積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法
【課題】本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解消することであり、すなわち、目地材設置面の不陸に対応し、かつ製作や設置作業が容易な目地材を提供することであって、この目地材を設置したスリット構造とその施工方法を提供することである。
【解決手段】本願発明の積層目地材は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に設置される積層目地材であって、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、第1層は第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、さらに第2層は、第1層に比して高い弾性を備えた材料からなるものである。
【解決手段】本願発明の積層目地材は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に設置される積層目地材であって、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、第1層は第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、さらに第2層は、第1層に比して高い弾性を備えた材料からなるものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、集合住宅などで代表されるコンクリート建造物を構成する、壁体、柱部、梁部、床部など(以下、これらを総称して「コンクリート構造体」という。)が、相互に隣接する部分に設置される目地材に関するものである。より具体的には、2種の素材を含む積層目地材、その積層目地材が設置されたスリット構造、及びそのスリット構造の施工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国は地震が頻発する国として知られ、近年では、東北地方太平洋沖地震や、兵庫県南部地震、新潟県中越地震など大きな地震が発生し、そのたびに甚大な被害を被っている。一方で、オフィスビルやマンションなどコンクリート建造物の高層化は進み、その結果、耐震構造や免震構造など地震への対策技術も進んできた。
【0003】
コンクリート建造物の地震対策の一つとして、壁体を天井側スラブで吊り下げる「吊り下げ工法」が知られている。図11は、この吊り下げ工法によって構築された壁体を示す正面図である。この図に示すように、壁体aは天井スラブbによってのみ固定され、下端側の床スラブc並びに両側の柱部dとは、狭小な隙間であるスリットeを設けることで、不連続な構造(いわゆる、「縁切り」)としている。このように、壁体aと周囲のコンクリート構造体とが「縁切り」されているので、例えば柱部dは地震時に独立して挙動する結果、壁体aの挙動によって曲げモーメントやせん断力を受けることがない。
【0004】
図11に示すスリットeには、通常、壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保する目的で、目地材が設置される。図11では、壁体a下部のスリットeに水平配置の目地材fが設置され、壁体a両側部のスリットeには鉛直配置の目地材fが設置されている。これら目地材fは、防水性、防塵性、防音性等を確保するため、スリットeを封止すべく、その空間を埋めるように配置される。
【0005】
また、目地材fは、スリットe内を封止するほか、壁体aのコンクリート打設時に型枠としても使用されることから、耐火性、耐水性、所定の強度及び弾性、といった性能が要求される。すなわち、耐火性は、火災時における延焼を防ぐために必要とされる性能であり、耐水性は、完成時の漏水を防ぐとともにコンクリート打設時に不要な水分を吸収しないためにも必要とされる性能である。また図11に示すように、壁体aの下部に配置される目地材fは、壁体aのコンクリート打設時にフレッシュコンクリート(まだ固まらないコンクリート)重量を支えるため所定の圧縮強度が要求される。さらに、コンクリート硬化後、天井スラブbに吊り下げられる壁体aは、乾燥収縮等によって上側に縮む(短くなる)結果スリットeの間隔は広がるが、スリットe内を封止するためにはこの変形に追随し得るという性能も要求される。つまり目地材fは、壁体aコンクリート打設に伴う圧縮変形が可能であって、しかもコンクリート硬化後の膨張変形が可能である、といった所定の変形性能(以下、ここでは「弾性」という。)も要求される。
【0006】
従来では、耐火性、耐水性、所定の強度及び弾性といった各種性能を発揮する目地材fとして、図12に示すような目地材fが用いられていた。図12は、図11に示すY−Y矢視断面図であり、従来用いられていた目地材fの詳細図である。この図に示す目地材fは、3つの板状(棒状)部材を平面的に並べたものであり、中央に不燃材で形成された不燃部材f1が配置され、両脇に変形容易な材料で形成された弾性部材f2が配置されている。不燃部材f1の材質としてはロックウール、セラミックファイバー、ケイ酸カルシウムなどが、弾性部材f2としてはポリエチレン(PE)といった樹脂が、それぞれ例示できる。このように従来の目地材fは、耐火性を不燃部材f1が分担し、耐水性、所定の強度及び弾性を弾性部材f2が分担する構成となっていた。
【0007】
そのほか、より耐火性能の良好なものを提供することを課題として、特許文献1のような技術も提案されている。ここで示される耐震スリット材は、本体とその表面に貼付される熱膨張耐火シートからなるものであり、火災時に本体が焼失したとしても熱膨張耐火シートが熱膨張することで火炎の侵入を防ぐことができるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−180694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の目地材は、大きく2つの問題を抱えていた。その一つは、目地材fを設置する際の不陸対応である。図11をはじめ多くの場合、既に構築したコンクリート構造体(以下、「既構築コンクリート構造体」という。)図11の場合は床スラブcの表面に、目地材fは設置される。ところが、この既構築コンクリート構造体の表面には、不陸が生じている。そのため、目地材fが設置し難くなるうえに、目地材fが不陸の凹凸に応じて高止まりとなる(凸部で支持される)結果、スリットeにおける厳密な封止がなされず、目地材fを設置する意義が大きく損なわれることとなる。
【0010】
このように、目地材設置面の不陸を問題とし、これを解決することを課題とする技術が提案されることはなかった。図12に示す3体並列の目地材fは、中央に配列された不燃部材f1が不陸に対応するほどの弾性を有していない結果、目地材f全体が不陸対応できないものとなっている。また、特許文献1で提案された耐震スリット材は、そもそも解決課題が異なるため、当然ながら不陸に対応する技術については一切開示されていない。
【0011】
