説明

神経細胞死抑制剤

プロサイモシンα1又はこれと同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを有効成分として含有する神経細胞死抑制剤を提供し、これによって神経細胞死を伴う疾患の治療手段を確立する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、プロサイモシンα1(以下、「PTA1」という)を有効成分として含有する神経細胞死抑制剤及び神経細胞死を伴う疾患の治療剤に関する。
【背景技術】
ヒト脳では数百億個もの神経細胞が複雑なネットワークを構成しているが、数少ない神経幹細胞からの神経新生機構を考慮に入れないならば、基本的にはその細胞数は生後においては、ただ減少するばかりである。百数十年といわれる長い寿命の期間、様々な外来性、内因性のストレスに対して脳は様々な保護機構を駆使し、生存を維持している。脳自身のもつ保護機構には神経−グリアや神経−神経間に存在するコミュニティーが相互に影響しあってその高度な役割を維持すべく働いている。最もよく知られた神経保護メカニズムは神経栄養因子やサイトカインなどの分子によって機能されているものである。こうした神経栄養因子は様々なストレス条件下に見られるプログラム神経細胞死(アポトーシス)を抑制する働きを有するものとして知られている。もう一つのメカニズムは神経新生であり最近の報告では脳虚血ストレス下に神経新生が亢進するとの報告はなされているが大量に細胞死に陥る神経を補うには十分ではないことが予想される。
脳虚血時には虚血中心部コアの部分で破壊的な細胞死であるネクローシスが観察されるが、この細胞死は細胞内容物を外部に放散するため、本来ならば細胞傷害作用は更に周囲に拡散するはずである。ところが数日の後には周囲のペナンブラと呼ばれる領域では、細胞の断片化や凝縮、ミクログリアなどによる貪食といったアポトーシスに特有の現象が観察される。このようなペナンブラにみられるアポトーシスは、傷害部位を限局させることにより脳全体の傷害を防止する一種の保護機構として機能するものであると考えられる(非特許文献1参照)。
上述した脳虚血時にみられるネクローシスからアポトーシスへの細胞死形態の変換は、ある特定の物質によって引き起こさせるものと推定されているが(非特許文献1参照)、現在までのところ、その物質は明らかになっていない。
本発明は、以上のような技術的背景の下になされたものであり、ネクローシスからアポトーシスへ細胞死形態を変換することのできる物質を特定することを目的とする。
〔非特許文献1〕 植田弘師,濱邉和歌子 日薬理誌119,79−88(2002)
【発明の開示】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、サイモシンの前駆体であると考えられていたPTA1が(A)神経細胞に作用し、ネクローシスを抑制する機能(ネクローシス抑制機能)、(B)神経細胞に作用し、アポトーシスを促進する機能(アポトーシス促進機能)、及び(C)マイクログリアに作用し、アポトーシスを抑制する物質(神経栄養因子)の分泌を促進し、間接的にアポトーシスを抑制する機能(間接的アポトーシス抑制機能)を有することを見出した。
以上の機能から、神経細胞に対してのみ作用する場合(培養神経細胞にPTA1を添加するような場合)には、PTA1は神経細胞の細胞死形態をネクローシスからアポトーシスに変換し、神経細胞とマイクログリアに作用する場合(in vivoでPTA1を投与するような場合)には、PTA1は神経細胞のネクローシス及びアポトーシスの両者を抑制することになる。
本発明は、以上の知見から完成されたものである。
即ち、本発明は、PTA1又はこれと同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを有効成分として含有する神経細胞死抑制剤である。
また、本発明は、PTA1又はこれと同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを有効成分として含有する神経細胞死を伴う疾患の治療剤である。
更に、本発明は、配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列で表されるペプチド又はこれらのペプチドと実質的に同一のペプチドである。
以下、本発明を詳細に説明する。
PTA1は、既知のタンパク質であるが、上述したネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能を有することは、本発明者によって初めて見出されたものである。
これらの3つの機能は、以下のような機序で発現するものと推定される(図1)。
(A)ネクローシス抑制機能
1)神経細胞におけるPTA1の受容体との結合
2)グルコーストランスポーターの細胞表面への移動
3)細胞内のグルコース量増大
4)ミトコンドリアからのATP産生量の増大
5)ネクローシスの抑制
(B)アポトーシス促進機能
1)神経細胞におけるPTA1の受容体との結合
2)神経細胞におけるBaxおよびBimタンパク質の発現増大とBcl−2およびBcl−XLタンパク質の発現減少
3)ミトコンドリアからのチトクロームcの放出
4)カスパーゼの活性化
5)CADの活性化
6)アポトーシスの促進
(C)間接的アポトーシス抑制
1)グリア細胞におけるPTA1の受容体との結合
2)グリア細胞における神経栄養因子およびサイトカイン遺伝子の発現増大
3)神経細胞における神経栄養因子受容体(Trk)およびサイトカイン受容体の活性化
4)アポトーシスの抑制
以上の知見から、PTA1は、神経細胞死抑制剤として利用することができる。
神経細胞抑制剤に使用するPTA1は特に限定されず、ヒト由来のPTA1、ラット由来のPTA1、マウス由来のPTA1などを使用することができる。これらの生物から実際に得られたPTA1のアミノ酸配列を図2に示す。また、これらのPTA1の中から特に3種類のPTA1のアミノ酸配列を配列番号1(ヒト由来)、配列番号2(ラット由来)、配列番号3(マウス由来)に示し、更に、各配列を整列させた図を図3に示す。ヒト、ラット、マウス以外の生物由来のPTA1としては、ウシ由来のPTA1、カエル由来のPTA1なども使用することができる。これらのPTA1のアミノ酸配列は、GenBank等にそれぞれAccession No.TNBOA1、CAC39397として登録されている。
