説明

積層体及びその製造方法

【課題】アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯との接触時又は接触後における、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制される積層体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の積層体は、Si基セラミックス(窒化珪素、炭化珪素等)からなる基部11の表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層13、α−Alを含む層15、及び、MgAlを含む層17が、順次、積層されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯との接触時又は接触後における、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制される積層体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、原料として、アルミニウム又はアルミニウム合金を用いるダイキャスト工場において、外部から原料供給を受ける際には、インゴットの形態とされてきた。しかしながら、省エネルギー、二酸化炭素排出削減等の対策のために、インゴットに代えて、溶融物(以下、「溶湯」という)の形態で供給されることが一般的になりつつあり、例えば、溶湯を専用の容器に収容した後、この容器をトラック等に積載して、ダイキャスト工場に搬送している。
このような使用形態の容器として、例えば、特許文献1には、内表面に耐火レンガを用いてなる運搬容器が開示されている。
また、特許文献2には、チタン酸アルミニウムセラミックス製アルミニウム合金溶湯接触部材であって、少なくともアルミニウム合金溶湯と接触する部位に、実質的にSiを含有しないAl被膜及び/又はMgAl被膜を備える部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−340957号公報
【特許文献2】特開2003−321286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯を、収容、供給又は搬送のために用いる容器等は、特にその内表面において、熱により変質しないこと、溶湯成分と反応しないこと、溶湯の離型性に優れること、溶湯が固化した後の離型性に優れること、等が求められている。例えば、溶湯が固化した後、溶湯成分が内表面に固着していると、それ以降繰り返し使用が困難になる等、不具合が避けられなくなる。
本発明の目的は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯との接触時又は接触後における、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制される積層体及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、Si基セラミックスの表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層、α−Alを含む層、及び、MgAlを含む層を、順次、積層形成することにより、上記課題が解決されることを見出した。
【0006】
本発明は、以下に示される。
1.Si基セラミックスからなる基部と、該基部の表面に、順次、形成された、非晶質シリコン酸化物を含む第1層と、α−Alを含む第2層と、MgAlを含む第3層と、を備えることを特徴とする積層体。
2.上記第1層の厚さが、10〜500nmである上記1に記載の積層体。
3.上記第2層の厚さが、50〜1,000nmである上記1又は2に記載の積層体。
4.上記第3層の厚さが、200〜2,000nmである上記1乃至3のいずれか一項に記載の積層体。
5.上記Si基セラミックスが、窒化珪素、サイアロン、炭化珪素、窒化珪素/炭化珪素複合材料、窒化物結合炭化珪素、繊維強化窒化珪素マトリックス複合材料、及び、繊維強化炭化珪素マトリックス複合材料からなる群より選ばれた少なくとも1種である上記1乃至4のいずれか一項に記載の積層体。