二つめの問題は、製作と設置にかかる煩雑さの問題である。図12に示す3体並列の目地材fは、2種の異なる部材を並列に配置したものであり、それぞれが分担する性能は前記したとおりである。つまり、耐水性能については弾性部材f2が分担し、不燃部材f1はこれに対応しない。しかしこれでは、目地材f全体としての耐水機能が発揮されないため、一方の弾性部材f2から他方の弾性部材f2にかけて防水テープを貼付し、不燃部材f1を防水テープで覆っている。このように、複数の部材を配列する上に、さらに防水テープを貼付する工程が必要となり、その製作は煩雑なものであった。
【0012】
また、図13に示す入り隅や出隅といったコーナー部における設置作業も煩雑であった。図13は、目地材fを設置するコーナー部を示す平面図である。この図に示すように、突き合わされる二つの目地材fは、それぞれ斜めに切断する必要があった。この斜め切断を精密に行うことは難しく、そのため双方の目地材fを隙間なく突き合わせることは困難を極めた。しかも、目地材fを構成する不燃部材f1どうし(あるいは弾性部材f2どうし)は、連続するように突き合わせる必要があるが、これを精密に行うことは難しく、実際には図13に示すようにズレが生じていた。
【0013】
特許文献1で提案された耐震スリット材は、本体の表面に熱膨張耐火シートを貼付するだけで製作できるものであるが、コーナー部における突き合わせの煩雑さや、熱膨張耐火シートを連続させる困難性については、なんら解決策が開示されておらず、設置における煩雑さという問題を依然抱えたままである。
【0014】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解消することである。すなわち、目地材設置面の不陸に対応し、かつ製作や設置作業が容易な目地材を提供することであり、この目地材を設置したスリット構造とその施工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明は、既構築コンクリート構造体の不陸に追随し得るという点に着目してなされたものであり、不陸追随機能を有する材料と耐火性能に優れた材料の積層構造に着眼して開発されたものである。
【0016】
本願発明の積層目地材は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に設置される積層目地材であって、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、前記第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、さらに前記第2層は、前記第1層に比して高い弾性を備えた材料からなるものである。
【0017】
本願発明の積層目地材は、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに構築される新設コンクリート構造体との間に設けられるスリットに設置されるものであり、しかも前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に前記第2層側の面が配置され、前記第2層がその弾性性能によって前記目地材設置面の不陸を吸収し得るものとすることもできる。
【0018】
本願発明の積層目地材は、第2層の肉厚が5mm以上10mm以内であるものとすることもできる。
【0019】
本願発明のスリット構造は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に積層目地材が設置された構造であって、前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、スリット内が前記積層目地材で封止された構造である。
【0020】
本願発明のスリットの施工方法は、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに新設コンクリート構造体を構築するコンクリート構造体との間に設けられるスリットの施工方法であり、前記既構築コンクリート構造体に積層目地材を設置する目地材設置工程と、前記目地材を設置した状態で前記新設コンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備え、前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなるとともに、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、前記目地材設置工程では、前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記積層目地材の第2層側の面が配置される方法である。
【発明の効果】
【0021】
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法には、次のような効果がある。
(1)第1層と第2層を重ね合わせた積層構造であり、極めて容易に製作することができる。
(2)第1層は、高い耐火性を備えた材料からなるものであり、確実に火炎の侵入・侵出を防止することができる。
(3)第2層は、高い弾性を備えた材料からなるものであり、隣接するコンクリートの打設時荷重や乾燥収縮時の変形にも確実に追随することができる。さらに、既構築コンクリート構造体の不陸面を目地材設置面とする場合であっても、第2層の高い弾性によってこの不陸に対応して、スリットの空隙を確実に封止することが可能である。
(4)第2層は、高い耐水性を備えた材料からなるものであり、確実に外部からの水の侵入を防止することができる。
(5)入り隅や出隅といったコーナー部では、材料ごとに平面的な位置合わせを行う必要がなく、容易に目地材どうしを突き合わせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】吊り下げ工法によって構築される壁体に、本願発明の積層目地材が設置された状態を示す正面図。
【図2】図1に示すX−X矢視断面図であり、積層目地材の構成を説明する詳細図。
【図3】スリットの耐火実験のモデル図。
【図4】スリットを設けない箇所での温度変化図。
【図5】最上段スリット箇所での温度変化図。
【図6】中段スリット箇所での温度変化図。
【図7】最下段スリット箇所での温度変化図。
【図8】(a)は床スラブが構築された段階を示す第1ステップ図、(b)は床スラブ上に積層目地材が設置された段階を示す第2ステップ図、(c)は壁体と柱部が立ち上がった段階を示す第3ステップ図。
【図9】第2層体が床スラブ上面に密着している状態を示す拡大断面図。
【図10】積層目地材を設置するコーナー部を示す平面図。
【図11】吊り下げ工法によって構築された壁体を示す正面図。
【図12】図11に示すY−Y矢視断面図であり、従来の目地材の詳細図。
【図13】目地材を設置するコーナー部を示す平面図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[実施形態]
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法の一実施形態を図に基づいて説明する。
【0024】