PTA1の代わりにPTA1と同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを使用することもできる。ここで「PTA1と同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチド」とは、PTA1の持つネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能のすべて又は一部を持つタンパク質若しくはペプチドを意味する。このようなタンパク質若しくはペプチドとしては、例えば、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加したアミノ酸配列で表されるタンパク質が含まれる。ここで、欠失等するアミノ酸の個数は特に限定されないが、通常は、20個以内であり、好ましくは10個以内であり、特に好ましくは5個以内である。また、「PTA1と同等の機能を有するペプチド」には、PTA1から得られ、上述したネクローシス抑制機能等を有するペプチドフラグメントも含まれる。このようなフラグメントとしては、配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列で表されるペプチドやこれらのペプチドと実質的に同一のペプチドを例示することができる。ここで「実質的に同一のペプチド」とは、配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加したアミノ酸配列で表され、PTA1の持つネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能のすべて又は一部を持つペプチドをいう。欠失等するアミノ酸の個数は特に限定されないが、通常5個以内であり、好ましくは3個以内であり、特に好ましくは1個である。なお、図2中の配列番号4に対応するアミノ酸配列(図2において、ラット活性本体のアミノ酸配列と同じ列に位置するアミノ酸配列)で表されるペプチドは、この「実質的に同一のペプチド」に含まれる。
PTA1は、マイクログリアが存在する条件では間接的にアポトーシスを抑制するが、マイクログリアが存在しない条件ではアポトーシスを抑制しない(逆にアポトーシスを促進する)。従って、本発明の神経細胞死抑制剤は、使用の態様により、ネクローシスのみを抑制する場合とネクローシスとアポトーシスの両者を抑制する場合とがある。
本発明の神経細胞死抑制剤の適用対象とする神経細胞は特に限定されず、大脳皮質、線条体、中脳、海馬、小脳、脊髄、視覚器由来の神経細胞などの細胞死の抑制に適用できる。
PTA1は、神経細胞死抑制剤としてだけでなく、神経細胞死を伴う疾患の治療剤としても利用することができる。ここで「神経細胞死を伴う疾患」とは、アポトーシス、ネクローシス、又はその両者を伴う疾患をいう。このような疾患には、脳卒中、外傷性脳傷害、緑内障、糖尿病性網膜症又は網膜剥離治療時の圧迫性傷害などの虚血が原因となっている疾患が含まれるほか、虚血以外の原因による疾患や原因がよくわからない疾患、例えば、アルツハイマー、ハンチントン病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症なども含まれる。なお、ここでいう「治療」には、疾患を完治させる場合のみならず、病状を軽減させる場合や病状の悪化を阻止する場合なども含まれる。
本発明の神経細胞死を伴う疾患の治療剤は、PTA1を公知の方法に従い薬学的に許容される担体あるいは希釈剤と混合することにより製剤化される。適当な担体および希釈剤、並びにタンパク質を含む製剤については、例えばRemington’s Pharmaceutical Sciences等に記載されている。
PTA1に関して、投与に適した剤型は特に限定はされないが、既に医薬として使用されている多くのタンパク質を含む薬学的組成物と同様に注射剤として調製されることが好ましい。より具体的に言えば、PTA1を、水、生理食塩水、等張化した緩衝液等の適当な溶媒に溶解することで注射剤とする。その際、ポリエチレングリコール、グルコース、各種アミノ酸、コラーゲン、アルブミン等を保護材として添加して調製可能である。また、リボソーム等の封入体にポリペプチドを包埋させて投与することも可能である。
PTA1を上述した疾患の治療に用いるとき、その用量は、対象の年齢、体重、病状、および投与経路、その他の要素により異なるが、投薬する医師が容易に適宜決定することができる。例えば、緑内障治療のため硝子体内投与する場合には、1回量約0.0012mg〜0.012mgの投与であり、脳卒中治療のため脳室内投与する場合には、1日量約0.012mg〜1.2mgの投与である。
PTA1の投与方法は特に限定されず、脳内投与する場合も現在実際に行われている様々な投与方法を採用することができる。このような投与方法の一例として、大槽内投与を挙げることができる。大槽内投与は、脳実質を傷つけないという点で有利である。
【図面の簡単な説明】
第1図は、神経細胞及びマイクログリアに対するPTA1の作用を模式的に表した図である。
第2図は、ヒト、ラット、マウスなどの生物から実際に得られたPTA1のアミノ酸配列を示す図である(図2aのアミノ酸配列の右端と図2bのアミノ酸配列の左端がつながり、図2bのアミノ酸配列の右端と図2cのアミノ酸配列の左端がつながる。)。
第3図は、ヒト、ラット、及びマウス由来のPTA1のアミノ酸配列を示す図である。
第4図は、培養神経細胞に対して生存活性を持つタンパク質の精製工程を示す図である。
第5図は、生存活性を持つタンパク質のリジルエンドペプチターゼ消化物の逆相HPLC分析の結果を示す図である。
第6図は、神経細胞の生存活性と、ラットrPTA1のコーティング量との関係を示す図である。
第7図は、大脳皮質、線条体、中脳、又は海馬由来の神経細胞の生存活性と、ラットrPTA1のコーティング量との関係を示す図である。
第8図は、神経細胞の生存活性と、神経細胞培養時に添加したラットrPTA1の欠損部位との関係を示す図である。
第9図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞の蛍光顕微鏡写真である。
第10図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞の透過型電子顕微鏡写真である。
第11図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞の細胞内ATP含量の経時的変化を示す図である。
第12図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞の細胞内ATP含量変化に対するCal C又はU−73122の添加の効果を示す図である。