6.上記1乃至5のいずれか一項に記載の積層体の製造方法であって、Si基セラミックスからなる基材を、酸素分圧が10Pa以上の条件下、900℃〜1,000℃の範囲の温度で熱処理し、該基材の表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層(1)を形成する第1工程と、上記層(1)の表面に、アルミナ前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、α−Alを含む層(2)を形成する第2工程と、上記層(2)の表面に、スピネル前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、MgAlを含む層(3)を形成する第3工程と、を備えることを特徴とする積層体の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、積層体における第3層の表面が、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯と接触しているとき、又は、接触後、その接触部分において、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制されて耐食性に優れる。また、基部がSi基セラミックスからなることから、多層構造体として機械的強度に優れ、基部の形状に依存することなく、耐熱性及び形状保持性の面で耐久性に優れる。このような積層体は、収容、供給又は搬送のために用いる容器あるいはその内表面を構成する部材、配管又はその内表面を構成する部材、成形機内部の型における内表面を構成する部材、鋳造用の治工具等の表面を構成する部材等として好適である。特に、本発明の積層体を、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯を、収容、供給又は搬送のために用いる容器又は容器部材として用いる場合には、耐火レンガ等、従来の材料からなる容器又は容器部材よりも軽量であるので、より多くの溶湯を、その温度を維持した状態で搬送することができ、製品製造のコスト削減に好適である。
本発明の積層体の製造方法によれば、積層体を構成する隣り合う層どうしが強固に接合しており、形状安定性に優れた多層構造体を効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の積層体を示す概略断面図である。
【図2】本発明の積層体を備える容器の一例を示す概略断面図である。
【図3】本発明の積層体を備える容器の他の例を示す概略断面図である。
【図4】〔実施例〕における耐付着性の評価方法を示す模式図である。
【図5】〔実施例〕で用いた、SNCセラミックスからなる基材の表面を示すSEM画像である。
【図6】実施例1において、第2層(α−Al含有膜)を形成した直後の、第2層側表面のX線回折パターンを示すグラフである。
【図7】比較例3の耐付着性の評価における不具合について、推定される挙動を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の積層体は、Si基セラミックスからなる基部と、この基部の表面に、順次、積層された、非晶質シリコン酸化物を含む第1層と、α−Alを含む第2層と、MgAlを含む第3層と、を備え、その概略断面は、図1に例示される。即ち、図1の積層体1は、Si基セラミックスからなる基部11の表面に、第1層13、第2層15、及び、第3層17を、順次、備える多層構造体である。
尚、本発明に係る溶湯は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶融物であり、アルミニウム合金は、Al原子以外に、Si、Cu、Fe、Zn、Mn、Mg、Ti、Pb、Ni、Sn等の原子を含むものとすることができる。
【0010】
上記基部を構成するSi基セラミックスは、Si元素を含むセラミックスであり、窒化珪素、サイアロン、炭化珪素、窒化珪素/炭化珪素複合材料、窒化物結合炭化珪素、繊維強化窒化珪素マトリックス複合材料、繊維強化炭化珪素マトリックス複合材料等が挙げられる。
上記サイアロンは、Si、Al、O及びNの各原子からなる固溶体を主成分とするセラミックスを意味する。
上記窒化珪素/炭化珪素複合材料は、任意の割合で窒化珪素及び炭化珪素を含む混合物を意味する。
上記窒化物結合炭化珪素は、粒状の炭化珪素を、窒化珪素、酸窒化珪素(SiO)等で結合させてなる混合物を意味する。
上記の繊維強化窒化珪素マトリックス複合材料、及び、繊維強化炭化珪素マトリックス複合材料は、窒化珪素又は炭化珪素を母相として、この母相中に、炭素繊維、グラファイト繊維、炭化珪素繊維、窒化珪素繊維等の繊維が分散して含まれる混合物を意味する。
【0011】
上記基部は、好ましくは、Si基セラミックスからなる中実体である。この基部の形状は、平板状、曲板状、有底筒状又は筒状とすることができる。
【0012】
上記第1層は、非晶質シリコン酸化物を含む層である。この非晶質シリコン酸化物は、X線回折パターンにおいて、結晶ピークが存在しない物質であり、非晶質SiO(1.0≦x≦2.0)を、好ましくは70質量%以上、より好ましくは85〜100質量%含む層である。この第1層が、他の成分を含む場合、Al、Y、MgO、CaO、La、Yb、Lu等が挙げられる。尚、上記第1層は、クリストバライト等の結晶質のSiOを含まないことが好ましい。