まず、本願発明の積層目地材が設置された状態について簡単に説明する。図1は、吊り下げ工法によって構築される壁体に、本願発明の積層目地材が設置された状態を示す正面図である。なお図1は、設置された目地材を除いて図11と同様であり、図11と共通するものは同じ符番を付している。前記したとおり、吊り下げ工法では壁体aが天井スラブbによってのみ固定されている(図では、天井スラブbと壁体aとの境界に破線を引いているが実際には一体構造である)。そして、壁体aと床スラブcの間には水平スリット10が設けられ、壁体aと両側の柱部dの間にはそれぞれ鉛直スリット20が設けられている。これらスリットを設けることによって、壁体aに作用する荷重は、直接的には周囲のコンクリート構造体に作用することがなく、地震時には、壁体aと他のコンクリート構造体はそれぞれ独立して挙動する。つまり、柱部dなど他のコンクリート構造体が、壁体aの挙動による曲げモーメントやせん断力を受けることがない。
【0025】
水平スリット10は、極小ではあるが壁体aと床スラブcの間に形成された空間である。この空間のままの状態を完成形とすると、ここから不要なものが侵入することとなり、音も漏れる。そのため、つまり壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保するため、水平スリット10には積層目地材30がその空間を充填するように設置される。同様に、鉛直スリット20には普通目地材40が設置される。なお、便宜上、図1では水平スリット10にのみ積層目地材30を設置しているが、鉛直スリット20に積層目地材30を設置することもできる。また、ここでは吊り下げ工法の場合を例示して説明しているが、本願発明はこの工法に限定されるものではなく、コンクリート構造体が相互に隣接する部分、例えば、腰壁やたれ壁の垂直取り合い部分、あるいは帆立て壁の水平取り合い部分など、種々のコンクリート構造体隣接部分で実施できる。
【0026】
(積層目地材)
次に、積層目地材30の構成について詳細に説明する。図2は、図1に示すX−X矢視断面図であり、積層目地材30の構成を説明する詳細図である。
【0027】
図1や図2に示すように、積層目地材30は板状を呈している。その平面形状を見ると略長方形であり、短手方向の寸法(幅)は壁体aの厚さと略等しく、長手方向の寸法(長さ)は柱部d間の寸法に略等しい。もちろん、本願発明の積層目地材30はこのような形状に限定されるわけではなく、特に長さについては柱部d間の寸法より短いものとすることもできる。例えば、柱部d間の寸法が6mの場合、積層目地材30の長さを2mとして、柱部d間にこれを3つ直列配置することもできる。
【0028】
また、積層目地材30の厚さは、壁体aと床スラブcとの離隔、つまり水平スリット10の高さと略同等、もしくはこれより若干厚い程度とするのがよい。これは、水平スリット10の空間を確実に封止し、壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保するためである。一般的に、水平スリット10の高さは壁体aの高さの1/100とされ、壁体aが階高程度(約3m)であれば水平スリット10の高さは30mm程度となる。すなわち、この場合の積層目地材30の厚さは、30mm程度とすることが望ましい。
【0029】
図2に示すように積層目地材30は、第1層体31と、第2層体32からなる積層体である。すなわち、平面視では略同形である板状の第1層体31と板状の第2層体32とを、上下方向(鉛直スリット20に設置する場合は左右方向)に重ね合わせて一体に形成されている。なお、本願発明の積層目地材30を構成するためには、少なくとも第1層体31と第2層体32の2層を含めばよいのであって、この2層のほかさらに異なる層を重ねても構わない。もちろん製作費用の面では、第1層体31と第2層体32の2層のみで構成することが望ましいが、第1層体31の外側や、第1層体31と第2層体32の間に、他の異なる性能の層を重ねて積層体を形成した場合であっても、本願発明の技術的範囲に含まれることは言うまでもない。
【0030】
積層目地材30を構成する第1層体31と第2層体32は、それぞれ要求される性能が異なることから、それぞれ異なる材料を使用している。第1層体31は、耐火性能が要求されることから、優れた耐火性を具備する材料で形成される。その材料を例示すれば、炭酸カルシウム発泡体、ロックウール、セラミックファイバー、ケイ酸カルシウムなどが挙げられる。このほか、鉄や合金など金属類も挙げられるが、製造コストの面や重さによる施工性の面で、その採用には慎重な検討を要する。炭酸カルシウム発泡体は、優れた耐火性のほか、適当な圧縮強度を備えるとともに、柔軟に変形し得る弾性も備えていることから、第1層体31として望ましい材質といえる。
【0031】
積層目地材30を構成する第2層体32は、耐水性能と適当な弾性が要求される。これらの性能を満足する材料としては、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)といった樹脂を例示することができる。さらに、より柔軟に変形し得る弾性を発揮させるためには、PEやPPの発泡体の採用が適しており、より望ましくは30〜40倍発泡させたものがよい。このように高い弾性を必要とするのは、後に説明するように、積層目地材30を設置する面の不陸に対応するためであり、より具体的には、積層目地材30設置面の凹凸に合わせて柔軟に変形して凹部内に生ずる空隙を確実に充填するためである。
【0032】
上記のとおり、第1層体31は耐火性能が要求され、第2層体32は耐水性能と適当な弾性が要求される。換言すれば、第1層体31は必ずしも耐水性能及び適当な弾性を必要とせず、第2層体32は必ずしも耐火性能を必要としないわけであるが、もちろん、第1層体31が耐水性能や適当な弾性を具備し、第2層体32が耐火性能を具備するものであってもよい。
【0033】
図2に示すように、第2層体32は、第1層体31に比べてその厚さを薄くすることができる。第2層体32を薄肉とするのは、火災の際に第2層体32が焼失した場合でも、その隙間から火炎の侵入や侵出を防ぐためである。
【0034】
一般にスリットの耐火性能は、火災が発生した場合にスリットを伝わって炎が壁の反対側に燃え移るのを2時間抑制する性能であるとされる。そこで本願発明者は、第1層体31の材質を炭酸カルシウム発泡体、第2層体32の材質をPE発泡体として実験を行った。
【0035】
図3は、その実験のモデル図である。この図に示すコンクリート壁の表面側(図では奥側)で模擬的な火災を起こし、コンクリート壁の裏面側(図では手前側)の温度を時間の経過とともに計測した。なお、このコンクリート壁には、上方から3つの水平スリットを設けてある。1段目のスリットt1には、厚さ40mmの第1層体31と厚さ5mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置され、2段目のスリットt2には、厚さ15mmの第1層体31と厚さ10mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置され、3段目のスリットt3には、厚さ25mmの第1層体31と厚さ5mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置されている。
【0036】
実験の結果を図4〜図7に示す。なお、各図の横軸は時間であり、縦軸は計測した温度である。図4はスリットが設けられない箇所である計測点の温度変化であり、図5は1段目のスリットt1箇所である計測点の温度変化、図6は2段目のスリットt2箇所である計測点の温度変化、図7は1段目のスリットt3箇所である計測点の温度変化を示している。これらの図からもわかるように、2時間後の温度を比較すると、コンクリート部(図4)が70℃前後であるのに対し、スリットt2(図6)やスリットt3(図7)では70℃前後、スリットt1(図5)に至っては50℃前後となっている。この結果、第2層体32の厚さが10mm以下であれば、壁体aに火炎の影響を与えないことがわかった。一方、別の実験で、第2層体32の厚さが5mm以上あれば、必要な弾性が確保されることも判明した。すなわち、第2層体32の層厚は、5mm以上であって10mm以下とすることが望ましい。
