説明

神経細胞刺激装置及び神経細胞刺激方法

【課題】短時間で活性化に至る刺激を与えるとともに従来に比して小型化し得る神経細胞刺激装置及び神経細胞刺激方法を提案する。
【解決手段】緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加して、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させ、該パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプルにおける刺激対象に集光させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経科学分野に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来、神経科学分野のスタンダードとしてパッチクランプ法がある。これは、光学顕微鏡下で、細胞膜における微小領域を電気的に隔絶し、イオンチャンネルを流れる電流を測定する手法である。
【0003】
近年、光に応答して神経細胞を活性化するチャンネル(チャネルロドプシン2(ChR2))の遺伝子が単離された(例えば非特許文献1参照)。これによりChR2遺伝子を導入し、発現させた神経細胞を光によって刺激する実験が盛んに行われている。
【0004】
ChR2に対する光感受分子であるレチナールがtrans型からcis型に変換することがチャネルの開閉に関与しており、該ChR2の活性化にはおおよそ2[ms]を要することが知られている(例えば非特許文献2参照)。
【非特許文献1】Nagelet al., 2002, Science 296, 2395-2398.
【非特許文献2】IshizukaT etal (2005) Neuroscience Research.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ChR2を活性化する光の波長はおおよそ400[nm]〜470[nm]となるが、細胞内には例えばP450やNADPH等のように、当該波長域で励起される分子が多く存在する。
【0006】
したがって、ChR2に対して与える光のパワーが弱いほど、ChR2を活性化させるまで光をあてておく時間が長くなり、該光の波長域で励起されるChR2以外の分子に影響し、ひいては神経細胞等にダメージを与える問題を生じるに至ってしまう。
【0007】
一方、瞬間的に非常に強いレーザ光を出力する光源として、いわゆるピコ秒レーザやフェムト秒レーザなどの短パルスレーザ光源があり、例えばチタンサファイヤレーザやYAGレーザなどが知られている。
【0008】
ところがこの短パルスレーザ光源では、光発生器の外部に設けられた光学部品の作用より短パルス出力が実現される。このため短パルスレーザ光源は、一般的にサイズが大きく、また価格も高価であるため、装置全体として大型化するという問題があった。
【0009】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、短時間で活性化に至る刺激を与えるとともに従来に比して小型化し得る神経細胞刺激装置及び神経細胞刺激方法を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる課題を解決するため本発明は、神経細胞刺激装置であって、半導体レーザと、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプルにおける刺激対象に集光する光学レンズとを有する。
【0011】
また本発明は、神経細胞刺激方法であって、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプルにおける刺激対象に集光する集光ステップとを有する。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、半導体レーザに対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光をサンプルにおける刺激部位に集中させることができ。この結果、短時間で活性化に至る刺激を与えることができる。
【0013】
一方、半導体レーザに対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、本発明では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となる。したがって、本発明によれば、正立型顕微鏡に搭載することが当然可能であり、また人体や動物に装着して使用することも可能になる。
【0014】
かくして、短時間で活性化に至る刺激を与えるとともに従来に比して小型化し得る神経細胞刺激装置及び神経細胞刺激方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、発明を実施するための最良の形態について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