第13図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞の2−DG取り込み作用に対するCal C又はU−73122の添加の効果を示す図である。
第14図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞におけるGLUT1又はGLUT4の細胞中の位置を示す蛍光顕微鏡写真である。
第15図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養された神経細胞におけるチトクロームcの位置を示す蛍光顕微鏡写真である。
第16図は、ラットrPTA1によるアポトーシスメカニズム誘発機構としてのBcl−2ファミリータンパク質発現調節を示す図である。
第17図は、ラットrPTA1による神経細胞の生存活性に対する神経栄養因子の添加効果を示す図である。
第18図は、ラットrPTA1による神経細胞におけるチトクロームcの位置変化とBDNF共存による変化を示す蛍光顕微鏡写真である。
第19図は、細胞及び培養上清中のPTA1量の経時的変化を示す図である。
第20図は、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養されたマイクログリア及び神経細胞におけるIL−6mRNA発現量の経時的変化を示す図である。
第21図は、マウスPTA1のAS−ODNを硝子体投与した後、虚血処置を施したマウスから調製した網膜細胞層の光学顕微鏡及び透過型電子顕微鏡写真である。
第22図は、マウスrPTA1の硝子体投与を虚血前あるいは後に施したマウスから調製した網膜細胞層の光学顕微鏡及び透過型電子顕微鏡写真である。
第23図は、マウスrPTA1の脳室内投与後に頸動脈虚血処置を施したマウスから調製した前額断片切片の顕微鏡写真である。
第24図は、頸動脈虚血処置を施したマウスにおける、Step−through潜時に対するマウスrPTA1の脳室内投与の効果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
最初に本実施例において使用した実験材料及び方法について説明する。
初代培養
胎生17日胚ラットの大脳皮質の初代培養は、Sasaki Y.Fukushima N.Yoshida A.and Ueda H.Cellular and Molecular Neurobiology(1998)18,487−496.に記載した方法に従って行った。分散した細胞はあらかじめポリDL−オルニチン(シグマ製)によりコーティングした96ウェル培養ディッシュ、8ウェルのLab−TekTMチャンバー、3.5と9cmの培養ディッシュにまき、37℃、5%の二酸化炭素中で培養した。培養上清は5x10cells/cmの密度(高密度)で3日間培養した上清をMilexフィルター(ミリポア社製)でろ過した後、使用まで−20℃で保存した。上清は低密度(1x10cells/cm)培養に添加する場合と、培養直前に培養プレートに加え25℃、2時間インキュベートし、後にPBSで2回洗浄する方法でコーティングする場合とによった。
乳酸脱水素酵素遊離実験
細胞傷害は、傷害を受けた細胞から培養上清中に遊離した細胞質乳酸脱水素酵素(LDH)の活性を、Roche Molecular Biochemicals社製(ドイツ、マンハイム)の細胞毒性検出キットを用い、同社のプロトコールに従い測定することにより定量した。具体的には以下の通りである。
96ウェル培養プレートに3.2x10cells/100μl/ウェルの17日胚大脳皮質細胞をまき、培養開始から一定の時間後、100μl培養上清を取り、これに100μlの2%Triton X−100を加え総量200μlとした。その100μlを取り分け96ウェルプレートに移し、キット反応液100μlをさらに加え、90分間室温暗所でインキュベートし、450nmの波長での吸光度測定を行い、最大LDH遊離量とした。一方、培養上清に遊離したLDH量は培養上清(50μl)を96ウェルプレートに移し、50μlの2%Triton X−100を加え、さらにキット反応液100μlを加えたのち吸光度測定することにより求め、最大LDH遊離量に対するパーセント相対LDH遊離量として評価した。
WST−8アッセイ
細胞の生存活性には2−(2−methoxy−4−nitrophenyl)−3−(4−nitrophenyl)−5−(2,4−disulfophenyl)−2H−tetrazolium,monosodium salt(WST−8)還元活性キット(同人研究所、東京)を用い、添付のプロトコールに従って実験を行った。WST−8は比色測定の3時間前加え、37℃でインキュベートした。生存活性は培養開始直後の活性に対する割合(パーセント)として求めた。
トリパンブルー色素排除試験
神経細胞死は、トリパンブルーの細胞からの排除機能低下により評価した。
培養細胞にメディウムと同容量の0.4%トリパンブルー液を添加し、5分間放置した後、氷冷PBSで2回洗浄後、PBSに溶解した4%パラホルムアルデヒドにより室温、30分間固定した。細胞死の割合は全細胞に対する割合(%)で評価した。
細胞内ATP量の測定
測定にはルシフェリン−ルシフェラーゼ法をATP定量キット(モレキュラープローブ社、Eugene,OR)を用いて行った。2x10の全細胞を用い、氷冷したPBSで2回洗浄後、細胞希釈溶液(100mM Tris−HCl pH7.75,4mM EDTA)に懸濁した。0.5mMルシフェリン、1.25μg/mlのルシフェラーゼと1mM DTTを20μlの細胞懸濁液に混合した。ルシフェリンールシフェラーゼバイオルミネッセンス測定は、EG&G berthold社(Bad Wildbad,Germany)のLUMAT LB 9507を用いて行った。
アネキシンV結合およびPI染色実験
アポトーシスとネクローシスはそれぞれロッシュ・モレキュラーバイオケミカルズ社のAnnexin V−FLUOS染色Kitとシグマ社のプロピディウム・イオダイド(PI)を用いて評価した。大脳皮質細胞を8ウェルのLab−TekTMチャンバーで培養し、一定時間後にアネキシンVフルオセインと10μg/ml PIを添加し、室温15分間暗所でインキュベートした。その後細胞は氷冷PBSで洗浄し、室温30分間4%PFAを用いて固定した。蛍光はカールツァイス社のLSM410蛍光顕微鏡を用いて測定した。
TUNEL解析
