説明

秘話通信方法、秘話通信システム、及び通信機

【課題】 より強固に暗号化された秘話通信を行うことができる秘話通信方法、秘話通信システム、及び通信機を提供する。
【解決手段】 本発明の秘話通信方法は、送信機及び受信機が、対角行列Y及びZの次数Nと、次数Nの対角行列MのN個の対角成分Mnnとを含むパラメータ群からなる暗号化キーを共有する共有ステップと、送信機側において、前記暗号化キーを用いて下記微分方程式を演算し、カオス信号を生成するカオス信号生成ステップと、前記カオス信号を用いて前記通信情報を含んだ暗号化信号を生成する暗号化ステップと、前記受信機側において、受信した前記暗号化信号と、前記暗号化キーとを用いて下記微分方程式を演算し、前記カオス信号とカオス同期した同期信号を生成する同期信号生成ステップと、前記通信情報を復号化する復号化ステップとを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カオス同期を用いた暗号化処理によって秘話通信を行うための秘話通信方法、秘話通信システム、及び通信機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、カオス同期を用いた暗号化処理によって秘話通信を行うことがなされている。
上記カオス同期を用いた秘話通信は、送信側でカオス信号を用いて通信情報を含んだ暗号化信号を生成し、受信側で受信した暗号化信号をカオス同期を利用することで復号化し通信情報を取得するように構成されている。カオス信号はランダム性を有しているので、このカオス信号に通信情報を重畳すれば当該通信情報を暗号化でき、秘話通信が可能となる(例えば、特許文献1参照)。
上記秘話通信においては、ローレンツ方程式に基づいたカオス信号が用いられることがある。このローレンツ方程式から得られるカオス信号による秘話通信においては、当該ローレンツ方程式に含まれる複数のパラメータを、暗号化キーとして送信側と受信側とで共有することでカオス同期が実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−307392号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、ローレンツ方程式から得られるカオス信号による秘話通信では、暗号化キーとして用いるローレンツ方程式のパラメータの数が少なく(高々3つ)、さらにローレンツ方程式による暗号化信号が特殊であることから、暗号化信号を受信して解析すれば、ローレンツ方程式によるカオス信号で秘話通信を行っていることや、その秘話通信において使用されている暗号化キーである複数のパラメータを推定されるおそれがあった。このため、ローレンツ方程式によるカオス信号を用いた秘話通信は、強固に暗号化された通信とは言えなかった。
【0005】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、より強固に暗号化された秘話通信を行うことができる秘話通信方法、秘話通信システム、通信機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明は、カオス同期を用いた秘話通信方法であって、カオス同期に用いるカオス信号を、下記の微分方程式、即ち、ローレンツ方程式を2N+1次元に拡張し一般化した力学系を用いて生成することを特徴としている。
【数1】