[1.神経細胞刺激装置の構成]
[2.短パルスレーザ光源の構成]
[2−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
[2−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
[2−3.駆動電圧の制御]
[3.レーザ走査部の構成]
[4.動作及び効果]
[5.他の実施の形態]
【0016】
[1.神経細胞刺激装置の構成]
図1に示すように、この本一実施の形態の神経細胞刺激装置1は、手動又はモータ駆動によりxyz方向へ移動可能な可動ステージ11を有する。この可動ステージ11にはスライドガラスSGが配され、該スライドガラスSGには、ChR2の遺伝子を導入した神経細胞又は該神経細胞を含む神経組織が必要に応じて染色され、サンプルSPLとして配置される。
【0017】
この神経細胞刺激装置1では、可動ステージ11の一方の面と対向する側には光学系12が配され、該可動ステージ11の他方の面と対向する側には照明灯13が配される。
【0018】
照明灯13の光は、可動ステージ11に対して穿設される開口OPから、該可動ステージ11の一方の面に配されるサンプルSPLに対する照明光として到達する。この照明光によってサンプルSPLの像が得られ、該像は対物レンズ12A及び接眼レンズ12Bそれぞれにより所定の倍率で拡大される。
【0019】
したがってこの神経細胞刺激装置1は、可動ステージ11上のサンプルSPLを、接眼レンズ12Bを通じて拡大観察することができるようになされている。
【0020】
一方、この神経細胞刺激装置1は、短パルスレーザ光源20と、サンプルSPLに対するレーザ光の位置を調整するレーザ光走査部30とを有する。また、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にはダイクロイックミラー12Cが配される。
【0021】
短パルスレーザ光源20から出射されるレーザ光は、レーザ光走査部30を経てダイクロイックミラー12Cにより対物レンズ12Aへ導かれ、該対物レンズ12AによりサンプルSPLに集光される。この集光部位は、レーザ光によって刺激されることになる。
【0022】
したがってこの神経細胞刺激装置1は、接眼レンズ12Bを通じて可動ステージ11上のサンプルSPLを観察しながら、該サンプルSPLにおける所望の部位を刺激することができるようになされている。
【0023】
他方、この神経細胞刺激装置1では、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にビームスプリッタ12Dが配され、該ビームスプリッタ12Dにより分離される照明光によって得られるサンプルSPLの像を撮るカメラ14が設けられている。サンプルSPLが蛍光染色されている場合、照明光は落射照明系を用いてもよい。
【0024】
このカメラ14には、コンピュータ15が接続され、該コンピュータ15には少なくともモニタ16及びマウス等の入力部17が接続される。コンピュータ15は、カメラ14から与えられる撮像データに基づいて、サンプルSPLの像を所定の表示態様でモニタ16に表示するとともに、入力部17の移動に応動したカーソルを表示する。
【0025】
またコンピュータ15は、入力部17から、サンプルSPLに対するレーザ光の照射位置の指定に関するデータが与えられた場合、当該指定位置にレーザ光が照射されるようにレーザ光走査部30を制御する。さらにこのコンピュータ15は、サンプルSPLに対するレーザ光の焦点が合うように可動ステージ11又は短パルスレーザ光源20における絞りを制御し得るようになされている。
【0026】
したがってこの神経細胞刺激装置1は、接眼レンズ12Aを通じて可動ステージ11上のサンプルSPLを観察しながら、モニタ23を介して実際のサンプルSPLに対する所望の刺激部位を指定することができるようになされている。
【0027】
[2.短パルスレーザ光源の構成]
次に、短パルスレーザ光源20の構成を具体的に説明する。図2に示すように、この短パルスレーザ光源20は、レーザ制御部21と、半導体レーザ22,23とから構成される。
【0028】
半導体レーザ22,23は、半導体発光を用いる一般的な半導体レーザ(例えばソニー株式会社製、SLD3233)でなる。この半導体レーザ22,23は、レーザ制御部21による駆動電圧制御(詳しくは後述する)のもとに、レーザ光をパルス出力するようになされている。
【0029】
レーザ制御部21は、パルス生成器21A及びLD(Laser Diode)ドライバ21B,21Cとから構成される。図3(A)に示すように、パルス生成器21Aは、離散的にパルス状の生成信号パルスSLwを発生するパルス信号SLを生成する。
