神経細胞新生促進組成物
【課題】神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する組成物を提供することを解決すべき課題とした。
【解決手段】本発明者らは、「神経系前駆細胞をニコチン存在下で培養すると、神経細胞への分化が促進されると共にアストログリア細胞への分化が抑制されること」を見出したことを基にして、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物を完成した。
【解決手段】本発明者らは、「神経系前駆細胞をニコチン存在下で培養すると、神経細胞への分化が促進されると共にアストログリア細胞への分化が抑制されること」を見出したことを基にして、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物を完成した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物に関する。より詳しくは、該組成物は、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞の分化抑制効果を有する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は、生体において分裂能を持たない組織であるため、障害を受けると長期にわたってその障害が持続する。一方、末梢神経は再生能を有しているが、再生には数ヶ月から1年以上の時間を有する。さらに、再生に長期間を要するために、その間に神経細胞が死滅し、機能回復に至らない場合がある。
この回復期にアストログリア細胞と呼ばれる神経系細胞が反応性アストログリア細胞という増殖盛んな細胞に変化し、組織内にグリア瘢痕を形成する。該グリア瘢痕が、障害となって再生神経軸索の再投射を妨げる。従って、グリア瘢痕形成を阻害できる新規な薬剤の開発が望まれている(参照:特許文献1)。
【0003】
本発明者の一人は、神経細胞新生促進作用を有する各種天然由来成分について鋭意研究したところ、茶成分であるテアニンが優れた神経細胞新生促進作用を有することを見出している(参照:特許文献2)。
しかしながら、テアニンとニコチンは明らかに構造が異なるものであり、本出願の発明とは明らかに異なる。
【0004】
一方、ニコチンを用いた神経成長因子生合成促進剤が報告されている。
特開平5-201860(特許文献3)は、「ニコチンを有効成分とする神経成長因子生合成促進剤」を開示している。
本公報では、「ニコチンを曝露するとアストログリア細胞における神経栄養因子NGFの産生が促進されること」を報告している。しかし、NGFは神経細胞の成長と成熟を促進する効果を持つので、ニコチン投与に伴ってアストログリア細胞のNGF産生が亢進して、その結果周辺に存在する神経細胞が保護される可能性のみを提唱している。
【0005】
神経幹細胞は、神経系前駆細胞を経て神経細胞に分化されるか、又はグリア前駆細胞を経てアストログリア細胞若しくはオリゴデンドログリア細胞に分化する。胎児の神経幹細胞は約50%の確率で神経細胞又はグリア細胞に分化する。一方、成人の神経幹細胞は、ほぼ全てがグリア細胞に分化する。よって、グリア細胞への分化を抑制して、さらに神経細胞への分化を促進する成分は、老化予防作用や中枢神経系に関する疾病の予防や治療に期待できる。
また、アルツハイマー病、パーキンソン病等に代表される神経変性疾患は、神経の欠落を来す重大な疾患である。しかし、現在でも有効な治療剤が存在しない。さらに、統合失調症やうつ病に代表される精神疾患では、神経細胞の脱落は見られないが、神経細胞の機能異常が観察される。しかし、現在使用される治療薬剤には多くの副作用が報告されている。
【0006】
以上の現状により、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経精神疾患治療剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2006/137377
【特許文献2】特開2008-169143
【特許文献3】特開平5-201860
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した問題点を解決することを解決すべき課題とした。より詳しくは、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する組成物を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、「神経系前駆細胞をニコチン存在下で培養すると、神経細胞への分化が促進されると共にアストログリア細胞への分化が抑制されること」を見出したことを基にして、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1. ニコチンを有効成分とする神経細胞新生促進組成物。
2. 神経細胞への分化能を増強することを特徴とする前項1に記載の神経細胞新生促進組成物。
3. アストログリア細胞への分化能を抑制することを特徴とする前項1又は2に記載の神経細胞新生促進組成物。
4. 神経系前駆細胞の細胞死を誘導しないことを特徴とする前記1〜3のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
5. 神経系前駆細胞の増殖能を抑制することを特徴とする前記1〜4のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
6.以下のいずれか1の治療剤である前記1〜5のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
(1)アルツハイマー病
(2)パーキンソン病
(3)脳卒中
(4)うつ病
(5)統合失調症
(6)自閉症
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経細胞新生促進組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色の結果
【図2】nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認結果
【図3】ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果
【図4】ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能のMTT測定結果
【図5】ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定結果
【図6】nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果
【図7】自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果
【図8】分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の神経細胞新生促進組成物は、下記実施例により、「神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果」を見出したことを利用している。
従って、本発明の神経細胞新生促進組成物は、アルツハイマー病、脳卒中、パーキンソン病等の神経変性疾患並びにうつ病、統合失調症、自閉症等の精神疾患に関する治療剤として利用することができる。
【0014】
(神経細胞新生促進組成物)
本発明の「神経細胞新生促進組成物」とは、ニコチンを有効成分とするものであって、神経細胞への分化能の増強作用(分化促進効果)、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用(増殖能抑制効果)、神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用(細胞死を誘導しない効果)からなる群から選ばれる1以上の作用を有するものを意味する。
本発明の神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用は、ニコチン自体が神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用を有する場合を含むが、他の物質による神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用をニコチンがいわば触媒的に促進又は抑制する場合も含むものと解する。
【0015】
(神経細胞新生促進組成物の用途)
本発明の神経細胞新生促進組成物は、アルツハイマー病、パーキンソン病、脳卒中、うつ病、統合失調症、自閉症等の治療に使用することができる。
【0016】
(ニコチン)
本発明の「ニコチン」とは、D体及びL体のいずれのニコチンでもよく、さらに、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する限り、ニコチン塩、ニコチンの遊離塩基形態、ニコチン誘導体、ニコチン包接錯体、又は任意の非共有結合状態のニコチン、並びにそれらの混合物でも良い。