アポトーシスを示す細胞におけるDNA断片化はterminal deoxyribonucleotidyl transferase−mediated dUTP−biotin nick end labeling(TUNEL)法を用いて組織化学的に測定した。8ウェルのLab−TekTMチャンバーで培養した細胞を10μg/ml PIと37℃、30分間インキュベートし、2回の氷冷PBS洗浄と4%PFA固定の後、50%と続き100%の5分間メタノール処置により透過型にした。その後、ロッシュ・モレキュラーバイオケミカルズ社のTUNEL液で37℃、1時間処置し、2回のPBS洗浄、室温1時間のブロック液(PBSに溶解した1%ウシ血清アルブミン、pH7.4)とのインキュベート後、さらにstreptavidin−fluorescein isothiocyanate(FITC)(1:100;Vector Laboratories,Burlingame,CA)と室温1.5時間インキュベートし、蛍光顕微鏡測定を行った。
活性型カスパーゼ3の免疫細胞化学
8ウェルのLab−TekTMチャンバーで培養した細胞をPFAで固定した後、0.1%Triton X−100で透過型にした。室温で1時間ブロック液(2%low−fat milk powder,2%ウシ血清アルブミン,0.1%Tween−20をpH7.4PBSに溶解したもの)とインキュベートし、活性型カスパーゼ3抗体(1:50;Cell Signaling)と室温2時間インキュベート、洗浄の後、FITC結合型抗ウサギIgG抗体(1:200;Cappel,Aurora)と室温4時間インキュベートし、蛍光顕微鏡観察を行った。
透過型電子顕微鏡観察
培養大脳皮質細胞を0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)に溶解した2.5%グルタルアルデヒドと室温1時間インキュベートすることにより固定化し、後に1%四酸化オスミウムを用いて室温1時間の後固定を行った。続いて、アルコール脱水の後、Epon812包埋を行い、Ultracut S(Leica,Austria)を用いて80nmの超薄切片作製を行った。切片は酢酸ウランとクエン酸鉛を用いてそれぞれ30と5分間の染色を行い、電子顕微鏡(JEM−1210;JEOL,Tokyo,Japan)観察を行った。
イムノブロット解析
12%ポリアクリルアミドゲルを用いたSDS−ポリアクリルアミド電気泳動した試料は一次抗体として抗カスパーゼ8及び9抗体(1:500;StressGen,Victoria,Canada)と抗活性型カスパーゼ3抗体(1:500;Cell Signaling,Tokyo,Japan)、抗Bax、抗Bim、抗Bcl−2、抗Bcl−xL抗体(1:1000;Santa Cruz)を用いてイムノブロット解析を行った。免疫活性バンドの検出にはPierce Chemical社(Rockford,IL)の増強化学発光基質(Super Signaling Substrate)を用いてhorseradish peroxides測定を行った。
2−デオキシ−D−[H]グルコース取り込み実験
実験は、Koivistoの方法を改良した方法に従い、以下の通り行った。
大脳皮質細胞を、17.5mMグルコースを含むDMEM/F−12メディウムを入れた6ウェルプレート中で培養した。プレートは、リコンビナントPTA1をコーティングしたものと、コーティングしないものとを用いた。培養開始から一定時間後に[H]−2−DG(1μCi/well,10nM)を添加し、37℃、2時間さらにインキュベートした後、上清の除去と2回の氷冷PBSによる洗浄を行った。細胞は100μlの0.5M NaOH溶液で溶解し、0.5M塩酸で中和した後、放射活性を液体シンチレーションカウンターにより測定した。
PKCキナーゼ活性測定
培養細胞は50mM Tris−HCl,pH7.5,0.3% β−mercaptoethanol,5mM EDTA,10mM EGTA,50μg/ml PMSF,10mM benzamidineを含む緩衝液で懸濁した後、同容量のグリセロールと混合し、氷上でホモジェナイズした。PKC活性はAmersham Pharmacia Biotech社(Piscataway,NJ)のプロテインキナーゼC酵素活性測定システムを用い、添付プロトコールの手法に従った。培養試料[S]をPKCでリン酸化される基質(0.3mg/ml La−phosphatidyl−L−serin)と混合し50mM Tris−HCl(pH7.5)、30mM dithiothreitol並びに[γ−32P]ATPとマグネシウム−ATP bufferと37℃、15分間インキュベートした。最大Maximum PKC活性化量[Max]は上記組成に24mg/ml phorbol 12−myristate 13−acetate及び12mM酢酸カルシウムを添加して測定した。バックグラウンド値[B]は基質を除いて測定した。停止液を加えて反応を停止し、ペプチド結合紙に吸着させた。この結合紙を5%酢酸で2回洗浄し取り込まれた32P放射性活性を液体シンチレーションカウンターにより測定した。PKC活性は以下の数式により求めた。PKC活性化(%)=([S]−[B])/([Max]−[B])x100
統計解析
多次元分散分析(ANOVA)解析を行ったのちにStudentのt−検定を用いて統計的解析を行った。有意差は危険率0.05%を基準とし、全ての結果は平均+標準誤差として表現した。
〔実施例1〕 タンパク質の構造決定とリコンビナントタンパク質の調製
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞培養上清から陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー及びSDS−PAGEにより生存活性を有するタンパク質の精製を行い、これにより分子量約20kDaと約22kDaの2種類のタンパク質(NDI20及びNDI22)が得られた(図4a及びb)。なお、生存活性の評価にはWST−8アッセイにより行った。
得られた2種類のタンパク質をリジルエンドペプチダーゼ消化したところ、共にKEVVEEAEの配列を持つ部分ペプチドが得られた(図5)。また、抽出の条件を変化させてもNDI20は安定して検出できたが、NDI22は検出できない場合があった。このことからNDI22は、NDI20に別の小分子が吸着したものと予想され、NDI20を活性本体とみなした。このNDI20は、データベースからPTA1であることが推定できたので、RT−PCRによりラット及びマウス型のcDNAクローンを単離、大腸菌に発現させ、酸性フェノール抽出およびバイオフォレシス(アトー株式会社;AEP−820型)によりリコンビナントPTA1(以下「rPTA1」という)を調製した。このようにして調製されたrPTA1は、もとのNDI20と同様の電気泳動上の移動度を示し、マススペクトル(VOYAGER;(MALDI)PerSeptive Biosystems)での分子量も一致した。