【0030】
そしてパルス生成器21Aは、このパルス信号SLをLDドライバ21Bに対して供給するとともに、該パルス信号SLに対して生成信号パルスSLwが半周期ずれたパルス信号SLをLDドライバ21Cに供給する。生成信号パルスSLwの信号レベルは、例えば外部機器により適宜調整される。
【0031】
図3(B)に示すように、LDドライバ21B,21Cは、パルス信号SLを所定の増幅率で増幅することにより、生成信号パルスSLwに対応して駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、対応する半導体レーザ22,23に供給する。駆動電圧パルスDJwの電圧値は、生成信号パルスSLwの信号レベルに応じて決定される。
【0032】
半導体レーザ22,23は、このレーザ駆動電圧DJに応じてレーザ光LLをパルス出力する。
【0033】
このようにして短パルスレーザ光源20は、半周期ずれたパルスのレーザ光を半導体レーザ22,23から出力するようになされている。
【0034】
[2−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
レーザの特性を表すいわゆるレート方程式は、次式
【0035】
【数1】

【0036】
とされる。この(1)式における「Γ」は閉込め係数、「τph」は光子寿命、「τ」はキャリア寿命、「C」は自然放出結合係数、「d」は活性層厚、「q」は電荷素量、「gmax」は最大利得、「N」はキャリア密度、「S」は光子密度、「J」は注入キャリア密度、「c」は光速、「N」は透明化キャリア密度、「n」は群屈折率をそれぞれ表す。
【0037】
一般的な半導体レーザでは、注入キャリア密度J(すなわちレーザ駆動電圧DJ)の増大に応じてキャリア密度Nが飽和状態の少し手前から発光が開始される。そして、注入キャリア密度Jの増大に伴って光子密度S(すなわち出射光強度)が増大することとなる。
【0038】
ここで、(1)式に示したレート方程式から、発光開始時間τdを算出することができる。すなわち発振以前のため光子密度S=0とすると、(1)式は次式
【0039】
【数2】

【0040】
と表すことができる。この(2)式におけるキャリア密度Nをスレショールド値Nthとすると、発光開始時間τdは次式
【0041】
【数3】

【0042】
と表すことができる。この(3)式からも分かるように、発光開始時間τdは注入キャリア密度Jに反比例する。この注入キャリア密度Jの振幅は、レーザ駆動電圧DJが大きいと、発光開始直後に緩和振動によって最も大きい第1波として現れ、第2波、第3波と徐々に減衰し、安定化に至る。
【0043】
一般的なレーザ光源では、半導体レーザに対して緩和振動の殆どみられない条件(電圧値)となる比較的小さいレーザ駆動電圧DJを印加することにより、敢えて出射開始直後の出射光強度の差異を小さくし、レーザ光LLの出力を安定させている。
【0044】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、緩和振動を生じさせて、レーザ光の瞬間的な出射光強度の最大値が安定値よりも増大(例えば1.5倍以上)される。
【0045】
すなわち図4に示すように、レーザ制御部21は、緩和振動を生じさせるための電圧値(以下、これを振動電圧値αと呼ぶ)の駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、これを半導体レーザ22,23に印加する(図4(B))。駆動電圧パルスDJwのパルス幅は、発光開始時間τdと振動周期taとを加算(τd+ta)した時間(以下、これを電流波供給時間βと呼ぶ)とされる。
【0046】
これにより短パルスレーザ光源20は、図4(C)に示すように、半導体レーザ22,23から緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(以下、これを振動出力光LMpと呼ぶ)を出射することができるようになされている。
【0047】
また短パルスレーザ光源20は、大きな電圧値でなるレーザ駆動電圧DJを印加する時間を短縮することができるため、半導体レーザ22,23の過発熱などにより生じる当該半導体レーザ22,23の不具合を抑制することができるようになされている。
【0048】
ちなみに、振動電圧値αよりも小さい振動電圧値βでなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ22,23に印加した場合(図4(D))、出射光強度の比較的小さい振動出力光LMp(図4(E))が半導体レーザ22,23から出射される。
【0049】
