をコードするDNAの導入により遺伝子発現が検出不可能もしくは無視し得る程度にまで低下したTg動物を含む)、変異内在性遺伝子が導入されたドミナントネガティブ変異Tg動物などが含まれる。
【0070】
「DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変を有する疾患モデル」としては、例えば、統合失調症モデルとしてのDISC1遺伝子改変モデル(PNAS, 2006;103:3693-3697; Neuron, 2007;54:387-402; PNAS, 2007;104:14501-14506; Mol Psychiatry, 2008;13:173-186; J Neurosci, 2008;28:10893-10904)、ニューレギュリン-1遺伝子ヘテロ改変マウス(Am J Hum Genet, 2002;71:877-892; Neuroreport, 2005;16:271-275; Neuroreport, 2006;17:79-83)、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)遺伝子改変マウス(PNAS, 1998;95:9991-9996)、プロリンデヒドロゲナーゼ(PRODH)遺伝子改変マウス(Nat Genet, 1999;21:434-439; Nat Neurosci, 2005;8:1586-1594)、ドーパミントランスポーター(DAT)欠損マウス(Behav Pharmacol, 2000;11:279-290)、NMDA受容体サブユニット遺伝子改変マウス(Cell, 1999;98:427-436; J Neurosci, 2002;22:6713-6723; J Neurosci, 2001;21:750-757)などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0071】
本発明の発現不全動物に、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変を導入する方法は特に制限はなく、例えば、(1)本発明の発現不全動物と、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変を有する同種の非ヒト哺乳動物とを交雑する方法;(2) DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変を有する非ヒト哺乳動物の初期胚やES細胞を上述の方法により処理し、内在性DBZ遺伝子の発現を不活性化してKO/KD動物を得る方法;(3)内在性DBZ遺伝子が不活性化された非ヒト哺乳動物の初期胚やES細胞に、上述の方法により、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変を導入する方法等が挙げられる。また、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の他の遺伝子改変が、外来遺伝子やドミナント変異遺伝子の導入による場合、野生型非ヒト哺乳動物の初期胚やES細胞に、該外来遺伝子等とターゲッティングベクター/アンチセンスRNAもしくはsiRNAをコードするDNAとを同時にもしくは順次導入してKO/KD動物を得てもよい。
【0072】
本発明の発現不全動物は、DBZの活性調節が関与する疾患と同一もしくは類似の病態を生じさせる1以上の非遺伝的処理を施されていてもよい。「非遺伝的処理」とは対象非ヒト哺乳動物における遺伝子改変を生じさせない処理を意味する。このような処理としては、例えば、覚醒剤投与、フェンシクリジン(PCP)急性又は連続投与、新生仔期腹側海馬損傷、周産期ウイルス感染もしくは合成二本鎖RNA投与、新生仔期PCP投与などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0073】
本発明のKO/KD動物の上記(a)〜(d)の特性は、ヒトの神経系疾患、特に統合失調症においてみられる脳の器質的変化をよく反映している。DBZのドミナントネガティブ体を神経細胞に作用させた以前の結果は、DBZの神経突起伸長に及ぼす影響を示唆するものではあるが、神経系疾患においては、単一の候補遺伝子を不活性化した遺伝子改変動物では病態を忠実に反映するのが著しく困難であるというのが、当該技術分野における定説であり、DBZ遺伝子発現不全動物がこのようにヒト神経系疾患をよく模倣した表現型を呈することは、予想外の結果であるといえる。
また、上記(d)の特性は、髄鞘形成の過程(形成や傷害を受けた後の再形成)に異常を呈する種々の疾患、例えば、多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症、感染に伴う髄鞘異常(亜急性硬化症全脳炎、進行性多巣性白質脳症)、中毒・代謝性髄鞘異常(低酸素脳症、橋中心髄鞘破壊症、ビタミンB12欠乏症)、血管性髄鞘異常 (Binswanger病)などの中枢神経系疾患、ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群、慢性炎症性脱髄性多発根神経炎などの末梢神経系疾患等の病態をよく反映している。
