説明

積層構造体及びその製造方法

【課題】インジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が良好に抑制された、使用効率が良好な積層構造体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層され、インジウムターゲットのインジウム−錫ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの厚み範囲における錫濃度が、5wtppm以下である積層構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は積層構造体及びその製造方法に関し、より詳細にはバッキングプレート及びインジウムターゲットを備えた積層構造体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、スパッタリングターゲットは、特許文献1に開示されているように、インジウムをロウ材としてバッキングプレートにボンディングされて用いられることが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−280137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
インジウムターゲットの場合、ボンディングにインジウムのロウ材を用いると、ターゲット及びロウ材が共にインジウムで形成されているため、ターゲット自体の溶融を招くといった問題がある。そのため、インジウムターゲットの場合、従来、バッキングプレート上に鋳型を設置し、直接鋳込む鋳造法や、特殊な接着剤を用いたボンディングが利用されてきたが、特殊な接着剤を用いると、接着率が十分でないことがあり、スパッタ中に不具合が生じることがあった。そこで、インジウムターゲットのボンディングにおいて、インジウムよりも融点の低いインジウム−錫合金をボンディングのロウ材として使用することがある。
【0005】
しかしながら、インジウムターゲットとインジウム−錫ロウ材とは融点の差が35℃程度であり、ボンディング表面では絶えず錫の拡散、固溶による融点低下が生じている。このような原因から、インジウムターゲット側への錫の拡散は非常に速くなり、インジウムターゲットではバッキングプレート側表面から4mmの厚み範囲まで錫が拡散するという問題が生じている。具体的には、バッキングプレート側表面から厚み方向に3〜4mmの領域付近での錫の拡散は数十wtppm程度まで低減されているが、例えば厚み方向に2〜3mmの領域付近では100wtppmを超えることがある。ターゲット厚みは概ね5〜20mmであるから、この場合、ターゲット自体の15〜60%の領域に錫が汚染拡散していることとなる。インジウムターゲットをスパッタして得られるインジウム膜はCIGS(Cu−In−Ga−Se)型太陽電池に使用されるため、インジウムターゲットは4N以上の高純度であることが求められる。錫が汚染拡散したインジウムターゲットにおいて、このような高純度を維持するためには、錫の汚染拡散領域までスパッタできず、大幅な利用効率低下を引き起こしている。
【0006】
そこで、本発明は、インジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が良好に抑制された、使用効率が良好な積層構造体及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
錫の拡散速度は温度依存性をもつ。本発明者らは、インジウムターゲットとバッキングプレートとをロウ材融点以上且つインジウム融点以下の温度で十分に加熱してロウ材でボンディングしたとき、錫の拡散がインジウムターゲットの表面から厚み方向に4mmの領域まで進んだことを確認している。このため、インジウムターゲットをインジウム−錫ロウ材でボンディングする際は、できるだけ低温で行うことが望ましい。また、本発明者らは、錫の拡散が温度や時間の影響を受けることにも着目した。
このような知見に基づき、本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討したところ、インジウムターゲットとバッキングプレートとをインジウム−錫ロウ材でボンディングした後、それらを所定の冷却速度で冷却することで、錫のインジウムターゲット内への拡散を良好に抑制することができることを見出した。
【0008】
以上の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層され、前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの厚み範囲における錫濃度が、5wtppm以下である積層構造体である。
【0009】
本発明に係る積層構造体は一実施形態において、前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.0〜2.5mmの厚み範囲における錫濃度が、100wtppm以下である。
【0010】
本発明に係る積層構造体は別の一実施形態において、前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.0〜2.5mmの厚み範囲における錫濃度が、80wtppm以下である。
【0011】
本発明に係る積層構造体は更に別の一実施形態において、前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が、200wtppm以下である。
【0012】
本発明に係る積層構造体は更に別の一実施形態において、前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が、160wtppm以下である。
【0013】
本発明は別の一側面において、バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層された積層構造体の製造方法であって、温度が120〜140℃のインジウムターゲットと、バッキングプレートとをインジウム−錫ロウ材を用いてボンディングする工程と、前記ボンディングされたバッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットを2.5℃/分以上の冷却速度で冷却する工程と、を備えた積層構造体の製造方法である。
【0014】
本発明に係る積層構造体の製造方法は一実施形態において、前記ボンディング工程で、前記インジウムターゲットと、前記インジウムターゲットより温度が8〜20℃高いバッキングプレートとをインジウム−錫ロウ材を用いてボンディングする。
【0015】