ここで、一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233VF)に対して、比較的大きなレーザ駆動電圧DJを印加した時に測定された出射光強度を、図5に示す。この図からも分かるように、光子密度Sにみられた緩和振動が出射光強度として実際に生じる。なお図5では、レーザ駆動電圧DJを半導体レーザに対して矩形のパルス状に供給した場合に得られたレーザ光LLの波形を示している。
【0050】
このように短パルスレーザ光源20は、緩和振動モードを実行した場合、緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(振動出力光LMp)を、半導体レーザ22,23から出射することができるようになされている。
【0051】
[2−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
ここで、駆動電圧パルスDJwの電圧値を変化させた場合のレーザ光LLの変化を測定した実験の結果について説明する。
【0052】
まず、図6において、この実験で用いた、短パルスレーザ光源20から出射されたレーザ光LLを分析する光測定装置50の構成を示す。
【0053】
この光測定装置100では短パルスレーザ光源20における半導体レーザ22,23から出射されたレーザ光LLは、コリメータレンズ51に供給される。レーザ光LLは、コリメータレンズ51によって発散光から平行光に変換され、BPF(Band Pass Filter)52を介して集光レンズ53へ入射される。
【0054】
この実験では、この集光レンズ53によって集光された後のレーザ光LLが、光サンプルオシロスコープ54(浜松ホトニクス株式会社製、C8188−01)及び光スペクトルアナザイザ55(株式会社エーディーシー製、Q8341)により測定及び分析された。
【0055】
またこの実験では、コリメータレンズ51及び集光レンズ53間にパワーメータ56(株式会社エーディーシー製、Q8230)が設置され、レーザ光LLの出射光強度が測定された。なおこの実験では、BPF52は必要に応じて設置又は除去された。
【0056】
図7及び図8において、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを変化させたときに得られたレーザ光LLの出射光強度について、光スペクトルアナライザ57によって測定した結果を示す。ちなみに、この測定において、BPF52は設置されていない。
【0057】
図7に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが6[V]のとき、レーザ光LLの波形にはピークが大きなピークが複数見られることから、当該レーザ光は振動出力光LMpといえる。
【0058】
一方、図8に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが42[V]のとき、レーザ光LLの波形には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が見られた。
【0059】
このことから、振動電圧値αよりも大きな特異電圧値β(すなわち最大電圧値Vmax)でなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ22,23に供給した場合、振動出力光LMpとはその波形及び波長の異なるレーザ光LLが出力されることが分かる。なお、発光開始時間τdも上述したレート方程式から導かれる(3)式とは一致しなかった。
【0060】
このレーザ光LLの波長は、安定化時におけるレーザ光の波長よりも約6[nm](6±2[nm]以内)短波長側にピークを有することが確認されている。以下、このレーザ光LLを特異出力光LApと呼び、当該特異出力光LApを出力する半導体レーザ22,23のモードを特異モードと呼ぶ。
【0061】
ちなみに、短波長側にピークをもつのは、最大電圧値Vmaxの上昇に伴いレーザ光LLが振動出力光LMpから特異出力光LApへ変化する過程において、長波長側のピークが徐々に減衰し、代りに短波長側のピークが増大していくものと考えられる。
【0062】
また、パワーメータ56による測定(半導体レーザ22,23としてソニー株式会社製、SLD3233を使用)の結果、この特異ピークAPKの出射光強度は、約12[W]と緩和振動モードにおけるレーザ光LLの最大の出射光強度(約1〜2[W])と比して、非常に大きいことが確認された。なお光サンプルオシロスコープ54の解像度が低いためこの出射光強度は図面には表われていない。
【0063】
またストリークカメラ(図示せず)による分析の結果、特異ピークAPKは、ピーク幅が10[ps]程度であり、緩和振動モードにおけるピーク幅(約30[ps])と比して、小さくなることが確認された。なお光サンプルオシロスコープ54の解像度が低いためこのピーク幅は図面には表われていない。
【0064】
また特異スロープASPは、その波長が通常モードにおけるレーザ光LLの波長と同一であり、最大の出射光強度は約1〜2[W]程度であった。