以上のとおり、本発明のKO/KD動物は、ヒト神経系疾患における脳の器質的変化や種々の神経系疾患における髄鞘異常をよく模倣しているので、ヒト神経系疾患のモデル動物として用いることができる。ここで神経系疾患としては、例えば、統合失調症、気分障害(躁病、うつ病、躁うつ病等)、双極性障害、注意欠陥多動性障害、自閉症、上記の髄鞘異常を呈する疾患などが挙げられるが、好ましくは、本発明のKO/KD動物は統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患、より好ましくは統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患のモデル動物として用いることができる。
【0074】
例えば、本発明のKO/KD動物を用いて、神経系疾患の治療及び/又は予防薬のスクリーニングを行うことができる。
即ち、本発明の一側面において、以下の工程:
(1)上記いずれかのDBZ遺伝子発現不全動物又は該動物由来の脳組織に被検物質を適用する工程、
(2)該動物の大脳皮質の細胞数、該動物の中枢神経組織における神経突起の成長、該脳組織における細胞移動、又は該動物の脳におけるオリゴデンドロサイトの分化を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、大脳皮質の細胞数が増加し、神経突起の成長が促進され、又は細胞移動が促進され、又はオリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法が提供される。
工程(1)において、DBZ遺伝子発現不全動物個体を用いる場合、被検物質の適用は、該動物個体への被検物質の投与により行われる。被検物質としては、公知の合成化合物、ペプチド、蛋白質、DNAライブラリーなどの他に、例えば哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の組織抽出物、細胞培養上清などが用いられる。被検物質の投与方法は特に制限されない。例えば、被検物質を固形、半固形、液状、エアロゾル等の形態で経口的もしくは非経口的(例:静脈内、筋肉内、腹腔内、動脈内、皮下、皮内、気道内等)に投与することができる。被検物質の投与量は、化合物の種類、動物種、体重、投与形態などによって異なり、例えば、0.01〜1000 mg/kg/日の範囲から適宜選択することができ、当該量を1日1回ないし数回に分けて投与することができる。投与期間も特に制限されないが、例えば1〜14日間連日もしくは2〜4日おきに投与することができる。
一方、工程(1)において、DBZ遺伝子発現不全動物から採取した脳組織を用いる場合、被検物質の適用は、該脳組織の培養液への被検物質の添加により行うことができる。被検物質の添加濃度は、例えば、0.1〜1000 μmol/Lの範囲から適宜選択することができる。脳組織は、被検物質の存在下で1〜72時間培養した後、工程(2)に供される。ここで脳組織としては、例えばマウスの場合、好ましくは胎生14〜17日程度の胎仔脳からビブラトームを用いて調製したスライス組織などが挙げられるが、それに限定されない。また、脳組織の調製に先立って、胎生12〜15日程度のマウス胚の大脳皮質にGFP及び核移行シグナルつきのDsRedなどのレポーター遺伝子を子宮内電気穿孔法により導入して神経細胞を可視化しておくことが望ましい。
【0075】
工程(2)において、DBZ遺伝子発現不全動物又はその脳組織における神経系疾患様の病態、即ち脳の器質的変化を調べる。動物個体を用いる場合は、該個体より脳を取り出し、大脳皮質の凍結切片を調製するか、あるいは中枢神経組織(例、大脳新皮質等)のブロックを調製する。大脳皮質の凍結切片中の神経細胞をニッスル染色等を用いて染色し、層毎の細胞数を計測する。中枢神経組織のブロックはゴルジ染色により神経突起(軸索及び/又は樹状突起)を染色し、その成長度(軸索の伸長、太さ、樹状突起の分枝、太さ等)を観察する。脳組織(例、マウス胚の大脳皮質)を用いる場合、移動神経細胞がロコモーション細胞へと変換する時期に取り出した胎仔脳の組織切片を、被検物質の存在下、タイムラプス顕微鏡下で培養し、ロコモーション細胞の核移動の速度を計測する。
【0076】
工程(3)において、工程(2)で調べた脳の器質的変化の程度を、被検物質を適用しなかった動物又はその脳組織における変化の程度と比較する。その結果、被検物質を適用しなかった場合に比べて、大脳皮質の細胞数が増加し、神経突起の成長が促進され、又は細胞移動が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する。一方、被検物質を適用しなかった場合に比べて、大脳皮質の細胞数が減少し、神経突起の成長が抑制され、又は細胞移動が抑制されたときに、例えば、該被検物質が医薬化合物であったり、食品中に含まれる成分である場合においては、該被検物質を神経系疾患の増悪因子として同定することができる。