【0013】
上記第1層は、緻密質及び多孔質のいずれでもよいが、第2層と強固な密着性が得られることから、緻密質であることが好ましい。
【0014】
上記第1層の厚さは、第2層と強固な密着性が得られることから、好ましくは10〜500nm、より好ましくは10〜300nmである。
【0015】
上記第2層は、α−Alを含む層であり、このα−Alを、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90〜100質量%含む層である。この第2層が、他の成分を含む場合、Fe、Cr、TiO、MgO、Y等が挙げられ、これらの化合物は、Alとの相互固溶体として含まれていてもよい。尚、上記第2層は、θ−Al、δ−Al、γ−Al等を含まないことが好ましい。
【0016】
上記第2層は、緻密質及び多孔質のいずれでもよいが、アルミニウム合金の溶湯に由来するMgイオン及びAlイオンの第3層側からの拡散、並びに、非晶質シリコン酸化物に由来するSiイオンの第1層側からの拡散を十分に抑制できることから、緻密質であることが好ましい。
【0017】
上記第2層の厚さは、アルミニウム合金の溶湯に由来するMgイオン及びAlイオンの第3層側からの拡散、並びに、非晶質シリコン酸化物に由来するSiイオンの第1層側からの拡散を十分に抑制できることから、好ましくは50〜1,000nm、より好ましくは100〜1,000nmである。
【0018】
上記第3層は、MgAlを含む層であり、このMgAlを、好ましくは70質量%以上、より好ましくは85〜100質量%含む層である。この第3層が、他の成分を含む場合、Al、MgO、YTi等が挙げられる。尚、上記第3層は、SiO、Fe、TiO等を含まないことが好ましい。
【0019】
上記第3層の厚さは、溶湯に対する耐久性の観点から、好ましくは200〜2,000nm、より好ましくは500〜2,000nmである。
【0020】
MgAlは、溶湯成分により還元されにくいことが知られているので、MgAlを含む層(第3層)を、Si基セラミックスからなる基部の表面、又は、第1層の表面に、直接、形成すればよいと考えられる。しかしながら、Si基セラミックスからなる基部の表面にMgAlを含む層(第3層)が形成された積層体の場合、基部とMgAlを含む層との間の密着性が低いために、溶湯が、この積層体における第3層の表面に接触すると、第3層が基部から容易に剥離してしまう。また、基部、第1層及び第3層からなる積層体についていうと、第1層に由来するSi成分が表層側(第3層側)に移動して、表面にSi濃化層を形成しやすくなり、溶湯が、第3層の表面に接触した場合、実質的に、溶湯が、Si濃化層の表面に接触することとなり、溶湯成分と接合しやすくなることから、溶湯が固化した後、固着して一体化物を形成することとなる。
一方、本発明の積層体は、第1層及び第3層の間に、第2層を備えることにより、積層体における第3層の表面が、溶湯と接触しているとき、又は、接触後、その接触部分において、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制されて耐食性に優れる。また、第1層、第2層及び第3層の層構成において、特定の成分が他の層もしくは外部へ移動する等という不具合がなく、それぞれ、所定の構成を維持しているので、多層構造体としての機械的強度に優れる。
【0021】
本発明の積層体は、Si基セラミックスからなる基材を、酸素分圧が10Pa以上の条件下、900℃〜1,000℃の範囲の温度で熱処理し、基材の表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層(1)を形成する第1工程と、上記層(1)の表面に、アルミナ前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、α−Alを含む層(2)を形成する第2工程と、上記層(2)の表面に、スピネル前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、MgAlを含む層(3)を形成する第3工程と、を備える方法(以下、「本発明の製造方法」という。)により製造することができる。他の製造方法は、後述される。
【0022】
以下、本発明の製造方法について、説明する。
第1工程は、Si基セラミックスからなる基材を、酸素分圧が10Pa以上の条件下、900℃〜1,000℃の範囲の温度で熱処理し、基材の表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層(1)を形成する工程である。
【0023】