〔実施例2〕 ラットrPTA1による神経細胞死保護効果
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清条件下、ラットrPTA1存在又は非存在下で培養し、培養開始から12時間後の生存活性及び細胞傷害度を評価した。培養は低密度培養(1x10cells/cm)及び高密度培養(5x10cells/cm)の2通りの条件で行った(以下、特に断りがない場合は、低密度及び高密度培養は前述した密度で培養するものとする。)。ラットrPTA1存在下での培養は、ラットrPTA1を3〜50pmol/cmの用量で96ウェルの培養ディッシュに予めコーティングしておき、その上に神経細胞をまいて行った。生存活性はWST−8アッセイにより評価し、細胞傷害度はLDH遊離量により評価した。また、25pmol/cmのrPTA1存在下で培養した場合の生存活性及び細胞傷害度の経時的変化を調べた。以上の結果を図6A〜Dに示す。
図6Aに示すように、ラットrPTA1非存在下で培養した場合は(図中のV)、生存活性が培養開始時の40%程度にまでに低下していたが、ラットrPTA1存在下で培養することにより、生存活性は用量依存的に向上した。また、細胞傷害度についても、ラットrPTA1による用量依存的な軽減がみられた(図6C)。
ラット17日胚の大脳皮質、線条体、中脳、及び海馬から調製した神経細胞を、無血清条件下、0〜50pmol/cmのラットrPTA1存在下で低密度培養し、12時間後の生存活性(WST−8アッセイによる)を評価した。また、後根神経節(DRG)細胞と大脳皮質神経細胞を、無血清条件下、ラットrPTA1存在下で低密度培養し、12時間後の細胞死率をトリパンブルー色素排除試験を用いて調べた。以上の結果を図7に示す。
図7Aに示すように、ラットrPTA1による生存活性の向上は、大脳皮質だけでなく線条体、中脳、及び海馬由来の神経細胞においても観察された。大脳皮質や海馬の神経変性はアルツハイマーや老人性痴呆に関連する脳領域であり、線条体の神経変性はハンチントン病に関連し、中脳変性ではパーキンソン病に関連することが知られている。従って、ラットrPTA1は、こうした幅広い神経変性疾患に有効である可能性がある。
図7Bに示すように、大脳皮質神経細胞では、ラットrPTA1存在下で培養することにより用量依存的に細胞死率が低下したが、DRG細胞では、細胞死率の低下はみられなかった。
〔実施例3〕 rPTA1欠失変異体による神経細胞死保護効果
グルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)とラットrPTA1欠失変異体融合タンパク質発現クローン作製のため、欠失変異体それぞれの領域に対応するプライマーを用いて、すでにクローニング済みのラットrPTA1全長のクローンを鋳型にPCRを行った。得られたPCR産物はpGEX−5X−1ベクターにクローニングした。欠失変異体のGST融合タンパク質は常法により発現させ、菌体抽出液よりグルタチオン−セファロースカラムを用いて精製した。
このようにして作製したrPTA1欠失変異体を12%SDS−PAGEによる電気泳動によって分画し、クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色によって可視化したところ、予想されるサイズにバンドが観察されたので(図8A)、これらを用いてラット17日胚の大脳皮質神経細胞の生存活性を評価した。25pmol/cmのrPTA1欠失変異体の添加による生存活性は、無血清低密度培養条件下、培養開始12時間後に測定した。この結果を図8Bに示す。
図8Bで示すように、rPTA1のN末端より48番目のアミノ酸までを欠失させた変異体および79番目から112番目までのアミノ酸を欠失させた変異体は、rPTA1の完全長と同程度の生存活性の向上が見られたが、N末端より68および86番目のアミノ酸までを欠失させた変異体と30番目から112番目、58番目から112番目までのアミノ酸を欠失させた変異体の生存活性の向上は著明に減弱した。
これらの事実から、ラットrPTA1の活性本体が49番目から78番目のアミノ酸領域であることが予想される。なお、この49−78のフラグメントのアミノ酸配列を配列番号4に示す。また、ヒトPTA1において、このフラグメントに対応するフラグメントのアミノ酸配列を配列番号5に示す。
〔実施例4〕 ラットrPTA1による神経細胞死モードスイッチ
8ウェルのLab−TekTMチャンバーにラット17日胚大脳皮質神経細胞をまき、無血清条件下、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で低密度及び高密度培養し、3〜24時間後の細胞の状態を蛍光顕微鏡で観察した。細胞は、(1)PI染色とAnnexin V染色、(2)PI染色と活性型カスパーゼ3免疫蛍光染色、(3)PI染色とTUNEL染色の3通りの方法で染色した。この結果を図9a〜c、e〜g、i〜kに示す。また、各染色方法によって染色された細胞の数を図9d、h、iに示す。
これらの図に示すように、ラットrPTA1非存在下で低密度培養した場合には、ネクローシスの指標となるPI染色による赤色蛍光が観察されたが、アポトーシスの指標となるAnnexin Vによる緑色蛍光は観察されなかった。逆に、高密度培養及びラットrPTA1存在下での低密度培養では、ネクローシスの指標となる赤色蛍光は観察されず、アポトーシスの指標となる緑色蛍光が観察された。同様な結果がPI染色と活性型カスパーゼ3免疫蛍光染色、PI染色とTUNEL染色によっても確認された。これらの事実から、ラットrPTA1は神経細胞のネクローシスをアポトーシスに変換させる作用があることが明らかになった。
〔実施例5〕 透過型電子顕微鏡観察によるラットrPTA1の神経細胞死モードスイッチ作用
ラット17日胚大脳皮質神経細胞を、無血清条件下、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で低密度及び高密度培養し、培養開始から12時間後の細胞の状態を透過型電子顕微鏡で観察した。この結果を図10に示す。