【数2】

【0007】
上記のように構成された秘話通信方法によれば、上記微分方程式を解くことで、カオス信号として得られるスカラー変数(従属変数)Xの解、及び対角行列Yに対角成分として含まれる複数の従属変数ynnそれぞれの解を用いてカオス同期を行い秘話通信を行うことができる。
【0008】
(2)このとき、カオス同期のための暗号化キーに用いるパラメータとしては、上記微分方程式において、対角行列Y及びZの次数N、及び/又は上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnを含み、送信側と受信側で前記暗号化キーを共有することで秘話通信を行うことが好ましい。
【0009】
この場合、暗号化キーに用いるパラメータである次数Nは、2以上の任意の整数に設定でき、また、N個の対角成分Mnnそれぞれについても任意に設定することができる。このため、暗号化キーに膨大な組み合わせを含ませることができる。よって、本発明による暗号化信号を傍受したとしても、暗号化キーを推定困難にすることができ、暗号化信号をより強固に暗号化することができる。従って、秘話通信における暗号化をより強固にすることができる。
【0010】
(3)(4)上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnは、それぞれ、任意の整数であってもよいが、上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnが、それぞれ、任意の実数である場合には、暗号化キーにより膨大な組み合わせを含ませることができる。
【0011】
(5)(6)また、上記微分方程式において、カオス信号として得られる、スカラー変数Xの解、又は、対角行列YにおけるN個の従属変数ynnそれぞれの解の内の複数を、通信用の信号として用いることもできる。なお、前記通信用の信号とは、搬送波信号等、通信に用いられる各種の変調信号を意味する。
より具体的に、前記通信用の信号としては搬送波信号を挙げることができる。ここで、対角行列YにおけるN個の従属変数ynnそれぞれの解の内の複数を搬送波信号として用いる場合、複数のカオス信号それぞれに通信情報を含めて秘話通信を行うことができる。
【0012】
(7)また、本発明は、送信機と受信機との間でカオス同期を用いた秘話通信によって通信情報を送信する秘話通信方法であって、前記送信機、及び前記受信機が、下記微分方程式において対角行列Y及びZの次数N、及び/又は下記対角行列Mに含まれるN個の対角成分Mnnを含む暗号化キーを共有する共有ステップと、前記送信機側において、前記暗号化キーを用いて下記微分方程式を演算し、カオス信号を生成するカオス信号生成ステップと、前記カオス信号を用いて前記通信情報を含んだ暗号化信号を生成する暗号化ステップと、前記受信機側において、受信した前記暗号化信号と、前記暗号化キーとを用いて下記微分方程式を演算し、前記カオス信号とカオス同期した同期信号を生成する同期信号生成ステップと、同期信号生成ステップで求めた前記同期信号と、受信した前記暗号化信号とを用いて前記通信情報を復号化する復号化ステップと、を備えていることを特徴としている。
【数3】


【数4】

【0013】
上記のように構成された秘話通信方法において、カオス信号生成ステップと、同期信号生成ステップとで用いられる暗号化キーは、対角行列Y及びZの次数N、及び、対角行列Mに含まれるN個の対角成分Mnnの少なくともいずれかをパラメータとして含んでいる。この次数Nは、2以上の任意の整数に設定できるとともに、N個の対角成分Mnnそれぞれについても任意に設定することができる。このため、暗号化キーに膨大な組み合わせを含ませることができる。よって、本発明による暗号化信号を傍受したとしても、暗号化キーを推定困難にすることができ、暗号化信号をより強固に暗号化することができる。この結果、秘話通信における暗号化をより強固にすることができる。
【0014】
(8)また、本発明は、カオス同期を用いた秘話通信システムであって、上記(1)に記載の秘話通信方法を用いて秘話通信を行うことを特徴としている。
この構成による秘話通信システムによれば、カオス信号として得られる従属変数Xの解、及び対角行列Yに含まれる複数の従属変数yそれぞれの解を用いてカオス同期を行い秘話通信を行うことができる。
【0015】
(9)本発明は、カオス同期を用いた秘話通信を行う通信機であって、上記(1)に記載の秘話通信方法を用いて秘話通信による送信又は受信を行うことを特徴としている。
この構成による通信機によれば、カオス信号として得られる従属変数Xの解、及び対角行列Yに含まれる複数の従属変数yそれぞれの解を用いてカオス同期を行い秘話通信による送信又は受信を行うことができる。
【0016】
(10)本発明は、カオス同期を用いた秘話通信を行う通信機であって、カオス同期のための暗号化キーに用いるパラメータを受け付ける受付部と、受け付けたパラメータに基づいて、カオス信号を生成するための下記微分方程式を生成する生成部と、を備え、前記パラメータには、下記微分方程式において複数の従属変数を含む対角行列Y及びZの次数Nを含み、前記受付部は、次数Nを1以上の整数の内のいずれかを受付可能であることを特徴としている。
【数5】