本発明に係る積層構造体の製造方法は別の一実施形態において、前記ボンディングで使用するインジウム−錫ロウ材の錫濃度が10〜60at%である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、インジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が良好に抑制された、使用効率が良好な積層構造体及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る積層構造体は、バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層されて構成されている。バッキングプレートの形状は特に限定されないが、所定の厚さ及び直径を有する円盤状に形成することができる。バッキングプレートの構成材料は特に限定されないが、例えば銅等の金属材料で形成することができる。インジウム−錫ロウ材は、インジウムターゲットとバッキングプレートとを接合する機能を有している。
【0018】
通常、インジウムターゲットは、バッキングプレートにボンディングされる際に、インジウム−錫ロウ材からの錫の拡散を受ける。本発明に係る積層構造体も同様に錫が拡散しているが、後述の製造方法によりこの拡散の程度が小さく、インジウムターゲットへの錫拡散が、インジウム−錫ロウ材側表面から2.5mm以下に制御されている。ただし、錫の拡散厚みは当該箇所の錫濃度により把握し、インジウムターゲットのインジウム−錫ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの厚み範囲における錫濃度が、5wtppm以下であれば、錫の拡散範囲は2.5mm以下とみなす。拡散した錫の濃度はターゲット厚みごとにサンプリングし、ICPにより分析する。分析厚みを細かくすればそれだけ正確に厚みごとの拡散をみることができるが、0.25mm厚みずつサンプリングするとよい。サンプリングには旋盤やマシニングを用いることができる。このようにしてサンプリングしたインジウム片のICP分析から、その厚み範囲の錫濃度を分析することができ、錫拡散厚みを求めることができる。
本発明に係る積層構造体は、このような構成により、スパッタ可能な領域の割合が多く、利用効率が良好である。インジウムターゲットのインジウム錫ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの厚みにおける錫濃度は1wtppm以下であることがより好ましい。また、インジウムターゲットの錫拡散厚みは、インジウム−錫ロウ材側表面から2.0mm以下であることがより好ましい。
【0019】
また、インジウムターゲットのインジウム−錫ロウ材側表面から2.0〜2.5mmの厚み範囲における錫濃度が、100wtppm以下であることが好ましい。このような構成によれば、インジウムターゲットのインジウム−錫ロウ材側表面から2.0mm未満の領域は全て純度4Nを満たし、CIGS太陽電池用途のターゲットとして利用可能である。これは、ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの範囲で錫濃度が100wtppmを超える従来のインジウムターゲットに比べると、当該ターゲットの厚みが5〜20mmである場合、6〜50%の使用率の増加が可能である。当該領域の錫濃度はより好ましくは80wtppm以下である。
【0020】
また、インジウムターゲットのインジウム−錫ロウ材側表面から1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が、200wtppm以下であることが好ましい。このような構成によれば、成膜された膜側で、実質的に純度4Nの基準を満たすことができる。スパッタリングではターゲット面内でマグネットの位置関係からエロージョンに速度差が生じる。通常、最も良くスパッタされるエロージョン最深部が当該拡散域に到達した時点で使用終了となる。この際、他の領域は拡散域まで到達しておらず、4N以上の純度でスパッタされるため、1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が200wtppm以下であれば、最深部からスパッタされた錫汚染を十分に希釈することができ、膜の純度4Nを満たすことが可能である。当該領域の錫濃度はより好ましくは160wtppm以下である。
【0021】
積層構造体におけるインジウム−錫ロウ材の厚みは、0.05〜0.5mmであるのが好ましい。インジウム−錫ロウ材の厚みが0.05mm未満であると、十分な密着性を提供できない。インジウム−錫ロウ材の厚みが0.5mm超であっても、密着性等の効果は逓減する一方で、高価な金属をより含むこととなるために、コスト的に不利となる。インジウム−錫ロウ材の厚みは、より好ましくは0.1〜0.4mmである。
【0022】
次に、本発明に係る積層構造体の製造方法の好適な例を、順を追って説明する。
まず、溶解鋳造法等でインジウムインゴットを作製する。続いて、このインジウムインゴットを所定の形状に加工してインジウムターゲットを作製する。この際、使用する原料インジウムは、作製する太陽電池の変換効率を高くするために、より高い純度を有していることが望ましく、例えば、純度99.99質量%(4N)以上のインジウムを使用することが望ましい。
次に、所定の材料及び形状のバッキングプレートを用意して、インジウムターゲットを120〜140℃に加熱しておき、さらにバッキングプレートを加熱しておく。十分に定常状態となった後、まずバッキングプレート上にインジウム−錫ロウ材を溶解させて、スクレーパー等を用いて十分に塗り広げる。インジウムターゲットも同様にインジウム−錫ロウ材を塗り、直ちにボンディングを行う。
次に、ボンディングされたバッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットを2.5℃/分以上の冷却速度で冷却することで、積層構造体を作製する。
このような構成により、インジウムターゲットへの錫の拡散の抑制が可能となる。これは、物質の拡散が温度、時間の影響を受けるためである。
インジウムターゲットの温度は125〜135℃とすることがより好ましい。
冷却速度は4℃/分以上とすることがより好ましい。冷却速度はインジウムターゲットの温度(T℃)と、錫の固層拡散が十分に抑制されると考えられる40℃との差(T−40〔℃〕)を、冷却に要した時間(分)で除して求める。