【0037】
(構造とその施工方法)
次に、積層目地材30が設置されたスリット構造と、その施工方法について説明する。図8(a)〜(c)は、積層目地材30が設置されたスリット構造を施工する順序を示すステップ図であり、(a)は床スラブcが構築された段階を示す第1ステップ図、(b)は床スラブc上に積層目地材30が設置された段階を示す第2ステップ図、(c)は壁体aと柱部dが立ち上がった段階を示す第3ステップ図である。なお便宜上、型枠と鉄筋についてはその図示を省略している。以下、それぞれのステップ図について説明する。
【0038】
図8(a)に示すように、まず床スラブcが構築される。この床スラブc構築にあたっては、所定の鉄筋が組み立てられ、型枠が設置され、コンクリートが打設される、という通常の工程を経て行われる。なお、コンクリート打設後は、その上面が金コテ等で入念に均される。しかしながら、人によって完全に均すことは不可能であり、床スラブ上面sには不陸(凹凸面)が残る。
【0039】
床スラブcのコンクリートを十分養生した後、図8(b)に示すように、床スラブ上面sに積層目地材30を設置する「目地材設置工程」が実施される。このとき、第2層体32が下面となるように、つまり床スラブ上面s(積層目地材設置面)と第2層体32が接触するように積層目地材30は配置される。これは、第2層体32の材料が具備する高い弾性によって、床スラブ上面sの不陸に追随するためである。なお積層目地材30は、床スラブ上面sに単に載せるだけでも良いが、接着剤やコンクリート釘等を用いて固定することもできる。
【0040】
図9は、第2層体32が床スラブ上面sに密着している状態を示す拡大断面図である。この図に示すように、第2層体32は床スラブ上面sの凸部に高止まりすることなく、柔軟に変形して凹部にも隙間なく入り込んでいる。このように、第2層体32の材料が具備する高い弾性によって、床スラブ上面sの不陸を吸収し、第1層体31の上面を略水平に保つことができる。なお、積層目地材30を水平に設置する場合に限らず、積層目地材30を直方向に設置する場合も、同様の効果が期待できる。例えば、先にコンクリート打設した柱部dの表面(積層目地材設置面)には不陸が生じているものの、この表面に第2層体32が接触するように積層目地材30を配置すれば、第2層体32が柱部d表面の不陸を吸収して第1層体31の表面を略鉛直に保つことができ、隣接する壁体aに打設するコンクリートの品質が向上する。
【0041】
床スラブ上面s(積層目地材設置面)に積層目地材30を設置した後、所定の鉄筋と型枠を組み立て、壁体aと柱部d(さらに、天井スラブbを加える場合もある)のコンクリートを打設する「コンクリート打設工程」を実施する。なお縦目地は、前面側(図面手前側)の型枠と背面側(図面奥側)の型枠との間に設置される。このとき床スラブcは既にコンクリート打設を終えているので「既構築コンクリート構造体」と呼び、これに対して、積層目地材30を設置した後に構築するものを「新設コンクリート構造体」と呼ぶ。すなわち、本願発明の積層目地材30は、既構築コンクリート構造体と新設コンクリート構造体との間のスリットeに設置されるものであって、既構築コンクリート構造体の積層目地材設置面(不陸発生面)に第2層体32が接触するように、換言すれば第1層体31の表面が新設コンクリート構造体の型枠面となるように設置されるものである。
【0042】
最後に、図8(c)に示すように、天井スラブbのコンクリートを打設して、一連の構造を完成させる。図8(c)では、壁体aと床スラブcの間に空間が形成され、さらにこの空間に積層目地材30が設置されており、このような構造が本願発明の「積層目地材を備えたスリット構造」である。
【0043】
(コーナー部)
図10は、積層目地材30を設置するコーナー部を示す平面図である。この図に示すように、入り隅や出隅といったコーナー部には特殊形状の積層目地材(以下、「役物30a」という。)を配置すると、全体を容易に納めることができる。本願発明の積層目地材30は、従来のように、積層目地材30の端部を斜めに切断したうえで突き合わせる必要がなく、異なる材料ごとに平面的な位置合わせを行う必要もない。また、仮に図10の矢印で示すように、役物30aの寸法が予定より長く(あるいは短く)なったとしても、段差付目地材20を現地で切断して長さ調整することで、容易に納めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法は、マンションなどの集合住宅やオフィスビルで利用できるほか、校舎や倉庫などあらゆる建築構造物で利用することが可能であり、橋台と橋桁の間、あるいは場所打ちコンクリート基礎上にプレキャスト構造物を設置する場合など、土木構造物の分野でも応用することができる。
【符号の説明】
【0045】
10 水平スリット
20 鉛直スリット
30 積層目地材
31 第1層体
32 第2層体
30a 役物
40 普通目地材
a 壁体
b 天井スラブ
c 床スラブ
d 柱部
e スリット
f 目地材
f1 不燃部材
f2 弾性部材
s 床スラブ上面
【技術分野】
【0001】
本願発明は、集合住宅などで代表されるコンクリート建造物を構成する、壁体、柱部、梁部、床部など(以下、これらを総称して「コンクリート構造体」という。)が、相互に隣接する部分に設置される目地材に関するものである。より具体的には、2種の素材を含む積層目地材、その積層目地材が設置されたスリット構造、及びそのスリット構造の施工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国は地震が頻発する国として知られ、近年では、東北地方太平洋沖地震や、兵庫県南部地震、新潟県中越地震など大きな地震が発生し、そのたびに甚大な被害を被っている。一方で、オフィスビルやマンションなどコンクリート建造物の高層化は進み、その結果、耐震構造や免震構造など地震への対策技術も進んできた。
【0003】
コンクリート建造物の地震対策の一つとして、壁体を天井側スラブで吊り下げる「吊り下げ工法」が知られている。図11は、この吊り下げ工法によって構築された壁体を示す正面図である。この図に示すように、壁体aは天井スラブbによってのみ固定され、下端側の床スラブc並びに両側の柱部dとは、狭小な隙間であるスリットeを設けることで、不連続な構造(いわゆる、「縁切り」)としている。このように、壁体aと周囲のコンクリート構造体とが「縁切り」されているので、例えば柱部dは地震時に独立して挙動する結果、壁体aの挙動によって曲げモーメントやせん断力を受けることがない。
【0004】
図11に示すスリットeには、通常、壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保する目的で、目地材が設置される。図11では、壁体a下部のスリットeに水平配置の目地材fが設置され、壁体a両側部のスリットeには鉛直配置の目地材fが設置されている。これら目地材fは、防水性、防塵性、防音性等を確保するため、スリットeを封止すべく、その空間を埋めるように配置される。
【0005】
