説明

移動式の簡易高圧環境観察装置

【課題】人によるアンビルの位置合わせや傾きの調整を必要とせず、簡便な操作で観察が可能な、しかも低価格で汎用性のある移動式の簡易高圧環境観察装置を提供する。
【解決手段】一対のアンビルの内、下側アンビルを固着するザグリ穴と前記ザグリ穴の周囲にスプリングを有する数本のガイドピンとを配設する土台と、前記一対のアンビルの内、上側アンビルを固着するザグリ穴と数本のガイド管とを配設する上部蓋と、前記一対のアンビルの間に挟まれて、試料室を形成するガスケットを支持する弾性体リングとから構成され、ガイド管をガイドピンに沿って挿入して、上部蓋をスプリングの反力を受けながら下側アンビルに被せ、加圧レバーにより試料室を高圧環境とし、電池駆動でLED白色光を入射させ前記試料室内を顕微鏡で撮像し、外部モニタにより観察する構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1万気圧(1GPa)程度までの圧力範囲の高圧環境において、試料を観察・測定することができる移動式の簡易高圧環境観察装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高圧環境下における観察・測定装置としては、アンビル材にダイヤモンドを用いたダイヤモンドアンビルセル(DAC)装置が最も多く利用されている。ダイヤモンドは地球上に存在する物質の中で最も硬く、かつ光透過性が良い物質であることから観察・測定用として超高圧を実現するアンビル材として最適である。
【0003】
ダイヤモンドアンビルでは数百万気圧の超高圧まで実現できるため、現代の静的発生圧力は地球の中心圧力に匹敵する圧力領域まで到達し、地球惑星科学の研究をはじめ、窒化ガリウムやダイヤモンドなどの単結晶作製の研究、高圧下における物性研究など様々な技術研究分野で使用されている。また、X線や可視領域においてダイヤモンドは透明であることから、X線回折実験やX線散乱、X線吸収、ラマン散乱、ブリルアン散乱、光学吸収・透過測定など光学的な物性実験装置としても利用されている。
【0004】
『圧力』は『温度』とともに重要な熱力学パラメータであるが、その概念を習得させる実験装置は少なく、理解させるには非常に困難である。中学から高校、更には大学の基礎教育現場においては、ビデオ等の観察を通して予め設定された状態図を順番に見るだけに終わっており、近場にDACなどの超高圧発生装置を保有している研究者がいなければ、自分で操作しながら状態図を見て思考を重ねるという科学実験教育はありえない。高圧の研究が進むにつれて、中学から高校、更には大学において圧力に関する教育の必要性は更に増し、1万気圧程度の圧力を発生することのできる取り扱いが簡単で入手し易い廉価な高圧装置が望まれている(非特許文献1)。
【0005】
多くの研究分野で最も良く使用されている高圧装置は、先端の一部が切断された一対のダイヤモンドを対向させ、その間にガスケットと呼ばれる金属板を挟んで形成される試料室を高圧にして試料室内の物質の状態を観察するダイヤモンドアンビルセル装置であり、通称DACと呼ばれている。
【0006】
DACでは、下側アンビルは台座にエポキシ系接着剤で固定され、台座は4本の位置合わせ用ネジで支持されている。一方上側アンビルは球座を固定する円板上にエポキシ系接着剤で固定され、該円板には数本の傾き調整用ネジが螺挿されている。アンビルのエポキシ樹脂による取り付けをなくした技術も提案されているが(特許文献1)、この場合常に同じ外径を有したダイヤモンドを手配するもしくは個々のダイヤモンドに応じた保持用ホルダを作成することは、費用や手間の面から考慮して取り扱いが容易な装置とは言い難い。またその装置であっても、一対のアンビル先端に挟まれた空間に形成される試料室を超高圧室にするには、対向する上下アンビル面が平行となり、光軸、加圧軸、アンビルの中心軸が一致するように、使用前には毎回必ず位置合わせと傾き調整をしなければならない。位置合わせ用ネジと傾き調整用ネジとにより顕微鏡下でアンビル面を接近させるとニュートンリングといわれる光の干渉縞が観察できるのでそれを利用しながら数本の傾き調整用ネジにより平行調整を行う(非特許文献1、特許文献1)。この作業は顕微鏡下で行い極めて精巧を要するもので、初心者には極めて困難であり、熟練者に頼らざるを得ない。
【0007】