図10に示すように、ラットrPTA1非存在下で低密度培養した細胞では、細胞膜の傷害、細胞質部分における電子密度の顕著な低下、ミトコンドリアの膨潤化などが観察された。一方、ラットrPTA1存在下で低密度培養をした場合では、細胞膜傷害やミトコンドリア膨潤化は観察されなかったが、核の断片化や核クロマチンの凝縮といったアポトーシスに見られる現象が観察された。こうした現象は、高密度培養でも観察された。
〔実施例6〕 ネクローシス機構としてのATP含量低下に対するラットrPTA1の抑制効果
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を実施例5と同様の条件で培養し、細胞内のATP含量の経時的変化を調べた。この結果を図11に示す。
図11に示すように、ラットrPTA1非存在下で低密度培養を行った場合には、細胞内ATP含量は急速に低下し、18時間後にはほぼ0レベルになった。しかし、高密度培養及びラットrPTA1存在下での低密度培養では、細胞内ATP含量の低下は有意に抑制された。
〔実施例7〕 ラットrPTA1によるネクロース抑制効果のホスホリパーゼCとプロテインキナーゼCを介するメカニズム
ラット17日胚大脳皮質神経細胞を、無血清条件下で低密度及び高密度培養し、培養開始から6時間後の細胞内ATP含量を調べた。培養は、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、培養開始直後にカルフォスチンC(Cal C)又はU−73122(U22)を1μMになるように添加した。この結果を図12Aに示す。なお、カルフォスチンCはプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であり、U−73122はホスホリパーゼC(PLC)阻害剤である。図12Aに示すように、ラットrPTA1存在下で培養することにより、ATP含量の低下は抑制されたが、この効果はCal C及びU−73122の添加により消失した。
さらにラットrPTA1による細胞内ATP含量の低下の抑制のメカニズムを調べた。図12Bに示すように、ラットrPTA1存在下で培養することにより、ATP含量の低下は抑制されたが、この効果はグルコースの取り込み阻害剤である2−デオキシグルコース(2−DG)、解糖系の阻害剤であるヨウ化酢酸(IA)及びミトコンドリアでのATP産生の阻害剤であるオリゴマイシン(Oligo)の添加により消失した。したがってラットrPTA1による細胞内ATP含量低下の抑制は細胞によるグルコース取り込みの後に生じるATP産生系上昇を示唆している。
〔実施例8〕 ラットrPTA1によるグルコース取り込み低下抑制効果
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、血清存在又は無血清条件下、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で低密度及び高密度培養し、培養開始から2時間後における2−デオキシ−D−[H]グルコース取り込み作用を評価した。この結果を図13に示す。
図13に示すように、無血清条件下での培養では、血清存在下での培養と比較し、2−デオキシ−D−[H]グルコース取り込み作用が10%以下に低下した。ラットrPTA1存在下で培養することにより、2−デオキシ−D−[H]グルコース取り込み作用は、血清存在下での培養時の65%程度にまで回復した。しかし、この低下抑制効果もCal C又はU−73122を添加することにより消失した。ATP含量の急速な低下は、グルコース取り込み作用の低下と関連することが明らかとなり、ラットrPTA1のATP含量低下抑制効果における第一次反応は、グルコース取り込み作用の低下抑制によるものであることが示唆された。
〔実施例9〕 ラットrPTA1によるグルコーストランスポーターの細胞膜表在化効果
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を低密度培養し、培養開始から2時間後の細胞の状態を蛍光顕微鏡で観察した。培養は、血清(10%FBS)存在又は無血清条件下、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、培養開始直後にCal Cを1μMになるように添加した。また、細胞は、GLUT1又はGLUT4(これらはグルコーストランスポーターである)を認識する一次抗体と一次抗体を認識する蛍光標識した二次抗体で染色した。この結果を図14に示す。
図14に示すように、GLUT1とGLUT4の細胞膜表在化は、血清存在下で培養した細胞では観察されたが、無血清条件下で培養した細胞では観察されなかった。ラットrPTA1存在下で培養した細胞では、血清が存在しなくても、GLUT1とGLUT4の細胞膜表在化が観察されたが、Cal Cを添加した場合には、このような表在化は消失した。実施例6−9の結果からラットrPTA1は細胞膜に存在することが期待される受容体を介し、続いてPLCとPKCの活性化、GLUT1とGLUT4の細胞膜表在化、グルコース取り込みの促進、ATP産生増加といったメカニズムを駆動することが証明された。
〔実施例10〕 ラットrPTA1によるアポトーシスメカニズム誘発機構としてのミトコンドリアからのチトクロームC(Cyto C)遊離作用
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清条件下で低密度及び高密度培養し、培養開始から12時間後の細胞の状態を蛍光顕微鏡で観察した。培養は、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、培養開始直後にCal Cを1μMになるように添加した。また、細胞はCMRXos(赤色蛍光、ミトコンドリアと結合)と抗Cyto C抗体(緑色蛍光、Cyto Cと結合)で二重染色した。抗Cyto C抗体は蛍光標識した二次抗体によって認識した。この結果を図15に示す。
図15に示すように、ラットrPTA1非存在下で低密度培養を行った場合には、ミトコンドリアの位置に緑色蛍光が観察され、Cyto Cは遊離せず、ミトコンドリア内に局在していた。一方、高密度培養やラットrPTA1存在下での低密度培養では、緑色蛍光が観察されず、Cyto Cがミトコンドリアから遊離していた。また、このようなCyto Cの遊離は、Cal Cにより抑制された。
Cyto C遊離は続くカスパーゼの活性化を引き起こすのでアポトーシス誘発のメカニズムと考えられているので、本実施例はラットrPTA1がアポトーシスを積極的に誘発していることを証明している。