上記基材は、好ましくは、上記例示したSi基セラミックスからなる中実体である。この基材の形状は、平板状、曲板状、直線状、ジグザグ線状、曲線状、波線状、有底筒状、筒状等とすることができる。基材が、有底筒状及び筒状のいずれの形状であっても、層(1)を、所望の位置に形成することができる。
【0024】
上記第1工程における酸素分圧は10Pa以上であり、好ましくは10Pa以上である。尚、上限は、通常、10Paである。
上記第1工程において、上記条件のもとで熱処理を行うことにより、クリストバライト等の結晶質のSiOの生成を抑制することができる。
【0025】
第2工程は、上記第1工程により形成された層(1)の表面に、アルミナ前駆体を含有する組成物(以下、「アルミナ前駆体含有組成物」という。)を塗布し、塗膜を熱処理し、α−Alを含む層(2)を形成する工程である。
【0026】
上記アルミナ前駆体とは、熱処理によりα−Alに誘導される化合物を意味する。このアルミナ前駆体としては、アルミニウム塩、アルミナ水和物、アルミニウムアルコキシド等が挙げられる。
【0027】
上記アルミニウム塩としては、硝酸アルミニウム、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム等が挙げられる。
上記アルミナ水和物は、一般式:Al・nHOにより表され、水酸化アルミニウムもこれに含まれる。このアルミナ水和物としては、ギブサイト、ベーマイト、擬ベーマイト、バイヤライト、ノルストランダイド、ダイアスポア等の結晶質アルミナ水和物、及び、非晶質アルミナ水和物を用いることができる。
また、アルミナ前駆体含有組成物の調製に際して、水中に、アルミナ水和物がコロイド状に懸濁分散しているアルミナゾルを用いることができ、本発明において、好ましい態様である。アルミナゾルの製造方法としては、水溶性アルミニウム塩の水溶液に、アンモニア等の塩基を添加する方法、アルミン酸塩又はアルミニウムアルコキシドを加水分解するか、あるいは、ベーマイト、擬ベーマイトを酸性領域でゾル化する方法等が挙げられる。
【0028】
上記アルミナゾルとしては、ベーマイトを用いて得られたベーマイトゾルが好ましい。このベーマイトゾルは、下記式(I)又は(II)で表されるベーマイト結晶形の酸化アルミニウム1水和物であるベーマイト又は擬ベーマイトを、水性液中に分散させたものをいう。
AlOOH (I)
Al・HO (II)
上記ベーマイトゾルは、例えば、アルミニウムsec−ブトキシド、アルミニウムイソブトキシド、アルミニウムイソプロポキシド等のアルミニウムアルコキシドを、約50℃〜95℃の加温下に、加水分解縮合反応に供してベーマイト粒子を形成させた後、次いで、酢酸、硝酸、塩酸等の酸により解膠させることにより得られたもの等とすることができる。
【0029】
上記アルミナ前駆体含有組成物としては、上記アルミニウム塩からなる組成物、上記ベーマイトゾルからなる組成物、上記ベーマイトゾルと、種結晶形成剤とを含む組成物等が挙げられる。上記アルミナ前駆体含有組成物が、種結晶形成剤を含む組成物である場合、α−Al結晶を、より低い熱処理温度で生成させることができる。
【0030】
上記種結晶形成剤は、α−Al結晶の成長部位を提供する材料を意味し、例えば、硝酸鉄、酢酸鉄、硝酸クロム、酢酸クロム、α−Al、ダイアスポア等が挙げられる。
上記アルミナ前駆体含有組成物が種結晶形成剤を含む場合、その含有量は、上記ベーマイトゾルを構成するAlを100モルとした場合に、種結晶形成剤を構成する金属が、好ましくは0.1〜5モル、より好ましくは0.5〜3モルとなるように選択される。
本発明においては、ベーマイトゾルと、水溶性の鉄塩を含む種結晶形成剤とを用いて調製された組成物を、アルミナ前駆体含有組成物として用いることが好ましい。
【0031】
上記第2工程において、層(1)の表面に、アルミナ前駆体含有組成物を塗布する際には、Si基セラミックスからなる基材の形状等に応じて、適宜、選択される。例えば、ディップコート法、スプレーコート法、スピンコート法、ドレインコート法等により行うことができる。
その後、塗膜を、酸素分圧を好ましくは10Pa以上、より好ましくは10Pa以上として熱処理させる。熱処理温度は、アルミナ前駆体含有組成物の構成により、適宜、選択され、好ましくは1,200℃以下、より好ましくは900℃〜1,000℃である。尚、熱処理温度が高すぎると、層(1)周辺において、クリストバライト等の結晶質のSiOが生成する場合がある。
上記第2工程における熱処理を、これらの条件で行うことにより、α−Alを含む膜、即ち、層(2)が形成される。
【0032】
次に、第3工程は、上記第2工程により形成された層(2)の表面に、スピネル前駆体を含有する組成物(以下、「スピネル前駆体含有組成物」という。)を塗布し、塗膜を熱処理し、MgAlを含む層(3)を形成する工程である。