例えば、ニコチン塩としては、モノ酒石酸塩、酒石酸水素塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、及び塩酸塩等が挙げられる。
【0017】
(神経細胞新生促進組成物の形態)
本発明の神経細胞新生促進組成物は、単独として、食品(特に、チューインガム)として使用することもできる。また、該組成物は、医薬品及び医薬部外品として使用することもできる。
組成物の形態としては、凍結乾燥或いは噴霧乾燥等により乾燥させて乾燥粉末として提供することも、液剤、錠剤、散剤、顆粒、糖衣錠、カプセル、懸濁液、乳剤、アンプル剤、注射剤、その他任意の形態に調製して提供することができる。
医薬品として提供する場合、例えば、有効成分をそのまま精製水又は生理食塩水等に溶解して調製することも可能である。
医薬部外品として提供する場合、容器詰ドリンク飲料等の飲用形態、或いはタブレット、カプセル、顆粒等の形態とし、できるだけ摂取し易い形態として提供するのが好ましい。
【0018】
また、本発明の神経細胞新生促進組成物は、有効成分であるニコチン以外に、ビタミン剤、抗菌剤、他の神経細胞新生促進効果を有する物質(特に、テアニン)等を含んでも良い。
【0019】
(神経細胞新生促進組成物の投与態様)
本発明の神経細胞新生促進組成物の投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与(例えば、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、粘膜投与、直腸内投与、膣内投与、患部への局所投与、皮膚投与等)のいずれの投与経路により投与してもよい。経口投与に適する製剤形態としては、固形又は液体の形態が挙げられ、非経口投与に適する製剤形態としては、注射剤、点滴剤、坐剤、外用剤、点眼剤、点鼻剤等の形態が挙げられる。
【0020】
(神経細胞新生促進組成物の投与量)
本発明の神経細胞新生促進組成物の投与量は、該組成物の効果を損なわない限り特に限定されない。例えば、投与対象の体重1kg当たり0.5mg〜5.0mgの有効成分であるニコチンを投与するのが好ましく、中でも投与対象の体重1kg当たり0.5mg〜2.0mgの有効成分であるニコチンを投与するのがさらに好ましい。
例えば本発明の組成物を成人に投与することを想定し、体重を40kg〜100kgとした場合、20mg〜500mgの有効成分であるニコチンを投与することが好ましく、20mg〜200mgの有効成分であるニコチンを投与することがさらに好ましい。
【0021】
例えば、体重60kgのヒトが摂取することを目安とすると、3.0mg〜300mgの有効成分であるニコチン含有量に調整するのが好ましく、中でも30mg〜120mgの有効成分であるニコチン含有量に調整するのがさらに好ましい。
【0022】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。なお、以下の実施例では、金沢大学動物実験指針に基づいて行っている。
【実施例1】
【0023】
(神経系前駆細胞の培養並びに該細胞の増殖能及び分化能の確認)
神経幹細胞及び神経系前駆細胞は、増殖を繰り返すことができる自己複製能及び中枢神経系を構成する細胞へと分化することができる多分化能を有する。そこで、実施例2以降で使用する神経系前駆細胞が自己複製能及び分化能を有するかを確認した。
【0024】
(使用した動物)
Wistar系雌性妊娠ラット(三協ラボサービス)を、自由摂食及び、摂水下、気温25±1℃及び、湿度55±2%で、8時45分から20時45分までを明期及び20時45分から8時45分までを暗期とする明暗サイクル下で飼育した。
【0025】
(ラット胎児由来大脳皮質の取得)
上記「0024」で飼育した妊娠18日目の雌性ラットから子宮を全摘出し、クリーンベンチ内で子宮から胎児を取り出した。胎児の頭部を背側から頚部で切断し、全脳を摘出した。実体顕微鏡下で、摘出した全脳から、大脳皮質を切り出し、Phosphate buffer saline(PBS)special (PBS without Ca2+ and Mg2+ , containing 33 mM Glucose, 100 U/mL Penicillin and 100 mg/mL Streptomycin )を満たしたペトリ皿に回収し、細胞分散までCO2インキュベーター内に静置した。
【0026】
(神経系前駆細胞の培養)
先端を加熱して細くしたパスツールピペットにより、段落「0025」で得られた大脳皮質を分散し、400×g で5分遠心を行った。上清を除去後、これら大脳皮質を2.5 U/mL papain、250 U/mL Deoxyribonuclease(DNase)及び、1 U/mL Neutral proteaseを含む酵素処置液で37℃、30分間インキュベートし、細胞間の結合を緩和した。続いて、medium with serum{dulbecco's modified eagle medium: Nutrient mixture F-12(1:1) (DMEM/F12) containing 10% fetal bovine serum, 0.11%(w/v) Sodium bicarbonate, 100 U/mL Penicillin,100μg/mL Streptomycin, 16.2mM Glucose and 250μM N-acetyl-L-cysteine}で洗浄後、400×gで5分間遠心し、得られた細胞をMedium with serumで再分散した。この細胞分散液を、分散液 : 10×PBS : Percoll = 10 : 1 : 9の割合で混合した後、18℃、20000×gで30分間遠心を行い、密度勾配を作成し、1.065 g/mL〜1.075 g/mLの密度層に存在する細胞を回収した。
回収した細胞を、Medium with serumで洗浄後、400×gで5分間遠心分離し、得られた細胞を、Growth medium{DMEM/F12 containing 0.11% Sodium bicarbonate, 100 U/mL Penicillin, 100μg/mL Streptomycin, 16.2mM Glucose, 250μM N-acetyl-L-cysteine, 20 nM Progesterone, 30 nM Sodium selenite, 60μM Putrescine, 25μg/mL Insulin, 100μg/mL Apo-transferrin and 10 ng/mL Epidermal growth factor(EGF)}に懸濁した。
次に、Typan blue染色を用いて生細胞の割合を算出し、1.5×104 cells/mLの濃度で24穴培養ディッシュ(NUNC: マルチディッシュ 24well 直径:15.5 mm)上に播種した。これらの細胞は実験に用いるまで、CO2インキュベーター(SANYO社、MC0-17AIC型:37℃、5% CO2/95% O2)内に静置した。
【0027】
(神経系前駆細胞における増殖能の測定)
神経系前駆細胞の培養条件下で示す特徴の一つである神経塊(Neurosphere)の形成を測定した。詳細は、以下の通りである。
段落「0026」で12日間培養した神経系前駆細胞の神経塊の位相差顕微鏡像を、培養4日目から10日目まで2日ごとに獲得し、得られた画像から画像解析ソフトを用いて面積を測定した。
【0028】
(神経系前駆細胞の分化誘導)
段落「0026」で12日間培養した細胞を予めPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置した。細胞接着後、Mediumを除去し、Differentiation medium(DMEM/F12 containing 1%FBS, 0.11%(w/v)Sodium bicarbonate, 250μM N-acetyl-L-cysteine, 100 U/mL penicillin and 100μg/mL streptomycin)に置換した。この際、分化誘導因子として、神経細胞に分化誘導するATRAを100ng/ml及びアストログリア細胞に分化誘導するCNTFを20ng/mlの濃度になるようにDifferentiation medium中に添加した。これらの細胞について、実験までCO2インキュベーター内に静置した。また、Mediumの交換は細胞接着後、培養4日目に新しいDifferentiation mediumと全量交換した。細胞は接着後、Differentiation medium中で6日間培養を行ってから使用した。
【0029】
(分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色)