DACにおいて、アンビル間に挟持されるガスケットは、厚さが300μm程度の金属板であり、中央部に試料室を構成する孔があけられている。ガスケットに微小な孔を開けるには金属板をアンビルで厚さが100μm程度になるまで挟んで圧痕を付け、その中央にドリルや、レーザー、放電加工などの装置により小さな孔を精度よくあけなければならない。そのためには顕微鏡を備えたガスケットの孔あけシステムに頼らざるを得ない。またガスケットの孔の試料室には圧力伝達媒体として液体を試料とともに封入するが、その作業も顕微鏡下で行わなければならす、決して容易な作業ではない。
【0008】
また、アンビル材として天然ダイヤモンドに変えてサファイアを使用する高圧装置が提案されているが(特許文献2)、この高圧装置においても下側アンビルは環状ディスクが装着され下側台座に密着固定され、上側アンビルは等間隔に平行調整ネジを配置した環状ディスクに装着され、上側台座に密着固定されている。この装置においてもDACと同様に使用前には必ず顕微鏡下にネジにより対向するアンビルの平行と中心位置の調整をしなければならない。
【0009】
このようにDACに代表される従来の高圧観察・測定装置は、熟練者でなければ困難な調整を使用前には必ず行わなければならず、また装置は高価となり、超高圧の専門分野の研究者に主に使用されているのが実情である。
【0010】
近年高圧下における研究が進むにつれて、中学から高校、更には大学において圧力に関する教育上の必要性から、DACのように数百万気圧という超高圧を必要とせず、1万気圧程度の圧力を発生する装置で、生徒自ら操作しながら観察ができる、取り扱いが簡単で、安価な高圧装置が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平09−171142 号公報
【特許文献2】特公平03−46781号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】高圧力の科学と技術、日本高圧力学会、Vol.17,No.3,(2007)p.238.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、アンビルを用いる高圧装置において、使用前に熟練者により行われる、対向する一組のアンビルの位置合わせと傾き調整、ガスケット内の試料位置の調整や、顕微鏡下での液体圧力媒体の封入作業という重要で煩雑な操作を不要とすることであり、各構成部品を組み立てるだけで煩雑な位置合わせや調整を必要とせずに使用することができる安価な移動式の高圧環境観察装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者はかかる課題に鑑み、アンビルの位置合わせや傾きの調整を必要とせず、初心者でも容易に操作できる高圧装置の開発を目的として腐心した結果、精密加工された部品や規格品のガスケットを設計図に基づいて、配置することにより、熟練者の技術を必要としてきた調整が全て排除され、簡便な操作で観察が可能な、しかも低価格で汎用性のある移動式の簡易高圧環境観察装置を発明するに至った。
【0015】
本発明は、第1には、対向する一対のアンビルとガスケットとにより形成される試料室を加圧用レバーにより梃子の原理を用いて高圧にする加圧手段と、前記試料室を下側アンビルの下方から光透過させて前記試料室内を外部モニタに撮像するための顕微鏡観察手段とを一枚のボード上に備えた移動式の簡易型高圧環境観察装置であって、下側アンビルを土台の所定の位置に装着する手段、該所定の位置に装着された下側アンビルの周囲に配置され、内部の下側アンビル上にガスケットを保持する手段、上側アンビルを下側アンビルと対向する上部蓋の所定の位置に装着する手段、並びに土台に取り付けられ、上部蓋の土台に対する上下動を案内する手段を備え、該試料室の位置や平行を調整する作業をすることなく加圧し、観察することができる移動式の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0016】
本発明は、第2には、下側アンビルを土台の所定の位置に装着する手段が土台に設けられた下側アンビルを装着するザグリ穴であり、所定の位置に装着された下側アンビルの周囲に配置され、内部の下側アンビル上にガスケットを保持する手段が弾性体リングであり、上側アンビルを下側アンビルと対向する上部蓋の所定の位置に装着する手段が上部蓋に設けられた上側アンビルを装着するザグリ穴であり、土台に取り付けられ、上部蓋の土台に対する上下動を案内する手段が前記弾性体リングの外周に配置されたスプリングバネを外装したガイドピンであり、該ガイドピンは上部蓋の所定の位置に設けられたガイド管と連携して上部蓋の土台に対する上下動を案内することを特徴とする前記第1に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0017】