【0033】
上記スピネル前駆体含有組成物としては、従来、公知のゾル等を用いることができる。本発明においては、アルミニウムアルコキシドの加水分解生成物と、マグネシウムイオンとの反応生成物からなるコロイド粒子が、pH1〜5の水系溶媒に分散しているゾル(以下、「スピネル前駆体ゾル」という。)が好ましい。
アルミニウムアルコキシド、即ち、Al(OR)(R:アルキル基)としては、アルキル基が、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基等である化合物を用いることができる。
水系溶媒は、ゾルの分散媒の主体が水であることを意味する。例えば、分散媒として積極的に有機溶媒を用いることなく、アルミニウムアルコキシドの加水分解によって生成されるアルコールが分散媒としての水に含まれている場合、均一な膜を形成できるゾル濃度を考慮すると、水系溶媒に占める水の割合は、好ましくは80%〜95%である。また、アルミニウムアルコキシドの加水分解によって生成されるアルコールを留去することとすれば、水系溶媒のほとんどは水である。
【0034】
上記スピネル前駆体ゾルは、好ましくは、マグネシウム塩の水溶液に、アルミニウムアルコキシドを有機溶媒に溶解させることなく添加して、80℃〜95℃の温度で加水分解させることにより、アルミニウムアルコキシドの加水分解生成物を得ると同時に、この加水分解生成物と、マグネシウムイオンとの反応生成物からなるコロイド粒子を形成させ、次いで、混合液を、pH1〜5、好ましくはpH1〜3に調整して解膠する方法により製造されたゾルである。尚、コロイド粒子を形成させた後、解膠する前に、加水分解により生成したアルコールを留去してもよい。
マグネシウム塩としては、硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の、水溶性のマグネシウム塩が好ましく用いられる。
また、混合液のpHを1〜5に調整するための添加剤(解膠剤)としては、硝酸、塩酸、硫酸、酢酸、ギ酸、シュウ酸、フタル酸等を用いることができる。
【0035】
上記スピネル前駆体ゾルの濃度は、スピネル(MgAl)換算で、好ましくは、0.05〜0.8Mである。
【0036】
上記第3工程において、層(2)の表面に、スピネル前駆体含有組成物を塗布する際には、上記第2工程の場合と同様、Si基セラミックスからなる基材の形状、層(2)の表面形状等に応じて、適宜、選択される。例えば、ディップコート法、スプレーコート法、スピンコート法、ドレインコート法等により行うことができる。
その後、塗膜を、酸素分圧を、好ましくは10Pa以上、より好ましくは10Pa以上の条件下、好ましくは600℃〜1,000℃、より好ましくは800℃〜1,000℃の温度で熱処理することにより、層(1)周辺におけるクリストバライト等の結晶質のSiOを生成することなく、MgAlを含む膜、即ち、層(3)が形成される。
【0037】
本発明の積層体を製造する他の方法について、説明する。
上記の本発明の製造方法において、層(1)は、図1における第1層に対応し、層(2)は第2層に対応し、層(3)は第3層に対応するので、市販品等であって、予め、その表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層(1)、即ち、第1層が形成されたSi基セラミックス基材を、準備し、上記の第2工程及び第3工程を、順次、行う方法により製造することができる。
また、上記の本発明の製造方法における第1工程に代えて、有機珪素化合物、シリカゾル等を用いて、Si基セラミックスからなる基材の表面に、層(1)を形成する工程とすることができる。
【0038】
本発明の積層体は、図2に示すような、溶湯を、収容、供給又は搬送するために用いる容器8A、図3に示すような、溶湯を、収容、供給又は搬送のために用いる容器8Bの内側に配された容器部111、溶湯の供給等に用いる配管又はその内表面を構成する部材、成形機内部の型における内表面を構成する部材、鋳造用の治工具等の表面を構成する部材等に好適である。図2は、本発明の積層体における第1層及び第3層を、それぞれ、外表面及び内表面に備える容器の例である。また、図3は、本発明の積層体からなる容器部111と、この容器部111の外表面に配された外装部115とを備える容器の例であり、容器部111における内表面は、本発明の積層体に係る第3層としている。尚、図2及び図3においては、図示していないが、蓋、取っ手等を備える態様とすることができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。本発明の主旨を超えない限り、本発明は、かかる実施例に限定されるものではない。
【0040】
はじめに、下記の例により得られた積層体の耐付着性の評価方法を示す。