段落「0028」の分化誘導した神経系前駆細胞を、予めPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置し、細胞をディッシュ上に接着させた。細胞接着後、PBSで洗浄した後、4% paraformaldehyde(PBSに溶解)中で、15分固定を行った。その後、PBSで洗浄し、二次抗体を作成した動物の正常血清と0.1% Triton X-100をPBSに混合したブロッキング試薬中、室温で1時間反応させた(ブロッキング反応)。続いて、PBSで洗浄し、各種抗体(抗MAP2抗体、抗GFAP抗体、抗Nestin抗体)を1次抗体として、4℃で一晩、抗原抗体反応を行った(一次抗体反応)。これをPBSで洗浄した後、蛍光物質で標識された2次抗体を用いて、室温で1時間抗原抗体反応を行った(二次抗体反応)。続いて、蛍光標識された標品をPBS、及び0.1 M Phosphate buffer(PB)で洗浄後、落射型倒立蛍光顕微鏡(KEYENCE : BZ-8100)を用い、画像を取得した。
なお、MAP2は神経細胞マーカータンパク質であり、GFAPはアストログリア細胞マーカータンパク質であり、Nestinは神経系前駆細胞マーカータンパク質である。
【0030】
(神経系前駆細胞における増殖能の測定結果)
神経系前駆細胞が培養条件化で示す特徴の一つである神経塊の形成が培養4日目から観察された。更に、この神経塊の表面積は、日数経過に伴い増加し、培養12日目まで観察された。
以上により、本実施例で使用する神経系前駆細胞は増殖能があることを確認した。
【0031】
(分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色の結果)
培養12日目ではNestin陽性細胞は多数観察されたが、MAP2及びGFAP陽性細胞は観察されなかった。しかし、培養18日目の細胞ではNestin陽性細胞は観察されなかったのに対して、MAP2及びGFAP陽性細胞はそれぞれ多数観察された(参照:図1)。
以上により、本実施例で使用する神経系前駆細胞は、増殖能を有するだけでなく、多分化能も有する示すことを確認した。
【実施例2】
【0032】
(nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認)
nAChRs(ニコチン性アセチルコリン受容体)が神経系前駆細胞に存在するかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0033】
(全RNAの抽出)
段落「0026」で培養した細胞を回収後、400×gで5分間遠心を行った。Mediumを除去後、得られた細胞にRNA抽出用試薬ISOGEN(NIPPON GENE Co., 東京)を500μL加え懸濁した。次に、得られた懸濁液にChloroform 100μLを添加し、転倒撹拌後、3分間室温で反応させた。その後、4℃、12,000×gで15分間遠心し、上清250μLを回収した。回収した溶液にIsopropanol 250μLを添加し、転倒撹拌後、10分間室温で反応させた。続いて、4℃、12,000×gで10分間遠心し、上清を除去し70% Ethanolを加え、再び4℃、12,000×gで5分間遠心を行った。遠心後にEthanolを完全に除去して得られた沈査(全RNA)をDietyl pyrocarbonate(DEPC)処理水で溶解して、使用直前まで-80℃で保存した。
【0034】
(cDNAの調製)
段落「0033」で得られたTotal RNA 1μgに対し、50μM Oligo (dT)18 primer(Sigma) 1μL、2.5 mM dNTP mixture(TaKaRa) 3.6μLを添加し、全量が18μLになるようDEPC処理水を加え、65℃で5分間反応させた後、2分間氷上で急冷した。次に、5×First-strand buffer(Invitorogen) 6μL、0.1 M DTT(Invitrogen) 3μL、200 U/μL M-MLV reverse transcriptase(Invitrogen) 0.5μLを添加し、全量が30μLになるようDEPC処理水を加え37℃で50分間反応させた。続いて、反応を停止するため70℃で15分間反応させた。得られたcDNAは、使用直前まで-20℃で保存した。
【0035】
(PCR操作)
10×Buffer(TaKaRa){100 mM Tris-HCl(pH 8.3) containing 500 mM KCl and 15 mM MgCl2} 2.5μL、dNTP mixture(Each 2.5 mM) 2μL、段落「0034」で得られたcDNA 1μL、10μM Sense primer 1μL、Antisense primer 1μL、5 U/μL Recombinant Taq DNA polymerase(TaKaRa) 0.125μL を添加し、滅菌精製水で全量を25μL にした後、PCR反応を行った。得られたPCR産物は0.005%(v/v) Ethidium bromide solutionを含む1.5%(w/v)アガロースゲルで電気泳動を行い、UV検出を行った。なお、PCR反応の1サイクルを、変性94℃、一分間、アニーリング1分間、伸長反応72℃、 1分間で構成し、アニーリング反応温度は各種Primerの最適温度を設定した。サイクル数はいずれも40サイクルで行った。なお、PCRは以下の表1に記載のプライマーを使用した。
すなわち、回収直後(0 DIV)および培養12日目(12 DIV)の細胞を用いて、RT-PCR法によりnAChRsのmRNAの発現解析を行った。
【0036】
【表1】
【0037】
(nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認結果)
回収直後の標品では α6、 β3サブユニットの発現は認められなかったが、 α2〜α5、α7、α9、β2及びβ4サブユニットは認められた。培養12日目の標品では、β3サブユニットの発現は認められなかったが、 α2〜7,α9,β2及びβ4サブユニットの発現は認められた(参照:図2)。
これにより、神経系前駆細胞ではnAChRsが発現していることを確認した。
【実施例3】
【0038】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の確認)
ニコチン投与が神経系前駆細胞の増殖能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0039】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、段落「0027」の増殖能測定法に準じて、細胞増殖能の指標として培養4日目から10日目まで2日毎に神経塊面積の測定を行った。
【0040】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
ニコチンをメディウム中に添加して細胞を培養すると、培養6日目から10日目において、ニコチン濃度依存的に、神経塊面積の有意な減少が観察された(参照:図3)。
以上により、ニコチン投与された神経系前駆細胞は、自己増殖能力が抑制されていることを確認した。すなわち、ニコチンは神経系前駆細胞の自己増殖能力を抑制する効果を有する。
【実施例4】
【0041】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能抑制の確認及び細胞死誘導の確認)
実施例2ではニコチンは神経系前駆細胞の自己増殖能を抑制することを確認した。本実施例では、ニコチンによる該細胞の増殖能を詳細に確認するためのMTT試験並びに該細胞の細胞死を確認するためのLDH試験を行った。詳細は、以下の通りである。
【0042】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、さらにPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置し、細胞をディッシュ上に接着させた。細胞接着後、Mediumを除去し、PBS special で一度細胞を洗浄した、その後、0.5 mg/mL MTT(PBS special に溶解)を加え、CO2インキュベーター内で1時間反応させた。続いて、0.5 mg/mL MTT溶液と等量の0.04 N HCl / isopropanolを加え、細胞を溶解させ、溶解液をソニケーターにより分散し、色素が均一になるまで攪拌した。MTT の還元により生成された溶解液中ホルマザンの産生量をミトコンドリア活性の指標として、550nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(Molecular Devices : THERMOmax Kinetic Microplate Reader) により測定した。