【0065】
以上ように、半導体レーザ22,23に対して、緩和振動を生じさせる電圧値よりもさらに大きい特異電圧値でβなるレーザ駆動電圧DJが印加された場合、図9に示すように、最初に出現する特異ピークAPKと、続いて出現するスロープASPとからなる特異出力光LApが出射される。なおこの実験とは異なる半導体レーザを用いた場合であっても、同様の結果が得られている。
【0066】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、レーザ制御部21が、半導体レーザ22,23に対し、振動電圧値αでなるレーザ駆動電圧DJだけでなく、該振動電圧値αよりもさらに大きい特異電圧値βでなるレーザ駆動電圧DJで駆動し得るようになされている。
【0067】
これによりレーザ制御部21は、図9に示したように、半導体レーザ22,23を特異モードに遷移させ、レーザ光LLとして、当該半導体レーザ22,23から非常に大きい特異ピークAPKを有する特異出力光LApを出射させることができる。
【0068】
[2−3.駆動電圧の制御]
ところで、本実施の形態による短パルスレーザ光源20には、コンピュータ23(図1)から、図10に示すように、パルス生成器41における設定パルスSLsのパルス幅Wsと、当該設定パルスSLsの高さHsとの設定情報が与えられる。
【0069】
短パルスレーザ光源20は、この設定情報に示される設定内容にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることにより、LDドライバ21B,21Cによって生成される駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmax及び生成信号パルスSLwの信号パルス幅を切り換える。
【0070】
例えば、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が増大され、特異スロープASPが大きくなる。
【0071】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を小さくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが小さくなる。
【0072】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが大きくなる。
【0073】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が小さく、特異スロープASPも小さくなる。
【0074】
このようにこの短パルスレーザ光源20は、コンピュータ23(図1)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることで、特異ピークAPK,特異スロープASPに対するレベルと幅の双方又は一方を可変することができる。すなわち特異ピークAPKと、特異スロープASPとの割合を調整することができる。
【0075】
また短パルスレーザ光源20は、コンピュータ23(図1)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号レベルを振動電圧値αとすることで、緩和振動パルスのレーザ光LL(振動出力光LMp)を得ることもできる。
【0076】
以上のようにこの短パルスレーザ光源20は、駆動電圧DJにおける駆動電圧パルスDJwの電圧値を切り換えることにより、緩和振動モード又は特異モードの切り換えに加えて、特異モードでの特異出力光LApにおける特異ピークAPKのレベル(高さ)を調整し得るようになされている。
【0077】
[3.レーザ走査部の構成]
次に、レーザ走査部30の構成を具体的に説明する。図11に示すように、このレーザ走査部30は、半導体レーザ22から出射されるレーザ光のレーザ径を、ビームエキスパンダ31によってレーザ強度が均質化された状態で広げる。そしてレーザ走査部30は、ビームエキスパンダ31から得られるレーザ光を偏光ビームスプリッタ32で反射させ、結像レンズ33及び1/2波長板34を順次介して液晶位相変調素子35に導く。
【0078】
液晶位相変調素子35は、コンピュータ15によって画素ごとに制御される液晶の状態に応じて、1/2波長板34から入射するレーザ光の位相ポジションを変位させて、入力部17(図1)から指定されるレーザ光の照射位置に対応する部分のレーザ光を、1/2波長板34及び結像レンズ33を順次介して偏光ビームスプリッタ32に透過させる。
【0079】
レーザ走査部30は、この偏光ビームスプリッタ32を透過するレーザ光を偏光板36を介して偏光ビームスプリッタ37で反射させ、ダイクロイックミラー12Cに導くようになされている。したがって、半導体レーザ22から液晶位相変調素子35を経てダイクロイックミラー12Cに導かれるレーザ光は、入力部17(図1)から指定されるレーザ光の照射位置に対応する部分に対物レンズ12Aにより集光されることとなる。