【0077】
別の実施態様においては、工程(2)において、DBZ遺伝子発現不全動物又はその脳組織における神経系疾患様の病態、即ちオリゴデンドロサイトの分化異常を調べる。オリゴデンドロサイトの分化の程度は、CNPase、MBP、MAG等のミエリン(髄鞘)形成したオリゴデンドロサイトの分化マーカータンパク質の発現を、各マーカーに特異的に反応する抗体を用いて免疫学的手法(免疫染色、ウェスタンブロッティング等)により検出・定量するか、あるいは該マーカーの遺伝子発現を、定量的RT-PCRやノーザンブロッティング等により検出・定量することによって評価することができる。あるいは、実際の細胞形態の変化を顕微鏡観察することによっても評価することができる。さらに、上述の通り、オリゴデンドロサイトの分化抑制は、オリゴデンドロサイト前駆細胞からオリゴデンドロサイトへの分化過程の抑制のみならず、該前駆細胞の増殖もしくは生存の阻害によっても起こり得るので、オリゴデンドロサイトの分化の程度はまた、オリゴデンドロサイト及びその前駆細胞の生細胞数を測定することによっても評価することができる。
【0078】
工程(3)において、工程(2)で調べたオリゴデンドロサイトの分化の程度を、被検物質を適用しなかった動物又はその脳組織における変化の程度と比較する。その結果、被検物質を適用しなかった場合に比べて、オリゴデンドロサイトの分化(ミエリン形成や細胞の増殖/生存)が促進されたときに、該被検物質をオリゴデンドロサイト異常又は髄鞘異常を呈する神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する。一方、被検物質を適用しなかった場合に比べて、オリゴデンドロサイトの分化(ミエリン形成や細胞の増殖/生存)がさらに抑制されたときに、例えば、該被検物質が医薬化合物であったり、食品中に含まれる成分である場合においては、該被検物質を上記神経系疾患の増悪因子として同定することができる。
【0079】
本発明のKO/KD動物は、ヒト神経系疾患における脳の器質的変化をよく模倣しているので、統合失調症や気分障害などの神経系疾患においてみられる陽性症状、陰性症状、行動障害、認知障害などの表現型を呈し得る。したがって、本発明の別の側面においては、以下の工程:
(1)上記いずれかのDBZ遺伝子発現不全動物に被検物質を投与する工程、
(2)該動物における行動異常を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、行動異常が改善されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法が提供される。
工程(1)の被検物質の投与は、脳の器質的変化を指標とする上記スクリーニング法の場合と同様に実施され得る。
工程(2)における行動異常の評価法としては、例えば、陽性症状(幻覚、妄想、緊張病症状など)の評価法として、オープンフィールド試験、薬物誘発運動活性亢進試験、自発運動活性測定試験などによる運動量測定、陰性症状(感情鈍磨、意欲の低下、疎通性障害など)の評価法として、社会性行動試験による社会的行動障害を指標にした行動評価、強制水泳試験、テイルサスペンション試験などによる意欲低下を指標にした行動評価、高架式十字迷路試験などによる不安情動を指標にした行動評価、認知障害の評価法として、プレパルス・インヒビションによる情報処理障害を指標とした行動評価、T字迷路課題や8方向放射状迷路課題などによる作業記憶を指標にした行動評価、セットシフティング試験などによる作業記憶・注意力を指標にした行動評価、水探索試験などによる潜在学習(注意力)を指標にした行動評価、新奇物体認識試験などによる物体認知記憶を指標にした行動評価などが挙げられるが、それらに限定されず、行動薬理学の分野で慣用の任意の行動試験を用いることができる。
工程(3)において、工程(2)で調べた行動異常の程度を、被検物質を適用しなかった動物における行動異常の程度と比較する。その結果、被検物質を適用しなかった場合に比べて、行動異常が改善されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する。一方、被検物質を適用しなかった場合に比べて、行動異常が悪化したときに、例えば、該被検物質が医薬化合物であったり、食品中に含まれる成分である場合においては、該被検物質を神経系疾患の増悪因子として同定することができる。
【0080】
本発明はまた、DBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞を用いた神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法を提供する。即ち、当該方法は、以下の工程:
(1)DBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞に被検物質を接触させる工程、
(2)該細胞をオリゴデンドロサイトに分化誘導する工程、