【0043】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、該細胞の培養液を回収した。0.1 mM NADH溶液(0.1 M KH2PO4に溶解後、室温で保存、用時調製)と無血清培地をキュベットに入れ、OD 340nmで適当な時間、吸光光度計の安定化を行った。安定化後、各培養日数において回収した培養液と0.1 mM NADH溶液を反応させた。測定開始20秒後にNa pyruvateを加え、1分間測定を行った。以上の操作は37℃で行い、Na pyruvate添加前後の吸光度減少速度の変化を算出した。
【0044】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
ニコチンをメディウム中に添加して細胞を培養すると、ニコチンの濃度依存的に、ミトコンドリア活性の有意な減少を確認した(参照:図4)。
【0045】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定結果)
いずれの濃度のニコチン曝露群のLDH活性は、対照群のLDH活性と比較して有意な差は認められなかった(参照:図5)。すなわち、ニコチンは、神経系前駆細胞の細胞死を誘導していないことを確認した。
【0046】
上記2つの測定結果より、ニコチンは細胞死を誘導しないで増殖能だけを抑制することがわかった。特許文献2のテアニンは増殖能促進と神経細胞分化能促進を有するのに対して、本発明のニコチンでは神経系前駆細胞の増殖抑制能と神経細胞への分化増殖能を有する。
【実施例5】
【0047】
(nAChRsアンタゴニストが神経系前駆細胞の増殖能に及ぼす影響の確認)
nAChRsアンタゴニストであるMecamylamine(メカミラミン:ニコチン受容体遮断薬 )投与が神経系前駆細胞の増殖能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0048】
(nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養し、段落「0027」の増殖能測定法に準じて、細胞増殖能の指標として培養4日目から10日目まで2日毎に神経塊面積の測定を行った。
【0049】
(nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
10μMのニコチン曝露による神経塊面積の減少は、10μM ニコチン及び10μM Mecamylamineを同時曝露することにより有意に抑制された。また、10μM のMecamylamine単独曝露により、培養8日目から12日目において、神経塊面積の有意な増加を確認した(参照:図6)。
以上により、実施例2の結果並びに本実施例の結果により、ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能抑制は、nAChRsを介した機構であることがわかった。
【実施例6】
【0050】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の分化能に及ぼす影響の確認)
ニコチン投与が神経系前駆細胞の分化能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0051】
(自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定)
培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養した神経系前駆細胞(参照:段落「0026」)を段落「0028」の分化誘導方法において、分化誘導因子を含まないDifferentiation mediumで自発的分化誘導させた。そして、自発的分化誘導させた神経系前駆細胞を10μg/ml Hoechstを含む溶液に曝露し、CO2インキュベーター内に10分間反応させた。さらに、段落「0029」の細胞染色法に準じて、MAP2及びGFAPに対する1次抗体を用いて免疫細胞染色を行い、Hoechst陽性細胞数を全細胞数として、その細胞数に対するMAP2及びGFAP陽性細胞数の割合を計測した。
【0052】
(分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定)
培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養した神経系前駆細胞(参照:段落「0026」)を段落「0028」の分化誘導方法において、分化誘導因子(100mg /ml ATRA又は20ng/ml CNTF)を含むDifferentiation mediumで分化誘導させた。そして、分化誘導させた神経系前駆細胞を10μg/ml Hoechstを含む溶液に曝露し、CO2インキュベーター内に10分間反応させた。さらに、段落「0029」の細胞染色法に準じて、MAP2及びGFAPに対する1次抗体を用いて免疫細胞染色を行い、Hoechst陽性細胞数に対するMAP2及びGFAP陽性細胞数の割合を計測した。
【0053】
(自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果)
10μMのニコチン曝露群では対照群と比較してMAP2陽性細胞数の有意な増加と、GFAP陽性細胞数の有意な減少を確認した。また、10μMのニコチンによるMAP2陽性細胞数の増加は、10μMのMecamylamineの同時暴露により有意に抑制された。さらに、10μMのニコチンによるGFAP陽性細胞数の減少は10μMのMecamylamineの同時暴露により有意に拮抗された(参照:図7)。
以上により、ニコチンは、自発的分化した神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有すること並びに実施例2の結果により両方の効果がnAChRを介することを確認した。
【0054】
(分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果)
ATRA及びCNTFいずれの存在下においても、10μMのニコチン曝露群では対照群と比較してMAP2陽性細胞数の有意な増加と、GFAP陽性細胞数の有意な減少を確認した(参照:図8)。
以上により、ニコチンは、分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有すること並びに実施例2の結果により両方の効果がnAChRを介することを確認した。
【実施例7】
【0055】
(マウス由来の神経系前駆細胞を使用したニコチンの効果の確認)
ニコチンが、ラット由来の神経系前駆細胞と同様に、マウス由来の神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、マウス由来の神経系前駆細胞にnAChRが存在しているかを確認した。
【0056】
(測定方法)
上記実施例と同様に、神経系前駆細胞における増殖能の測定並びに自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定を行った。さらに、上記実施例と同様に、回収直後(0 DIV)および培養10日目(10 DIV)の細胞を用いて、RT-PCR法によりnAChRsのmRNAの発現解析を行った。
【0057】
(測定結果)
ニコチンは、マウス由来の神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、マウス由来の神経系前駆細胞にnAChRが存在していることを確認した。
【0058】
(総論)
本発明のニコチンを含む神経細胞新生促進組成物は、上記実施例の結果より、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、ニコチンは細胞死を誘導しないで増殖能だけを抑制することを確認した。加えて、これらの効果は、nAChRsを介した機構であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経細胞新生促進組成物を提供することができる。さらに、該組成物はアルツハイマー病、脳卒中、パーキンソン病等の神経変性疾患やうつ病、統合失調症、自閉症等の精神疾患に関する疾病の治療剤として利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物に関する。より詳しくは、該組成物は、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞の分化抑制効果を有する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は、生体において分裂能を持たない組織であるため、障害を受けると長期にわたってその障害が持続する。一方、末梢神経は再生能を有しているが、再生には数ヶ月から1年以上の時間を有する。さらに、再生に長期間を要するために、その間に神経細胞が死滅し、機能回復に至らない場合がある。
この回復期にアストログリア細胞と呼ばれる神経系細胞が反応性アストログリア細胞という増殖盛んな細胞に変化し、組織内にグリア瘢痕を形成する。該グリア瘢痕が、障害となって再生神経軸索の再投射を妨げる。従って、グリア瘢痕形成を阻害できる新規な薬剤の開発が望まれている(参照:特許文献1)。
【0003】