本発明は、第3には、アンビル下部が円柱で上部が円錐台状であるサファイアアンビルであることを特徴とする前記第1又は第2に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0018】
本発明は、第4には、上記第3に記載の円錐台状が一部面取りされた構造であるサファイアアンビルであることを特徴とする前記第1〜第3に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0019】
本発明は、第5には、ガスケットの体積弾性率が5.0×1010〜7.0×1010Pa(パスカル)であることを特徴とする前記第1〜第4に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0020】
本発明は、第6には、ガスケットが円板の中心に設けられた穿孔以外に1乃至数個の穿孔を有するか、又は円板の外周に1乃至数個の溝を有する構造であることを特徴とする前記第1〜第5に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0021】
本発明は、第7には、弾性体リングがザグリ穴に装着された下側アンビルと同じ高さ位置において弾性体リング内壁にガスケットを載置する段差を有する構造であることを特徴とする前記第1〜第6に記載の移動可能な簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0022】
本発明は、第8には、光源が白色発光ダイオードであり、偏光板により光量を調整して光透過させる光照射手段を具備することを特徴とする前記第1〜第7に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0023】
本発明は、第9には、光源が白色発光ダイオードであり、直列に接続された可変抵抗を変化させて光量を調整して光透過させる光照射手段を具備することを特徴とする前記第1〜第7に記載の簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0024】
本発明は、第10には、対向する一対のアンビルとガスケットとにより形成される試料室を加圧用レバーにより梃子の原理を用いて高圧にする加圧手段、前記試料室を下側アンビルの下方から光透過させて前記試料室内を外部モニタに撮像するための顕微鏡観察手段とを一つのボード上に備え、乾電池、USB又はACアダプタで駆動させて、ボード全体を傾けた状態であっても観察が可能であることを特徴とする前記第1〜第9に記載の移動可能な簡易型高圧環境観察装置を提供することである。
【0025】
本発明において、顕微鏡とは、対物レンズとCCDカメラとを組み合わせた画像観察ツールをいい、実際には試料室の観察は外部モニタにより写し出される画像を見ることにより行う。従って本発明の顕微鏡は通常の接眼レンズを通して試料室を観察する方式とは全く異なるものである。
【0026】
本発明の高圧環境観察装置は、ミクロンオーダーの高い機械精度で加工した部品を組み立てることにより、使用前の調整を何ら必要としないで高圧力が発生するように設計されている。熟練した技術者でなければできないDACで代表される従来装置で必須となっているアンビルの平行調整と位置合わせ、ガスケットの位置合わせと顕微鏡下での圧力伝達媒体の封入作業を排除することができる。
【0027】
ガスケットは試料室を構成する要素の一つであるが規格品を用いて円筒状弾性体リングの内壁に沿ってアンビル上に置くだけですむ機構を採用しており、その規格品は決まった寸法の外径および厚みの円板で、中央の位置に孔が精密に加工され設けられている。従来のように顕微鏡で観察しながら対向する上下2枚のアンビルにより圧痕をつけてその中央に孔をあけるという面倒な加工は必要ない。円板には、中央にある穿孔に加えて、1乃至数箇所に孔を設けてもよく、また円板の外周において1乃至数箇所に溝を設けても良い。この孔や溝により、液体の圧力伝達媒体の封入作業が簡便になる。ガスケットの材質については、アンビル材の強度とも関連している。サファイアアンビルでは好適な材料の体積弾性率は5.0×1010〜7.0×1010Pa(パスカル)の範囲にあり、リン青銅、銅ベリリウムなど銅合金が好適であるが、中でもリン青銅が好適である。ポリテトラフルオロエチレン樹脂、アルミニウム、銅などのように体積弾性率が下限値以下であればそれ自体の変形が大きく圧力が1万気圧に達する前にガスケットが流れて試料室がなくなってしまう。また、インコネルやステンレスのように体積弾性率が上限値以上では硬すぎて、サファイアが破損するなど適当でない。