【数6】

【0017】
上記のように構成された通信機によれば、前記受付部は、次数Nを1以上の整数の内のいずれかを受付可能であるので、暗号化キーを、次数Nを1以上の整数の中から任意に設定することができる。これによって、本発明による暗号化信号を傍受したとしても、暗号化キーを推定困難にすることができ、暗号化信号をより強固に暗号化することができる。従って、秘話通信における暗号化をより強固にすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の秘話通信方法、秘話通信システム、及び通信機によれば、より強固に暗号化された秘話通信を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る秘話通信システムのブロック図である。
【図2】実施例1によって正弦波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた正弦波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
【図3】実施例1によって矩形波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた矩形波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
【図4】実施例2によって矩形波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた矩形波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
【図5】図5(a)は、実施例1において、送信機側の次数Nを10、受信機側の次数Nを9と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(b)は、実施例1において、送信機側の次数Nを9、受信機側の次数Nを10と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。
【図6】(a)は、実施例2において、送信機側の次数Nを10、受信機側の次数Nを9と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(b)は、実施例2において、送信機側の次数Nを9、受信機側の次数Nを10と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。
【図7】実施例1において、送信機側の対角行列Mの対角成分Mnnと、受信機側の対応する対角成分Mnnとの間に誤差を与えたときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、それぞれの対角成分Mnnに±0.01の誤差を与えた場合のグラフ、(b−1)は、それぞれの対角成分Mnnに±0.001の誤差を与えた場合のグラフ、(b−2)は、(b−1)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る秘話通信システムのブロック図である。
図1において、秘話通信システム1は、送信機20と、受信機30とを備えており、両者の間で暗号化信号の送受信を行うことで秘話通信が可能とされている。
【0021】
送信機20は、通信のための搬送波信号を生成する信号生成部21と、信号生成部21が生成した搬送波信号に対して、受信機30に送信する通信情報を加算することで暗号化信号を生成する暗号化部22と、暗号化信号を受信機30に送信するための送信部23と、搬送波信号を生成するのに必要な暗号化キーを記憶している記憶装置24とを備えている。
【0022】
受信機30は、送信機20から送信される暗号化信号を受信するための受信部31と、受信部31から与えられる暗号化信号に基づいて信号生成部21が生成した搬送波信号と同期した同期信号を生成する同期信号生成部32と、この同期信号と受信した暗号化信号とから通信情報を復号化する復号化部33と、同期信号生成部32で用いられる暗号化キーを記憶している記憶装置34とを備えている。
以下、上記各部の機能について説明する。
【0023】
上記送信機20の信号生成部21は、下記式で表される微分方程式によって、独立変数である時間tに対する各従属変数の解を演算する機能を有している。信号生成部21は、この微分方程式の従属変数の解を求めることで、搬送波信号を生成する。
【0024】
【数7】


【数8】

【0025】
本実施形態では、対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnは、それぞれ、任意の実数に設定される。
また、上記微分方程式の従属変数の解は、カオス信号として得られる。各解は、下記のように示す。
【0026】
【数9】