〔実施例11〕 ラットrPTA1によるアポトーシスメカニズム誘発機構としてのBcl−2ファミリータンパク質発現調節
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清条件下で低密度培養し、培養開始から経時的に細胞を回収し、イムノブロッティング法で解析を行った。培養は、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、培養開始直後にCal CおよびU73122を1μMになるように添加した。
低密度培養における25pmol/cmのラットrPTA1処置はCyto C遊離に促進的なBax発現の時間依存性の増加を引き起こし(図16A、B)、また同様な機能を有するBim発現を増加した(図16B)。対照的に、Cyto C遊離抑制に働くBcl−2とBcl−xLの発現を低下させた(図16A、B)。ラットrPTA1によるBax増加作用はU73122とCal Cにより遮断された(図16C)。実施例10と11の成績からラットrPTA1によるアポトーシスメカニズム誘発機構はネクローシス抑制と同様PLCとPKCを介し、Bcl−2ファミリータンパク質の発現調節を介してミトコンドリアからのCyto C遊離を促進させカスパーゼ系の活性化等のアポトーシスメカニズムにつながることが証明された。
〔実施例12〕 神経栄養因子によるラットrPTA1の細胞死抑制作用増強
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清条件下で低密度培養し、培養開始から12時間後の生存活性(WST−8アッセイによる)を評価した。培養は、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、また、培養開始直後にNGF、BDNF、bFGF、又はIL6を100ng/mlになるように添加して行った。この結果を図17に示す。
図17に示すように、神経栄養因子の添加は、ラットrPTA1の細胞死抑制作用を増強した。しかし、これら神経栄養因子単独では、細胞死を抑制する効果はなかった。
〔実施例13〕 BDNFによるラットrPTA1のもつアポトーシス誘発効果の抑制
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清条件下で低密度培養し、培養開始から12時間後の細胞の状態を蛍光顕微鏡で観察した。培養は、ラットrPTA1(25pmol/cm)存在又は非存在下で行い、培養開始直後にBDNFを100ng/mlになるように添加した。また、細胞の染色は、CMRXos(赤色蛍光、ミトコンドリアと結合)による染色、二次抗体を蛍光標識し認識させた抗Cyto C抗体(緑色蛍光、Cyto Cと結合)による染色による二重染色で行った。この結果を図18に示す。
ラットrPTA1のもつCyto C遊離作用は、BDNF添加により完全に抑制された。実施例12と13からrPTA1は大脳皮質神経細胞のネクローシスを抑制し、神経栄養因子により保護される形のアポトーシス形態にスイッチさせることが証明された。
〔実施例14〕 無血清ストレスによる内在性PTA1の神経細胞からの遊離
ラット17日胚の大脳皮質神経細胞を、無血清又は血清存在下で高密度培養し、内在性PTA1の遊離量とPTA1の細胞内含量を定量した。
内在性PTA1遊離は、培養上清の酸性フェノール抽出により濃縮精製し、SDS−PAGE展開の後、ブルーステイン法により可視化して定量した。一方、細胞内含量はそのまま抽出して同様に定量した。この結果を図19に示す。
図19に示すように、無血清条件下での培養では、時間に依存した内在性PTA1遊離が観察され、逆に細胞内含量は時間依存的に低下した。また血清存在下での培養では、このような内在性PTA1遊離は観察されなかった。このことから、この遊離は無血清あるいは飢餓ストレス誘発性の非古典的遊離であることが示唆された。
〔実施例15〕 ラットrPTA1によるマイクログリア神経栄養因子遺伝子発現増加
ラット17日胚の大脳から調製したマイクログリアを培養し、一時的に血清を1%にした条件下でラットrPTA1(25pmol/cm)を添加し、IL−6のmRNA量(RT−PCR法で定量)の時間的変化を測定した。同様の実験は、マイクログリアの代わりに低密度無血清培養したラット17日胚の大脳皮質神経細胞を用いて行った。また、ラットrPTA1の添加量を変化させ、ラットrPTA1添加から1時間後のIL−6のmRNA量を測定した。この際、比較のためシクロフィリンのmRNA量も測定した。以上の結果を図20A、B及びCに示す。
ラットrPTA1の添加により、マイクログリアのIL−6遺伝子の発現量が顕著に増大した(図20A)。このような遺伝子発現の増大は、0.1から25pmol/cmの用量範囲で観察された(図20B)。また、神経細胞ではこのような遺伝子発現の増大は観察されなかった(図20C)。
〔実施例16〕 アンチセンス法による内在性PTA1含量低下による網膜虚血ストレス誘発性神経細胞死の増悪効果
虚血処置を施したddY系マウスから摘出した網膜をパラフィン包埋し、網膜細胞層の切片を調製した。この切片をヘマトキシリン−エオジン染色した後、光学顕微鏡を用い観察した。さらにエポキシ樹脂に包埋した切片を作成し、外顆粒層を透過型電子顕微鏡で観察した。虚血処置は、マウス前眼房に130mmHgの圧力を45分間適用による網膜虚血を行い、その後常圧に戻す再灌流モデルを採用した。また、虚血処置120時間前、72時間前、24時間前の3回マウスPTA1遺伝子のアンチセンスオリゴデオキシヌクレオチド(AS−ODN、ACT GCC GCG TCT GAC ATG GT)とミスセンスオリゴデオキシヌクレオチド(MS−ODN、AGT GCA GCT TCG CAC CTG GT)を硝子体に1μg/1μl/一回の用量で投与した。虚血処置4日後の網膜細胞層切片の写真を図21Bに、虚血処置24時間後の外顆粒層切片の写真を図21Fにそれぞれ示す。
また、顕微鏡の画像から視神経節細胞層、内顆粒層、及び外顆粒層の各々に含まれる細胞数を計測した。この結果を図21C、D、Eに示す。
更に、AS−ODN及びMS−ODNを投与した際のPTA1のタンパク質量(酸性フェノール抽出により濃縮精製し、SDS−PAGE展開の後、ブルーステイン法により可視化)を図21Aに示す。
図21B、C、D、Eに示すように、虚血処置により網膜神経細胞層の厚みが低下した。AS−ODNを投与した場合には、更に厚みが低下したが、MS−ODNを投与した場合にはそのような変化は観察されなかった。