(3)上記(2)により得られる細胞集団におけるオリゴデンドロサイトの分化の程度を調べる工程、及び
(4)被検物質を接触させなかった場合と比較して、オリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む。
【0081】
工程(1)に使用されるDBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞は、上記DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物から調製される、オリゴデンドロサイトに分化する能力を有する細胞(例えば、オリゴデンドロサイト前駆細胞やより未分化な細胞(神経幹細胞など))であってもよいし、あるいは、哺乳動物由来の脳組織から常法により調製されるオリゴデンドロサイトに分化する能力を有する細胞に、上記DBZ遺伝子発現不全哺乳動物の作製において用いたと同様のノックアウト/ノックダウン技術を適用して作製されたものであってもよい。後者の場合、ヒト由来のDBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞を得ることも可能である。しかしながら、ヒトES細胞への遺伝子ターゲッティングは効率が低いので、オリゴデンドロサイト前駆細胞等の分化の進んだヒト細胞において、siRNAなどにより一過的にDBZをノックダウンするのがより効率的であるが、ヒトのオリゴデンドロサイト前駆細胞を入手するのは困難であるから、一実施態様においては、任意のヒト体細胞からiPS細胞を樹立し、該iPS細胞をオリゴデンドロサイト前駆細胞にまで分化誘導した後で、該細胞におけるDBZの発現をsiRNAなどにより一過的にノックダウンする手法が用いられ得る。
【0082】
工程(1)における被検物質の接触は、該脳組織の培養液への被検物質の添加により行うことができる。被検物質の添加濃度は、例えば、0.1〜1000 μmol/Lの範囲から適宜選択することができる。
【0083】
哺乳動物由来の脳組織からオリゴデンドロサイトに分化する能力を有する細胞を調製する方法はよく知られており(例えば、Nature Protocols, 2007, Vol.2, p1044参照)、具体的には、後述の実施例5に記載の方法に準じて行うことができる。また、ES細胞やiPS細胞からオリゴデンドロサイトを分化誘導するための試薬キットは市販されている。神経幹細胞からオリゴデンドロサイトへの分化誘導を促進する因子としてShh、PDGF、トリヨードサイロニン(T3)、インスリン様増殖因子-I(IGF-I)等が知られているが、本明細書で定義される「オリゴデンドロサイトの分化」、ミエリン形成したオリゴデンドロサイトへの分化は、培地からPDGFを除去することによって誘導される。したがって、オリゴデンドロサイト前駆細胞におけるDBZノックダウンのタイミングとして、好ましい一実施態様として、PDGF不含培地への培地交換と同時に行うことが挙げられる。
工程(1)と工程(2)とは、場合に応じて、どちらが先であっても、あるいは同時に実施されてもよい。
【0084】
工程(3)は、上記DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物を用いたスクリーニング法において記載したのと同様の方法により実施することができる。
【0085】
工程(4)において、工程(4)で調べたオリゴデンドロサイトの分化の程度を、被検物質を適用しなかった細胞における変化の程度と比較する。その結果、被検物質を適用しなかった場合に比べて、オリゴデンドロサイトの分化(ミエリン形成や細胞の増殖/生存)が促進されたときに、該被検物質をオリゴデンドロサイト異常又は髄鞘異常を呈する神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する。一方、被検物質を適用しなかった場合に比べて、オリゴデンドロサイトの分化(ミエリン形成や細胞の増殖/生存)がさらに抑制されたときに、例えば、該被検物質が医薬化合物であったり、食品中に含まれる成分である場合においては、該被検物質を上記神経系疾患の増悪因子として同定することができる。
【0086】
上記のスクリーニング法により選択された神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質は、そのまま単独で、または薬理学的に許容される担体、賦形剤、希釈剤等と混合し、適当な剤型の医薬組成物として経口的又は非経口的に投与することができる。