【0027】
なお、上記従属変数X及び従属変数を含む対角行列Y,Z、及びそれらの解X(t)、y(t)、z(t)に付している下付数字は、上記微分方程式を用いる機能部を示しており、「1」は、信号生成部21、「2」は、後述する第一同期部35、「3」は、後述する第二同期部36に用いられる微分方程式の解であることを示している。
【0028】
信号生成部21は、上記微分方程式を演算し、独立変数である時間tに対する従属変数Xの解X(t)を搬送波信号(カオス信号)として出力する。
【0029】
信号生成部21は、上記微分方程式を演算して従属変数の解を求めるために、上記各式中、R、σ、複数の従属変数を含む対角行列Y及びZの次数(対角成分の個数)N、及び、対角行列MにおけるN個の対角成分Mnn(いずれもスカラー量)をパラメータとして含む暗号化キーを記憶装置24から受け付けて用いる。
記憶装置24は、送信機20から着脱可能に信号生成部21に接続されている。また、受信機30の記憶装置34も同様に、受信機30から着脱可能に同期信号生成部32に接続されている。
暗号化キーであるR、σ、対角行列Y及びZの次数N、及び、対角行列Mに含まれるN個の対角成分Mnnは、予め、所定の値が設定された後、送受信機20,30から取り外された状態の記憶装置24,34に記憶される。そして、これら記憶装置24,34をそれぞれ送受信機20,30に接続することで、送信機20及び受信機30は、同じ暗号化キーを共有することができる。
【0030】
信号生成部21が上記微分方程式を解くことで得る各従属変数の解は、上述のように、ある一定のランダム性を有するカオス信号として得られる。従って、搬送波信号として用いる従属変数Xの解X(t)もカオス信号である。
信号生成部21は、生成したカオス信号である搬送波信号を暗号化部22に出力する。
【0031】
暗号化部22は、下記式に示すように、受信機30に送信するための通信情報s(t)と、信号生成部21が生成した搬送波信号(従属変数Xの解X(t))とを加算し、暗号化信号S(t)を生成する。
暗号化信号 S(t) = X(t) + s(t)
【0032】
ここで、通信情報s(t)の信号電力は、搬送波信号の信号電力の1/100〜1/1000に設定されて加算される。ただし、これらの比率は一例であり、通信情報s(t)の信号電力がX(t)の信号電力に比べて十分に小さければよい。
通信情報s(t)は、このように信号電力に差がありかつランダム性を有するカオス信号である搬送波信号(従属変数Xの解X(t))と加算されることで、暗号化される。
【0033】
暗号化部22で生成された暗号化信号S(t)は、送信部23によって、受信機30に送信される。
受信機30の受信部31は、送信機20から送信される暗号化信号S(t)を受信し、同期信号生成部32に出力する。
【0034】
同期信号生成部32は、受信部31から与えられる前記暗号化信号S(t)と、前記暗号化キーとに基づいて、信号生成部21が生成した搬送波信号(従属変数Xの解X(t))と同期した同期信号を生成する。
同期信号生成部32は、第一同期部35と、第二同期部36とを備えている。
第一同期部35は、下記式で表される微分方程式の各従属変数の解を求める演算機能を有している。下記微分方程式は、信号生成部21の演算で用いたものと同一の微分方程式であり、各従属変数の構成や、対角行列Mは、上記信号生成部21の演算で用いた微分方程式と同一である。
第一同期部35は、この微分方程式を演算し従属変数の解を求めることで、第一同期信号を生成する。
【0035】
【数10】

【0036】
具体的に第一同期部35は、受信部31から与えられる暗号化信号S(t)を、従属変数Xの解X(t)として、上記微分方程式に代入し(X(t)=S(t))、記憶装置34から取得した上述の暗号化キーを用いて、対角行列Yに含まれる複数の従属変数y2,nnそれぞれの解y2,nn(t)、及び対角行列Zに含まれる複数の従属変数z2,nnそれぞれの解z2,nn(t)を生成する。第一同期部35は、こうして生成された複数の従属変数y2,nnそれぞれの解y2,nn(t)を第一同期信号として出力する。
【0037】
上記微分方程式は、初めに演算して得られる各従属変数の解の内、従属変数X及びy2,nnのいずれか一方の解に多少のノイズを含めた信号を、その信号に対応する従属変数の解として上記微分方程式に代入し再度演算して他の従属変数の解を求めると、その解は、ノイズを含めて演算したにもかかわらず、初めに求めた他方の解が正確に再現される、という性質(いわゆるカオス同期)を有している。
【0038】
暗号化信号の内、通信情報は、搬送波信号に対するノイズと考えることができる。従って、通信情報が加算された搬送波信号(従属変数Xの解X(t))を、これに対応する上記微分方程式の従属変数Xの解の部分に代入し、記憶装置34から取得した上述の暗号化キーを用いて他の従属変数の解を求めたとき、従属変数y2,nnの解y2,nn(t)は、送信機20の信号生成部21が求めた従属変数y1,nnの解y1,nn(t)をほぼ同一に再現したものとして得られる。つまり、第一同期部35は、演算した従属変数y2,nnの解y2,nn(t)を、従属変数y1,nnの解y1,nn(t)とカオス同期した第一同期信号として出力する。
【0039】
なお、上記性質は、初めの演算と、再度の演算とで、同一の暗号化キーを用いて演算しなければ、他方の解は再現されない。従って、記憶装置34の暗号化キーは、送信機20の記憶装置24の暗号化キーと同一でなければならない。
【0040】
第一同期部35は、第一同期信号を第二同期部36に出力する。
第二同期部36も、下記式で表される、信号生成部21及び第一同期部35と同様の微分方程式を演算し各従属変数の解を求める機能を有しており、下記微分方程式を演算することで、信号生成部21が生成した搬送波信号と同期した第二同期信号を生成する。
【0041】
【数11】