【0028】
上下アンビルはザグリ穴に挿入するだけで土台に固定される構造であり、ザグリ穴には密接する形状が必要であり、その構造は円柱又は円筒であり、該円柱又は円筒の一端は円錐台状に形成されている。ガスケットは円板の中心部にアンビルの円錐台の平面の面積より小さい面積の穿孔を有しており、外周は弾性体リングの内壁に密接する。弾性体リングは下側アンビル及びその上に保持されるガスケットを包囲し、ガスケットを保持する。アンビルとガスケットの外径が同じの場合には、弾性体リングはこれらと同じ径の内壁構造とし、ガスケットの外径がアンビルの外径より大きい場合はアンビルをザグリ穴に装着したときのアンビルの円錐台の平面の高さにおいて、段差を有する内壁構造となる。この段差上にガスケットが載置される。上側アンビルを装着した上部蓋を下方に移動させて上側アンビルの円錐台と下側アンビルの円錐台及びガスケットの穿孔で試料室を形成するが、該試料室が形成された状態では、弾性体リングは上側アンビルの一部を包囲しても良い。
【0029】
透明なアンビル材料としてはサファイア、水晶、ガラス、ダイヤモンド等があげられるが、中でもサファイアは加工性が良く機械精度も高く、光透過性も良好であり、しかも材料価格はダイヤモンドの約10分の1であり、大きな寸法のアンビル材料を使用することができるとともに汎用性の、安価な装置を提供するのに最適である。またアンビルの形状は、ザグリ孔と密接することから、円柱又は円筒が好適であり、なかでも円柱が強度上、加工上より好適である。アンビルの形状は、加工精度上及びコスト問題がなければ、円柱である必要はなく、多角形であってもよいが、ザグリ穴も同じ多角形にする必要がある。
またアンビルの一端は円錐台形状に加工されており、上下のアンビルの円錐台部分とガスケットの穿孔部分とで形成される試料室を高圧にするには円錐台が重要な役割を担っている。円錐台のテーパーが全くない円柱の場合には、1万気圧のような高圧が得られにくい。無理に加圧するとサファイアアンビルが破損してしまう。テーパーが大きいと高圧が容易に達成されるがガスケットの寿命が短い。アンビルの円錐台のテーパーはガスケットやアンビル材の使用回数にも影響を及ぼす。
【0030】
ダイヤモンドアンビルやサファイアアンビルを用いた高圧実験では、そのアンビルのテーパー角度が非常に重要なファクターとなる。アンビルのテーパー面が圧力印加により破損する可能性があったとしても容易な圧力の微調整を優先する場合はテーパー角度を小さい方がよく、そのテーパー角度は10度〜50度程度が好適である(図5)。反対に圧力の微調整が多少困難になってもアンビルの破損を避けることを優先する場合はテーパー角度を大きくした方が良く、そのテーパー角度は60度〜80度程度が好適で、中でも70度が最も好適な角度である(図4)。
【0031】
本発明装置は、光源に白色発光ダイオードを使用することができる。この場合電源は乾電池を使用することができるが、家庭用100VコンセントからACアダプタを利用することもできる。試料室に入射する光は2枚の偏光板で明るさを調整して使用する。また、可変抵抗器を用いて電気抵抗を変化させて発光ダイオードの明るさを調整して使用することもできる。これらにより、従来の光ファイバーを使う方式と異なって移動が容易となる。一方、CCDカメラもACアダプタだけでなくUSBから電源を供給する製品を選択することで、それら顕微鏡システムを一枚のボード上に組み込むことにより、持ち運び先のどこにおいてもモニタに接続して、大画面で観察が可能となる。顕微鏡のレンズは、試料室の大きさが決まっているので固定倍率のものが選択可能である。光源、電源、偏光板や可変抵抗器などは前記ボードの下部又は土台の底部に設けられた凹部に取り付けるとコンパクトとなる。
【0032】