また、目地材fは、スリットe内を封止するほか、壁体aのコンクリート打設時に型枠としても使用されることから、耐火性、耐水性、所定の強度及び弾性、といった性能が要求される。すなわち、耐火性は、火災時における延焼を防ぐために必要とされる性能であり、耐水性は、完成時の漏水を防ぐとともにコンクリート打設時に不要な水分を吸収しないためにも必要とされる性能である。また図11に示すように、壁体aの下部に配置される目地材fは、壁体aのコンクリート打設時にフレッシュコンクリート(まだ固まらないコンクリート)重量を支えるため所定の圧縮強度が要求される。さらに、コンクリート硬化後、天井スラブbに吊り下げられる壁体aは、乾燥収縮等によって上側に縮む(短くなる)結果スリットeの間隔は広がるが、スリットe内を封止するためにはこの変形に追随し得るという性能も要求される。つまり目地材fは、壁体aコンクリート打設に伴う圧縮変形が可能であって、しかもコンクリート硬化後の膨張変形が可能である、といった所定の変形性能(以下、ここでは「弾性」という。)も要求される。
【0006】
従来では、耐火性、耐水性、所定の強度及び弾性といった各種性能を発揮する目地材fとして、図12に示すような目地材fが用いられていた。図12は、図11に示すY−Y矢視断面図であり、従来用いられていた目地材fの詳細図である。この図に示す目地材fは、3つの板状(棒状)部材を平面的に並べたものであり、中央に不燃材で形成された不燃部材f1が配置され、両脇に変形容易な材料で形成された弾性部材f2が配置されている。不燃部材f1の材質としてはロックウール、セラミックファイバー、ケイ酸カルシウムなどが、弾性部材f2としてはポリエチレン(PE)といった樹脂が、それぞれ例示できる。このように従来の目地材fは、耐火性を不燃部材f1が分担し、耐水性、所定の強度及び弾性を弾性部材f2が分担する構成となっていた。
【0007】
そのほか、より耐火性能の良好なものを提供することを課題として、特許文献1のような技術も提案されている。ここで示される耐震スリット材は、本体とその表面に貼付される熱膨張耐火シートからなるものであり、火災時に本体が焼失したとしても熱膨張耐火シートが熱膨張することで火炎の侵入を防ぐことができるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−180694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の目地材は、大きく2つの問題を抱えていた。その一つは、目地材fを設置する際の不陸対応である。図11をはじめ多くの場合、既に構築したコンクリート構造体(以下、「既構築コンクリート構造体」という。)図11の場合は床スラブcの表面に、目地材fは設置される。ところが、この既構築コンクリート構造体の表面には、不陸が生じている。そのため、目地材fが設置し難くなるうえに、目地材fが不陸の凹凸に応じて高止まりとなる(凸部で支持される)結果、スリットeにおける厳密な封止がなされず、目地材fを設置する意義が大きく損なわれることとなる。
【0010】
このように、目地材設置面の不陸を問題とし、これを解決することを課題とする技術が提案されることはなかった。図12に示す3体並列の目地材fは、中央に配列された不燃部材f1が不陸に対応するほどの弾性を有していない結果、目地材f全体が不陸対応できないものとなっている。また、特許文献1で提案された耐震スリット材は、そもそも解決課題が異なるため、当然ながら不陸に対応する技術については一切開示されていない。
【0011】
二つめの問題は、製作と設置にかかる煩雑さの問題である。図12に示す3体並列の目地材fは、2種の異なる部材を並列に配置したものであり、それぞれが分担する性能は前記したとおりである。つまり、耐水性能については弾性部材f2が分担し、不燃部材f1はこれに対応しない。しかしこれでは、目地材f全体としての耐水機能が発揮されないため、一方の弾性部材f2から他方の弾性部材f2にかけて防水テープを貼付し、不燃部材f1を防水テープで覆っている。このように、複数の部材を配列する上に、さらに防水テープを貼付する工程が必要となり、その製作は煩雑なものであった。
【0012】
また、図13に示す入り隅や出隅といったコーナー部における設置作業も煩雑であった。図13は、目地材fを設置するコーナー部を示す平面図である。この図に示すように、突き合わされる二つの目地材fは、それぞれ斜めに切断する必要があった。この斜め切断を精密に行うことは難しく、そのため双方の目地材fを隙間なく突き合わせることは困難を極めた。しかも、目地材fを構成する不燃部材f1どうし(あるいは弾性部材f2どうし)は、連続するように突き合わせる必要があるが、これを精密に行うことは難しく、実際には図13に示すようにズレが生じていた。
【0013】
特許文献1で提案された耐震スリット材は、本体の表面に熱膨張耐火シートを貼付するだけで製作できるものであるが、コーナー部における突き合わせの煩雑さや、熱膨張耐火シートを連続させる困難性については、なんら解決策が開示されておらず、設置における煩雑さという問題を依然抱えたままである。
【0014】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解消することである。すなわち、目地材設置面の不陸に対応し、かつ製作や設置作業が容易な目地材を提供することであり、この目地材を設置したスリット構造とその施工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明は、既構築コンクリート構造体の不陸に追随し得るという点に着目してなされたものであり、不陸追随機能を有する材料と耐火性能に優れた材料の積層構造に着眼して開発されたものである。
【0016】
本願発明の積層目地材は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に設置される積層目地材であって、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、前記第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、さらに前記第2層は、前記第1層に比して高い弾性を備えた材料からなるものである。
【0017】
本願発明の積層目地材は、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに構築される新設コンクリート構造体との間に設けられるスリットに設置されるものであり、しかも前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に前記第2層側の面が配置され、前記第2層がその弾性性能によって前記目地材設置面の不陸を吸収し得るものとすることもできる。
【0018】
本願発明の積層目地材は、第2層の肉厚が5mm以上10mm以内であるものとすることもできる。
【0019】
本願発明のスリット構造は、コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に積層目地材が設置された構造であって、前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、スリット内が前記積層目地材で封止された構造である。
【0020】