【0042】
すなわち、第二同期部36は、第一同期部35から与えられる第一同期信号(従属変数y2,nnの解y2,nn(t))を、上記微分方程式中の対応する従属変数y3,nnの解y3,nn(t)の部分に入力し、前記暗号化キーを用いて上記微分方程式を演算し、従属変数X、Zの解を生成する。
上記微分方程式は、上述のような性質を有しているので、第二同期部36の演算の結果得られた従属変数Xの解X(t)は、送信機20の信号生成部21が求めた従属変数Xの解X(t)とほぼ同一に再現したものとして得られる。
【0043】
なおこのとき、第一同期部35から複数の第一同期信号(複数の解y2,nn(t))が出力された場合、第二同期部36は、これら第一同期信号としての複数の解y2,nn(t)を用いて、従属変数X、Zの解を演算する。この場合、一の出力結果(従属変数X、Zの解)を求めるために、複数の解Y2,nn(t)を用いて演算することができるので、より精度よく従属変数X、Zの解を求めることができる。
【0044】
第二同期部36は、演算した従属変数Xの解X(t)を、搬送波信号である従属変数Xの解X(t)にカオス同期した第二同期信号として、復号化部33に出力する。
【0045】
復号化部33は、下記式に示すように、暗号化信号S(t)から、第二同期部36から与えられる第二同期信号である従属変数Xの解X(t)(搬送波信号に同期した同期信号)を減算することで、通信情報s(t)を得ることができる。
暗号化信号S(t) − X(t) ≒ s(t)
【0046】
上記のように構成された本実施形態の秘話通信システムによれば、上記微分方程式を解くことで、カオス信号として得られる従属変数Xの解、及び対角行列Yに対角成分として含まれる複数の従属変数ynnそれぞれの解ynn(t)を用いてカオス同期を行い秘話通信を行うことができる。
さらに、信号生成部21と、同期信号生成部32とで用いられる暗号化キーは、複数の従属変数を含む対角行列Y〜Y及びZ〜Zの次数Nと、対角行列Mに含まれるN個の対角成分Mnnを含んでいる。この次数Nは、2以上の任意の整数に設定できるとともに、対角成分Mnnは、任意の実数に設定することができるので、暗号化キーに膨大な組み合わせを含ませることができる。このため、本発明による暗号化信号を傍受したとしても、暗号化キーを推定困難にすることができ、暗号化信号S(t)をより強固に暗号化することができる。従って、秘話通信における暗号化をより強固にすることができる。
【0047】
また、本実施形態の送信機20及び受信機30は、暗号化キーが記憶された着脱可能な記憶装置24,34から当該暗号化キーを取得するように構成したので、秘話通信を行う前に、同じ暗号化キーが記憶された記憶装置24,34を、送信機20及び受信機30それぞれに装着し接続することで、容易に暗号化キーを共有することができる。
【0048】
なお、上記実施形態では、N個の対角成分Mnnを、任意の実数に設定した場合を例示したが、これらを任意の整数に設定することもできる。
また、N個の対角成分Mnnを実数として設定する場合、例えば、0〜N+1の間で選択される任意の実数に設定することが好ましい。対角成分Mnnは、暗号化キーとして用いられるため、その選択範囲は広い方が好ましい。その一方、何ら制限がないと値の設定が困難であり、上記のように選択範囲を制限したとしても実数としての選択肢は広範である。よって、上記のように対角成分Mnnの選択範囲を制限することで、その値の設定を容易とすることができる。また、より確実に秘話通信を行うことができる。
N個の対角成分Mnnを整数として設定する場合も、上記と同様の理由により、例えば、1〜Nの間で選択される任意の整数に設定することができる。
【0049】
さらに、例えば、上記実施形態ほどの強固な暗号化が必要ない場合には、対角行列Mを下記に示すものとすることができる。
この場合、暗号化キーは、上記微分方程式に含まれる定数パラメータであるR、σと、次数Nにより構成される。
【0050】
【数12】