本発明者の一人は、神経細胞新生促進作用を有する各種天然由来成分について鋭意研究したところ、茶成分であるテアニンが優れた神経細胞新生促進作用を有することを見出している(参照:特許文献2)。
しかしながら、テアニンとニコチンは明らかに構造が異なるものであり、本出願の発明とは明らかに異なる。
【0004】
一方、ニコチンを用いた神経成長因子生合成促進剤が報告されている。
特開平5-201860(特許文献3)は、「ニコチンを有効成分とする神経成長因子生合成促進剤」を開示している。
本公報では、「ニコチンを曝露するとアストログリア細胞における神経栄養因子NGFの産生が促進されること」を報告している。しかし、NGFは神経細胞の成長と成熟を促進する効果を持つので、ニコチン投与に伴ってアストログリア細胞のNGF産生が亢進して、その結果周辺に存在する神経細胞が保護される可能性のみを提唱している。
【0005】
神経幹細胞は、神経系前駆細胞を経て神経細胞に分化されるか、又はグリア前駆細胞を経てアストログリア細胞若しくはオリゴデンドログリア細胞に分化する。胎児の神経幹細胞は約50%の確率で神経細胞又はグリア細胞に分化する。一方、成人の神経幹細胞は、ほぼ全てがグリア細胞に分化する。よって、グリア細胞への分化を抑制して、さらに神経細胞への分化を促進する成分は、老化予防作用や中枢神経系に関する疾病の予防や治療に期待できる。
また、アルツハイマー病、パーキンソン病等に代表される神経変性疾患は、神経の欠落を来す重大な疾患である。しかし、現在でも有効な治療剤が存在しない。さらに、統合失調症やうつ病に代表される精神疾患では、神経細胞の脱落は見られないが、神経細胞の機能異常が観察される。しかし、現在使用される治療薬剤には多くの副作用が報告されている。
【0006】
以上の現状により、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経精神疾患治療剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2006/137377
【特許文献2】特開2008-169143
【特許文献3】特開平5-201860
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した問題点を解決することを解決すべき課題とした。より詳しくは、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する組成物を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、「神経系前駆細胞をニコチン存在下で培養すると、神経細胞への分化が促進されると共にアストログリア細胞への分化が抑制されること」を見出したことを基にして、ニコチンを含む神経細胞新生促進組成物を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1. ニコチンを有効成分とする神経細胞新生促進組成物。
2. 神経細胞への分化能を増強することを特徴とする前項1に記載の神経細胞新生促進組成物。
3. アストログリア細胞への分化能を抑制することを特徴とする前項1又は2に記載の神経細胞新生促進組成物。
4. 神経系前駆細胞の細胞死を誘導しないことを特徴とする前記1〜3のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
5. 神経系前駆細胞の増殖能を抑制することを特徴とする前記1〜4のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
6.以下のいずれか1の治療剤である前記1〜5のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
(1)アルツハイマー病
(2)パーキンソン病
(3)脳卒中
(4)うつ病
(5)統合失調症
(6)自閉症
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経細胞新生促進組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色の結果
【図2】nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認結果
【図3】ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果
【図4】ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能のMTT測定結果
【図5】ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定結果
【図6】nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果
【図7】自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果
【図8】分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の神経細胞新生促進組成物は、下記実施例により、「神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果」を見出したことを利用している。
従って、本発明の神経細胞新生促進組成物は、アルツハイマー病、脳卒中、パーキンソン病等の神経変性疾患並びにうつ病、統合失調症、自閉症等の精神疾患に関する治療剤として利用することができる。
【0014】
(神経細胞新生促進組成物)
本発明の「神経細胞新生促進組成物」とは、ニコチンを有効成分とするものであって、神経細胞への分化能の増強作用(分化促進効果)、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用(増殖能抑制効果)、神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用(細胞死を誘導しない効果)からなる群から選ばれる1以上の作用を有するものを意味する。
本発明の神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用は、ニコチン自体が神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用を有する場合を含むが、他の物質による神経細胞への分化能の増強作用、神経細胞の再生能、アストログリア細胞への分化能の抑制作用、神経系前駆細胞の増殖能の抑制作用及び神経系前駆細胞の細胞死を誘導しない作用をニコチンがいわば触媒的に促進又は抑制する場合も含むものと解する。
【0015】
(神経細胞新生促進組成物の用途)
本発明の神経細胞新生促進組成物は、アルツハイマー病、パーキンソン病、脳卒中、うつ病、統合失調症、自閉症等の治療に使用することができる。
【0016】
(ニコチン)
本発明の「ニコチン」とは、D体及びL体のいずれのニコチンでもよく、さらに、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する限り、ニコチン塩、ニコチンの遊離塩基形態、ニコチン誘導体、ニコチン包接錯体、又は任意の非共有結合状態のニコチン、並びにそれらの混合物でも良い。
例えば、ニコチン塩としては、モノ酒石酸塩、酒石酸水素塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、及び塩酸塩等が挙げられる。
【0017】
(神経細胞新生促進組成物の形態)
本発明の神経細胞新生促進組成物は、単独として、食品(特に、チューインガム)として使用することもできる。また、該組成物は、医薬品及び医薬部外品として使用することもできる。
組成物の形態としては、凍結乾燥或いは噴霧乾燥等により乾燥させて乾燥粉末として提供することも、液剤、錠剤、散剤、顆粒、糖衣錠、カプセル、懸濁液、乳剤、アンプル剤、注射剤、その他任意の形態に調製して提供することができる。
医薬品として提供する場合、例えば、有効成分をそのまま精製水又は生理食塩水等に溶解して調製することも可能である。
医薬部外品として提供する場合、容器詰ドリンク飲料等の飲用形態、或いはタブレット、カプセル、顆粒等の形態とし、できるだけ摂取し易い形態として提供するのが好ましい。
【0018】
また、本発明の神経細胞新生促進組成物は、有効成分であるニコチン以外に、ビタミン剤、抗菌剤、他の神経細胞新生促進効果を有する物質(特に、テアニン)等を含んでも良い。
【0019】
(神経細胞新生促進組成物の投与態様)
本発明の神経細胞新生促進組成物の投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与(例えば、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、粘膜投与、直腸内投与、膣内投与、患部への局所投与、皮膚投与等)のいずれの投与経路により投与してもよい。経口投与に適する製剤形態としては、固形又は液体の形態が挙げられ、非経口投与に適する製剤形態としては、注射剤、点滴剤、坐剤、外用剤、点眼剤、点鼻剤等の形態が挙げられる。