図4に示すように、アルミナ製坩堝6の底に、アルミナ製棒体4を配置し、その上に、積層体1aを載置した。この積層体1aは、MgAlが形成された面を、図面における上側を向くように、配置した。そして、積層体1aの側面と、アルミナ製坩堝6とのあいだの空間を、アルミナ製棒体4で充填し、積層体1aの上側表面を除く面がアルミナ製棒体4で支持されるようにした。その後、アルミニウム合金(ADC12、表1参照)からなる塊状アルミニウム合金2(積層体1aとの体積比:50)を、積層体1aの上側表面に、接触させつつ載置した。
次に、このように積層体1aをセットしたアルミナ製坩堝6を、アルゴンガス気流中(100mL/分)、720℃で100時間加熱し、放冷した。そして、積層体1aと、塊状アルミニウム合金2の溶融により形成されたアルミニウム合金部とが円滑に分離するかどうかを、目視観察した。
【表1】

【0041】
次に、X線回折の測定条件を示す。
装 置: リガク社製「RIT−2000」
電 圧: 40kV
電 流: 40mA
走査速度: 2度/分
入射角度: 0.5度(固定)
【0042】
実施例1
炭化珪素粉末を窒化珪素で結合した、SNCセラミックス(SiC:Si≒3:1(体積比))からなる中実体(開気孔率:10%)を鏡面加工したもの(大きさ:10×20×6mm)を、基材として用いた。図5は、基材表面のSEM画像であり、窒化珪素のマトリックス中に粒状の炭化珪素が散在していることが分かる。
この基材を、アルミナ製保護管に設置し、酸素分圧PO2を10Paとしたガス(純酸素ガス)気流中(300mL/分)、1,000℃で50時間加熱し、表層に、厚さ約300nmの非晶質SiO膜(第1層)を形成させた。次いで、ベーマイトを主成分とするゾル(商品名「アルミナゾル520」、日産化学社製)と、硝酸鉄の水溶液とを、Fe:Al=1:99(モル比)となるように混合して調製した第2層形成用コーティング液を、非晶質SiO膜(第1層)の表面に、塗布(ディップコート)した。その後、この塗膜付き基材を、酸素分圧PO2を10Paとした雰囲気中、1,000℃で10時間加熱し、厚さ約100nmのα−Alを主として含む膜(第2層)を形成させた。図6は、このα−Al含有膜(第2層)のX線回折パターンであり、α−Alが形成されたことが分かる。
次に、スピネル(MgAl)換算で、濃度が0.2Mである第3層形成用コーティング液(スピネル前駆体含有組成物、後述)を、α−Al含有膜(第2層)の表面に、塗布(ディップコート)した。その後、この塗膜付き基材を、酸素分圧PO2を10Paとした雰囲気中、1,000℃で1時間加熱し、厚さ約1,000nmのMgAlを主として含む膜(第3層)を形成させ、図1に示す構造を有する積層体を得た。
得られた積層体について、耐付着性の評価を行ったところ、積層体における第3層表面から、アルミニウム合金部が不具合なく剥離した。また、積層体の層構造も維持されていた。
【0043】
<第3層形成用コーティング液(スピネル前駆体含有組成物)>
0.4Mの硝酸マグネシウム水溶液を80℃に加熱した後、撹拌しながら、アルミニウムイソプロポキシドの粉末を、Al:Mg=2:1(モル比)となるように添加した。次いで、混合液の温度を80℃に保持しながら、還流下、加水分解反応を行った。その後、加水分解により生成したイソプロピルアルコールを留去し、白濁した懸濁液を得た。次に、この懸濁液を室温まで冷却し、水の添加により濃度調整を行い、90℃に加熱して、撹拌下、72時間還流した。その後、硝酸(解膠剤)を、HNO:Al=1:20(モル比)となるように添加し、撹拌することにより、スピネル(MgAl)換算で、濃度が0.2Mである第3層形成用コーティング液を得た。
【0044】
比較例1
基材単独で、耐付着性の評価を行ったところ、基材と、アルミニウム合金とが固着して、一体化物のままであった。
【0045】
比較例2
非晶質SiO膜及びα−Al含有膜の形成を省略した以外は、実施例1と同様の操作を行い、基材部分と、MgAl含有膜とからなる積層体を製造した。得られた積層体について、耐付着性の評価を行ったところ、積層体におけるMgAl含有膜が、アルミニウム合金部と一体化した状態で剥離した。
【0046】
比較例3
α−Al含有膜の形成を省略した以外は、実施例1と同様の操作を行い、基材部分と、非晶質SiO膜と、MgAl含有膜とからなる積層体を製造した。得られた積層体について、耐付着性の評価を行ったところ、積層体と、アルミニウム合金部とが固着して、一体化物のままであった。
【0047】
比較例3及び実施例1における耐付着性の違いについて、本発明者らは、以下のように推測している。