【0051】
また上記実施形態では、送信側の搬送波信号として、従属変数Xの解X(t)を用いたが、対角行列YにおけるN個の従属変数ynnそれぞれの解ynn(t)の内の複数を搬送波信号として用いてもよい。
この場合、受信機側の第一同期部35は、従属変数Xの解X(t)を第一同期信号として出力し、第二同期部36は、従属変数y3,nnの解y3,nn(t)を搬送波信号に同期した第二同期信号として出力する。
【0052】
この場合、信号生成部21が、下記式に示すように、その解に含まれる各従属変数y1,nnの解y1,nn(t)を複数の搬送波信号として生成し、暗号化部22が、これらそれぞれに異なる通信情報s(t)を含んだ複数の暗号化信号を生成する。受信機30の同期信号生成部32は、複数の暗号化信号に基づいて、複数の同期信号を生成することで、異なる通信情報s(t)を復号化することができる。
これにより、複数のカオス信号それぞれに通信情報を含めて秘話通信を行うことができる。
【0053】
【数13】

【0054】
なお、上記では、複数の搬送波信号それぞれに対して、互いに異なる通信情報s(t)を含めることで暗号化信号を生成したが、例えば、複数の搬送波信号それぞれに対して含められる通信情報それぞれが全て同一であってもよいし、複数の搬送波信号それぞれに対して含められる通信情報の内の一部が同一であってもよい。
【0055】
上記実施形態では、次数Nが2以上の整数である場合を示したが、暗号化キーのパラメータとしての組み合わせを増加させる観点から、次数Nを1以上の整数としてもよい。
この場合、信号生成部21、及び同期部35,36は、暗号化キーに用いるパラメータを受け付け、受け付けたパラメータに基づいて、カオス信号を生成するための下記微分方程式を生成する。信号生成部21、及び同期部35,36は、次数Nを1以上の整数の内のいずれかを受付可能とされる。
これにより、暗号化キーを、次数Nを1以上の整数の中から任意に設定することができる。
【0056】
また、上記実施形態では、上記微分方程式中に含まれる、R、σも暗号化キーのパラメータとして用いた場合を示したが、少なくとも、暗号化キーのパラメータとして、次数N又は対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnが含まれていれば、R、σは、定数とすることもできる。
【0057】
次に、本発明の秘話通信システムによる暗号化信号を復号化したときの態様について、検証した試験結果について説明する。
試験方法としては、本発明の秘話通信システムによる、通信情報としての既知の信号の暗号化、及び、その暗号化信号の復号化をシミュレーションによって行い、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを比較し、その復元状態を評価した。
【0058】
送信機及び受信機の信号生成部及び同期信号生成部において用いられる上記微分方程式については、対角行列Mについての対角成分Mnnが1〜Nで任意に設定される実数である場合(以下、実施例1という)と、対角成分Mnnがそれぞれ1〜Nの範囲で順に並ぶ整数である場合(上記変形例で示した対角行列Mの場合、以下、実施例2という)について検証した。
上記暗号化キーについては、原則として、R=2500、σ=30、N=10とし、対角行列Mの対角成分Mnnについては、1〜N(=10)までの実数の乱数を与えた。
また、通信情報(既知の信号)としては、下記式に示す、正弦波と矩形波とを用いた。
【0059】
【数14】