本発明装置は、対向する一対のアンビルとガスケットとにより形成される試料室を加圧用レバーにより梃子の原理を用いて高圧にする加圧手段と、前記試料室を下側アンビルの下方から光透過させて前記試料室内を顕微鏡で観察する観察手段とを、縦が150mm、横が250mmのボード上に備えたコンパクトな設計にすることが可能である。また該ボードは全体を傾けながら観察することが可能で、90度傾けると重力場における高圧下での状態変化を観察することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明装置は機械精度のみで組み立て使用することができるので、従来技術のように使用前に必ず試料室の位置と傾きを調整するという煩雑な取扱は必要ない。従って学生や生徒など初心者でも容易に操作、使用することができる。またアンビル材はサファイアのような安価で加工性の良い材料を使用し、部品も規格品か又は機械加工で作製できるものばかりで、調達も容易である。従って本発明装置は操作が簡単であり、小型で持ち運びも容易であり、しかも安価となる。このことは、科学教育において1万気圧程度の高圧環境を身近に観察することのできる教育用実験機材として極めて有用である。更には一般研究者用の研究機材としても極めて有用である。この装置の普及により、高校教育に圧力の概念が一般常識化されることに加え、将来一般研究者による数千から1万気圧程度における豊富な研究からこれまでにない新しい知見が得られることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の装置全体の構成を示す側面図
【図2】本発明の装置の土台部分を上から見た概略図
【図3】本発明のサファイアアンビル付近の構成図
【図4】本発明のガスケット装着弾性体リングの構成図
【図5】本発明のガスケット装着弾性体リングの他の構成図
【図6】水の状態図
【図7】約1万気圧で水が氷に変化する様子を表す図
【図8】高圧により生成された氷が減圧下に変化する様子を表す図
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に本発明の高圧環境観察装置の一実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
本発明の高圧環境観察装置全体の構成は図1及び図2に、サファイアアンビル付近の構成は図3に、ガスケット装着のポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リングの構成は図4、5に、それぞれ示されている。
【0036】
図1〜図3において、1はステンレス製板(55mm×180mm×15mm)からなる土台であり、土台1の適所には、図3に示すように下側ザグリ穴2が、例えば外径5mm、深さ2mmの円柱状に設けられている。3は、例えば外形5mm、高さ5mmのサファイアアンビルであり、サファイアアンビル3は、ザグリ穴2はめ込まれるだけで土台1に装着される。アンビル3の円柱部分はザグリ穴2から上部に出ており、この状態でアンビル3は固定される。
【0037】
上記のようにして土台1のザグリ穴2にはめ込まれ、固定されたサファイアアンビル3(下側アンビル)には、図4(a)に示すように、その外周に密着して弾性体としてポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15(下部内径5mm、外径18mm、高さ4mm)が装着され、図4(b)に示すようにガスケット16がはめ込まれてアンビル3の上に載置される。このガスケット16の外径はポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15の上部内径と同じ大きさとしている。従ってガスケットは上下部の接点に形成された段差とアンビル3とで支持されている。ポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15の上部内径の壁面には、高さ方向にガスケットの厚みより長い4本の溝23を設けており、ピンセットによるガスケット16の脱着を容易にするだけでなく、液体の圧力伝達媒体を封入する際、液体をポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15の内部に満たしたのちガスケットを上から落とす際に液体が上に流れ易い構造となっている(図4)。この機構は、図5(a)のように円筒状のポリテトラフルオロエチレン樹脂弾性体リング15に図5(b)にしめすような円周上に溝24を有したガスケット16もしくは溝の変わりに平板上の数箇所に穿孔を有したガスケットを組み合わせることでも実現できるが、ガスケットの安価な量産を考慮すると弾性体リングの内壁に溝を有する方が好ましい。またポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15は加圧時に適度の弾性によりガスケット16にかかる圧力を緩和し、ガスケット16の変形を防止する。弾性体リング15はポリテトラフルオロエチレン樹脂と同程度の弾性を有し、加圧時にガスケット16にかかる圧力を緩和することのできる材料であればポリテトラフルオロエチレン樹脂には限定されない。この弾性体材料は通常合成樹脂の中から見出され、アクリル樹脂も好適である。