MgAlを構成するMgイオン及びAlイオンは、MgAl含有膜において、自由に移動することが知られている。比較例3におけるアルミニウム合金を用いた耐付着性の評価では、これらのイオンが、MgAl含有膜に接している非晶質SiO膜を構成するSiOと反応して、両者の界面(I)310でMgAlを生成する(図7(1)参照)。これにより、MgAl含有膜及び非晶質SiO膜が独立した層でなくなるとともに、SiOに由来するSiの濃化層19が、MgAl含有膜及びアルミニウム合金部の界面(II)320で生成し、Siの濃化層19と、アルミニウム合金部21との密着性が優れることにより、一体化物が形成されたものと推定される(図7(2)参照)。
一方、実施例1においては、MgAl含有膜及び非晶質SiO膜の間に、α−Al含有膜を備えるため、Mgイオン及びAlイオン並びにSiイオンの拡散を遮蔽しており、溶湯がMgAl含有膜に接触しても、各層が独立して且つ安定して構成されるので、積層体におけるMgAl含有膜表面から、アルミニウム合金部が不具合なく剥離したものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の積層体は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯との接触時又は接触後における、溶湯成分の固着、層剥離等の不具合が抑制されるので、溶湯を、収容、供給又は搬送のために用いる容器あるいはその内表面を構成する部材(容器部材)、配管又はその内表面を構成する部材、成形機内部の型における内表面を構成する部材、鋳造用の治工具等の表面を構成する部材等に好適である。
【符号の説明】
【0049】
1,1a:積層体
11:Si基セラミックスからなる基部
13:非晶質シリコン酸化物を含む層又は膜(第1層)
15:α−Alを含む層又は膜(第2層)
17:MgAlを含む層又は膜(第3層)
19:Siの濃化層
2:塊状アルミニウム合金
21:アルミニウム合金部
4:アルミナ製棒体
6:アルミナ製坩堝
8A,8B:容器
111:容器部
115:外装部
310:MgAl含有膜及び非晶質SiO膜の界面(I)
320:アルミニウム合金部及びMgAl含有膜の界面(II)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si基セラミックスからなる基部と、該基部の表面に、順次、積層された、非晶質シリコン酸化物を含む第1層と、α−Alを含む第2層と、MgAlを含む第3層と、を備えることを特徴とする積層体。
【請求項2】
上記第1層の厚さが、10〜500nmである請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
上記第2層の厚さが、50〜1,000nmである請求項1又は2に記載の積層体。
【請求項4】
上記第3層の厚さが、200〜2,000nmである請求項1乃至3のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項5】
上記Si基セラミックスが、窒化珪素、サイアロン、炭化珪素、窒化珪素/炭化珪素複合材料、窒化物結合炭化珪素、繊維強化窒化珪素マトリックス複合材料、及び、繊維強化炭化珪素マトリックス複合材料からなる群より選ばれた少なくとも1種である請求項1乃至4のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の積層体の製造方法であって、
Si基セラミックスからなる基材を、酸素分圧が10Pa以上の条件下、900℃〜1,000℃の範囲の温度で熱処理し、該基材の表面に、非晶質シリコン酸化物を含む層(1)を形成する第1工程と、
上記層(1)の表面に、アルミナ前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、α−Alを含む層(2)を形成する第2工程と、
上記層(2)の表面に、スピネル前駆体を含有する組成物を塗布し、塗膜を熱処理し、MgAlを含む層(3)を形成する第3工程と、
を備えることを特徴とする積層体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−10221(P2013−10221A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143496(P2011−143496)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成23年度経済産業省エネルギー使用合理化技術開発等(革新的省エネセラミックス製造技術開発)委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)」
【出願人】(000173522)一般財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】