【0020】
(神経細胞新生促進組成物の投与量)
本発明の神経細胞新生促進組成物の投与量は、該組成物の効果を損なわない限り特に限定されない。例えば、投与対象の体重1kg当たり0.5mg〜5.0mgの有効成分であるニコチンを投与するのが好ましく、中でも投与対象の体重1kg当たり0.5mg〜2.0mgの有効成分であるニコチンを投与するのがさらに好ましい。
例えば本発明の組成物を成人に投与することを想定し、体重を40kg〜100kgとした場合、20mg〜500mgの有効成分であるニコチンを投与することが好ましく、20mg〜200mgの有効成分であるニコチンを投与することがさらに好ましい。
【0021】
例えば、体重60kgのヒトが摂取することを目安とすると、3.0mg〜300mgの有効成分であるニコチン含有量に調整するのが好ましく、中でも30mg〜120mgの有効成分であるニコチン含有量に調整するのがさらに好ましい。
【0022】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。なお、以下の実施例では、金沢大学動物実験指針に基づいて行っている。
【実施例1】
【0023】
(神経系前駆細胞の培養並びに該細胞の増殖能及び分化能の確認)
神経幹細胞及び神経系前駆細胞は、増殖を繰り返すことができる自己複製能及び中枢神経系を構成する細胞へと分化することができる多分化能を有する。そこで、実施例2以降で使用する神経系前駆細胞が自己複製能及び分化能を有するかを確認した。
【0024】
(使用した動物)
Wistar系雌性妊娠ラット(三協ラボサービス)を、自由摂食及び、摂水下、気温25±1℃及び、湿度55±2%で、8時45分から20時45分までを明期及び20時45分から8時45分までを暗期とする明暗サイクル下で飼育した。
【0025】
(ラット胎児由来大脳皮質の取得)
上記「0024」で飼育した妊娠18日目の雌性ラットから子宮を全摘出し、クリーンベンチ内で子宮から胎児を取り出した。胎児の頭部を背側から頚部で切断し、全脳を摘出した。実体顕微鏡下で、摘出した全脳から、大脳皮質を切り出し、Phosphate buffer saline(PBS)special (PBS without Ca2+ and Mg2+ , containing 33 mM Glucose, 100 U/mL Penicillin and 100 mg/mL Streptomycin )を満たしたペトリ皿に回収し、細胞分散までCO2インキュベーター内に静置した。
【0026】
(神経系前駆細胞の培養)
先端を加熱して細くしたパスツールピペットにより、段落「0025」で得られた大脳皮質を分散し、400×g で5分遠心を行った。上清を除去後、これら大脳皮質を2.5 U/mL papain、250 U/mL Deoxyribonuclease(DNase)及び、1 U/mL Neutral proteaseを含む酵素処置液で37℃、30分間インキュベートし、細胞間の結合を緩和した。続いて、medium with serum{dulbecco's modified eagle medium: Nutrient mixture F-12(1:1) (DMEM/F12) containing 10% fetal bovine serum, 0.11%(w/v) Sodium bicarbonate, 100 U/mL Penicillin,100μg/mL Streptomycin, 16.2mM Glucose and 250μM N-acetyl-L-cysteine}で洗浄後、400×gで5分間遠心し、得られた細胞をMedium with serumで再分散した。この細胞分散液を、分散液 : 10×PBS : Percoll = 10 : 1 : 9の割合で混合した後、18℃、20000×gで30分間遠心を行い、密度勾配を作成し、1.065 g/mL〜1.075 g/mLの密度層に存在する細胞を回収した。
回収した細胞を、Medium with serumで洗浄後、400×gで5分間遠心分離し、得られた細胞を、Growth medium{DMEM/F12 containing 0.11% Sodium bicarbonate, 100 U/mL Penicillin, 100μg/mL Streptomycin, 16.2mM Glucose, 250μM N-acetyl-L-cysteine, 20 nM Progesterone, 30 nM Sodium selenite, 60μM Putrescine, 25μg/mL Insulin, 100μg/mL Apo-transferrin and 10 ng/mL Epidermal growth factor(EGF)}に懸濁した。
次に、Typan blue染色を用いて生細胞の割合を算出し、1.5×104 cells/mLの濃度で24穴培養ディッシュ(NUNC: マルチディッシュ 24well 直径:15.5 mm)上に播種した。これらの細胞は実験に用いるまで、CO2インキュベーター(SANYO社、MC0-17AIC型:37℃、5% CO2/95% O2)内に静置した。
【0027】
(神経系前駆細胞における増殖能の測定)
神経系前駆細胞の培養条件下で示す特徴の一つである神経塊(Neurosphere)の形成を測定した。詳細は、以下の通りである。
段落「0026」で12日間培養した神経系前駆細胞の神経塊の位相差顕微鏡像を、培養4日目から10日目まで2日ごとに獲得し、得られた画像から画像解析ソフトを用いて面積を測定した。
【0028】
(神経系前駆細胞の分化誘導)
段落「0026」で12日間培養した細胞を予めPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置した。細胞接着後、Mediumを除去し、Differentiation medium(DMEM/F12 containing 1%FBS, 0.11%(w/v)Sodium bicarbonate, 250μM N-acetyl-L-cysteine, 100 U/mL penicillin and 100μg/mL streptomycin)に置換した。この際、分化誘導因子として、神経細胞に分化誘導するATRAを100ng/ml及びアストログリア細胞に分化誘導するCNTFを20ng/mlの濃度になるようにDifferentiation medium中に添加した。これらの細胞について、実験までCO2インキュベーター内に静置した。また、Mediumの交換は細胞接着後、培養4日目に新しいDifferentiation mediumと全量交換した。細胞は接着後、Differentiation medium中で6日間培養を行ってから使用した。
【0029】
(分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色)
段落「0028」の分化誘導した神経系前駆細胞を、予めPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置し、細胞をディッシュ上に接着させた。細胞接着後、PBSで洗浄した後、4% paraformaldehyde(PBSに溶解)中で、15分固定を行った。その後、PBSで洗浄し、二次抗体を作成した動物の正常血清と0.1% Triton X-100をPBSに混合したブロッキング試薬中、室温で1時間反応させた(ブロッキング反応)。続いて、PBSで洗浄し、各種抗体(抗MAP2抗体、抗GFAP抗体、抗Nestin抗体)を1次抗体として、4℃で一晩、抗原抗体反応を行った(一次抗体反応)。これをPBSで洗浄した後、蛍光物質で標識された2次抗体を用いて、室温で1時間抗原抗体反応を行った(二次抗体反応)。続いて、蛍光標識された標品をPBS、及び0.1 M Phosphate buffer(PB)で洗浄後、落射型倒立蛍光顕微鏡(KEYENCE : BZ-8100)を用い、画像を取得した。
なお、MAP2は神経細胞マーカータンパク質であり、GFAPはアストログリア細胞マーカータンパク質であり、Nestinは神経系前駆細胞マーカータンパク質である。
【0030】
(神経系前駆細胞における増殖能の測定結果)
神経系前駆細胞が培養条件化で示す特徴の一つである神経塊の形成が培養4日目から観察された。更に、この神経塊の表面積は、日数経過に伴い増加し、培養12日目まで観察された。
以上により、本実施例で使用する神経系前駆細胞は増殖能があることを確認した。
【0031】
(分化誘導した神経系前駆細胞の免疫細胞染色の結果)
培養12日目ではNestin陽性細胞は多数観察されたが、MAP2及びGFAP陽性細胞は観察されなかった。しかし、培養18日目の細胞ではNestin陽性細胞は観察されなかったのに対して、MAP2及びGFAP陽性細胞はそれぞれ多数観察された(参照:図1)。