【0060】
上記正弦波の式中のfは、f=20とした。上記矩形波の式中のA、fは、A=0.01、f=20とした。両波とも、時間tの最小値=0秒、最大値=30秒とし、離散点の間隔を10−6秒とした。
【0061】
図2は、実施例1によって正弦波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた正弦波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。横軸は時間を示しており、縦軸は信号の振幅を示している。また、図中、灰色線が送信時の通信情報、黒線が復号化後の通信情報を示している(なお、以下に示すグラフについても同様である。)。
図に示すように、復号化後の通信信号は、送信時の通信情報と近似しており、良好に復元されていることが判る。
【0062】
図3は、実施例1によって矩形波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた矩形波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
図3の場合についても、復号化後の通信信号は、送信時の通信情報と近似しており、良好に復元されていることが確認できる。
【0063】
図4は、実施例2によって矩形波を通信情報として暗号化及び復号化したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、通信情報として用いた矩形波全体を示したグラフ、(b)は、(a)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
図4の場合についても、復号化後の通信信号は、送信時の通信情報と近似しており、良好に復元されていることが確認できる。
【0064】
次に、実施例1において、送信機側及び受信機側で互いに暗号化キーが異なる場合についての態様について検証した。
まず、暗号化キーの内、次数Nが送信機側と受信機側とで異なる場合について説明する。
図5(a)は、実施例1において、送信機側の次数Nを10、受信機側の次数Nを9と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。なお、受信機側の対角行列Mの9個の対角成分Mnnは、送信機側の対角行列Mの10個の対角成分Mnnの内の9個と同じ数値に設定されている。
図に示すように、この場合、復号化後の通信信号は、ランダムな状態であり、全く送信時の通信信号に復元されていないことが判る。
【0065】
また、図5(b)は、実施例1において、送信機側の次数Nを9、受信機側の次数Nを10と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。なお、受信機側の対角行列Mの対角成分Mnnは、10個の内、9個が送信機側の対角行列Mの9個の対角成分Mnnの内の9個と同じ数値に設定されており、1個がランダムに設定されている。
図に示すように、この場合についても、復号化後の通信信号は、全く送信時の通信信号に復元されていないことが判る。
【0066】
図6(a)は、実施例2において、送信機側の次数Nを10、受信機側の次数Nを9と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。この場合、受信機側の対角行列Mについては、n=8を除外することで次数Nを9と設定している。
また、図6(b)は、実施例2において、送信機側の次数Nを9、受信機側の次数Nを10と設定したときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフである。この場合、送信機側の対角行列Mについては、n=8を除外することで次数Nを9と設定している。
図6(a)(b)に示すように、この場合についても、復号化後の通信信号は、全く送信時の通信信号に復元されていないことが判る。
上記試験結果より、次数Nが一致しなければ、通信信号は復号化されないので、実施例1の場合のみならず、実施例2の場合(対角成分Mnnが1〜Nの整数である場合)においても、R、σに加えて、次数Nが暗号化キーとして十分に機能することが確認できる。
【0067】
次に、対角行列Mの対角成分Mnnに、送信機側と受信機側とで誤差を含んでいる場合について説明する。
図7は、実施例1において、送信機側の対角行列Mの対角成分Mnnと、受信機側の対応する対角成分Mnnとの間に誤差を与えたときにおける、送信時の通信情報と、復号化後の通信情報とを示したグラフであり、(a)は、それぞれの対角成分Mnnに±0.01の誤差を与えた場合のグラフ、(b−1)は、それぞれの対角成分Mnnに±0.001の誤差を与えた場合のグラフ、(b−2)は、(b−1)の一部を拡大して示したグラフ((a)の横軸のスケールの約120倍で示している。)である。
上記ように非常に少ない誤差であっても、復号化後の通信信号は、送信時の通信信号に復元されていないことが判る。
つまり、対角行列Mの対角成分Mnnは、任意の実数で設定できる一方、暗号化キーとしての対角成分Mnnをほぼ全部一致させないと復号化できないため、上記試験結果から、非常に強固に暗号化されていることが確認できる。
【0068】
以上のように、本発明の秘話通信システムを用いて暗号化信号を復号化したときの態様について検証試験を行った結果、暗号化信号をより強固に暗号化することができ、秘話通信における暗号化をより強固にできることを確認できた。
【符号の説明】
【0069】
1 秘話通信システム
20 送信機
21 信号生成部
22 暗号化部
24 記憶部
30 受信機
32 同期信号生成部
33 復号化部
34 記憶部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カオス同期を用いた秘話通信方法であって、
カオス同期に用いるカオス信号を、下記の微分方程式を用いて生成することを特徴とする秘話通信方法。
【数15】