本願発明のスリットの施工方法は、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに新設コンクリート構造体を構築するコンクリート構造体との間に設けられるスリットの施工方法であり、前記既構築コンクリート構造体に積層目地材を設置する目地材設置工程と、前記目地材を設置した状態で前記新設コンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備え、前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなるとともに、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、前記目地材設置工程では、前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記積層目地材の第2層側の面が配置される方法である。
【発明の効果】
【0021】
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法には、次のような効果がある。
(1)第1層と第2層を重ね合わせた積層構造であり、極めて容易に製作することができる。
(2)第1層は、高い耐火性を備えた材料からなるものであり、確実に火炎の侵入・侵出を防止することができる。
(3)第2層は、高い弾性を備えた材料からなるものであり、隣接するコンクリートの打設時荷重や乾燥収縮時の変形にも確実に追随することができる。さらに、既構築コンクリート構造体の不陸面を目地材設置面とする場合であっても、第2層の高い弾性によってこの不陸に対応して、スリットの空隙を確実に封止することが可能である。
(4)第2層は、高い耐水性を備えた材料からなるものであり、確実に外部からの水の侵入を防止することができる。
(5)入り隅や出隅といったコーナー部では、材料ごとに平面的な位置合わせを行う必要がなく、容易に目地材どうしを突き合わせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】吊り下げ工法によって構築される壁体に、本願発明の積層目地材が設置された状態を示す正面図。
【図2】図1に示すX−X矢視断面図であり、積層目地材の構成を説明する詳細図。
【図3】スリットの耐火実験のモデル図。
【図4】スリットを設けない箇所での温度変化図。
【図5】最上段スリット箇所での温度変化図。
【図6】中段スリット箇所での温度変化図。
【図7】最下段スリット箇所での温度変化図。
【図8】(a)は床スラブが構築された段階を示す第1ステップ図、(b)は床スラブ上に積層目地材が設置された段階を示す第2ステップ図、(c)は壁体と柱部が立ち上がった段階を示す第3ステップ図。
【図9】第2層体が床スラブ上面に密着している状態を示す拡大断面図。
【図10】積層目地材を設置するコーナー部を示す平面図。
【図11】吊り下げ工法によって構築された壁体を示す正面図。
【図12】図11に示すY−Y矢視断面図であり、従来の目地材の詳細図。
【図13】目地材を設置するコーナー部を示す平面図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[実施形態]
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法の一実施形態を図に基づいて説明する。
【0024】
まず、本願発明の積層目地材が設置された状態について簡単に説明する。図1は、吊り下げ工法によって構築される壁体に、本願発明の積層目地材が設置された状態を示す正面図である。なお図1は、設置された目地材を除いて図11と同様であり、図11と共通するものは同じ符番を付している。前記したとおり、吊り下げ工法では壁体aが天井スラブbによってのみ固定されている(図では、天井スラブbと壁体aとの境界に破線を引いているが実際には一体構造である)。そして、壁体aと床スラブcの間には水平スリット10が設けられ、壁体aと両側の柱部dの間にはそれぞれ鉛直スリット20が設けられている。これらスリットを設けることによって、壁体aに作用する荷重は、直接的には周囲のコンクリート構造体に作用することがなく、地震時には、壁体aと他のコンクリート構造体はそれぞれ独立して挙動する。つまり、柱部dなど他のコンクリート構造体が、壁体aの挙動による曲げモーメントやせん断力を受けることがない。
【0025】
水平スリット10は、極小ではあるが壁体aと床スラブcの間に形成された空間である。この空間のままの状態を完成形とすると、ここから不要なものが侵入することとなり、音も漏れる。そのため、つまり壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保するため、水平スリット10には積層目地材30がその空間を充填するように設置される。同様に、鉛直スリット20には普通目地材40が設置される。なお、便宜上、図1では水平スリット10にのみ積層目地材30を設置しているが、鉛直スリット20に積層目地材30を設置することもできる。また、ここでは吊り下げ工法の場合を例示して説明しているが、本願発明はこの工法に限定されるものではなく、コンクリート構造体が相互に隣接する部分、例えば、腰壁やたれ壁の垂直取り合い部分、あるいは帆立て壁の水平取り合い部分など、種々のコンクリート構造体隣接部分で実施できる。
【0026】
(積層目地材)
次に、積層目地材30の構成について詳細に説明する。図2は、図1に示すX−X矢視断面図であり、積層目地材30の構成を説明する詳細図である。
【0027】
図1や図2に示すように、積層目地材30は板状を呈している。その平面形状を見ると略長方形であり、短手方向の寸法(幅)は壁体aの厚さと略等しく、長手方向の寸法(長さ)は柱部d間の寸法に略等しい。もちろん、本願発明の積層目地材30はこのような形状に限定されるわけではなく、特に長さについては柱部d間の寸法より短いものとすることもできる。例えば、柱部d間の寸法が6mの場合、積層目地材30の長さを2mとして、柱部d間にこれを3つ直列配置することもできる。
【0028】
また、積層目地材30の厚さは、壁体aと床スラブcとの離隔、つまり水平スリット10の高さと略同等、もしくはこれより若干厚い程度とするのがよい。これは、水平スリット10の空間を確実に封止し、壁体aと同等の防水性、防塵性、防音性等を確保するためである。一般的に、水平スリット10の高さは壁体aの高さの1/100とされ、壁体aが階高程度(約3m)であれば水平スリット10の高さは30mm程度となる。すなわち、この場合の積層目地材30の厚さは、30mm程度とすることが望ましい。
【0029】
図2に示すように積層目地材30は、第1層体31と、第2層体32からなる積層体である。すなわち、平面視では略同形である板状の第1層体31と板状の第2層体32とを、上下方向(鉛直スリット20に設置する場合は左右方向)に重ね合わせて一体に形成されている。なお、本願発明の積層目地材30を構成するためには、少なくとも第1層体31と第2層体32の2層を含めばよいのであって、この2層のほかさらに異なる層を重ねても構わない。もちろん製作費用の面では、第1層体31と第2層体32の2層のみで構成することが望ましいが、第1層体31の外側や、第1層体31と第2層体32の間に、他の異なる性能の層を重ねて積層体を形成した場合であっても、本願発明の技術的範囲に含まれることは言うまでもない。
【0030】