【0087】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。一方、非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。これらの製剤は、賦形剤(例えば、乳糖、白糖、葡萄糖、マンニトール、ソルビトールのような糖誘導体;トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、α澱粉、デキストリンのような澱粉誘導体;結晶セルロースのようなセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルランのような有機系賦形剤;及び、軽質無水珪酸、合成珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、メタ珪酸アルミン酸マグネシウムのような珪酸塩誘導体;燐酸水素カルシウムのような燐酸塩;炭酸カルシウムのような炭酸塩;硫酸カルシウムのような硫酸塩等の無機系賦形剤である)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウムのようなステアリン酸金属塩;タルク;コロイドシリカ;ビーズワックス、ゲイ蝋のようなワックス類;硼酸;アジピン酸;硫酸ナトリウムのような硫酸塩;グリコール;フマル酸;安息香酸ナトリウム;DLロイシン;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウムのようなラウリル硫酸塩;無水珪酸、珪酸水和物のような珪酸類;及び、上記澱粉誘導体である)、結合剤(例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、及び、前記賦形剤と同様の化合物である)、崩壊剤(例えば、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、内部架橋カルボキシメチルセルロースナトリウムのようなセルロース誘導体;カルボキシメチルスターチ、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドンのような化学修飾されたデンプン・セルロース類である)、乳化剤(例えば、ベントナイト、ビーガムのようなコロイド性粘土;水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムのような金属水酸化物;ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸カルシウムのような陰イオン界面活性剤;塩化ベンザルコニウムのような陽イオン界面活性剤;及び、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルのような非イオン界面活性剤である)、安定剤(メチルパラベン、プロピルパラベンのようなパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコールのようなアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール、クレゾールのようなフェノール類;チメロサール;デヒドロ酢酸;及び、ソルビン酸である)、矯味矯臭剤(例えば、通常使用される、甘味料、酸味料、香料等である)、希釈剤等の添加剤を用いて周知の方法で製造される。
【0088】
本発明における神経系疾患予防・治療剤の有効成分の投与量は、患者の症状、年齢、体重等の種々の条件により変化し得るが、経口投与の場合には、1回当たり下限0.1mg(好適には0.5mg)、上限1000mg(好適には500mg)を、非経口的投与の場合には、1回当たり下限0.01mg(好適には0.05mg)、上限100mg(好適には50mg)を、成人に対して1日当たり1乃至6回投与することができる。症状に応じて増量もしくは減量してもよい。
【0089】
さらに、本発明の神経系疾患予防・治療剤は、他の薬剤、例えば、クロルプロマジン、ハロペリドール、チオチキセン、クロザピン、リスペリドン、オランザピン、クエチアピンなどの抗精神病薬、クロナゼパムやジアゼパムなどの抗不安薬、リチウム、カルバマゼピン、バルプロ酸などの気分安定薬などと併用してもよい。本発明の神経系疾患予防・治療剤およびこれらの他の薬剤は、同時に、順次又は別個に投与することができる。
【実施例】
【0090】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0091】
実施例1 DBZノックアウトマウスの作製
ノックアウトマウスの作製に関連する手順は、大阪大学の動物倫理委員会による承認を
受けた。
LA-Taqポリメラーゼ(TaKaRa, Kyoto, Japan)を用いて、E14(14日目胚)のマウスES細胞のゲノムからDBZ遺伝子座をPCRで増幅した。DBZの第二エクソンを含有する1.3kbのゲノムDNA断片をPGK-neo-poly(A)カセットと置換することによりターゲティングベクターを構築した(図1)。従って、該ベクターは、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)に対して5’及び3’にそれぞれ1.1kb及び6.9kbの相同領域を含む。ターゲティングコンストラクトの3’末端にPGK-tk-poly(A)カセットをライゲーションした。マウスES細胞の維持、トランスフェクション及びセレクションはNakayama K et al., Cell, 85:707-720(1996)に記載された通りに行った。