【0080】
一方、レーザ走査部30は、半導体レーザ23から出射されるレーザ光のレーザ径を、ビームエキスパンダ41によってレーザ強度が均質化された状態で広げる。そしてレーザ走査部30は、ビーム強度均一化光学部41から得られるレーザ光を偏光ビームスプリッタ42で反射させ、結像レンズ43及び1/2波長板44を順次介して液晶位相変調素子45に導く。
【0081】
この液晶位相変調素子45は、コンピュータ15によって画素ごとに制御される液晶の状態に応じて、液晶位相変調素子35と同一又は異なる照射位置に対応する部分のレーザ光を、1/2波長板44及び結像レンズ43を順次介して偏光ビームスプリッタ42に透過させる。
【0082】
レーザ走査部30は、この偏光ビームスプリッタ42を透過するレーザ光をミラー46で折り曲げ、偏光板47を介してリレーレンズ48に導き、該リレーレンズ48によって焦点距離を伸ばす。そしてレーザ走査部30は、このリレーレンズ37から得られるレーザ光を、偏光ビームスプリッタ37を透過させてダイクロイックミラー12Cに導くようになされている。
【0083】
したがって、半導体レーザ23から液晶位相変調素子45ダイクロイックミラー12Cに導かれるレーザ光は、半導体レーザ22からダイクロイックミラー12Cに導かれるレーザ光と同様に、入力部17(図1)から指定されるレーザ光の照射位置に対応する部分に対物レンズ12Aにより集光されることとなる。
【0084】
[4.動作及び効果]
以上の構成において、この神経細胞刺激装置1は、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧DJを半導体レーザ22(又は半導体レーザ23)に印加し、該半導体レーザ22から緩和振動パルスのレーザ光LL又はパルス状の特異ピークAPKをもつレーザ光LLを出力させる(主に図4又は図9参照)。
【0085】
そして神経細胞刺激装置1は、このレーザ光LLを、対物レンズ12Aによって可動ステージ11に配されるサンプルSPLに集光する(主に図1参照)。
【0086】
したがってこの神経細胞刺激装置1では、半導体レーザ22に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光をサンプルSPLにおける刺激対象とされる部位に集中させることができため、短時間で活性化に至る刺激を与えることができ、この結果、サンプルSPLに対するダメージを大幅に低減することができる。
【0087】
これに加えて、半導体レーザ22に対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、この神経細胞刺激装置1では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となる。したがって、本発明によれば、正立型顕微鏡に搭載することが当然可能であり、また人体や動物に装着して使用することも可能になる。
【0088】
また、この神経細胞刺激装置1は、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えることにより、特異ピークAPKと、該特異ピークAPKに続いて現れる特異スロープASPとの割合を調整することができる(主に図10参照)。
【0089】
ChR2には2つの活性化状態があると考えられ、第1の活性化状態から第2の活性化状態への移行は直ちに起こるのではなくある程度の時間を要すると考えられている。この神経細胞刺激装置1では、特異ピークAPKと特異スロープASPとの割合を調整することができるので、第1の活性化状態から第2の活性化状態への移行まで、刺激誘発に最小限必要とされるエネルギーを持続的に与えることができる。
【0090】
したがって、この神経細胞刺激装置1では、サンプルSPLに対するダメージを最小に抑えながら、該サンプルSPLを確実に誘発させることができる。従来におけるチタンサファイヤレーザなどのピコ秒以下の極短パルスではChR2は活性化されないので、特異ピークAPKと特異スロープASPとの割合の調整によってサンプルSPLに対するダメージを抑えつつ確実に誘発できるということは、非常に有用となる。
【0091】
また、この神経細胞刺激装置1は、液晶位相変調素子35(又は液晶位相変調素子45:図11)を用いて、特異出力光LApにおける位相ポジションを、モニタ16(図1)上におけるサンプルに対するレーザ照射位置の指定に応じて変化させる。
【0092】
したがってこの神経細胞刺激装置1では、短パルスレーザ光源20におけるレーザ光の出射位置を物理的に動かす場合に比して、短パルスレーザ光源20に対する可動範囲を要することなくレーザ光の照射位置を調整でき、小型化をよりいっそう図ることができる。