積層目地材30を構成する第1層体31と第2層体32は、それぞれ要求される性能が異なることから、それぞれ異なる材料を使用している。第1層体31は、耐火性能が要求されることから、優れた耐火性を具備する材料で形成される。その材料を例示すれば、炭酸カルシウム発泡体、ロックウール、セラミックファイバー、ケイ酸カルシウムなどが挙げられる。このほか、鉄や合金など金属類も挙げられるが、製造コストの面や重さによる施工性の面で、その採用には慎重な検討を要する。炭酸カルシウム発泡体は、優れた耐火性のほか、適当な圧縮強度を備えるとともに、柔軟に変形し得る弾性も備えていることから、第1層体31として望ましい材質といえる。
【0031】
積層目地材30を構成する第2層体32は、耐水性能と適当な弾性が要求される。これらの性能を満足する材料としては、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)といった樹脂を例示することができる。さらに、より柔軟に変形し得る弾性を発揮させるためには、PEやPPの発泡体の採用が適しており、より望ましくは30〜40倍発泡させたものがよい。このように高い弾性を必要とするのは、後に説明するように、積層目地材30を設置する面の不陸に対応するためであり、より具体的には、積層目地材30設置面の凹凸に合わせて柔軟に変形して凹部内に生ずる空隙を確実に充填するためである。
【0032】
上記のとおり、第1層体31は耐火性能が要求され、第2層体32は耐水性能と適当な弾性が要求される。換言すれば、第1層体31は必ずしも耐水性能及び適当な弾性を必要とせず、第2層体32は必ずしも耐火性能を必要としないわけであるが、もちろん、第1層体31が耐水性能や適当な弾性を具備し、第2層体32が耐火性能を具備するものであってもよい。
【0033】
図2に示すように、第2層体32は、第1層体31に比べてその厚さを薄くすることができる。第2層体32を薄肉とするのは、火災の際に第2層体32が焼失した場合でも、その隙間から火炎の侵入や侵出を防ぐためである。
【0034】
一般にスリットの耐火性能は、火災が発生した場合にスリットを伝わって炎が壁の反対側に燃え移るのを2時間抑制する性能であるとされる。そこで本願発明者は、第1層体31の材質を炭酸カルシウム発泡体、第2層体32の材質をPE発泡体として実験を行った。
【0035】
図3は、その実験のモデル図である。この図に示すコンクリート壁の表面側(図では奥側)で模擬的な火災を起こし、コンクリート壁の裏面側(図では手前側)の温度を時間の経過とともに計測した。なお、このコンクリート壁には、上方から3つの水平スリットを設けてある。1段目のスリットt1には、厚さ40mmの第1層体31と厚さ5mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置され、2段目のスリットt2には、厚さ15mmの第1層体31と厚さ10mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置され、3段目のスリットt3には、厚さ25mmの第1層体31と厚さ5mmの第2層体32からなる積層目地材30が設置されている。
【0036】
実験の結果を図4〜図7に示す。なお、各図の横軸は時間であり、縦軸は計測した温度である。図4はスリットが設けられない箇所である計測点の温度変化であり、図5は1段目のスリットt1箇所である計測点の温度変化、図6は2段目のスリットt2箇所である計測点の温度変化、図7は1段目のスリットt3箇所である計測点の温度変化を示している。これらの図からもわかるように、2時間後の温度を比較すると、コンクリート部(図4)が70℃前後であるのに対し、スリットt2(図6)やスリットt3(図7)では70℃前後、スリットt1(図5)に至っては50℃前後となっている。この結果、第2層体32の厚さが10mm以下であれば、壁体aに火炎の影響を与えないことがわかった。一方、別の実験で、第2層体32の厚さが5mm以上あれば、必要な弾性が確保されることも判明した。すなわち、第2層体32の層厚は、5mm以上であって10mm以下とすることが望ましい。
【0037】
(構造とその施工方法)
次に、積層目地材30が設置されたスリット構造と、その施工方法について説明する。図8(a)〜(c)は、積層目地材30が設置されたスリット構造を施工する順序を示すステップ図であり、(a)は床スラブcが構築された段階を示す第1ステップ図、(b)は床スラブc上に積層目地材30が設置された段階を示す第2ステップ図、(c)は壁体aと柱部dが立ち上がった段階を示す第3ステップ図である。なお便宜上、型枠と鉄筋についてはその図示を省略している。以下、それぞれのステップ図について説明する。
【0038】
図8(a)に示すように、まず床スラブcが構築される。この床スラブc構築にあたっては、所定の鉄筋が組み立てられ、型枠が設置され、コンクリートが打設される、という通常の工程を経て行われる。なお、コンクリート打設後は、その上面が金コテ等で入念に均される。しかしながら、人によって完全に均すことは不可能であり、床スラブ上面sには不陸(凹凸面)が残る。
【0039】
床スラブcのコンクリートを十分養生した後、図8(b)に示すように、床スラブ上面sに積層目地材30を設置する「目地材設置工程」が実施される。このとき、第2層体32が下面となるように、つまり床スラブ上面s(積層目地材設置面)と第2層体32が接触するように積層目地材30は配置される。これは、第2層体32の材料が具備する高い弾性によって、床スラブ上面sの不陸に追随するためである。なお積層目地材30は、床スラブ上面sに単に載せるだけでも良いが、接着剤やコンクリート釘等を用いて固定することもできる。
【0040】
図9は、第2層体32が床スラブ上面sに密着している状態を示す拡大断面図である。この図に示すように、第2層体32は床スラブ上面sの凸部に高止まりすることなく、柔軟に変形して凹部にも隙間なく入り込んでいる。このように、第2層体32の材料が具備する高い弾性によって、床スラブ上面sの不陸を吸収し、第1層体31の上面を略水平に保つことができる。なお、積層目地材30を水平に設置する場合に限らず、積層目地材30を直方向に設置する場合も、同様の効果が期待できる。例えば、先にコンクリート打設した柱部dの表面(積層目地材設置面)には不陸が生じているものの、この表面に第2層体32が接触するように積層目地材30を配置すれば、第2層体32が柱部d表面の不陸を吸収して第1層体31の表面を略鉛直に保つことができ、隣接する壁体aに打設するコンクリートの品質が向上する。
【0041】
床スラブ上面s(積層目地材設置面)に積層目地材30を設置した後、所定の鉄筋と型枠を組み立て、壁体aと柱部d(さらに、天井スラブbを加える場合もある)のコンクリートを打設する「コンクリート打設工程」を実施する。なお縦目地は、前面側(図面手前側)の型枠と背面側(図面奥側)の型枠との間に設置される。このとき床スラブcは既にコンクリート打設を終えているので「既構築コンクリート構造体」と呼び、これに対して、積層目地材30を設置した後に構築するものを「新設コンクリート構造体」と呼ぶ。すなわち、本願発明の積層目地材30は、既構築コンクリート構造体と新設コンクリート構造体との間のスリットeに設置されるものであって、既構築コンクリート構造体の積層目地材設置面(不陸発生面)に第2層体32が接触するように、換言すれば第1層体31の表面が新設コンクリート構造体の型枠面となるように設置されるものである。
【0042】