組換えが生じたことは、5’の相同領域に隣接する9.1kbのゲノムDNA断片のPCRによる解析で確認した(図2A)。変異体ES細胞をC57BL/6の胚盤胞にマイクロインジェクションし、その結果生じたキメラの雄をC57BL/6の雌マウスと交配させた。ヘテロ接合体の子孫を交雑してホモ接合の変異体動物を作製した。マウスの遺伝子型を決定するため、尾からゲノムDNAを抽出し、フォーワードプライマーとしてD5(5’-AGTGCTGGGGAAGAGAACCTGTAG-3’; 配列番号1)、リバースプライマーとしてW1(5’-ACCTCCTGCTCTTGACTATACAATCTAC-3’; 配列番号2)及びN199(5’-AACTTCCTGACTAGGGGAGGAGTAGAAGGT-3’; 配列番号3)(図1)を用いて、PCRにより解析した(図2B)。また、ホモ接合ノックアウトマウス及びヘテロ接合ノックアウトマウスおよび野生型マウスの脳組織よりRNAを抽出し、DBZ遺伝子の発現を定量的RT-PCRまたは抗DBZ抗体を用いたウェスタンブロッティング法で調べ、DBZ遺伝子の発現が不活性化されていることを確認した(図2C及びD)。
【0092】
実施例2 成体DBZノックアウトマウスの組織学的解析
実施例1にて作製したヘテロ接合DBZノックアウトマウス及びホモ接合DBZノックアウトマウス並びに野生型マウス(20週齢、雌または雄)から脳を取り出し、4%パラフォルムアルデヒド固定後、パラフィン包埋し、大脳皮質切片を作製した。該切片をKB染色及びニッスル染色して比較し、脳の構造の異常について顕微鏡観察による解析を行った。DBZノックアウトマウスの脳は総体的な形態異常を示さなかった(図3)。
【0093】
ニッスル染色を行った成体マウスの脳の切片を用いて、大脳皮質の細胞数を顕微鏡観察した(図4)。大脳皮質の各層において細胞数を計数した結果、第II/III層、第IV層及び第V層の各層において、成体のDBZノックアウトマウスの脳は野生型マウスの脳と比較して、細胞数の有意な減少が見られた(図5)。
【0094】
実施例3 幼若及び胎生DBZノックアウトマウスの組織学的解析
出生3日の幼若ホモ接合DBZノックアウトマウス及び胎生17.5日の胎生マウスから脳の取り出し、実施例2と同様に大脳皮質切片を作製し、ニッスル染色して細胞数を顕微鏡観察し、野生型マウスの脳と比較した(図6及び7)。幼若マウスの大脳皮質各層において細胞数を計数した結果、第II/III層(第II/III/IV層)及び第V層の各層において、DBZノックアウトマウスの脳では野生型マウスの脳と比較して、細胞数の有意な減少が見られた(図6)。一方、胎生マウスにおいては、皮質板(CP)において野生型マウスの脳と比較して細胞数の減少が見られた(図7)。
【0095】
次に、出生3日の幼若マウスの脳組織切片を用いてゴルジ染色を行い、神経細胞を染色した。幼若DBZノックアウトマウスの大脳新皮質の錐体細胞樹状突起は、野生型マウスに比べて細く、枝分かれも少なかった(図8)。
【0096】
実施例4 DBZノックアウトマウスにおける大脳皮質形成
妊娠14.5日齢のホモ接合DBZノックアウトマウス及び野生型マウスにBrdU(50 mg/kg)を24時間毎に単回投与した後、胎生マウス(E17.5)の脳を摘出し、4%パラフォルムアルデヒド固定後、パラフィン包埋し、脳切片を作製した。該切片を抗BrdU抗体を用いて免疫染色し、BrdUを取り込んだ細胞を観察した。その結果、DBZノックアウトマウスでは、大脳皮質形成時の神経細胞移動が野生型マウスに比べて遅延していた(図9)。
【0097】
実施例5 初代オリゴデンドロサイト、オリゴデンドロサイト前駆細胞におけるDBZ発現
Chen等の文献(Nature Protocols, 2007, Vol.2, p1044)に記載された方法を参考にして、オリゴデンドロサイトの初代培養を以下のように行った。
生後1日齢のラットより大脳を摘出し、実体顕微鏡下で嗅球、海馬、軟膜を取り除いた。イーグルMEM培地中でマイクロ剪刀を用いて細かく切り刻んだのち、ディスパーゼIを加えた。P1000ピペットマンで軽くピペッティングして組織をほぐしてから37℃で5分間保温した。DNaseIを加えてP1000ピペットマンで軽くピペッティングした後37℃で10分間保温した。P1000ピペットマンで軽くピペッティングした後10%血清を含むイーグルMEM培地(MEM(+))を加えた。10mlメスピペットに200μlのチップを装着して20回ピペッティングして得た細胞懸濁液を70μmフィルターに通して残渣を除いた。毎分1000回転 x 5分の遠心により細胞沈渣を回収し、5ml MEM(+)/1匹分大脳となるよう懸濁した。これを予めポリ-L-リジンでコートした培養ボトルに播種し(底面積75cm2あたり2匹分大脳)、37℃、10%炭酸ガスインキュベーターで培養した。その後、3日に一回培地を新鮮なMEM(+)に交換しながら、10〜14日間培養を続けた。
【0098】