【0093】
これに加えてこの神経細胞刺激装置1では、液晶位相変調素子35に対して複数のレーザ照射位置の指定した場合、各照射位置に対して、同時に、瞬間的に強いレーザ光を刺激部位に集中させることができる。異なる刺激部位を同時に刺激できるということは、有効な刺激部位を探索する等の観点で特に有用となる。しかも小型化で実現できるので技術的観点のみならずユーザフレンドリ性又は経済的観点からも有用となる。
【0094】
また、この神経細胞刺激装置1は、半導体レーザ22,23から出力される特異出力光LApにおける位相ポジションを、対応する液晶位相変調素子35,45を用いて、同一又は異なる状態に変化させる。
【0095】
したがってこの神経細胞刺激装置1では、刺激部位に対して、単位時間当たりの駆動電圧パルスDJw(図3)の割当数を増加させることができるため、より一段と短時間で、活性化に至る刺激を与えることができる。液晶位相変調素子35では、一般に、レーザ光の変調に要する時間が、当該レーザ光を当ててから活性化に至るまでの刺激時間よりも長時間となる。したがって1つの半導体レーザから出射される特異出力光LApの照射位置を、その位相ポジションの変異によって所望の照射位置とする場合に比して、活性化に至る刺激を、短時間で確実に与えることができる。
【0096】
また、この神経細胞刺激装置1は、半導体レーザ22,23に与えるべきパルス状の駆動電圧DJ(駆動電圧パルスDJw)に対する電圧値を切り換えて、緩和振動又は特異ピークAPKの強度を調整する(主に図10参照)。
【0097】
したがってこの神経細胞刺激装置1では、刺激部位に対して、単位時間当たりの駆動電圧パルスDJw(図3)の割当数を増加させるのみならず、該割当時における強度を可変させることができるため、刺激対象に対して所望の刺激パターンを与えることができる。このことは、神経細胞の動向を解析するする観点で非常に有用となる。
【0098】
以上の構成によれば、半導体レーザ22,23に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光をサンプルSPLにおける刺激部位に集中させることができるようにしたことにより、短時間で活性化に至る刺激を与えるとともに従来に比して小型化し得る神経細胞刺激装置1を実現できる。
【0099】
[5.他の実施の形態]
上述の実施の形態では、2つの半導体レーザ22,23と、該半導体レーザ22,23に対応するレーザ走査部30の光学系(31〜37,41〜48:図11)とが適用された。しかしながら、1つの半導体レーザ22と、半導体レーザ22に対応するレーザ走査部30の光学系(31〜37)とが適用される形態であってもよい。また、2以上の半導体レーザと、該半導体レーザに対応するレーザ走査部30の光学系とが適用される形態であってもよい。
【0100】
また上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えて特異スロープASPの幅が可変できるようにされた。この可変は、光学的に行うことも可能である。
【0101】
例えば、使用すべき半導体レーザ22,23から出射されるレーザ光の波長を中心とする所定波長域の波長をカットするBPFを、レーザ光の光路上と、それ以外の場所との間を移動可能に設ける。例えば図9で上述したように、特異スロープASPは半導体レーザ22又は23から出射されるレーザ光と同等の波長となる一方、特異ピークAPKはレーザ光の波長よりも短波長となる。したがって、BPFを一定時間光路上に移動させて特異スロープASPを一定時間だけ抑制することで、該特異スロープASPの幅を可変することが可能となる。
【0102】
また上述の実施の形態では、短パルスレーザ光源がパルス幅による特異スロープと立上スロープによるモードとの双方が制御された。しかしながら他の実施の形態として、いずれか一方の制御を実行する形態が適用されてもよい。
【0103】
また上述の実施の形態では、パルス幅による特異スロープの制御と同時に駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながら他の実施の形態として、制御と調整のいずれか一方を実行する形態が適用されてもよい。
【0104】
また上述の実施の形態では、設定パルスSLsの高さHsの設定により駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながらこの調整手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、LDドライバ21B,21Cにおける増幅率を変化させることにより最大電圧値Vmaxを調整する調整手法が適用できる。
【0105】