【0038】
ガスケットは、観察のために1万気圧前後まで試料室を加圧すると、上下のアンビルにより圧力が加わり、アンビルの円錐台の平面と接触する部位は直接加圧され薄くなり、アンビルの円錐台のテーパー部分にそって盛り上がるような変形が起こる。この変形のためガスケットの寿命は比較的長いリン青銅製ガスケットでも、常圧から1万気圧までの加圧と減圧の過程を数回程度繰り返すと新品と交換する必要がある。
【0039】
弾性体リング15の周囲にはザグリ穴2の中心から同心円(直径30mm)上で正三角形の頂点に相当する位置に高さ40mmの3本のガイドピン4が土台1に設けられており、各ガイドピン4の外周にはスプリングバネ5が取り付けられている。ガイドピン4の数は安定性から3本が好ましく、またこの3本の位置は任意に選択されるが、安定性からザグリ穴2の中心から同心円上の3点、特に正三角形の頂点が好ましい。上部蓋6には、土台1上の下側ザグリ穴2と対面する側に下側ザグリ穴2と同じ寸法形状に加工された上側ザグリ穴8があけられ、上側アンビル9がグリースを接着剤に用いて該ザグリ穴8に取り付けられる。上部蓋6は、ガイドピン3に対応する位置にガイドピン3と同数の貫通孔を有し、この貫通孔には20mmの長さのガイド管7が接続されており、ガイドピン3は上部蓋6の貫通孔とそれに接続するガイド管を貫通する。ガイド管7をガイドピン4にそって貫通させると上部蓋6は一定の位置でスプリングバネと接触して、バネの反力のため止まる構造となっている。この状態では対向する一対のアンビルは互いに接触しないで平行に対向するように取り付けられており、サンプリング中に対向するアンビルどうしが接触することによる破損を防いでいる。ガイドピン3の上部外周にはリニアベアリングが取り付けられており、これがない場合に比べてガイドピン3と上部蓋6がより正確に、かつスムーズにガイドピン3にそって上下に移動する。またスプリングバネ5は上部蓋による加重の大きさに合わせてその強さを選ぶと良いが二重にして補強しても良い。
【0040】
土台1の一端部には加圧レバー18の一端が水平な軸の回りに回動自在に取り付けられており、梃子の原理の支点10となっている。加圧レバー18の他端には中心にネジ切りされたハンドル20と該ハンドルを装着したネジ切棒19が設置されており、ネジ切棒19の下端は土台と接触している。支点10から下側ザグリ穴2の中心(作用点)までの距離は30mm、また支点からネジ切棒19が土台に接触する点(力点)までの距離150mmであり、ハンドル20を軽く廻すだけで加圧レバーに設置されている2本の加圧棒11が上部蓋を押し下げ、その上部蓋に装着されている上側のアンビルが下がることにより、ガスケットにあけられた孔と上下のアンビルにより形成される試料室17に圧力が加わる。アンビルに急激な加圧・減圧を加えると破損する可能性があるが、2本の加圧棒11の先端にはシリコン製緩衝材が付けられており、急激な加減圧によりアンビルが破損をすることなく圧力調整が円滑に行われる。またハンドル20を回し続けるとアンビルが破損する可能性があるが、ネジ切棒に取り付けられたナット22の位置を移動することで、アンビルが破損する位置までハンドルが回らないように調整できる。この装置を使用すれば水が常温で氷(固体)になる圧力(1万気圧)を超える試料室の高圧化が達成される。
【0041】
加圧レバー18は、支点10より急勾配で立ち上がり、その後は土台とほぼ平行になっている(図1)。この平行部分では平板上ではなく2本の角棒で形成され、中央部が空間を形成しており、他端部では横棒で固定されている。加圧用レバー18は平板をくり抜いて作成してもよい。この中央部にザグリ穴、上下アンビル、ポリテトラフルオロエチレン樹脂性弾性体リング、ガイドピン、上部蓋が配置される。上部蓋6の貫通孔12上に顕微鏡をセットする。顕微鏡を保持する支柱(図示は省略)を、ハンドル20とは逆方向である支点の延長方向に纏めると加圧レバーの動きに左右されないで試料室の開閉ができる。
【0042】
本発明装置では、DACのように熟練した技術を要するアンビルの台座や球座への取り付けや、上下のアンビルの位置合わせ、平行調整、ガスケットの位置調整、顕微鏡下での圧力媒体封入作業などを全て排除し、機械精度のみで高圧発生が可能となる。本発明装置でアンビル材がサファイアであり、試料室の大きさが0.05立方ミリメートルであれば通常最高圧は約1万気圧となる。機械精度はミクロンオーダーであり、アンビルの位置や傾きにおいて数ミクロン程度の誤差は許容範囲である。また試料室の大きさを小さくすれば、サファイアアンビルであっても更に高圧を達成することは可能である。