10〜14日目の朝に培地を交換し、その夜から毎分200回転で培養ボトルを約20時間振とうした。剥離した細胞を含む培養上清を回収し70μmフィルターに通して残渣を除いた。これを培養ディッシュに播種し37℃で1時間放置した。上清を回収し予めポリ-L-リジンでコートした培養ボトルに播種し、4〜5時間後に細胞が培養ボトル底面に接着したことを確認してからインシュリン、ニューロトロフィン3、血小板由来成長因子、L-グルタミン、B27培養添加物を含むNeurobasal培地に培地交換した。その後、インシュリン、ニューロトロフィン3、L-グルタミン、B27培養添加物を含むNeurobasal培地に培地交換に交換することでオリゴデンドロサイトへの分化を誘導した。
【0099】
得られたオリゴデンドロサイト及びPDGF除去前のオリゴデンドロサイト前駆細胞におけるDBZ遺伝子の発現を実施例1と同様にして定量的RT-PCRにより調べ、相互に、また神経細胞やアストロサイトと比較した。また、PDGF除去後のDBZ発現の経時変化も調べた。結果を図10に示す。DBZはオリゴデンドロサイトで高発現していた。また、DBZの発現は、オリゴデンドロサイトの分化に伴って上昇した。
【0100】
実施例6 DBZ発現抑制によるオリゴデンドロサイトの分化抑制
実施例5のオリゴデンドロサイトの初代培養系において、インシュリン、ニューロトロフィン3、血小板由来成長因子、L-グルタミン、B27培養添加物を含むNeurobasal培地に培地交換してから1〜3日後に、John等の方法(Current Protocols in Molecular Biology (2003) 26.2.1-26.2.14)に記載された方法などを参考にし、以下のsiRNAを細胞に導入した。
DBZ発現抑制siRNA (DBZ-1i): ACGAACCCUCCUGACAAAAUG(配列番号4)
DBZ発現抑制siRNA (DBZ-2i): AGCAGUUGGAGUACUAUCAAA(配列番号5)
コントロールsiRNA: GGCGCGCUUUGUAGGAUUCGA(配列番号6)
【0101】
その翌日にインシュリン、ニューロトロフィン3、L-グルタミン、B27培養添加物を含むNeurobasal培地に培地交換に交換することでオリゴデンドロサイトへの分化を誘導した。
【0102】
Aranyの方法(Current Protocols in Human Genetics 11.10.1-11.10.11, 2008)に記載された方法などを参考にし、以下のプライマーセットを用いて定量的RT-PCRを行った。
GAPDH: forward primer GCCTTCTCTTGTGACAAAGTGG(配列番号7)
reverse primer ATTCTCAGCCTTGACTGTGCC(配列番号8)
CNP: forward primer CAACAGGATGTGGTGAGGA(配列番号9)
reverse primer CTGTCTTGGGTGTCACAAAG(配列番号10)
MBP: forward primer CACACACAAGAACTACCCA(配列番号11)
reverse primer GGTGTACGAGGTGTCACAA(配列番号12)
MAG: forward primer CTGCCTCTGTTTTGGATAAT(配列番号13)
reverse primer TCTTGGGGTAGGGACTGTTG(配列番号14)
【0103】
結果を図11に示す。siRNAを添加していないコントロール細胞では、オリゴデンドロサイトのマーカー遺伝子の発現が上昇したが、siRNAによりDBZの発現を抑制すると、これらマーカー遺伝子の発現上昇は認められず、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制されていることが明らかとなった。
【0104】
次に、siRNAを導入した細胞からタンパク質を抽出し、Alegria-Schaffer等の方法(Methods in Enzymology, 2009, Vol.463, p573)に記載された方法を参考にし、以下の1次抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。
抗MAG抗体(ミリポア社:MAB1567)
抗MBP抗体(アブカム社: ab62631)
抗CNPase抗体(シグマ社: C-5922)
また、同じ抗MBP1次抗体を用いて、Goldstein等の方法(Current Protocols in Molecular Biology 14.6.1-14.6.23, 2008)に記載された方法などを参考にし、オリゴデンドロサイトの免疫組織染色を行った。
【0105】
結果を図12に示す。ウェスタンブロッティングの結果、DBZ発現を抑制すると、オリゴデンドロサイト分化マーカータンパク質の発現が低下した。また、免疫組織染色の結果、DBZ発現を抑制すると、オリゴデンドロサイト様の形態を示す細胞が減少した。
【0106】
実施例7 DBZ ノックアウトマウスにおけるミエリン形成低下