以上により、本実施例で使用する神経系前駆細胞は、増殖能を有するだけでなく、多分化能も有する示すことを確認した。
【実施例2】
【0032】
(nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認)
nAChRs(ニコチン性アセチルコリン受容体)が神経系前駆細胞に存在するかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0033】
(全RNAの抽出)
段落「0026」で培養した細胞を回収後、400×gで5分間遠心を行った。Mediumを除去後、得られた細胞にRNA抽出用試薬ISOGEN(NIPPON GENE Co., 東京)を500μL加え懸濁した。次に、得られた懸濁液にChloroform 100μLを添加し、転倒撹拌後、3分間室温で反応させた。その後、4℃、12,000×gで15分間遠心し、上清250μLを回収した。回収した溶液にIsopropanol 250μLを添加し、転倒撹拌後、10分間室温で反応させた。続いて、4℃、12,000×gで10分間遠心し、上清を除去し70% Ethanolを加え、再び4℃、12,000×gで5分間遠心を行った。遠心後にEthanolを完全に除去して得られた沈査(全RNA)をDietyl pyrocarbonate(DEPC)処理水で溶解して、使用直前まで-80℃で保存した。
【0034】
(cDNAの調製)
段落「0033」で得られたTotal RNA 1μgに対し、50μM Oligo (dT)18 primer(Sigma) 1μL、2.5 mM dNTP mixture(TaKaRa) 3.6μLを添加し、全量が18μLになるようDEPC処理水を加え、65℃で5分間反応させた後、2分間氷上で急冷した。次に、5×First-strand buffer(Invitorogen) 6μL、0.1 M DTT(Invitrogen) 3μL、200 U/μL M-MLV reverse transcriptase(Invitrogen) 0.5μLを添加し、全量が30μLになるようDEPC処理水を加え37℃で50分間反応させた。続いて、反応を停止するため70℃で15分間反応させた。得られたcDNAは、使用直前まで-20℃で保存した。
【0035】
(PCR操作)
10×Buffer(TaKaRa){100 mM Tris-HCl(pH 8.3) containing 500 mM KCl and 15 mM MgCl2} 2.5μL、dNTP mixture(Each 2.5 mM) 2μL、段落「0034」で得られたcDNA 1μL、10μM Sense primer 1μL、Antisense primer 1μL、5 U/μL Recombinant Taq DNA polymerase(TaKaRa) 0.125μL を添加し、滅菌精製水で全量を25μL にした後、PCR反応を行った。得られたPCR産物は0.005%(v/v) Ethidium bromide solutionを含む1.5%(w/v)アガロースゲルで電気泳動を行い、UV検出を行った。なお、PCR反応の1サイクルを、変性94℃、一分間、アニーリング1分間、伸長反応72℃、 1分間で構成し、アニーリング反応温度は各種Primerの最適温度を設定した。サイクル数はいずれも40サイクルで行った。なお、PCRは以下の表1に記載のプライマーを使用した。
すなわち、回収直後(0 DIV)および培養12日目(12 DIV)の細胞を用いて、RT-PCR法によりnAChRsのmRNAの発現解析を行った。
【0036】
【表1】
【0037】
(nAChRsが神経系前駆細胞に存在することの確認結果)
回収直後の標品では α6、 β3サブユニットの発現は認められなかったが、 α2〜α5、α7、α9、β2及びβ4サブユニットは認められた。培養12日目の標品では、β3サブユニットの発現は認められなかったが、 α2〜7,α9,β2及びβ4サブユニットの発現は認められた(参照:図2)。
これにより、神経系前駆細胞ではnAChRsが発現していることを確認した。
【実施例3】
【0038】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の確認)
ニコチン投与が神経系前駆細胞の増殖能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0039】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、段落「0027」の増殖能測定法に準じて、細胞増殖能の指標として培養4日目から10日目まで2日毎に神経塊面積の測定を行った。
【0040】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
ニコチンをメディウム中に添加して細胞を培養すると、培養6日目から10日目において、ニコチン濃度依存的に、神経塊面積の有意な減少が観察された(参照:図3)。
以上により、ニコチン投与された神経系前駆細胞は、自己増殖能力が抑制されていることを確認した。すなわち、ニコチンは神経系前駆細胞の自己増殖能力を抑制する効果を有する。
【実施例4】
【0041】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能抑制の確認及び細胞死誘導の確認)
実施例2ではニコチンは神経系前駆細胞の自己増殖能を抑制することを確認した。本実施例では、ニコチンによる該細胞の増殖能を詳細に確認するためのMTT試験並びに該細胞の細胞死を確認するためのLDH試験を行った。詳細は、以下の通りである。
【0042】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、さらにPoly-L-lysineコーティングを行ったディッシュに播種し、CO2インキュベーター内に1時間静置し、細胞をディッシュ上に接着させた。細胞接着後、Mediumを除去し、PBS special で一度細胞を洗浄した、その後、0.5 mg/mL MTT(PBS special に溶解)を加え、CO2インキュベーター内で1時間反応させた。続いて、0.5 mg/mL MTT溶液と等量の0.04 N HCl / isopropanolを加え、細胞を溶解させ、溶解液をソニケーターにより分散し、色素が均一になるまで攪拌した。MTT の還元により生成された溶解液中ホルマザンの産生量をミトコンドリア活性の指標として、550nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(Molecular Devices : THERMOmax Kinetic Microplate Reader) により測定した。
【0043】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時よりニコチンを1〜1000μMの濃度範囲で12日間持続的に曝露し、該細胞の培養液を回収した。0.1 mM NADH溶液(0.1 M KH2PO4に溶解後、室温で保存、用時調製)と無血清培地をキュベットに入れ、OD 340nmで適当な時間、吸光光度計の安定化を行った。安定化後、各培養日数において回収した培養液と0.1 mM NADH溶液を反応させた。測定開始20秒後にNa pyruvateを加え、1分間測定を行った。以上の操作は37℃で行い、Na pyruvate添加前後の吸光度減少速度の変化を算出した。
【0044】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
ニコチンをメディウム中に添加して細胞を培養すると、ニコチンの濃度依存的に、ミトコンドリア活性の有意な減少を確認した(参照:図4)。
【0045】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の細胞死誘導の測定結果)
いずれの濃度のニコチン曝露群のLDH活性は、対照群のLDH活性と比較して有意な差は認められなかった(参照:図5)。すなわち、ニコチンは、神経系前駆細胞の細胞死を誘導していないことを確認した。
【0046】
上記2つの測定結果より、ニコチンは細胞死を誘導しないで増殖能だけを抑制することがわかった。特許文献2のテアニンは増殖能促進と神経細胞分化能促進を有するのに対して、本発明のニコチンでは神経系前駆細胞の増殖抑制能と神経細胞への分化増殖能を有する。
【実施例5】
【0047】
(nAChRsアンタゴニストが神経系前駆細胞の増殖能に及ぼす影響の確認)
nAChRsアンタゴニストであるMecamylamine(メカミラミン:ニコチン受容体遮断薬 )投与が神経系前駆細胞の増殖能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0048】
(nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定)