【0043】
アンビルがザグリ穴に密着させる大きさに満たない場合は、ザグリ穴に密着する円柱状のアンビル固定用治具を用い、他端のアンビル保持部に円柱状の穴を形成し、該穴に周辺を円柱状に加工し、上面を平坦面としたアンビルを固定することにより適用させることが可能となる。またアンビル固定用治具の中心には光路用の孔をあけて試料室に光が入射し、観察できる手段を講じておく。
【0044】
下側ザグリ穴2の中央部には土台1及びボードから連通する光通路用貫通孔12があけられており、該貫通孔12のボードの底部には、2枚の偏光板で光量を調節しながら、白色発光ダイオード13からの光を入射させる光照射手段がとられている。電源として単三電池2本を用いると発光ダイオードを発光させ、CCDカメラを作動させることができる。上部蓋6に設けられたザグリ穴8の中央には光透過用の貫通孔12があけられており、その上方に顕微鏡14が取り付けられている。
【0045】
試料室17の観察は、試料室が必要とする圧力まで十分高圧にされ、発光ダイオードの白色光が入射され顕微鏡14により行われる。即ちビデオレンズ55355-I及びDLダブラーチューブ39686-I(エドモンド・オプティクス社製)にCCDカメラを連動させて用い、画像をパソコン、TVやプロジェクターなどのモニター上で観察する。
【0046】
以下に水と氷の状態の高圧下の変化について説明する。
【0047】
図6は水の状態図を表わしており、点線が室温付近を示し、室温の水が圧力により点A(約1GPa)で氷VI相、点Bで氷VII相に変化する様子を表わしている。図7は圧力により液体の水が固体の氷に変化する顕微鏡写真図であり、本装置で1万気圧以上の圧力が発生していることを証明する。一方図8は、図7同様、水から氷に変化した状態から減圧して氷を融かし((a)→(d))、その後、ボード全体を90度傾けることにより氷が重力により沈んでいる様子を観察した顕微鏡写真図であり(図8(e)(f))、ボード全体を傾けた状態での観察が可能であることを証明している。
【0048】
上部蓋6をセットする前に下側アンビル3とポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング15により形成される空間にスポイトで水を入れガスケット16を上から落とすだけで、試料室には水が満たされ、上側アンビル9を装着した上部蓋6をガイドピン4に添って下側アンビル3に被せる。加圧レバー18をセットし、加圧ハンドルを回すだけで、試料室に圧力が発生することになる。圧力が約1万気圧になると水が固体の氷になる(図7)。圧力がかかって作製された固体の氷は、試料室が減圧になると融けていく(図8(a)〜(d))。減圧により細かい氷の結晶が液体に変化し、比較的大きな氷の結晶が残ってくる。また梃子の原理により圧力を印加しているので、圧力の微調整が容易で、結晶成長の様子を細かく観察することが可能である。本発明装置全体を傾ける、好ましくは90度傾けると高圧下における水と氷の状態変化における重力の影響を容易に観察することができる。氷が液体の水に沈んでいる様子がよく解る(図8(e)(f))。
【産業上の利用可能性】
【0049】
教育用実験機材としてだけでなく、1万気圧程度までの圧力領域の研究用機材としてバイオ関係、食品関係、機能材料、応用化学、応用物理等の様々な研究分野における物質の状態変化を観察するツールとして汎用される。
【符号の説明】
【0050】
1 土台
2、8 ザグリ穴
3、9 アンビル
4 ガイドピン
5 スプリング
6 上部蓋
7 ガイド管
10 支点
11 加圧棒
12 貫通孔
13 発光ダイオード
14 顕微鏡
15 ポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リング
16 ガスケット
17 試料室
18 加圧レバー
19 ネジ切り棒
20 加圧ハンドル
21 ボード
22 ナット
23 ポリテトラフルオロエチレン樹脂製弾性体リングの溝
24 ガスケットの溝


【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向する一対のアンビルとガスケットとにより形成される試料室を加圧用レバーにより梃子の原理を用いて高圧にする加圧手段と、前記試料室を下側アンビルの下方から