【数16】

【請求項2】
カオス同期のための暗号化キーに用いるパラメータとして、上記微分方程式において、複数の従属変数を含む対角行列Y及びZの次数N、及び/又は上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnを含み、
送信側と受信側で前記暗号化キーを共有することで秘話通信を行う請求項1〜4のいずれか一項に記載の秘話通信方法。
【請求項3】
上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnが、それぞれ、任意の整数である請求項1に記載の秘話通信方法。
【請求項4】
上記対角行列MにおけるN個の対角成分Mnnが、それぞれ、任意の実数である請求項1に記載の秘話通信方法。
【請求項5】
上記微分方程式において、カオス信号として得られる、スカラー変数Xの解、又は、対角行列YにおけるN個の従属変数ynnそれぞれの解の内の複数を、通信用の信号として用いる請求項1〜4のいずれか一項に記載の秘話通信方法。
【請求項6】
前記通信用の信号が搬送波信号である請求項5に記載の秘話通信方法。
【請求項7】
送信機と受信機との間でカオス同期を用いた秘話通信によって通信情報を送信する秘話通信方法であって、
前記送信機、及び前記受信機が、下記微分方程式において複数の従属変数を含む対角行列Y及びZの次数N、及び/又は下記対角行列Mに含まれるN個の対角成分Mnnを含む暗号化キーを共有する共有ステップと、
前記送信機側において、前記暗号化キーを用いて下記微分方程式を演算し、カオス信号を生成するカオス信号生成ステップと、
前記カオス信号を用いて前記通信情報を含んだ暗号化信号を生成する暗号化ステップと、
前記受信機側において、受信した前記暗号化信号と、前記暗号化キーとを用いて下記微分方程式を演算し、前記カオス信号とカオス同期した同期信号を生成する同期信号生成ステップと、
同期信号生成ステップで求めた前記同期信号と、受信した前記暗号化信号とを用いて前記通信情報を復号化する復号化ステップと、を備えていることを特徴とする秘話通信方法。
【数17】


【数18】

【請求項8】
カオス同期を用いた秘話通信システムであって、
請求項1に記載の秘話通信方法を用いて秘話通信を行うことを特徴とする秘話通信システム。
【請求項9】
カオス同期を用いた秘話通信を行う通信機であって、
請求項1に記載の秘話通信方法を用いて秘話通信による送信又は受信を行うことを特徴とする通信機。
【請求項10】
カオス同期を用いた秘話通信を行う通信機であって、
カオス同期のための暗号化キーに用いるパラメータを受け付ける受付部と、
受け付けたパラメータに基づいて、カオス信号を生成するための下記微分方程式を生成する生成部と、を備え、
前記パラメータには、下記微分方程式において複数の従属変数を含む対角行列Y及びZの次数Nを含み、
前記受付部は、次数Nを1以上の整数の内のいずれかを受付可能であることを特徴とする通信機。
【数19】


【数20】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−34308(P2012−34308A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174170(P2010−174170)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月24日 立命館大学主催の「2009年度 修士論文公聴会」において文書をもって発表
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】