マウスでは生後約3週間の間がミエリン形成の盛んな時期である。そこで、生後10日齢のDBZ ノックアウトマウスの脳切片を調製し、実施例6で用いたのと同じ抗MAG及び抗MBP抗体を1次抗体として用い、免疫組織染色を実施した。
【0107】
結果を図13に示す。DBZノックアウトマウスの脳では、野生型マウスに比べてミエリン形成が顕著に低下していた。
【産業上の利用可能性】
【0108】
新薬候補物質を投与したDBZノックアウト動物を行動試験などに供することにより、該物質のヒト神経系疾患における治療有効性、とりわけ統合失調症、気分障害、髄鞘異常の呈する疾患などに対する治療有効性、を判断できることが期待される。同様に、DBZ遺伝子をノックアウトまたはノックダウンしたオリゴデンドロサイトをin vitroで分化誘導する実験系に新薬候補物質を添加し分化誘導の遅れが回復するかどうかを評価することで、該物質のヒト神経系疾患における治療有効性を判断できることが期待される。このようにin vivoあるいはin vitroスクリーニング系として本動物又は細胞を使用することにより、新薬研究開発の迅速化、失敗率の低減が期待され、その結果として、新薬をより廉価に提供できるようになることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DBZ遺伝子発現不全非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、
(a)大脳皮質の細胞数が減少している、及び/又は
(b)神経突起の成長が抑制されている、及び/又は
(c)大脳皮質形成時の細胞移動が遅延している、及び/又は
(d)オリゴデンドロサイトの分化が抑制されている
ことを特徴とする動物。
【請求項2】
非ヒト哺乳動物がマウス又はラットである、請求項1記載の動物。
【請求項3】
非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項1記載の動物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の動物由来の脳組織。
【請求項5】
神経系疾患モデルとしての、請求項1〜3のいずれか1項に記載の動物又は請求項4記載の脳組織の使用。
【請求項6】
神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項5記載の使用。
【請求項7】
神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項5記載の使用。
【請求項8】
以下の工程:
(1)請求項1〜3のいずれか1項に記載の動物又は請求項4記載の脳組織に被検物質を適用する工程、
(2)該動物の大脳皮質の細胞数、該動物の中枢神経組織における神経突起の成長、該脳組織における細胞移動、又は該動物の脳におけるオリゴデンドロサイトの分化を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、大脳皮質の細胞数が増加し、神経突起の成長が促進され、細胞移動が促進され、又はオリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
以下の工程:
(1)請求項1〜3のいずれか1項に記載の動物に被検物質を投与する工程、
(2)該動物における行動異常を調べる工程、及び
(3)被検物質を適用しなかった場合と比較して、行動異常が改善されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項8又は9記載の方法。
【請求項12】
以下の工程:
(1)DBZ遺伝子発現不全哺乳動物細胞に被検物質を接触させる工程、
(2)該細胞をオリゴデンドロサイトに分化誘導する工程、
(3)上記(2)により得られる細胞集団におけるオリゴデンドロサイトの分化の程度を調べる工程、及び
(4)被検物質を接触させなかった場合と比較して、オリゴデンドロサイトの分化が促進されたときに、該被検物質を神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質の候補として選択する工程
を含む、神経系疾患の治療及び/又は予防効果を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項13】
神経系疾患が統合失調症、気分障害又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
神経系疾患が統合失調症又は髄鞘異常を呈する疾患である、請求項12記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−46597(P2013−46597A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226210(P2011−226210)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】