また、上記ボンディング工程において、インジウムターゲットとボンディングするバッキングプレートをインジウムターゲットより8〜20℃高く設定しておくことが好ましい。ボンディング時にたびたび発生するロウ材のイレギュラーな凝固を抑制し、仮にそのような自体が発生した場合にも直ちに最溶解、回復され、良好なボンディングが可能となり、ターゲットとバッキングプレートとの接着率を90%以上とすることができる。バッキングプレートの温度はインジウムターゲットより10〜15℃高い温度に加熱するのがより好ましい。また、このような温度差の設定を上記ボンディング法と組み合わせることで高い接着率と錫拡散の低減の両立が可能となる。
ボンディングで使用するインジウム−錫ロウ材の錫濃度は10〜60at%であることが好ましい。このような構成により、低融点であるインジウムターゲットとロウ材の温度差を実用上十分に設けることができ、良好なボンディングが可能となる。錫濃度は温度差をより大きくするため20〜55at%が好ましい。
【0023】
このようにして得られた積層構造体は、CIGS系薄膜太陽電池用光吸収層のスパッタリングターゲットとして好適に使用することができる。
【実施例】
【0024】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をより良く理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0025】
(実施例1〜12及び比較例1〜7)
まず、純度4Nのインジウムを原料として使用し、このインジウム原料を160℃で溶解させ、この溶体を周囲が直径205mm、高さ7mmの円柱状の鋳型に流し込み、自然冷却により、凝固して得られたインジウムインゴットを直径204mm、厚さ6mmの円板状に加工して、スパッタリングターゲットとした。
次に、直径250mm、厚さ5mmの銅製のバッキングプレートを準備した。
次に、バッキングプレートを表1に記載の温度Aに加熱し、インジウムターゲットを表1記載の温度Bで加熱した状態で、表1に記載の錫濃度のインジウム−錫ロウ材をバッキングプレート、インジウムターゲットの順に塗り広げ、ただちにバッキングプレートとインジウムターゲットとをボンディングし、次に表1に記載の冷却速度で冷却することにより積層構造体を作製した。
【0026】
(評価)
実施例及び比較例で得られた積層構造体のインジウムターゲットについて、インジウム−錫ロウ材側表面から厚み方向へかけて、厚みごとにマシニングにより切削、回収し、錫濃度をそれぞれICP分析法で測定した。
また、これら実施例及び比較例で得られた積層構造体のインジウムターゲットとバッキングプレートとの接合状態(接着率)を電子走査式超音波探傷器で測定した。具体的には、ターゲットを当該装置の探傷器水槽内にセットして、周波数帯域1.5〜20MHz、パルス繰返し周波数5kHz、スキャンスピード60mm/minで測定し、得られた像イメージから、接着領域が全体領域に占める割合を算出し、接着率として表した。
各測定条件及び測定結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1によれば、実施例1〜12は、いずれもインジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が良好に抑制され、インジウムターゲットとバッキングプレートとの接着率も良好であった。ただし、実施例11及び12は、ボンディング工程で、バッキングプレートの温度がインジウムターゲットより8〜20℃高いものではなかったため、他の実施例と比較した場合、接着率はやや低下した。
比較例1〜5は、いずれもボンディングされたバッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットを冷却する速度が2.5℃/分未満であったため、インジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が大きかった。
比較例6及び7は、ボンディング工程におけるインジウムターゲットの温度が120〜140℃の範囲外であったため、インジウム−錫ロウ材からインジウムターゲットへの錫の拡散が大きかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層され、
前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.5〜3.0mmの厚み範囲における錫濃度が、5wtppm以下である積層構造体。
【請求項2】
前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.0〜2.5mmの厚み範囲における錫濃度が、100wtppm以下である請求項1に記載の積層構造体。
【請求項3】
前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から2.0〜2.5mmの厚み範囲における錫濃度が、80wtppm以下である請求項2に記載の積層構造体。
【請求項4】
前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が、200wtppm以下である請求項1〜3のいずれかに記載の積層構造体。
【請求項5】
前記インジウムターゲットの前記インジウム−錫ロウ材側表面から1.5〜2.0mmの厚み範囲における錫濃度が、160wtppm以下である請求項4に記載の積層構造体。
【請求項6】
バッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットがこの順で積層された積層構造体の製造方法であって、
温度が120〜140℃のインジウムターゲットと、バッキングプレートとをインジウム−錫ロウ材を用いてボンディングする工程と、
前記ボンディングされたバッキングプレート、インジウム−錫ロウ材、及び、インジウムターゲットを2.5℃/分以上の冷却速度で冷却する工程と、
を備えた積層構造体の製造方法。
【請求項7】
前記ボンディング工程で、前記インジウムターゲットと、前記インジウムターゲットより温度が8〜20℃高いバッキングプレートとをインジウム−錫ロウ材を用いてボンディングする請求項6に記載の積層構造体の製造方法。
【請求項8】
前記ボンディングで使用するインジウム−錫ロウ材の錫濃度が10〜60at%である請求項6又は7に記載の積層構造体の製造方法。

【公開番号】特開2013−67831(P2013−67831A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−206363(P2011−206363)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【特許番号】特許第5026611号(P5026611)
【特許公報発行日】平成24年9月12日(2012.9.12)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】