〔実施例17〕 マウスrPTA1による網膜虚血神経傷害の抑制
虚血処置を施したddY系マウスから網膜細胞層及び外顆粒層の切片を調製し、透過型電子顕微鏡で観察した。虚血処置及び切片の作製は、実施例16と同様に行った。虚血処置30分前又は24時間後に0.1又は1.0pmolのマウスrPTA1と100pmolのCal C又はHerbimycin A(チロシンキナーゼ阻害剤)を硝子体に注入した。虚血処置4日後の網膜細胞層切片の写真を図22A〜Gに、虚血処置24時間後の外顆粒層切片の写真を図22J〜Nにそれぞれ示す。
また、顕微鏡の画像から視神経節細胞層、内顆粒層、及び外顆粒層の各々に含まれる細胞数を計測した。この結果を図22G、H、Iに示す。
虚血処置により網膜神経細胞層の厚みが低下したが(図22A、B)、このような厚みの低下は、マウスrPTA1の投与により抑制された。マウスrPTA1の投与は、虚血処置の前後いずれでも有効であり(図22C、F)、また、0.1pmol投与、1.0pmol投与のいずれの場合も有効であった(図22H〜J)。マウスrPTA1の投与の効果は、Herbimycin Aによる影響を受けなかったが(図22E)、Cal Cの投与により消失した(図22D)。
また、虚血処置により外顆粒層の細胞にネクローシスが観察された(図22J、K)。マウスrPTA1前投与した場合には、ネクローシスは抑制され、また、アポトーシスも観察されなかった(図22L)。マウスrPTA1をCal Cと共に投与した場合には、ネクローシスが観察され、rPTA1のネクローシス抑制効果が消失した。マウスrPTA1をHerbimycin Aと共に投与した場合には、ネクローシスは観察されず、アポトーシスが観察された。
〔実施例18〕 マウスrPTA1による脳虚血神経傷害の抑制
ddY系マウスの頸動脈を30分間結紮した後、再灌流し、4日後に大脳線条体或いは海馬領域を含む前額断面切片(1mm)を調製し、これをTTC染色した後顕微鏡で観察した。マウスには、虚血処置30分前又は24時間後に1pmolのマウスrPTA1の脳室内投与を行った。この結果を図23に示す。
図23に示すように、マウスrPTA1を投与せずに頸動脈結紮を行った場合には、線条体や海馬領域に白く色素が抜けた部分が観察された。しかし、マウスrPTA1を投与した場合には、虚血処置前後にかかわらず、このような色素の抜けた部分は観察されず、虚血処置による傷害が抑制されていた。
〔実施例19〕 マウスrPTA1による脳虚血誘発性学習障害の抑制
ddY系マウスの頸動脈を30分間結紮した後、再灌流し、4日後にStep Through型受動回避実験を行った。マウスには、実施例18と同様に、虚血処置30分前又は24時間後に10pmolのマウスrPTA1の脳室内投与を行った。Step Through型受動回避実験の結果を図24に示す。
図24に示すように、虚血処置したマウスでは、偽処置対照と比較し暗室移動までの潜時の顕著な遅延が観察されたが、マウスrPTA1を投与した場合には、虚血処置前後にかかわらず、この潜時の遅延が消失した。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2003−015735号の明細書および/または図面に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
本発明により、神経細胞のアポトーシスやネクローシスを抑制することができるようになる。これにより、脳卒中、緑内障などの神経細胞死を伴う疾患の治療が可能になる。
【配列表】





【図1】




【図3】



【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】

【図20】

【図21】

【図22】

【図23】

【図24】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロサイモシンα1又はこれと同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを有効成分として含有する神経細胞死抑制剤。
【請求項2】
プロサイモシンα1が、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質である請求項1記載の神経細胞死抑制剤。
【請求項3】
プロサイモシンα1と同等の機能を有するペプチドが、配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列で表されるペプチドである請求項1記載の神経細胞死抑制剤。
【請求項4】
神経細胞死が、アポトーシス及びネクローシスである請求項1乃至3のいずれか一項記載の神経細胞死抑制剤。
【請求項5】
プロサイモシンα1又はこれと同等の機能を有するタンパク質若しくはペプチドを有効成分として含有する神経細胞死を伴う疾患の治療剤。
【請求項6】
プロサイモシンα1が、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質である請求項5記載の神経細胞死を伴う疾患の治療剤。
【請求項7】
プロサイモシンα1と同等の機能を有するペプチドが、配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列で表されるペプチドである請求項5記載の神経細胞死を伴う疾患の治療剤。
【請求項8】
神経細胞死が、アポトーシス及びネクローシスである請求項5乃至7のいずれか一項記載の神経細胞死を伴う疾患の治療剤。
【請求項9】
神経細胞死を伴う疾患が、脳卒中、外傷性脳傷害、緑内障、糖尿病性網膜症又は網膜剥離治療時の圧迫性傷害である請求項5乃至8のいずれか一項記載の神経細胞死を伴う疾患の治療剤。
【請求項10】
配列番号4又は配列番号5記載のアミノ酸配列で表されるペプチド又はこれらのペプチドと実質的に同一のペプチド。

【国際公開番号】WO2004/064861
【国際公開日】平成16年8月5日(2004.8.5)
【発行日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−508118(P2005−508118)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000548
【国際出願日】平成16年1月22日(2004.1.22)
【出願人】(000228590)日本ケミファ株式会社 (33)
【Fターム(参考)】