光透過させて前記試料室内を外部モニタに撮像するための顕微鏡観察手段とを一枚のボード上に備えた移動式の簡易型高圧環境観察装置であって、下側アンビルを土台
に対して所定の位置に装着する手段、該所定の位置に装着された下側アンビルの周囲に配置され、内部の下側アンビル上にガスケットを保持する手段、上側アンビルを下側
アンビルと対向する上部蓋の所定の位置に装着する手段、並びに土台に取り付けられ、上部蓋の土台に対する上下動を案内する手段を備え、該試料室の位置や平行を調整する作業をすることなく加圧し、観察することができる移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項2】
下側アンビルを土台に対して所定の位置に装着する手段が土台に設けられた下側アンビルを装着するザグリ穴であり、所定の位置に装着された下側アンビルの周囲に配置され、内部の下側アンビル上にガスケットを保持する手段が弾性体リングであり、上側アンビルを下側アンビルと対向する上部蓋の所定の位置に装着する手段が上部蓋に設けられた上側アンビルを装着するザグリ穴であり、土台に取り付けられ、上部蓋の土台に対する上下動を案内する手段が前記弾性体リングの外周に配置されたスプリングバネを外装したガイドピンであり、該ガイドピンは上部蓋の所定の位置に設けられたガイド管と連携して上部蓋の土台に対する上下動を案内することを特徴とする請求項1に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項3】
アンビル下部が円柱で上部が円錐台状であるサファイアアンビルであることを特徴とする請求項1及び2に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項4】
アンビル上部の円錐台状が一部面取りされた構造であることを特徴とする請求項1〜3に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項5】
ガスケットの体積弾性率が5.0×1010〜7.0×1010Pa(パスカル)であることを特徴とする請求項1〜4に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項6】
ガスケットが円板の中心に設けられた穿孔以外に1乃至数個の穿孔を有するか、又は円板の外周に1乃至数個の溝を有する構造であることを特徴とする請求項1〜5に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項7】
弾性体リングがザグリ穴に装着された下側アンビルと同じ高さ位置において内壁にガスケットを載置する段差を有する構造であることを特徴とする請求項1〜6に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項8】
光源が白色発光ダイオードであり、偏光板により光量を調整して試料室を光照射する手段を具備することを特徴とする請求項1〜7に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項9】
光源が白色発光ダイオードであり、直列に接続された可変抵抗を変化させて光量を調整して試料室を照射する手段を具備することを特徴とする請求項1〜7に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。
【請求項10】
対向する一対のアンビルとガスケットとにより形成される試料室を加圧用レバーにより梃子の原理を用いて高圧にする加圧手段と、前記試料室を下側アンビルの下方から光透過させて前記試料室内を外部モニタに撮像するための顕微鏡観察手段とを一つのボード上に備え、乾電池、USB又はACアダプタで駆動させて、ボード全体を傾けた状態であっても観察が可能であることを特徴とする請求項1〜9に記載の移動式の簡易型高圧環境観察装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−43445(P2011−43445A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192698(P2009−192698)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【特許番号】特許第4474604号(P4474604)
【特許公報発行日】平成22年6月9日(2010.6.9)
【出願人】(308027581)
【出願人】(509308953)株式会社シンテック (1)
【Fターム(参考)】