段落「0026」で培養した神経系前駆細胞を培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養し、段落「0027」の増殖能測定法に準じて、細胞増殖能の指標として培養4日目から10日目まで2日毎に神経塊面積の測定を行った。
【0049】
(nAChRsアンタゴニスト投与による神経系前駆細胞の増殖能の測定結果)
10μMのニコチン曝露による神経塊面積の減少は、10μM ニコチン及び10μM Mecamylamineを同時曝露することにより有意に抑制された。また、10μM のMecamylamine単独曝露により、培養8日目から12日目において、神経塊面積の有意な増加を確認した(参照:図6)。
以上により、実施例2の結果並びに本実施例の結果により、ニコチン投与による神経系前駆細胞の増殖能抑制は、nAChRsを介した機構であることがわかった。
【実施例6】
【0050】
(ニコチン投与による神経系前駆細胞の分化能に及ぼす影響の確認)
ニコチン投与が神経系前駆細胞の分化能に影響を与えるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0051】
(自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定)
培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養した神経系前駆細胞(参照:段落「0026」)を段落「0028」の分化誘導方法において、分化誘導因子を含まないDifferentiation mediumで自発的分化誘導させた。そして、自発的分化誘導させた神経系前駆細胞を10μg/ml Hoechstを含む溶液に曝露し、CO2インキュベーター内に10分間反応させた。さらに、段落「0029」の細胞染色法に準じて、MAP2及びGFAPに対する1次抗体を用いて免疫細胞染色を行い、Hoechst陽性細胞数を全細胞数として、その細胞数に対するMAP2及びGFAP陽性細胞数の割合を計測した。
【0052】
(分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定)
培養開始時より10μM ニコチン及び/又は10μM Mecamylamine存在下で12日間培養した神経系前駆細胞(参照:段落「0026」)を段落「0028」の分化誘導方法において、分化誘導因子(100mg /ml ATRA又は20ng/ml CNTF)を含むDifferentiation mediumで分化誘導させた。そして、分化誘導させた神経系前駆細胞を10μg/ml Hoechstを含む溶液に曝露し、CO2インキュベーター内に10分間反応させた。さらに、段落「0029」の細胞染色法に準じて、MAP2及びGFAPに対する1次抗体を用いて免疫細胞染色を行い、Hoechst陽性細胞数に対するMAP2及びGFAP陽性細胞数の割合を計測した。
【0053】
(自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果)
10μMのニコチン曝露群では対照群と比較してMAP2陽性細胞数の有意な増加と、GFAP陽性細胞数の有意な減少を確認した。また、10μMのニコチンによるMAP2陽性細胞数の増加は、10μMのMecamylamineの同時暴露により有意に抑制された。さらに、10μMのニコチンによるGFAP陽性細胞数の減少は10μMのMecamylamineの同時暴露により有意に拮抗された(参照:図7)。
以上により、ニコチンは、自発的分化した神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有すること並びに実施例2の結果により両方の効果がnAChRを介することを確認した。
【0054】
(分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定結果)
ATRA及びCNTFいずれの存在下においても、10μMのニコチン曝露群では対照群と比較してMAP2陽性細胞数の有意な増加と、GFAP陽性細胞数の有意な減少を確認した(参照:図8)。
以上により、ニコチンは、分化誘導因子存在下で分化した神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有すること並びに実施例2の結果により両方の効果がnAChRを介することを確認した。
【実施例7】
【0055】
(マウス由来の神経系前駆細胞を使用したニコチンの効果の確認)
ニコチンが、ラット由来の神経系前駆細胞と同様に、マウス由来の神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、マウス由来の神経系前駆細胞にnAChRが存在しているかを確認した。
【0056】
(測定方法)
上記実施例と同様に、神経系前駆細胞における増殖能の測定並びに自発的分化した神経系前駆細胞の各細胞割合の測定を行った。さらに、上記実施例と同様に、回収直後(0 DIV)および培養10日目(10 DIV)の細胞を用いて、RT-PCR法によりnAChRsのmRNAの発現解析を行った。
【0057】
(測定結果)
ニコチンは、マウス由来の神経系前駆細胞の神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、マウス由来の神経系前駆細胞にnAChRが存在していることを確認した。
【0058】
(総論)
本発明のニコチンを含む神経細胞新生促進組成物は、上記実施例の結果より、神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有することを確認した。さらに、ニコチンは細胞死を誘導しないで増殖能だけを抑制することを確認した。加えて、これらの効果は、nAChRsを介した機構であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
神経細胞への分化促進効果並びにアストログリア細胞への分化抑制効果を有する神経細胞新生促進組成物を提供することができる。さらに、該組成物はアルツハイマー病、脳卒中、パーキンソン病等の神経変性疾患やうつ病、統合失調症、自閉症等の精神疾患に関する疾病の治療剤として利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチンを有効成分とする神経細胞新生促進組成物。
【請求項2】
神経細胞への分化能を増強することを特徴とする請求項1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項3】
アストログリア細胞への分化能を抑制することを特徴とする請求項1又は2に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項4】
神経系前駆細胞の細胞死を誘導しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項5】
神経系前駆細胞の増殖能を抑制することを特徴とする請求記1〜4のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項6】
以下のいずれか1の治療剤である請求項1〜5のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
(1)アルツハイマー病
(2)パーキンソン病
(3)脳卒中
(4)うつ病
(5)統合失調症
(6)自閉症
【請求項1】
ニコチンを有効成分とする神経細胞新生促進組成物。
【請求項2】
神経細胞への分化能を増強することを特徴とする請求項1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項3】
アストログリア細胞への分化能を抑制することを特徴とする請求項1又は2に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項4】
神経系前駆細胞の細胞死を誘導しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項5】
神経系前駆細胞の増殖能を抑制することを特徴とする請求記1〜4のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
【請求項6】
以下のいずれか1の治療剤である請求項1〜5のいずれか1に記載の神経細胞新生促進組成物。
(1)アルツハイマー病
(2)パーキンソン病
(3)脳卒中
(4)うつ病
(5)統合失調症
(6)自閉症
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2012−102067(P2012−102067A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254320(P2010−254320)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】
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