また上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwとして矩形状のパルス電流が供給された。しかしながら供給手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、短時間に亘って大きな振動電圧値αでなるパルス電流が供給されてもよく、また正弦波状でなる駆動電圧パルスDJwが供給されてもよい。
【0106】
また上述の実施の形態では、半導体レーザ22,23として一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233など)が用いられた。要は、p型とn型の半導体を用いてレーザ発振を行ういわゆる半導体レーザであれば良い。また敢えて緩和振動を大きく生じさせやすくした半導体レーザを用いることがさらに好ましい。
【0107】
また上述の実施の形態では、位相変調素子として液晶位相変調素子35,45が適用された。しかしながら位相変調素子はこの実施の形態に限定されるものではなく、液晶を利用した位相変調素子以外であっても適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明は、生物実験、医薬の創製又は患者の経過観察などのバイオ産業上において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】神経細胞刺激装置の構成を示す略線/ブロック図である。
【図2】短パルスレーザ光源の構成を示す略線/ブロック図である。
【図3】パルス信号とレーザ駆動電圧を示す略線図である。
【図4】駆動電流と出射光強度の説明に供する略線図である。
【図5】実際の発光波形を示す略線図である。
【図6】光測定装置の構成を示す略線図である。
【図7】実験結果(1)を示すグラフである。
【図8】実験結果(2)を示すグラフである。
【図9】特異出力光の波形を示す略線図である。
【図10】パルス幅による特異出力光の制御の説明に供する略線図である。
【図11】レーザ走査部の構成を示す略線/ブロック図である。
【符号の説明】
【0110】
1……神経細胞刺激装置、11……可動ステージ、12……光学系、13……照明灯、14……カメラ、15……コンピュータ、16……モニタ、17……入力部、20……短パルスレーザ光源、21A……パルス生成部、21B,21C……LDドライバ、22,23……半導体レーザ、30……レーザ光走査部、31,41……ビームエキスパンダ、32,37,42……偏光ビームスプリッタ、33,43……結像レンズ、34,44……1/2波長板、35,45……液晶位相変調素子、36,47……偏光板、48……リレーレンズ、SG……スライドガラス、SPL……サンプル、τd……発光開始時間、DJ……レーザ駆動電圧、DJw……駆動電圧パルス、LL……レーザ光、SL……パルス信号、SLw……生成信号パルス、LMp……振動出力光、LAp……特異出力光、APK……特異ピーク、ASP……特異スロープ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体レーザと、
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を上記半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプルにおける刺激対象に集光する光学レンズと
を有する神経細胞刺激装置。
【請求項2】
上記特異ピークと、該特異ピークに続いて特異ピーク強度よりも小さく現れる特異スロープとの割合を調整する調整手段
をさらに有する請求項1に記載の神経細胞刺激装置。
【請求項3】
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光の位相ポジションを、レーザ照射位置の指定に応じて変化させる位相変調素子
をさらに有する請求項2に記載の神経細胞刺激装置。
【請求項4】
上記半導体レーザは、2以上の半導体レーザでなり、
上記レーザ制御部は、
上記パルス状の駆動電圧をずらした状態で上記2以上の半導体レーザにそれぞれ印加し、
上記位相変調素子は、上記2以上の半導体レーザにそれぞれ割り当てられ、対応する半導体レーザから出力されるレーザ光の位相ポジションを、他に割り当てられる位相変調素子と同一又は異なるレーザ照射位置の指定に応じて変化させる、請求項3に記載の神経細胞刺激装置。
【請求項5】
上記調整手段は、
上記パルス状の駆動電圧に対する電圧値を切り換えて上記特異ピーク強度を調整する、請求項4に記載の神経細胞刺激装置。
【請求項6】
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプルにおける刺激対象に集光する集光ステップと
を有する神経細胞刺激方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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