最後に、図8(c)に示すように、天井スラブbのコンクリートを打設して、一連の構造を完成させる。図8(c)では、壁体aと床スラブcの間に空間が形成され、さらにこの空間に積層目地材30が設置されており、このような構造が本願発明の「積層目地材を備えたスリット構造」である。
【0043】
(コーナー部)
図10は、積層目地材30を設置するコーナー部を示す平面図である。この図に示すように、入り隅や出隅といったコーナー部には特殊形状の積層目地材(以下、「役物30a」という。)を配置すると、全体を容易に納めることができる。本願発明の積層目地材30は、従来のように、積層目地材30の端部を斜めに切断したうえで突き合わせる必要がなく、異なる材料ごとに平面的な位置合わせを行う必要もない。また、仮に図10の矢印で示すように、役物30aの寸法が予定より長く(あるいは短く)なったとしても、段差付目地材20を現地で切断して長さ調整することで、容易に納めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本願発明の積層目地材、積層目地材を備えたスリット構造、及びその施工方法は、マンションなどの集合住宅やオフィスビルで利用できるほか、校舎や倉庫などあらゆる建築構造物で利用することが可能であり、橋台と橋桁の間、あるいは場所打ちコンクリート基礎上にプレキャスト構造物を設置する場合など、土木構造物の分野でも応用することができる。
【符号の説明】
【0045】
10 水平スリット
20 鉛直スリット
30 積層目地材
31 第1層体
32 第2層体
30a 役物
40 普通目地材
a 壁体
b 天井スラブ
c 床スラブ
d 柱部
e スリット
f 目地材
f1 不燃部材
f2 弾性部材
s 床スラブ上面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に、設置される積層目地材であって、
材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、
前記第1層は、前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、
前記第2層は、前記第1層に比して高い弾性を備えた材料からなることを特徴とする積層目地材。
【請求項2】
前記スリットは、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに構築される新設コンクリート構造体との間に設けられるものであり、
前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記第2層側の面が配置され、
前記第2層は、その弾性性能によって前記目地材設置面の不陸を吸収し得ることを特徴とする請求項1記載の積層目地材。
【請求項3】
第2層の肉厚が、5mm以上10mm以内であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の積層目地材。
【請求項4】
コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に、積層目地材が設置されたスリット構造であって、
前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、
前記積層目地材で封止されたことを特徴とする積層目地材を備えたスリット構造。
【請求項5】
既に構築された既構築コンクリート構造体と、新たに新設コンクリート構造体を構築するコンクリート構造体と、の間に設けられるスリットの施工方法において、
前記既構築コンクリート構造体に、積層目地材を設置する目地材設置工程と、
前記目地材を設置した状態で、前記新設コンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備え、
前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、
前記目地材設置工程では、前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記積層目地材の第2層側の面が配置されることを特徴とするスリットの施工方法。
【請求項1】
コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に、設置される積層目地材であって、
材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であり、
前記第1層は、前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、
前記第2層は、前記第1層に比して高い弾性を備えた材料からなることを特徴とする積層目地材。
【請求項2】
前記スリットは、既に構築された既構築コンクリート構造体と新たに構築される新設コンクリート構造体との間に設けられるものであり、
前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記第2層側の面が配置され、
前記第2層は、その弾性性能によって前記目地材設置面の不陸を吸収し得ることを特徴とする請求項1記載の積層目地材。
【請求項3】
第2層の肉厚が、5mm以上10mm以内であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の積層目地材。
【請求項4】
コンクリート構造体と他のコンクリート構造体と間に設けられるスリット内に、積層目地材が設置されたスリット構造であって、
前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、
前記積層目地材で封止されたことを特徴とする積層目地材を備えたスリット構造。
【請求項5】
既に構築された既構築コンクリート構造体と、新たに新設コンクリート構造体を構築するコンクリート構造体と、の間に設けられるスリットの施工方法において、
前記既構築コンクリート構造体に、積層目地材を設置する目地材設置工程と、
前記目地材を設置した状態で、前記新設コンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備え、
前記積層目地材は、材質が異なる第1層と第2層を含んで構成される積層体であって、第1層は前記第2層に比して高い耐火性能を備えた材料からなり、第2層は第1層に比して高い弾性を備えた材料からなり、
前記目地材設置工程では、前記既構築コンクリート構造体の目地材設置面に、前記積層目地材の第2層側の面が配置されることを特徴とするスリットの施工方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2013−68009(P2013−68009A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−207662(P2011−207662)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(592171131)株式会社ロンビックジャパン (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(592171131)株式会社ロンビックジャパン (6)
【Fターム(参考)】
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